時をかけるテレビ「魔性の難問〜リーマン予想・天才たちの闘い〜」2025-07-16

2025年7月16日 當山日出夫

時をかけるテレビ 魔性の難問〜リーマン予想・天才たちの闘い〜

科学番組を面白く作るということは、かなり難しいと思っている。エンタテイメントとして味付けすればいいというものではなく、見ている人の知的好奇心……そういうものを持っている人を相手にしてということにはなってしまうが……に、強く訴えかけるところが必要である。

自然科学、特に、宇宙や野生生物などについての番組であれば、映像で見せることもできる。しかし、映像の美しさの向こうにいったい何があるのか……さらにその先への想像力をかきたてることこそ、本当に必要なことかと思っている。(この意味では、NHKの動物をあつかった番組では、「ウチのどうぶつえん」が一番面白い。身近な動物園のなかから、動物たちの世界、そして、人間とのかかわりを考えることになっている。)

この番組について思うことは、究極的に人間の知性が追求していく先にあるのは、この世界の根源、それは、宇宙の真理ともいうことができるかもしれないが、そこへ向かっていく飽くなき探究心である、ということになる。この番組のなかでは、おそらく意図的に使っていなかったのが、それは、神、であるのか、ということになる。数学者や宇宙物理学者が、絶対の神の存在を信じることは、その知的ないとなみと、けっして矛盾するものではない。

何よりも、人間の知的冒険心、探究心、これを描くと同時に、数学の世界の探究心は、論理と直感の世界であり、時として自分自身の精神の奥底まで見つめることになるものである、おそらくこれは、あらゆる人間の知的営為に共通するものであると思う。芸術であり、人文学であり、人間の精神の深いところから生まれてくるものである。数学もまたそうである。

いわゆる難しいとかということではなく、学問や芸術といった人間のいとなみが、精神の奥深くに響くものである、ということがまず何よりも大事なことである。そういう人間のあり方を尊重することが、基本である。これは、言いかえれば、テストの点数でははかることのできないものである。人間の知的探究心を試験で序列をつけようとするぐらい愚かなことはない。

自分はどう考えるのか、これは大事である。さらに、なぜ自分はそう考えるかと説明することもとても大切である。だが、もっとふみこんで、なぜ自分はそれを知りたいと思うのかは、その根源はおそらく語ることができないかもしれない。その知のみなもとこそ、もっとも重要なものである。

2025年7月13日記

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