3か月でマスターするアインシュタイン「第3回 タイムマシンは夢じゃない!?」 ― 2025-07-23
2025年7月23日 當山日出夫
3か月でマスターするアインシュタイン 第3回 タイムマシンは夢じゃない!?
前回の内容としては、光の速度が一定であると「仮定」すると、そのことによってどのように世界を見ることになるのか、ということであったと記憶しているのだが、この回になると、光の速度が一定であることが「実証」されたので、そのことによってどう考えることになるのか……ということになっている。はっきりいって、なんだかごまかされたような気がしてならない。
そのように仮定すると矛楯無く合理的に説明できる、ということは、それが実証された、ということと同じでいいのだろうか。少なくともここでは、別の原理では絶対に説明できない、あるいは、それを説明できる別の原理もありうるかもしれないが、今はこれしか思いつかないので、とりあえずこれで我慢しておく……ということが、あるはずだと思うのだが、はたしてどうなのだろうか。
それはともかくとして、高速で移動することによって、時間も変化するし、長さも変化する、ということは、そうなのだろうと思うことになる。
ここまでで言っていないことで気になるのが、時間が変化するものならば、いったい何を基準として時間を計測することになるのか、観察者の位置によって、時間の経過が異なる、すべて相対的な時間しかありえないということになるならば、絶対的な時間の尺度というものは存在しうるのだろうか。それが光の速度、ということになるのかなと思うが、このことについては、明言していないと思うのだが、はたしてどうなのだろうか。
2025年7月22日記
3か月でマスターするアインシュタイン 第3回 タイムマシンは夢じゃない!?
前回の内容としては、光の速度が一定であると「仮定」すると、そのことによってどのように世界を見ることになるのか、ということであったと記憶しているのだが、この回になると、光の速度が一定であることが「実証」されたので、そのことによってどう考えることになるのか……ということになっている。はっきりいって、なんだかごまかされたような気がしてならない。
そのように仮定すると矛楯無く合理的に説明できる、ということは、それが実証された、ということと同じでいいのだろうか。少なくともここでは、別の原理では絶対に説明できない、あるいは、それを説明できる別の原理もありうるかもしれないが、今はこれしか思いつかないので、とりあえずこれで我慢しておく……ということが、あるはずだと思うのだが、はたしてどうなのだろうか。
それはともかくとして、高速で移動することによって、時間も変化するし、長さも変化する、ということは、そうなのだろうと思うことになる。
ここまでで言っていないことで気になるのが、時間が変化するものならば、いったい何を基準として時間を計測することになるのか、観察者の位置によって、時間の経過が異なる、すべて相対的な時間しかありえないということになるならば、絶対的な時間の尺度というものは存在しうるのだろうか。それが光の速度、ということになるのかなと思うが、このことについては、明言していないと思うのだが、はたしてどうなのだろうか。
2025年7月22日記
ドキュメント72時間「千葉 100年の金物店」 ― 2025-07-23
2025年7月23日 當山日出夫
ドキュメント72時間 千葉 100年の金物店
どうでもいいことから書いてみるのだが、MakitaとHiKOKIと、バッテリーの規格を統一してくれないものか。そして、安くしてほしい。こういうメーカの機械を使っていると、一番の維持コストは、バッテリーである。
今は、工具類であっても、オンラインで注文して、翌日にはとどく、という時代になってきている。こういう時代に、この店の商売がよく続いていると感じる。おそらく、現地の顧客のニーズをつかんだ品揃えと、商品知識、ということになるだろう。店舗で買い物をするとき、その店の人の商品についての知識というものが、どれほど重要か、ということを感じる内容であった。
朝の7時半から店が開いているというのは、仕事に行くまえに、道具や部品類の調達という、職人さんたちの需要があるからである。これは、オンライン販売では、たちうちできないことになる。
番組のなかで養鶏場が出てきていた。テレビのニュースで養鶏場が映ると、たいていは、鳥インフルエンザで、飼育しているニワトリたちを処分する光景としてである。実際に、そこで、どういう人たちがどのような仕事をしているのか、ということが、具体的に描かれるということは、ほとんどない。(あるいは、養鶏場のことが詳しく出てくるのは、近代的な養鶏場ではなく、反近代的な自然農法で育てている特殊なケースであることが多い。これは、全体からみて、かなりかたよった取り上げ方だと思うのであるが。)
今の時代に、鍬を修理してくれるところがある、そういう職人さんの仕事が残っているというのも、ちょっと驚いたところである。こういうことは、続けていってほしい。
現代において、普通の農業、ということが、一般にほとんど知られることがないかとも思う。報道などで出てくるのは、大規模経営の農業法人であるか、あるいは、山間の零細な農家であるか、という傾向がある。それをささえる技術の伝承があり、現場の苦労があり、さらに、その背後には、このようなお店の商売がある、ということを思ってみることになる。
このような店の背景となる、地域の共同体意識を全力で否定してきたのが、日本の現代社会ということにはなると思うのだが。こういう番組で感じるのは、もうとりかえしがつかなくなっていることへのノスタルジーだろうか。
2025年7月19日記
ドキュメント72時間 千葉 100年の金物店
どうでもいいことから書いてみるのだが、MakitaとHiKOKIと、バッテリーの規格を統一してくれないものか。そして、安くしてほしい。こういうメーカの機械を使っていると、一番の維持コストは、バッテリーである。
今は、工具類であっても、オンラインで注文して、翌日にはとどく、という時代になってきている。こういう時代に、この店の商売がよく続いていると感じる。おそらく、現地の顧客のニーズをつかんだ品揃えと、商品知識、ということになるだろう。店舗で買い物をするとき、その店の人の商品についての知識というものが、どれほど重要か、ということを感じる内容であった。
朝の7時半から店が開いているというのは、仕事に行くまえに、道具や部品類の調達という、職人さんたちの需要があるからである。これは、オンライン販売では、たちうちできないことになる。
番組のなかで養鶏場が出てきていた。テレビのニュースで養鶏場が映ると、たいていは、鳥インフルエンザで、飼育しているニワトリたちを処分する光景としてである。実際に、そこで、どういう人たちがどのような仕事をしているのか、ということが、具体的に描かれるということは、ほとんどない。(あるいは、養鶏場のことが詳しく出てくるのは、近代的な養鶏場ではなく、反近代的な自然農法で育てている特殊なケースであることが多い。これは、全体からみて、かなりかたよった取り上げ方だと思うのであるが。)
今の時代に、鍬を修理してくれるところがある、そういう職人さんの仕事が残っているというのも、ちょっと驚いたところである。こういうことは、続けていってほしい。
現代において、普通の農業、ということが、一般にほとんど知られることがないかとも思う。報道などで出てくるのは、大規模経営の農業法人であるか、あるいは、山間の零細な農家であるか、という傾向がある。それをささえる技術の伝承があり、現場の苦労があり、さらに、その背後には、このようなお店の商売がある、ということを思ってみることになる。
このような店の背景となる、地域の共同体意識を全力で否定してきたのが、日本の現代社会ということにはなると思うのだが。こういう番組で感じるのは、もうとりかえしがつかなくなっていることへのノスタルジーだろうか。
2025年7月19日記
英雄たちの選択「シリーズ・リアル忍者 戦国忍者“神君伊賀越え”の選択」 ― 2025-07-23
2025年7月23日 當山日出夫
英雄たちの選択 シリーズ・リアル忍者 戦国忍者“神君伊賀越え”の選択
私の世代だと、忍者といえば、「伊賀の影丸」「サスケ」「ワタリ」「カムイ」「赤影」という忍者漫画が思いうかぶ。以前、小学館が「カムイ伝全集」を刊行したときは、最初から全巻買って読んだ。もう一回読んでみようとは思わないけれど。
歴史として考えることは、戦国時代のインテリジェンス、ということがメインになるかもしれない。現代でもそうだが、こういう部分は、歴史の闇の部分なので、史料が残りにくいということがある。戦国時代といっても、戦国武将たちの派手な合戦シーンばかりで、時代が動いていったということではないだろう。
それから、番組のなかで少し触れていたが、兵站の問題がある。戦国時代の合戦の兵站というのは、どうなっていたのだろうか。こういう部分も、戦国時代をあつかったドラマや小説などでは、あまり描かれることがない。ゲストで出ていた今村翔吾は、(今でいう)工兵のことをあつかった作品を書いているが、こういうのは例外とみていいだろう。
伊賀と甲賀には、忍者屋敷が観光用にあるのだが、これは、両方とも行ったことがある。まだ、子どもが小さかったころのことである。伊賀は、伊賀上野という城下町になった。しかし、甲賀の方は、なんとなく昔の村落の雰囲気の残る地域であった。このような地域で、土着の豪族が、忍者の仕事(?)をしながら、独自に生活をしていたという理解でいいだろうか。
見ていて興味深かったのは、家康の伊賀越えを再現してみせる場面で出てきた、昔の道。幅がかなりあり、整備された状態で残っていた。これは、昔から今にいたるまで、土地の人びとによって維持管理されてきている道、ということになるのだろうか。山の中の道であるから、ほうっておいたら、木が生い茂ってすぐにわけのわからない状態になるはずである。日頃から歩く人がいたり、整備することが続いてきたということになるのだろう。
では、この古くからの道は、中世から近世、そして、近代にいたるまで、どのような道として、使われてきたのだろうか。どのような人が、どこへ行くために、あるいは、何を運ぶために使っていたのだろうか。
信長が伊賀を攻めたのは、何故だろう。戦国大名として、大きな勢力を持っているという地域でもなさそうである。小さな豪族たちのあつまりである。おそらくは、そのもっている技術(インテリジェンスにかんする)が、こわかったから、ということになるのかとも思うが、どうなのだろうか。京の都に近いところに、こういう集団がいては困るということだったと想像してみる。
忍者とは、移動する人びとであった。山岳修験の人びとなども、ふくまれることになる。やとってくれる主人(大名など)がいれば、その技術で、仕事をしていた、という理解でいいだろうか。このような人びとは、日本の各地にいたが、まとまって存在し、土着的な傾向のつよかったのが、伊賀と甲賀ということかとも思って見ていた。
日本の歴史を考えるとき、人間は、土地に定住して生きるということを基本にする考え方と、移動することを基本にする人びとのことを考える考え方がある。実際には、その両方がいたのだろうと思うが、一般的には、百姓=農民=定住、というイメージで語られることが多い。視点を変えれば、武士は、移動する人びとであったことになる。近世になって、大名の改易や領地替えなどがあれば、武士たちはこぞって、新しい土地に移動する。土地を移動する人びととして武士を見ると、また新しい歴史のイメージが描けるかもしれない。
2025年7月18日記
英雄たちの選択 シリーズ・リアル忍者 戦国忍者“神君伊賀越え”の選択
私の世代だと、忍者といえば、「伊賀の影丸」「サスケ」「ワタリ」「カムイ」「赤影」という忍者漫画が思いうかぶ。以前、小学館が「カムイ伝全集」を刊行したときは、最初から全巻買って読んだ。もう一回読んでみようとは思わないけれど。
歴史として考えることは、戦国時代のインテリジェンス、ということがメインになるかもしれない。現代でもそうだが、こういう部分は、歴史の闇の部分なので、史料が残りにくいということがある。戦国時代といっても、戦国武将たちの派手な合戦シーンばかりで、時代が動いていったということではないだろう。
それから、番組のなかで少し触れていたが、兵站の問題がある。戦国時代の合戦の兵站というのは、どうなっていたのだろうか。こういう部分も、戦国時代をあつかったドラマや小説などでは、あまり描かれることがない。ゲストで出ていた今村翔吾は、(今でいう)工兵のことをあつかった作品を書いているが、こういうのは例外とみていいだろう。
伊賀と甲賀には、忍者屋敷が観光用にあるのだが、これは、両方とも行ったことがある。まだ、子どもが小さかったころのことである。伊賀は、伊賀上野という城下町になった。しかし、甲賀の方は、なんとなく昔の村落の雰囲気の残る地域であった。このような地域で、土着の豪族が、忍者の仕事(?)をしながら、独自に生活をしていたという理解でいいだろうか。
見ていて興味深かったのは、家康の伊賀越えを再現してみせる場面で出てきた、昔の道。幅がかなりあり、整備された状態で残っていた。これは、昔から今にいたるまで、土地の人びとによって維持管理されてきている道、ということになるのだろうか。山の中の道であるから、ほうっておいたら、木が生い茂ってすぐにわけのわからない状態になるはずである。日頃から歩く人がいたり、整備することが続いてきたということになるのだろう。
では、この古くからの道は、中世から近世、そして、近代にいたるまで、どのような道として、使われてきたのだろうか。どのような人が、どこへ行くために、あるいは、何を運ぶために使っていたのだろうか。
信長が伊賀を攻めたのは、何故だろう。戦国大名として、大きな勢力を持っているという地域でもなさそうである。小さな豪族たちのあつまりである。おそらくは、そのもっている技術(インテリジェンスにかんする)が、こわかったから、ということになるのかとも思うが、どうなのだろうか。京の都に近いところに、こういう集団がいては困るということだったと想像してみる。
忍者とは、移動する人びとであった。山岳修験の人びとなども、ふくまれることになる。やとってくれる主人(大名など)がいれば、その技術で、仕事をしていた、という理解でいいだろうか。このような人びとは、日本の各地にいたが、まとまって存在し、土着的な傾向のつよかったのが、伊賀と甲賀ということかとも思って見ていた。
日本の歴史を考えるとき、人間は、土地に定住して生きるということを基本にする考え方と、移動することを基本にする人びとのことを考える考え方がある。実際には、その両方がいたのだろうと思うが、一般的には、百姓=農民=定住、というイメージで語られることが多い。視点を変えれば、武士は、移動する人びとであったことになる。近世になって、大名の改易や領地替えなどがあれば、武士たちはこぞって、新しい土地に移動する。土地を移動する人びととして武士を見ると、また新しい歴史のイメージが描けるかもしれない。
2025年7月18日記
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