『八重の桜』「尚之助との旅」2025-08-04

2025年8月4日 當山日出夫

『八重の桜』「尚之助との旅」

これまで幕末を舞台にして多くのドラマが作られてきたが、そのなかで、一番わけのわからない人物が、徳川慶喜だろうと思う。名君なのか、それとも、単なるきまぐれか、どうも、江戸幕府の最後は、この人物に振り回されているという印象がある。このあたりのことは、これまでに幕末から明治維新が、どのように、小説やドラマで描かれてきたか、という観点から、(これは、普通の歴史研究とはまた違った観点になるが)考えてみると面白いことかもしれない。新撰組とサブカルチャーのこととか、西郷隆盛の人物像のイメージとか、いろいろと面白いことがありそうである。

これまで見てきて、江戸時代のドラマであるが、あまり刀を抜いての戦い……いわゆるチャンバラ……というシーンは、ほとんどない。新撰組が出てきているので、これは、さすがに刀を持たせないと絵にならなかったが。その代わりに出てきているのが、鉄砲である。鉄砲だけで、何種類も登場してきている。そして、このドラマのこれからの見せ場である、会津の籠城戦では、八重はスペンサー銃で戦うことになる。

槍を使うシーンが多い。会津の武芸というと槍ということになっている。普通は剣術だろうと思うのだが。これは、鉄砲をきわだたせるためには、こうなっているということになる。

ところで、このドラマを見ていても感じることだが、照明をなるべく自然の状態に近いように工夫してある。昼間は、室内であっても、障子や雨戸をあけはなって、外からの光が入ってきているようにしてある。夜の室内の場面でも、なるべくランプや行灯の灯りであることを、演出するようにしてある。この方向をつきつめていくと、今の『べらぼう』のように、非常に暗い絵作りになるのだが、『八重の桜』の段階では、そこまで極端に暗い画面にはしていない。

日曜日の昼に、『八重の桜』と『べらぼう」を4Kで続けて見ていると、その照明の方針の違いということが、よく感じられる。

どうでもいいことかもしれないけれど、安達太良山、の風景が映ると、私などは、『智恵子抄』をどうしても連想してしまう。

2025年8月3日記

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