『チョッちゃん』最終週2025-10-12

2025年10月12日 當山日出夫

『チョッちゃん』最終週

最後の回(土曜日)を見て、このドラマは、芸術ということが分かっている人間が作ったドラマだということを、強く感じた。

復員した要はバイオリンを弾こうとしない。怖いという。戦地で恐ろしい体験をしてきて、自分にきれいな音が出せるかどうか悩む。それに対して蝶子は言う。青森であった復員兵が、ユーモレスクを聞いた話しである。人の心にひびく音楽だったからこそ、その兵隊さんの気持ちにうったえるものがあったのだと。

こういう脚本が書けるというのは、芸術が人間の気持ちにうったえかけるものである、ということを理解していないと、そして、それが、理屈でどうこうでなく、自然とそれを聴く人間に感銘を与えるものであること……こういうことが、分かっているからこそである。

芸術ということをドラマで描くことは、とても難しいことである。いやそれ以前に、芸術とはどういうものか、理解して感得していないといけない。(芸術についていえば、悲惨な現実があってもなお崇高な美をもとめるということもあるのだが、ここは要や蝶子のことばを素直にうけとっておきたい。)

『チョッちゃん』は、最初の放送のとき(1987年、昭和62年)は、半分ぐらい見ていただろうか。全話をきちんと見たのは、今回がはじめてになる。はっきりいって、近年の朝ドラとくらべてみることになるのだが、そこで描かれている人間観、人生観、時代感、これらが、優っている。(近年の放送、再放送であったものとしては、『カムカムエヴリバディ』『カーネーション』が良かったが。)

とにかく、『チョッちゃん』を見ていて感じたことは、品がある、ということである。(ちなみに、今話題の『国宝』(吉田修一)のなかにこんなことが出てくる……貧乏には品があるが、貧乏くささには品がない。)

品がある、というような評価は、近年のエンタテイメントやドラマについては、あまり言われることばではないかもしれない。あるいは、もう古めかしい古風な価値観といわれるかもしれない。

だが、私が、このドラマを半年見てきて感じるのは、品がある、ということが一番しっくりくる。

『チョッちゃん』には、悪い人が出てこない。悪意のある人間は登場しない。善人しか出てこない、人間の善意に対する全幅の信頼を描いている。だが、そうでありながら、人間の心の奥底にある邪悪なものの存在を感じさせるところがある。それを、それと直接的に言及していないだけである。

最終回の要の科白が象徴的である。戦場で悲惨なことを多く見てきて、慣れてしまったので、綺麗な音がだせるかどうか、怖い。こういう科白は、人間の心の暗黒な面を感じることができるからこそ、言える科白である。

また、『チョッちゃん』を見ながら感じたことは、昭和の戦前の人びとの身体感覚、生活の感覚である。日常のちょっとしたしぐさに、昔の人はこうだった、と感じさせるところが随所にあった。(たとえば、この週の中では、千駄木の家にやってきた(看護婦だった)たまさんが、家の中に上がるときに、腰に下げていた手ぬぐいで、足をはらっていた。こういう所作は、もう今の時代では、忘れられてしまったものである。)

このドラマのなかでは、これに類する、昔の人びとの生活の所作が多く見られる。こういうことを、意図しなくてもドラマの中で自然に描くことができたのが、ぎりぎりで昭和の終わり頃だったことになる。同時期に放送だった『あんぱん』では、こういうところがまったく説得力がなかった。また、今の『ばけばけ』では、意図的にこういうところを排除して作っている。これはこれで今のところは成功している。

昭和の戦前の人間の生活の感覚をもっともよく表現していたのは、富子おばさんの佐藤オリエだっただろう。また、お父さんの佐藤慶が、非常によかった。明治の頑固親父でありながら、娘への慈愛を感じさせた。

黒柳徹子の母親はこんなふうだった、そして、その夫や家族、また両親はこんな人たちだった……史実をふまえながらも、これが、納得できる描き方になっていた。これができたのは、確かな人間観と時代についての感覚であったと、私としては思う。

2025年10月11日記

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