新日本風土記「秀吉も空海も 玄界灘に抱かれて」 ― 2026-01-19
2026年1月19日 當山日出夫
新日本風土記 「秀吉も空海も 玄界灘に抱かれて」
一番印象に残ったのは、増田様の増田巡査の子孫の方が生きていて、警察官をしている……なんとなく、とてもいい話しだと思う。
増田様(増田神社)のことは、かなり以前から知ってはいたことである。人が死んで、その功績をたたえるために(もし、それが非業の死である場合)、神様になることがある。これは、日本の古くからの宗教的、民俗的なならわしといっていい。それが、一介の巡査というのは、なにかとてもこころ暖まる話しとして、私には思える。(ただ、こういう人びとの心性があって、近代天皇制ということもあるかとも思うのだが、ここは、あまり詮索しないでおきたい。)
それから、もう一つ印象に残ったことは、呼子の町にやってきた(奥さんの実家)男性が、福岡からやってきたのだが、それでも、はじめは地元に受け入れられる存在でなかった、ということ。はっきり、こう言っていたわけではないけれど、今は仲よくしている、という言い方を裏返せば、最初は仲よくしてもらえなかった、ということだろうと思う。同じ九州で、佐賀県と福岡県の間でも、こういう排他的な感覚があるのか、ということになる。
また、秀吉の朝鮮出兵のときの死者の霊をとむらう行事を今でもおこなっていて、このとき、「文禄慶長之役」「壬辰丁酉之乱」「万暦朝鮮之役」と、異なる名称を、ならべて言っていて、位牌にも並んで書いてあった。いわゆる朝鮮出兵であるが、どの国、地域から見れば、どのように見えることになるのか、異なる視点を尊重するということは、大切なことかと思う。(だからといって、朝鮮出兵を歴史的にどう見るかということは、政治的な思惑もからむので、また、別のことだとは思うが。)
隠れキリシタンと言っていた。たしか、この言い方は今はしなくなっている。潜伏キリシタンというはずだが、この番組としては、こういうことでは、より一般的な名称に従ったということだろう。こういう人たちは、カトリックの信仰であるが、現代の日本において、カトリック信仰の全体の中では、どう位置づけられているのだろうか。ちょっと気になることではある。
呼子の朝市、そして、大綱引は、豪快である。
イカが透明な状態で食べられるというのは、とても贅沢なことである。海があってのことである。(これも、近年の日本近海でのイカの漁は、いろいろと問題を抱えているらしいとは思うが。)
弘法大師信仰が息づいている。高野山からしかるべき僧侶にきてもらって、行事がある。山伏の人たちもいる。おそらくは、古くからの神仏習合の行事があって、今に残っているのだろう。
番組では、多くのお墓や慰霊碑というべきものが、出てきていた。いろんな死者の怨霊があって、ふさわしく祀らないと、祟りがある……こういう素朴な感覚は、今の社会では、失われつつあるものにちがいない。(この観点では、靖国神社とか、あるいは、東京裁判で絞首刑になった被告とかのことは、改めて考えられていいことだとは思う。ただ、私は、近代国家としての英霊祭祀はあるべきだと思っているが、それに今の靖国神社がふさわしいかどうかは、別の問題であると思う。)
能を公民館で上演するというのも、とてもいい。都会で、伝統と格式のある能楽堂で鑑賞するのとは違った、むしろ、芸能としての本来の姿かもしれない。この公園のチケットを近所のお店などに売って歩く(ことばは悪いが、売りつける、ほとんど押し売りかとも感じるが、どうなのだろうか。これも、近所づきあいの共同体といえばそれまでであるが)。このシーンで、あるお店に「鯨組主 中尾家屋敷」と書いた看板があったが、これは、どういう家なのだろうか。
棚田は見事であるが、石垣のメンテナンスも大変そうである。
終わりの方で、お告げはあるんです、祟りはあるんです、と女性が言っていた。こういうようなことばは、このごろでは、とんと聞かれなくなったことばである。
朝鮮半島と日本との関係を考えれば、古来より、この九州北部の地域が、その玄関口であったことは確かなので、歴史について視点を変えて見るならば、いろいろと面白いことは、あるにちがいない。
どうでもいいことかもしれないが、最後まで見て、クレジットに、宮内庁書陵部の名前があったが、どういう取材と関係しているのだろうか。
2026年1月8日記
新日本風土記 「秀吉も空海も 玄界灘に抱かれて」
一番印象に残ったのは、増田様の増田巡査の子孫の方が生きていて、警察官をしている……なんとなく、とてもいい話しだと思う。
増田様(増田神社)のことは、かなり以前から知ってはいたことである。人が死んで、その功績をたたえるために(もし、それが非業の死である場合)、神様になることがある。これは、日本の古くからの宗教的、民俗的なならわしといっていい。それが、一介の巡査というのは、なにかとてもこころ暖まる話しとして、私には思える。(ただ、こういう人びとの心性があって、近代天皇制ということもあるかとも思うのだが、ここは、あまり詮索しないでおきたい。)
それから、もう一つ印象に残ったことは、呼子の町にやってきた(奥さんの実家)男性が、福岡からやってきたのだが、それでも、はじめは地元に受け入れられる存在でなかった、ということ。はっきり、こう言っていたわけではないけれど、今は仲よくしている、という言い方を裏返せば、最初は仲よくしてもらえなかった、ということだろうと思う。同じ九州で、佐賀県と福岡県の間でも、こういう排他的な感覚があるのか、ということになる。
また、秀吉の朝鮮出兵のときの死者の霊をとむらう行事を今でもおこなっていて、このとき、「文禄慶長之役」「壬辰丁酉之乱」「万暦朝鮮之役」と、異なる名称を、ならべて言っていて、位牌にも並んで書いてあった。いわゆる朝鮮出兵であるが、どの国、地域から見れば、どのように見えることになるのか、異なる視点を尊重するということは、大切なことかと思う。(だからといって、朝鮮出兵を歴史的にどう見るかということは、政治的な思惑もからむので、また、別のことだとは思うが。)
隠れキリシタンと言っていた。たしか、この言い方は今はしなくなっている。潜伏キリシタンというはずだが、この番組としては、こういうことでは、より一般的な名称に従ったということだろう。こういう人たちは、カトリックの信仰であるが、現代の日本において、カトリック信仰の全体の中では、どう位置づけられているのだろうか。ちょっと気になることではある。
呼子の朝市、そして、大綱引は、豪快である。
イカが透明な状態で食べられるというのは、とても贅沢なことである。海があってのことである。(これも、近年の日本近海でのイカの漁は、いろいろと問題を抱えているらしいとは思うが。)
弘法大師信仰が息づいている。高野山からしかるべき僧侶にきてもらって、行事がある。山伏の人たちもいる。おそらくは、古くからの神仏習合の行事があって、今に残っているのだろう。
番組では、多くのお墓や慰霊碑というべきものが、出てきていた。いろんな死者の怨霊があって、ふさわしく祀らないと、祟りがある……こういう素朴な感覚は、今の社会では、失われつつあるものにちがいない。(この観点では、靖国神社とか、あるいは、東京裁判で絞首刑になった被告とかのことは、改めて考えられていいことだとは思う。ただ、私は、近代国家としての英霊祭祀はあるべきだと思っているが、それに今の靖国神社がふさわしいかどうかは、別の問題であると思う。)
能を公民館で上演するというのも、とてもいい。都会で、伝統と格式のある能楽堂で鑑賞するのとは違った、むしろ、芸能としての本来の姿かもしれない。この公園のチケットを近所のお店などに売って歩く(ことばは悪いが、売りつける、ほとんど押し売りかとも感じるが、どうなのだろうか。これも、近所づきあいの共同体といえばそれまでであるが)。このシーンで、あるお店に「鯨組主 中尾家屋敷」と書いた看板があったが、これは、どういう家なのだろうか。
棚田は見事であるが、石垣のメンテナンスも大変そうである。
終わりの方で、お告げはあるんです、祟りはあるんです、と女性が言っていた。こういうようなことばは、このごろでは、とんと聞かれなくなったことばである。
朝鮮半島と日本との関係を考えれば、古来より、この九州北部の地域が、その玄関口であったことは確かなので、歴史について視点を変えて見るならば、いろいろと面白いことは、あるにちがいない。
どうでもいいことかもしれないが、最後まで見て、クレジットに、宮内庁書陵部の名前があったが、どういう取材と関係しているのだろうか。
2026年1月8日記
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