ハンバート ハンバートと「笑ったり転んだり」を語ったり♪ ― 2026-02-27
2026年2月27日 當山日出夫
ハンバート ハンバートと「笑ったり転んだり」を語ったり♪
『ばけばけ』の主題歌の裏話である。
曲のオファーのとき、小泉セツの『思い出の記』だけを渡して、この本のイメージで作ってほしいということだったらしい。この本は、私も読んだが、小泉八雲のことを知るには、いい本だと思う。
『ばけばけ』の放送が、去年はじまって、まず驚いたといっていいこととしては、主題歌の歌詞がきちんと聞き取れる音楽になっていたことである。過去の数作品を思い浮かべてみても、歌詞が普通に聞き取れるのは無かった。字幕表示で見て、こういう歌詞なのかと分かるものばかりだった。
それから、歌詞がきちんと聞き取れると同時に、そのことばが日本語の自然な流れになっていることがある。最近の日本のポピュラーな歌は、わざとなのだろうが、歌詞が聴き取りづらく、また、その曲のメロディやリズムが、日本語の歌詞にあっていない、というのが多い。(こういう事例の最も有名なのが、童謡の「あかとんぼ」である。「あかとんぼ」のアクセントは、現代の日本語とは違っているが、これは、作曲は山田耕筰だが、その時代の東京のことばのアクセントにしたがったので、今に残っている。)
容易に歌詞が聞き取れない音楽というのも、それなりの意図があって作って歌っているということはあるのだろうとは思うのだけれど。(だが、私の好みではない。)
この曲を聴くと、泣いている赤ちゃんが泣き止むというのは……そういうことはあるのだろうと思う。(これはこれで、きちんと科学的に考えることになる。)
「毎日難儀なことばかり」とか「野垂れ死ぬかもしれないね」とか、まあ、普通は朝ドラで、こんなことばの歌はないだろう、と思うのだが、しかし、日常的な生活の感覚としては、なるほど、こういう気持ちになることもあるよなあ、と感じる。
2026年2月25日記
ハンバート ハンバートと「笑ったり転んだり」を語ったり♪
『ばけばけ』の主題歌の裏話である。
曲のオファーのとき、小泉セツの『思い出の記』だけを渡して、この本のイメージで作ってほしいということだったらしい。この本は、私も読んだが、小泉八雲のことを知るには、いい本だと思う。
『ばけばけ』の放送が、去年はじまって、まず驚いたといっていいこととしては、主題歌の歌詞がきちんと聞き取れる音楽になっていたことである。過去の数作品を思い浮かべてみても、歌詞が普通に聞き取れるのは無かった。字幕表示で見て、こういう歌詞なのかと分かるものばかりだった。
それから、歌詞がきちんと聞き取れると同時に、そのことばが日本語の自然な流れになっていることがある。最近の日本のポピュラーな歌は、わざとなのだろうが、歌詞が聴き取りづらく、また、その曲のメロディやリズムが、日本語の歌詞にあっていない、というのが多い。(こういう事例の最も有名なのが、童謡の「あかとんぼ」である。「あかとんぼ」のアクセントは、現代の日本語とは違っているが、これは、作曲は山田耕筰だが、その時代の東京のことばのアクセントにしたがったので、今に残っている。)
容易に歌詞が聞き取れない音楽というのも、それなりの意図があって作って歌っているということはあるのだろうとは思うのだけれど。(だが、私の好みではない。)
この曲を聴くと、泣いている赤ちゃんが泣き止むというのは……そういうことはあるのだろうと思う。(これはこれで、きちんと科学的に考えることになる。)
「毎日難儀なことばかり」とか「野垂れ死ぬかもしれないね」とか、まあ、普通は朝ドラで、こんなことばの歌はないだろう、と思うのだが、しかし、日常的な生活の感覚としては、なるほど、こういう気持ちになることもあるよなあ、と感じる。
2026年2月25日記
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