BS世界のドキュメンタリー「潜入:欧州 極右勢力の実態を暴く」2026-03-03

2026年3月3日 當山日出夫

BS世界のドキュメンタリー「潜入:欧州 極右勢力の実態を暴く」

前後編を録画しておいて、続けて見た。

こういう活動があってもいいとは思うのだが、しかし、ジャーナリズムとしては、かなり危ないことをしているかと感じる。潜入調査ということだが、要するに、相手をだましていることになる。これはこれで、取材の一つの手法といえば、それまでなのだが、見終わってあまりいい印象はない。自分たちの主張が正義で、相手(極右)が悪である、という価値観が、あまりに露骨である。

悪であるかどうかは、見る人の判断にまかせるとして、とにかく、どういう事実関係があるのかをつきとめてみたい……いわば、好奇心にもとづくようなところが感じられない。悪であるに決まっている連中の正体をあばく、という正義感は伝わってくるのだが、なぜ、それが悪なのかということを、自省するところが全くない。

欧米に極右というべき人びとの動きがあることは確かなことだし、それについては、私はあまり賛同する気にはなれない。しかし、そういう主張が(フェイクであるとしても)、なぜ、多くの人びとにとどくのか、ということを考えることがあってよい。この部分を欠いて、ただひたすら悪と、それにまどわされる愚かな大衆という構図で、世の中の動きを語っても、あまり建設的ではないだろう。

人種による知能の差……これは、あるともないともいえない、といういあたりが妥当なところかと思っている。身体能力の違いがあるということは、いってもかまわないことなのか、いけないことなのか。

仮に知能にちがいがあったとしても、そのことで、その人たちを低く見ることがいけないことなのである。人間の人権として平等である。(もし知能や身体能力などに違いがあるとしたなら、それが証明されたとしたなら、それで、いったい人権に違いがあるというのだろうか。)

極右とされる人たちを悪として断罪する、これはこれで一つの立場なのであるが、これだけで、世の中がよい方向にむかうとは、私は思えない。なぜ、人は、異なる人たち(それを、人種といってもいいし、文化といってもいいし、宗教といってもいい)に対して、不寛容になるのか、忌避感を感じるのか、ここのところについて、人間とはどういうものなのか、ではどうすればいいのか、深く広く静かに考えることが必要だと思う。

移民について違和感を感じる普通の生活をしている人びとに対して、悪にだまされている、バカである、というだけのことに終わっている。

私見としては……移民については、適度な制限があってしかるべきだと思っている。どの程度が適度なのかは、いろいろと議論はあるだろうが。少なくとも、ある限度を超えて短時間のうちに進むと、排外主義ということは、必然的に起きる。端的にいえば、人間とはそういうものなのだから、である。ここで、過激な排外主義を生み、社会を崩壊させない、国民国家としての枠組みと秩序を維持するためには、極右的な排外主義を生まないようにする必要がある。そのためには、人間の生活には、歴史と文化があり、またその背景には時間というものがある、という認識が必要である。ただ、移民を受け入れない、同化を拒否する人びとを、バカだといい、それをあおる極右を悪だといえばすむという問題ではない。根本的な人間観の問題なのである。

2026年2月27日記

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