魯山人のかまど「冬編」2026-04-03

2026年4月3日 當山日出夫

このドラマでは、食事について、こまかな蘊蓄をかたむけることはないが、美味しいものとはどういうものなのか、ということについて、魯山人がどう思っていたかという観点から作った、という理解でいいだろうか。

ロックフェラー家の御曹司がやってくる。茶室でもてなすのだが、古風な、茶道の作法など関係ない。この意味では、いわゆる伝統といわれるものを無視していることになるのだが、こういう茶室の使い方をできるのも、魯山人だからである、ということになる。

狂言のシーンは、巧みではあるのだが、さて、これで魯山人という人物を描くことに繋がっているかとなると、ちょっと疑問かなという気がしないでもない。

各地のお雑煮の場面は、どうだろうか。確かに、日本の各地でいろんな種類のお雑煮がある。これを言うなら、日本のお正月でお餅を食べない地域が多いということもあるので、こういうことをふくめての日本の食文化だと思う。

魯山人は、近代において、いわゆる美食ということの概念を強く主張したといっていいだろうが、その先に何を見ていたのか……芸術家として追求した美は、どんなものだったのか。その視線の先にあるものを、なんとなく感じる作り方になっていたとは思う。これが美食だと言って提示するのではなく、そのさらに向こう側にどんな世界を感じとっていたのだろうか、と思う。

書家であり、また、陶芸家でもあった。現代では、それらは、高く評価される。ただ、ドラマでは、書家という面は、あまり強く出していなかった。ドラマに作るとき、書家という面は、難しいかなとも思う。

家庭料理こそ最高であると言いながら、自分自身は、まったく家庭的でない、破滅型の人生を送ったことになる。それを、一人で食事を作って食べるということで、表現していると理解していいだろう。

2026年4月1日記

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