『太平記』「芽生え」2026-04-14

2026年4月14日 當山日出夫

『太平記』「芽生え」

日曜日の昼に、『太平記』の再放送と『豊臣兄弟!』を続けて見ると、はっきり言って、『太平記』の方が、ドラマとして断然できがいい。クオリティが違う。あるいは、描いている人間観というか、時代と人間についての感覚というか、こんなにも違うものなのかと感じる。

歴史の中で、どのような時代に生まれるかは運命である。だが、その運命をひきうけつつも、時代の流れの中で、どう生きるのか、その回りにはどんな人たちがいるのか、そして、その中で人間とはどういうものなのか……こういうことの、全体の描き方の深さと広さが違う。

当時の鎌倉時代末期における政治の権力の中で、足利氏として生きのびるにはどうするべきなのか、高氏の生きている時代のことであるが、さてどう生きるかは、難しい。

そして、これは吉川英治の原作としての特徴になるだろうが、社会的階層、身分において、多様性がある(今風のことばいえば、であるが。)謎の山伏であったり、旅芸人の一座であったり、社会の身分秩序の枠の外にいる人物が、非常にうまく配置されている。

1991年のドラマであるが、古風なことばでいえば、ビルドゥングスロマン(教養小説)の雰囲気を多く持っている。そういえば、昔の、大河ドラマや、朝ドラは、なにがしか教養小説的であった。

緒形拳が、非常にいい。貫禄である。また、宮沢りえが若々しくてとてもいい。

『豊臣兄弟!』と比べて、決定的に違っているのは、『太平記』には「大人」が出てきていることである。「大人」の世界があって、それを前にして、少年・少女、青年たちがいる。高氏であり、藤夜叉である。

2026年4月13日記

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