新日本風土記「長崎 五島列島の春」 ― 2026-04-18
2026年4月18日 當山日出夫
新日本風土記「長崎 五島列島の春」
再放送である。最初は、2024年5月20日。
五島列島というと、名前は知っているが……というのが、正直なところである。風光明媚なところだが、今の時代である、過疎化の地域でもある。
見ながら思ったことを、思いつくままに書いておく。
水道(上水道)が無い生活というのは、今の日本だと、ごく特殊なことになっている。五島列島の島の中には、近年まで、上水道の無い島があった。雨水をためて使っていた。それが、現在では、海水から淡水を作ることができるので、それを利用している。
そもそも、飲料になる真水の無いところに人間は基本的に住めない。なのに、どうして、こんな島に人が住むようになったのだろうか。たとえ、雨水をためておくという知識と方法を知っていたとしても。
私は、小学生ころ、しばらくの間、上水道の無い住まいで生活したことがあるので、水道があって、そこから出る水が飲めるということのありがたさを身にしみて感じる。そのせいもあってか、今もって、水を大切にする感覚は、通常の人よりも強く持っている。
定置網漁ということだから、会社組織にして、その従業員ということで働く漁師が生活できる。これも、今の時代ならではのことだろう。(ただ、今の時代、日本の漁業は、外国人労働力なしにはなりたたないのが実情であると認識しているが。)
弘法さんの信仰が、古くからのものとして残っている。まさか、平安時代の空海のころにまでさかのぼるということはないだろうが、東北のオシラサマのような形で人びとの間に、生活に根づいたものとして残っているというべきだろうか。百万遍の念仏が、それと共存しているのも面白い。さらに、マリア観音が残っているというのも、とても興味深い。
牛を育てるのに、放牧というのは、理想的なことなのかもしれない。土地と気候条件がそろっていれば、場合によると低コストということになるのかとも思う。といって、放牧であっても、ほうったらかしということではないはずで、これはこれで気を配ることが多いにちがいないが。画面に映っていた牛は、道路を左側通行していたが、島の道は牛優先ということのようである。
昔のお城の跡地、あるいは、そのエリアの中に、学校があるというのは、珍しいことではないと思っているが、どうなのだろうか。いくつかは動物園があったりもしたはずである。お城の土地利用の近代史、とでもいうような調査研究があるのかとも思うが。
小学校が、統廃合されるのは、もうしかたないことである。地方の過疎の地域もそうであるし、都市の中心部でも、子どもの数が減ってくれば、必然的にそうなる。(その一方で、児童生徒のうちのかなりの数が、「外国人」……日本生まれであるとしても……というところもある。教育の問題は、大所高所から論じることは簡単だが、実際には、現場の教師などの負担でどうにかなっているところが大きい。)
島で生まれても、高校を出たら外に出て行く。昔は、集団就職で出ていくということもあった。
島での人びとの生活をささえるインフラの維持も、将来的には重要なことである。孤島で住むことができるとしても、船の便がなければどうにもならない。その船も、燃料がなければ動かない。これは、自動車であっても同じことであるが。船は道路を必要としない分、まだ融通が利くというべきだろうか。
2026年4月15日記
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