おとなのEテレタイムマシン「ETV2000 井上ひさし 原爆を語るということ 第2回」2025-08-01

2025年8月1日 當山日出夫

おとなのEテレタイムマシン ETV2000 井上ひさし 原爆を語るということ 第2回

この第二回目は、『父と暮せば』について。

この演劇のはじまりが、死んだ父の亡霊が、押し入れの中から出てくるところからはじまる。押し入れは、異界との通路である。「ドラえもん」における机の引き出しもそうである。村上春樹の作品に多く登場する、穴であったり、地下のトンネルであったり、井戸であったり、エレベータであったり、これら、この世とあの世を行き来できる通路としてイメージできる。非常に分かりやすい導入になっていることが分かる。

井上ひさしが言っていたことで、印象に残ることがいくつかある。

被爆者の人たちは、写真を撮るときのフラッシュを嫌う。こういう話しは、あまり広くは知られていないことかもしれないと思うが、重要なことである。

『父と暮せば』は、広島方言で語られなければならない、それはそのとおりだと思う。また、広島の人たちの言うこととして、戦争の前と後とで、広島のことばが変わってしまった、という。一度に、市内にいた数多くの人が亡くなってしまったので、当然ながら、そこでのことばも影響を受ける。私は、方言学には、あまり知識はないのだが、こういうことについて、どういう研究があるのだろうか。

広島で最初の公演があったとき、客席は静まりかえっていたという。終わっても拍手が起こらなかった。しばらくして、誰かが拍手し始めて、それでようやく観客が拍手しはじめた。

まさに、こういう証言こそ、井上ひさし自身のことばとして、残しておくべきことである。

学者以上に調べて調べ尽くして、そしてそれをふまえてウソを書く。これが、井上ひさしの創作ということになる。

また、図書館の役割として記録・記憶を残すことに価値があるともいう。これは、現代では、文書館(アーカイブ)をふくめて考えることになるが、記録と記憶を残すことの価値は、重要である。(ただし、私は、語り部は信用しない。これは、前回に書いたことである。)

この作品では、亡霊がこの世に出てきて、今の人間と語る。古くは能楽から受け継がれてきた演劇のスタイルを踏襲していることになる。死者が語る、死者の声に耳をかたむける……ふるくから日本にあったものの考え方である。この意味でも、記録を残すということの価値があり、それは、未来への責任でもある。

2025年7月28日記

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