まずは通説を知る必要2017-05-12

2017-05-12 當山日出夫(とうやまひでお)

先日の日本語史の講義。古事記についてであった。

まず、黒板につぎのようなことを書いて説明する。

712年。太安万侶が、稗田阿礼の暗記していたことを、文字(漢字)で書いて書物にした。漢字だけで日本語を書いた、最古の文献である。ここには、日本の神話、歴史が書かれている。

このように書いたうえで、さらに次のように言った。

この黒板に書いてあるようなことを、そのまま文字通りに信じているような日本語史研究者、古代史研究者は、いません。書いてあることは嘘ではないが、しかし、専門家は、これらのことについて、さらなる疑義をさしはさむことで、研究をすすめている。だから、専門の研究書や辞典などをひいて調べようとすると、まず、このことを知らないといけない。

嘘ではない。しかし、研究者が本当のことと信じているわけではない、ということがある。大学以上の勉強は、そこを考えることにある。

これまで(高校まで)、学校の授業で、先生が語ること、黒板に板書して書くようなことは、本当のことであると思って学生は、これまでやってきたのであろう。だから、上記のような話しをすると、学生は、困惑したような表情をうかべる。

だが、大学で勉強しているのだから、ただ、教師が「正解」を語って、それを憶えるというだけのものではないはずである。通説とされるものがなんであるかを知ったうえで、それにクエスチョンマークをつけて考えることができなければならない。

どこをどのように疑ってかかるのが、学問的に妥当な問いかけであるかというのは、その先の議論にはなる。とはいえ、とりあえず、基本として、このようなことを知っていることを前提として、それへの疑義として、専門の研究がなりたつということは、これからの勉強で必要になってくることであろう。

なお、私が学生の時に学んだ、民俗学的な古代研究(折口信夫の系譜につらなる)では、古事記の成立、あるいは、稗田阿礼については、かなり大胆なことを考えたりしたものである。現在の私の講義では、それをうけるかたちで、稗田阿礼は、ひょっとすると、現代のAKB48のようなものであったのかもしれません、と言ってみたりもするのだが。(名前はあるのだが、一種の職能集団のようなもの。メンバーの入れ替わりがあって、代々その仕事がうけつがれていく。)

学生にメールを書かせる2017-05-01

2017-05-01 當山日出夫

これまで、学生には、あまり電子メールでのやりとりをしてこなかった。

そろそろ、強制的に、学生に、電子メールを書かせることを課題として与える必要があるようにも感じている。

というのは、最近、うわさに聞く話だと、今の学生は電子メールが書けない、ということらしい。友達と、LINEのやりとりを主にしていると、メールの書式ということが身につかない。LINEは、ただ直接的にその内容が表示される。Facebookでも同じである。また、Twitterもそうである。件名を書く必要がない。また、その書く内容の書式もきまったものがない。自由に、思ったことをそのまま書けばいいというのが、普通の使い方だろう。(ただ、FBでも、Twitterでも、きちんと自分の思ったことを伝えるためには、それなりの文章力が必要ではある。LINEでもそうだろう。)

今のところ、紙にプリントアウトしたものを提出、ということにしている。卒業してからのビジネススキルとして、形式、書式のととのった文書作成ができないと困ると思うからである。

だが、それも次の段階にさしかかってきているようだ。電子メールも、社会的に普及してきているという時代において、電子メールの書式ということをトレーニングする場も必要になってきていると感じる。それは、まず、授業の提出物とか、教員とかの連絡を、電子メールで行うということから、設定する必要があるのかもしれない。

これも、これからの試行錯誤ということになるかと思っている。

日付をいれる習慣2017-04-28

2017-04-28 當山日出夫

私が、大学の講義で、去年あたりから習慣にしていることがある。それは、授業の初めに、まず、その日の日付と授業科目名、それから、その日にメインに話す内容のテーマを書くことである。

たとえば、先日であれば、まず、

日本語史
2017年4月26日
3 古事記・日本書紀の漢字の伝来

などと書く。

このようなこと、わざわざ黒板に板書しなくても、学生が自らの習慣として、ノートをとるときに、まず記載すべきこであると思う。だが、それをただ言うだけでは身につなかいと思い、(余計なことなのかもしれないが)毎回、これを書くところから、スタートするようにしている。

それから、配布する教材プリントの類には、かならず、私の名前(担当教員名)、授業科目名、曜日、時間、日付、などを明記しておく。

思いおこせば、私の学生の頃、大学の講義などで、教材プリントが配られても、ただ、その内容がのっているだけで、日付とか授業科目名が記載されていないものが多かったように思う。配られて、手にとってから、自分で、日付などを余白に記入していたのを憶えている。

文書に日付を入れる習慣というのは、やはり世の中に出てから重用になってくると思う。日付の入っていないような、ビジネス文書は、まず、無効である……学生には、そのように言っている。

また、これは自分自身で、作成した文書について、何時、何のために、誰にあてて書いたものなのか、自分のパソコンの文書データとして残ったものについて、分かる必要もある。これが、分からないような文書データは、保存しておいても意味がない。

このようなこと、大学教育の初歩の段階のこととして、学生に指導することが重用になってきている時代だと思う。まずは隗より始めよである。自分の作成する文書・教材プリントなどには、必ず日付を入れることにしている。

山本貴光『「百学連環」を読む』2016-10-14

2016-10-14 當山日出夫

山本貴光.『「百学連環」を読む』.三省堂.2016
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dicts/books/100gaku/

これは、三省堂のHPに連載されたもの。この本のなりたち、また、評価については、すでに各所に出ていると思う。いつものように、個人的感想などいささか。

最低限のことを確認しておくならば、この本「百学連環」は、今から150年ほど前(明治3年)に、西周による講義。それを筆録したもの。それを、133回に分けて、ネット上に公開しながら、順番に読んでいった、その講義録のようなもの。この本の主題とすべきは、明治初期の「学問」の総体である。

さて、私がこの本を読んで感じたのは、次の二点。

第一には、デジタル化された知識を縦横につかっていること。筆者は、この本を書く(WEB上で連載する)にあたって、その手のうちを公開している。たとえば、洋学関係の資料をみるにあたっては、Google Books を参照したことなど、書かれている。

たぶん、この本は、インターネットにある様々なデジタル化された「知」がなければ書けなかったであろう。

第二には、しかし、それでもなお不十分な点を感じるとすれば、近世の蘭学資料とか、明治初期の啓蒙的著作について、調べが及んでいないと感じさせるところ。これは、ひとえに、まだこれらの資料がデジタル化されて、自在に検索できる状態になっていないからである。

簡潔に述べれば、上記の二点になる。つまり、この本は、まさに今の時代、21世紀の初めの10年頃、その時期における、『百学連環』の読書録である、ということである。これは、ある意味では、この本の限界である。だが、著者は、この限界を、はっきりと意識しているように思える。さらに、各種の資料がデジタル化されて検索可能になれば、近世から幕末・明治初期にかけて、西洋の学問が、どのように日本において、いや、当時の東アジアにおいて、受容されてきたのか、そして、考えられてきたのか、このようなことが明らかになるだろう。その時代は、ひょっとすると、かなり近未来におとづれるかもしれない。

だが、その時代を待たずに、今の時点で、できる範囲のことで読んでみた、このように私は感じながら読んだのであった。

たとえば、ウェブスターの辞書のデジタル版(テキスト版)が、各版ごとにそろえば、この本の調査は、もっと精密なものになるにちがいない。だが、とりあえず、著者の見ることのできる版において調べた範囲のことで、これだけのことは分かる。このようなことは、この本を読み進めていくうちに、おのづと納得する。

あるいは、福沢諭吉の著作の、その初期のものがデジタル化されていれば、明治初期における、西周の、また、福沢諭吉の、学術史的位置づけを、総合的に再検討することができるにちがいない。この本では、「惑溺」の語について、福沢への言及があるが、その全著作の語彙については、及んでいない。

このように、この本を読むと、現代の時代における「限界」を随所に感じる。しかし、その「限界」は、逆に言えば、これからの「可能性」でもある。この意味において、将来の研究の「可能性」を、読み取ることができよう。

そして、その「可能性」は、(たぶん、すでに言われていると思うが)、従来の学問の領域構成(文理の区別にはじまって、大学の学部・学科、あるいは、学会の成り立ち、など)を、つきくずすものになるにちがいない。

かつて、明治初期、まだ西洋の学問が日本に入ってきたばかりで、未分化の状態を読み解いている。それを、将来、デジタル化された各種ツールを駆使することによって、新たな学問のあり方を提言することができる……この「可能性」を強く示唆している本だと思うのである。

追記
著者名 まちがえていました。訂正しました。貴光でした。申し訳ありませんでした。

斎藤美奈子『文章読本さん江』2016-09-01

2016-09-01 當山日出夫

斎藤美奈子.『文章読本さん江』(ちくま文庫).筑摩書房.2007(原著、筑摩書房.2002)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480424037/

大学生を相手に文章の書き方を教えるようになってから、10年ぐらいたっている。そのころには、すでにこの本は出ていて、単行本で出たときに買って、それから、文庫本になってまた買ってもっている。今回、この本を本棚から探してきて読んだ理由は、谷崎潤一郎の『文章読本』が、新潮文庫で出て読んだからである。このことについては、すでに書いた。

やまもも書斎記 2016年8月23日
谷崎潤一郎『文章読本』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/23/8160014

このときにも書いたように、私の立場ははっきりしている。文学的情操教育としての文学教育、作文教育と、言語コミュニケーション技術とは別のものとして考えるべきである、この立場にたっている。

この本『文章読本さん江』が出たのが、2002年。Windows95が出て、インターネットが、一般に利用されるようになって、数年後のころのことである。2007年の文庫本になった時の「追記」には、

「とはいえブログが新時代の「劇場型の文章」であることに変わりはない。」(p.149)

とある。それが、今では、ブログは、見方によっては旧式のメディアになってしまって、SNSが中心になってきている。現時点でのSNSの主流は、TwitterとFacebook、それからLINEだろう。いま、この文章を書いているようなブログは、ちょっと時代遅れという感じがしないでもない。ましてや、それを、毎日、なにがしかの文章を掲載しているような人間(私のような人間であるが)は、もはや化石的な存在かもしれないと、なかば自嘲的に思っている。(それでも、やっているのは、ブログに書くことになにがしか意味を感じているからなのであるが。)

ところで、学生に文章の書き方……レポートや論文の書き方……を教えていて、思っていることを書いておくならば、それは、次の一言につきる。

〈一読してわかる。〉

そして、さらにいえば、

〈一読しかされない。〉

ということである。学生が書いたレポート、それから、試験の答案用紙の文章(論述試験の場合)、これらの文章が、何度も熟読玩味されることは、絶対にないと言っておく。一読して意味がとおれば、OK。意味がとおらなければ、不可。

そして、〈一読してわかる〉ためのテクニックとして、
・事実と意見を分けて書くこと
・パラグラフで書くこと
・結論から先に書くこと
を教えている。もちろん、これらの事項は、木下是雄の本から借りてきている。それから、大事なこととして、
・参考文献リストをきちんと書くこと
・脚注をつけること
を言っておく。

ところで、この本『文章読本さん江』によると、文章読本の隆盛期は、戦前戦後を通じて三度あったとある。1930年代、50年代後半、70年代後半、である。ある意味、2010年代の今の時期も、ひょっとすると、ひとつの文章読本の隆盛期の一つになるのかもしれない。それは、文章一般を対象とした文章読本ではなく、大学生を相手としたレポートや論文の書き方のマニュアル本の類の隆盛である。

いわゆる大学全入時代のせいか、レポートや論文、それ以前に、文章の書けない大学生が多く生まれている。そのような学生を対象として、参考文献の探し方からはじまって、テーマの設定、全体の構成の仕方、参考文献リストの書き方、もちろん、パラグラフで書くことをふくめて、懇切丁寧に教えるマニュアル本が、たくさん出ている。私も、以前は、書店で目にするごとに買っていたりしたが、最近では、もうとても買い切れるものではないとわりきって、買わなくなってしまっている。

レポートや論文の書けない大学生を対象としたマニュアル本をふくめて考えるならば、今後、ますますこの種の文章読本の隆盛期を迎えるのではないかと思えてならない。

このような問題を考えるうえで、この『文章読本さん江』は、いろいろ参考になるところがある。特に、初等中等教育における作文のあり方について、この本の指摘する問題点は貴重である。戦前からのながれをひく学校での作文教育は、すっかり伝統芸能化してしまっているとしたうえで、つぎのようにある。

「ところが、学校を卒業したその日から、過酷な現実が待ち受けている。「作文」「感想文」は、一般の文章界では差別語である。「子どもの作文じゃあるまいし」「これでは子どもの感想文だ」は、ダメな文章をけなすときの常套句である。学校のなかでは「子どもらしい」という理由で賞賛された作文が、学校の一歩外に出たとたん、こんどは「幼稚である」という理由で嘲笑の対象にされるのである。子どもらしい「表現の意欲」を重んずる学校作文と、大人っぽい「伝達の技術」が求められる非学校作文は完全に乖離している。なんという理不尽!」(p.303)

大学生を相手に、読書感想文を求めるわけにはいかない。論文を読む技術(読解力とそれを要約する文章技能)が求められる。これは、社会に出て、伝達の文章を書くときにも通ずるものである。だが、これが、初等中等国語教育の分野に浸透するのは、いつのことになるだろうか。

たぶん、問題の根は深い。子供に子供らしさをもとめる、これは自明のことなのだろうか。こどもの作文は子供らしい文章であるべきか。それを認めるとしても、教育において、何をどう教えるべきことなのだろうか。このあたりの議論から問題はあるように思う。

だが、しかし、である……『文章読本さん江』には、「文は人なり」が批判的に解説されている。ナルホドである。いま、まさにここに書いたように、文章教育を論じるのに、教育の問題、子供とはなんであるか、を考えてしまわざるをえない。ことほどさように、問題は奥深い、また、ややこしいものなのである。

内田樹・白井聡『属国民主主義論』2016-07-19

2016-07-19 當山日出夫

特に、決めているわけではないのだが、内田樹の本は、なるべく読むようにしている。そのいっていることに賛成というのではない。近年の内田樹の書いたものは、色濃く、その時代を反映したものになっている。それを、反省的に考えてみるのに、と思ってのことである。

最近の本は、対談。
内田樹・白井聡.『属国民主主義論-この支配からいつ卒業できるのか-』.東洋経済新報社.2016
http://store.toyokeizai.net/books/9784492212271/

はっきりいって、居酒屋談義と思っているし、そのように読んだ。双方、気楽に、自分の思っていること、感じていることを、しゃべっているだけのことである。そんなに、深く「対話」を通じて、思考を深めていこうという性質の本ではない。

だが、というよりも、だからこそというべきか、この本を読んで、なるほどと思った箇所をまず二つあげておく。内田樹の発言。

(内田)「僕は自分のことを「保守派」だと思っていますし、人から「右翼」と言われることもありますけど(以下略)」(p.85)

(内田)「ただ、僕自身も自分にファシズムへの親和性を感じて、けっこう危険だなと思うことがあるんです。僕は武道をやって、能楽やって、伝統的な祭祀や儀礼が大好きで、「農業再生」とか「里山に帰れ」というようなことをつねづね言っているわけですから、一歩間違えれば簡単にファシズムに行っちゃう。」(p.320)

たしかに、私は、内田樹の書いているものを読んで、このひとは保守的な発想をするひとである、とは思っていた。それが、この本では、自らが認めることになっている。

だが、私の考える「保守」とは、そこに常に理性的な反省……自分の依拠しようとしている伝統的価値・歴的価値は、本当ににそれでいいものなのだろうか……という理性的な反省をともなう、謙虚な姿勢を必須とする。だが、内田樹(特に近年の)には、それが見られない。ただ、伝統的な価値観を大事にするというだけでは、日本会議の連中と大差ない。

それから、ファシズムをどう定義するかにもよるが、「農業再生」「里山に帰れ」は、何もファシズムに限ってのことではないだろうと思う。いや、現代では、むしろ、逆に、このような発想こそファシズムからとおい。現代社会の一般のありかたとして、行きすぎた近代化・グローバリズムへの反省としていわれることはあり得ても、それが、いわゆるファシズムに結びつくものではないと思う。

むしろ現在、警戒すべきは、特に都市部における、集団的ヒステリーじみた狂騒、それが……反原発・反安保法制であっても……こういうものこそ、全体主義的な考えに近いように、私は感じている。いわく、国民主権なんだから、国民の声を聴け、国民に決めさせろ、これは、近代的な立憲主義、社会・政治の制度を踏み越えようとするものである。この意味でなら、内田樹が、ファシズムと親和性が高いという自己評価は、受け入れられるかもしれない。

それから、もうひとつ、気になったところを書いておく。現代の大学教育の問題についてである。白井聡の発言。

(白井)「私はある学校で初年次向けの演習科目を持ったことがありました。それで期末レポートを出させた。でも、提出してきた七、八人のレポートの半分以上は、読まずに即返しました。返した理由は、段落を改行しているのに、そこで一字、冒頭を空けていなかったからです。/おそらく彼らは、「改行したらそこで一文字空けなければいけない」ということを、一〇年近くずっと学校で教えられて続けてきたはずなんです。一〇年近く言われてきたにもかかわらず、それができない。これは僕は本当に恐るべきことだと思うんです。」(p.231)

これは、居酒屋談義ならいってもいいことかもしれない。大学の教師が、自分の教えている学生がいかに馬鹿であるかを自慢するのは、私も、よく経験することではある……

だが、これを本に書いていいかどうかは、また別問題だし、さらに、問題は、初等・中等教育のレベルからあることである。ただ、最近の大学生はダメである、といっただけではすまない。

では、大学でどうすべきか、各大学でそれぞれの事情に応じてではあろうが、各種の取り組みが始まっている段階である。まず、そちらの取り組みとして、今の大学として何をなすべきかを考えるべきではないのか。それが、すくなくとも、現職の専任の大学教員たるもののつとめだろう。

具体的に、大学教育においてどのようにとりくんでいくべきか提言できないようなら、こんなことをいうべきではないと思う。

以上、内田樹、白井聡から、気になる発言をとりあげてみた。たしかに、気楽な対談集としてよめば、特に問題ないのかもしれない。だが、内田樹など、近年では、その影響力が増している。そのなかで、みずから、どのような立場で、何をいっているのか、もうすこし、反省する時間をもつべきではないのではないか。

国を国旗であらわしていいか(その二)2016-07-04

2016-7-04 當山日出夫

すでに書いたことである。
やまもも書斎記:国を国旗であらわしていいか
2016年6月29日
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/06/29/8120547

このつづきを書いてみようと思う。

なぜ、国を国旗で表象することに、違和感を感じるのであろうか。一般にテレビのニュース、スポーツの国際大会などでは、ごく普通に行われていることである。だが、それが、大学の教室にもちこまれると、なにか居心地の悪いような感じがどうしてもしてしまうのである。

たぶん、それは、国旗で表象するという行為のもつ、ある種の排他的性格に起因するのではないかと思う。国旗は国のシンボルである。そこには、統合の求心力がある。

しかし、それは、同時に、その国旗を受け入れることをいさぎよしとしないものを、排除・疎外するものでもある。

国旗には、このような二面性があるいってよいだろうと思う。強いていうならば、国旗を提示することは、「踏み絵」をつきつけるような行為に通底するものがある……と、私は感じるのである。そして、これは、一般社会はともかく、「大学」の教室という場所では、あまりふさわしい行為とはいえない、そのように私は感じる。

私自身は、日本国民として、日章旗を、我が国の国旗として認める立場をとる。ナショナリズムといってもよい。そのことに自覚的であるつもりでいる。

しかし、同時に、そのナショナリズムが、排他的なものであってはならないとも考える。あるいは、国旗を「踏み絵」のようにつかってはならないといってもよいであろう。

国旗をつかってよいのは、やはり場所を選ぶ。それは、国家(国民国家)を表すものとして、それが使われるときである。公的な外交の場面、国を単位とした国際的な行事の場面などでは、国のシンボルとして問題はない。

だが、そのようなものに対して、意識的/無意識的に距離をおこうとしているのが、「大学」という場所である。少なくとも、日本の今の「大学」は、そのような傾向が強いと感じる。いくらグローバリズムがいわれていようとも、いや、だからこそというべきか、国旗をもちこんだときに生じるある種の暴力的な排他的性格に、敏感である。「国」という単位ではとらえることのできない、各種の多様性……民族・言語・宗教・文化……といったものの多様性を尊重する場所であるといってもよい。このような場所に、やはり国旗はふさわしくないと感じてしまう。

だいたい以上のように、現時点では考えている。

CiNiiで失うもの2016-07-03

2016-07-03 當山日出夫

あえてこういってみる。CiNiiで失うものがあるのではないか、と。

CiNii
http://ci.nii.ac.jp/

確かにCiNiiは便利である。ある意味では、勉強のあり方を根本的に変えてしまったとさえいえるかもしれない。しかし、だからこそ、それと同時に起こっている問題点も見逃すべきではないと考える。

参考文献リストの書き方である。

昔、私が学生のころであれば……なにかの課題について調べるとき、図書館でカードを繰って、そのテーマについて書かれた研究書をさがす。その本を見て、巻末についてい参考文献リストから、さらに本・論文をさがす。さらに、その本・論文の参考文献リストから、次の本・論文をさがす……このような方式で探したものである。(こんなことは、書くまでもないと思えることでもあるのだが、確認のため記しておく。)

このような方式で本・論文を探していくと、自分が見ている本・論文が、参考文献リストで、どのような書式やスタイルで書かれるか、実体験することになる。そして、このような過程を通じて、参考文献リストの書き方というのを、なんとなく、身につけていくことになった。

これで完全に身につくというわけではなく、やはり最終的には、自分でまとまった論文を書いたり、学会発表をしたりするときに、ある一定の方式で書くということを確認することにはなる。

しかし、CiNiiを使って論文を検索してしまう今の時代だと、上述のような体験……図書館で本を順繰りに探していく……を、学生はもつことができないですんでしまう。これはこれで、確かに便利になったことではある。だが、便利になったおかげで、参考文献リストの書き方を身につける機会をなくしているともいえる。

こう考えてみるならば、これからの大学教育において次のようなことは必要であろう。二つ考えてみる。

第一に、なるべく早い時期からの、アカデミック・ライティング教育。その中での、参考文献リストの書き方の指導である。これは、専攻分野によってちがう。日本史や日本文学などと、言語学や日本語学、さらには、心理学などで、それぞれのスタイルがある。これについて、違いがあることを前提として、その専攻分野での基本を教える必要がある。

第二に、CiNiiや図書館のオンライン検索の結果から、どのように参考文献リストを書くかのトレーニングである。検索結果を、そのままコピーしたのでは、参考文献リストにならない。スタイルをその専攻の方式にととのえて、さらに、並べてやる必要がある。並べる順番は、著者名順(あいうえお順・ローマ字順がある)、同一著者については、その中を刊行年順にする。

この並べ替え、参考文献リストの整理などには、エクセルを使うのが適当だろう。文学や歴史の勉強などで、表計算機能としてのエクセルを使うことはないかもしれないが、参考文献リストの整理には、非常に役にたつ。このような場面で、エクセルの操作に慣れ親しむというのも、ひとつのあり方だと思っている。

以上の二つのことを、これから考えていかなければならないだろう。

私は、CiNiiの悪口を言おうとしているのではない。その便利さを十分にみとめつつ、それをさらに活用する、新しいアカデミック・ライティング教育の方向を考えてみたいのである。

さらにいうならば、論文の評価、という観点もある。CiNiiでは、論文の評価とは無関係に、特定のキーワードでヒットする論文が、網羅的に検索できる。研究の中身を読んで、吟味して、というプロセスがない。このことの問題はあるが、ここでは、あえて特にいわなことにしておく。

また、東洋学における目録学・書誌学のように、学問の基礎にそれをおくものもある。このような立場からは、本がデジタルで検索できればそれでよい、というわけにはいかない。

世の中で、なにがしか便利になることはある。便利になったとき、その便利さのなかに安住することなく、それで、何が変わったのか、あるいは、失ってしまったものがあるのではないか、反省してみる視点を自らのうちに持つ必要があるだろう。

特にデジタルの時代になって、世の中のいろんな仕組みが大きくかわろうとしている。そこで、あえて立ち止まって考えてみる余裕と、新しいものを積極的に利活用していくこと、この両方が求められていると考える次第である。

国を国旗であらわしていいか2016-06-29

2016-06-29 當山日出夫
2016-07-04 追記
このつづきを書いてあります。
国を国旗であらわしていいか(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/07/04/8124985

昨日の大学での講義(実習授業)でのこと。プレゼンテーションの練習をさせている。自分の好きなテーマで、10分ぐらい教室の前にたってみんなの前で発表してもらう。

それに対して私は、簡単なコメントを言うことにしている。基本的には、一つは良かったところを褒めて、一つは改善すべき注意点について述べる、このようにしている。

この前、ある学生の発表について、いつになく、つい厳しい口調で注意してしまったことがある。(なるべくおだやかに話しをすることをこころがけている私としては、自分で顧みても、少しきつかったかな、と感じる。)

それは、国を国旗であらわしてしまうことの是非についていである。

発表のテーマは、WBC(野球)について。何年かに一度、各国であつまってその世界一を決める大会である。これについて、発表した学生がいた。プレゼンテーションの巧拙、スライドの作り方の上手・下手は別にして、特に私が気になったことは、参加国をしめすのに、国旗のデザインで示していたことである。

これに対して……国旗で国を表すことには、かなり注意をはらう必要がある。いわゆる国民国家の枠組・概念が現在の国際社会のなかではゆらいでいる。ついこの前、英国のEUからの離脱、それをめぐって、さらに、スコットランドの独立がとりざたされている。中近東などでは、もはや国民国家の体裁をなしていない。また、日本については、その国旗(日章旗)は、確かに国をあらわすものであるが、同時に、反日・反体制のシンボルでもある。国旗には、このような側面がある。このことを十分にわきまえたうえで、国旗の使用には慎重であるべきである……まあ、こんなふうなことを言ってみた。

だが、別に学生が悪いわけではない。WBC(野球)の試合は、国を単位として参加して、国ごとに勝負をきそう形式である。だから、参加国の国旗でもって、その国をあらわしても、特に問題があるというわけではない。プレゼンテーションとして問題があるとしたら、国旗のデザインを見ただけで、それがどの国のものであるか、すぐにはわからない場合があるかもしれないので、注意が必要である、というぐらいであろうか。

とはいえ、国というものを、国旗で表象してしまうことに、私は、なにかしらの違和感のようなものを感じるのである。特に、それが、大学の教室という場面においてなされると、何か、場違いなような感じがしてならない。

私は、日本国の国旗は日章旗であることに、異論はない。このことは十分に認識している。だが、いや、だからこそ、その国旗というものが、反日のシンボルにもなり得るものであることを、十分にふまえておかなければならない。そして、それを、素朴に持ち出してくることは、ちょっと考えてみた方がいいとも感じるのである。

おもわず口に出して、それも、かなりきつい口調で言ってしまったことではある。そのことについては、反省の必要はあるだろう。だが、その場所で私が感じた違和感のようなものは、どうしてもぬぐいさることができない。

日章旗を日本国の国旗であると考える私であってさえも、何かしら落ち着きのない気持ちになってしまう。これは、気にしすぎであろうか。

では、他にどのような代替案があるかといえば……名称・名前で文字で示す、地図で示す、などが考えられるが、どれも問題がないわけではない。国の呼称はいろいろ問題のある場合がある。また、国境の画定していない国というものもある。だからといって、では国旗でいいかとなると、そうもいかないように思う。

ちかいうちにオリンピックがひらかれる。その時には、参加国を示すものとして国旗のデザインがつかわれる。これはいたしかたのないことである。このようなことにまで、私は反対しようととは思っていない。

だが、国旗で国を表してしまう、このような行為のもつ、ある種の無邪気さのようなものは、「大学」という場所には、どうもなじみがわるいように感じられてならないのである。

この問題、これから、考えていかなければならないことだと思っている。

文献リストでサブタイトルの書き方2016-06-18

2016-06-18 當山日出夫

学生に論文・レポートの書き方を教える。そのなかで、文献リストの書き方も教えることになる。

論文において、参考文献リストは重要である。

第一に、これまでの、その研究テーマについての研究史を示すものになっていないといけない。(これがあまりに膨大になる、逆に、あまりにも乏しいものは、研究テーマとして再考した方がいい。)

第二に、そのリストは、研究の背景をしめすと同時に、論文それ自体とあいまって、今後の展望・発展をあらわすものである。卒業論文などの場合、たいていの学生ならば、それで研究は終わりで、そこから先は無いのが普通。しかし、論文である以上は、その先の研究の展望がしめせないといけない。

ところで、この参考文献リストの書き方が難しい。いろんな研究分野でいろんな方式がある。文学部のなかでも、日本文学、日本史のような分野と、心理学の分野とでは、大きくスタイルが違っている。統一的なルールを、これだ、といってしめすことはできない。

これについては、またあらためて整理してみたいが、今回、確認しておきたいのは、サブタイトル(副題)の書き方である。

たとえば、宮崎市定の『科挙』という中公新書の本がある。東洋史・中国文学のみならず、日本文学・日本史などの勉強をする学生にとっては、必読の本であるといってよい。この本、サブタイトルに「中国の試験地獄」とある。さて、これをどう表記するか。

(1)『科挙-中国の試験地獄-』 全角ハイフンまたはダッシュで前後をはさんでしめす。

(2)『科挙――中国の試験地獄』 全角のダッシュの二つでしめす。

(3)『科挙:中国の試験地獄』 コロン「:」でしめす。

私は、このうち、(1)と(3)を教えることにしている。(2)は言及しない。

その理由は、全角ダッシュ「―」がわからない学生がいるからである。半角のハイフンを二つ書いて「--」、それを書いたつもりになってしまう学生が出てくる。まず、半角・全角の区別ができるかどうかが問題なのだが、ともあれ、「―」を確実に入力できないといけない。(コンピュータ文字について、全角・半角の区別がわからないという学生は、意外と多い。)

普通の学生のコンピュータ技能、というか、ワープロの使い方として、キーボードの右端にあるテンキーの角にある「-(マイナス)」から、入力・変換できればよいとしておく。(それでも、これを半角記号で書いている学生も多いのだが。)

そして、何よりも重要なことは……サブタイトルの書き方は、原本の再現ではない、ということである。原本にどう書いてあろうとかまわない。それが、タイトルがあって、サブタイトルがついていることを、一定の書式でしめす、これが重要である、といっている。つまり、書き換えてかまわない、いや、書き換えないといけないのである。

参考文献リストを書くとき、絶対に書き換えてはならない箇所もあれば、書き手の意図にしたがって、一定のルールで書き換えないといけない箇所もある。その区別がある、このようなルールがあるという認識を、まず教えなければならない。

ちなみに、以前にとりあげた『カラー版書物史への扉』では、上記のうち、(2)の方式で書いてある。

やまもも書斎記(2016-05-31):宮下志朗『カラー版書物の歴史への扉』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/05/31/8099280

文献リストの書き方は、何年教えていても、難しいと感じる。