『リヴァトン館』ケイト・モートン2018-02-22

2018-02-22 當山日出夫(とうやまひでお)

ケイト・モートン.栗原百代(訳).『リヴァトン館』.ランダムハウス講談社.2009

たしか、『忘れられた花園』が出たときに、これも買っておこうと思って買って、そのままになっていた本である。『湖畔荘』から、遡って読んでいっている。これが、著者の最初の本ということになる。(出た時に買っておいてよかったと思う。今では、新刊では手にはいらない。この本についてのHPもないので、URLを記さない。)

解題によると、著者はオーストラリア生まれ。ロンドンのトリニティ・カレッジに学び、博士課程を終えている。このような経歴が、やはり作品に強く反映していると思っていいだろう。とにかく、歴史的記述の緻密さ、リサーチの確かさは、群を抜いている。

物語は、20世紀初頭の英国。その貴族の館。歴然とした身分秩序のあるなかで、メイドとして働くことになったグレイス。この時代の歴史的背景が巧みにおりこまれれている。第一次世界大戦、その後の英国貴族、アメリカの新興銀行家……といった、その当時の社会的歴史的なできごとが、物語の背景としてきちんと語られている。

また、この物語は、(その後の著者の作品がそうであるように)重層的な視点で語られる。98歳になったグレイス。その若い時(メイド時代)の出来事を、映画化しようという話しがもちあがり、取材されることになる。それを契機として、グレイスは、自分の若い時代のことを思い出す。

たぶん、グレイスの回想という部分を抜きにしても、この物語は成り立つ。しかし、そこに、往年の出来事を回想するというグレイスの視点が重なることによって、より一層の厚みをもたらしている。最後に秘められた謎が、グレイスのことばとして語られることになる。

ただ、いわゆるミステリとして読んだ場合、そんなに大きなトリックがあるというのでもない。叙述トリックもない(これは、書いてもいいと思うが。)20世紀初頭の英国貴族の邸宅での暮らしと、メイドの生活、そして、現代のグレイスの視点からの回想、これらが、濃厚な叙述のもとに語られる。いわゆるゴシック・ロマンス、と言っていいだろうか。

ケイト・モートンの作品を読むと、広義のミステリというジャンルにおいて、それを支えている、文学的素養、教養、歴史的学識、そのようなものの厚みを感じざるをえない。強いていえば、現代日本の本格ミステリが軽薄に見えてくるということもある。

物語を読むということを満喫させてくれる佳品として、これはおすすめの作品であると言っておきたい。(どこかの出版社で再刊できないものだろうか。)

『湿地』アーナルデュル・インドリダソン2018-02-19

2018-02-19 當山日出夫(とうやまひでお)

アーナルデュル・インドリダソン.柳沢由実子(訳).『湿地』(創元推理文庫).東京創元社.2015 (東京創元社.2012)
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488266035

調べてみると「このミス」では、2013年の海外第4位である。出た時に話題になった本であることは認識していたが、なんとなく読みそびれてしまっていた。時間ができたので読んでおくことにした。

北欧警察小説ということなのだが、読後感としては、あまり警察小説という雰囲気ではない。確かに、警察官が主人公ではあるのだが。それよりも、アイスランドという北欧の小さな国を舞台にした、かなり特殊な犯罪小説という感じである。

ダイイング・メッセージが残されているのだが、私の読んだ印象では、これを決定的手がかりとして、犯人の判明にいたるということではないようだ。犯人が分かってから、その動機の解釈として、意味をもってくる。

この作品、やはりアイスランドという、小さな国を舞台にしないと成立しない設定になっている。だが、この国の人びとのありかたは、ネットワーク社会になり、また、生命科学の進んだ現代社会の、近未来のあり方を示唆しているとも理解できる。

謎解き開明の探偵小説というよりも、やはり、北欧アイスランドという小さな国を舞台にしての、ある犯罪をめぐる小説として読むのがいいように思える。

さて、次は『緑衣の女』を読むことにする。

『宿命の地』ロバート・ゴダード2018-02-15

2018-02-15 當山日出夫(とうやまひでお)

ロバート・ゴダード.北田絵里子(訳).『宿命の地』(上・下)(講談社文庫).講談社.2017
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062936620
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062936637

続きである。
やまもも書斎記 2018年2月10日
『灰色の密命』ロバート・ゴダード
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/10/8785539

このシリーズの三作目は、日本が舞台である。「1919年三部作」ということだから、日本でいえば大正8年になる。第一次大戦後、大正時代の半ばの日本。

(これは書いてもいいことだろうと思うが)やはりマックスは無事であった。でなければ、このような三部作になるはずがない。そして、日本での波瀾万丈の大活劇。東京のみならず、京都やその周辺地域が描かれる。読んでいてこれにはさほど違和感なかった。日本の事情についてきちんとリサーチしての執筆であることがわかる。

この第三部になってはじめてあかされる、マックスの出生の秘密。また、最後の方に出てくる、パリのあるシーンの回想が印象的である。

興味深いのは、この作品が、世界の歴史の中に日本をおいて見る視点をとっていることだろう。大津事件(ロシア皇太子の襲撃事件)、大隈重信襲撃事件など、日本近代の歴史的事件が、実は、世界の歴史のなかでどのような意味をもつものであったのか、その影にどのような陰謀があったのか、歴史ミステリならではの視点で語られる。

このようなことは、小説として読んでおけばいいのだが、中には、ふと気付かされる歴史的な指摘もある。第一次大戦で、日本は、太平洋の旧ドイツ領の島々の権益を獲得することになった。そのことが、太平洋において、日本とアメリカとの対立の遠因になる……後の太平洋戦争へいたるまで出来事としてであるが、さりげなく書いてある。しかし、この指摘はあたっているのではないだろうか。

外国の作家が日本を舞台にして書いた小説として読んでもよく書けていると思わせる出来映えになっている。大正時代の日本ならば、さもありなんという雰囲気をよく出してある。

しかし、どうしても気になる訳語がある。「ランタン」である。室内の照明につかうという設定で登場するのだが、これは、「ランプ」の方がいいのではないか。この訳語だけが、どうにも気になってしかたがなかった。

そして、この三部作の続編もあるようだ。マックスとレンマーは、ある約束を交わす。その約束を伏線として、次の展開になるのかもしれない。翻訳の出るのを楽しみに待つことにしよう。

『灰色の密命』ロバート・ゴダード2018-02-10

2018-02-10 當山日出夫(とうやまひでお)

ロバート・ゴダード.北田絵里子(訳).『灰色の密命』(上・下)(講談社文庫).講談社.2017
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062936217
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062936224

「1919年三部作」の第二部にあたる。第一部、『謀略の都』については、すでに書いた。

やまもも書斎記 2018年2月9日
『謀略の都』ロバート・ゴダード
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/09/8785083

『謀略の都』がゴシック・ロマンスという雰囲気のある作品であったのに比べると、第二部『灰色の密命』は、いわゆるジェットコースター的展開のスパイ冒険小説。いや、主人公のマックスは元パイロットだから、敵味方入り乱れての空中戦的展開と言ってもいいかもしれない。

第一部をうけて、英国のスコットランドの港街からこの小説ははじまる。そこで待ち受けている謎のミッション。そこから始まって、英国、フランスを舞台にして、波瀾万丈の大活劇となる。

いったい誰が敵で、誰が味方か……裏切り、謀略……が、それも、この第二部の中程をすぎると、敵と味方がはっきりしてくる。最終的な敵は、ドイツの謀略組織、それをあやつる謎のドイツ人。

この作品、主人公は英国の貴族であり外交官のマックス。その家族(兄やその妻、叔父など)も登場する。第一部では、比較的背後にかくれていてマックスの英国での生いたちの説明ぐらいの役割であった。だが、この第二部になると、その英国貴族の動きが、話しの本筋にからんでくる。そして、この英国貴族のある一族の物語……それは、マックスの父の外交官としての経歴とも深く関連しているのだが……があることによって、小説に、深みと厚みをもたらしている。単なる、スパイ冒険小説にとどまっていない。英国貴族小説といった趣もある。

また、この第二部でも、基本的に歴史的事実には忠実である。第一次大戦後のパリ講和会議を背景にしている。

ところで、この第二部『灰色の密使』の終わり方、これは……どうしても、次の第三部を読みたくなる。そして、第三部は、どうやら日本が舞台になるようだ。これも楽しみに読むことにしよう。

追記 2018-02-15
この続きは、
やまもも書斎記 2018年2月15日
『宿命の地』ロバート・ゴダード
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/15/8788216

『謀略の都』ロバート・ゴダード2018-02-09

2018-02-09 當山日出夫(とうやまひでお)

ロバート・ゴダード.北田絵里子(訳).『謀略の都』(上・下)(講談社文庫).講談社.2017
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062935739
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062935746

「1919年三部作」として出たもの。出た時に順番に買ってはあったのだが、さすがに、全6冊となると、一息で読むのがつらい。積んだままになっていて、今になった。

1919年というと、日本では、大正8年。第一次世界大戦が終わって、パリ講和会議の時である。その時の、パリ、それから、英国を舞台にして、この物語は展開する。

この小説、歴史的背景は忠実に描いてあるらしい。パリ講和会議に、日本の全権として西園寺公望も登場している。

ロバート・ゴダードは、私は、好みである。重厚な歴史的物語とでもいうのだろうか、何層にも積み重なった過去のできごとを、じっくりと語る物語が好きである。ジャンルとしては、ミステリということになる。そのミステリ的要素は、特に強いというわけではない。(奇抜なトリックがしかけてあるということはない。これは、他のロバート・ゴダードの作品に同じ。)

主人公はマックス。第一次大戦中は、英国のパイロットとして活躍。その戦後のこと、父である外交官が、パリで変死する。その謎を解くために、彼は、パリに赴く。そこで出会う、謎のドイツ人。また、ロシア人の女性。おきまりのパターンといってしまえばそれまでだが、さすがにロバート・ゴダードだけのことはある。読んでいて、陳腐さを感じさせない。物語世界に入り込んでいく。

三部作の第一部になる本書では、父の外交官の死の謎を解き明かすところぐらいでおわっている。これから、さらにマックスの冒険の旅がはじまるようだ。

書物を読む楽しみを満喫させてくれる英国探偵小説、そう思っていいだろう。やっと後期試験も終わった。そろそろ花粉症のシーズンになるのだが、年のうちで、おちついてじっくり本が読める時期でもある。楽しみに次の第二部を読むことにしよう。

追記 2018-02-10
この続きは、
やまもも書斎記 2018年2月10日
『灰色の密命』ロバート・ゴダード
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/10/8785539

『忘れられた花園』ケイト・モートン2018-01-29

2018-01-29 當山日出夫(とうやまひでお)

ケイト・モートン.青木純子(訳).『忘れられた花園』(上・下).東京創元社.2011
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488013318
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488013325

出た時に買って、ざっと読んだ作品であるが、これは再読になる。今度は、じっくりと、一語一句を味わうつもりで読んでみた。

この作品も、複数の時間と視点が交錯して書かれている。1913年、ひとりの少女が英国からオーストラリアまで、ひとりでやってきて、港にとりのこされる。ネルとなづけられることになる。時はうつって、2005年。オーストラリアで息をひきとったネルは、孫娘のカサンドラに遺言をのこす。そこには、英国のコーンウォールの家が残されるとあった。なぜ、ネルはその家を残すことになったのか。そもそもネルとは、どんな人間として生まれてきたのか。謎をめぐって、カサンドラは英国に赴く。三つの物語がおわるとき、その最後の謎が明らかになる。

訳者の解説には、ゴシック・ロマンスとある。『湖畔荘』『秘密』と逆順に遡って読んできたことになるのだが、まさに、このことばがぴったりの作品である。

とんでもないトリックが仕掛けてあるというのでもない。巧妙な叙述トリックでもない。そこに展開されるのは、ひとりの少女の出生の秘密へと収斂していく、複数の物語である。結果は、たぶん予想どおりというところにおちつく。が、そこにいたるまでの複数の……主に三つの……物語の厚みが、作品の魅力といってよい。

調べてみると、「このミス」では、2012年の9位になっている。これは、もうちょっと順位が上でもいいのではないかと感じる。(まあ、これは、その後の『湖畔荘』までの作品を知っているからそう思うのかもしれないが。)

濃密な探偵物語が好きなむきには、おすすめである。この本、再読してみるにたえる本である。

次は、『リヴァトン館』を読むことにしよう。

『秘密』ケイト・モートン2018-01-27

當山日出夫(とうやまひでお)

ケイト・モートン.青木純子(訳).『秘密』(上・下).東京創元社.2013
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488010089
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488010096

この本は出たときに買ってあって積んであった。『湖畔荘』がよかったので、取り出してきて読んでおくことにした。

調べてみると、この本、2015年の「このミス」の第二位(海外)である。ちなみにこの年の第一位は、『その女アレックス』。

ミステリとしての出来映え、読後感からすると、『湖畔荘』よりも、こちらの方が上かな、という気がする。

この作品も、時間軸と視点が錯綜している。1961年、事件が起こる。母が男を殺してしまう。その場面を、娘のローレルは目撃する。2011年、年老いた母(ドロシー)の死を目前にして、ローレルは母の過去を調べ出す。そして、ドロシーの視点で語られる1941年のロンドンの生活。そこに影をおとす謎の女性ヴィヴィアン。いくつかの時間、視点を行ったり来たりしながら、物語は進行する。そして、最後に明らかになる真実。

ミステリの常道をきちんとふまえている。作者はオーストラリアの人であるが、作品の雰囲気としては、英国風のミステリ・ロマンという感じである。このような作風については、読者の好みが分かれると思う。(私としては、このような作品は好きなのだが。)

『その女アレックス』がなければ、年間のミステリの一位になってもおかしくはないと思わせる。そして、『湖畔荘』でも感じたことであるが、このような物語的探偵小説とでもいうべきだろうか……が、日本においては、希少なことである。現代日本における「本格」は決して嫌いな方ではないのだが、時にはこのような重厚な作品を読みたくなる。そして、このような作品をなりたたせている、社会の文化的・歴史的背景の、日本との違いというようなことについて考えたりもする。

ようやく後期の大学の講義も終わった。後は、試験と採点である。時間的にも、気分的にも余裕がもてるようになっている。ここは、残りのケイト・モートンの作品を読み直してみようかと思っている。出た時に買ってしまってある。

『湖畔荘』ケイト・モートン2018-01-19

當山日出夫(とうやまひでお)

ケイト・モートン.青木純子(訳).『湖畔荘』(上・下).東京創元社.2017
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488010713
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488010720

今年の週刊文春のミステリベスト(海外)では、三位にはいっている。出た時に買ってはおいたのだが、積んであった。読んでおくべきと思って読んでみた。(ケイト・モートンは、『忘れられた花園』の時から知っている。)

すでにこの本については、いろいろ語られているだろうから、私なりに思ったことなど、いささか。

第一には、このような物語がミステリの世界でなりたっている、特に英国流のミステリの魅力である(作者はオーストラリアの人であるが、小説の舞台は英国に設定してある)。特に波瀾万丈の大活劇があるわけでもない。また、大胆なトリックが仕掛けてあるわけではない。

ある日、行方不明になった子供。その子供は、いったどうなったのか。この謎をめぐって、三つの時間軸で物語は進行する。そして、それが最後に見事に決着を見る。

このような物語としての厚みのある作品が、あまり日本のミステリにはないように思うが、どうであろうか。ミステリの背後にある、幅広い文学的な伝統の違いといってしまえばそれまでかもしれない。

第二には、この作品の主なモチーフになっているのが、第一次世界大戦。この戦争に、日本もかかわっているのだが、時代は大正時代。むしろ、国内の歴史としては、大正デモクラシーの時代として語られることが多い。平和な時代という印象である。しかし、この時代、ヨーロッパでは、戦争の時代であった。その戦争の記憶が、第二次大戦を経て後、21世紀の初頭にまで、人びとの生活に影をおよぼしている。

この小説を読んで、第一次世界大戦という戦争を直に体験したのがヨーロッパの人びとであることに、思いを新たにした次第である。

ざっと以上の二点が、この作品を読んで感じるところである。

ケイト・モートンは、その作品は出たときに買ってあるのだが、まだ読まずにしまってあるものがある。探し出して読んでみなければと思っている。ミステリを読んで、読書の楽しみを感じさせてくれる。これからの読書の楽しみの一つである。

『事件』大岡昇平(その三)2017-12-02

2017-12-02 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2017年12月1日
『事件』大岡昇平(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/01/8738016

この小説の魅力は、というよりも、今読んでも説得力のある小説だと感じさせる点のひとつは、その「犯罪」にもあると思う。

事件はいたって単純な事件である。犯人の男、その付き合っていた女性が妊娠した。その女性の姉は、中絶するようにせまる。そして、事件がおこる。男は女性の姉を殺してしまう・・・まあ、書いてしまえばこれだけのことである。

いわば、現代でもごく普通に起こりうるような事件であるといってよい。特殊な時代的背景があるというわけではない。週刊誌的にいえば、痴情のもつれである。

また、目撃証言も、物的証拠も、非常に限定的である。(裁判がはじまってから、はじめてあきらかになる、という要素はあまり多くはない。その解釈をめぐっては、検察側と弁護側が争うことになるが。そして、その過程は、スリリングで、ミステリとしてよく出来ている。)

しかし、ありふれた事件でありながら、昭和30年代の、東京近郊の小さな町の様子が、実にリアルに描かれている。読んでいると、その時代の空気、人びとの感じ方というものを、感じ取ることができる。

昭和30年代なかばという時代は、まだ戦争の影が残っている時代でもある。しかし、一方で、新しい高度経済成長に向かって進んでいく時代である。その微妙な時代の雰囲気を、この事件とそれにかかわる登場人物から感じられる。

今、21世紀になってから、戦後70年以上がたって、この小説を再読してみて、いささかも古びた印象がない。これは、作者(大岡昇平)が、普遍的な視点から、登場人物を、その時代の中で描いたから、ということになろうか。

『事件』は、まさにその時代を描いた小説でもある。

『事件』大岡昇平(その二)2017-12-01

2017-12-01 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2017年11月30日
『事件』大岡昇平
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/30/8737349

読みながら付箋をつけた箇所を引用しておきたい。

「裁判批判はいくらやっても差しつかえない。(中略)ただそれを行う文化人も投書家も、まずなぜ自分がその事件について、意見を発表したくなるのか、ということを、自分の心に聞いてみる必要があるのかもしれない。」(p.105)

「法廷において、最後に勝つものは真実である、という考えは、あまりに楽観的にすぎるとしても、真実を排除した裁判は、民主主義社会では行われ得ないし、真実には実際それだけ裁判官の心証を左右する力があると見るべきである。」(p.311)

「自白あるいは法廷の証拠調べによって、疑う余地なしというところまで、事実がはっきりしてしまう事件はめったにない。大抵は多少の疑問を残したまま、大綱ににおいて過たずという線で判決を書くほかはない。絶対的真実は神様しか御存知ないのだから、正しい裁判手続きによって、「法的真実」をうち立てればよい、という論者もいるくらいである。」(p.461)

この『事件』という小説は、犯罪小説ではない。裁判小説である。1961年(昭和36)に新聞連載で書かれたこの小説は、随所に、戦前の裁判、法曹のあり方と、現在(この小説の書かれた)とを比較している。戦前は、成績のよいものから判事になっていったのだが、戦後になってそうではなくなった、とか。あるいは、戦前の裁判所では、検事は裁判官と同じように上段に位置したものが、戦後になって弁護士と同列、対等の位置におかれるようになったとか。法制史、法曹史、とでもいうべきところに、かなりの言及がある。

戦後になって、まだ戦前の記憶が残っている時代において、また、その時代に活躍している法曹関係者は、戦前に教育をうけている人が多いという状況をふまえて、戦前から戦後のかけての、裁判制度のうつりかわりにも、かなり触れている。

また、ところどころ、松川事件のことも、話題にしている。

そして、著者(大岡昇平)は、上記に引用したように、裁判で絶対の真実が明らかになるとは、考えていないようである。法律的に真相を解明すればよい、その落としどころで判決が決まればよい、としている。はたして、裁判という手続きで、犯罪の真実を明らかにすることができるのか……この点こそ、『事件』という裁判小説が描きたかったことかもしれない。

小説のなかで、ときおり、実際に行われる裁判の手続きの公正さへの疑義とでもいうべき指摘もみられる。

著者(大岡昇平)が望んでいるのは、戦後民主主義社会における、公正な民主的な裁判制度と、その運用であったろうことは、この小説から読み取れる。まさにこの『事件』という小説において、「裁判」そのものを描く(そのため、一般のミステリのように「犯罪」は、あまり描かれない)ことによって、あるべき民主的な裁判のあり方について我々は考えるべきであるというメッセージを伝えたかったのである……私は、そのようにこの小説を読んで感じるのである。

追記 2017-12-02
この続きは、
やまもも書斎記 2017年12月2日
『事件』大岡昇平(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/02/8738540