『スティール・キス』ジェフリー・ディーヴァー2017-11-04

2017-11-04 當山日出夫(とうやまひでお)

ジェフリー・ディーヴァー.池田真紀子(訳).『スティール・キス』.文藝春秋.2017
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163907444

毎年、読むことにしている。ジェフリー・ディーヴァーの新作は、出れば買っている。これは、『ボーン・コレクター』を買った……今から考えてみればたまたまであったのだが……それ以来の習慣のようなものである。待っていれば、文庫版(文春文庫)になる。しかし、文庫版になったところでそう安くなるということもないので、単行本が出た時に買っている。

また、ジェフリー・ディーヴァーの作品は、その時代の最先端の時事的な問題をネタにしたものが多いので、新鮮味のあるうちに読んでおいた方がいい。

今回のテーマは、「IoT」。それに対するハッキング。(まあ、ここのところまでは書いていいだろう。)

これを読むと、確かに、ミステリとしては一級のしあがりになってはいるのだが、しかし、ちょっと無理があるような気がしてならない。サイバー犯罪については、リンカーン・ライムのような、科学的(主に、化学、物理の分野)の捜査が通用しない。それを、無理に、犯人に物証を残させるようなストーリーの展開になっている、と感じるところがある。でなければ、リンカーン・ライムの科学的な捜査手法の出る場面がない。

このような不満めいたところが少しあるとはいうものの、今の時代、これからの時代の生活に必須になる、モノとインターネットの世界の問題を、この作品は描いている。

そして、メインの犯罪となる以外に、サブのストーリーとして、いくつかの物語が展開する。これも、巧妙に作品におりこまれていて、読ませるものになっている。

ところで、このリンカーン・ライムのシリーズを読むと、いつも感じるのは、「PC」(政治的な正しさ)ということ。『ボーン・コレクター』から、ずっと読んできているのだが、特に、このリンカーン・ライムのシリーズは、「PC」の側面をつよく出した語り口になっている。現代のアメリカ社会のある側面を、描いている作品になっているとはいえる。

『純喫茶「一服堂』の四季』東川篤哉2017-04-20

2017-04-20 當山日出夫

東川篤哉.『純喫茶「一服堂」の四季』(講談社文庫).講談社.2017 (講談社.2014)
http://kodanshabunko.com/cafeippukudo/

この本のHPの紹介には、「ユーモア・カフェミステリ」とある。が、この作品は「本格」であると思って読んだ方がいいし、そして、損はない。

文庫本の解説を書いているのは、岡崎琢磨。これを読んで、「ビブリア古書堂の事件手帳」シリーズ(三上延)とか、「喫茶店タレーランの事件簿」シリーズ(岡崎琢磨)などの作品を、ライトミステリというらしい、ということを憶えた。まあ、私も、これらの作品は、一応読んではいるのだが。

しかし、この作品を「ビブリア」とか「タレーラン」のようなシリーズのものと一緒だと思ってはいけない。この作品では、人が死ぬ。起こる事件は、どれも殺人事件である。それもただの殺人ではない、猟奇殺人であり、密室殺人である。

短編集という体裁をとっているので、フーダニットではない。登場人物が限られるので、これははじめから無理。もう、この人物しか犯人はいないであろう、と推測される人間が犯人である。では、その犯人は、なぜ、どのようにして、その犯罪をなしとげたのか、ハウダニットとして読むことになる。

その推理の手順は、まさに「本格」である。そのトリックも、また、推理もあざやかである。なぜ、そのような死体の状況になっているのか、ということと、トリックが密接に関係している。まさに「本格」である。

そして、重要なことは、連作の四つの短編集という体裁をとりながら、全体として、別のトリックがしかけてあること(これ以上は書かない)。

東川篤哉は、そのデビューの時から、読んで来ている。そんなに全部の作品をというわけではないのだが、いくつかの主な作品は読んでいるつもりでいる。これは、これまでの作品からすると、別の独立したシリーズになるが、この続編はないだろうな、とも感じる作りになっている。

それにしても、猟奇殺人、死体切断、密室、よくもこれだけの短編集につめこんだものである。この短編ひとつで、横溝正史なら、長編を軽く書いてしまっているだろう。

他に読んでおきたい本がたまっているのだが、気晴らしにと思って手にした。が、これは、これで非常に上質のミステリに仕上がっている。上質のミステリを読んで時間をすごすほど贅沢はない。久々に充実した時間であった。

『疑心 隠蔽捜査3』今野敏2017-03-27

2017-03-27 當山日出夫

今野敏.『疑心 隠蔽捜査3』(新潮文庫).新潮社.2012 (新潮社.2009)
http://www.shinchosha.co.jp/book/132157/

つづきである。
やまもも書斎記 2017年3月23日
『果断 隠蔽捜査2』今野敏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/23/8416674

この春休みにと思って、今野敏の「隠蔽捜査」シリーズを読んでいる。これで、第三作目。どうやら、主人公(竜崎)のキャラクターも、安定してきた感じがする。

朴念仁の警察官僚(キャリア)である。警察庁にいたが、ある不祥事をきっかけに、大森署の署長という設定。前作と同様、署長だから、基本的には現場に出るということがない。管理する立場で仕事をする。その竜崎と対照的な位置にいるのが、刑事・戸高。有能だが、ちょっとすねたような態度がある。これは、徹頭徹尾、現場の人間。この組み合わせで、事件に対処していくことになる。

この作品の舞台になるのは、アメリカ大統領の来日。その警備の方面警備の責任を負うことになる。羽田空港は、大森署の管轄下にある。そこにやってくる、アメリカのシークレットサービス。彼らは、空港の監視カメラに不審人物を発見する。テロの可能性がある。だが、羽田空港を閉鎖するわけにはいかない。あくまでも大統領の安全を第一に考えるシークレットサービスと、日本の官僚機構の中にある警察に身をおく竜崎の間で、おこる衝突。一方、戸高の方は、都内でおきた交通事故に奇妙な点を発見して、単独で捜査にあたっているが……そして、登場する女性キャリア。年がいもなく、竜崎は彼女に心引かれてしまううのだが。

今回の作品も、いろいろと見せ場がある。特に、大統領の安全を第一に考えるシークレットサービスのプロ意識と、日本の警察官僚としての竜崎のやりとりが、興味深い。と同時に進行する竜崎の女性キャリア・畠山への思い、煩悶、そして、竜崎の家族、妻、娘とのやりとり……このあたり、警察官僚小説(といいっていいだろう、一般の警察小説とはちがって)としての面白さと、その家庭の事情を描いたホームドラマの面白さが、うまくからみあっての物語となっている。

たとえば、次のような箇所。

自分の役割は、そうした鋭い捜査能力や危機管理能力を持った人間を使いこなすことだと認識していた。キャリアにはキャリアの役割がある。管理者が現役の捜査員と現場感覚を競ってもかなうはずがないのだ。
(p.263)

こういうところを読むと、キャリアを主人公としたこのシリーズが安定してきていることを感じさせる。

次は、『初陣』である。3.5となっている。スピン・オフの物語とのこと。これも、楽しみに読むことにしよう。

『果断 隠蔽捜査2』今野敏2017-03-23

2017-03-23 當山日出夫

今野敏.『果断 隠蔽捜査2』(新潮文庫).新潮社.2010 (新潮社.2007)
http://www.shinchosha.co.jp/book/132156/

このシリーズの第一作『隠蔽捜査』については、
やまもも書斎記 2017年3月17日
『隠蔽捜査』今野敏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/17/8407879

山本周五郎賞、および、日本推理作家協会賞の作品である。シリーズの二作目として読んでみた。

なるほど、これなら、推理作家協会賞だけのことはあるな、と思わせるできである。警察小説としても、また、ミステリとしても、よくできている。

主人公は、前作『隠蔽捜査』にひきつづき竜崎。警察庁官僚(キャリア)であったものが、前作の結果をうける形で、この作品からは、大森警察署長という立場で登場する。

普通、警察小説で、キャリアの署長といえば、敵役になるか、無能の代表としてでてくると相場がきまっている。が、この『果断 隠蔽捜査2』では、警察署のトップとして捜査の指揮をとる立場で、活躍することになる。

これは、警察官僚としての責任感にもとづくものとしてである。とはいえ、現場の直接の指揮をとるということは、基本的にはない。立場上、責任をひきうけはするが、実際の活動は、部下にまかせるということになる。

このあたりの距離感の設定が、前作にひきつづいてうまい。キャリアとして、捜査の現場の刑事とはちがった、警察署という組織をどう動かすか、それが、警察の機構のなかでどうあるべきか……警視庁、警察庁とどう関係をとりもっていくのか……という管理者としての立場があり、それでいながら、実際の犯罪の捜査の現場にかかわっていかざるをえない。このところの判断、考え方というのが、非常に巧妙に描いてある。とにかく、読ませる小説にしあがっている。

たとえば、次のような箇所。

「いやしくも君は、この警察庁の長官官房の総務課長をつとめた人間です。現場と同じレベルで物事を考えてもらっては困ります。君は管理する側の人間です」
 それは同感だった。所轄書の署員というのは兵隊なのだ。統率する者がいなければ、兵隊は動かない。
(p.266)

この作品でも、竜崎の基本的性格はかわっていない。東大法学部出身にあらざれば人にあらず、あいかわらずである。しかし、その偏屈とでもいうべき人物造形に、読みながら、なんとなく親近感を感じるようになってくる。

そして、同時に重要なことは、この小説が、この竜崎の家族の物語でもあるということである。とはいえ、竜崎のことである、決して公私混同などはしない。きわめて厳密に、そのけじめはまもっている。

だが、この小説全体としては、一連の事件の発生から解決にいたる流れ、それと、竜崎の家族におこるできごと、これが、ない交ぜになって巧妙に描写されている。このあたりも、実にうまい。

また、この作品で、重要な役割をはたすのが、大森署の刑事(戸高)。第一作で登場した、あまり感じのよくない刑事である。しかし、有能である。この刑事の登場がなければ、この作品は成立しない。指揮、管理する立場の警察署長には、その活動に限界がある。これを、警察署の組織のなかで、署長としてその組織を維持、管理することのなかで、うまく立ち回らせている。

この「隠蔽捜査」シリーズ、この春休みに読むことにしようと思っている。

追記 2017-03-27
このつづきは、
やまもも書斎記 2017年3月27日
『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/27/8423103

『隠蔽捜査』今野敏2017-03-17

2017-03-17 當山日出夫

今野敏.『隠蔽捜査』(新潮文庫).新潮社.2008 (新潮社.2005)
http://www.shinchosha.co.jp/book/132153/

警察小説、それも日本のものを読んでおきたくなった。これまで、なぜか手にすることがなかったのであるが(佐々木譲などは読んでいたが)、文庫本で読んでおくことにした。

調べてみると、このシリーズだけの特設HPができている。

http://www.shinchosha.co.jp/topics/police/konno_bin.html

順次、このシリーズを読んで思ったことなど書いてみたいとおもっているが、まずは、第一冊目から。これは、吉川英治文学新人賞の受賞作でもある。

解説にも書いてあるが……なるほど、こういう手がまだのこっていたのかというのが、正直な感想。こんな主人公をよく思いついたものである。

読み始めて、この作品の主人公(竜崎)ぐらい、いやな人物はいない。なにせ、東大出の警察官僚(キャリア)。東大出身者にあらずんば、人にあらず……どうどうと言ってのける。

なんでこんないやなやつと付き合わねばならんのだと思って読んでいくのだが、途中から、この偏屈というか朴念仁というか、この一風変わった主人公に、なんとなく感情移入していってしまう。

キャリアだから、捜査の現場に出ることはない。警察庁で、広報を担当しているという立場。なぞの連続殺人事件。警察官僚ならではの知識で犯人のめぼしをつけるのだが、それにどう対応するか、警察庁(カイシャ)としては、悩むことになる。いや、彼は、彼なりの自分の警察官僚としての正義を貫く。

このミステリの特徴は、

第一に、警察庁のキャリアとして、直接、捜査の現場に出ることはないのだが、全体として、警察小説として、犯罪とその捜査を描くことに成功している。この絶妙の距離感が、実に巧い。

第二に、警察小説の基本にあるのは、警察官としての正義である。何が、警察官の正義なのか。これが、現場の警察官(刑事)であれば、比較的わかりやすく描くことができる。市民感覚でわかるものである。しかし、キャリアのいだく、警察の正義とは何であるのか、これは、市民感覚ではわからないとことがある。それを、この小説は、説得力ある叙述で描ききってみせている。

以上、二点をあげることができるだろうか。

この「隠蔽捜査」シリーズ、第二作『果断』で、日本推理作家協会賞を受賞している。楽しみに読むことにしよう。まあ、実際に、こんなキャリアががいるかどうかという詮索は無駄、野暮というものである。

追記 2017-03-23
この続編については、
やまもも書斎記 2017-03-23
『歌壇 隠蔽捜査2』今野敏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/23/8416674

『廃墟に乞う』佐々木譲2017-03-02

2017-03-02 當山日出夫

佐々木譲.『廃墟に乞う』(文春文庫).文藝春秋.2012 (文藝春秋.2009)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167796037

本を読む生活をしたいと思って、直木賞・芥川賞などの作品を、ボチボチと読んでいこうかと思っている。この『廃墟に乞う』は、第142回の直木賞。といって、佐々木譲を読むのは、はじめてではない。古くから読んできている。

『ベルリン飛行指令』(新潮文庫)
http://www.shinchosha.co.jp/book/122311/

『エトロフ発緊急電」(新潮文庫)
http://www.shinchosha.co.jp/book/122312/

『ストックホルムの密使』(新潮文庫)
http://www.shinchosha.co.jp/book/122315/
http://www.shinchosha.co.jp/book/122316/

など、出たときに読んでいる。今から思えば、まだ、パソコン通信の時代であった。読んだ感想など、書いていたことを思い出す。(ここには、現在の文庫本をしめしておいたが、読むのは、最初に出た単行本の時に読んでいる。)

それから、いうまでもなく、『警官の血』も読んだ。
『警官の血』(新潮文庫)
http://www.shinchosha.co.jp/book/122322/
http://www.shinchosha.co.jp/book/122323/

だが、この『廃墟に乞う』は、読みそびれていた。文庫本で読めるようになっているので、買って読んでみた。

解説を書いているのは、佳多山大地。解説を読んでみて、これは、確かに、ミステリとしての観点からの解説だなと感じた。この解説に異論はない。犯罪小説、それを、捜査する探偵(警官)の描写、この観点からは、そのとおりである。

だが、私の感じたことを記せば、この『廃墟に乞う』は、ハードボイルドである。そのように読むのがいいと思う。無論、警察小説、警官小説としても読めるのであるが。

主人公は、仙道孝司。この作品、連作短編は、基本的に、この仙道孝司の「私」の視点から描かれる。一応、三人称視点の記述にはなっているが。そして、この人物設定としては、警察官であるが、精神的な病気のために休職中。心療内科医のすすめで、休暇を取っている。つまり、操作のノウハウは知っている、警察の事情にも詳しい、しかし、公的に事件にかかわれるわけではない、という立場。

だが、そのような立場にある主人公が、いやおうなしに、事件にまきこまれていく。あるいは、警察の側でも、同僚、先輩、後輩としての彼ならではの捜査に期待するところがあって、行動していく。この捜査の過程は、必ずしも、警察とうまくことを運ぶというのではない。時として、邪魔者あつかいされたりもする。だが、それにもかかわらず、「依頼者」のために彼は行動する。

これは、明らかに、ハードボイルドの設定である。また、そのように読めるように書いてある。しかし、著者としては、警察小説を描きたかったのか、という気もしないではない。だが、これは、読者の自由な読み方として、ハードボイルドとして、読んで楽しめばいいのだと思う。

それから、この小説(連作短編)は、北海道を舞台にしている。現代の北海道である。かつての、炭坑、漁業でさかえたころの姿はない。むしろ、そのような景気のよかった過去をひきずりながら、なんとか生きながらえている地方の光景として描かれる。

北海道を描いている作家としては、桜木紫乃が思い浮かぶが、彼女が描いているほどに、その地方色はつよくない。空の色、海の色が印象的であるということはない。むしろ、荒涼とした原野の風景といった方がよいか。これもまた、現在の北海道の景色の表現なのであろう。

『廃墟に乞う』、この作品は、北海道を舞台にした、ハードボイルド、休職中の警察官が主人公である、として、私は読んで楽しんだのである。

蛇足で書けば……ハードボイルドには、ピアノのがよくにあうのである。

『制裁』A・ルースルンド、B・ヘルストレム2017-03-01

2017-03-01 當山日出夫

アンデルシュ・ルースルンド & ベリエ・ヘルストレム.ヘレンハルメ美穂(訳).『制裁』(ハヤカワ文庫).早川書房.2017 (ランダムハウス講談社.2007 改稿)
http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000013473/

本には、ふとした運命というものがあるのだろう。この本、10年ほど前に、ランダムハウス講談社から刊行されていたもの。絶版。それが、昨年、『熊と踊れ』が話題になったということで、再び、刊行になった。今度は、早川書房から。ハヤカワ文庫での刊行だから、ミステリとしては、れっきとしたブランドである。

やまもも書斎記 2016年12月30日
A・ルースルンド、S・トゥンベリ『熊と踊れ』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/12/30/8298284

もし、この本が、はじめからハヤカワから刊行になっていたら、たぶん、今年のミステリのベストにはいる作品になるにちがいない。(改稿、再刊、というのは、選出の基準にどう影響するのだろうか。)

また、こういうこともいえる。ミステリには、二つの方向がある。

第一には、知的ゲームとしての方向。例えば、昨年の作品であれば、『涙香迷宮』(竹本健治)がそうである。

第二には、その時代、社会を、犯罪を通じて描く。昨年の作品であれば、『熊と踊れ』がそうである。

そして、この『制裁』、あきらかに、後者のタイプ。小児性愛犯罪者が、脱獄するところから小説ははじまる。そして、おこる事件。被害者。その家族。そして、さらにおこる事件。捜査。逮捕。裁判。そして、事件。

この作品に描かれるのは、現代社会における、児童ポルノ犯罪、小児性愛犯罪、その被害者の家族(親)はどうすべきか、いや、それを超えて、現代社会において、犯罪はどのように裁かれるべきであり、その被害者は、どのようにふるまうべきなのか、という実に、現代的な問題提起がなされている。犯罪小説というものを通じて、現代社会のかかえる、種々の問題にするどくきりこんでいる。そして、問いかけるものがある。

この文庫本の帯には、「警察小説」とあるが、私の感想としてはあまりそのような印象はつよくない。むしろ、(こんな用語が適切かどうかわからないが)「刑務所小説」とでもいった方がよいかもしれない。小説の舞台のかなり部分が、刑務所内の描写になっている。この点では、あまりに日本の刑務所のあり方と違うので、やや驚く面もある。

日本とは、司法、警察、刑務所、などの制度がちがうので、すんなりとは理解できないところもあるのだが、しかし、社会全体として、犯罪について、どう対処すべきか、という観点からは、共感して読むことができる。特に、近年、我が国でも議論になっている、性犯罪者の情報は開示されるべきなのか、どうか、という議論にも及んでいる。

私としては、契機がどうであれ、埋もれていた作品、それも傑作というべきを、再発掘して世に出したということで、早川書房の判断を是としておきたい。『熊と踊れ』を面白く読んだ人には、おすすめである。

『慟哭』貫井徳郎2017-02-25

2017-02-25 當山日出夫

貫井徳郎.『慟哭』(創元推理文庫).東京創元社.1999
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488425012

初出は、1993年の鮎川哲也賞候補。それを、文庫本化したものということになる。

あまりにも有名な作品であるが、なんとなく手にしそびれてきて今にいたってしまった。おくればせながら読んでおこうと思って読んだ次第。で、結果としては、やはり、世評にたがわず、読むに値する傑作である。

ただ、ミステリとして見たとき、ちょっと弱いと感じる点がないではない。しかし、それは、瑕瑾というべきものだろう。私としては、文句なしの傑作としておきたい。

東京近郊でおきる、幼女連続誘拐殺人事件。その捜査にあたる警察。そして、それと平行して語られる、ある男のストーリー。ふとしたことから、新興宗教に入信して、そのなかにのめりこんでいく。この二つの物語が平行して語られ、最後に合流するところで、「真相」にたどりつく。この意味では、ミステリの語りの常道をいっている。

この作品、北村薫が絶賛したよし。その観点からみると……本書のタイトル「慟哭」がそれを表している。なぜ、犯人はその犯罪を犯すにいたったのか、この経過が、本書の最終的なメッセージになる。

そして、それが説得力あるものとして描けるかどうか、そのように読めるかどうか、ここの解釈が、この作品の評価を分ける点になる。

ただ、蛇足を書けば……この作品の発表は、1993年の鮎川哲也賞において。新興宗教の起こした社会的事件といえば、言うまでもなく思い浮かぶのが、オウム真理教の事件。地下鉄サリン事件のあったのは、1995年。この作品が出てからのことになる。ここのところだけは、留意して読んだ方がいいかと思う。もし、1995年以降に書かれた作品なら、もうちょっと違ったものになったにちがいない。

さらに余計なことを書いておけば、トリックの基本はだいたい見抜ける。近年の日本のミステリになじんだ読者なら、だいたいの見当がつくはずである。だが、だからといって、この作品の評価が下がることはない。それは、やはり、犯行にいたる動機をどう描くか、というとことにかかわっている。これに納得する人は、高い評価をあたえることになるだろう。

貫井徳郎は、なんとなく読まずにきた作者なのであるが(たまたまである、別に嫌っていたわけではない)、これをきっかけにして、他の作品も読んでおくことにしようと思っている。

『慈雨』柚月裕子2017-02-19

2017-02-19 當山日出夫

柚月裕子.『慈雨』.集英社.2016
http://renzaburo.jp/shinkan_list/temaemiso/161028_book01.html

http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-771670-2

柚月裕子の作品は、すでに一冊とりあげた。

やまもも書斎記 2017年1月20日
『孤狼の血』柚月裕子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/20/8327720

面白かったので、他の作品も読んでみたいと思って手にした。この作品、週刊文春ミステリーベスト10(2016)を見ると、19位になっている。期待して読んでみたのだが……その期待に十分にこたえてくれる作品になっている。

ただ、まず、言っておかなければならないことは、「警察小説」というミステリのジャンルは、リアリズムを基本とする、しかし、実際の警察の姿をそのまま描くのではない、あくまでも、警察というを設定したうえでの、フィクションである、ということ。なぜ、こんなことを書いておくかというと、Amazonのレビューを見ると、低評価のコメントが目につく。いわく、こんな警察官は実際にはいない……それはそうかもしれないが、この作品は、あくまでも、小説なのである。これを、忘れて、警察の捜査のノンフィクションであるかのように読んでしまってはいけないだろう。

事件は群馬県でおこる。少女誘拐強姦殺人事件。この捜査が警察で捜査される。それと平行して、もう退職した警官が、四国巡礼のたびに出る。彼には、16年前におこった同類の事件の捜査の記憶があった。あの事件のことがよみがえる。はたして、正当に捜査され、事件は解決したのだろうか。だが、彼は、妻をともなって、巡礼をつづける。だが、気になってしかたがない。警察に携帯電話で連絡する。そして、巡礼の旅をつづけながら、携帯電話で連絡をとりながら、捜査にかかわりつづけることになる。

ここに描かれたのは、警察官の職務倫理、生き方の問題であり、夫婦の物語であり、親子のものがたりである。これらが、重層的におりかさなって、最終的に、事件の真相にたどりつく。

たぶん、次のことばが、この作品の基調にある。冒頭近くにある、ある先輩刑事の言ったこととして、

「罪を犯すのは生きている人間だ。被害を受けるのも生きている人間だ。事件ってのは生きてるんだ。俺はいつも、事件という名の生きた獣と闘っているつもりだ。」(p.34)

この作品に描かれているのは、生きた人間としての警官であり生きている事件である。

この小説の面白さは、「探偵」の役になる、退職した警官が、妻をともなって、四国巡礼の旅をつづけつつ、携帯電話で、もとの職場の後輩警官と連絡をとりあいながら、事件解決にむけて、歩みをすすめていく、という大きな構図にあるだろう。四国巡礼の旅が、まさに、事件解決への道程と重なって読むことになる。

また、現在において、徒歩で四国巡礼をあるく姿の描写が実にリアルに描いてある。このリアルな描写が、この作品の魅力をささえている。ある種の罪の意識をかかえた、元警官が、妻をともなって徒歩で四国巡礼を旅する、その物語と呼んでも十分に面白い。

これは、おそらく日本ならではの「警察小説」というジャンルにおける、すぐれた作品のひとつといってよいであろう。私としては、おすすめとしておきたい。

『沈黙法廷』佐々木譲2017-02-16

2017-02-16 當山日出夫

佐々木譲.『沈黙法廷』.新潮社.2016
http://www.shinchosha.co.jp/book/455511/

まず、私の読後感を記すならば、ミステリのベスト10にはいっていてもいい作品である。だが、この作品は、2016の各種のミステリのベストのなかにははいっていないようだ。

その理由として考えられることは……結局、犯人は誰であるのか、というミステリの一番肝心なところが、最後まで不透明なままに終わる……とはいえ、最後のところで、事件の「真犯人」は明かされるのであるが、それを、捜査と論理で明らかにする、特定する、という描き方ではない。

本の帯には、「警察小説の迫力、法廷ミステリーの興奮」とある。また、新潮社のHPには、「警察小説と法廷小説が融合した傑作。」ともある。これは、そのとおり。作品の前半は、警察の捜査を中心にした警察小説であり、後半は、その裁判(裁判員裁判)の様子が描かれる。その裁判の様子を見ているのは、ふとしたことから事件にかかわることになった、ある男性。その人物が、裁判を傍聴するという形式をつかって、裁判員裁判の進行の様子を叙述してある。

だから、非常にわかりやすい描写の小説である。が、その反面、少々、記述がくどくわずらわしいと感じる点がないではない。事件について、警察の捜査段階での描写と、裁判での証言の描写で、同じ事を繰り返し述べることになっている。

これをくどいと感じるか、あるいは、同じ事象を、警察捜査の視点から見るのと、裁判における証人の証言として語るのとで、異なってくる、その違いを楽しんで読むか、このあたりは、読者の好みの分かれるとこかと思う。

私としては、佐々木譲ならではの警察小説であり、また、法廷小説における検察・弁護の双方の意見の応酬に読み応えを感じる、すぐれた作品として読んだ。先に書いたとおり、私なら、ベスト10にいれたくなる。

ただ、蛇足としての感想を書いてみるならば……この作品のなかでも語られるように、ネット社会における虚像としての、ある人格、とでもいうようなものが印象的である。ネット社会の虚像、このようなものを、宮部みゆきならどのように描くだろうか、というようなことを思ってみたりした。

また、上記の新潮社のHPに文章を寄せているのは、川本三郎。現代社会の世相を、丹念にこの作品からよみといている。社会の底辺でひとり生きる女性、独居老人の生活など、すぐれた解説となっている。

ともあれ、これは、読んで損はない作品であるとはいっておきたい。