『果断 隠蔽捜査2』今野敏2017-03-23

2017-03-23 當山日出夫

今野敏.『果断 隠蔽捜査2』(新潮文庫).新潮社.2010 (新潮社.2007)
http://www.shinchosha.co.jp/book/132156/

このシリーズの第一作『隠蔽捜査』については、
やまもも書斎記 2017年3月17日
『隠蔽捜査』今野敏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/17/8407879

山本周五郎賞、および、日本推理作家協会賞の作品である。シリーズの二作目として読んでみた。

なるほど、これなら、推理作家協会賞だけのことはあるな、と思わせるできである。警察小説としても、また、ミステリとしても、よくできている。

主人公は、前作『隠蔽捜査』にひきつづき竜崎。警察庁官僚(キャリア)であったものが、前作の結果をうける形で、この作品からは、大森警察署長という立場で登場する。

普通、警察小説で、キャリアの署長といえば、敵役になるか、無能の代表としてでてくると相場がきまっている。が、この『果断 隠蔽捜査2』では、警察署のトップとして捜査の指揮をとる立場で、活躍することになる。

これは、警察官僚としての責任感にもとづくものとしてである。とはいえ、現場の直接の指揮をとるということは、基本的にはない。立場上、責任をひきうけはするが、実際の活動は、部下にまかせるということになる。

このあたりの距離感の設定が、前作にひきつづいてうまい。キャリアとして、捜査の現場の刑事とはちがった、警察署という組織をどう動かすか、それが、警察の機構のなかでどうあるべきか……警視庁、警察庁とどう関係をとりもっていくのか……という管理者としての立場があり、それでいながら、実際の犯罪の捜査の現場にかかわっていかざるをえない。このところの判断、考え方というのが、非常に巧妙に描いてある。とにかく、読ませる小説にしあがっている。

たとえば、次のような箇所。

「いやしくも君は、この警察庁の長官官房の総務課長をつとめた人間です。現場と同じレベルで物事を考えてもらっては困ります。君は管理する側の人間です」
 それは同感だった。所轄書の署員というのは兵隊なのだ。統率する者がいなければ、兵隊は動かない。
(p.266)

この作品でも、竜崎の基本的性格はかわっていない。東大法学部出身にあらざれば人にあらず、あいかわらずである。しかし、その偏屈とでもいうべき人物造形に、読みながら、なんとなく親近感を感じるようになってくる。

そして、同時に重要なことは、この小説が、この竜崎の家族の物語でもあるということである。とはいえ、竜崎のことである、決して公私混同などはしない。きわめて厳密に、そのけじめはまもっている。

だが、この小説全体としては、一連の事件の発生から解決にいたる流れ、それと、竜崎の家族におこるできごと、これが、ない交ぜになって巧妙に描写されている。このあたりも、実にうまい。

また、この作品で、重要な役割をはたすのが、大森署の刑事(戸高)。第一作で登場した、あまり感じのよくない刑事である。しかし、有能である。この刑事の登場がなければ、この作品は成立しない。指揮、管理する立場の警察署長には、その活動に限界がある。これを、警察署の組織のなかで、署長としてその組織を維持、管理することのなかで、うまく立ち回らせている。

この「隠蔽捜査」シリーズ、この春休みに読むことにしようと思っている。

『隠蔽捜査』今野敏2017-03-17

2017-03-17 當山日出夫

今野敏.『隠蔽捜査』(新潮文庫).新潮社.2008 (新潮社.2005)
http://www.shinchosha.co.jp/book/132153/

警察小説、それも日本のものを読んでおきたくなった。これまで、なぜか手にすることがなかったのであるが(佐々木譲などは読んでいたが)、文庫本で読んでおくことにした。

調べてみると、このシリーズだけの特設HPができている。

http://www.shinchosha.co.jp/topics/police/konno_bin.html

順次、このシリーズを読んで思ったことなど書いてみたいとおもっているが、まずは、第一冊目から。これは、吉川英治文学新人賞の受賞作でもある。

解説にも書いてあるが……なるほど、こういう手がまだのこっていたのかというのが、正直な感想。こんな主人公をよく思いついたものである。

読み始めて、この作品の主人公(竜崎)ぐらい、いやな人物はいない。なにせ、東大出の警察官僚(キャリア)。東大出身者にあらずんば、人にあらず……どうどうと言ってのける。

なんでこんないやなやつと付き合わねばならんのだと思って読んでいくのだが、途中から、この偏屈というか朴念仁というか、この一風変わった主人公に、なんとなく感情移入していってしまう。

キャリアだから、捜査の現場に出ることはない。警察庁で、広報を担当しているという立場。なぞの連続殺人事件。警察官僚ならではの知識で犯人のめぼしをつけるのだが、それにどう対応するか、警察庁(カイシャ)としては、悩むことになる。いや、彼は、彼なりの自分の警察官僚としての正義を貫く。

このミステリの特徴は、

第一に、警察庁のキャリアとして、直接、捜査の現場に出ることはないのだが、全体として、警察小説として、犯罪とその捜査を描くことに成功している。この絶妙の距離感が、実に巧い。

第二に、警察小説の基本にあるのは、警察官としての正義である。何が、警察官の正義なのか。これが、現場の警察官(刑事)であれば、比較的わかりやすく描くことができる。市民感覚でわかるものである。しかし、キャリアのいだく、警察の正義とは何であるのか、これは、市民感覚ではわからないとことがある。それを、この小説は、説得力ある叙述で描ききってみせている。

以上、二点をあげることができるだろうか。

この「隠蔽捜査」シリーズ、第二作『果断』で、日本推理作家協会賞を受賞している。楽しみに読むことにしよう。まあ、実際に、こんなキャリアががいるかどうかという詮索は無駄、野暮というものである。

追記 2017-03-23
この続編については、
やまもも書斎記 2017-03-23
『歌壇 隠蔽捜査2』今野敏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/23/8416674

『廃墟に乞う』佐々木譲2017-03-02

2017-03-02 當山日出夫

佐々木譲.『廃墟に乞う』(文春文庫).文藝春秋.2012 (文藝春秋.2009)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167796037

本を読む生活をしたいと思って、直木賞・芥川賞などの作品を、ボチボチと読んでいこうかと思っている。この『廃墟に乞う』は、第142回の直木賞。といって、佐々木譲を読むのは、はじめてではない。古くから読んできている。

『ベルリン飛行指令』(新潮文庫)
http://www.shinchosha.co.jp/book/122311/

『エトロフ発緊急電」(新潮文庫)
http://www.shinchosha.co.jp/book/122312/

『ストックホルムの密使』(新潮文庫)
http://www.shinchosha.co.jp/book/122315/
http://www.shinchosha.co.jp/book/122316/

など、出たときに読んでいる。今から思えば、まだ、パソコン通信の時代であった。読んだ感想など、書いていたことを思い出す。(ここには、現在の文庫本をしめしておいたが、読むのは、最初に出た単行本の時に読んでいる。)

それから、いうまでもなく、『警官の血』も読んだ。
『警官の血』(新潮文庫)
http://www.shinchosha.co.jp/book/122322/
http://www.shinchosha.co.jp/book/122323/

だが、この『廃墟に乞う』は、読みそびれていた。文庫本で読めるようになっているので、買って読んでみた。

解説を書いているのは、佳多山大地。解説を読んでみて、これは、確かに、ミステリとしての観点からの解説だなと感じた。この解説に異論はない。犯罪小説、それを、捜査する探偵(警官)の描写、この観点からは、そのとおりである。

だが、私の感じたことを記せば、この『廃墟に乞う』は、ハードボイルドである。そのように読むのがいいと思う。無論、警察小説、警官小説としても読めるのであるが。

主人公は、仙道孝司。この作品、連作短編は、基本的に、この仙道孝司の「私」の視点から描かれる。一応、三人称視点の記述にはなっているが。そして、この人物設定としては、警察官であるが、精神的な病気のために休職中。心療内科医のすすめで、休暇を取っている。つまり、操作のノウハウは知っている、警察の事情にも詳しい、しかし、公的に事件にかかわれるわけではない、という立場。

だが、そのような立場にある主人公が、いやおうなしに、事件にまきこまれていく。あるいは、警察の側でも、同僚、先輩、後輩としての彼ならではの捜査に期待するところがあって、行動していく。この捜査の過程は、必ずしも、警察とうまくことを運ぶというのではない。時として、邪魔者あつかいされたりもする。だが、それにもかかわらず、「依頼者」のために彼は行動する。

これは、明らかに、ハードボイルドの設定である。また、そのように読めるように書いてある。しかし、著者としては、警察小説を描きたかったのか、という気もしないではない。だが、これは、読者の自由な読み方として、ハードボイルドとして、読んで楽しめばいいのだと思う。

それから、この小説(連作短編)は、北海道を舞台にしている。現代の北海道である。かつての、炭坑、漁業でさかえたころの姿はない。むしろ、そのような景気のよかった過去をひきずりながら、なんとか生きながらえている地方の光景として描かれる。

北海道を描いている作家としては、桜木紫乃が思い浮かぶが、彼女が描いているほどに、その地方色はつよくない。空の色、海の色が印象的であるということはない。むしろ、荒涼とした原野の風景といった方がよいか。これもまた、現在の北海道の景色の表現なのであろう。

『廃墟に乞う』、この作品は、北海道を舞台にした、ハードボイルド、休職中の警察官が主人公である、として、私は読んで楽しんだのである。

蛇足で書けば……ハードボイルドには、ピアノのがよくにあうのである。

『制裁』A・ルースルンド、B・ヘルストレム2017-03-01

2017-03-01 當山日出夫

アンデルシュ・ルースルンド & ベリエ・ヘルストレム.ヘレンハルメ美穂(訳).『制裁』(ハヤカワ文庫).早川書房.2017 (ランダムハウス講談社.2007 改稿)
http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000013473/

本には、ふとした運命というものがあるのだろう。この本、10年ほど前に、ランダムハウス講談社から刊行されていたもの。絶版。それが、昨年、『熊と踊れ』が話題になったということで、再び、刊行になった。今度は、早川書房から。ハヤカワ文庫での刊行だから、ミステリとしては、れっきとしたブランドである。

やまもも書斎記 2016年12月30日
A・ルースルンド、S・トゥンベリ『熊と踊れ』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/12/30/8298284

もし、この本が、はじめからハヤカワから刊行になっていたら、たぶん、今年のミステリのベストにはいる作品になるにちがいない。(改稿、再刊、というのは、選出の基準にどう影響するのだろうか。)

また、こういうこともいえる。ミステリには、二つの方向がある。

第一には、知的ゲームとしての方向。例えば、昨年の作品であれば、『涙香迷宮』(竹本健治)がそうである。

第二には、その時代、社会を、犯罪を通じて描く。昨年の作品であれば、『熊と踊れ』がそうである。

そして、この『制裁』、あきらかに、後者のタイプ。小児性愛犯罪者が、脱獄するところから小説ははじまる。そして、おこる事件。被害者。その家族。そして、さらにおこる事件。捜査。逮捕。裁判。そして、事件。

この作品に描かれるのは、現代社会における、児童ポルノ犯罪、小児性愛犯罪、その被害者の家族(親)はどうすべきか、いや、それを超えて、現代社会において、犯罪はどのように裁かれるべきであり、その被害者は、どのようにふるまうべきなのか、という実に、現代的な問題提起がなされている。犯罪小説というものを通じて、現代社会のかかえる、種々の問題にするどくきりこんでいる。そして、問いかけるものがある。

この文庫本の帯には、「警察小説」とあるが、私の感想としてはあまりそのような印象はつよくない。むしろ、(こんな用語が適切かどうかわからないが)「刑務所小説」とでもいった方がよいかもしれない。小説の舞台のかなり部分が、刑務所内の描写になっている。この点では、あまりに日本の刑務所のあり方と違うので、やや驚く面もある。

日本とは、司法、警察、刑務所、などの制度がちがうので、すんなりとは理解できないところもあるのだが、しかし、社会全体として、犯罪について、どう対処すべきか、という観点からは、共感して読むことができる。特に、近年、我が国でも議論になっている、性犯罪者の情報は開示されるべきなのか、どうか、という議論にも及んでいる。

私としては、契機がどうであれ、埋もれていた作品、それも傑作というべきを、再発掘して世に出したということで、早川書房の判断を是としておきたい。『熊と踊れ』を面白く読んだ人には、おすすめである。

『慟哭』貫井徳郎2017-02-25

2017-02-25 當山日出夫

貫井徳郎.『慟哭』(創元推理文庫).東京創元社.1999
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488425012

初出は、1993年の鮎川哲也賞候補。それを、文庫本化したものということになる。

あまりにも有名な作品であるが、なんとなく手にしそびれてきて今にいたってしまった。おくればせながら読んでおこうと思って読んだ次第。で、結果としては、やはり、世評にたがわず、読むに値する傑作である。

ただ、ミステリとして見たとき、ちょっと弱いと感じる点がないではない。しかし、それは、瑕瑾というべきものだろう。私としては、文句なしの傑作としておきたい。

東京近郊でおきる、幼女連続誘拐殺人事件。その捜査にあたる警察。そして、それと平行して語られる、ある男のストーリー。ふとしたことから、新興宗教に入信して、そのなかにのめりこんでいく。この二つの物語が平行して語られ、最後に合流するところで、「真相」にたどりつく。この意味では、ミステリの語りの常道をいっている。

この作品、北村薫が絶賛したよし。その観点からみると……本書のタイトル「慟哭」がそれを表している。なぜ、犯人はその犯罪を犯すにいたったのか、この経過が、本書の最終的なメッセージになる。

そして、それが説得力あるものとして描けるかどうか、そのように読めるかどうか、ここの解釈が、この作品の評価を分ける点になる。

ただ、蛇足を書けば……この作品の発表は、1993年の鮎川哲也賞において。新興宗教の起こした社会的事件といえば、言うまでもなく思い浮かぶのが、オウム真理教の事件。地下鉄サリン事件のあったのは、1995年。この作品が出てからのことになる。ここのところだけは、留意して読んだ方がいいかと思う。もし、1995年以降に書かれた作品なら、もうちょっと違ったものになったにちがいない。

さらに余計なことを書いておけば、トリックの基本はだいたい見抜ける。近年の日本のミステリになじんだ読者なら、だいたいの見当がつくはずである。だが、だからといって、この作品の評価が下がることはない。それは、やはり、犯行にいたる動機をどう描くか、というとことにかかわっている。これに納得する人は、高い評価をあたえることになるだろう。

貫井徳郎は、なんとなく読まずにきた作者なのであるが(たまたまである、別に嫌っていたわけではない)、これをきっかけにして、他の作品も読んでおくことにしようと思っている。

『慈雨』柚月裕子2017-02-19

2017-02-19 當山日出夫

柚月裕子.『慈雨』.集英社.2016
http://renzaburo.jp/shinkan_list/temaemiso/161028_book01.html

http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-771670-2

柚月裕子の作品は、すでに一冊とりあげた。

やまもも書斎記 2017年1月20日
『孤狼の血』柚月裕子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/20/8327720

面白かったので、他の作品も読んでみたいと思って手にした。この作品、週刊文春ミステリーベスト10(2016)を見ると、19位になっている。期待して読んでみたのだが……その期待に十分にこたえてくれる作品になっている。

ただ、まず、言っておかなければならないことは、「警察小説」というミステリのジャンルは、リアリズムを基本とする、しかし、実際の警察の姿をそのまま描くのではない、あくまでも、警察というを設定したうえでの、フィクションである、ということ。なぜ、こんなことを書いておくかというと、Amazonのレビューを見ると、低評価のコメントが目につく。いわく、こんな警察官は実際にはいない……それはそうかもしれないが、この作品は、あくまでも、小説なのである。これを、忘れて、警察の捜査のノンフィクションであるかのように読んでしまってはいけないだろう。

事件は群馬県でおこる。少女誘拐強姦殺人事件。この捜査が警察で捜査される。それと平行して、もう退職した警官が、四国巡礼のたびに出る。彼には、16年前におこった同類の事件の捜査の記憶があった。あの事件のことがよみがえる。はたして、正当に捜査され、事件は解決したのだろうか。だが、彼は、妻をともなって、巡礼をつづける。だが、気になってしかたがない。警察に携帯電話で連絡する。そして、巡礼の旅をつづけながら、携帯電話で連絡をとりながら、捜査にかかわりつづけることになる。

ここに描かれたのは、警察官の職務倫理、生き方の問題であり、夫婦の物語であり、親子のものがたりである。これらが、重層的におりかさなって、最終的に、事件の真相にたどりつく。

たぶん、次のことばが、この作品の基調にある。冒頭近くにある、ある先輩刑事の言ったこととして、

「罪を犯すのは生きている人間だ。被害を受けるのも生きている人間だ。事件ってのは生きてるんだ。俺はいつも、事件という名の生きた獣と闘っているつもりだ。」(p.34)

この作品に描かれているのは、生きた人間としての警官であり生きている事件である。

この小説の面白さは、「探偵」の役になる、退職した警官が、妻をともなって、四国巡礼の旅をつづけつつ、携帯電話で、もとの職場の後輩警官と連絡をとりあいながら、事件解決にむけて、歩みをすすめていく、という大きな構図にあるだろう。四国巡礼の旅が、まさに、事件解決への道程と重なって読むことになる。

また、現在において、徒歩で四国巡礼をあるく姿の描写が実にリアルに描いてある。このリアルな描写が、この作品の魅力をささえている。ある種の罪の意識をかかえた、元警官が、妻をともなって徒歩で四国巡礼を旅する、その物語と呼んでも十分に面白い。

これは、おそらく日本ならではの「警察小説」というジャンルにおける、すぐれた作品のひとつといってよいであろう。私としては、おすすめとしておきたい。

『沈黙法廷』佐々木譲2017-02-16

2017-02-16 當山日出夫

佐々木譲.『沈黙法廷』.新潮社.2016
http://www.shinchosha.co.jp/book/455511/

まず、私の読後感を記すならば、ミステリのベスト10にはいっていてもいい作品である。だが、この作品は、2016の各種のミステリのベストのなかにははいっていないようだ。

その理由として考えられることは……結局、犯人は誰であるのか、というミステリの一番肝心なところが、最後まで不透明なままに終わる……とはいえ、最後のところで、事件の「真犯人」は明かされるのであるが、それを、捜査と論理で明らかにする、特定する、という描き方ではない。

本の帯には、「警察小説の迫力、法廷ミステリーの興奮」とある。また、新潮社のHPには、「警察小説と法廷小説が融合した傑作。」ともある。これは、そのとおり。作品の前半は、警察の捜査を中心にした警察小説であり、後半は、その裁判(裁判員裁判)の様子が描かれる。その裁判の様子を見ているのは、ふとしたことから事件にかかわることになった、ある男性。その人物が、裁判を傍聴するという形式をつかって、裁判員裁判の進行の様子を叙述してある。

だから、非常にわかりやすい描写の小説である。が、その反面、少々、記述がくどくわずらわしいと感じる点がないではない。事件について、警察の捜査段階での描写と、裁判での証言の描写で、同じ事を繰り返し述べることになっている。

これをくどいと感じるか、あるいは、同じ事象を、警察捜査の視点から見るのと、裁判における証人の証言として語るのとで、異なってくる、その違いを楽しんで読むか、このあたりは、読者の好みの分かれるとこかと思う。

私としては、佐々木譲ならではの警察小説であり、また、法廷小説における検察・弁護の双方の意見の応酬に読み応えを感じる、すぐれた作品として読んだ。先に書いたとおり、私なら、ベスト10にいれたくなる。

ただ、蛇足としての感想を書いてみるならば……この作品のなかでも語られるように、ネット社会における虚像としての、ある人格、とでもいうようなものが印象的である。ネット社会の虚像、このようなものを、宮部みゆきならどのように描くだろうか、というようなことを思ってみたりした。

また、上記の新潮社のHPに文章を寄せているのは、川本三郎。現代社会の世相を、丹念にこの作品からよみといている。社会の底辺でひとり生きる女性、独居老人の生活など、すぐれた解説となっている。

ともあれ、これは、読んで損はない作品であるとはいっておきたい。

『孤狼の血』柚月裕子2017-01-20

2017-01-20 當山日出夫

柚月裕子.『孤狼の血』.角川書店.2016
http://shoten.kadokawa.co.jp/sp/korou/

第69回の日本推理作家協会賞の受賞作である。だから、というわけでもないのだが、読んでみることにした。

警察小説である。

警察官を主人公にした作品は、それぞれの国によって、流儀というか傾向があるようだ。イギリスにはイギリスの、アメリカにはアメリカの、そして、日本には日本の。他には、近年では、北欧を舞台にした、ヘニング・マンケルの作などもある(残念ながら、作者は、もう故人となってしまった)。

日本の警察小説である。たぶん、佐々木譲あたりが代表的作家かと思う。最近に話題作では、『64』がある。

横山秀夫.『64』.文藝春秋.2012
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163818405

警察小説には、それぞれの国の流儀があると書いた。日本の警察小説の場合、かならずしも、警察官は、イコール、正義、というわけではないようだ。いや、それなりに、「正義」の立場にたって仕事をしているのであろう。だが、それは、時として、警察内部の抗争があったり、いや、むしろ、日本の警察小説は、警官を主人公とした、警察という「組織」を描いた小説とみるべきかもしれない。

そういえば、古くは、松本清張の作品、『点と線』なども、ある意味で、警察小説という趣がないではない。警察という組織のなかで、自分なりの「正義」を貫こうとする警察官の姿をそこに見ることができる。

この『孤狼の血』であるが、一言でいうならば、悪徳警官小説ということになるのだろう。暴力団の抗争事件をしずめるためには、なにがしか、相手の組織の内側にはいっていかざるをえない。そして、それは、同時に、警察という「組織」からは孤立することを意味している。まさに、タイトルのごとく、「孤狼」として生きざるをえない。

この『孤狼の血』、ただの悪徳警官小説で終わっているのではない。裏の筋書きがある。それが、最後に明かされるのであるが……この小説、時代設定は、昭和の末になっている。何故だろうかとと特に気にせずに読んでいくのだが、最後になって、この時代に設定してあったことの意味が明らかになる。この時代の事件として物語らなければ、『孤狼の血』という作品は成立しない。

日本における警察小説という領域でのすぐれた佳品であると読んだ。

『涙香迷宮』竹本健治2017-01-03

2017-01-03 當山日出夫

竹本健治.『涙香迷宮』.講談社.2016
http://kodansha-novels.jp/1603/takemotokenji/

昨年(2016)の、ミステリ(国内)ベストの作品である。
・このミステリーがすごい2017 第1位
・ミステリが読みたい 第2位
・週刊文春ミステリーベスト10 第3位
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/6834

私個人の感想としては、たしかに、ことしのベスト10に入る作品であるとは思うが、1位かどうかは、微妙な感じ、といったところか。

碁盤にうつぶした死体からスタートする。そして、黒岩涙香についての蘊蓄が語られる(これは、これとして、非常に面白い)。「いろは歌」の謎。いわゆる「いろは歌」ではなく、新作の「いろは歌」の数々登場。謎の館。「いろは歌」の暗号。連珠。そして、嵐の山荘(これはもうミステリの定番である)。そこでおこる殺人事件。最後には、暗号の解明と、それにまつわる犯行動機。

ただ難点をいえば・・・謎の解明(犯人が誰か)が「論理」によっていない。ストーリーの運びとしては、自然な流れになっているのだが、「挑戦状」が出てくるような作りにはなっていない。これが、論理的に犯人をあてられるような作りになっていれば、という気がしないではない。

これが、論理的に犯人を絞り込めるようになっていれば、文句なしの1位であると、私は思う。とはいえ、十分に、現代ミステリの極致、その醍醐味を楽しめる作品である。特に、暗号ミステリとしては、凝りに凝ったつくりになっている。

蛇足をいささか。

私の記憶では、私のわかいころのこと(学生のころ)、週刊朝日が、「パロディ」を募集していたなかに、新作いろは歌もあったような気がするのだが、どうだったろうか。

それから、明治になってから作られた新作いろは歌「とりなくこゑす」の作、これは、たしか中学か高校の時に、ならって知っている。これは、いまはどうなんだろう。今の学生は知っているだろうか。

『いろはうた』(小松英雄)を、読み返してみたくなった。この本は出たときに買って読んで、どこかにあるはず。探してきて、再読してみよう。(日本語史の知識の整理ということにもなるし。)

宮部みゆき『希望荘』2016-12-31

2016-12-31 當山日出夫

宮部みゆき.『希望荘』.小学館.2016
https://www.shogakukan.co.jp/books/09386443

宮部みゆきの作品としては、杉村三郎シリーズということになるが、先に刊行された作品……『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』……とは、ほぼ完全に独立している。この作品では、その後の杉村三郎が私立探偵として活躍する。

収録されているのは、「聖域」「希望荘」「砂男」「二重身(ドッペルゲンガー)」の四作の、中短編。

出たときに買って、前半の二作品「聖域」「希望荘」を読んだ。確かに、宮部みゆきの作品である、現代ミステリとして水準に達しているとは感じたのだが、特にこれはいいとは、正直思わなかった。

年末になって、各種のミステリベストが発表されると、週刊文春ミステリーベスト10にはいっている。四位。で、ともかく最後まで読んでみることにした。

『希望荘』は、「聖域」で、主人公・三郎が私立探偵をはじめることになって、事務所をかまえるところからスタートする。宮部みゆきの現代ミステリである。それなりに、現代社会のかかえるいろんな問題を、さりげなくおりこんである。「砂男」は、ちょっと時間がさかのぼって、主人公・三郎が、私立探偵をはじめるきっかけになる事件をおっている。そして、「二重身」である。

(これは書いていいことと思うので書くが)この作品「二重身」は、東日本大震災後の東京が舞台。この作品『希望荘』の始まりからは、かなり時間がたっている。ふむ、これは、作者が、東日本大震災の時の東京、そこに暮らす人びとの生活を描きたかったのか、と思って読んだ。これは、そのとおりである。今から数年前のこと、2011年の3月11日からしばらくの東京に生活する人びとの「実感」とでもいうべきものが、宮部みゆきらしい、落ち着いた、ほんわりとした筆致で描かれている。

だが、これだけでは、この本が、今年のベストに入るとは感じられなかったのだが……途中で気付いた、このトリックをつかいたかったのか……。

おそらく、多くの日本の人であれば知っているある有名な作品(広義にはミステリの範疇にはいる)でつかわれたトリックがここでもつかわれている。ここで、この作品名を書いてしまうことはしない。無論、細部にわたっては、トリックの意味や使い方はちがってきているが。

このトリックは、もう二度と他の作家はつかえないだろうなあ、と思ったのであるが、しかし、宮部みゆきは、ひょっとしたら、この作品「二重身」を書きたいがために『希望荘』に掲載の作品を書いていったのではないか、そう思ってしまう。

たしかに、ミステリの世界では、トリックの使い回しということは、よくあることである。だが、ここで、このトリックを、こういうふうにつかうとは、と思った。『希望荘』がベスト10にはいった理由は、このところにあるのか、と私としては思ったのである。