『凶犬の眼』柚月祐子2018-06-16

2018-06-16 當山日出夫(とうやまひでお)

凶犬の眼

柚月祐子.『凶犬の眼』.KADOKAWA.2018
https://www.kadokawa.co.jp/product/321607000224/

柚月祐子では、先に、『孤狼の血』を読んでいる。

やまもも書斎記 2017年1月20日
『孤狼の血』柚月裕子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/20/8327720

この『孤狼の血』は、傑作と思って読んだ。映画化もされている。その続編が出たというので、読んでみることにした。

結論としては、警官小説、極道小説としては、まあ、成功している方かもしれないが、しかし、前作『孤狼の血』の方が、ずっといい。といって、つまらないというのではない。前作が、よくできすぎているのである。

時代設定は、平成の初め。つまり、『孤狼の血』の本編というべき部分が終わって、主人公、日岡が、地方の駐在所に勤務している時のことになる。このあたりの時代設定の読みは、『孤狼の血』を読んでいるかどうかで、違ってくる。『孤狼の血』を読んでいると、最後に、日岡がどんな警察官になっているのかを知っていることになるので、その若い時、そして『孤狼の血』の続編という位置づけで読むことになる。

物語としては、全国規模の暴力団抗争事件に巻き込まれた、地方の駐在所勤務の警官の話ということになる。が、その警官、日岡は、広島で大上という先輩警察官の薫陶(?)を受けている。ただの正義感に満ちた若い警官でなはない。

たとえば次のような箇所。

「日岡は交換条件を持ち出してそれを了承した。こちらも犬になるが、そちらも犬になれ――犬と犬との、約束だった。」(p.162)

まさに「犬」として生きていく道を選んだ警官、日岡の、その若い時の姿、と思って読めばいいだろうか。

無論、この作品は、独立して読めるように書いてあるが、『孤狼の血』を読んであると、より一層楽しめる作品ではある。読んで損はないと思う。

『あやかし草紙』宮部みゆき2018-05-12

2018-05-12 當山日出夫(とうやまひでお)

あやかし草紙

宮部みゆき.『あやかし草紙  三島屋変調百物語伍之続』.KADOKAWA.2018
https://www.kadokawa.co.jp/product/321712000436/

この本で、三島屋シリーズは、いったん一区切りになるようだ。おちかは三島屋を離れることになる。

ところで、昔、学生の頃にならったこと……怪異というのは、場所・土地に属するものとしてある、このような意味のことを、国文学の講義で聴いた。あるいは、本で読んだのだったろうか。習ったのは、池田彌三郎先生である。

例えば、『今昔物語集』を読むと、ある土地には、必ず幽霊、お化け、妖怪が出る。その土地におこる現象であり、その土地に居着いているものとしてである。このような発想を持って見るならば、この三島屋シリーズは、おちかという女性の物語であると同時に、黒白の間という場所の物語でもある。三島屋のその部屋においてこそ、「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」の物語、それは怪異の物語である、が成立する。

おちかは、三島屋を離れるが、黒白の間は残る。そこには新たな、物語の聞き手が待っている。この意味では、この三島屋シリーズは続編があるのだろう。

そして、この三島屋シリーズは、怪異といっても、恐怖を感じるような怪異ではない。この世の道理、合理性では割り切ることのできない、不可解なものである。さらにいえば、この世の中の不条理、理不尽といってもいいだろう。それが、黒白の間という場所を得て、語られるとき、いわゆる怪異の話しになる。

宮部みゆきは、この世に生きる人間の、その人生の根底にある、何かしら割り切れないもの、不可解なものを描こうとしているように、私には思える。かつて、現代小説で、非常にリアルな視点で、現代社会のかかえる問題をえぐり出すような作品を書いていた。だが、それが、時代小説を描くようになって、人間を見る目がやさしくなったような気がする。あるいは、所詮、人間なんてそう簡単に分かることのできないものだよ、というおおらかな視点を身につけたとでもいおうか。

三島屋シリーズにおいても、過酷な人間の運命とでもいうべきものがないではない。しかし、それを描きながらも、どこか人間を見る目としては、やさしさのようなものを感じてしまう。あるいは、冷酷に徹しきっていない、とでもいうべきかもしれない。どんなに冷酷な、残忍な物語であっても、最後は、黒白の間において、ふっと一息つくようなところがある。

さて、この百物語、はたして100まで続くことになるのであろうか。

『警官の掟』佐々木譲2018-05-03

2018-05-03 當山日出夫(とうやまひでお)

警官の掟

佐々木譲.『警官の掟』(新潮文庫).新潮社.2018 (新潮社.2015 『犬の掟』改題)
http://www.shinchosha.co.jp/book/122328/

年をとったせいなのだろうが、本を読むとき、以前よりもじっくりと読むようになった。たいていの本は、細かに字を追っていくことにしている。だが、この本だけは、途中で斜め読みになってしまった。これは、失敗であったのかもしれない。

東京湾岸で発見された、男の射殺死体。それを捜査する、蒲田署の警察官。一方、警視庁でも、独自に調査を開始する。その捜査の途上にうかぶ過去の事件……謎の女医の事件や、教師の溺死事件など。そして、最後にあかされる、驚きの真相。

簡単に書けばこのようになる。

が、この小説、あまりにも、登場人物の視点が錯綜している。所轄署の刑事たち、それとは別に、警視庁の刑事たち。複数の視点が、同時並行で語られる。それが最後に一つになったとき、真相が明らかになる……このようなストーリーの展開であることは分かるのだが、今ひとつ、登場人物に感情移入できないで読んでしまった。(これも、じっくりと読んでみれば、そうではなかったのかもしれないのだが。)

警察小説というのは、やはり、登場人物の視点はシンプルであった方がいい。そして、その視点人物(警官)に感情移入しながら読み進めるというのが、理解しやすい。この作品、構成において大胆な試みをもってきた、斬新な警察小説であるという気はするのだが、従来の警察小説の枠組みの印象で読んでいくと、無理を感じる。

警察小説というのは、警察官という特殊な職業の人間にどれだけ、感情移入して読めるかだと思う。それが、素朴な正義感であったり、あるいは、悪徳警官であったりしても。(私の読んだ印象では)この作品の場合、結局、どの登場人物にも共感できないで終わってしまった。といって、再度読んでみようという気もおこらないのであるが。とはいえ、リアリズム警察小説としては、一級のできばえの作品ではあると思う。

気をとりなおして、宮部みゆきを読むことにしようかと思っている。

『悲しみのイレーヌ』ピエール・ルメートル2018-04-09

2018-04-09 當山日出夫(とうやまひでお)

悲しみのイレーヌ

ピエール・ルメートル.橘明美(訳).『悲しみのイレーヌ』(文春文庫).文藝春秋.2015
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167904807

たぶん多くの読者がそうであるように、私の場合も、『その女アレックス』を先に読んだ。で、この本が出て、買った。が、なんとなく積んであった本であるが、春休みの間にと思って、取り出してきて読んだ。

『その女アレックス』を読んでいるので、ある意味で結末がどうなるかは予想できるのだが、それでも、この作品のなかにひたりこんでしまう。カミーユという人物造形が魅力的である。

犯罪小説が文学でありうるとするならば、まさにこの作品は文学たりえていると感じさせる。この作品中でも、『アンナ・カレーニナ』とか『ボヴァリー夫人』に言及した箇所がある。いわれてみれば、多くの世界文学の名作は、なにがしかの意味で犯罪を描いたものが多い。ドストエフスキーの作品など、ほとんど犯罪小説といっていいだろう。

私の感じたところでは……『その女アレックス』があまりにも衝撃的な展開のストーリーであったので、どうしてもそれと比較してしまう。が、これは、これで、十分に堪能できる作品になっている。広義のミステリとしての犯罪小説としてなりたっている。強いていえば、文学としてのミステリであることを前提にしての作品といえようか。ともあれ、ある程度以上のミステリ好きにとっては、このての作品の作り方があったかと思わせる。

さて、次は『傷だらけのカミーユ』それから『天国でまた会おう』なのだが(これも、出た時に買って積んである)、これも読んでおくことにしよう。

『雪の階』奥泉光2018-04-05

2018-04-05 當山日出夫(とうやまひでお)

雪の階

奥泉光.『雪の階』.中央公論新社.2018
http://www.chuko.co.jp/tanko/2018/02/005046.html

これは、新聞(朝日)の書評を見て買った。書いていたのは、原武史。

奥泉光の作品、以前にいくつか手にした記憶はあるのだが、近年はとおざかっていた。ひさしぶりである。

読んで感じることは、本格的な小説を読んだな、という感じ。まさに重厚な小説である。本の帯を見ると、二・二六事件を背景にした、ミステリーロマン……だが、「本格」を期待して読んではいけないと思う。

たしかに謎はある。主人公は、伯爵令嬢の笹宮惟佐子。その親友、寿子が心中する。が、その死には不審な点があった。謎の心中事件をめぐっておこる、様々なできごと。謎のドイツ人の登場とその死。謎の尼寺。ドイツのスパイ組織か……不審な登場人物たちと、それをめぐっておこる、不可解なできごと。

ところで、二・二六事件とミステリといえば、『蒲生邸事件』(宮部みゆき)とか、北村薫のベッキーさんシリーズが思い浮かぶ。だが、この作品は、これらをあまり考えてはいないようだ。むしろ、読んで感じるのは、『細雪』(谷崎潤一郎)であったり、『春の雪』『奔馬』(三島由紀夫)であったりである。(私の読んだ印象としては、ということだが。)

「本格」として読むと、ちょっと弱い。だが、二・二六事件の前夜にいたる、東京の華族、それも、令嬢の物語として読めば、その重厚な文体とあいまって、作品の世界に引きずり込まれていく。

この小説、ある視点から見れば、「天皇制」をあつかった作品でもある。たぶん、戦前なら、問題になったにちがいない。歴史の始原から連綿と続く血の流れ、それを今につたえているものは、いったい誰なのか。そして、その一族につらなるものは、どう生きるべきなのか。このような問いかけの物語という側面ももっている。

戦前の華族の令嬢を主人公とした、血族をめぐるロマン、それにいくぶんのミステリ的要素をからめた壮大な物語、このように読めばいいだろうか。

だが、戦前、しかも華族という人びとのことを描くと、どうして、このように重厚なあつくるしい感じの文章になるのだろうか。このあたりのこと、現在の我々が昭和戦前のことを、どのような文体で語りうるのか、という観点から考えてみる必要もあるかと思う。

追記 2018-04-06
この続きは、
やまもも書斎記 2018年4月6日
『雪の階』奥泉光(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/04/06/8819843

『湖の男』アーナルデュル・インドリダソン2018-03-17

2018-03-17 當山日出夫(とうやまひでお)

湖の男

アーナルデュル・インドリダソン.柳沢由実子(訳).『湖の男』.東京創元社.2017
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488010706

『湿地』『緑衣の女』『声』と読んできて、この本も読んでみたいと思った。週間文春の2017のミステリベストテンでは、海外の7位になっている。待っていれば、文庫版が出るのだろうが、読書の勢いというものがある。

舞台は、これまでのようにアイスランド。ある湖から死体が発見される。その死体には、ソ連製とおぼしき盗聴器が一緒だった。死体はいった何者なのか。エーレンデュルたちが操作を開始する。

それと平行して語られる、過去のものがたり。まだ東西冷戦の時代に東ドイツに留学した学生たちのはなし。その回想。

二つのものがたりが最後で一つになる。

この作品を読みながら、ふと気になって、著者の生まれを確認してみた。1961の生まれである。であるならば、1989年のベルリンの壁崩壊の時のことを、体験として知っている世代になる。そして、それ以前の東西冷戦の時代のことも。

この作品は、読んでいって、ある意味で、すぐにネタがわかる。東西冷戦の時代が生んだ悲劇として読むことになる。それはわかるのだが、ミステリとして、最後まで、いったい誰が何のためにという謎のおとしどころまでひっぱっていく力量は、この著者ならではのものだろう。

東西冷戦の時代、その時代を背景にして、いくつものミステリ、冒険小説、スパイ小説が書かれてきた。この作品は、スパイ小説という感じではないが、しかし、その時代背景のもとに生きてきた、また、それをひきずって冷戦終結後も生きざるをえなかった、人びとの生き方、その不幸な人生を描くことに成功しているといっていいだろう。

そしてまた、東西冷戦のまっただなかにあった、アイスランドという国のあり方と歴史を背景にして、うまく成り立っている作品でもある。この作品も、強いてミステリにする必要はなかったかとも感じる。しかし、エーレンデュルのシリーズの一つとして、現代の北欧、アイスランドの国のかかえる諸問題……主に家族の問題……を描いている。東西冷戦終結後の21世紀になったからこそ書くことのできたテーマであると思わせる。

『声』アーナルデュル・インドリダソン2018-03-03

2018-03-03 當山日出夫(とうやまひでお)

声

アーナルデュル・インドリダソン.柳沢由実子(訳).『声』(創元推理文庫).東京創元社.2018 (東京創元社.2015)
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488266059

第二作目『緑衣の女』については、
やまもも書斎記 2018年2月24日
『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/24/8793366

アーナルデュル・インドリダソンの三作目である。この作品も、世の評価は高いようだ。

この本を読んで思ったことをまとめると次の二点になるだろうか。

第一は、これは家族の物語である。それも、いくつかの家族の物語が重層的に語られる。被害者となって発見された男性、その少年のときの生いたちにおいて、家族、特に父親はどんな存在であったのだろうか。もし、その父がそのようでなければ、被害者は、違った人生を歩んでいたのかもしれない。

それと平行して語られる、いくつかの家族。エーレンデュルと、その娘、エヴァ=リンドのこと。また、エーレンデュル自身の幼いときの思い出。また、エリンボルクが担当することになる、ある家族の事件。

この作品は、いくつかの家族の物語を重層的に語ることによって、21世紀の社会において、家族とは何であるのかを問いかけているように思える。この意味において、この作品は、ミステリという枠のなかにありながら、同時に、普遍的な問いかけの文学になっている。

第二は、この作品、シリーズとして書かれているので、エーレンデュルの視点で書いてある。だが、この作品で描きたかったことを書こうとするならば、警察の視点ではなく、犯人の視点から描いた方がよかったのかもしれない。

犯人も、また、ある種の家族の不幸を背負って生きてきた。それを背景に、なぜ、犯行にいたることになったのか、その心理の経緯を描いた方が、ずっと面白い作品になったにちがいない。

以上の二点が、この作品を読んで感じたところである。

アーナルデュル・インドリダソン、北欧、アイスランドの作家ということだが、近年、非常に人気があるようだ。その理由は、アイスランドという限定的な場所を舞台にしながら、作品のテーマとしているのが、今の時代を生きる人間のありさまを描いているところにあるのだろう。その描く人間模様は、世界的な普遍性を獲得するにいたっている。

さて、次は、『湖の男』である。これは、まだ文庫にはなっていないのだが、読んでおくことにしたい。花粉症のシーズンになっているので、外を出歩くことは避けて、家の中に避難している・・・。アーナルデュル・インドリダソンは、広義のミステリという形をとっているが、そのなかで、この時代と世界の人びとを描いている作家だと思う。

『遮断地区』ミネット・ウォルターズ2018-03-02

2018-03-02 當山日出夫(とうやまひでお)

遮断地区

ミネット・ウォルターズ.成川裕子(訳).『遮断地区』(創元推理文庫).東京創元社.2013
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488187101

東京創元社のHPには以下のようにある。

*第1位『ミステリが読みたい!2014年版』海外編
*第2位『このミステリーがすごい! 2014年版』海外編
*第3位『週刊文春 2013年ミステリーベスト10』海外編
*第2位『IN★POCKET』2013文庫翻訳ミステリーベスト10/翻訳家&評論家部門
*第4位『IN★POCKET』2013文庫翻訳ミステリーベスト10/総合部門
*第4位『IN★POCKET』2013文庫翻訳ミステリーベスト10/読者部門

かなり世間的な評価は高い作品である。出た時に買っておいて、積んであった本である。春休みということで、時間がとれるようになったので、分量のあるミステリを読んでおこうと思って読んだ。

めまぐるしく視点が転換する。登場人物も多い。そのせいもあってか、ストーリーがきちんと追い切れなかった。メインのストーリーとしては、英国において、下層の人びとの暮らす団地で起こったデモ(あるいは暴動といった方がいいか)、その暴動にまきこまれた女性医師、その暴動にかかわることになった幾人かの人びと、それから、ある少女の行方不明事件、などである。これらのいくつかの視点を切り替えながら、団地で起こった暴動の顛末を描写してある。

この作品を読んだ正直な感想を述べれば……昨今いわれるようになった性的少数者と、その対極にある性的変質者、この境目のグレーゾーンはいったいどんなものなのだろうか、ということである。小児性愛は、犯罪であることになる。だが、この小説に描かれる登場人物には、そのような犯罪者的な感じはほとんどない。

暴動のきっかけは、団地に小児性愛者が住んでいるという情報からはじまる。一般的には、一般市民の反感をかうことになる変質者である。だが、読んでいくと、特に変態、犯罪者という印象ではない。むしろ、特殊な性的嗜好をもった特異な一部の人間という感じである。

この作品の描いているのは、社会における少数者……本作では、性的嗜好における少数者ということなろうが……に対して、一般市民の反感がたかまったとき、制御しきれない暴動になり得る、そこにある正義とは何か、ヒューマニズムとは何か、という問いかけであるように思える。

ミステリ、犯罪小説という形でえがいた、現代社会の世相の一端ということになるだろうか。また、これは、ミステリ、犯罪小説という形式をとらなければ描けないテーマであるともいえる。まさに現代社会のかかえるある種の問題をミステリという形式で描き出した作品であることにはちがいない。

『流れ舟は帰らず』笹沢佐保2018-02-26

2018-02-26 當山日出夫(とうやまひでお)

笹沢佐保.『流れ舟は帰らず-木枯し紋次郎ミステリ傑作選-』(創元推理文庫).東京創元社.2018
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488485115

編集は、末國善己である。

木枯し紋次郎……私ぐらいの年代(昭和30年生)より上なら、記憶にあるだろう。この作品が発表された当時の流行語……あっしにはかかわりのねえことでござんす……は記憶している。

そして、テレビドラマ。中村敦夫主演。これは、ほとんど見たと憶えている。さらに書けば、テレビドラマの主題歌「だれかが風の中で」(上條恒彦)は今でも憶えている。(自動車の中で聞いているCD……MP3に変換してSDカードにいれたもの……にも、この曲がある。)

だれかが風の中で
https://www.uta-net.com/song/6291/

私がこの原作の小説を読んだのは学生になってからである。文庫本で出たのを読んだ(調べてみると富士見文庫ということになるのだろうか)。その当時、なんということもなく読んでいた。特にミステリという感じはもっていないかったように記憶している。が、たぶん、その当時、文庫で買える範囲の作品は読んでいると思うので、ほとんどの作品は読んだのだろうと思う。

『流れ舟は帰らず』は、その「木枯し紋次郎」シリーズのなかから、ミステリ作品といっていいものを選んだアンソロジーである。

ミステリといっても、短篇であるので、フーダニットというわけにはいかない。登場人物はおのずと限られている。時代小説だからハウダニットでもない。読み始めれば、だいたい「犯人」はわかってしまうのであるが、それでも、どういう事情でその人物が「犯人」ということになるのか、そのあたりの描写は、実にうまいとしかいいようがない。これは「本格」といってもいいだろう。

以前に読んだことのある作品であるので、すでに「犯人」とかを憶えているということもある。だが、しかし、今になって読んでみて、そのストーリーの展開を記憶しているにもかかわらず作品に引き込まれるように読んでしまうということは、この作品の小説としての印象の深さ、たくみさでもある。

上述のようにミステリとしても優れているが、時代小説としてもいい。旅人、股旅、アウトロー……その世界で、旅から旅に生きざるをえない、一箇所に定住することを潔しとしない、孤高のヒーローのニヒルな生き方は、荒涼とした現代社会の中で生きている我々にも、何かしらうったえかけてくるものがある。今でも、この作品が読まれるには、確かに理由がある。調べてみると、「木枯し紋次郎」シリーズは、何度となく文庫版で出ているようだ。新しいところでは、光文社で出している。

春休みの時期、長編の重厚な小説など読むかたわら、ふと手にとってみるのにいい。楽しみとしての読書である。「木枯し紋次郎」シリーズは、良質のエンターテイメントである。

追記 2018-03-04
この続きは、
やまもも書斎記 2018年3月4日
『わろてんか』あれこれ「夢を継ぐ者」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/03/04/8797434

『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン2018-02-24

2018-02-24 當山日出夫(とうやまひでお)

アーナルデュル・インドリダソン.柳沢由実子(訳).『緑衣の女』(創元推理文庫).東京創元社.2016 (東京創元社.2013)
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488266042

やまもも書斎記 2018年2月19日
『湿地』アーナルデュル・インドリダソン
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/19/8790494

『湿地』に続けて読んだ。「このミス」では、『湿地』が2013年の4位。『緑衣の女』が2014年の10位である。が、読んだ印象としては、『緑衣の女』の方が、作品としての完成度が高い、というか、普遍性を持った作品になっている。

『湿地』は、あくまでもアイスランドという北欧の小さな国の、その国のなりたちの事情、制度などをふまえて、その国ならではの物語という話しであった。しかし、『緑衣の女』になると、アイスランドという国の制約をこえて、普遍的なある種の文学的感銘を与える作品となっている。

あるいは、現代文学において、「ミステリ」という形式でしか物語れない何かがあるとするならば、まさに『緑衣の女』は、「ミステリ」という形をとることによって、普遍的な何かをうったえる作品にしあがっている。この作品が、CWAゴールドダガー賞、ガラスの鍵賞、というのは納得できる。

この作品は、いくつかの物語の視点が重層してしる。郊外の住宅地で発見された人間の骨。それの調査にあたることになったエーレンデュル。そのエーレンデュルは娘のエヴァ=リンドと複雑な家族関係にある。人骨の発見されたサマーハウスにまつわる人びと。そして、これらの物語と平行して語られる、ある家族の物語。

ここに描かれるのは、家族の問題であり、家庭内暴力の問題であり、また、かつて、英国、米国の兵士の駐留していたアイスランドの歴史の物語でもある。だが、それが、アイスランドに固有の問題としてあるのではなく、現代の世界のどこでもあり得る問題として語られる。この小説は、現代世界に普遍的なテーマを掘り下げている。

アイスランドという小さな北欧の国の小説でありながら、世界文学となり得ている、そのような作品として、読まれるべきだろう。いや、この作品のテーマは、現代世界では、特に地域や国を選ぶということなく、普遍的なものになっているといってよい。

上質のエンターテイメントであると同時に、文学的にも優れた作品であると思う。

次は『声』を読むことにしよう。

追記 2018-03-03
『声』については、
やまもも書斎記 2018年3月3日
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/03/03/8797005