国語語彙史研究会(115回)に行ってきた2017-04-24

2017-04-24 當山日出夫

土曜日(2017-04-22)は、第115回の国語語彙史研究会。同志社大学まで行ってきた。

たまに、街中に出たせいか、何かの花粉などのせいか、翌日の日曜日は、もうひとつ調子がよくなかった。前日の帰りがおそいにもかかわらず、朝一番におきて、子どもを、仕事に送って行く(駅まで)という仕事があったせいもあるのだろうが。

もう還暦をすぎると、特に新しい研究分野に手を出そうという気はなくなってきている。しかし、それでも、国語学の分野で、若い人達が何を考えて、どんな研究をしているのかに、ふれる機会としては、非常に刺激になる。

今回の研究会は、どちらかというと若い人達が中心の発表が多かった。ただ、おおまかな感想を述べるならば、部分的には精緻な考察がなされれているのだが、その発表全体として、何がいいたいのか、いまひとつはっきりしない、という印象だった。とはいえ、最新の若い人達の考えることに触れるよい機会であったと思う。

懇親会は、会場(良心館)の通りをはさんだ、寒梅館の一階のレストラン。ここは、これまで、同志社で研究会などがあったとき、何度かつかったことのある店。

この懇親会では、もう恒例になってしまったかのような感じで、私が、開始の乾杯の挨拶。といって何を話すのでもないが……もう還暦をすぎたので、特に新規の研究をおいかけるというよりも、昔読んだ、古典、名著というようなものを読んで過ごしたいと思っている、岩波文庫とか。それから、日本思想大系など、今では、古書店で安く手に入る時代になったし。まあ、このような話し。

懇親会は、比較的早く終わったので、若い人(奈良女子大学、東京大学)と一緒に京都駅まで行く。手近な店で、かるくビールでも飲みながら、年寄りの雑談。

昔、学生のころには、コンピュータがなかった。論文などは、手作業でカードをつくって、並べて、原稿用紙に万年筆で書いた。それが、パソコンが登場してから、使い始めた。人文学系の研究者としては、パソコン利用の第一世代になるだろう。

それが、今の若い人であれば、デジタル・ネイティブという環境の中でそだってきている。そのような若い人達にとって、昔の手作業のときの研究の話しなど、ある意味で興味のあることかもしれないと思う。

コンピュータの登場によって、何が変わったか、何が変わらないでいるか、このあたりのことを、人文情報学の歴史として、そろそろまとめるような仕事があってもいいのではないかと思っている。

次に学会に出るとすると、訓点語学会(京都大学)になる。それまでには、書斎の本の整理などしてしまおう。あるいは、メインにつかうコンピュータを、今のWin7から、Win10に置き換えてもいいかと思っている。プリンタとスキャナのドライバがあえば、特に問題はない。

『ひよっこ』あれこれ「明日に向かって走れ!」2017-04-23

2017-04-23 當山日出夫

ひょっこ
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/

ひよっこ、第3週、「明日に向かって走れ!」
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/story/03/

私の見た印象としてあげておきたいのは、次の三点。

第一は、東京オリンピックのときの日本である。そのころまだ私は小学生であった。1955年、昭和30年の生まれである。だから、その時のことは、かなり鮮明に記憶にのこっている。

まさに国民的行事だった。あえていえば……「日本人」の、その「国民」の「記憶」に残る出来事であったといってよい。

その年の、秋の運動会の時は、通例ならば、紅白に分かれて競技するところを、五輪の五つのチームに分かれての競技だった。また、近くの道を、聖火(これは本物)が通るというので、学校からそろって見物に行ったことも記憶している。

このドラマでは、このような、日本人の記憶にある東京オリンピックというものを、実にたくみに描いていたと思う。それによせる期待、それを、自分たちの村でも聖火リレーをやりたいと発案して実行する。

国立競技場のシーンで、この競技場は、出稼ぎに行っている父ちゃんがつくったんだよね、という子どもの台詞が、いかにも切なく感じられる。あるいは、国立競技場の建設に従事したということだけで、誇りに思える時代でもあった。

第二に、この聖火リレーをどうするかという青年会の場面。そのとき、村の若者たちのそれぞれに微妙な立場の違いが描かれていた。農家の三男だからどうしても村を出て行かざるをえないもの(三男)、東京に夢をいだいて出て行こうとしているもの(時子)、それから、逆に、長男だから村に残らざるをえないもの、出て行きたくても出られないもの(三男の兄、時子の兄)。

これらのそれぞれに異なる立場をふまえたうえで、最終的に、みね子は、東京に出る決心をすることになる。ただ、東京に出稼ぎに行く、行方不明になった父のかわりに働く、父を探す、というだけではない、村への複雑に屈折した思いへと、最終的にうまくつながっていると感じる。

第三に、土曜日の回。ちよ子がバスにのって東京に行こうとして、車掌(次郎)につれられて帰ってくるところ。ここで、次郎が言っている、バスにいろんな人をのせた、と。

さりげない台詞だが、ここで、バスというものが、村と東京をつなぐ「境界」の意味を与えられていることに気付く。民俗学的な解釈をすれば、ということになるが。こちらの世界、奥茨城村と、東京をつなぐものが、バスなのである。また、それは「境界」の空間でもある。

この意味で思い起こしてみるならば、以前の朝ドラ『あまちゃん』で、北三陸駅が、ドラマの主な舞台になっていたことの意味が理解される。駅は、こちら(北三陸の海女の世界)と、あちら(東京のアイドルの世界)をつなぐものである。その列車のなかで、地元のアイドルとして、潮騒のメモリーが歌われる。列車、そして、駅は、こちらとあちらをつなぐ「境界」の空間だったのである。

以上の三点が、今週、このドラマを見て感じたことである。次週は、いよいよみね子が上京することになるようだ。これも、楽しみに見ることにしよう。

「舌鼓」は「したつづみ」か「したづつみ」か2017-04-22

2017-04-22 當山日出夫

『楡家の人びと』(北杜夫、新潮文庫版)を読んでいて、付箋をつけた箇所がある。それは、「舌鼓」のルビの箇所である。

第三部の167ページ。「舌鼓」に「したづつみ」とルビがある。

このことば、「したつづみ」なのだろうか、それとも、「したづつみ」なのだろうか。私のことばとしては、「したづつみ」で憶えている。だが、世の中の趨勢としては、「したつづみ」の方が優勢のようにも観察される。そんなに注意して見ている、聞いているというわけではないのだが、このことばは気になっていることばのひとつである。

その理由は、若いとき、東京に住んでいたころのこと……私の国語学の先生……山田忠雄という……と話しをしていて出てきた。「したづつみ」のように、複合語になって濁音の位置が移動する例がある。この他には、「せぐくまる」がある。

このことの経験が、記憶にのこっている。そのせいか、テレビなどで、「舌鼓」ということばが出てくると、どっちで言っているか、注目する。

ただ、日本国語大辞典(ジャパンナレッジ)を見ると、「したつづみ」の方がただしいとある。見出しは「したつづみ」。そして、「誤って「したづつみ」とも。」とある。初出例は、日葡辞書。語誌のところに、「したづつみ」は、転訛した語形であると記してある。

現代日本語においても、まだ「したづつみ」の使用例があるということの一例として、『楡家の人びと』の用例をあげておきたい。

『トニオ・クレエゲル』と『楡家の人びと』の時間構造2017-04-21

2017-04-21 當山日出夫

これは、いつ気がついたことなのか、もう忘れてしまっているのが、頭の片隅に残っていることなので書いておきたい。『トニオ・クレエゲル』(トオマス・マン)と、『楡家の人びと』(北杜夫)の、叙述、語りの時間構造についてである。

『トニオ・クレエゲル』の最初の章は、トニオとハンスの物語からはじまる。少年のトニオが、学校が終わってハンスと一緒に家路をたどる。その過程で、トニオとハンスをめぐる様々なできごとが回想的に叙述される。そして、最後にトニオが、家に帰るところで終わる。

図式化すれば、次のようになろうか。

トニオの登場
  トニオとハンスの種々のエピソードの数々
トニオの帰宅

このようなサンドイッチ構造を基本として、その中もまた、サンドイッチ構造とでもいうべき叙述のスタイルになっている。トニオとハンスのエピソードも、次から次へと展開され、それぞれが先の話題に回収されていく。そして、もとにもどる。

このような小説の叙述の時間構造とでもいうべきものは、『楡家の人びと』にも見てとることができる。『楡家の人びと』の最初の章、院代が病院内を散策するシーン。病院内を散策しながら、目にとまったものについて叙述される。それが積み重なって元に回収されて最後は、再び院代が病院内を散策する場面で終わる。

北杜夫がトーマス・マンを愛読していたことは、よく知られていることである。ただ、その作品を愛好していたというにとどまらない。読んでみると、その小説の中の叙述の時間構造まで、トーマス・マンにそっくりなのである。このことに、若い時どちらかの作品を読んでいたとき……『トニオ・クレエゲル』も『楡家の人びと』も何度か読み返している……ふと、ああ、これは同じ方法で叙述してあるな、と気付いたものである。

特に文学研究をメインにしているというわけではないので、特に論文にしようなどと思っているわけではない。もし論文にするならば、ここにあげたような叙述の時間構造が、トーマス・マンにはじまるものなのかどうか、さらに遡って考察する必要があるだろう。また、北杜夫におけるトーマス・マンの影響ということで、比較文学の研究テーマにもなり得よう。

とにかく、『楡家の人びと』を読んだ人間の感覚からして、これは、『トニオ・クレエゲル』と同じだな、と強く感じる。

ただ、私としては、ある文学作品に深く傾倒するということは、自分が書く文章、それが小説ならばなおのこと、その叙述のスタイルまで、意識的にせよ、無意識的にせよ、影響を受けるほどのことである、ということを確認しておきたいのである。これぐらいになるまで、心をかたむけなければ、本当に愛読しているとはいえないのである。

本を読む、さらには、ある作品、作家を愛読するとはどういうことかを、考えておきたいと思っている。若い頃、『楡家の人びと』も『トニオ・クレエゲル』も、私の愛読書であったといってよい。愛読書なればこそ、このようなことに、ふと気付くというものなのである。

『純喫茶「一服堂』の四季』東川篤哉2017-04-20

2017-04-20 當山日出夫

東川篤哉.『純喫茶「一服堂」の四季』(講談社文庫).講談社.2017 (講談社.2014)
http://kodanshabunko.com/cafeippukudo/

この本のHPの紹介には、「ユーモア・カフェミステリ」とある。が、この作品は「本格」であると思って読んだ方がいいし、そして、損はない。

文庫本の解説を書いているのは、岡崎琢磨。これを読んで、「ビブリア古書堂の事件手帳」シリーズ(三上延)とか、「喫茶店タレーランの事件簿」シリーズ(岡崎琢磨)などの作品を、ライトミステリというらしい、ということを憶えた。まあ、私も、これらの作品は、一応読んではいるのだが。

しかし、この作品を「ビブリア」とか「タレーラン」のようなシリーズのものと一緒だと思ってはいけない。この作品では、人が死ぬ。起こる事件は、どれも殺人事件である。それもただの殺人ではない、猟奇殺人であり、密室殺人である。

短編集という体裁をとっているので、フーダニットではない。登場人物が限られるので、これははじめから無理。もう、この人物しか犯人はいないであろう、と推測される人間が犯人である。では、その犯人は、なぜ、どのようにして、その犯罪をなしとげたのか、ハウダニットとして読むことになる。

その推理の手順は、まさに「本格」である。そのトリックも、また、推理もあざやかである。なぜ、そのような死体の状況になっているのか、ということと、トリックが密接に関係している。まさに「本格」である。

そして、重要なことは、連作の四つの短編集という体裁をとりながら、全体として、別のトリックがしかけてあること(これ以上は書かない)。

東川篤哉は、そのデビューの時から、読んで来ている。そんなに全部の作品をというわけではないのだが、いくつかの主な作品は読んでいるつもりでいる。これは、これまでの作品からすると、別の独立したシリーズになるが、この続編はないだろうな、とも感じる作りになっている。

それにしても、猟奇殺人、死体切断、密室、よくもこれだけの短編集につめこんだものである。この短編ひとつで、横溝正史なら、長編を軽く書いてしまっているだろう。

他に読んでおきたい本がたまっているのだが、気晴らしにと思って手にした。が、これは、これで非常に上質のミステリに仕上がっている。上質のミステリを読んで時間をすごすほど贅沢はない。久々に充実した時間であった。

『トニオ・クレエゲル』トオマス・マン(岩波文庫)2017-04-19

2017-04-19 當山日出夫

トオマス・マン.実吉捷郎訳.『トニオ・クレエゲル』(岩波文庫).岩波書店).1952(2003.改版)
https://www.iwanami.co.jp/book/b247754.html

『魔の山』を読んだら、『楡家の人びと』が読みたくなって、その次には、『トニオ・クレエゲル』を、再び読んでみたくなった。探せば昔の岩波文庫版がどこかにあるかもしれないと思うのだが、これは新しく買って読むことにした。昔風の言い方をすれば、岩波文庫で★ひとつの本である。新しい本は、改版されてきれいな印刷になっている。読みやすい。

この作品のタイトルは、「トニオ・クレーゲル」ではなくて、「トニオ・クレエゲル」である。この訳者(実吉捷郎)の外国語の片仮名表記の方式として、長音「ー」は使わない主義のようだ。この翻訳のなかでも、たとえば「カフェエ」「スェエデン」などとある。

さて、『トニオ・クレエゲル』であるが、私が若いころ(学生のころ)に読んだ、岩波文庫★ひとつの本のなかでは、一番よく読み返しただろうか。その他には、『フォイエルバッハ論』などがあろうか。

とにかく、この作品の中に描かれた、「芸術」「文学」という世界に、心酔していたものである。そのような時期が、人生の若いころにあってもよいとおもう……今になって読み返してみて、強く感じる。あえてこうもいってみようか……若い時に、『トニオ・クレエゲル』に心酔したような経験のない人と、ともに芸術とか文学とかを語ろうとは思わない。

まあ、別にとりたてて『トニオ・クレエゲル』という作品をどうのこうのということではなく、そのような心性のあり方についてである。もう今では、文学作品に接して、芸術的感動をおぼえるなどは、すたれてしまったことなのかもしれない。文学青年などは、死語といってもよいであろう。

そして、30年、40年ぶりに、昔読んだ本を読み返してみて、もう、昔の若かったころのように、芸術の世界に心酔するということはない。しかし、その魅力、あるいは、芸術というものにこころひかれるというという心のあり方、それには、まだ私のこころはかたむくところがある。このように感じるというのも、年をとってしまったということなのであろうし、また、同時に、年をとっても、いや年をとったからこそ、若いころにもどって、同じとはいかないまでも、昔のような文学にこころひかれる日々をすごしたいと思う。

次に読もうとおもって買ってあるのは、『ブッデンブローク家の人びと』(岩波文庫)。これも若い時に手にした本。たしか、途中で挫折してしまったと憶えているのだが、これは、今回はきちんと読むことができるだろう。そのような読書の時間をつかいたいものである。

『おんな城主直虎』あれこれ「おんな城主対おんな大名」2017-04-18

2017-04-18 當山日出夫

『おんな城主直虎』2017年4月15日、第15回「おんな城主対おんな大名」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story15/

前回は、
やまもも書斎記 2017年4月11日
『おんな城主直虎』あれこれ「徳政令の行方」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/04/11/8457643

今回は、ヘビが出てきた。前回は、カメだった。

この回の見どころの一つが、冒頭の和尚との話の中ででてきた、……おなごだからといってバカにすることもなければ、また、手加減することもないであろう……の台詞かと思う。女性を主人公にした大河ドラマがかつて無かったわけではない。いくつか作られている。最近では、『花燃ゆ』『八重の桜』がある。面白かったかどうか、それは、女性を主人公にすることを、どのような視点で描くか、ということなると思う。この意味で、今回の『おんな城主直虎』は、女性だかといって軽く描くこともないし、特段、そのことを意識させる作りにもなっていない。いまのところは、たくみに描いていると感じる。

戦国時代でありながら、このドラマには合戦のシーンが出てくることがない。そのなかで、今回は、戦闘シーンがあった。これを見て、私の思ったこと……突然、木が倒れてきて、それから、斧がとんでくる……これは、まるで、『ワタリ』(白土三平)の世界である。この脚本を書いたか、あるいは、演出した人は、きっと『ワタリ』を読んでいたにちがいない、と感じた。

この回の最大の見せ場は、直虎と寿桂尼の対決シーンだろう。とにかく、浅丘ルリ子の貫禄がすごい。柴咲コウが、かすんでしまうかのようであった。

ともあれ、寿桂尼の判断……井伊の土地を領主として治めることができる、その実力と実績のあるもの(直虎)に任せることにしよう。この判断が、これからのこのドラマの軸になるものだろうと推測する。

井伊谷において、井伊の一族をどうまとめるか、と同時に、その土地の領民をどのように治めるか、そこに戦国時代の国衆としてのエトスがある、このように読みとることができようか。

次回は、綿の栽培がでてくるようだ。中世、戦国時代にあって、百姓=農民=米作、という図式をこえた、中世の社会経済の姿を、どのように描き出すか、興味深いところである。

ただ、今回までで不満な点をのべれば、龍潭寺という寺院の性格が、今ひとつ明かでない。おとわ(次郎)はここで出家をした。ただの井伊家の菩提寺ということでもないようだ。土地を寄進しており、そこは守護の権力もおよばないということらしい。また、直虎が駿府に赴くときには、そこの僧侶が、護衛として付き従っていた。このあたり、戦国時代、中世における、寺院の位置づけというものが、今ひとつ、明確なイメージとして伝わってこない。

方久という商人、それから、龍潭寺という寺院、これまでの戦国時代大河ドラマとは違った、中世社会のありさまを、どう描き出すか楽しみに見ることにしよう。

なお、今回は、もうネコは出てこなかった。

『ブラタモリ』「祇園」2017-04-17

2017-04-17 當山日出夫

NHKの『ブラタモリ』、2017年4月15日は、「祇園」だった。

ブラタモリ
http://www.nhk.or.jp/buratamori/

祇園のぶらぶら足跡マップ
http://www.nhk.or.jp/buratamori/map/list70/index.html

さて、私の関心は、祇園の街の成立事情もさることながら、その表記にあった。

「祇園」の「祇」の字。以前のWindowsXPでは、「ネ氏」(しめすへん=ネ)であったものが、VISTA以降の機種では「示氏」(しめすへん=示)にかわった文字である。JISの規格でいうならば、「0208」と「0213」の違い、ということになる。

この祇園の表記については、かつて、訓点語学会や情報処理学会(CH研究会)などで、研究発表したことがあるし、いくつか論文も書いている。

コンピュータの機種によって文字の字体が変わってしまう漢字である。では、京都の祇園の街では、実際にはどちらが使われているであろうか、ということで、現地調査したものである。結論だけ書いておくならば、いわゆる伝統的花街の文字としては、「ネ氏」の方である。ただ、最近では、コンピュータ文字の影響をうけた、「示氏」の他に、誤字とされる「祗園」の表記もないではない。いや、これは、誤字というよりも、古くは江戸時代の浮世絵などにも事例を求めることができる、伝統的な漢字であるともいえる。

このような関心で、この番組をみて気のついたことは次の二点。

第一に、NHKの番組では、徹底的に「ネ氏」の方を使っていたということ。番組中の画面に表示される「祇園」の漢字は、すべて「ネ氏」の方であった。「示氏」は、まったく使われていなかった。

私は、この番組を、字幕表示で見ていたのだが、その字幕の漢字も、「ネ氏」の方を、つかっていた。ちょっとデザインがおかしいなと感じたのは、これは、わざわざ作字してつくったものとおぼしい。

なお、上記にリンクしてあるNHKの番組HPでの表記も、「ネ氏」の方になっている。

第二に、「花街」の読み方である。番組では、一貫して「かがい」と言っていた。「はなまち」とは言っていなかった。

日本国語大辞典(ジャパンナレッジ)で、「はなまち」を検索すると、見出しとしてはあるが、用例はない。「かがい」の方は、狂歌・徳和歌後万載集(1785)が初出例としてある。

私の世代なら記憶にある歌。
「円山・花町・母の町」
作詞 神坂薫
作曲 浜圭介
唄 三善英史

http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=31656

https://www.youtube.com/watch?v=tIv4TbqzoqM


この歌のなかでは、はっきりと「はなまち」と言っている。

以上の二点が、『ブラタモリ』「祇園」の回を見ていて、国語学の観点から興味関心のあった点である。もちろん、花街としての祇園がどのようにできたか、という観点からも面白い番組であったことはいうまでもない。かつて四条通に面していた花街が、そこに市電を通すことによって、横においやられて今の祇園、特にその南側のエリアを構成することになったという経緯は、非常に興味深かった。

Windows10が出て、しばらくになる。もう、XPのコンピュータ文字を目にする機会はすくなくなった。それをふまえての、祇園の表記の再調査など、そろそろ計画しなければならないと思っている。

『ひよっこ』あれこれ「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」2017-04-16

2017-04-16 當山日出夫

ひよっこ
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/index.html

『ひよっこ』第二週「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/story/02/

この週の見せ場は、赤坂の警察署でのシーンかなと思う。母(美代子)が、警察の担当者にむかって……探してくれといっているのは、疾走した出稼ぎ労働者ではないのです。奥茨城村で生まれ育った谷田部実という人を探して欲しいのですと……涙ながらに、懇願するところ。

昭和39年、東京オリンピックの開催となり、東京が活気づいていたときである。多くの出稼ぎ労働者がいて、そのなかには、失踪……土曜日には「蒸発」ということばあったと語っていたが……する人も、少なくなかった。なぜ、父はいなくなってしまったのか。大きな謎をかかえたまま、みね子たちの人生の歯車が動き出すことになる。

この週も、その時代を反映するネタがたくさんあった。クレージーキャッツ、インド人もびっくりのカレーのCM、そして、みね子が歌っていた「ひょっこりひょうたん島」の歌。

私の世代としては、これらのことはみな憶えていることになるのだが、なかでも、「ひょっこりひょうたん島」の歌の使い方が巧いと感じた。東京に行ったかもしれない母のことを思って、みね子が小声でくちずさむ「ひょっこりひょうたん島」の歌が印象的であった。これほど哀愁をこめた「ひょっこりひょうたん島」の歌はないのではなかろうか。

それから、小道具の使い方がたくみである。マッチ、それから、重箱。たぶん、このドラマの終わりの方になると、みね子たち一家が、宮本信子(鈴子)のレストランで食事をするシーンがあるのだろうと、明るい未来を想像してしてみる。

東京まで、夫の行方を捜しにきた母(美代子)は、旅館にもとまらず、上野駅の構内のベンチで、始発をまっていた。宿にとまるお金もない、ということでもないとは思うのだが、それにしても、駅でのシーンは切ない。

ところで、駅は、こちらの世界とあちらの世界をつなぐ境界のようなものだろう(近代社会というものを、民俗学的に考えてみるならば。かつての、古代、中世の時代の坂、川、橋のように。)そこで、東京の世界を代表する立場になるであろう宮本信子(鈴子)と語り合うというのは実に印象的である。駅という場所の設定が上手であると思う。

駅(上野駅)を通って、みね子たちは東京に出てくることになる。逆に、東京にいる宮本信子(鈴子)は、母(美代子)を追って、駅まではやってくる。そこで、両者がともに時をすごす。その境界の場所が、まさに「駅」なのである。

第二週まで見たところで感じるのは、村での、みね子たちの生活の描写。実に細やかに描いている。生活の実感を細やかに描くというのは、こういうのをいうのだと思う。これは、前作『べっぴんさん』が、日常生活のいとおしさを描こうとしていながら、それが、ナレーションで語られるだけで、ドラマとしては空疎なものであったことを考えると、今回の『ひよっこ』の方が、はるかによく作られている。

次週は、聖火リレーになるらしい。見ることにしよう。

『楡家の人びと』北杜夫(その六)2017-04-15

2017-04-15 當山日出夫

つづきである。
やまもも書斎記 2017年4月14日
『楡家の人びと』北杜夫(その五)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/04/14/8478445

北杜夫.『楡家の人びと』(新潮文庫).新潮社.2011 (1964.新潮社)

第一部
http://www.shinchosha.co.jp/book/113157/

第二部
http://www.shinchosha.co.jp/book/113158/

第三部
http://www.shinchosha.co.jp/book/113159/

たしか、東京にいて、大学院の学生のときだったろうか。ある先輩を介しての依頼で、次のような仕事をちょっとしたことがある……それは、日本の近代において、明治維新このかたどうして近代化が達成できたのか、また、戦後の日本は、敗戦からたちなおってどうして復興することができ、高度経済成長をなしとげることができたのか、その理由を考えるのに役立つような日本の近現代の文学作品を、外国(東南アジア)に翻訳して紹介したいので、その作品を選ぶ手伝いをしてほしい……ざっとこんなことだった。

それに対して私がいくつかの本を読んだなかで、推奨したのが、『楡家の人びと』(北杜夫)であった。他には、『青い山脈』(石坂洋次郎)とか、『暖簾』(山崎豊子)とかを、あげたのを憶えている。

もし、今、また、同じような依頼のようなものがあったとしても、たぶん、私は、『楡家の人びと』を推すことになると考える。それほど、この作品は、日本近代の……大正から昭和戦前にかけての……日本の国民の、市民の、庶民の、「物語」であるといってよい。日本が、大正時代のいわゆる大正デモクラシーの時代にどんな生活をおくっていたのか、その後、昭和になって日中戦争がはじまったときどんなふうに感じていたのか、またさらに、太平洋戦争でアメリカと闘っていたとき、戦地で、また、日本国内において、人びとはどのように暮らしていたのか……このようなことを、実にたくみに語りかけてくれる。

この小説を読むことによって、どのような時代の「物語」を日本人は持っているのか、それを感知することができるだろう。

無論、これには批判する立場もあってよい。これは、あくまでも、ある小説家の書いたものであって、実際の歴史はまた違うのである、と。それはそうなのだが、日本という人びとの共同体において、それを内側からささえる「物語」とは、なにかしら必然的に存在するものなのであるし、そして、それは、どんなものであるのか、批判的に検証される必要もある。

だが、それはそれとして、まずは、日本の人びとが、どのような「物語」のうえになりたっているのかが、理解されていなければならない。そのとっかかりとして、この小説は、見事にそれを提供してくれている。

外国の人が日本を理解するための手がかりとして、この小説が読まれてもいいのではないか、そのように、かつて私は思ったものであるし、今でも、同じように思っている。

と同時に、これからの若い人に、かつての日本の人びとは、どんなふうに生きてきたのか、文学を通じて理解を深めたい、そのような役割をも、この作品ははたすことができるだろう。

しかし、だからといって、この作品を全面的に支持するということでもない。あくまでも、とっかかりとして読んでおくことをすすめたい。

だが、そうはいっても、この作品は面白い。日本の近現代の文学のなかでも、突出して、ユーモアと抒情にみちた、それでいて、ある時代の様相をまざまざと描き出した小説なのである。純然と文学作品として読んでおく価値のあるものでもある。どんな理屈や評論よりもとにかく読んで面白い作品であること、これがもっとも大事なことである。現在、文庫本で読みやすい形で一般に出回るようになっていることは、私としては、喜ばしいことだと思っている。