桜木紫乃『ホテルローヤル』2016-12-05

2016-12-05 當山日出夫

桜木紫乃.『ホテルローヤル』(集英社文庫).集英社.2015 (原著 集英社.2013)
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-745325-6&mode=1

第149回の直木賞作である。

このところ、直木賞・芥川賞だからといって、買って読むことがなくなってきている。別に興味が無いわけではないのだが、その賞をとったからといって、特に買って読もうという気がしないでいる。それよりも、毎年、年末にだされる、各種の今年のミステリのベストの方が気になっている。(今年は、どの作品が、どのように選ばれるだろうか。)

本を読む生活をしたいと思うようになって、著名な賞をとった作品、ベストセラーの類は、「読んでいない本」が多々あることにあらためて気付く。おくればせながら、少しでも読んでみようかという気になっている。

今では、古書であれば、ネットで安価に買える時代になっているし。

この『ホテルローヤル』である。検索してみて、同じ名前のホテルが実際に存在することを知った。いかにもありそうな名前ではある。

この作品のことについては、川本三郎の本で知った。

やまもも書斎記 2016年11月09日
川本三郎『物語の向こうに時代が見える』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/09/8244751

この川本三郎の文章に、私が何ほども付け加える必要はないと思う。この文庫本の「解説」が、『物語の……』に採録されている。

ただ、私なりに印象に残ったことを記しておくならば、読後感に残るのは、北海道、釧路の、空の色である。東京ともちがう、京都ともちがう、そしてまた、札幌ともちがう、釧路ならではの空の色である。

この作品は、ホテルローヤルという名のラブホテルの、顛末と、そこにまつわる人びとの物語の短編集。時系列では、逆順に配列してある。すでに廃墟となったところからさかのぼって、経営が傾きかけている状態、最後は、大きな夢をいだいてホテル経営にのりだす経営者の男の話。

私が読んで一番印象深いのは、「星を見ていた」である。これは、ホテルの清掃作業に従事する女性……それもかなり高齢の、話し。この作品にも、釧路の空は登場する。だが、晴れた青空ではない。星のまたたく夜の空である。

すこしだけ引用しておく。

「砂利に足を取られぬように坂を下り終えた。右に曲がり、灯りのない坂を上りかけたところでふと、空を仰いだ。林の葉も散って、空が広くなっている。月のない夜だった。冷えた空気のずっと向こうに、星が瞬いている。細かいものを見るのは駄目になったけれど、不思議なことに星の瞬きはくっきりと目に飛び込んできた。」(pp.177-178)

釧路というと、湿原をイメージしてしまうのだが、この小説に湿原の描写は基本的にない。そのかわりにあるのは、釧路の空、である。空の色で、釧路を表している。

そして、その釧路の空の下での人びとの生活が描かれている。その人びとの生活こそが、この作者の描きたかったものであることが、読むとつよくつたわってくる。

直木賞にふさわしい作品だとおもう。が、私個人のこのみからすれば、『ラブレス』の方が、いいかなという気はしている。

山内昌之『「反」読書法』2016-12-04

2016-12-04 當山日出夫

山内昌之.『「反」読書法』(講談社現代新書).講談社.1997

今では絶版のようだ。

著者は、言うまでもなく、現代イスラームの歴史、国際情勢についての専門家。そして、私の見るところで、現代におけるすぐれた人文学者であり、読書家でもある。いや、読書家などと言っては失礼にあたろうか。だが、著者の書いた書評の類は、どれも興味深い文章である。

ネットで検索して、古本で買って読んでみた。

読みながら付箋をつけた箇所。

「いずれにせよ、周囲とのやりとりで疲れたとき、歴史性と叙述性を兼ね備えた作品を読んでは気分を転換させたものです。とくに歴史と文学との間で感銘を受ける作品に出会ったことは、その後の私の進路に大きな意味をもちました。」(p.177)

として、あげてあるのが、大佛次郎の『パリ燃ゆ』と『天皇の世紀』である。

私は、『パリ燃ゆ』は、残念ながら読んでいない。『天皇の世紀』の方は、近年、(といっても、ずいぶん前になるが)、文春文庫版で出たのを、順番に読んでいったものである。(しかし、残念ながら、これも途中で挫折している。まあ、もともとが、未完の作品なので、いいかなとも思っているのだが。とはいえ、その冒頭の京都の雪の描写のシーンは、憶えている。)

『天皇の世紀』は、幕末・明治維新を描いた作品である。その関連で思い浮かぶのは『遠い崖』(萩原延壽)。これは、全巻買ってもっているのだが、まだ、手をつけていない。

ところで、『「反」読書法』は、上述の箇所のように著者の若い時の読書体験をつづったところがある。そのなかで、気付いたところ。

『パリ燃ゆ』を買ったのが、学生のときのこととして、その値段が、1400円であったとある。そして、

「岩波新書が百五十円の時代だったといえば、この本がいかに高価だったかをお分かりいただけるでしょう。」(p.178)

とある。

そうなのである。岩波新書は、昔は、150円均一だった。思えば、その当時、岩波文庫は、★の数で値段を表示していたものである。私の記憶にある、★ひとつの値段は、30円。

いまでも、手軽に手にとれる分量のすくない本のことを、「岩波文庫でほしひとつ分ぐらい」と、つい言ってしまうことがある。

ともあれ、『パリ燃ゆ』は読んでおきたい本のひとつ。今では新版が出ている。三巻になる。やはり三巻そろえると、岩波新書の一冊の10倍ぐらいの値段になる。それから、『天皇の世紀』も、再度、じっくりと読んでみたい。こんなことを思いながらも、今、興味があるのは、桜木紫乃の小説など。そして、その合間に、北原白秋や萩原朔太郎の作品を、パラパラとめくって懐かしんでいる。そんなこのごろである。

桜木紫乃『ラブレス』2016-12-03

2016-12-03 當山日出夫

桜木紫乃.『ラブレス』(新潮文庫).新潮社.2013 (原著 新潮社.2011)
http://www.shinchosha.co.jp/book/125481/

この著者(桜木紫乃)の『氷平線』については、すでにふれた。

やまもも書斎記 2016年11月28日
桜木紫乃『氷平線』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/28/8261786

この本(『ラブレス』)のことについては、すでにいろんな人が書いていると思うので、私なりの読後感を整理して記してみる。三点ある。

第一には、北海道、それも、釧路の街を描いた作品であるということ。桜木紫乃は、北海道を描いている。ただ、そこが舞台であるだけではなく、その土地とそこに住む人びとの生活を描いている。

これは、私にとっては、宮尾登美子における土左・高知のようなものとしてうけとめることになる。『櫂』からはじまって、宮尾登美子の主な作品は読んできたつもりでいる。宮尾登美子は、その生いたちなどを背景にして、土左・高知を描いている。まさに土左・高知を舞台にしなければならない作品になっている。

ただ、その土地を舞台にしたというだけではなく、その土地そのもの、その風土とそこに生きる人びとの生活を描くところに、桜木紫乃の小説の醍醐味がある。

第二には、主人公は百合江。北海道の極貧の開拓村に生まれ、中学を出て奉公にだされる。そこを出て旅芸人の一座にはいる。そして、その後の、流転の人生。そして、それとは対照的に、地元に残った妹の里美。一見、堅実に見える理容師の道をすすむが、その人生もまた、平坦なものではなかった。

基本的には、この二人の女性を軸とした、女性(百合江)の一代記、ということになる。それは、日本の高度経済成長から、バブルの時代、その終焉。地方の疲弊、過疎化、高齢化、といった時代の流れをたどることになる。主人公たちの人生も、そのなかにあった。

この小説は、まさに、昭和・平成の歴史になっている。

だが、百合江・里美の姉妹を中心としながらも、その母親が、なぜ北海道の開拓村に移り住むことになったのか。そして、百合江・里美の娘たちの、これまた穏やかとはいえない人生。

つまり、この小説は、あわせて三世代の近現代の女性の生きた姿を描いた作品となっている。

第三には、この三世代の女性の物語を語る視点の複雑さである。この小説の中心は、百合江の人生を描くところにあるのだが、それを、また別の視点からも見るようにしてある。娘たちの視点である。

この百合江の人生を描写していく視点と、それとは別に、百合江が老いてたおれた後、娘たちがその人生について興味をもち探っていく、そして、自らのアイデンティティーを確認していく。この視点が、百合江の物語の外側に設定されている。

さらに複雑なことには、百合江の娘は、小説家をなりわいとしており、百合江のこと、自分のことを、作品に書く、という設定になっている。だが、その作品の具体的な内容は出てこない。この作品における百合江の物語は、あくまでも独立している。

このように錯綜した視点をつかわけながら、百合江の人生を描きつつ、そして、同時に、その母と娘の、女性三代の物語を語っているところに、この『ラブレス』という作品の、妙味があると、私は読む。

以上の三点が、『ラブレス』を読んでの感想ということになる。

これは『氷平線』でも感じたことだが、桜木紫乃の小説は、まさに現代の問題、地方の問題、高齢化の問題、これらの諸問題を描いている。だからと言って、マスコミに出てくる解説者のように、したり顔で「こたえ」をしめしたりはしていない。そのような課題のなかに生きている人びとの生活を描く。そのことによって、読む人間に、問題をするどくつきつける。

まさに現代の小説家であるといってよいであろう。

漱石『三四郎』の野々宮と野々宮さん(その2)2016-12-02

2016-12-02 當山日出夫

昨日のつづき。夏目漱石『三四郎』における、野々宮の呼称をめぐる問題である。

やまもも書斎記 2016年12月1日
漱石『三四郎』の野々宮と野々宮さん
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/12/01/8263506

今日とりあげるのは次の本。

小池清治.『日本語はいかにつくられたか?』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.1995 (原著 筑摩書房.1989)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480082107/

この本は、日本語の歴史を、古事記・万葉集の時代から、近代の文学にいたるまでを概観した、ごくわかりやすい本である。(実は、この本を、以前は、日本語史の講義の教科書に使っていた。しかし、今は、もう絶版になってしまっている。)

第Ⅴ章「近代文体の創造 夏目漱石」を見ることにする。

まず、漱石のことばにはいくつかの層があることを指摘する。

  古語の層、江戸語の層、現代語の層

これらの各層が無頓着につかわれているとする。(pp.176-177)

「この無頓着ぶりは漱石の文体がいわゆる言文一致体でないことを如実にしめしていることになる。もし言文一致であるとすれば漱石の口頭語は古語、中世・近世語、現代語が渾然一体となった不思議な言語であったということになるからだ。/漱石が意を用いたのは言語の文学的用法であった。」(p.178)

として、

 A 野々宮宗八どの  一例
 B 野々宮さん    三例
 C 野々宮宗八    一例
 D 野々宮さん  一一八例
 E 野々宮君    七〇例
 F 野々宮     四〇例

と調査の結果をしめす(p.178)

「『三四郎』という作品は、小川三四郎を視点人物として、基本的に三四郎の「語り」によって成り立っている。三四郎の目に映り、耳に聞こえ、心に思ったことが、彼は熊本出身の大学生であるにもかかわらず、東京弁で語られる。」(p.179)

そして、用例をあげたのち、つぎのようにある。やや長くなるが引用する。

 これも三四郎の耳を通した表現である。このように『三四郎』では、三四郎の眼に野々宮宗八が一人の男、美禰子を中に挟んでの三角関係のライバルと映る時に、「君」や「さん」という上下関係を表わすことばが振り捨てられるのである。(中略)

 「野々宮」には、視点人物三四郎眼・耳を通した表現と三人称視点の表現の両用法がある。そして、前者は、三四郎の主観、即ち、野々宮宗八を一個の男、ライバルとして見るという意識が反映している用法なのである。『三四郎』の鑑賞のしどころの一つは、野々宮が真にライバルであるか否かというところにある。それを、二種類の「野々宮」によって、作者は技巧的に表現しているのであった。

 夏目漱石の方法の工夫とは、こういう種類の工夫である。『三四郎』には「男」が一六八例、「女」が三六六例用いられている。これらにも、漱石独自の工夫が施されている。

以上、p.182。

いかがであろうか。昨日の半藤一利の指摘とまったく同じ趣旨のことを言っている。半藤一利の『漱石先生ぞな、もし』には、参考文献の一覧が巻末に掲載になっているが、そのなかに、小池清治の本ははいっていない。また、半藤一利の書きぶりからしても、先行文献として小池清治の仕事があることは、知らなかったようでもある。

これは、偶然に、ほぼ時を同じくして、『三四郎』における「野々宮」の呼称をめぐって、同じような論考を展開したことになる。歴史探偵・半藤一利と、日本語学者・小池清治である。

なお、半藤一利、小池清治の文章から、『三四郎』の該当箇所の引用はあえてはぶいた。これらの本を見るもよし、あるいは、『三四郎』を自分で読んで、その目で探してみるもよし、ということにしておきたい。

漱石『三四郎』の野々宮と野々宮さん2016-12-01

2016-12-01 當山日出夫

半藤一利.『漱石先生ぞな、もし』(文春文庫).文藝春秋.1996 (原著 文藝春秋.1992)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167483043

このところ、漱石関係の軽い本を、ぽつぽつと読んでいる。そのなかの一つ。この本の続編『続・漱石先生ぞな、もし』については、すでにふれた。

やまもも書斎記 2016年10月12日
半藤一利『続・漱石先生ぞな、もし』徴兵逃れのこと
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/10/12/8222873

今回は、最初に出た方の本を読んで気のついたことを、いささか。

『三四郎』について、つぎのように述べてある。ちょっと長くなるが引用する。

 小川三四郎の先輩にして、物理学者である野々宮宗八は、三四郎にとっては、美禰子をめぐっての恋のライバル(?)である。『三四郎』の愛読者には、そんなことは百も承知のことであろうが、では作者の漱石がこのふあーとした三角関係をいかなる工夫をもって描いているか、注目してみる価値がありそうである。

 『三四郎』という小説は原則として三四郎の「視点」によって描かれている。ほぼそれで一貫し、ときどき漱石先生は三四郎を第三人称で描出するが、まずは三四郎の目に映り、耳に聞こえ、心に思ったことが中心となっている。

 そこでライバル野々宮がどう扱われているか、探偵眼を光らせてちょっと注意すると、野々宮荘八どの、野々宮さん、野々宮君、そして野々宮の呼び捨て、とそのときどきで呼称が違うのに気付くのである。いちばん多いのは野々宮さん、つぎに野々宮君。いずれにせよ三四郎の先輩なのだから、これは当然のこと。注目すべきは野々宮と呼び捨てにするとき。

 漱石は、それを巧みに区別して使っているような気がわたくしにはする。思いつきに近く、あまりに確信のない話なんであるが……。たとえばその一例――、

以上、p.162、「野々宮と野々宮さん」から。

そして用例をあげたあとで、さらに次のようにある。

 野々宮と呼び捨てにしている場面が全部が全部そうとばかりいえないが、漱石は、美禰子をめぐって野々宮荘八が三四郎の胸のうちをかき乱すとき、かならず「さん」や「君」を取りはらっている。この点はたしかで、三四郎の妬ける心の動きをそこに示すかのように工夫しているようなのである。

(中略)

 はたして野々宮さんが真に恋のライバルなのかどうか、分明でないところに『三四郎』の面白さがある。それをはっきり示さずに、「野々宮」と呼び捨てにすることで三四郎の一方的な心理の焦りをだす。そんなところに、漱石の見事な小説作法があるように思うのであるが、どうであろうか。まるっきりの誤診かな。

以上、p.164

著者(半藤一利)は、「まるっきりの誤診かな」と言っているが、そんなことはないと思う。

また、最近でた本にも同じ趣旨のことがかいてある。

半藤一利.『漱石先生、探偵ぞなもし』(PHP文庫).PHP研究所.2016 (文庫オリジナル)
https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-76659-1

「野々宮と呼び捨てにしている場面の全部が全部そうとばかりはいえないかもしれませんが、漱石は、美禰子をめぐって野々宮宗八が三四郎の胸のうちをかき乱すとき、かならず「さん」や「君」を取り払っている。この点はたしかで、三四郎の嫉ける心の動きをそこに示すかのように漱石先生は工夫しているようなのであります。」(p.192)

以上、長々と、半藤一利の言っていることを引用してきた。これは、次のことを書きたいがためである・・・実は、これとまったく同じ指摘が、日本語学の方面からもなされているのである。

これは長くなるので、明日につづく。

日本の詩歌『北原白秋』2016-11-30

2016-11-30 當山日出夫

日本の詩歌『北原白秋』.中央公論社.1968

私のもっているのは、昭和46年(1971)の第7刷。物置の中で、古い本のところを探して見つけたきた。

解説(詩人の肖像)は吉田一穂。鑑賞は村野四郎。それに年譜がついている。

昭和46年の本ということは、これを買ったのは、高校生の時である。なつかしい思い出がよみがえる。たぶん、買った書店は、京都の河原町にあった、駸々堂か、京都書院だったと思う。ともに、今は、もうない。

この「日本の詩歌」のシリーズ。薄紫の装丁が、とても印象的である。まさに、詩的、ということばがぴったりくる感じで、どこか洒落ているような、気取ったような雰囲気がある。

本文も二色刷。通常の活字で本文が組んであり、下のところに、薄い紫色で、註解・鑑賞が、印刷していある。(このような本のつくりかた、今になっておもえば、実に凝ったことをしているものだと思う。まだ、活版の時代である。本文と中途別々に活版で組版して、それを組み合わせて版下にしてオフセット印刷したものだろう。)

「日本の詩歌」、古書をネットで探すと、実に安くで売っている。もう、このような詩を読む、鑑賞する、という時代ではないのかもしれない。

しかし、文学の流れのなかには「詩」があることをわすれてはいけないと思う。「詩」を抜きにして、文学を語ってもいけないと思う。だが、今では「詩」を抜きにして文学を語る時代になったのか、とも思う。

たとえば、

安藤宏.『日本近代小説史』(中公選書).中央公論新社.2015
http://www.chuko.co.jp/zenshu/2015/01/110020.html

この本は、「小説史」として書かれている。ということは、「詩」を除いていることになる。このような文学史の叙述もありなのか、という気もしないではない。とはいえ、そもそも近代文学史の通史的な本自体が、今では、絶滅危惧種のようになっている。たとえ小説に限定するとはいえ、近代文学史の通史が書かれたこと、これは喜ぶべきことなのかもしれないと思ったりもする。

さて、昔、高校生のころに読んだ詩のいくつか。

 青いソフトに
青いソフトにふる雪は
過ぎしその手か、ささやきに。
酒か、薄荷か、いつのまに
消ゆる涙か、なつかしや。

 意気なホテルの
意気なホテルの煙出しに
けふも粉雪のちりかかり、
青い灯が点きや、わがこころ
何時もちらちら泣きいだす。

 あか夕日に
あかい夕日につまされて、
酔うて珈琲店(カツフェ)を出は出たが、
どうせわたしはなまけもの
明日の墓場をなんで知ろ。

そして、この本の最後に掲載の歌。

秋の蚊の耳もとちかくつぶやくにまたとりいでて蟵(かや)を吊らしむ

晩年の白秋が、失明状態にあったことを知ったうえで、この歌をよむと、この詩人のいたりついた境地を見る思いがする。

追記 2016-12-01
調べてみると、中央公論新社のHPに掲載になっている。
http://www.chuko.co.jp/zenshu/2003/06/570053.html

『真田丸』あれこれ「反撃」2016-11-29

2016-11-29 當山日出夫

『真田丸』2016年11月27日、第47回「反撃」
http://www.nhk.or.jp/sanadamaru/story/story47.html#mainContents

せっかく作った真田丸がとりこわされてしまった。

この回の見どころは、やはり和議の交渉の場面だろう。一見、豊臣に有利であるように見えながら、実質的には徳川の思うつぼというところか。

ところで、この交渉場面の論理……どこかで見たような気がする。

堀などがあるから、牢人どもがいる。牢人どもがいるから、戦になる。なくしてしまえば、戦はなくなる・・・・(自衛隊などという戦力をもっているから、日米安保同盟があるから、日本は敵視される。軍備をもたなければ、日米同盟がなくなれば、憲法九条があれば、平和を維持できる・・・)

非武装論である。あるいは、非武装平和論といってよいか。

これに対して、信繁(幸村)は、現実的である。軍事力の裏付けのない平和論など虚構にすぎないと喝破する。リアリズムの平和論といってよい。

このような軍事論、あるいは、平和論が、大河ドラマに出てくるようになったというのも、時代の流れだろうと思う。昔であれば、何のために戦をするのか、それは、戦を終わらせるためにである、これはやむを得ないことである、というような論理で、主人公たちは行動していたように思う。

そして、次回は、信繁(幸村)が最後の攻勢にでるようだが、なんだか、悲壮な感じがしないでもない。まるで、負けることが分かっていながら敵陣につっこんでいった特攻のような印象さえある。信繁(幸村)や牢人たちは、まるで、戦艦大和の最後の出撃のような感じもする。(いや、これは、結果を知っているからいえることで、考えすぎであろうか。)

桜木紫乃『氷平線』2016-11-28

2016-11-28 當山日出夫

桜木紫乃.『氷平線』(文春文庫).文藝春秋.2012 (原著 文藝春秋.2007)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167836016

桜木紫乃のことは、川本三郎の本で知った。

やまもも書斎記 2016年11月9日
川本三郎『物語の向こうに時代が見える』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/09/8244751

直木賞作家であるが……今まで手にとらずにきた。

北海道、それも、釧路あたりを舞台にした作品を多く書いているとのこと。この『氷平線』所収の「霧繭」も釧路を描いている。

「かのこ屋が店を構える駅前通りには、シャッターを下ろしたままの老舗商店が軒を連ねていた。目抜き通りに、この街が漁業と炭坑で栄えていた頃の面影はない。」(p.52)

私の世代であれば、北海道・釧路を舞台にした小説として思い浮かぶのは、『挽歌』(原田康子)である。調べてみると、この小説はまだ売っている。

原田康子.『挽歌』(新潮文庫).新潮社.1961
http://www.shinchosha.co.jp/book/111401/

そして、今の新潮社のこのHPには、桜木紫乃のメッセージがのっている。

「初めての小説体験。生まれた街の景色を変えた一冊です。」

とある。

文学は、風景を、街を、発見するものである。かつて、『挽歌』の描いたような釧路の風景はもはやなくなっている。そして、それをうけて、今の時代、桜木紫乃が、現代の釧路の街を描いている。それは、もはやかつての活気のある街ではない。過疎と高齢化のすすんだ、地方の小都市である。そこに、著者は文学を見いだしている。

『氷平線』所収の作品「雪虫」「霧繭」「夏の稜線」「海に帰る」「水の棺」「氷平線」のなかでは、私の読後感としては、「霧繭」が一番きにいった。たぶん、和裁士という伝統的な職人の世界を描いているせいかとも思う。

地方の過疎化・高齢化については、新聞・ニュースなどではよく話題になる。が、それを、文学として描き出すかどうかは、また別の問題である。この意味において、桜木紫乃は、そこに文学を見いだした作家ということになる。

地方都市の衰退、過疎、高齢化……そのなかにあっても、人は生きている。そこで生きている人を描くのが、文学である。そこに生きる人とその生き方を発見したというべきなのかもしれない。

文学が文体であるとするならば、桜木紫乃の作品の魅力は、その風景描写にもあるともいえる。

「その家はオホーツク海に面した幅一キロほどある入り江に建っていた。黒や灰色のトタンを継ぎ接ぎしながら、ようやく雨風をしのいでいる。他の家はみな肩を寄せ合うように四軒が五軒でひとかたまりになっているが、そのちいさなトタンの家だけは、打ち寄せられた貝殻のようにぽつんと離れた場所にあった。」「氷平線」(pp.213-214)

そして、この『氷平線』所収の作品は、基本的に主人公の視点から描かれる。主人公の視点をつうじて、他の登場人物の感情を、感じ取っていく。それは、露骨な言葉であったり、婉曲な態度であったりもする。読んでいくと、ふと、その主人公に感情移入してしていることに気づく。そのうまさが、この短編集の魅かと思う。

現代社会のかかえる問題……過疎、高齢化、地方の衰退……を、文学の世界でどのように描いていくか、気になる作家である。

川本三郎『白秋望景』2016-11-27

2016-11-27 當山日出夫

川本三郎.『白秋望景』.新書館.2012
https://www.shinshokan.co.jp/book/978-4-403-21105-8/

川本三郎の書いた近代日本文学の評伝としては、『荷風と東京』『林芙美子の昭和』につづくものということになる。「あとがき」によると、『林芙美子の昭和』のつぎに何を書くかとなって、すぐに思い浮かんだのが北原白秋であるという。

著者(川本三郎)は、1944(昭和19)年の生まれとある。私と、ほぼ十年のとしのひらきがある。その私でさえ、北原白秋の作品は、高校生のころに読んだものである。中央公論の「日本の詩歌」が出ていたころのことである。岩波文庫でも『白秋詩抄』『白秋抒情詩抄』があった。川本三郎にしてみれば、北原白秋は、過去の人というよりも、ほぼ同時代の詩人・歌人であるのかとも思って見たりもする。

ところで、北原白秋といえば、思い出すことばがある……「廃市」。

「さながら水に浮いた灰色の柩である。」

福永武彦の『廃市』という小説に掲げられている。そして、このことばは、北原白秋からとってある。「わが生ひたち」『思ひ出』

どちらを先に読んだろうか。北原白秋も、福永武彦も、高校生のころに読んだものであるが……ただ、私の記憶のなかでは、『廃市』(福永武彦)と、北原白秋の柳河を詠んだ詩のイメージが、重なり合って残っている。

北原白秋がいまではもう読まれなくなっている詩人であることは、すでに書いた。

やまもも書斎記 2016年11月26日
北原白秋『白秋詩抄』『白秋抒情詩抄』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/26/8260723

にもかかわらず、川本三郎が北原白秋を選んだ理由は何なのだろうか、と思ってみたくなる。ただ、白秋の詩や歌に対する思い入れだけではないだろう。白秋の人生をたどることが、日本の近代の詩歌の歴史をたどることにつながる、その中核的なところに位置する人物である、という洞察があってのことだろうと思う。そして、それは、この本『白秋望景』において、見事に成功しているといってよいだろう。

日本の詩歌における、近代の憂鬱は、萩原朔太郎にはじまる……という通説に対して、川本三郎は、その萌芽を、北原白秋に見いだしている。また、筆一本で生活する道を選んだ白秋の生き方は、近代、特に、明治末から大正・昭和にかけて生きた、様々な文学者の生き方を参照する手がかりになるものでもある。

さらにいえば、特に、白秋の晩年は、現在の価値観からすれば褒められたものではない。時局に便乗して、あるいは、軍部に迎合して(あえて書けばこのようになる)、戦意高揚の作品を残している。しかし、それも、白秋が時代とともに生きたあかしでもあると、むしろ客観的に肯定する立場を、著者はとっている。

次のような箇所が、本書の通奏低音としてあると読む。

「国木田独歩が、ツルゲーネフの白樺林に誘われて、武蔵野の雑木林の美しさを発見したように、白秋はヨーロッパ象徴詩人の作品によって「水の町」を発見し、そしてそこに「廃市」を見る手がかりをつかんだ。そう考えたい。風景論のオギュスタン・ベルクがいうように「われわれが風景を知覚するのは、絵画や詩歌などで教育され、仕込まれた視線」によってなのだから(『日本の風景・西欧の景観』) (p.13)

そして、著者は、白秋の「発見」した風景を、その人生の歩みととともにたどっていく。故郷の柳河にはじまり、東京、三崎、そして、葛飾での生活、そこで何を白秋が「発見」していったのかが、作品とともにつづられる。

すでに書いたように、私は、若いとき(高校生ぐらいのとき)白秋の作品にしたしんでいる。そのような私にとって、この本は、読むのがいとおしい、という感じの本であった。そこに引用されている白秋の作品の多くは、若いときになじんだものばかりである。その引用を、ひとつひとつ確認しながら読んでいくのは、読書の楽しみであった。

この本は、私のような世代にとっては、北原白秋というなつかしい詩人を思い出させてくれるものであり、また、若い人が読めば、これを契機として、白秋を通じて、日本近代の詩歌が、どのような風景・景物・情感を発見していったのか、たどることができよう。

何が文学であるのか、それを新たに発見していくのが、文学者たるものの仕事である。

これは、おすすめの本としておきたい。

北原白秋『白秋詩抄』『白秋抒情詩抄』2016-11-26

2016-11-26 當山日出夫

手放したことはない本のはずだが、さすがに、古い文庫本を探し出すのはむずかしい。これは、古本で買ってみた。格安だった。

北原白秋.『白秋詩抄』(岩波文庫).岩波書店.1933.1978改版
https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/31/1/3104810.html

北原白秋.『白秋抒情詩抄』(岩波文庫).岩波書店.1933.1978改版
https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/31/X/3104820.html

岩波書店のHPには、まだ掲載されているが、もう今では売っていない本のようだ。北原白秋の詩というのは、今では読まれないということだったのだろうか。

古書で買い直して改めて読んでみて、気のついたことは、次の二点。

第一に、これら二冊の岩波文庫の白秋の詩集が、1933(昭和8)年の刊行であること。白秋は、昭和17年になくなっている。つまり、白秋の生前の編集になっていることである。

その目でみると、たとえば、『白秋詩抄』は、

「海豹と雲」抄
「水墨集」抄
「白金之独楽」抄
「畑の祭」抄
「雪と花火」抄
「邪宗門」抄

の順に編集してある。つまり、作品の発表順ではない。逆順。

そして、『白秋詩抄』の「解説」(吉田一穂)には、次のようにある。

「初版詩集の底本と全集その他の校合に際して生ずる異同や錯落も、ここに採録された詩編に関するかぎりは、重版ごとに白秋自ら再三、校訂の目を通して決定稿を成したものであるから、その憂いも消え、むしろ本書こそ基準たるべき正版であると信じる。」(p.195)

近代文学における本文校訂の難しさという点はふまえるにせよ、白秋の生前の刊行で、自らが手をくわえて校訂にあたったという意味では、この岩波文庫版は、それなりに価値のあるものとすべきであろう。

第二に、これは、個人的な感想というべきものだが、「空に真赤な」がはいっていない。『白秋抒情詩抄』にもない。

やまもも書斎記 2016年11月20日
北原白秋「空に真赤な雲のいろ」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/20/8256552

はて、私は、何を見て、この詩をおぼえていたのだろうか。あるいは、中央公論社の「日本の詩歌」か。この「日本の詩歌」のシリーズは、私が、高校生・大学生のころは、まだ売っていた本である。

これは見つかるかもしれない。探してみようか。(古書で買うとしても、これも、いまでは格安で買えるが。)

以上の二点が、とりあえず、古書で『白秋詩抄』『白秋抒情詩抄』を手にして、気づいたところである。

私は、この文庫本の古い版で白秋を読んだと憶えている。古い活字だったという記憶がある。まだ、私の高校生のころはには、北原白秋は、現役で読まれる詩人であった、ということになる。

それが、いまでは、もう忘れ去られようとしている。文庫版の筑摩書房の「ちくま日本文学」には、萩原朔太郎はあるが、北原白秋は、はいっていない。

だが、日本の近代詩の歴史のなかで、やはり北原白秋ははずすことはできないと思う。そのことばの魅力、いや、魔力とでもいった方がいいだろうか、一度読むと強く印象にのこる。白秋を出発点としないでは、近代の日本の詩を語ることはできないと感じる。(もちろん、日本近代の詩歌の歴史は、もっとさかのぼって考えるべきだとは思うのであるが。)

ともあれ、今では、北原白秋が読まれなくなっているということは、日本語の感性がどかかで変質しつつあるということなのかもしれない。まあ、私のとしになって思うこととしては、北原白秋の作品は、まだ、若い人に読んでおいてもらいたいものだと思うのであるが。

追記
上記の文章を書いてから、本を探してみた。中央公論社の「日本の詩歌」、何冊か買っていて、残っていた。なかに「北原白秋」の巻もあった。私が、「空に真赤な雲のいろ」を憶えていたのは、この本を読んでいたからだと確認した次第である。