『「維新革命」への道』苅部直2017-11-24

2017-11-24 當山日出夫(とうやまひでお)

苅部直.『「維新革命」への道ー「文明」を求めた十九世紀日本ー』(新潮選書).新潮社.2017
http://www.shinchosha.co.jp/book/603803/

全部で11の章からなるが、1章から8章までが『考える人』に連載に加筆したもの。9章から11章までは、書き下ろし。そのせいか、連載部分とその後の部分で、随分と論調が異なる。

本書のサブタイトル「「文明」を求めた十九世紀日本」が、『考える人』の連載部分にはよくあてはまる。

一般に、中学・高校などで習う歴史の知識としては、明治維新によって日本は文明開化の道を歩みはじめ、近代国家を建設していった、ということである。それがまったく嘘ではないにしても、いくぶんの問題のある歴史観であることは、すこし歴史にかかわる勉強をすればわかる。

明治になるまえから、江戸時代から、すでに日本においては、近代的な社会の諸制度、思想、文化とでもいうべきものがあった、というのがひとつ。

それから、明治になったからといって、すぐに全面的に近代社会になったのではなく、前近代的な要素を多分にふくんでいた社会であった、ということがひとつ。

この本は、このうちの前者……江戸時代のうちに、すでに日本では、近代的とでもいうべき、各種の要因が芽生え始めていた、ということを、論じている。例えば、本居宣長に「進歩」の思想を見いだしたりしている。

それと、この本の特に書き下ろし部分でのべてあることは、「文明」「開化」とは、いったい何であったかの考察である。その当時の資料、史料をみながら、明治期に生きた人びとにとって、明治維新によっておこった社会の変革がどのように映じていたかを、述べてある。

これは、この本のはじめの方でのべてあること……明治維新というが、これは、「復古」なのか、「革命」なのか、という論点の提示。新しい日本の建設が、なぜ、「王政復古」という復古的な制度としてスタートしたのか。そして、なぜ、「維新」という語が選択されてきたのかの考察。

本書の内容は、ざっと以上のようになるだろうか。

近世から明治にかけての、特に、近世後期の社会の制度、学問、思想のありかたを手際よく整理してある。明治維新の以前に、江戸時代において、すでに近代につながる様々な萌芽が見いだせる。これ自体は、特に目新しいものではないと思うが、この本のような形で整理してあると、説得力のあるものとして読める。

ただ、後半の9章~11章が、どうも堅苦しい。雑誌連載をもとにしたものではないせいか、いかにも生硬な議論という印象がある。(私の読んだ印象として、結局、この本は明治維新について、何をいいたかったのか判然としなかった。)

が、ともあれ、明治維新ということについて、江戸時代からの流れで考えるとう視点と、その明治維新の時代にあって、人びとはどのようにその出来事をとらえていたのか、という視点、この二つの観点が重要であることは、理解できたかと思う。

ところで、来年のNHKの大河ドラマは、西郷隆盛が主人公である。明治維新関係の書物がいろいろと出ることになるだろうと思う。テレビをみながら、いろいろと気になる本を読んでいきたいと思っている。

『あの頃、あの詩を』鹿島茂(編)2017-11-23

2017/11/23 當山日出夫(とうやまひでお)

鹿島茂(編).『あの頃、あの詩を』(文春新書).文藝春秋.2007
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166606085

『吉本隆明1968』を読んで、この本が出ていることを知った。今では、もう売っていない本のようである。古本で買った。

この本は、昭和30年代の、中学校の国語教科書に採用されていた詩をあつめたアンソロジーである。編者(鹿島茂)が、実際に中学生のころに学校の教科書で読んだ作品群ということになる。

私は、鹿島茂の生まれ、1949年よりも、少し後の生まれである(1955)。世代的には、接続する世代ということになるであろうか。この本を通読して、共感する部分が少なからずある。

二点をまず確認しておきたい。

第一には、日本の近代の抒情は、まさに詩によって形作られてきているということの確認である。島崎藤村、北原白秋、などの作品が収録されている。これを読むと、日本の近代の抒情詩の歴史に重なることになる。

第二には、編者(鹿島茂)が指摘していることだが、昭和30年代の中学国語教科書の詩には、ある種のバイアスがかかっていることである。明るい希望、未来への夢をうたった詩の多いことに気付く。それを、編者(鹿島茂)、戦争という経験を経たうえでの、この時代に特有の雰囲気であったと説明している。

以上の二点が、このアンソロジーを通読して確認しておきたいところである。

そういえば、何故か、中学の時の国語教科書というのは、詩からはじまていたような記憶がある。詩というものが、文学の根幹にあるという発想からなのだろうか。ともあれ、私もまた、文学というものを読む経験において、詩を読むということは、中学の時の国語教科書にあったように憶えている。

このアンソロジーを通読すると、無性に懐かしい感じがする。その一方で、私が読んだ詩はこんなではなかったという違和感のようなものを感じる。それは、とりもなおさず、この時代(昭和30年代)の国語教科書に特有のものであったと判断されよう。私の時代(昭和40年代)になると、それが、微妙に変わってきていたのかもしれないと思う。

たぶん、私の時代になると、伝統的な叙情性の中に回帰してきていたのかもしれない。

気付いたこととしては、このアンソロジーには、萩原朔太郎がはいっていない。編集の方針として、編者(鹿島茂)が意図的に落としたということではいないようだ。30年代の国語教科書にははいっていなかったのだろうと思われる。

国語学、日本語学という領域は、国語教育という分野とは、接してはいるが、離れている。今、どのような詩が国語教科書に載っているのか、知らない。また、詩というものが、日本語研究の領域であつかわれるということはないようである。古くさかのぼれば、和歌は、資料になるのだが。

私が、中学、高校の頃、「日本の詩歌」(中央公論)のシリーズがあった。その後、文庫版(中古文庫)も出たりしていたが、今では絶版になったままである。文庫本で読める詩も数少なくなっているようだ。

日本の文学ということを考えるとき、やはり詩をはずすことはできない。さらには、今では読まれなくなってしまったが、漢詩も、文学史的には重要である。

たとえば、

中村真一郎.『頼山陽とその時代』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2017 (中央公論社.1971)

など読むと、近世における、抒情詩、叙景詩において漢詩を無視し得ないことが実感される。この本については、思ったことなど書きたいとおもって、手元においてあるのだが、なかなかその順番が回ってこないでいる。

ことばというものを研究する立場にいるもののはしくれとして、詩を読む心をうしないたくはないと思う次第である。

秋の木々2017-11-22

2017-11-22 當山日出夫(とうやまひでお)

水曜日なので、花の写真の日。が、今日は、花ではなく樹木。秋の木々の様子である。

秋になって紅葉のシーズンである。我が家でも、ちょうどモミジ、イチョウななどが色づいて葉っぱが地面に散るころになっている。しかし、秋になって色のかわる木は、モミジだけではない。いろんな木が、秋になると様子を変える。

近所に散歩にでるとき、カメラをもってでる。その時に、ふと目にとまった秋の景色を写したものである。特に紅葉がきれいだというのではない。晩秋の山、里の、秋の風景である。どうということもない風景であるが、このような景色にしみじみとしたものを感じるようになってきた。

みわたせば はなももみぢも なかりけり うらのとまやの あきのゆふぐれ

むかし、高校生のころに読んで憶えた歌である。唐木順三の本で知っただろうか。この歌で歌われているように、ただの秋の風景に、ふと心がひかれるように感じる。これも、私が、年をとってきたせいかもしれない。紅葉の名所というのではない、どこにでもありそうな雑木林の秋の景色に心なごむのである。

秋の木々

秋の木々

秋の木々


秋の木々

Nikon D7500
AF-S DX NIKKOR 16-80mm f/2.8-4E ED VR

『おんな城主直虎』あれこれ「悪女について」2017-11-21

2017-11-21 當山日出夫(とうやまひでお)

『おんな城主直虎』第46回「悪女について」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story46/


前回は、
やまもも書斎記 2017年11月14日
『おんな城主直虎』あれこれ「魔王のいけにえ」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/14/8727171

今回の〈主役〉は、瀬名であった。

何のために生きているのか、何のために自分の命をつかうことになるのか、瀬名と直虎(おとわ)との対話のシーンが印象的であった。

ドラマの大きな筋としては、次の二点だろうか。

第一は、万千代の徳川のイエに対する忠誠心。そして、家康の万千代に対する信頼感、この形成のプロセスを描いたということ。このドラマは、井伊の物語としてはじまったのであるが、ここにきて、井伊のイエはもはや存在しないも同様である。万千代は井伊の家名を再興した。だが、それは、井伊のイエのためではなく、徳川に忠誠をつくすためのことであったことになる。徳川のイエのためである。

第二は、そのような万千代を後見する立場にある直虎(おとわ)の生き方の問題。戦国乱世の悲劇をなくしたい、平和な世の中をのぞんでいる。ここで直虎が見ている悲劇は、合戦によるものではない。戦国大名どうしの権謀術数のなかで、くりかえされる悲劇である。

合戦場面を基本的に描かない方針であると思えるこのドラマにあって、戦国時代の悲劇とは、合戦による死よりも、勢力をもつ戦国大名の争いのなかで、運命に翻弄される、弱い立場のものの悲劇である。

以上の二点を軸にして、ドラマの舞台となっているのは、井伊ではなく、徳川のイエである。そして、我々は、歴史の結果を知っている。織田は滅びる。そして、豊臣を経て、最終的に徳川の時代になることを。その徳川の平和の時代を準備するものとして、直虎(おとわ)や万千代の「志」があった、ということでいのだろう。そのように、このドラマは描いている。

今回は、ネコが出てこなかった。ちょっとさびしい。

『新版 吉本隆明1968』鹿島茂2017-11-20

2017-11-20 當山日出夫(とうやまひでお)

鹿島茂.『新版 吉本隆明1968』(平凡社ライブラリー).平凡社.2017 (平凡社新書.2009)
http://www.heibonsha.co.jp/book/b314295.html

以前、平凡社新書で出ていた本が、新版として、平凡社ライブラリーで刊行になったもの。前のものも持っているかとおもうのだが、探すのが大変なので、新しい本で読んでみた。

面白い本を読んだという感想である。

この本については、次の二点を書いておきたいと思う。

第一は、吉本隆明の入門・解説書として、非常によくできているし、興味深い内容になっていることである。

吉本隆明については、いまだに数多くの論評がなされている。全集(晶文社)も刊行の途中である。まだ、その評価が歴史的に定まったということではない。

そのなかにあって、特に初期の吉本隆明……それを著者は「1968」ということばで象徴的に表しているが……について、丁寧にその著作を読み解きながら解説してある。

特に高村光太郎への言及が詳しい。(読んでいて、これは、吉本隆明論ではなく、高村光太郎論ではないかと感じてしまうぐらいである。)だが、同じ引用を必要に応じてくりかえし、難解な箇所については、適宜パラフレーズするというようにして、わかりやすく解説してある。

吉本隆明といえば、必ず出てくる「大衆の原像」について、なぜ、吉本隆明がそのような概念を提示するにいたったのか、そのプロセスを、初期の論考を読み解きながらおっていく。これを読んで、私も、なるほど、と納得のいったところもある。

第二に、そのように吉本隆明を読み解くキーとして、出自・世代論から論じていることである。中流下層階級からの知的な脱却、それを、明治・大正期の文学者たち……高村光太郎であり四季派の詩人たちであり……の経験と照らし合わせ、また、著者(鹿島茂)自身の体験と照らしながら、その持つ意味を考えていく。

その概要は、次のようになるだろうか。

「高村光太郎に仮託して語られた階級離脱の覚悟と止揚の意気込みは、「名状し難い寂しさや切なさの感じ」をもってそこを離脱した者でなければわからないものだったのです。」(p.359)

まさに吉本隆明が高村光太郎に仮託して語ったことをなぞるように、著者(鹿島茂)は吉本隆明について語っている。

ざっと以上の二点が、この本を読んで、重要かと思うところである。

たぶん、吉本隆明を考えるとき、いつ頃、どのようにして、その名前に接して読むようになったのか、によって、その意味は決定的に異なることになるだろう。著者(鹿島茂)は、1949年の生まれ。タイトルの1968年の時代には、大学生であった。それに先だって、高校生のころから、吉本隆明の読書体験があった。

なお、平凡社ライブラリー版の解説を書いているのは、内田樹。解説を読むと、著者(鹿島茂)より、大学では二年後になるという。が、これも、高校生のころに吉本隆明を読んでいる。

だが、私が、吉本隆明を読み始めたのは、大学生になってからであった。1955年の生まれだから、鹿島茂や内田樹よりも、すこし後の世代になる。それでも、その当時の大学生にとっては、一種の「必読書」であった。まあ、中には、吉本隆明に触れずに過ごしている学生もいたのではあるが。

大学のキャンパスは落ち着きをとりもどしていた。吉本隆明は、すでに勁草書房版の著作集があった。『言語にとって美とはなにか』などは、著作集版で読んだのを憶えている。

ただ、その時、すでに、国文学、国語学に自分の勉強の目標を定めていた私にとっては、『言語に……』は、そのままストレートに読むというよりも、日本語について論じた本の中の一つとして読んだことにはなるのだが。

そして、『共同幻想論』をまともに読まずにきていることは、すでに書いた。

やまもも書斎記 2016年11月2日
ちくま日本文学全集『柳田國男』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/02/8240413

晶文社版の全集は、既刊分は買ってある。時間ができたら、初期の「高村光太郎」など、読んでおくことにしようかと思っている。やはり、私にとって、吉本隆明は、きちんと読んでおきたい人のひとりなのである。

また、この本で論じられている、出自・社会的階層の観点からいえば、自分の生涯をかえりみて(まだ、かえりみるというほどの年ではないかもしれないが)、深く共感するところがある。この『吉本隆明1968』という本は、吉本隆明論でありながら、すぐれた出自・社会的階層論として読むこともできる。

出自・社会的階層論という意味において、今日のように、両極端に社会階層が分裂しているような時代にあっては、改めて読まれていい仕事として、この『吉本隆明1968』はあると思うのである。

『わろてんか』あれこれ「風鳥亭、羽ばたく」2017-11-19

2017-11-19 當山日出夫(とうやまひでお)

『わろてんか』第7週「風鳥亭、羽ばたく」
https://www.nhk.or.jp/warotenka/story/07.html

前回は、
やまもも書斎記 2017年11月12日
『わろてんか』あれこれ「ふたりの夢の寄席」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/12/8725651

この物語は、「内助の功」の物語なのだろうか。それは、それでいいのだが。

どうも「笑い」をあつかったドラマではあっても、コメディではない。芸人、芸能の世界の哀切、あるいはリアルな現実を描くというわけでもないようである。

まあ、芸能の興行の世界には、いろいろな利権もあり派閥もあるのだろうが、そのような裏の面は、このドラマではあまり出さない方針のようだ。どのようであれ、庶民の娯楽としての「笑い」の世界があるのだ、ということを軸にしている。芸能の世界での伝統派、オチャラケ派ということは出てきていたが、深刻な対立に巻き込まれるということもなく、無事に寄せを経営できるようでもある。

「笑い」の世界のなかで、寄席の経営で生きていくことになる、夫婦の物語として見ればいいのだろう。そのたよりない夫を笑顔で支える妻(てん)の「内助の功」の物語、という感じで今は展開している。

この週も伊能栞が登場してきていた。寄席の商売で苦労する藤吉とてんによりそう、だが、その一方で冷徹な打算をひめているビジネスマンかなと思っていたが、これもそうではないようだ。活動写真に興味があるという。また、芸能の世界の裏事情にも、藤吉などよりもはるかに通じているらしい。

それから、巧いと思ったのは、土曜日の、落語(時うどん)のシーン。笹野高史の喜楽亭文鳥の落語、時うどんが面白かった。ドラマの中のシーンであることをわすれて、思わずテレビを見て笑っていた自分に気付く。

次週の予告ではどうなるか、展開が読めない。ともあれ、楽しみに見ることにしよう。

『彼岸過迄』夏目漱石2017-11-18

2017-11-18 當山日出夫(とうやまひでお)

夏目漱石.『彼岸過迄』(定本漱石全集).岩波書店.2017
https://www.iwanami.co.jp/book/b287531.html

『彼岸過迄』の単行本は、大正元年(1912)である。

いわゆる修善寺の大患の後、後期の漱石の長編作品の最初になる。これまで、なんとなく読んではきた本である。だが、今回、順番に漱石の作品を読んでいってみようと思って、ある意味、この作品が一番面白いとも感じる。いや、漱石を理解するうえで、もっとも重要な位置をしめる作品、といった方がいいだろうか。

後期の漱石の作品は、近代社会における個人の生き方の問題を追及している。その作品群のなかにあって、この『彼岸過迄』に、その後期の漱石が書こうとしたことの、すべてが凝縮されているような気がする。

作品としてはまとまっていない。連作短篇という形で、ある程度の長さの長編を書こうとして、まとまりなく、なんとなく終わりになってしまったという感じの作品である。だが、これも、『行人』と同様、書いているうちに、どうしても、近代社会における個人という問題を避けてとおれず、そのテーマについての叙述にのめり込んでしまった、そんなふうに読める。だから、書いてあることが、ある意味でかなり露骨な書き方になっている。小説のストーリーとして語る……『心』はそれに成功していることになるだろうが……ことには、失敗している。が、それだけに、非常に率直に作者(漱石)が、思っていること、感じていることを、語っていると読める。

このような小説を書いた漱石にとって、近代社会における個人とは何であったのだろうか。また、修善寺の大患を経て、何を考えたのだろうか。

近代文学を専門にするのではないという立場の私としては、このあたりのことを考えながら、その他の、短篇、随筆、日記、書簡など……これらの多くは、主要なものが文庫本で読めるようになっている……読んでみようかと思っている。

それから、自分の目できちんと読んでおきたいと思っているのは、漢詩文。これは、今の「定本漱石全集」版の、その巻が出てからのことにするつもり。

『漱石詩注』(吉川幸次郎)など、目をとおしてはみているが、どうも、今ひとつよくわかならないところがある。最新の注釈のついたテキストで読んでおきたいと思っている。

もう隠居のときである。楽しみとしての読書、そのなかで、漱石の作品を読んでいくつもりである。

『行人』夏目漱石2017-11-17

2017-11-17 當山日出夫(とうやまひでお)

夏目漱石.『行人』(定本漱石全集).岩波書店.2017
https://www.iwanami.co.jp/book/?book_no=297944

『行人』の単行本の刊行は、大正3年(1914)である。

『明暗』からさかのぼって漱石の作品を読んでいっている。『行人』は、漱石の後期の作品のなかで、気にいっていたものの一つである。若いころのことだが。

若いころ……学生のころ……漱石の作品で一番すきだったのは、『猫』である。諧謔のうらにある神経衰弱なやむこころにひかれていた。そして、その同時代のことを描いた『道草』も、何度か読みかえしている。『猫』を書いたころの漱石との違いなど、思ったものである。

『行人』は、連作短篇という形式をとってはいるが、たぶん漱石が書きたかったのは最後の「塵労」の章なのだろうとは思う。これが、普通の読み方だろう。

どうしても人を信用することのできない、人間不信におちいった兄の姿をそこに見いだすことになる。月並みな言い方になるが、近代社会における個人・自我の問題を、つきつめた形で表現してある。

一つの小説としては、その後に書かれた『心』『道草』のような、全体としてのまとまりには欠ける。着地点を考えずに、とにかく書いていってみて、新聞に連載してみて、最後に、兄の孤独な精神を描いて終わりになったという印象である。

近代文学を専門にしているというわけでもない、一人の読者として、楽しみとして本を読む、そのような立場で読んでみて、『行人』に描かれた兄の姿には、やはり、『心』における先生を重ねて読んでしまう。どうにもすくわれようのない近代の孤独におちいってしまった人間の姿である。

だいたい十年おきぐらいには、漱石の主な長編をまとめて読み返すことにしている。この前、読んだのは、Kindleであった。その時の印象としては、『行人』の兄に一番共感するものを感じて読んだのを憶えている。

今回、新しい「定本漱石全集」版で、読み直してみて、一番好きな作品はといわれると『明暗』になる。その『明暗』の面白さが、若いころにはわからなかった。人生のそれぞれの時期に応じて、面白い作品がある。これが、漱石がいまだに人気のあるゆえんかもしれない。

ところで、「定本漱石全集」は、自筆原稿主義である。だが、『行人』は、(幸いなことに、あるいは、不幸なことに)自筆原稿が残っていない。初出の新聞連載、そして、単行本を底本としてあつかってある。だから、総ルビである。私は、この方が、読みやすい。

で、気になったのが「彼女」。「かのぢよ」か「かのおんな」なのか。両方でてくる。付箋をつけながら読んでみたのだが……どうも、明確な区別があるようには読み取れなかった。

あるいは、このことについては、すでに論文などあるのかもしれないと思っているのだが、面倒なので、特に調べもせずにおいてある。自筆原稿主義もわからなくはないが、その当時の読者が、どんな本文を読んでいたのかわかるという意味での初出主義も本文校訂の方針としてあってよい。

『心』夏目漱石2017-11-16

2017-11-16 當山日出夫(とうやまひでお)

夏目漱石.『心』(定本漱石全集).岩波書店.2017
https://www.iwanami.co.jp/book/b308238.html

新しい「定本漱石全集」版は、2017年の刊行だが、『心』の初版が出たのは、大正3年(1914)のことになる。今からざっと100年前である。

『明暗』を読んで、順番に逆順で漱石の作品を読んでいっている。『道草』は新しい校訂になるはずなので、配本が後になっているようだ。『道草』をとばして、『明暗』の前の作品というと『心』になる。

おそらく漱石の作品のなかで最も有名な作品のひとつ。この作品も何回かよみなおしている。よみなおすたびに、いろいろ思うところがある。今回よみなおしておもったことをいささか。

今回、よみなおしてみて感じたこと……それは、「明治」という時代のおわり、明治天皇の崩御ということがなくても、この作品はなりたっている。だが、そのことが、作品の最後にくりこまれることによって、先生の死が、よりいっそう謎めいたものになっている、ということである。

確かに、漱石がこの作品を書いたのは、大正になってからであり、明治天皇崩御、乃木希典の殉死という事件を経た後に、それをふまえて書いていることは、文学史の常識といっていいのだろう。だが、そのことがわかっていて読むと、なぜ先生は「明治」に殉じなければならなかったのか、このことが、作品の重要なポイントになって表れてくる。これはこれで、作品の読み方として、普通の読み方である。

しかし、『心』を最初から読んでいくと、何も「明治」に殉じなくても、先生の死はあり得たと感じられる。明治天皇の死がなくても、この作品は、充分になりたつ。

勝手に思ってみるならば、漱石は、「明治」に殉じる小説を書きたくて、この『心』を書いたということになる。それほどまでに、「明治」の終わりは、歴史にのこる印象深い出来事であったことになる。たぶん、これが一般的な『心』の理解だと思う。

明治天皇については、以前、書いたことがある。

やまもも書斎記 2016年5月29日
米窪明美『明治天皇の一日』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/05/29/8097931

やまもも書斎記 2016年6月13日
米窪明美『明治宮殿のさんざめき』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/06/13/8110191

「明治」という時代、それを、今の私たちは、歴史として知っている。だが、漱石の作品を現代において読むとき、「明治」という時代があったことが、目の前にたちあらわれてくる。いや、漱石を読むことによって、今の私たちは、「明治」という時代を感じているといった方がいいのかもしれない。

もうじき、平成の時代が終わろうとしている。今上天皇は退位の意思をしめされ、その方向でことがはこびそうである。かつて、昭和がおわったとき、それは国民的熱狂とでもいうべき祝祭的事件であった。このことについても、ちょっとだけ書いたことがある。

やまもも書斎記 2017年10月9日
『街場の天皇論』内田樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/10/09/8698916

「平成」が終わるとき、私たちはどのようにその時を迎えるのであろうか。そのようなことを考えるとき、かつて「明治」の終わりをどのように人びとがむかえたか、歴史的に検証する必要もあるにちがいない。たぶん『心』という小説が読み継がれていく限り、「明治」という時代の終わりについても、なにがしか語り継がれていくものがあるにちがいない。それを文学として書き残した作家として、漱石は今後も読まれることになる。

『明暗』を読むと、大正時代の小説、20世紀の小説という印象がある。しかし、『心』はまだ「明治」の小説である。「明治」という時代を描いた小説家として漱石は、これからも読まれることだろうと思う。

そして、「平成」が次の時代になるとき、私たちは、どのような文学をそこに見いだすことができるであろうか。

ニシキギ2017-11-15

2017-11-15 當山日出夫(とうやまひでお)

水曜日なので花の写真。今日は、ニシキギ。

家の中庭で花のさいている木を目にした。とりあえず、写真には撮ってみた。名前がわからないので、WEBで質問してみた。ニシキギか、あるいは、コマユミらしい。小さい板状のものが枝から出ていれば、ニシキギとのこと。手元の図鑑などでも、確認してみるとそのように書いてある。

改めて再度見てみると、枝から小さい板状の突起がでているのが確認できる。ニシキギである。

例によって、ジャパンナレッジで日本国語大辞典を検索してみる。ニシキギの項目では、多識編(1631)から用例がある。近世になってから、この名称で残っているようである。

ただ、「にしきぎ」ということば自体は、古く、拾遺和歌集からある。ただ、樹木の名称としてではない。「にしきぎ(錦木)」という語は、なんとなく雅びである。語としては、かなり古くから使われてきたようである。

ニシキギ

ニシキギ

ニシキギ

ニシキギ

Nikon D7500
AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR