『西郷どん』あれこれ「立派なお侍」2018-01-16

2018-01-16 當山日出夫(とうやまひでお)

『西郷どん』2018年1月14日、第2回「立派なお侍」
https://www.nhk.or.jp/segodon/story/02/

前回は、
やまもも書斎記 2018年1月9日
『西郷どん』あれこれ「薩摩のやっせんぼ」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/01/09/8765996

この週のタイトルは「立派なお侍」である。これは、この後の歴史の展開を考えると、かなり意味があるように思える。

明治維新になって、廃藩置県を断行できたのは西郷隆盛がいたから、というのが、まあ常識的な日本史の知識。つまり、西郷隆盛は、侍の時代……徳川封建制……を、終わらせた男なのである。

その西郷隆盛が、若い時には、「武士」であることに自覚的である。武士とはいかなる存在か、また、領民に対してどのように接するべきか、自分の仕事のなかで思い、なやみ、苦闘するというのが、この週の話し。

また、回想場面でも出ていたが、島津斉彬が、新しい時代の武士の姿を予見していた。はたして、島津斉彬は、武士の時代が終わりになることまで考えていたのだろうか。

このドラマ、おそらくは、武士とは何であるのかを問いかける展開でいくのかもしれないと思って見ていた。もし、最後、西南戦争まで描くとすると、西郷隆盛は、武士として死ぬことになるのかもしれない。

言われることであるが、西郷隆盛は、近代と反近代を、矛盾することでありながら、その一身のうちにふくんでいた人物である。その反近代を言い換えるならば、武士としてのあり方ということになるのだろう。

ところで、このドラマを見ていると(まだ二回目であるが)、薩摩の国に対するパトリオティズム(愛郷心)が、非常に強く描かれている。桜島の風景がじつに印象的である。また、薩摩の郷中の暮らしも、どこかしら牧歌的でもある。

そのなかにあって、ただひとり、島津斉彬だけが、日本の危機を見ている。西欧列強諸国が日本にせまりつつあることを、実感している。ここにあるのは、おそらくは、新しい感覚としてのナショナリズムといっていいだろう。私は、ここでナショナリズムを否定的な意味で使おうとは思わない。19世紀半ば、幕末の日本にあって、日本という国と諸外国を広く見渡す視野をもって、日本の国のゆくすえを考えているという程度の意味である。

薩摩の土地に対するパトリオティズム(愛郷心)、主君・島津斉彬に対する忠誠心、それから、明治維新をなしとげ、近代国家を目指し確立する軸としてのナショナリズム……これらの要素をこのドラマは、これからどのように描くことになるのか、考えながら見ていきたいと思っている。

ただ、ちょっと気になったこととしては、このドラマにおいても、農民=米作という図式であった。近世期における百姓とは、もっと多様性のある存在であったというのが、今日の歴史学の知見だろうと思うのだが、このドラマでは、かなりステレオタイプの農民が描かれていた。

農民の描き方もステレオタイプであるならば、武士の描き方も、ある意味でステレオタイプである。これはこれとして、このドラマの作り方なのであると思う。だが、武士の時代を終わらせた西郷隆盛を描くならば、ここは、もっと深く武士とは何であるのか、問いかけるような展開があってもいいように思っている。

『わろてんか』における方言2018-01-15

2018-01-15 當山日出夫(とうやまひでお)

このドラマの話しの運びからいって、伊能栞の母親は、もう登場しないだろうと思われるので、ここで書いておくことにする。

母親(志乃)は、東京下町ことばを話していた。東京で地震があったことを知った伊能栞は、向島のあたりのことを心配していた場面があった。たぶん、向島は母親(志乃)が住んでいたあたりになるのだろう。向島は下町である。

東京の下町で芸者をしていた母親が産んだ子供が栞である。

だが、その伊能栞は、大阪でビジネスをしていながら、東京ことば(山の手ことば)で話している。東京下町ことばは、うかがえない。はたして、伊能栞の母方言はいったいどのことばであるのだろうか。中学まで母親と一緒に暮らしていたとするのならば、東京下町ことばを話していてもおかしくはないのだが。

これは、活動写真という新しい娯楽ビジネスを手がける近代的なビジネスマンとしての伊能栞には、東京のことばでも、山の手ことばの方がふさわしいということである。言い換えるならば、東京下町ことばは似合わない。伊能栞の生いたちはともかくとして、近代的ビジネスマンには、大阪での仕事の場面でも、東京(山の手)のことばがふさわしいということになる。

大阪で商売をするなら、郷に入れば郷に従えで、大阪ことばを話していてもいいようなものであるが、そうはなっていない。近代的なビジネスを表すものとしては、大阪ことばはふさわしくないのである。伊能栞が無理に大阪ことばをつかう場面は、ぎこちなさがともなっている。

それから、てんのことばであるが、これは一貫して京都ことばになっている。これも、大阪で商売をするからといって、大阪ことばになってはいない。もっとざっくりというならば、大阪のおばちゃんのことばにはなっていない。

テレビドラマで、登場人物がどの方言を話しているかという設定は、そのドラマの意図にしたがっている。この観点からは、伊能栞は近代的なビジネスマンとしてこれからも出てくることになるのであろうし、てんは京都育ちということを背景にしての、藤吉をささえる内助の功を描くことになるのだと思って見ている。

『わろてんか』あれこれ「泣いたらあかん」2018-01-14

2018-01-14 當山日出夫(とうやまひでお)

『わろてんか』第15週「泣いたらあかん」
https://www.nhk.or.jp/warotenka/story/15.html

前回は、
やまもも書斎記 2018年1月7日
『わろてんか』あれこれ「みんなの夢」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/01/07/8764502

どうやらこのドラマは、スピードでいくようだ。これまでのことでも、大阪での米問屋でのこととか、寄席を始めてからのこと、安来節の公演、それから、団吾師匠と団真とお夕のエピソード……これらが、基本的に一~二週で終わって、次の話題にうつっていく。よくもわるくも、過去のことが伏線となって、後の展開に影響することがない。米問屋のごりょんさんも、あっさりとアメリカに行ってしまったきりである。

この週は、伊能栞とその母親の物語。関東大震災を背景にして、親子の物語が描かれていた。ここで出てきたのは、記憶喪失のこと。母(志乃)は、地震の時に怪我をして、記憶を失う。それが、キースとともに大阪にやってくる。伊能栞の母親であった。大阪で記憶がもどった志乃は、親子であることを否定しようとして、東京に帰ろうとする。一方、伊能栞の方も、母親に心をひらこうとしない……このようなドラマ、前作『ひよっこ』であれば、ドラマの全体をかけてじっくりと描いたところである。それを、この『わろてんか』では、一週間で終わらせている。土曜日の8時10分ごろには、めでたくおさまっている。

これはこれとして、このドラマの方針として、あってよいと思って見ている。 記憶喪失のことが、『ひよっこ』を見ていた印象からすると、軽く描きすぎではないかという気もする。また、安来節の少女たちが出なくなってしまったのは、ちょっと残念な気もするが、元気でやっているということなのであろう。

ところで、この週でひかっていたのは、志乃。東京で芸者をしていたが、子供を、その将来のことを思ってであろう、伊能の家にひきわたした。記憶がもどってからも、そのことを否定して東京にかえろうとする。このあたりの心情の機微を、銀粉蝶がじつにうまく演じていた。

次週は、ラジオ放送をめぐっての一騒動ということになるようだ。てんの経営者としての判断、あるいは藤吉への内助の功がどのように描かれるか楽しみに見ることにしよう。

『現代秀歌』永田和宏2018-01-13

2018-01-13 當山日出夫(とうやまひでお)

永田和宏.『現代秀歌』(岩波新書).岩波書店.2014
https://www.iwanami.co.jp/book/b226294.html

たまたまテレビをつけたら、歌会始の中継だった(2018年1月12日)。「歌」というものについて、考えるとき、はるか古代の万葉の時代から、今日にいたるまでの、様々な歴史がある。純粋に文学として享受する方向もあるだろうし、(私がかつて学んだような)折口信夫のように民俗学的な方向から考えるアプローチもある。

歌会始には、新年にあたり、天皇が、一般から歌を募集し、そしてまた自らも歌を詠む……ここには、千年以上にわたる、この国における、天皇と歌との関係がひきつがれていることを見てとれる。

しかし、その一方で、歌、特に短歌は、近代になってから、新たな文学の領域を開拓していった、文学の形式の一つであるともいえよう。この意味での現代における短歌のあり方を考えるうえで、この本は非常に参考になる。

すでに、この本については、各方面からいろんな評価がなされているだろう。ここでは、私が読んで一番印象に残った歌について書いておきたい。

「ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば聲も立てなくくづをれて伏す」

宮柊二、『山西省』(昭和24年)

おそらく近代になってから、戦争において、いったどれだけの歌が詠まれたことであろうか。おそらくは、日清・日露の戦争の時代から、日中戦争、太平洋戦争の時代にいたるまで、様々な立場で、様々な内容の歌が詠まれてきたにちがいない。

そのなかには、戦意高揚の歌もあったろう。あるいは、戦死を嘆く歌もあったにちがいない。あるいは、死地に赴く身の上を歌に託した軍人・兵士もいただろう。たぶん、それらの大部分の歌は、文学とは認められないできている。今の時代、戦意を鼓舞するような歌を、文学とは認めることはない。

私は、ここでそれらの大量の歌を文学と認めるべきだといいたのではない。文学以前のものとして、そのような歌が詠まれてきたことを率直に認めることが重要だと思うのである。歌というものが、為政者にとっても、また、庶民・兵士にとっても、戦争にあたっての様々な思いを託すことのできる文学の形式であったこと、そのことの歴史的な意味について思ってみる必要がある。

太平洋戦争の開戦を決定した御前会議において、昭和天皇が、明治天皇の歌を読み上げたことは、広く知られていることである。明治天皇も、日常的に歌を詠んでいた。昭憲皇太后も歌を残している。

そのような歴史的背景があるものとして近代の歌を考えてみたとき、宮柊二の戦時中の兵士としての出来事を詠んだ歌は、改めて意味のあるものとして現れてくることになると感じる。

古代から連綿と続く歌の歴史を考えてみるときに、近代・現代になって、歌人がそれぞれに歌の領域をさぐってきた。私は、狭義の文学ではなく、広義に文学以前の文学までふくめて歌というものを考える視点こそ、近代・現代の歌のもつ意味を把握するうえで重要になると考えている。この意味において、折口信夫のような民俗学的な歌の理解は、再考察されるべきであると思う。

歌会始のような伝統的儀礼における歌、それを考えると同時に、近現代における文学としての短歌、これらを総合的に見ることが求められる。

『現代秀歌』の著者、永田裕和は、歌会始の選者のひとりでもある。現代を代表する歌人が歌会始の選者をつとめることの歴史的意味というものについて、少し考えてみたりしている。

『武揚伝 決定版』佐々木譲2018-01-12

2018-01-12 當山日出夫(とうやまひでお)

佐々木譲.『武揚伝 決定版』(上・中・下)(中公文庫).中央公論新社.2017 (中央公論新社.2015)

http://www.chuko.co.jp/bunko/2017/11/206488.html

http://www.chuko.co.jp/bunko/2017/11/206489.html
http://www.chuko.co.jp/bunko/2017/11/206490.html

やまもも書斎記 2017年12月21日
『武揚伝 決定版』(上)佐々木譲
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/21/8752206

やまもも書斎記 2017年12月25日
『武揚伝 決定版』(中)佐々木譲
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/25/8754718

やまもも書斎記 2018年1月5日
『武揚伝 決定版』(下)佐々木譲
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/01/05/8762607

三巻を読み終わってのまとめて思ったことなど、いささか。三点ほど書いてみる。

第一に、万国公法である。今日でいう国際法、これにのっとるかたちで、榎本武揚はたたかっている。交戦団体としての、外国にみとめられる存在であること。言い換えるならば、(このような表現はこの小説では言っていないが)ゲリラではない、ということである。京都の政権に対して、奥羽越列藩同盟は独立した主権をもつものとして、あつかわれている。

そのため、その当時の列強諸外国も、戊辰戦争については、局外中立の立場をとった。そのことを背景にして、榎本武揚の戦いもあった。

戊辰戦争という内戦を、国際的な視点から見る、ということになる。もし、戊辰戦争のとき、イギリスやフランスなどが、それに乗じて内戦に加わっていたならば、日本の明治維新はなかったかもしれない。それを避けたという意味においても、武揚の戦い方の意義があったことになる。

この小説を読んで感じたことであるが……独立した組織であり、かつ、武力をそなえているならば、それは、国際法上の独立国とみなしうる……これは、『沈黙の艦隊』の論理である。さもありなん、下巻の解説(忍澤勉)で、このことに言及してあった。

第二に、自由と平等の共和国である。榎本武揚は、蝦夷ヶ島(後の北海道になる)に、京都政権とは独立した自治の国を建設しようとした。それは、自由と平等を基本理念とする、共和制の国である。

これは、その後、明治維新の後の日本……立憲君主制による中央集権国家の樹立……と対比して見るとき、あり得たかも知れない、日本の近代のもうひとつの姿ということになる。明治維新後の日本の国家の歩みを相対化して見る視点がここにはある。

第三に、この小説は戊辰戦争までで終わっている。だが、榎本武揚は、その後、明治政府のもとでも活躍している。開拓使出仕、ロシア駐在全権大使、清国駐在全権大使、逓信大臣、文部大臣、外務大臣、農商務大臣、などを歴任している(下巻、p.526)

このことについて、著者(佐々木譲)は次のように記している。

「明治政府の手に負えぬ事業が出てきたとき、そのつど武揚がプロジェクトの現場と実務の責任者を引き受けたということである。」(p.526)

戊辰戦争後の武揚の事跡については、一ページほどの記述があるにすぎないが、近代国家としての明治の日本がなりたっていくために、なくてはならない人物であったことが理解される。

このような人物について、その若い時……戊辰戦争のとき、武揚は三十二才であった……のことで、この小説は終わらせている。もし、その後の武揚の活動を描写していくならば、そのまま、明治の日本の近代化の歴史に重なるものとして描かれることになるであろう。

以上の三点ぐらいが、『武揚伝 決定版』を読んで思ったことなどである。

中央公論新社が、このときにこの本を出したというのは、明治150年ということで、それに関連する本をということなのかもしれない。が、そのようなこととがあるとしても、150年前の明治維新を考えるとき、戊辰戦争で負けた側、幕府側に、武揚のような人間がいたということは、興味深い。えてして歴史は勝った側から描かれがちである。この意味において、負けた側の立場からの歴史小説ということで、この作品の価値がある。また、明治維新とは何であったかを、改めて考えるきっかけになる作品であると思う。

「決定版」の後書きを見ると、新しく出てきた史料などによって、かなり榎本武揚の評価は変わってきているらしい。明治維新の歴史も、150年を経て、新たな段階になってきたということである。

梅の冬芽2018-01-11

2018-01-11 當山日出夫(とうやまひでお)

いつもは、花の写真は水曜日なのだが、昨日はNHKの『平成細雪』のことについて書いたので、今日になった。

我が家には梅の木が一本ある。かなりの老木である。花を咲かせるのは、かなり遅い。その梅の木の冬の時の様子を写してみた。

梅という花……『万葉集』の昔から、歌に歌われてきた花である。それが、桜より多いというのは、知られたことであろう。ちなみに、『万葉集』で最も多く歌われている花は、萩であるとのこと。(このあたり、古典文学についての知識として知っていることである。実際に自分で『万葉集』を読んで数えたということではない。)

写真は、すべてRAWで撮ったものを処理してある。といってもたいしたことはしていない。ホワイトバランスの調整ぐらいである。かなりの枚数を写してみたが、気にいったものはさほど多くはない。

露出はオートであるが、ピントはマニュアルである。接写の場合、オートフォーカスよりも、手動の方が簡単に自分の意図した箇所にピントが合わせられる。もちろん三脚をつかっている。

これからさらに寒くなって、温かくなり始めたころに梅の花が咲く。この梅の木を観察していこうと思っている。

梅

梅

梅


梅

Nikon D7500
AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR

NHK『平成細雪』第一話2018-01-10

2018-01-10 當山日出夫(とうやまひでお)

いつも水曜日は花の写真の日なのであるが、ちょっと変則的に『平成細雪』にする。(花は明日の予定)。日曜日の夜の放送なので、見てから(録画)文章を書くと、今日ぐらいになる。日曜日は、大河ドラマ『西郷どん』もあるので順番に書いていくと今日になる。

平成細雪
http://www4.nhk.or.jp/P4696/

『平成細雪』であるが……まず、確認しておかなければならないのは、谷崎潤一郎の著作権がすでにきれていることが、この番組の背景にあるだろうということ。谷崎潤一郎は、1965年に亡くなっている。保護期間が満了している。その作品はすでにPDである。自由に使うことができる。たぶん、このことがなければ、NHKは『細雪』(谷崎潤一郎)を原作にして、『平成細雪』を制作することはなかったろう。

『細雪』については、すでにこのブログで去年とりあげて書いている。

やまもも書斎記 2017年2月1日
『細雪』谷崎潤一郎(その一)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/02/01/8346499

NHKのドラマであるが、原作『細雪』(谷崎潤一郎)を読んでいれば、なおのこと楽しめる。が、読んでいなくても、それなりにドラマの世界にはいっていけるように作ってある。

NHKの番組HPを見て気付いたこと、それは、このような文言があることである。

「失うほど、彼女たちは、華になる。」

以前、このブログに『細雪』について書いたとき、角川文庫版の解説(内田樹)について言及しておいた。それをもう一度確認しておきたい。

「『細雪』は喪失と哀惜の物語である。指の間から美しいものすべてがこぼれてゆくときの、指の感覚を精緻に記述した物語である。だからこそ『細雪』には世界性を獲得するチャンスがあった。」(pp.298-299)

「「存在するもの」は、それを所有している人と所有していない人をはっきりと差別化する。だが、「所有しないもの」は「かつてそれを所有していたが、失った」という人と、「ついに所有することができなかった」人を〈喪失感においては差別しない〉。谷崎潤一郎の世界性はそこにあるのだと私は思う。」(p.300) 〈 〉内、原文傍点

このドラマのHPの文言は、内田樹の解説をなぞっているかのごとくである。喪失と哀惜の物語として、『平成細雪』を作ったと理解される。そして、そのドラマは、まさしく現代……もう「平成」という時代(元号)の終わりが日程にのぼっているとき……になって、かつての時代……それを今では「バブル」ともいう……の栄華に、思いをよせている。

原作『細雪』も、失ったものへの哀惜の物語であった。その時代的背景としてあるのは、昭和初期の不況、日中戦争、太平洋戦争、である。NHK『平成細雪』の背景にあるものは、かつての高度経済成長からバブル景気を経ての、日本経済の崩壊と疲弊である。ドラマは、蒔岡の会社の破綻からスタートしていた。時代設定は、平成4(1992)年であった。まさに、バブル崩壊の時期に設定してある。

失ってしまったものこそ美しい。その哀惜の美学とでもいうようなものを、主演の四人の女優がみごとに演じていた。そして、それぞれの役柄の個性がいかんなく発揮されていた。

『細雪』の映像化というと、どうしても私などは市川崑監督の映画を思い出してしまう。吉永小百合が雪子を演じていた。そのイメージがあったのだが、NHKドラマでは、伊藤歩が、もし雪子のような女性が本当にいたならさもあらんという雰囲気を出していた。これはよかった。

雪子の性格というか人物造形は、今の時代にしてはどこか浮世離れしている。だが、それを、リアルに、そして、いくぶんの滑稽さを感じさせるように演じていた。ドラマの中の人物とはいえ魅力的であった。ひょっとすると、今でも、芦屋あたりには、このようなお嬢様がいるのかもしれないと思わせたりもする。

ところで、『平成細雪』には、花見とか蛍狩りのシーンはあるのだろうか。冬の放送だから、撮影したのは、去年の秋ごろだろう。とすると、桜の花のシーズンではない。蛍狩りも無理かもしれない。しかし、ここは、桜のシーンが是非ともあってほしいと思うのだが、どうだろうか。

蒔岡の四人姉妹が並んで歩くシーン。このロケ地は、私の記憶にある風景としては、宇治の興聖寺だと感じたのだが、これはどうなのだろうか。

なお、ちょっと気になったこととしては、写真をとるシーン。室内でのスナップ撮影であったが、フィルムカメラであったとおぼしい。たぶん、使っていたのはライカか。この時代(平成5年)には、まだデジタルカメラの時代ではない。今日なら、高感度で室内でもフラッシュ無しで撮影もできる。しかし、その時代のフィルムであれば、室内では、フラッシュは必要である。このあたり、ちょっと違和感を感じた。

次週も楽しみに見ることにしよう。

『西郷どん』あれこれ「薩摩のやっせんぼ」2018-01-09

2018-01-09 當山日出夫(とうやまひでお)

『西郷どん』2018年1月7日、第1回「薩摩のやっせんぼ」
https://www.nhk.or.jp/segodon/story/01/

今年のNHKの大河ドラマは西郷隆盛が主人公。『西郷どん』である。これも、去年の『おんな城主直虎』に引き続き見ることにしようと思う。

去年の『おんな城主直虎』が、資料にとぼしい人物を主人公にして……本当に直虎が女性であったのかも不明……歴史のドラマを描いていたのに対して、今年は西郷隆盛という、超有名な人物。エピソード、資料が、かなり残っている。そのなかで、どのようなドラマを描き出すか、興味深いところである。

冒頭の始まりは、上野の西郷隆盛の銅像の除幕式から。ここで、西郷の未亡人が、「西郷は、あんな人ではなかった」と発言したのは、有名な話しだと思う。ここの場面を最初にもってきたということは、今回の西郷隆盛の脚本は、かなり大胆に「歴史」にきりこんでいくのかと予感させる。

脚本は、中園ミホである。NHKでは、朝ドラ『花子とアン』の脚本を書いている(これは、今、BSで再放送している。)『花子とアン』を見ていると、史実としての村岡花子の生涯を、かなり大胆に改変している。この大胆さが、中園ミホ脚本の面白さということになるのかもしれない。(ちなみに、『花子とアン』にも、西郷役となる鈴木亮平が出ている。)

この意味では、史実かどうか史料がない、西郷隆盛の幼年の時のエピソードとして、島津斉彬との対面シーンを設定したのは、興味深い。たぶん、これからも、史料からはなれて、大胆な筋立てで、西郷隆盛という人物を描くことになるのだろう。

それにしても、第1回の最初から、島津斉彬との対面シーンがあったのには、すこし驚いた。

その島津斉彬であるが、話していることばは、江戸語であった。まあ、これは、江戸藩邸で生まれ育ったということなのだから、そうでもいいかもしれない。それに対して、父親(斉興)、弟(久光)は、薩摩ことばであった。

このあたり、江戸にいて最新の世界の情勢を見ている斉彬の開明性と、薩摩という地方にいて封建領主(大名)の立場にいる、斉興、久光の、封建的頑迷さとの対比の演出ともとれる。

登場人物にどのようなことばを話させるかは、かなり意図的に選んでいると思う。(実際に、その人物たちがどのようなことばを話していたかということとは別にして。)

興味深かったのは、菓子をつつんであった紙、世界地図に出てきた、鹿児島のローマ字綴り。私の見た記憶では、

Cangoxina

とあったように覚えている。キリシタン時代のローマ字綴りに似ている。このあたり、Facebookで書いてみたら、いろいろコメントをもらった。何によったかは、時代考証としてさだかではないにしても、このようなローマ字綴りはかつてあったらしい。

もうちょっと時代が新しくなれば(明治以降になれば)、ヘボン式でもいいのかもしれないが、まだ、江戸時代、鎖国の時代である。

そのような時代にあって、世界のなかにおける、日本、そして、鹿児島……それは、世界の片隅の小さな島の、その一地方である……という視点からドラマを始めるというのは、これはこれで、面白い着眼点である。

ところで、私は、鹿児島には、かつて、1~2回ほど行ったことがあるかと覚えている。城山にものもぼった。私学校跡にも行ってみたりした。そして、強く印象にのこっているのは、普段の日であったにかかわらず、西郷隆盛のゆかりの場所など、きれいに掃き清められて、花が供えてあったことである。たぶん、だれか有志のひとがやっているのだろう。

西郷が死んで、100年以上になる。それでもなお、西郷隆盛という人は、地元の鹿児島の人びとから、敬愛の気持ちで慕われていることが実感できた。西郷隆盛は、いまだなお、日本の歴史のなかに、人びとの心のなかに、いきつづけている人物である。

これから、ドラマを見ながら、幕末、明治維新関係の本など、読んでいきたいと思っている。今、読んでいるのは『明治天皇』(ドナルド・キーン、新潮文庫版)。

追記 2018-01-16
この続きは、
やまもも書斎記 2018年1月16日
『西郷どん』あれこれ「立派なお侍」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/01/16/8770601

初老の読書2018-01-08

2018-01-08 當山日出夫(とうやまひでお)

ほぼ一年前に、Facebookに次のような文章を書いていた。ここに再掲載する。

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どうやら、世の中、75歳をすぎないと「老人」の仲間にいれてもらえないらしい。

ところで、「初老」ということば、何歳からか……40歳からである。とはいえ、これは昔の話し。単純に20年ほど足すならば、60歳で「初老」といってもいいだろう。ならば、私は、確実に「初老」である。「老人」の仲間入りをしてもいいだろう。

「老人」には「老人」の特権がある。それは、若い時にもどれること。若い時にできなかった趣味とか、再度チャレンジできることである。本を読んでいきたいと思う。写真もとってみたい。これまで、仕事でできなかったことに時間をつかいたい。

このような生き方もあってよいであろう。
幸い、家の仕事は、子供がやってくれるようになった。もう、「隠居」である。

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さて、このような文章を書いてから、一年どのようであったろうか。

仕事は整理することにした。それまで二校行っていた非常勤講師の仕事を一つに減らした。時間のできた分、読書にあてるようになった。読んで来たのは、主に、近代の小説……古典的な名作、名著……である。今まで読んで来なかった本をきちんと読んでおきたいと思った。その読んだ本のいくつかについては、このブログに書いてきた。

ブログに書いた本は、読んだ本(専門書などをふくめてであるが)の、半分ぐらいになるだろうか。あまり専門的な本(国語学関係)は、取り上げないようにしてきた。

それから、NHKの朝ドラと大河ドラマの感想など。別に、特に面白いと思って見ているというのでもない。毎日、毎週の習慣のようにして見ている。そして、思ったこと、疑問点など、書き綴ってきた。

文章に書くということを前提にドラマを見ていると、それなりに、いろんなことを考える。また、関連する本を読んだりもする。

今年の大河ドラマは、『西郷どん』である。そして、今年は、明治150年である。近代、幕末、明治維新ということを話題にしていろんな本が出ることだろうと思う。

これに関連して、読んでおきたいと思って積んだままになっている本としては……『天皇の世紀』(大佛次郎)、それから『遠い崖』(萩原延壽)がある。どちらも、かなり大部な本になる。が、これらの本を今年こそは読み通しておきたい。明治という時代、そして、近代という時代について、考えてみたい。

若い時に本を読むのとちがって、老年になったらなったで、それなりの読書の楽しみがある。論文を書くとかということから離れて、純然と自分の楽しみ、思索のための読書という時間をつかいたいと思うようになってきた。

今、読んでいるのは、『明治天皇』(ドナルド・キーン、新潮文庫)。それから、『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー、光文社古典新訳文庫)。

『わろてんか』あれこれ「みんなの夢」2018-01-07

2018-01-07 當山日出夫(とうやまひでお)

『わろてんか』第14週「みんなの夢」
https://www.nhk.or.jp/warotenka/story/14.html

前回は、
やまもも書斎記 2017年12月29日
『わろてんか』あれこれ「エッサッサ乙女組」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/29/8757063

この週は、安来節の公演が成功するまでの話し。

見ていて思ったことなど、いささか。

第一に、安来節の踊りを踊るとき、踊り手の女性たちは、着物のすそをたくしあげて足を出しておどっていた。ナレーションの解説によると、これは、その当時としては、かなり破天荒で大胆な姿だったらしい。

それはいいとしても、このアイデアは、元々の安来節の踊りがそうであるから、ということになっていた。このあたりの舞台での演出は、てっきりリリコからのアドバイスによるものかなと予想していたのだが、そうではなかった。

ともあれ、安来節がその当時流行した背景というか、理由について、もうちょっと説明的な描写があってもよかったように思うが、どうだろうか。

第二に、演奏である。練習のときは、レコードをつかっていた。その当時(大正時代)だから、SPレコードになるのだろう。これは、今では、国立国会図書館のデジタル資料「歴音」(歴史的音源)で聞ける。

インターネット公開されているものとしても、安来節の音を聞くことができる。

http://rekion.dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1318215

これは、1929年(昭和4年)のものである。

この当時のレコードの、音質、音量、録音時間などを考えると、舞台での公演につかうのは、どうだろうかと思っていた。

それが、本番の公演の時になると、生演奏になっていた。これは、どうかなと思う。安来にまで行って、人を探してくるとするのならば、踊り手だけではなく、歌い手も探してくるのでなければならないだろう。歌い手は、大阪の人間で間に合うということではなかったろうと思う。ここは、安来節の公演にあたって、歌い手たちと踊り手たちとの人間関係模様などを取り込んだ脚本の期待されたところである。

以上の二点が、安来節の公演について、思ったことなどである。

そして、登場人物のそれぞれがこれから「夢」を語って終わっていた。新春の週にふさわしい内容だったと思う。

次週は、関東大震災などのことが出てくるようだ。寄席の経営者としてのてんの判断もとわれる場面も出てくるのかもしれない。期待して見ることにしよう。

追記 2018-01-14
この続きは、
やまもも書斎記 2018年1月14日
『わろてんか』あれこれ「泣いたらあかん」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/01/14/8769327