コンピュータと教育についての本2010-09-02

2010-09-02 當山日出夫

広告につられて、買ってしまったのだが、あまり感心しなかった。

『デジタル教育は日本を滅ぼす』.田原総一朗.ポプラ社.2010

これを読む前に、とりあえず、次の本は読んでおいた方がいい。いくつか、自分の本棚から持ってきてみた。

『コンピュータが子どもの心を変える』.ジェーン・ハーリー/西村辨作・山田詩津夫(訳).大修館書店.1999

『コンピュータに育てられた子どもたち』.アリソン・アームストロング チャールズ・ケースメント/瀬尾なおみ(訳).七賢出版.2000

『コンピュータが子供たちをダメにする』.クリフォード・ストール/倉骨彰(訳).草思社.2001

いわゆる電子書籍の時代である。教育現場に、新たな形でコンピュータがはいってこようとしている。iPadを学生に使わせるという大学もある。電子教科書についても、いろいろとりざたされている。このような時代にあってこそ、コンピュータ(パソコン)のまだ初期の時代といっていいであろう、一昔まえに書かれた、これらの論考を再読吟味する価値はある。

少なくとも、上記の3冊の本は、私のおすすめである。

當山日出夫(とうやまひでお)

『白夜に惑う夏』2010-09-01

2010-09-01 當山日出夫

やっと読み終わった。

『白夜に惑う夏』(創元推理文庫).アン・クリーヴス,玉木亨(訳).東京創元社.2009

奥付を見ると、2009年(去年だ!)の7月になっている。去年の夏に読もうと思って買って、すぐに読めずに、月に一度ぐらいの割合で、ちょっとづつ読むということになってしまった。

一般的にいって、このてのミステリは、いっきに読んでしまった方が面白いにきまっているのだが、しかし、この作品、なぜか、途中で放棄しないままで、一年間もかかってしまった。それでも、最後まで、読める!

最初の出だしはとても魅力的。だが、話が本筋になると、とくに、大事件・大活劇があるというわけではなく、淡々と、北のシェトランド諸島の、人々の日常生活が描かれる。その中に、ところどころに挿入される、何かしらひっかかる謎のいくつか。

あっと驚く結末というよりも、北の小さな島に暮らす人々の日常の生活の延長にある、ごく自然な出来事としての事件、そんな感じで、事件は週末を迎える。ま、人によっては、あるいは、いっきに読んでしまえば、別の感想をいだいたかもしれないが、一年かけて読んだ感じとしては、こんなところ。

時間がゆるすなら、やはりいっきに読んでしまうにこしたことはない。

この作品、前作『大鴉の鳴く冬』にひきつづく、シェトランド諸島を舞台とした四部作の第二作目にあたる。ミステリとしては、前作『大鴉……』の方がいいかなという感じもするが、これからつづく四部作をとおして、評価したい作品である。

當山日出夫(とうやまひでお)

新しいパソコン2010-08-31

2010-08-31 當山日出夫

まあ、式年遷宮のようなものだとおもうことにする。一定期間がすぎたら、パソコンを新しくする。そのついでに、メールをやりとりしている人のリストも整理してしまう。

メールアドレスだけ、プレーンなテキストファイルで残せば、必要に応じて、エディタで検索できる。そして、いまのエディタなら、そこから、すぐにメールソフトを起動できる。いつまでも、連絡先の一覧にいれておくこともない。

あとのこっているのは、プリンタのドライバのインストール。64ビット版が用意されていることは、とりあえずHPで確認しておいた。

だいたい新マシンに移行しているのだが、旧のパソコン(32ビット)で、原稿を書かなければならない仕事が一つのこっている。それが終わったら、机の周りを整理して、配線もきちんと片付けることにしよう。

作動音がちょっと気になるといえば気になる。(こういうのは、仕事に集中しているときはどうということはないのだが、ふと、気になりだすと、無性に気になるものである。)

明日から9月。夏の間(8月のうちに)という予定の仕事で、一つ残っている原稿がある。まず、それをかたづけよう。それから読書。

『余波』.ピーター・ロビンスン.講談社文庫 ※去年かってまだ読んでなかった。
『陸軍士官学校の死』.ルイス・ベイヤード.創元推理文庫
『五番目の女』.ヘニング・マンケル.創元推理文庫

そのうち、サラ・ウォーターズの新刊もあるし。Amazonで予約してしまってある。

後期の授業の準備もはじめなければならない。結局、夏休みは「なし」ということで、おわりそうである。

當山日出夫(とうやまひでお)

新しいパソコンがとどいた2010-08-27

2010-08-27 當山日出夫

今日、発注しておいた、新しいパソコンがとどいた。いま使っているのは、去年の年末ぎりぎりのときに、使っていたのが急に壊れて(ハードディスクがダメになった)、急遽、間に合わせで買ったもの。

さて、どうしようかと思っているうちに、半年以上が経過してしまった。

MSオフィスも新しくなったし、アドビもCS5になったことだし、64ビットマシンとして、使うことで考えている。ただ、まだ、世の中には、32ビットです、というソフトもあるので、とりあえずは、今のも残しておかないといけない。

ディスプレイは、入力が2系列きりかえられるタイプなので、後は、キーボードにマウスを、やりくりすれば、どうにかなるか。あるいは、いっそのこと、書斎を整理して、もう一つディスプレイを増やすか、今、思案中。ということで、今日、とどいた箱は、まだ開封していない。

どこにどうおくにしても、まずは、机のまわりの整理からはじめないと、どうにもならない。

當山日出夫(とうやまひでお)

丸善ライブラリーニュース(2)2010-08-26

2010-08-26 當山日出夫

別に自分が書いているからといって宣伝するつもりはない。現在の日本における、MLAをとりまく様々な現状を知るうえでは、「丸善ライブラリーニュース」の11号が、もっとも役にたちそうなので、紹介しておきたい。

丸善ライブラリーニュース
http://www.maruzen.co.jp/business/edu/lib_news/

特集は、「アーカイブズの今」 MLA 連携が模索する、となっている。
内容は、特集についてのみ記すと(巻頭言・連載以外では)、

アーカイブズ後進国を脱するために
松岡資明 日本経済新聞社 編集委員

ポータブル端末の興隆とデジタル化された文化資源~「資料基盤」「社会基盤」「システム基盤」の三基盤の観点から~
研谷紀夫 東京大学大学院情報学環 社会情報研究資料センター特任助教

電子書籍と知的生産
當山 日出夫 立命館大学グローバルCOE 日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点客員研究員

MLA連携における図書館と文学館
岡野裕行 法政大学キャリアデザイン学部 キャリアデザイン学科兼任講師

大学図書館における担当職員数の変化の意味を考える
星野雅英 人間文化研究機構 国立国語研究所 元東京大学附属図書館事務部長

この他、巻頭の、
学問の融合と学際的レビュー雑誌の登場
北川源四郎 情報・システム研究機構 統計数理研究所長

連載の、
デジタル化時代の図書館の役割と使命(第2回)
─ 教育・情報・出版基盤としての大学図書館とは何か ─
シェーナ・キンボル Shana M. Kimball ミシガン大学
ニコルス 林 奈津子 Natsuko H. Nicholls ミシガン大学

も、非常に参考になる。大学図書館も、また、MLA連携と切り離して考えることはできない。

冊子もあるが、オンラインでも読める。上記のURLから、PDFで自由に読むことができる。今回の号は、おすすめである。

當山日出夫(とうやまひでお)

丸善ライブラリーニュース2010-08-25

2010-08-25 當山日出夫

ようやく刊行になった。昨日、冊子のものが我が家にとどいて、今日になってオンラインでも読めるようになっていることを確認した。

丸善ライブラリーニュースに、短い文章を書いた。

丸善ライブラリーニュース
http://www.maruzen.co.jp/business/edu/lib_news/

私の書いたのは、電子書籍と知的生産、というタイトル。電子書籍について、思うところを、ややアマノジャクな視点から書いてみた、というところか。

iPadで電子書籍はいいのである。ただ、読み書きソロバン、という。つまり、〈読む〉と〈書く〉は、ワンセットで考えるべきではないだろうか。少なくとも、知的生産ということを考える場面では。

この観点からは、iPadのキーボードは果たしてつかいやすいというべきなのか。さらには、わざわざ、iPadにキーボードを接続してまで使用する意義があるのだろうか・・・それなら、最初から、マックブックでもつかえばいいように思えてしまうのであるが、いかがであろうか。

私は、電子書籍に対して、ラッダイトであろうとは思わない。しかし、新しいメディアとして、どのようなメッセージを伝えてくれるのかについては、まだ、手放しで礼賛する気にはなれない。ちょっと距離をおいて考えてみたいと思っている。

當山日出夫(とうやまひでお)

『ネット・バカ』2010-08-24

2010-08-24 當山日出夫

まだ、読み始めたばかりの本。

ニコラス・G・カー,篠儀直子訳.『ネット・バカ』.青土社.2010

サブタイトルには、「インターネットがわたしたちの脳にしていること」とある。読み始めたばかりなのであるが、なぜか、この本には、共感して読んでしまうところがあると感じる。それは、著者のコンピュータやインターネット利用の経歴と、自分自身のそれとが、かなり重なるせいであろう。著者の紹介を見ると、私とさほどちがわない。

アメリカと日本という違いがあるにしても、コンピュータ(パソコン)とインターネットの、以前と以後を経験して成長してきた人間には、共通して感じるものがあるのかもしれない。

ところで、いま、日本では、電子書籍がある意味でブームになっている。コンテンツがどんどん出てきているという状況ではない。それ以前に、電子書籍で今後の日本の出版や図書館はどうなるのか、こういった方面からの関心が非常に高い。

「メディアはメッセージ」という。であるならば、紙の書籍が、デジタル書籍になることは、そこでなにがしかのメッセージの変化をともなうはずである。だが、そのことについて、あまり深く考察した電子書籍論は、まだ、日本では出ていないように思われる。

おそらくは、次の世代までまたなければならないのかもしれない。生まれてから最初に読んだ本が、デジタル版であり、そこで成長して、コンテンツ制作者になる、そんな人間が当たり前になる時代……それには、これから、一世代かかるだろう。そうなったとき、過去(つまり今)をふりかえって、電子書籍とはなんであるのか、本当に理解できるのだろう。

ともあれ、紙の書籍の時代から、インターネットの時代になって、まさに「メディアはメッセージ」であることを実感してきた人間としては、この本は興味がある。詳しい読後感などは、おってのことにしたい。まずは、簡単な紹介だけ。

ついでにいうならば、私は、iPhoneはもっていない。また、ノートパソコンは持っていても、外に出て無線LAN通信はしない。これは、せめて、外に出たときぐらいは、Webから解放されたいという、ささやかな、きわめて個人的な抵抗のかたちでもある。(まあ、半分は、ものぐさであるということもあるのだろうが。)

當山日出夫(とうやまひでお)

『街場のメディア論』:書物「虚の需要」2010-08-23

2010-08-23 當山日出夫

内田樹.『街場のメディア論』(光文社新書).光文社.2010

この本は、後半の方は、電子書籍論となっている。この意味で、一読の価値ありと思う。特に次のような箇所、

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この世界に流通している書物のほとんどはその所有者によってさえまだ読まれていない。書物の根本性格は「いつか読まれるべきものとして観念されている」という点に存します。出版文化も出版ビジネスも、この虚の需要を基礎にして成立しているのです。
p.164

※文中「虚の需要」には傍点。

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いま、世上の多くの電子書籍論の多くは、書物=買う=読む、直線的に結びつけて考えているようにおもえてならない。だが、本は、「読む」ためだけに買うものであろうか。

少なくとも個人の蔵書というのは、読むためだけではないであろう。その本をいつか読む日の将来の自分の姿のために、いまから用意しておく、このような性質を持っている。

一方で、買って、即座に読んで、読み終わったら終わり、という意味での、きわめて実用的な本もある。本もいろいろ、本のあつめかた、買い方もいろいろである。

上記「虚の需要」だけが本の需要のあり方ではない。しかし、本というものの、少なくとも現在の、ある種のあり方を示していることは確かである。

これを音楽とくらべるとどうなるか。音楽の場合、ここでいう「虚の需要」を音楽配信は駆逐してしまった、といえるかもしれない。書物(電子書籍)も、このような運命をたどることになるのだろうか。

當山日出夫(とうやまひでお)

電子書籍と印刷とジャパンナレッジ2010-08-22

2010-08-22 當山日出夫

やっと夏の一番いそがしい時期がおわって、すこし時間に余裕ができてきた。今日から、このブログも再回、夏休みも終わりである。

小学館の出している小冊子に『本の窓』がある。この9-10月号に、ジャパンナレッジに、『国史大辞典』がはいったいきさつの記事がのっている。吉川弘文館の社長である前田求恭さん、それから、ジャパンナレッジの社長である相賀昌宏さん、この両名の対談である。

まず、こういっては、みもふたもないが、出版社のPR冊子であるから、その分を適当に割り引いて読むことになる。しかし、そうでありながら、これはと気になる箇所もある。

『国史大辞典』が最初から、「デジタル」を視野にいれた出版を考えていたこと。そのスタートは、昭和40年にさかのぼるよしであるから、当然ながら、パソコンなど、何もない時代である。それが、具体的に、書物として刊行する段階になった時点で、「デジタル」を考えて、写植をえらんだ。その写植(その当時のことだから、いわゆるCTSになるのだろう)の会社が、東京印書館。

そして、その東京印書館が、同時にあつかっていたのが、同じく、ジャパンナレッジにはいっている、重要なコンテンツである、『日本歴史地名大系』。

『国史大辞典』『日本歴史地名大系』、いずれも、最初から、ジャパンナレッジのような形でのオンライン検索を念頭において編纂されたものではないであろう。しかし、最終的には、そのコンテンツをデジタル化することによって、新たな価値を生み出すことになっている。そして、そこで、重要な役割をはたしているのが、印刷業(この場合は、東京印書館)である。

書籍の印刷用のデータは、印刷業が持っている。

著作権は、著作者にあるだろうし、また、実際の編集実務は出版社になる。しかし、デジタルのデータが、どこに存在しているかとなると、印刷業にある。

たぶん、今年から来年にかけて、電子書籍は、おおきな動きをみせるだろう。そのとき、既存の出版社のみならず、視野にいれて考えなければならないのは、IT企業であり、図書館であり、そして、印刷業である、と思う。そして、私の見る範囲で、これらを、すべて総合して考察した電子書籍論というのは、まだ、登場していないように見うける。

少なくとも、電子図書館と、印刷業(書籍のデジタルデータを持っている)の存在をかんがえてこそ、現実に即した電子書籍の論が生まれるのだろうと思う。

當山日出夫(とうやまひでお)

アート・アーカイヴが掲載になった2010-08-10

2010-08-10 當山日出夫

6月にあった、アート・ドキュメンテーション学会の年次大会。その時のシンポジウムの取材記事が、ようやく掲載になった。

ニッシャ印刷文化振興財団
AMeeT
http://www.ameet.jp/

http://www.ameet.jp/digital-archives/digital-archives_20100810-2/#page_tabs=0

とにかく、まんべんなくまとめるように書いたつもりなので、どんな感じのシンポジウムであったかは、ざっと見て理解していただけることと思う。いずれ、これは、きちんとした冊子体のものが出る予定(書いて、しまっていいのかな、まあ、いいか)である。あくまでも、私個人の視点から見ての報告と思っていただければと思う。

當山日出夫(とうやまひでお)