『ひよっこ』あれこれ「さて、問題です」2017-08-20

2017-08-20 當山日出夫(とうやまひでお)

『ひよっこ』
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/index.html

『ひよっこ』第20週「さて、問題です」
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/story/20/

このドラマは、みね子の父親の失踪、記憶喪失という物語を通奏低音としながらも、あかね荘、すずふり亭を舞台にした、群像劇という印象がある。特に、今回の週は、その印象がつよかった、

みね子のところに、向島電機で同僚だった豊子たちがやってきて、一緒にテレビを見ることになる。豊子が、テレビのクイズ番組で、見事に勝ち抜いて、賞金と賞品を手にした経緯が、うまく描かれていたように思う。このなかで、秋田で結婚した優子も、映っていた。このあたり、ちょっとした場面であるが、秋田の家庭で、新しい家族と幸せそうに過ごしている優子の姿を見せるあたり、実に丁寧に描いてあると思ってみていた。

それから、バー「月時計」のシーン。由香をめぐって、時子、みね子、そして、早苗が、話し合う。時子の背の高いことの問題、みね子の島谷との問題、それから、由香の生き方をめぐる問題と、話題は、徐々に深刻になっていく。しかし、それを、早苗がうまくしきり、かつ、聞き役の邦子(バーの店主)が、きちんとうけとめていた。

最終的に、由香が、ただ悪い子ぶっているだけであるというあたりになって、みね子が、思いを述べる。父親が失踪してからどのように考えてきたか、どのような思いで東京に出てきたのか、語る。ここには、みね子の成長がある。

このあたり、群像劇でありながら、みね子の父親の問題をしっかりと描いてあるという印象である。このドラマは、みね子の成長の物語であることがはっきりとわかる。

そして、滑稽なのは、あかね荘の愛子と富さんの行動。漫画家(志望)の二人がいなくなってしまった。これをめぐって、次週は、いろいろありそうである。

今週、作中で使われていた歌は、「バラが咲いた」(マイク眞木)。私は、この歌が、テレビから流れてきていたのを記憶している。なつかしい歌である。どこかで、この曲がつかわれるのではないかと期待していたのだが、意外なことに、ヤスハルのギター弾き語りだった。

次週は、ミニスカートをめぐっての話しらしい。この時代のことは、かなり私も鮮明に覚えている。どのように時代を描いていくのか、楽しみに見ることにしよう。

『化物の進化』寺田寅彦2017-08-19

2017-08-19 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。
やまもも書斎記 2017年8月18日
『獅子舞考』柳田国男
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/18/8649409

東雅夫(編).『文豪妖怪名作選』(創元推理文庫).東京創元社.2017
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488564049

このアンソロジーの最後にいれてあるのが、寺田寅彦の文章。

寺田寅彦というと、論理明晰で、かつ、叙情味のある随筆というイメージがあるが、その寺田寅彦が、妖怪、怪異について、いくつかの文章を書いている。そのひとつ。

少し引用してみると、

「ともかくも「ゾッとする事」を知らないような豪傑が、仮に科学者になったとしたら、先ずあまりたいした仕事は出来そうにも思われない。」(p.312)

「こういう皮相的科学教育が普及した結果として、あらゆる化物どもは凾嶺はもちろん日本の国境から追放された。あらゆる化物に関する貴重な「事実」をすべて迷信という言葉で抹殺する事がすなわち科学の目的であり手柄であるかのような誤解を生ずるようになった。これこそ「科学に対する迷信」でなくて何であろう。」(p.314)

寺田寅彦は、別に怪異を信じているわけではない。自然に対する観察力として、種々の怪異現象にも、目をくばるこころの持ち方を問題にしているのである。

解説によるとこれは、昭和4年の文章である。ここでいわれていることは、今の科学教育にも、通じるものがあるのではないかと思わせる。自然の現象に対する畏敬の念、とでもいえばいいだろうか。

ともあれ、近代という時代、文学者、小説家のみならず、寺田寅彦のような科学者も、また妖怪、怪異ということについて書いていることは、改めて認識されていいように思う。近代においては、近代なりの、妖怪、怪異の姿があったのである。それを、21世紀の今日になってから、振り返ってみる価値は確かにあると思う。

『獅子舞考』柳田国男2017-08-18

2017-08-18 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 『文豪妖怪名作選』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/17/8648706

東雅夫(編).『文豪妖怪名作選』(創元推理文庫).東京創元社.2017
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488564049

この本のなかに、柳田国男の文章がいれてある。このことに異論はない。たしかに、柳田国男の文章は怖い。

以前にも書いたかと思うが、私が、『共同幻想論』(吉本隆明)をいまだにきちんと読めずにいるのは、引用してある、『遠野物語』の文章を読むのが、怖いからである。

『遠野物語』は、本はもっているのだが……「定本柳田国男集」を買ったのは学生のときだった……いまだに、全文を通読したということがない。理由は、読むのが怖いからである。

『文豪妖怪名作選』に、日本民俗学から、何か文章がはいることは、当然のことなのだろう。いや、近代になってから、特に、明治から大正、昭和にかけての時期、日本民俗学と、自然主義文学、それと、怪談、怪異譚は、密接に関連がある。

このことについては、

東雅夫.『遠野物語と怪談の時代』(角川選書).角川書店.2010
http://www.kadokawa.co.jp/product/201001000448/

がある。この本については、あらためて書いたみたいと思っている。

で、『獅子舞考』であるが……いかにも難解な文章である。特に、日本民俗学、柳田国男の文章の、わかりにくい文章の典型ともいえるかもしれない。とはいえ、そう難しいことばがつかってあるというのではない。ただ、民俗学的に報告された事実、文献資料を、順次列挙してあるだけなのだが、その流れに、著者の言いたいことを見いだすことが、難しい。

ここは、『遠野物語』から、一つでいい、怖い話しをもってきた方がよかったのかもしれない。

『文豪妖怪名作選』2017-08-17

2017-08-17 當山日出夫(とうやまひでお)

東雅夫(編).『文豪妖怪名作選』(創元推理文庫).東京創元社.2017
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488564049

近代の文豪たちの妖怪にまつわる小説などをあつめたものである。このてのアンソロジーは、他にもあったかと思うが、最近になって出た本なので買って読んでみた。

読んだ印象としては……妖怪名作選とあるから、身の毛もよだつような怖い話しばかりかと思うと、そうでもない。むしろ、逆に、諧謔、ユーモアを感じさせる作品が目につく。

冒頭におかれているのは、尾崎紅葉の『鬼桃太郎』である。「桃太郎」のパロディである。たしかに妖怪(鬼など)は登場する。しかし、怖い話しではない。最後まで読むと、あれ、こんな終わり方でいいのか、と思わず笑ってしまうような結末になっている。

たぶん、本当に怖い話しというのは、別に妖怪怪異が出てくる必要はないのだろうとも思う。このアンソロジーは、妖怪ユーモア小説選とでもした方がいいような感じがする。

「怪談」というのは、近代になってからの発明であるともいえよう。そこには、日本民俗学などがかかわっている。『遠野物語』などは、怪異の話しである。これは本当に怖い。(このことについては、また改めて書いてみたいと思っているが。)

近代になってからのものとして、一方で、近代的理性の目が働いている。近代の目からみて、妖怪はどのように見えるのか……このような観点から見たとき、そこに、それを怖がる人間の心理を客観的に見るまなざしがある。その距離の置き方が、作品にユーモアを生む。

そういえば、先にふれた「天守物語」(泉鏡花)も、ある意味で、ある種の滑稽さがないともいえない。妖怪の目で人間の所業を見るとどう見えるか、この意味では、ある種の諧謔をふくんでいると読みとることもできよう。

やまもも書斎記 2017年8月14日
「天守物語」泉鏡花
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/14/8646275

ところで、このアンソロジー、いわゆる近代小説という枠組みでは捉えきれていない作品を収録してある。柳田国男と寺田寅彦である。おそらく、近代における怪異ということを考えるとき、この二人は外せないという判断だと思う。

これらについては、追って考えてみたい。

百日紅2017-08-16

2017-08-16 當山日出夫(とうやまひでお)

水曜日なので、花の写真。

夏を代表する樹木の花である。我が家には、いくつかの百日紅の木がある。そのうち、庭から見ることのできる木を写してみた。赤い花の咲く種類である。

その名のとおり、花の時期が長い。ちょうど今が盛りであろうか。

日本国語大辞典(ジャパンナレッジ)を見てみると、「さるすべり」で検索すると、古い用例としては、

御伽草子・草木太平記(有朋堂文庫所収)が、もっとも古いようである。江戸初期。その次が、俳諧・毛吹草になる(1638)。

近世になって、「さるすべり」として、現在の樹木、花をさす語として、定着したもののようである。

ただ、表記をみると「百日紅」の漢字の古いものは、

日本植物名彙(1884)

になる。「さるすべり」に「百日紅」の表記があてられるようになったのは、かなり新しいことのようだ。

また、興味深いのは、「さるすべり」の語で、他の樹木の異名としていくつかあがっている。そのうち「りょうぶ」の異名ともある。リョウブの木は、我が家の近辺にもある。白い房状の花をさかせていた。

サルスベリ


サルスベリ


サルスベリ

Nikon D7500
AF-P DX NIKKOR 70-300mm f/4.5-6.3 G ED VR

『おんな城主直虎』あれこれ「復活の火」2017-08-15

2017-08-15 當山日出夫(とうやまひでお)

『おんな城主直虎』2017年8月13日、第32回「復活の火」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story32/

前回は、
やまもも書斎記 2017年8月8日
『おんな城主直虎』あれこれ「虎松の首」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/08/8642285

このドラマの主人公は、直虎であるはずなのだが……この回の話しは、政次が主人公のような印象だった。その政次と直虎とはかって、井伊のイエの存続をたくらむ。政次も井伊のイエの一族の一人であるかのようであった。

ここにきて、井伊のイエと、井伊谷という土地との関係は、完全にきれている。直虎たちが目指しているのは、井伊というイエの存続である。井伊谷という土地に対する愛着のようなもの……パトリオティズム(愛郷心)といってもよいだろうか……は、見られない。

かつての主家であった、今川からは離反することになる。新しい主家として選んだのは、徳川である。

だが、だからといって、直虎に、徳川への忠誠心があるかといえば、そうともいえないように思える。今川、武田、徳川と争うなかで、井伊の一族は、徳川の国衆に加えてもらうことで、生きのびようとしている。ここには、徳川への恩顧の情もなければ、主家としての忠誠心もない。ただ、生きのびるための戦略である。

井伊のイエの存続をはかる、これもまた、政次のエトスといってもよいように思える。また、そこには、政次の一人の人間としての、直虎(おとわ)の思慕の情もふくまれている。ともあれ、政次には、今川への忠誠心などはない。では、徳川に対する忠誠心があるかといえば、これもまたないようである。ただ、政次は、井伊のイエとともにある小野のイエのために生きている。

これまで、私は、このドラマに、パトリオティズム(愛郷心)がどのように絵がかえるか注意して見てきた。パトリオティズムの延長としてあるのは、ナショナリズムであるのかもしれない。

NHKのドラマでは、以前の『坂の上の雲』では、ナショナリズムを、きわめて肯定的に描いていた。そして、その基底には、故郷(松山)へのパトリオティズムがあった。

来年の大河ドラマは、『西郷どん』である。ここでは、故郷(薩摩)へのパトリオティズムと、近代国家の建設をめざす日本としてのナショナリズムを、どのように描くことになるのであろうか……このあたりが、気になる。

『おんな城主直虎』では、井伊という一族のイエ意識を強く描くことになっている。それを支えるものとして、ドラマのはじめの方では、井伊谷という土地に対するパトリオティズム(愛郷心)が、かいまみられた。それが、徳川につくという判断をくだしてからというもの、消えてなくなっている。

ところで、今回、またネコが登場していた。和尚にだかれていた。井伊の一族が、井伊谷から離れてしまうと、ネコはどうなるのだろうか。このところが、ちょっと気になっている。

「天守物語」泉鏡花2017-08-14

2017-08-14 當山日出夫(とうやまひでお)

泉鏡花の『天守物語』を再読してみた。

東雅夫(編).『文豪妖怪名作選』(創元推理文庫).東京創元社.2017
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488564049

このアンソロジーに収録されている。読み直すのは何年ぶりになるだろうか。いや、ひょっとすると何十年ぶりぐらいになるかもしれない。

しかし、『天守物語』は、いまでもなお新鮮である。このような作品が、このような日本語の文章で書かれた時代があったのだ、ということを、しみじみと思ってみる。

解説を読むと、『天守物語』は、大正6年(1917)である。先日、このブログでちょっととりあげた芥川竜之介の活躍したのとほぼ同じ時代ということになる。その同じ時代に、芥川のような文章もあれは、鏡花のような文章も、同時に存在したのである。

泉鏡花の文章については、中村真一郎の『文章読本』を読んで、きちんと読んでおかないといけないと思っていたところである。

最近、読んだ本として、中村真一郎の『頼山陽とその時代』がある。ちくま学芸文庫版。これについては、改めて書いたおきたいと思っているが、それと同時に、中村真一郎の『文章読本』(新潮文庫)を、再読しておきたくなった。

鏡花の文章については、中村真一郎は次のように書いている。

「鏡花は、その口語文を自然主義者たちとは正反対の方向に、発展させて行きました。」

現代の我々は、明治の自然主義文学の、あるいは、鴎外や漱石の、また、芥川などの文章の流れのなかにあるといってよいであろう。その現代の我々の目で読んで、泉鏡花の文章の日本語は、このような日本語の使い方もあり得たのか……と、おどろくばかりに新鮮に感じられる。

現代の私は、泉鏡花の文章を目で読む……黙読するのであるが、その文章のリズムは、感じ取ることができる。現代の日本語の散文……口語文……が、失ってしまったものを、強く感じることになる。これはこれとして、達意の日本語文であると思う。

ところで、『文豪妖怪名作選』であるが、このアンソロジーは、なかなか面白い。これについては、また改めて書いてみたい。

『ひよっこ』あれこれ「ただいま。おかえり。」2017-08-13

2017-08-13 當山日出夫(とうやまひでお)

『ひよっこ』
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/

第19週、「ただいま。おかえり。」
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/story/19/

今週のポイントは、何よりも故郷、奥茨城での田植えのシーンだろう。

農家にとって、もっとも重要な農作業が、稲刈りと田植えの仕事である。その田植えのために、みね子は、父親(実)とともに家に帰る。そして、一家でそろって、田植えをすることになる。

その田植えのシーンに、まだ、実がもとの実であった時のことが、回想としておりこまれていた。記憶喪失になるまえの実が、家族や、知り合いの人びとと一緒に稲刈りをするシーンである。その時に、おじさん(宗男)の写した写真も、また映っていた。

農家にとって最も大事な仕事の一つである田植えに参加することで、実は、自分の家に帰った、ということを実感したかのようである。このドラマ、秋の稲刈り、それから、夏の田植えと、農作業の重要な行事を、うまくとりこんで描いていると思う。

記憶を喪った実であるが、自分の家にかえった。実は、奥茨城で農業にたずさわることにしたらしい。そして、みね子は、東京のあかね荘が、自分の家であると意識していた。それぞれに、帰る家がある。東京に帰る家ができたということは、みね子の成長をものがたるものなのである。

そして、土曜日の最後のシーンは、川本世津子だった。実を送り出して、家に帰っても、もう待っている人もいない。何を思っていたかは分からないが、そのような寂しさがあふれていた。

「ただいま」といって、「おかえり」と言ってくれる人がいる、ただそれだけのことであるが、この何気ない日常の愛おしさのようなものが、今週は描かれていたと思う。この「普通」の生活の愛おしさを、たくみに描写していると思って見ている。

さて、来週は、いろいろ問題があるようだが……少なくとも、犬は登場するらしい。ひょっとすると、実の記憶がもどるのかもしれない。ともあれ、東京でのみね子の新しい生活……東京に自分のうち……あかね荘の部屋……を持って……が始まることになるのだろう。楽しみに見ることにしよう。

「大川の水」芥川竜之介2017-08-12

2017-08-12 當山日出夫(とうやまひでお)

岩波文庫の『芥川竜之介随筆集』を読んでいる。

石割透(編).『芥川竜之介随筆集』(岩波文庫).岩波書店.2014
https://www.iwanami.co.jp/book/b249284.html

この本の冒頭におかれている文章が「大川の水」である。

ここで、芥川は隅田川に思いをよせている。この文章は、つぎのようにおわっている。

「もし自分に「東京」のにおいを問う人があるならば、自分は大川の水のにおいと答えるのに何の躊躇もしないであろう。独においのみではない。大川の水の色、大川の水のひびきは、我愛する「東京」の色であり、声でなければならない。自分は大川あるが故に、「東京」を愛し、「東京」あるが故に、生活を愛するのである。」(p.18)

1912年の文章である。

私は、東京に10年以上住んでいた。大学にはいってから、しばらく間である。その生活のなかで、あまり、東京と川ということを意識したことがない。住んでいたのは、目黒区で、下宿の近くには目黒川がながれていた。毎日、学校に通うごとに、目黒川をわたっていたと、今になれば思い出す。しかし、そう強く「川」が印象に残っていることはない。(今では、東京の桜の名所として、有名になっているようだが。)

東京に住んでいる間に、隅田川を目にしたのは、何度あるだろうか。あったとしても、それと意識して見たという記憶がない。

最近、東京と「川」「水」ということを意識するようになったのは、川本三郎の本を読んでからである。

やまもも書斎記 2016年11月5日
川本三郎『大正幻影』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/05/8242327

この本のなかで著者(川本三郎)は、大正期の文学者たちが、隅田川によせた思いについて述べている。これを読んでから、東京という街は、川の街、水の街であることを、認識するようになった。

だが、やはり私は、「山」の人間なのだろうと思う。

やまもも書斎記 2016年11月19日
山の風景と水の風景
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/19/8253955

大正時代、東京の文学者たちは、隅田川の川面に何を感じていたのだろうか。東京と川、近代文学と川、水、というようなことに、思いをはせている次第である。

『ひよっこ』におけるリテラシ2017-08-11

2017-08-11 當山日出夫(とうやまひでお)

昨日にひきつづいて、NHKの朝ドラ『ひよっこ』について書いてみる。リテラシについていである。識字/非識字といってもよい。

父親(実)を保護していたのは、女優の川本世津子であった。その世津子が、先週だったろうか、このようにいっていた……自分は学校に行っていない、でも勉強した、と。

時代は、昭和40年代の初めである。そのころに女優として活躍していたのなら、おそらくは子役のころから、映画など芸能界で生きてきたのかもしれない。であるならば、子供のころには、ろくに学校に通うこともできなかったことは、推測できる。

その世津子から、みね子に手紙が来た。父親(実)を病院につれていったことなどが書かれていた。その手紙、テレビの画面に映ったものをみると、平仮名が多く、文字もなんとなく幼い感じがした。この手紙は、学校に通えなかったという設定の、世津子ならではの手紙という演出だと思ってみていた。

しかし、その手紙の内容、文面は、実に懇切丁寧なものであった。学校には通えなかったが、勉強はしたという印象のある手紙だった。

ところで、朝ドラとリテラシといって思い出すのが、私の場合であれば、『おしん』である。

おしんは、学校に通っていない。奉公先の主人(女性)から、見込まれて字を習っていた。その母親は、文字が読めない。娘のおしんから手紙が来ても、近所の人に読んでもらっていた。また、おしんが、東京に出て髪結いの仕事をしていたとき、カフェの女給たちの、手紙(ラブレター)の代筆をしてやっていたりした。つまり、その当時のカフェの女給は、文字の読み書きができないという設定であった。

私は、昭和30年(1955)の生まれである。その時代の経験からいって、芸能界にいて、文字の読み書きが不自由であるという話しは、決して珍しいものではなかったと憶えている。誰がと特定して憶えているわけではないが、文字の読めない人というのは、決してゼロではなかった。

現在、日本の識字率はきわめて高い。一部の障害といってよいか……ディスレクシア……など、をのぞいて、ほぼ100%に近い識字率がある。だが、それが達成できたのは、つい近年のことでもある。

このこと……日本の近代社会におけるリテラシの問題については、以前、少しだけ書いたことがある。

やまもも書斎記 2016年12月11日
こうの史代『この世界の片隅に』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/12/11/8273353

近代社会において、文字の読み書きから疎外されていた人びとが、少なからずいたことは、忘れてはいけないことであると思っている。