『おんな城主直虎』あれこれ「材木を抱いて飛べ」2017-06-27

2017-06-27 當山日出夫(とうやまひでお)

『おんな城主直虎』2017年6月25日、第25回「材木を抱いて飛べ」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story25/

前回のは、
やまもも書斎記 2017年5月20日
『おんな城主直虎』あれこれ「さよならだけが人生か?」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/20/8600856

龍雲丸が活躍する回は、どうやら面白い展開になりそうな感じである。

この回の放送を見て、ちょっと気になったことばがある。「気賀の町衆」といっていた。なにげない台詞のなかのことばであるが、気になった。

それから、龍雲党の面々。

どうやら、このドラマは、中世、戦国時代における、非農耕民、また、非定住民というものを、かなり積極的に描こうとしているようである。これは、前作『真田丸』とは、きわめて対照的である。『真田丸』には、町衆や百姓、農民、あるいは、武士階層ではない人びと、これらの人びとは、ほとんど登場してこなかった。それが、この『おんな城主直虎』では、方久をはじめとして、武士ではない人間が、重要な役割をになっている。龍雲丸もそのひとり。

ところで、この回を見ていて、興味深かったのは、「忠義」である。井伊直虎は、今川に忠義をしめす。これは、今川の支配下にあるから、どうしてもそうせざるをえないという選択肢である。今川からのお下知には、逆らえない。

だが、現在の我々は知っている。井伊は、今後も今川のもとにありつづけるのではないことを。結局は、徳川につくということを。そのプロセスを、これから、このドラマは、どのように描くことになるのであろうか。

徳川への忠義、忠誠心というものが、どのようにこれから描かれることになるのか、このあたりが、非常に気になるところである。

忠誠心といえば、また、前作『真田丸』が思い浮かぶ。このドラマは、主人公・信繁の、豊臣への忠誠心を軸に展開していたように私は見ていた。

だが、井伊直虎は、どうであろうか。直虎にあるのは、何よりも、井伊のイエをまもるということであるように見える。そのための手段として、今の現状では、やむをえず今川の支配を受け入れているということのようだ。これは、今川をとりまく状況が変われば、どう変わってもおかしくない。とにかく、井伊のイエを守ることを、最重要にして行動している。

で、ネコであるが……今回は、出てこなかったようである。和尚には、ネコがよく似合うと思って見ているのだが。次回は、どうなるであろうか。

『ひよっこ』における方言2017-06-26

2017-06-26 當山日出夫

昨日につづき、NHKの朝ドラ『ひよっこ』について。

このドラマで、興味深く思って見ていることは、方言のとりあつかいである。これまで、朝ドラでは、いろんな地方を舞台にしてきた。地方を舞台にすれば、当然ながら、その地方色のための方言の使用ということになる。

たぶん、朝ドラの歴史のなかで、近年、方言について、画期的な方針をとったのは、『あまちゃん』(2013前、宮藤官九郎脚本)からではないかと思ってみている。このドラマでは、方言が、ただその地方色を出すためのものではなく、もっと積極的に、その地域のアイデンティティの自覚的表現として、つかわれていた。

それは、登場人物でいえば、春子(アキの母、小泉今日子)が、地元に帰ってスナックで仕事をするようになったとき、突然、北三陸方言を話すようになったことからもうかがわれる。それまでや、東京で芸能事務所をやっているようなときは、東京方言で話していた。

『ひよっこ』でどうだろうか。奥茨城方言を、かなり積極的につかっているようである。そして、重要なことは、ヒロインのみね子は、奥茨城方言にコンプレックスをいだいていないということである。

最初、上京してきてつとめた電機工場(向島電機)では、寮に入っていた。そこの仲間たちも、その出身地の方言(青森とか福島とか)を、話していた。まあ、これは、工場の従業員であるから、方言で話すかどうかは問題にならなかったともいえよう。

その後、みね子は、失業、転職ということがあって、レストラン・すずふり亭で働くようになる。ホール係。これは、接客業である。お客さんに接するのに、奥茨城方言のままでは、どうかなという気もしないではないのだが、ここも、特に問題がないように描いている。

それから、方言について興味深い登場人物が他にいる。

佐賀出身の大学生。慶應の学生という設定。彼は、佐賀出身ということだが、その地方の方言をまったくつかっていない。慶應の学生に、佐賀方言はにつかわしくない。東京の大学生としては、東京方言を話す、ということなのだろうか。

それに対して、富山出身の青年。どうやら漫画家としての才能にはめぐまれていないようだが、話していることばは、富山方言である。

さらに、興味深いのは、バー「月時計」。ここの店主(女性)は、方言の勉強をしているという。地方から東京に出てきたような客に対応するため。方言で話しをすると、お客さんが安心するからだという。ここでは、方言を使うことが、コンプレックスではなく、むしろ、積極的な意味を持つものとしてある。

ところで、地方から東京に出てきた人びとの、方言コンプレックスというのは、少なくとも、1970年代まではあったはずである。

たとえば、「赤いハイヒール」(太田裕美)。

http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=53838

「そばかすお嬢さん故郷なまりが それから君を無口にしたね」

これは、1976年である。ちょうど私が、東京にでて大学生活をはじめたころのことになる。私の場合、京都(宇治市)の出身であるので、方言コンプレックスを感じるということはなかったが、地方から出てきた学生には、なんとかして、東京方言(共通語)を話そうという雰囲気があったように記憶している。

映画「三丁目の夕日」は、1960年代が舞台である。『ひよっこ』よりは、すこし前の時代設定になる。この映画では、地方(青森)出身者の方言コンプレックスというべきものが、そんなに強くではないが、やんわりと表現されていたように憶えている。

さて、『ひよっこ』である。1960年代を舞台にした、このドラマにおける方言の描き方は、かなり特殊であるといえるかもしれない。実際の1960年代の東京で働く地方出身の人びとにとっては、方言の問題は、かなり深刻な面があったかと思う。だが、このドラマは、それを描かない。逆に、方言の使用をきわめて肯定的に描いている。

時代考証というような観点からは問題があるのかもしれないが、ドラマにおける方言の使用のあり方の事例としては、きわめて興味深いものであると思ってみている。

なお、上に、佐賀出身の慶應の学生が方言を話さないということを書いた。これは、たとえば、明治時代『三四郎』(夏目漱石)において、九州出身の小川三四郎が、まったく方言をつかわない、東京のことばで、広田先生などと話していることと、並べて考えてみるべきことかもしれない。地方出身で東京に出てきている大学生は、もう東京の人間ということになるのであろうか。

『ひよっこ』あれこれ「内緒話と、春の風」2017-06-25

2017-06-25 當山日出夫(とうやまひでお)

ひよっこ
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/index.html

第12週、「内緒話と、春の風」
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/story/12/

この週のキーワードは、「夢」と「影」だろうか。

いくつか見どころがあった、その第一は、あかね荘に住む漫画家志望の青年のこと。富山から東京に出てきて、藤子不二雄のようになりたいと夢みている。どうやら漫画家としての才能はなさそうなのであるが、ただ、夢だけはもっている。

この夢が、実は、今のみね子に無いものなのかもしれない。東京に出てきたときには、東京での生活になにかの期待のようなものがあったかもしれない。それが、向島電機の倒産、転職ということで、今のすずふり亭で働いている現状では、生活の夢はいったい何だろう。

通奏低音のように失踪した父親には「お父さん」と呼びかける心の声が毎回のようにある。しかし、その父のゆくえを探すということは、あかね荘の生活では、もう消えかけているようにも思える。

夢を抱いている漫画家志望の青年と対照的なのが、シェフの娘の由香。家庭の事情はあるのだろうが、夢をなげうっているように描かれている。

その由香をはじめとして、この週では、すずふり亭とその周囲のの人びとの知られざる過去が、語られた。そして、最後、土曜日では、戦争の時代を思い出す鈴子(宮本信子)が印象的であった。

そういえば、向島電機の愛子にも、隠された過去があったようである。すずふり亭の人びと、あかね荘の人びと、近所の人びと、それぞれに、何かしら隠された過去の影をひきずっている。また、ある意味、みね子自身も、父の失踪という影をひきずって生きている。

ところで、次週は、父のゆくえの手がかりが出てくるらしい。それから、ビートルズの来日。これも、たのしみに見ることにしよう。

『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎(その三)2017-06-24

2017-06-24 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。
やまもも書斎記 2017年6月22日
『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/22/8601974

三谷太一郎.『日本の近代とは何であったか-問題史的考察-』(岩波新書).岩波書店.2017
https://www.iwanami.co.jp/book/b283083.html

この本の第二章は、「なぜ日本に資本主義が形成されたのか」である。

結論的に感想を述べれば、この本は、この問いに対する答えになっていない。書いてあることは、日本の近代(明治から昭和初期)の経済政策史である。

日本の近代の経済にとって、「先進産業技術と資本と労働力と平和」が必要であった。そして、これらは、国家が作ったという立場をとる(p.86)。あくまでも、国家主導の資本主義の育成ということで記述してある。

まず、明治なってからの政治家として、大久保利通の経済政策がとりあげられる。そして、それを引き継ぐのが、松方正義であった。さらにその次に登場するのは、高橋是清である。最後には、井上準之助が登場して、そこで終わっている。

この章の最初の方で、スペンサーの社会学説についてふれてある。その次に、ウェーバーが出てくる。だが、この本では、ウェーバーにならって、日本における資本主義の「精神」を分析するということはやっていない。なんとなく肩すかしをくらったような気分になる。

ちょっとだけ、日本の「恥」の文化について言及がある。『菊と刀』である。だが、これでもって、日本における資本主義の「精神」を説明するということにはなっていない。

たとえば、

「権力による近代化の心理的促進要因となったのは何だったのか。それを一言でいえば、欧米先進国の文明の理想化されたイメージと対比して生じる、自国の文明への「恥」の意識です。」(p.88)

これは、為政者の意識の分析としては、ある程度いえることなのかもしれない。しかし、これをもってして、ウェーバーのいった資本主義の精神に代わるものとして、とらえるのは無理であろう。

私自身が、あまり経済に関心がないせいなのかもしれないが、この章はあまり面白くなかった。とはいえ、興味深かった記述もある。

日清戦争について、明治天皇はきわめて消極的、反戦的であったということの指摘。日本の近代が戦争の時代でもあったということをふまえるならば、明治天皇の平和志向の指摘は、注目されるべきかもしれない。

それから、教育にふれて、「良妻賢母」ということばは、中村敬宇がつかいはじめたとある。そして、そのつかわれはじめたときの意味としては、自立した市民としての女性という意味合いであったという。この指摘は興味ぶかいもおのであった。(p.104)

ところで、近代の経済史について、私が一番知りたいことは……地租改正のもっていた意味というか、その内実である。地租改正ということで、明治政府が安定した財源を得たということは、この本に書いてあるとおりだと思う。

だが、近世までの年貢にかわって、租税を納めるようになった、という学校教科書的なことから一歩ふみこんで考えてみるならば、江戸時代まで、年貢はどういう人たちが、どのように納めていたのか、ということが気になる。農民ではない、非農業民、商工業に従事するような人びと、あるいは、都市の住民は、どうだったのだろうか。

このあたりのことが一番気になるのだが、そして、その江戸時代の農業、商工業で働くひとびとのエトスが、日本なりの資本主義の精神につらなっていったのだろうと想像してみるのだが、そのあたりのところが、まったく触れられていない。

第一章の政治制度の近代を論じたところでは、近世にその萌芽的要因を探っておきながら、経済のことになると江戸時代のことは、まったく触れられていない。これは、歴史を描く立場として、どうかなという気がしないではない。近代の商工業の歴史は、明治になってからのこととして、江戸時代からは切り離してしまってよいのであろうか。

この第二章は、明治から昭和初期にかけての政府の経済政策史の素描として読めばいいのだと思う。

『嵐が丘』E・ブロンテ2017-06-23

2017-06-23 當山日出夫(とうやまひでお)

E・ブロンテ.鴻巣友季子(訳).『嵐が丘』(新潮文庫).新潮社.2003
http://www.shinchosha.co.jp/book/209704/

この作品は、再読である。いや厳密には、新潮文庫の鴻巣友季子訳で再読ということになる。

以前、十年以上も前のことになるが、新潮文庫で、鴻巣友季子訳で出たのを読んだとき、はじめて『嵐が丘』を通読することができた。それまで、岩波文庫版(旧版、阿部知二訳)など、何度か読みかけて、そのつど挫折を繰り返してきた。それが、鴻巣友季子訳で読んで、意外なほどに、すんなりと全編をいっきに読み切ることができたという経緯がある。

ただ、この鴻巣友季子訳には、その訳文について、毀誉褒貶があるようだ。

だが、文学の魅力はその文体にある、ということを考えるならば、「語り」でなりたっているこの作品が、どのような文章で書かれるべきなのか、という観点からの、鑑賞の仕方もあっていいだろう。それが、たまたま私の場合、鴻巣友季子訳が、ちょうど趣味にあっていた、ということなのかもしれない。

今回、再読してみて(この本は、本棚で見つかったので、新しいのを買い直すという必要がなかった)、十数年前に読んだような、物語の中に没入していくような感動は、実は、あまり感じなかった。むしろ、物語の「語り」の構造とでもいうべきものがどうなっているのか、考えながら読んでしまったので、いまひとつ純然と、作品を味わうという感じではなかった。

しかし、そうはいっても、キャサリン(母)の死と、それに際してのヒースクリフの嘆き悲しみ……このあたりは、ついつい小説の中にひきずりこまれるようにして読んだ。

『嵐が丘』は、岩波文庫で新しい訳が出ている。また、光文社古典新訳文庫でもある。(ともに、買ってはある。)これらの別の訳でも、また、機会をみて、読み直してみたいと思っている。

ある意味で、この作品は、複雑で難解でもある。しかし、一面では、非常にシンプルな構造の物語であるとも、見なすことができる。

この作品は、二重の語りでなりたっている。まず、ロックウッドという人物が出てきて、語り始める。その相手となり、スラッシュクロス(鶫の辻)と嵐が丘の二つの屋敷の物語を語るのは、家政婦のネリーである。そして、ネリーは、単なる語り手であるだけではなく、主要な登場人物のひとりとして、その物語中で重要な役割をはたしている。

近代的な小説として、「神の視点」で描いているようにみせかけながら、その実際は、ほとんどが、登場人物の「語り」、主に、回想という形で語られる。それが、ただ、語るだけではなく、物語の進行していくなかに介入していく。このあたりが、物語の視点が錯綜してくる。また、登場人物が限定的とはいっても、その人間関係は、複雑でもある。さらに、そこに示される男女間の愛情は、ストレートであると同時に、屈折した形をとったものでもある。そこから感じ取ることができるものは、赤裸々な人間の魂の姿である、といってよいか。

一般的な文学史に記されるように、このような作品が、19世紀のはじめのころに、突如として現れ、ただ、ほとんどこの作品だけを残して作者は消えてしまった。これは、文学史的にいっても、奇跡的なできごとである。19世紀が、近代において小説という文学の形式の確立した時期であるとして、その作品が、21世紀になっても、なお読み継がれる価値があるとするならば、それこそ、文学の文学たるゆえんであろう。

私にとって、この作品は、文学を読むということの楽しみを感じさせてくれる……ただ文学史に名前があるというだけではなく……作品のひとつとしてある。もうすこし時間をおいて、再々度とさらに読み直してみたいと思っている。

『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎(その二)2017-06-22

2017-06-22 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。
やまもも書斎記 2017年6月19日
『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/19/8600317

三谷太一郎.『日本の近代とは何であったか-問題史的考察-』(岩波新書).岩波書店.2017
https://www.iwanami.co.jp/book/b283083.html

今日は、第1章「なぜ日本に政党政治が成立したのか」の章について見る。

まず問題意識として、日本における政党政治が短命に終わったことを指摘する。その上で、

「まず、それに先だって、そももなぜ日本に複数政党制が成立したのかという問題を取り上げることが必要だと思います。」(p.37)

「特に反政党内閣的であるといわれた明治憲法の下で、なぜ現実に政党内閣が成立したのか。この問題は非常に重要です。」(p.37)

そして、二つのことを考える必要があるという。「権力分立制」と「議会制」である。

明治の日本で、立憲政治がおこなわれた前提として、その前の時代のことを見るべきだとある。

「明治国家におってのアンシャン・レジーム、旧体制である幕藩体制の中に、それなりに明治国家体制の枠組みとしての立憲主義を受け入れる条件が準備されていたと考えるべきです。」(p.42)

江戸時代の幕藩体制の時代にあっても、合議制、権力分立(権力抑制均衡)、ということがあったと指摘する。

この指摘の中で、私が興味深く読んだのは、次の箇所。

ハーバーマスを引用して、

「政治的公共性は文芸的公共性の中から姿を現してくる」(p.51)

と述べている。その具体的な事例として、森鴎外の史伝『渋江抽斎』『北條霞亭』などをとりあげて論じてある。この箇所は、どちらかといえば「文学」の立場にたって本を読んでいる私などには、興味深いところであった。

「そこでは身分制に基づく縦の形式的コミュニケーションではなく、学芸を媒介とする横の実質的コミュニケーションが行われていたのです。」(p.57)

また、幕末になって、「公議」が重用になったと指摘する。

「つまり幕府側も反幕府側もそれぞれの政治的な存在をかけて、「公議」というものをそれぞれの存在理由としなければならなかったわけです。」(p.65)

これをうけて、明治になって明治憲法がができるわけだが、その明治憲法を見ると、明治憲法の権力分立について、

「権力分立制こそが天皇主権、特にその実質をなす天皇大権のメダルの裏側であったのです。」(p.68)

「一見集権的で一元的とされた天皇主権の背後には、実際には分権的で多元的な国家のさまざまな機関の相互的抑制均衡のメカニズムが作動していました。」(pp.69-70)

「明治憲法は表見的な集権主義的構成にもかかわらず、その特質はむしろ分権主義的でした。実はその意味するとことは深刻でした。つまり、明治憲法が最終的に権力を統合する制度的な主体を欠いていたということを意味するからです。」(p.71)

「明治憲法は制度上は、覇府的な存在、要するに幕府的な存在というものを徹底して排除しながらも、憲法を統治の手段として有効に作動させるために、何らかの幕府的存在の役割を果たしうる非制度的な主体の存在を前提としなければならなかったわけです。」(p.72)

そして、その「主体」となり得たものとして、まず「藩閥」があり、次に「政党」であると述べる。

「藩閥が担ってきた体制統合の役割は漸次政党に移行していきます。その意味で政党は藩閥化し、また藩閥は政党化する。いいかえれば、政党が幕府的存在化する。」(p.75)

と結論づける。

以上のような筋書きなのであるが……政党が登場してきた経緯は理解できるとしても、複数政党が競って政権をになうようなシステムがどうしてできたのか、というあたりになると、今ひとつ説明不足な印象が残ってしまう。

74ページで、伊藤博文が立憲政友会をつくり、それに対抗する勢力が……と説明はあるのだが、これだけでは、最初の問題提起の答えとしては弱いように思える。日本の近代の政党政治は、まず政党というものができたことと、それが、複数できて競ったこと、このところに問題点があるのではないだろうか。

政党が政権を担うものとしてできたことと、それが、複数できたこととは、また、別の次元のことがらとして考えなければならないだろう。

このことの補足的な説明として、アメリカでの政党政治の事例があげてある。だが、政党が複数出来て政権を競うようになるメカニズムの歴史的背景は、アメリカと日本で同じというわけではないだろう。

第1章を読んでみて……問題提起は非常にいいと思うが、最終的な説明のところで、いま一つ説得力を欠くことになっているように、私には読める。明治の近代化の前段階として、江戸時代、それから幕末の状況に触れて、その中にすでに「近代」の萌芽があるとの指摘は納得できるものがある。しかし、明治になってから、日本における政党政治の歴史が、何故そのようなものであったかの説明としては弱いところがあるといわざるをえない。

追記 2017-06-24
このつづきは、
やまもも書斎記 2017年6月24日
『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/24/8603198

紫陽花が咲いている2017-06-21

2017-06-21 當山日出夫(とうやまひでお)

ちょうど紫陽花のシーズンである。我が家にもわずかではあるが紫陽花の花がある。今、咲いているところ。

新しいカメラを買ったので、いろいろと写している。紫陽花の花は、毎日、微妙に表情が変わる。このところ、朝にやることは、起きて、NHKの朝ドラを見て、紫陽花の花を写してである。勉強や仕事にとりかかるのは、それからになる。

カメラが変わると……新しいNikonの色合いは、以前に使っていたOLYMPUSとくらべて、色合いが浅くなるようだ。草花を写して、その葉の緑のいろが、深みがあるというよりも、明るくあざやかな色合いに仕上がる。といって不満があるわけではない。このあたりは、カメラの設定(画像処理)をいろいろ変えて試してみているところである。(それでも気にいらなければ、RAWデータを残して、それを自分で処理するしかない。)

やまもも書斎記 2017年6月15日
新しいカメラを買った
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/15/8597217

使っているレンズは、16-80のズームレンズと、40のマイクロ。この二つがあれば、身の周りのだいたいの草花は写せるかなと思っている。強いて欲をいえば、望遠レンズがあった方がいいかというところだが、それは追ってのことにしたい。

紫陽花のつぼみ


紫陽花の花


紫陽花の花

Nikon D7500 Nikkor 16-80 Micro Nikkor 40

『おんな城主直虎』あれこれ「さよならだけが人生か?」2017-06-20

2017-06-20 當山日出夫(とうやまひでお)

前回は、
やまもも書斎記 2017年6月13日
『おんな城主直虎』あれこれ「盗賊は二度仏を盗む」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/13/8593116

『おんな城主直虎』2017年6月18日、第24回「さよならだけが人生か?」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story24/

今回のネコは、和尚とじゃれていた。いや、ネコの方はその気はないのだが、和尚の方から一方的に、ネコにじゃれついていたという感じか。いいネコであると思う。

この回では、最初、ちょっとだけ、前回のラストのおさらいシーンがあった。なぜ、龍雲丸は直虎に仕えることを止めにしたのか。それは、たぶん今のことばでいえば「自由」ということになるのだろう。だが、中世、戦国時代の日本語に「自由」ということば、概念はないだろう。

その「自由」というのが、実は、この戦国ドラマの重要なポイントではないかと思えてくる。直虎は無論のこと、周辺の登場人物は、みな、何かしらの束縛のなかで生きている。それは、「忠義」ということかもしれない。確かに「忠義」は貴いであろう。だが、「忠義」の中にしか生きられない、「忠義」をエトスとする人びとの対極に、それに縛られない「自由」な生き方を選んでいる龍雲丸のような存在がある。

「忠義」の中にしか生きるすべを知らない登場人物として、侍女のたけがいたことになる。たけとくらべるとき、龍雲丸の「自由」がひときわその存在感のあるものとしてある。

それから、この回で、織田信長が出てきた。どうだろうか……おそらく、これまでのNHK大河ドラマで登場した数々の信長のなかで、きわだって異様なオーラを持つ人物として描かれていたのではなかろうか。これで、今川の他に、徳川家康、そして、織田信長と、戦国時代のドラマの主人公がそろった感じがする。今後、この信長が、ドラマの展開にどうかかわってくるのか、楽しみである。

信長が出てきて、いよいよ「天下」をめぐって大名たちの争いが佳境に入ることになる。では、そのおおきな流れのなかで井伊のイエは、どのようにして生きていくことになるのであろうか。(ただ、現在のわれわれは、その結果を知ってはいるのだが。)

さて、次回も和尚とネコは出てくるだろうか。

追記 2017-06-27
このつづきは、
やまもも書斎記 2017年6月27日
『おんな城主直虎』あれこれ「材木を抱いて飛べ」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/27/8605216

『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎2017-06-19

2017-06-19 當山日出夫(とうやまひでお)

三谷太一郎.『日本の近代とは何であったか-問題史的考察-』(岩波新書).岩波書店.2017
https://www.iwanami.co.jp/book/b283083.html

日本の「近代」を考えるうえで、新書本として手頃な本が出たという気で読んでいる。個別的な議論や考証も重用だが、このように大所高所にたって、日本の近代を俯瞰的に考察するという仕事もあっていいと思う。

順番に読んでいってみようと思う。まずは「序章」から。

日本の近代が、西欧諸国をモデルとして構築されたものであること、また、そのきっかけになったのはアメリカによる開国の要求であった。そのアメリカも、また、英国から独立したという経緯がある。それをふまえて、

「現に幕末の日本で世界情勢に通じていた一部の知識人からは、米国は「攘夷」の成功的事例とさえ見られていましたし、非ヨーロッパ国家としてヨーロッパ的近代化の先行的事例を提供していたのです。」(p.3)

「日本の近代化の過程において、米国が日本に対して及ぼした独自の強い政治的文化的影響の歴史的根拠はそこにありました。」(p.3)

次に、「近代」を、ヨーロッパ、特に、英国において、どのようにとらえれていたかを、19世紀後半の英国のジャーナリスト、ウォルター・バジェットをたよりにして、考察していく。

バジェットによれば、「近代」とは、「議論による統治」であるという。

「バジェットはヨーロッパで生まれた「議論による統治」について、むしろ「前近代」と「近代」との連続性を強調し、時代を超えたヨーロッパの文明的一体性を意識的無意識的に前提としています。この点に関して、バジエットは世界における西と東との文明的断絶を強調しました。」(p.14)

このような認識をふまえて、日本は、特殊でもあり、また、ヨーロッパに似たところもあったという。

「法化された固定的な慣習によって拘束されることなしには、地域集団は真の民族となることはできません。また民族を存続させるものは、民族的同一性を保証するような慣習的規範の固定制であるからです。」(p.20)

また、次のようにもある、

「「議論による統治」の下での自由な議論は単に政治的自由のみならず、知的自由や芸術的自由の拡大をももたらします。」(p.27)

そして、この本では、

「バジェットの「近代」概念は、「議論による統治」を中心概念とし、「貿易」および「植民地化」を系概念とするものでした。これを通して、東アジアにおいては最初で独自の「議論による統治」を創出し、また東アジアにおいては最初で独自の「資本主義」を構築し、さらに東アジアにおける最初の(そしておそらく最後の)植民地帝国を出現させた日本の「近代」の意味を、以下の各章では問うていきます。」(p.31)

ということである。

以上のような立場に、私は全目的に賛同するというわけではない。バジェットの言っていることは、あくまでも英国におけるその時代の自己認識としてということとしなければならないと思う(この点については、著者も同様だろうと思う。ただ考察の手がかりとして便宜的にバジェットを用いてみたというところだろう)。が、ともあれ、この本は、読むにたえる本だと思うので、以下、各章ごとに読んでいきたいと思っている。

私は私なりに、自分が生きてきた「近代」という時代のことを考えてみたいのである。

追記 2017-06-22
このつづきは、
やまもも書斎記 2017年6月22日
『日本の近代とは何であったか』三谷太一郎(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/22/8601974

『ひよっこ』あれこれ「あかね荘にようこそ!」2017-06-18

2017-06-18 當山日出夫(とうやまひでお)

ひよっこ
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/

第11週 あかね荘にようこそ!
http://www.nhk.or.jp/hiyokko/story/11/

この週から、本格的にみね子が、すずふり亭で働き始める。このドラマをみていて感じることは、「普通」に「労働」することの意味である。

奥茨城での農家の生活。ドラマでは、特に稲刈りのシーンが印象的に描かれていた。それから、事情(父親の失踪)があっての東京での集団就職。向島電機でのトランジスタラジオの製造と、寮生活。そして、失業、転職ということで、すずふり亭でのホール係。

これら、特に際立った仕事をしているというわけではない。おそらく、昭和40年頃の、地方の、東京の、ごく「普通」の生活を描いている。それが、見ていると、しみじみと感じるものがある。それは、「普通」に「労働」するということの意味を、このドラマは、改めて問いかけているからだろうと思う。

多少の改善はあるかもしれないが、近年の日本の労働環境は厳しい。ブラック企業の話題にはことかかない。過労死などのニュースも珍しいものではない。

すずふり亭の店主(鈴子、宮本信子)は言っていた。仕事のことは仕事の時間内でおわらせる、家にもちかえってはいけない、と。働くときは働くが、休むべきときは、休めばよい。

当たり前のことである。だが、その当たり前のこと、「普通」のことが難しくなってきているのが、21世紀になっての日本の現状である。かつての1960年代、高度経済成長期の日本、まだ社会全体としては貧しかったかもしれないが、「普通」の人間が「普通」に「生活」し「労働」する、この「普通」が生きていた時代であったともいえよう。

この「普通」の暮らしの尊さというべきものを、このドラマは、特に何か大事業をなすというでもないヒロインを通じて描いている。ここが、この『ひよっこ』の良さなのだと、私は思って見ている。

また、その一方で、以前に出てきたような、父親の東京での出稼ぎ生活というものがあった。今からみれば、過酷な労働環境である。そのような環境で働いていた人たちがいたことも、忘れてはいけないだろう。

金曜日の放送で出てきた、省吾(シェフ)の戦争時の回想。1960年代、まだ戦後が完全に終わったという時代ではない。人びとの記憶のなかには、戦争のときのことがまだ、各人各様に残っている。これは、乙女寮の愛子(舎監)にもいえたことでもある。

そして、「普通」の「生活」を描くといっても、みね子の住んでいるあかね荘は変わった人ばかりのようである。だが、悪い人はいないようだ。なかでも一番変わっているのが、大家さん(白石加代子)である。

次週は、何か事件がおこるようである。楽しみに見ることにしよう。