ダークサイドミステリー「ヘブンズ・ゲート集団自殺事件〜UFOに乗って天国へ行こう〜」2026-02-04

2026年2月4日 當山日出夫

ダークサイドミステリー ヘブンズ・ゲート集団自殺事件〜UFOに乗って天国へ行こう〜

この番組を見て、『予言がはずれるとき』(レオン・フェスティンガー)のことを思った人は、少なくないかもしれない。実際にUFOはやって来なかったし、教祖の女性は病死してしまうし……という中で、残った信者たちは、より強くその信仰をもち、より結束を強めて、最終的には、ほぼ全員が納得して自殺するということになった。

社会のなかにカルトというべき集団や組織があることはたしかなことである。なぜ、人はカルトにひかれるのか、ということも大事なアプローチだと思うのであるが、しかし、カルトと既成の宗教とは、そうはっきりとした違いがあるわけではない。これも、歴史的にさかのぼれば、特にそうである。ヨーロッパ中世の魔女狩りなどは、今の価値観からからすると、カルト教団の狂気としか思えないが、いかんせん、同じキリスト教という流れが今につづいているので、さかのぼって、あれは邪教でした、カルトでした、とはとても言えない。どこか歯切れの悪さということを感じる。

同じようなことは、日本についてもある。オウム真理教も事件さえ起こさなければ、変な白い服を着た人たちの集まりということで、今も続いていただろう。統一教会でも、一億もお金を取らないで、百万ぐらいであったなら、ちょっと高額の寄付を要求することのある教団ぐらいのところだっただろう。

カルト教団ということについては、集団で自殺するぐらいのことなら、目をつぶってもいいのかと思っている。別に、無関係な人を殺して道連れにしようとしたわけではない。

むしろ、この種のことについて、あれはカルトだと決めつけて制限を加える、弾圧する、規制する、ということの方が、大局的には、むしろ弊害が大きいことのように、私には思える。

ちょっと変わった人たちが、社会の中で、他人に迷惑をかけないかぎり自由である……これは、近代のリベラリズムの基本だと思っている。それに規制をかけるとするならば、なぜ、それは規制されるのかということの、価値観の問いかけが重要なことになってくる。

2026年1月26日記

ドキュメント72時間「冬の長野 峠の水くみ場で」2026-02-04

2026年2月4日 當山日出夫

ドキュメント72時間 冬の長野 峠の水くみ場で

いい水というのは、ほとんど信仰というか、あるいは、疑似科学か、という気がする。

安全と水はただである……というのは、昔、イザヤ・ベンダサンが喝破したことである。これを、山本七平のことばとしてもいかとも思うが。しかし、今では、水をもとめてコストをかけることを人はいとわなくなってきているともいえる。ペットボトル入りの水は、普通の商品になった。安全と水はただ、というのは、もはや昔話である。

災害などで、水道が止まると、給水車が出てきて、そのことがニュースになる。

今の日本では、水道が各家庭にあって、蛇口をひねれば水が出てきて、その水は飲める水である……こういうことが、大きな前提として共有されている。水を買ってくるのは、あるいは、わざわざ水を汲みにいくのは、それを前提としてということであることを、忘れてはならいないと思う。

私がこういうことを強く思うのは、今から60年ぐらい前、小学生のころ、上水道の無い家に生活した経験があるからである。飲料水はもちろん、生活用水であっても、200~300メートル離れたところ……そこまでは水道が通じていた……まで、バケツで水を汲みにいかなければならなかった。風呂は、銭湯だった。(ただ、これは、この時代としては普通のことだったが。)

また、私の生まれた故郷の家は、水は、井戸水であった。

美味しい水をもとめて、自動車で時間をかけて行くのも面白いと思うが、日本で上水道が普及している、ということのありがたみを忘れてはいけないと、思うことになる。私は、家の水道から出る水を飲むことができるのに、わざわざ手間暇かけて水を汲みに行くことは、人それぞれだとは思うが、自分ではそういうことをしたいとは思わない。

このエリアで黒曜石が採れて、湧き水があってということは、はるか古代の昔から、人の住む土地であった、ということができるだろうか。この地域の、古代の住居跡など、考古学の方からどうなのか、気になったところである。

2026年2月1日記

新日本風土記「秋田川反 雪の酒場街」2026-02-04

2026年2月4日 當山日出夫

新日本風土記 「秋田川反 雪の酒場街」

再放送である。最初は、2024年2月13日。

秋田の川反のエリアに焦点をあてた企画である。見ながら思ったことを書いておく。

NHKとしては、かなり婉曲な表現にしたということだろうと思うが、昭和27年に10歳の少女が「売られた」ということは、それが川端芸者であったとしても、今の概念でいえば、人身売買だろう。売春禁止法の施行は、昭和33年である。この時代の、貧しい家庭の子どもの生きていく道としては、妥当な選択肢のうちであったというべきだろう。

見ていて、その踊りは、(私の見るところでは)さして上手とは思えなかった。ありていにいえば、踊りの芸を見せる、教えるのは、仕事のメインではなかったと思っていいだろうか。あるいは、ただ、年をとったということかもしれない。それでも、この踊りを見たいという人が多かったということになる。いろんなことを思うが、いろんなこと(つらいこと)のあった人生なのだろう。

番組の最後のカットで映り込んでいたのが、無料案内所、の看板。意図的に、これを最後に映したのか、たまたまそうなっているのか、どうなのだろうか。

ハタハタは、近年は、不漁で簡単に食べられるものではなくなっている。昔は、一般的なお魚だったのに、と思う。

おでん屋さんが、炭火で酒の燗をする。(この映像は、最近、再編集版で見た記憶がある。)炭火を使うのは、一定の温度を保つことができるからだろう。最後の焼き鳥を焼く場面でも映っていたが、いい炭を使っている。私としては、今の時代に、こういう炭を焼いている人のことの方が気になる。

川反が昔うるおっていた時代。八郎潟の干拓事業のあった時代であった。八郎潟のことは、昔の学校の社会の教科書にも出ててきていたことである。農地造成ということで、大規模な公共事業の成功例として、語られていたという記憶がある。それが、今では、お米を増産するべきなのか、減産すべなのか、揺れている。(今の八郎潟はいったいどうなっているのだろうか。)

日本酒をワイングラスで飲むというのは、私の趣味ではない。ワイングラスをつかっていながら、全体をてのひらで持ってしまっては意味がないだろう。ブランデーではないのだから。それよりも、おでん屋さんの言っていたように、徳利を持つときは下の方を持って、ということの方が、酒のことをよく分かっていると感じる。

お酒をどんなふうにして飲むか(そのままの常温か、温めるか、冷やすか)、どんな器で飲むか(焼き物の盃か、ガラスのコップか、ワイングラスか)ということがあって、それに会わせて、お酒もまた作り方が変わっていく、飲み方も変わっていく、ということである。

昔ながらの製法で日本酒を造るということは、今の時代だったら、そのように造ったということを、意味のある特別な付加価値として商品化できるだろう。一部の日本酒、ウイスキーなどは、ものすごく高い。(ただ、私は、ことばの言い方として「日本酒」ということばは好きではない。言語学的には、レトロニムである。ただ、「酒」と言った方がいい。昔の日本で、酒といえば、日本酒だったのであるから。)

昔ながらの酒造をささえるのは、杜氏などの技術もあるが、樽を作る技術もあってのことになる。今でも、こういう樽を作れるということは、継承していくべきことと思う。

(私自身は、酒を飲むとしても、日本酒でも、ウイスキーでも、焼酎でも、同じガラスのコップにダボダボとそそいで飲むだけの、無粋きわまりない人間であるのだが。)

尺八を吹いていた男性、てっちゃ、は、今ではもう、「忘れられた日本人」というべきだろう。こういう人でも街の中でも生きて行くことができた時代は、もうもどらないかと思う。

川端芸者がいなくなって、芸舞妓を養成しようというのは、こういこともあってもいいかと思うが、秋田の街のビジネスとしては、さて、将来的にはどうなるだろうかと思うところがないでもない。

古い文章になるが、柳田国男が『木綿以前の事』の中で、日本人の酒の飲み方の歴史を概観している。川反のような飲み屋街が出来たというのは、近代になってからの、それも、戦後になってからの、日本の人びとの生活の変化、酒の飲み方の歴史があってのこと……こういうことを思うことになる。

2026年2月1日記