新日本風土記「妖しの京都 清めの夏」 ― 2026-09-03

2026年9月3日 當山日出夫

新日本風土記「妖しの京都 清めの夏」

再放送である。2024年8月。

京都の夏の風物、それから、町屋などの暮らしや、祇園祭り、御霊信仰、その他、いろいろととりまぜた内容である。

私が見ていて、一番印象に残っているのは、町屋での夏のしつらえのシーン。このときに、部屋の畳が映っていたのだが、その色が、日に焼けたりして、見るからにかなりふるびた印象があった。こういうのが、生活の色だなあ、と見て感じるところがあった。(このような場合、取材のカメラが入るからといって、特に畳を綺麗にして準備するというようなことをしていないということであり、まさに、日常の生活の中の色である。)

祇園祭りの太子山の組み立てのシーン。見ておどろいたのは、ワラの縄を使っていなかった。(詳しくは分からないが)ビニールなどの化学製品のロープだった。近年の生活の中で、急速に姿を消しているのが、ワラである。今の農家の稲作では、ワラが残らない。コンバインで稲刈りをしてしまうようになっている。一昔前では、ワラというのは、ごく身近にあるものだったのだが、それが、姿を消している。それから、もみ殻も見なくなったかと思う。

祇園祭りにかかわる部分で、画面で表示される文字は、すべて「示氏」を使っていて、「ネ氏」をまったく使っていなかった。どうしても、この部分は注意して見てしまうことになる。国語学的に、文字論としてみれば、この漢字の字体については、かなり気をつかっているということはたしかである。NHKの場合、たいてい、どちらかに統一することになっている。

だが、その他の字体に問題のある漢字……謎、捗、賭、などは、特に気にせず、一つの番組の中で、異なる字体を混在させていることが多い。固有名詞の漢字であるからということもあるのだろう。(もう、こういうことで論文を書いてみようとは思わなくなっているが、気になることである。)

祇園祭りのちまきを花脊で作っているとは知らなかった。花脊も、ぎりぎり京都のうちである。行政区分では京都市の内部である。古い意識としても、山城のエリアの内側といっていいだろう。だが、同じ山城のエリアといっても、宇治市は行政的には別になっている。しかし、隣接する伏見のエリアは、京都市にふくまれる。いろんないきさつがあってのことだろう。

夏になると水無月を食べたくなるのは、いまだに私の感覚としては残っている。だが、今の生活で、私以外の家族は、それを持っていないので、誰も買ってきてくれたりしないのが、ちょっとさびしい。といって、自分でお店まで買いに行こうという気もおこらないけれど。

鳥辺野、それから、化野、このあたりが、昔の死体の捨て場だったことは、たしかなことだろう。絵画資料や、説話(『今昔物語集』など)を読んだりすると、京都の街の中は、かなりきたないし、死体がごろごろしていたらしい。もちろん、おばけや妖怪のたぐいは、た~くさんいた。

2026年8月28日記

NHKスペシャル「よみがえる法隆寺の至宝 〜金堂壁画・完全復元に挑む〜」 ― 2026-09-03

2026年9月3日 當山日出夫

NHKスペシャル「よみがえる法隆寺の至宝 〜金堂壁画・完全復元に挑む〜」

これはよく作ってあった。面白かった。

作った人間の見識がきちんとしている。

文化財の保護の歴史という観点。
仏教美術史における法隆寺金堂壁画の位置づけ。
デジタル技術で、復原することの意味。
その技術的な解説。

それぞれがバランス良く組み合わさっていて、総合的にうまくまとめてある。

部分的には、いくぶん気になるところがないではない。色彩学の観点から見ると、ちょっと気になることがある。

そもそものガラス乾板の感光度分布。どの波長の光にどのように反応するのか、これが一番のスタートに来なければならないのだが、スルーしてあった。一般に波長の短い光に反応するほど、解像度が高くなる……写真のフィルムについては、こうなるのだが、ガラス乾板についても、同様のことがいえるのか。また、ガラス乾板は、可視光領域の光だけに反応するのか、どうであるのか。

ディスプレイで見ることでの、デジタル画像であるから、RGBに分解することになるのだが、このとき、色空間の設定(sRGBでいいのか、AdobeRGBに拡張するのか、これも厳密にはさらにややこしいが)ということがある。

何億画素の解像度ということよりも、上記のようなことが、技術的、色彩学的には、おおきな問題としてあるはずなのだが、ちょっと専門的になりすぎるということで、カットしてあった。だが、映っている作業の場面など見ると、考えて作業していることは、理解できる。

ただ、画像データを見るときに、ノートPCでMacとWindowsを同じように使っていいかというのは、ちょっと気になったところである。

こういうことの技術にかかわる会社としては、富士フイルムと便利堂ということになるのは、文化財については、普通のことだろう。

撮影のときの光源については、どんなものであったかは、分かったらしい。これは、非常に重要な情報である。だが、撮影につかったガラス乾板とフィルタについては、説明があったのだが、使ったレンズについては、何も言っていなかった。色収差が問題になるはずだが。

総画素数がいくら(何億か)というのは、たしかに意味のあることであるけれど、それ以上に重要なことは、1ピクセルあたりの情報量(ビット数)である。また、画像データの保存形式のこともある。このことについては、何にも言っていなかったが、きちんと考えてのことだろう。(こういうことは、直接語らなくても、番組全体の作り方から、なんとなく感じとれる。)

デジタル画像のことだけではなく、壁画に使用された絵の具の特定があって、それが経年劣化をしていたことをふまえて、色を決めていくというのは、文化財の復原においては、基本的なステップになることであるはずだが、こういう基礎作業があってのことであることを、きちんと取り入れて作ってあったというのは、文化財の保護や復原についての、見識があってのことである。

画像や色彩のこと以外でも、金堂の古い木材が映っていたが、古い時代のものは、ちょうな、で製材したことがはっきりわかる映像になっている。

最後に文化庁のことばとして、文化財のデジタル画像が、インターネットで簡単に見られる時代になってきている時代だからこそ、その質が重要になってくる……これは、そのとおりだと思う。

番組の趣旨からははずれるが、インターネット上の画像デジタルアーカイブとしていろんな文化財の画像データが見られるようになっているが、絵画などついて、コダックのカラーチャートが写しこんであるのがとても多い。これは、どうにかならないものかと思う。(このことについて論じ出すときりがないことになるけれど。この番組の中では、コダックのカラーチャートはまったく登場してきていない。これも見識である。)

2026年9月1日記

所さん!事件ですよ「夏休みSP ハリウッドセレブが爆買い!! 世界を駆け巡る日本の古着」 ― 2026-09-04

2026年9月4日 當山日出夫

所さん!事件ですよ「夏休みSP ハリウッドセレブが爆買い!! 世界を駆け巡る日本の古着」

録画しておいたのをようやく見た。

古着をめぐっては、いろんな番組でとりあげていることであるが、なかなか全体像が見えない。ビンテージ古着の話しとか、日本から輸出される古着のこととか、世界の古着があつまるアフリカやチリのこととか、断片的には、これまでいくつかの番組でとりあげてきたことである。

ビンテージのデニムやTシャツに、とんでもない値段がつく……100万円はおろか、1000万になるものもある……こういうのは、その値段でいいという人がいるなら、成りたつビジネスであるが、これはこれでいいだろう。

日本からの古着が、タイに行って、そこから、価値があるとされたものが、日本に戻ってくる。これもビジネスといってしまえばそれまでである。ただ、昨今の話題としては、クールジャパン構想が破綻したというニュースを見ているので、日本のポップカルチャーをとらえるときに、もし、このような古着市場まで視野にいれた発想があったなら、また違ったものになったかと思える。これも、後継の別の企画があるらしいが、はたして、タイの古着マーケットのビジネスをとりこむことができるだろうか。(日本の政府や役所がからんでいるとすると、無理だろうなあとは思うが。)

世界の古着が集積地としては、パキスタンが日本、東南アジア、アフリカ、ヨーロッパをつなぐ場所として、盛況をきわめている……と思っているのだが、これは、今は、どうなっているのだろうか。パキスタンのことは、番組では言っていなかった。

世界の古着の最終的な処分地(?)として、アフリカのケニヤ、ガーナ、それから、南米のチリがあげられていた。これも、最終的には、どこかに集めなければならないことではあるけれど。

ルワンダで、自国で縫製工場を作ってという試みは、たしかにいいことだと思うのだが、はたしてこれから持続的に成長するだろうか。あるいは、安い人件費ということで、服飾の縫製業を産業として育成できるだろうか。

面白かったのは、偽物の古着。高価格のものがあれば、当然、偽物も出回る。これが、どこで、どんな人が作っているか、まったく言っていなかったが、気になったところである。

日本で古着の販売業をはじめるための学校があって、というのには、おどろいたことである。これも、古着ビジネスが、定着しているということなのだろう。

オンラインでの販売については、これからどうなるだろうか。

今、書物については、Amazonで買おうとすると、古本を選んで買うこともできる。同じようなことが、大規模に、それも、AIを使って展開するだろう。新しい流行の服を見て、これに似たのを古着マーケットから探してきてくれて提示してくれる、こういうAIのサポート(?)は、現実のものなるにちがいない。あるいは、こんなデザインで、いつごろののもので、など入力すると(いや、ことばにして話しをするだけで)世界の古着ショップから探してくるということになるだろう。こうなったときに、個人でのオンラインショップは、どうなるだろうか。

都市部の立地条件のいいところに、実店舗をかまえるのが、上手いということになるのだろうか。

古着の混紡繊維のリサイクル技術は、これからどんどん発達していってほしいと思う。

この番組の中で、中国のことがまったく言及がなかったが、中国の国内での古着マーケットは、どんなになっているのだろうか。興味のあるところである。

また、当たり前のことだが、一般に、古着は価格が安いので貧乏な人が着るものであると思っているのだが、こういう普通の古着の流通ということも大事だろう。東南アジアとか、アフリカとかでは、このような本来の古着として利用されているらしい。その中に、例外的にビンテージものがあるという構図になるだろう。

なお、この番組は、古着、ということで作ってあったから、その範囲外のことになるのだが、新しい衣料品など、いったいどこの国で、どのように生産されて、流通しているのか、(中国の新疆ウイグル自治区の綿にかぎらず)、これも、重要なことにはちがいない。

2026年9月2日記

ザ・バックヤード「福井県立恐竜博物館2」 ― 2026-09-04

2026年9月4日 當山日出夫

ザ・バックヤード「福井県立恐竜博物館2」

福井には、ちょっと前に行った。目的は、三方五湖の年縞博物館である。恐竜博物館には行かなかった。はっきり言って、あまり興味がなかったからである。年縞博物館の三方五湖の年縞研究から得られたデータは、ここしばらく間は、世界の古気候研究(過去7万年)や考古学などの分野で、かならず参照されなければならないものとしての学術的価値があるが、恐竜博物館にそれほどの世界レベルの価値のあるかどうか、と思ったからである。これは、私が、恐竜のことについて、あまり知らないからということもあるのかと思うが。

たとえば、現在、シマウマやパンダの骨があったとして、その骨格だけを見て、シマウマやパンダの白黒の模様を復元的に推測できるのだろうか。パンダの骨だけから、パンダが竹しか食べないということが分かるのだろうか。こういう疑問を持っている。これが、どこまで分かるのか(骨だけから)、あるいは、分からないのか、ということについて、納得のいく説明があって、そういうことをふまえて、もっと不確実性のたかい古代の自然環境において、恐竜が、どういう色をしていたり、どんな生活をしていたり、ということが、どれほど分かるのか、分からないのか、これを知りたいと思っている。おそらく学問的に意味のあることは、骨の化石だけからは、こういうことは分からないという、分からないことをはっきりいうことにあるはずである。研究者の世界では、こういうことをきちんと考えているのだろうと思うが、一般に、博物館に展示される恐竜の復原の姿からは、分からない。あたかも、分かったかのように作ってある。こういう欺瞞的な展示が、私は嫌いなのである。

恐竜博物館と福井県立大学恐竜学部で、CTスキャン画像を使って、いろいろと分かるようになってきたということは面白い。というよりも、いままで、恐竜の化石のCTスキャン画像を使った研究が、本格的にはなされてきていない(らしい)というのが、むしろおどろきという印象である。まあ、研究コストの問題なのかと思うが。

恐竜の化石のCTスキャン画像だけ見ても、分かることはほとんどないはずである。それを、他の動物、古代の化石しか残っていない動物であったり、現在の地球上に棲息しているたくさんの動物であったり、これらのデータと比較して、はじめて分かることになる。では、その比較の対象となる、現在の動物についてのデータは、どれぐらい分かっていることなのであろうか。これも、生物学、古生物学の分野では、広く流通する知識になっているのかとも思うが、おおむねでいいから、どれぐらいのことが分かってきているのか、そこを知りたい。

古生物研究は、まず、何よりもナチュラリストでなければならないと思うのだが、この分野の研究者の意識はどうなのだろうか。

2026年8月30日記

ネコメンタリー 猫も、杓子も。「篠原千絵と桃太」 ― 2026-09-04

2026年9月4日 當山日出夫

ネコメンタリー 猫も、杓子も。「篠原千絵と桃太」

私は、基本的に漫画は読まないことにしているので、篠原千絵という漫画家の名前は知らない。別に漫画が嫌いなわけではない。漫画まで読むものの範囲を広げると大変なので、きっぱりと読まないということにしているだけのことである。

見ていて、一番興味深かったのは、ペン軸。使っていたペン先は、スプーンペン、でいいと思う。昔、高校生ぐらいのときまでは使ったものであるが、大学生になると、万年筆が主になった。(万年筆は、いいのを買った。モンブラン146は二本持っている。神保町の万年筆屋さんで買ったものである。)

いまどき、手描きで漫画を描く人は、どれぐらいいるのだろうか。若い人だったら、メインはコンピュータを使ってということになっているにちがいない。手描きで描くとなると、ペンは何を使うかは、非常に重要であるし、それを使うためのペン軸も、とても大切である。

桃太が階段を降りる様子を見ていると、なんだかちょっとぎこちない。階段を降りるのを怖がっているということはないようなのだが、スタスタと降りるようでもない。(我が家のネコは、階段を降りるとき、四本の足を交互に出して、普通に地面を歩くように、スタスタと歩いて降りる。人間が降りるのよりも、速いスピードである。)

吉田修一と金ちゃんと銀ちゃん。

吉田修一の紹介の部分で、『国宝』が出ていなかったので、気になって調べてみたら、吉田修一の回は、2020年である。

ネコを見ていると飽きないというが、これは、ある意味では、ネコのことを見ていないようでありながら、きちんと観察する目があるから、ということなのだろうと思う。

2026年8月31日記

映像の世紀バタフライエフェクト「陸軍 VS.海軍」 ― 2026-09-04

2026年9月4日 當山日出夫

映像の世紀バタフライエフェクト「陸軍 VS.海軍」

最後まで見て、名前が出てきていたのは、相澤淳、高杉洋平、菊月俊之。前回の特攻のときとは、メンバーがちがう。同じなのは、菊月俊之。日本の軍事の歴史を語るとしても、特攻という視点から見るとの、陸軍と海軍の対立という視点で見るのとでは、かなり違ってくることは、そうだろうと思う。

最初の方で、陸軍を象徴する音楽が「戦友」であって、海軍を象徴する音楽が「軍艦マーチ」というのは、どうなのだろうか。軍艦マーチは、いかにも海軍の曲であるが、「戦友」は、陸軍のいさましさを歌った歌ではない。(そういえば、陸軍の「いさおし」……ちょっと古いことばだが、浅田次郎がこのんで使っている……をあらわす曲は、何がふさわしいだろうか。「歩兵の本領」では、今では、知っている人は少ないかもしれないし。)

陸軍と海軍の対立ということは、いろんな場面で語られてきたことであるが、これだけをとりだして、この手の番組を作るというのは、かなり珍しいかなと思う。といって、それほど目新しい映像資料があるということでもないのだが。

気になったこととしては、ソ連が日ソ中立条約を破って満州に侵攻したのが、8月8日と出ていた。普通の知識だと、8月9日になってから、ということだと思っているのだが、これは、最新の研究で、8月8日のうちに攻撃を開始していたということなのだろうか。ここは、説明がほしかったところである。

昭和天皇が映っているとき、裕仁親王、と文字であっただけだった。(後の)昭和天皇とも、皇太子ともなかったのは、ちょっと気になった。見れば、昭和天皇の若いときのことだと、すぐに分かることではあるが。

陸軍と海軍の対立の歴史ということを描くのに、瀬島龍三が登場するのは、どうなのだろうか。それなら、淵田美津雄ぐらいが、海軍の代表として出てきていてもよかったかもしれない。

それにしても……本当かどうかわからないが、某出版社の入社試験千人のうち、山本五十六の名前を知っていたのが二人だけだったと、つい最近、話題になったことであるが、これは、一種の都市伝説のようなものなのか。いや、そうであっても、今の若い人たちが、山本五十六の名前を知らなくても、おかしくはないと思える。

だが、山本五十六のことを知らないと、日本の真珠湾攻撃の意図ということも理解できないだろう(それを、どう解釈するにせよ。)

といって、学校の歴史の教科書に名前の出てくるような人物ということでもないし。

2026年9月1日記

よみがえる新日本紀行「風浪の岬〜9月の室戸〜」 ― 2026-09-05

2026年9月5日 當山日出夫

よみがえる新日本紀行「風浪の岬〜9月の室戸〜」

再放送である。最初は、2019年。オリジナルは、昭和44年(1969年)。

現代では、気象情報、天気予報というと、気象衛星からの画像からはじまるのが普通の感覚になっている。地球規模での気候変動というが、地球全体の気象を考えることが日常的になったのは、かなり新しい。

気象観測の歴史としては、富士山頂のレーダーのことがあるし、室戸岬のレーダーも、重要な位置をしめていた。気象衛星の画像が一般的となる前のことである。

台風の予想も、今から考えれば、とても大雑把なものだったということになる。それでも、漁師である人たちは、空を見て、雲を見て、波を見て、空気を肌で感じて、海で仕事をしていた。

最近は、高潮による災害ということが、少なくなった。まったく無くなったということではないが、かつての伊勢湾台風のような大規模な高潮の災害は減少した。各地につくられた防潮堤のおかげというべきだろう。

海に出た漁船との通信には、モールス信号をつかっていた。私は、見てそれと分かるが(実際には使ったことはないけれど)、今の若い人には、なんだか分からないことかもしれない。

遭難した船があると、お地蔵さんをつくる。そのお地蔵さんの数も、決して少ないとはいえない。亡くなった人の供養のために、千枚ながし、を女性たちが海岸でしている。こういう風習は、今では、どうなっているのだろうか。

ところで、インド洋から大西洋にかけてマグロの漁に出かけていたことになるが、おそらく、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』の書かれた時代と、重なることになるかと思って見ていた。これは、水産庁の調査の船ということだったと記憶しているが。

現代の室戸の漁業はどうなっているのだろうか。新しく室戸に移り住んできて漁業に従事するという人がいたことになるが(2019年の現代では)、今は、どうなっているのか。おそらくは、遠洋漁業も近海の漁業も、いわゆる外国人労働者なしにはなりたないことかと思っているのだが、まず、実態がどうなのかということが知りたい。日本の漁業にとって、必要な労働力をどう確保するのか、現実的な判断がもとめられるにちがいない。

2026年9月2日記

英雄たちの選択「地下鉄をつくった男 〜早川徳次 100年前の挑戦〜」 ― 2026-09-05

2026年9月5日 當山日出夫

英雄たちの選択「地下鉄をつくった男 〜早川徳次 100年前の挑戦〜」

もう東京に行くこともなくなったので(学会があっても、行くことがない、学会費は若い人たちの活動の場への寄付と思っている)、銀座線に乗ることはない。銀座線も、渋谷駅の改造で、大きく変わったはずである。

昔の銀座線は、途中で急カーブがあって、社内の照明が消えるときがあった。これは、無理に二つの路線をつないだことの結果ということだったと思うが、今は、どうなっているだろうか。

早川徳次の話しも興味深いのだが、それと同時に、ゴウトウケイタの五島慶太の辣腕ぶりがすさまじい。こういう経営者がいて、今の東急があることになる、とは思うが。(五島美術館は、昔の、五島慶太の屋敷跡のはずだが、その敷地のすぐ側を自分の経営する電車を走らせるという感覚が、どうもわからない。だが、五島美術館の庭を歩くと、五島慶太の信心深さが分かるところもある。とにかく、世の中で悪いやつほど、妙に信心深かったりするものである。)

見ていて、私が、一番興味深いと思ったのは、地下鉄のポスター。杉浦非水のデザイン。見ると、描いてある人物に女性が多く、そして、洋装である。銀座線の昔の映像資料の部分で写っている女性は、着物姿が多い。つまり、実際の街の人びとの様子というよりも、これからは洋装で街に買物に行く、そのときには地下鉄に乗る、というイメージであったことが、はっきりと見てとれる。

それから、番組の趣旨とはまったく関係ないことだが、お金を勘定する場面の映像で、平たい四角いお盆のような箱に、縦横にマス目が作ってある。そこに小銭を入れて、各マス目に一個ずつコインが入るようにして、枚数を数える。こういうやりかたを、私の体験では、小学生ぐらいのときに、近所の農協(だったと憶えているが)の窓口で見た記憶がある。昭和40年ごろになるだろうか。このようなことは、金融機関などで、多く使われていたことと思うが、もう今では使わないだろう。現代では、銀行などだと、自動でコインを数えて金額を出してくれる。

東京を中心とした首都圏の鉄道の歴史を総合的に見ると、銀座線の建設ということも、また、違ったことが見えてくるのかとも思うが、これは、また、別の大きなことになる。鉄道の歴史に詳しい人が見れば、いろいろと思うところがあるにちがいない。

東京の鉄道の歴史と、それを利用することになる中産階級の歴史、これは興味深いいことがたくさんあるだろう。それから、番組では何にも言っていなかったが、鉄道や地下鉄の建設に従事した労働者は、どういう人びとだったのだろうか。

私は、いまだに、営団、といってしまう。東京メトロと目にして、これは昔の営団地下鉄のことだな、と頭の中で変換しないといけない。もう、世捨て人である。世の中についていけない。

それにしても、なんで東京には、営団地下鉄と都営地下鉄が別々にあるのか、これも気になっている。昔、東京で暮らしはじめたときから、訳の分からないことの一つである。

この回で地下鉄のことをとりあげていたことになる。東京の都市部の交通としては、近代になってからは、徒歩でなければ、人力車、円タク、路面電車、などもあるはずだが、これらをふくめて、人びとの生活の歴史と交通の歴史ということを考えることも必用だろう。それから、大きな荷車を人間がひっぱっていると、(昔の意味での)たちんぼの仕事があった。たぶん、トラックの普及とともに姿を消したかと思うのだが、歴史的にはどうだったのだろうか。

2026年8月24日記

アナザーストーリーズ「ウクライナ侵攻 予見した者たち」 ― 2026-09-05

2026年9月5日 當山日出夫

アナザーストーリーズ「ウクライナ侵攻 予見した者たち」

この回は、つまらなかった。というよりも、もの足りなかった、というべきだろうか。

純然と、軍事的な視点から見ると……開戦の前段階で、ロシア軍が、ウクライナとの国境付近に兵力を集めていた、これが、衛星画像の分析から分かる。これは、すでに、その当時においても、日本でも言われていたことである。軍事的に意味があるとすると、国境のあたりに、どれだけの戦車があるか、ということも大事だが、それよりも、兵站の準備が、どうなっているかということの方が、重要だろう。ただ、おどしというだけで戦車を集めたのではないとすると、戦争を始めてからの兵站……さまざまな物資の補給ということが、重要になる。戦車の数よりも、弾薬や燃料の補給体制が整っているのか、それによって、どれぐらいの規模の軍事行動を、どれぐらいの期間で、想定しているのか、予測できることかと思うが、軍事の専門家としては、どうなるのだろうか。

そもそも、ウクライナ戦争の前の、クリミア半島併合の時点から、ロシアの戦争は始まっていたというのが、現在からふりかえって常識的な見解かと思う。

ロシアにしてみれば、ウクライナは歴史的にロシアの一部である……これは、ウクライナとしては受け入れがたいことであっても、ロシアとしては、こう思うことには、なにがしかの理由がある。このことも、多く言われていることである。

この番組では、プーチンをことさらに特異な人間として描くということにもなっていないようである。ロシアの歴史、プーチンという人間、それから、KGBの組織で何を学んで考えてきたか……こういうことを総合して考えなければならないことだろう。

2026年9月3日記

『ひよっこ』「旅立ちのとき」 ― 2026-09-06

2026年9月6日 當山日出夫

『ひよっこ』「旅立ちのとき」

この週で、みね子は、東京に行く。

お正月にお父さんが帰って来なかったので、東京で働くと決心したのだが、お正月をすぎてからの就職活動は厳しい。そこをなんとか、学校の先生の尽力で見つけることができた。

このドラマでは、悪い人が出てこないということが基本であり、人間の善意を非常に肯定的に描いている。その一つの事例が、学校の先生の生徒を思う気持ちとして表れている。

ただ、この時代、奥茨城村から東京まで、そう簡単に電話がつながることではなかったはずなのだが、学校から、向島電機までは、簡単に電話がつながっていた。ここは、時代の設定として無理があるところではあるけれど、学校の先生の頑張りと、向島電機の愛子さんの登場ということを考えると、こういう演出であってもいいかなと思う。

東京に行くのは、みね子、時子、三男、の三人である。学校の規模とかを考えると、同級生を三人だけで描くのは、どうかなと思わないではない。しかし、これも、それぞれの家庭の事情とか、親同士の関係とかを、並行してきちんと描くとなると、三人ぐらいでちょうどいいかなとも思える。

卒業式の日のことが、とてもいい。学校での式や生徒たちがメインではなく、母親たち三人の気持ちを描くことで、この村で、育ったみね子たちのこれまでの生活を表すことになっていた。そして、みね子たちを育てた母親の気持ちがあってこそ、村を離れて東京に行くみね子たちの決意が、深く感じられる。このとき、みね子の家の柱に、子どもたちの成長の記録として、身長を測った跡が映っているのは、とてもいい場面だったと感じる。

この時代は、集団就職列車が実際にあった。奥茨城から東京まで、そんなに長距離ということではないが、その心理的な距離は、今では、容易に想像できないといっていいだろう。特に、もう、若い人たちには感じられないことかと思う。(逆に、一人一人が、スマートフォンを持っている現代だと、物理的な距離よりも、古くからの人間関係がいつまでもつきまとうということが、わずらわしくなってきているだろう。昔だったら、学校を卒業して、バラバラになってしまったら、本当にそれがお別れであった。)

列車の集団就職の生徒たちとか、上野駅の雑踏と喧噪とか、非常にそれらしく作ってあった。このドラマのいいところの一つは、ここぞという場面での、エキストラをケチっていないことである。列車の中で、科白のあるのは、みね子と時子と三男のいつもの三人と、乗り合わせた青天目澄子(松本穂香)である。

さりげない場面だが、引率するみね子の学校の先生と、同じ列車で同じように生徒を引率していく別の学校の先生同士が、おたがいに大変ですね、とことばをかわしているシーンがとてもいい。こういうちょっとしたところで、この時代の人びとの気持ちを表現している。

上野駅について、それぞれが、就職先の人が出迎えにきてくれるのを座ってまっている。東京に就職で上京するというのは、とても大変なことであった時代である。

奥茨城村を離れる日の、最後の、それぞれの朝御飯のシーンがいい。みね子、時子、三男、それぞれの家らしい。また、旅立ちの日の朝御飯として、御馳走を作っていることになる。それから、本当に朝御飯を食べているという演出になっている。ここは、このごろの朝ドラの多くがそうであるように、ただ、お茶碗とお箸を持って科白を言っているというだけのことになっていない。

列車の中でのお弁当も、この時代の奥茨城村としては、せいいっぱいの御馳走であることが感じられる。おにぎりが、お赤飯だったりする。

ただ、お弁当箱がアルミであったのは、どうかなとは思う。東京に持って行っても邪魔になるだけだから、こういうときは、折りを使うかなと、私の感覚では思うのだが、どうだろうか。

2026年9月5日記