『街道をゆく 神戸・横浜散歩、芸備の道』司馬遼太郎/朝日文庫2023-07-15

2023年7月15日 當山日出夫

神戸・横浜散歩

司馬遼太郎.『街道をゆく 神戸・横浜散歩、芸備の道』(朝日文庫).朝日新聞出版.2009
https://publications.asahi.com/kaidou/21/index.shtml

もとは、一九七九年、一九八二年に「週刊朝日」連載。

収録するのは、
「芸備の道」
「神戸散歩」
「横浜散歩」

この連載のころ、私は大学院の学生だったことになる。

読んでいろいろ思うところはある。「芸備散歩」では、地名の語源考証が出てきたりするのだが、どうもこのあたりは、国語学、日本語学の立場から考えて、どうかなと思うところがある。まあ、司馬遼太郎の週刊誌エッセイということで、読み流しておくことにする。

安芸の一向宗のことが出てくる。これまでに読んだ「街道をゆく」シリーズのなかでも、一向宗、あるいは、親鸞や蓮如の思想というものについて、触れることがいくつかあった。日本の仏教史のなかでは、重要であることは確かだが、しかし、どこか異質なものを感じると言っていいだろうか。司馬遼太郎の宗教観としては、(これまでに読んだところでいうと)奈良の東大寺、比叡山、それから、京都の大徳寺あたりを語ったところに、その真骨頂があるように思う。

これを読んでも、一昔、二昔まえの、中国山地の山間の街……三次のことが出てくるのだが……あたりの風景の描写が非常にいい。今ではもう失われてしまった風景であるかもしれない。

つづけて、神戸、それから、横浜と歩いている。ともに、幕末、明治になって開港され、近代になって発展した港街である。強いて、近世以前の歴史をたどろうと思えばできなくもないのだろうが、ここでは、基本的に近代以降に出来た新しい街ということで書いてある。

神戸についての文章を読んで、ケミカル・シューズが神戸の地場産業であることは知っていたが、その由来についてはあまり考えたことがなかった。日本における朝鮮人、韓国人のはたした役割の一つであることが知られる。なかに、青丘文庫のことが出てくる。これは、調べてみると現在では神戸市に移管されて、コレクションは保存活用されているらしい。(おそらく近代の朝鮮、韓国の歴史に詳しいひとなら、当たり前のことであるかもしれないが。)

横浜には行ったことはあるが、数えるほどである。若いころ、港の氷川丸を目にしたという記憶があるのだが、今となっては定かではない。近代になってからの港湾都市としての横浜の概略をなぞることができる文章である。

2023年7月4日記

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの名称の平仮名4文字を記入してください。

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://yamamomo.asablo.jp/blog/2023/07/15/9602011/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。