よみがえる新日本紀行「雪の中の春〜秋田・湯沢〜」 ― 2026-02-24
2026年2月24日 當山日出夫
よみがえる新日本紀行 「雪の中の春〜秋田・湯沢〜」
再放送である。2024年3月2日。オリジナルは、昭和56年(1981年)。
テレビの番組で、雪国の冬の生活を描くことが多い。そんなに楽な生活ということはないのだが、しかし、そこで生活する人々のことは、気になることであり、また、テレビ番組の素材として、あつかいやすい。これは何故だろう。日本中の人が、雪に閉ざされた冬の生活に郷愁を感じるということではないと思うのだが。
雪国の人びとの描かれ方の系譜、ということで考えてみることになるだろうか。おそらく、川端康成の『雪国』あたりが、一つの転機になっているのかとも、思えるが。
出稼ぎということが、この番組の時代まで、ごく普通のことばだった。地方からの出稼ぎは、農村の生活を支えるものであったと同時に、都市部での高度経済成長に寄与することもあった。戦後の日本の経済史と、人びとの生活史との、交錯するところになる。
見ていて気になったのは、番組に出てきていた高校生。酒蔵で働き、夜間高校に通って、卒業したら農家を継ぐということだった。また、高校を卒業した女の子は、東京に就職するという。この人たちのその後の人生は、どうなったのだろうか。(こういうことを詮索するのが、この番組の趣旨ではないことは分かるのだが、この人たちのその後の人生を、どうしても思ってしまう。)
それから、凧は空にあがって、どうして音がするのだろうか。おの音の出る仕組みがどんなであるのか、これが気になったところである。
今の時代だったら、秋田美人、といって、番組の中で出てきたようなことは、テレビでとても語ることはできないだろう。だが、その文章を書いているのは、昔ながらのインクをつけるペンだった。この時代なら、万年筆が普通になっていたかと思うが、昔ながらの筆記具をつかっていたことになる。横においてあったカメラは、NikonSPのブラックだろうか。
2026年2月19日記
よみがえる新日本紀行 「雪の中の春〜秋田・湯沢〜」
再放送である。2024年3月2日。オリジナルは、昭和56年(1981年)。
テレビの番組で、雪国の冬の生活を描くことが多い。そんなに楽な生活ということはないのだが、しかし、そこで生活する人々のことは、気になることであり、また、テレビ番組の素材として、あつかいやすい。これは何故だろう。日本中の人が、雪に閉ざされた冬の生活に郷愁を感じるということではないと思うのだが。
雪国の人びとの描かれ方の系譜、ということで考えてみることになるだろうか。おそらく、川端康成の『雪国』あたりが、一つの転機になっているのかとも、思えるが。
出稼ぎということが、この番組の時代まで、ごく普通のことばだった。地方からの出稼ぎは、農村の生活を支えるものであったと同時に、都市部での高度経済成長に寄与することもあった。戦後の日本の経済史と、人びとの生活史との、交錯するところになる。
見ていて気になったのは、番組に出てきていた高校生。酒蔵で働き、夜間高校に通って、卒業したら農家を継ぐということだった。また、高校を卒業した女の子は、東京に就職するという。この人たちのその後の人生は、どうなったのだろうか。(こういうことを詮索するのが、この番組の趣旨ではないことは分かるのだが、この人たちのその後の人生を、どうしても思ってしまう。)
それから、凧は空にあがって、どうして音がするのだろうか。おの音の出る仕組みがどんなであるのか、これが気になったところである。
今の時代だったら、秋田美人、といって、番組の中で出てきたようなことは、テレビでとても語ることはできないだろう。だが、その文章を書いているのは、昔ながらのインクをつけるペンだった。この時代なら、万年筆が普通になっていたかと思うが、昔ながらの筆記具をつかっていたことになる。横においてあったカメラは、NikonSPのブラックだろうか。
2026年2月19日記
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