美の壺スペシャル「日本のお祝い」2026-02-26

2026年2月26日 當山日出夫

美の壺スペシャル「日本のお祝い」

録画してあったのをようやく見た。見ながら思ったことを書いておく。

番組の本筋とはまったく関係ないのだが……京都のお正月に雪が降ると、大原千鶴が言っていたので、京都でお正月には雪が降ったりなんかしない、せいぜい、山奥の花脊ぐらいなら、と思って見ていた。気になって、調べてみたら、大原千鶴は、花脊の旅館の娘さんだった。

お正月のお雑煮である。天邪鬼な見方であることは承知であるが、日本のお正月でお餅を食べないところが、たくさんあることは、民俗学で言われている。いわゆる、いも正月、である。また、せっかくつくったお餅を、わざわざ煮て食べるというのも、なんだか手間である。正月の行事として考えることもあるし、さらに、お餅の食べ方の歴史ということにもなるだろう。

鏡餅に昆布を使う。これは、どう考えても、北海道で採れる昆布が、人びとの日常生活の中にはいてきてからのことにちがいない。(なお、昆布を一番多く消費するのが、たしか沖縄だったと思うが。)

七五三の風習が、平安時代からあったという。そんな話しは始めて耳にした。平安貴族の成長の儀礼として、いろいろあったとは思うが。私の知っているところだと、七五三は、かなり新しい。関西圏では、女の子の成長の祝いとしては、十三詣り、が普通だった。これが、今は廃れて忘れられてしまって、全国的に七五三になってしまっている。

見ていて興味深かったのは、子どもの衣装の日本刺繍の職人さんの仕事。糸巻きが四角だった。これなら、糸巻きが、コロコロと転がってどこかに行ってしまう心配はない。非常に合理的である。普通の糸巻きは、円筒状が普通である。

雛人形が、十二単をまとっている。雛人形の歴史ともかかわるが、平安貴族の女性の服装が、一般に知られるようになった、それが、人形に取り入れられたという歴史のあってのことだろう。

鯉のぼりの歴史ということについては、あまり考えてみたことがない。ただ、木綿の布が広く使われるようになってからのことだろうとは、思ってみることになる。

金沢の東の郭には、昔、行ったことがある。風情のある町並みである。輪島塗の階段というのは、豪華であるが、さて、うっかりすると滑るかもしれない。

加賀群青を使った座敷。最も格式の高い座敷ということだったが、床の間にかけてあった「寿」の掛け軸が、実篤であったのには、ちょっとがっかりである。まあ、実篤をかけておくのは、下手に誰か有名な書家のものをかけるよりも、無難であるという選択でこうなるかとは思うのだが。

金沢の水引細工は有名である。精緻な手作業であると同時に、二本の線で構成するトポロジーの世界ということもできよう。

赤飯は、古来の赤米に由来するとは言われている。白いお米のご飯に、わざわざ赤い色をつけるというのは、たしかに、意味があってのことだろう。

どうでもいいことだが、ささげを栽培している夫婦の飼っているイヌは、たぶんとてもいいイヌだと思う。それから、カマドで火をつけるのに、マッチを使って枯葉に火をつけていた。これなど、今の普通の感覚だと、新聞紙にライターで火をつけるところである。

ヤボを承知で言うと、創られた伝統、ということを、どうしても考えることになる内容だった。

2026年2月23日記

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