ビストロボイス「ナレーションの神髄「林田尚親×山寺宏一×服部潤」」 ― 2026-03-11
2026年3月11日 當山日出夫
ビストロボイス「ナレーションの神髄「林田尚親×山寺宏一×服部潤」」
どちらの声、ナレーションも聞き覚えがある。ただ、私の好みとしては、淡々とした、あまり抑揚の無い、あまり感情を込めない、という雰囲気の語りの方が好きなのであるが。聞いていて、たしかにメリハリがあるし、それでいて、聞き取りやすいのであるが、聞きながら立ち止まって想像力を働かせる余地がなくなってしまうようなのは、好きではないのである。
こういう好みは、どんな番組を、どんなふうにして見ているのか、ということも大きく関係することにちがいない。
ところで、テレビ番組(CMをふくめて)のナレーション、というのは、どういう歴史があるのだろうか、ちょっと気になる。映画の影響とか、考えられるのだろうか。もし、こういうことを研究するとしたら、どういう分野のことになるのか、難しいかもしれない。まずは、資料が残っていないことだろうから、そこからのことになるにちがいないが。
ビストロボイスという番組を見てつくづく思うことは、言語の研究というのは、実際の人間の言語の活動……話すことであったり、文字に書いたりであったり……について、抽象度が高くて、概念的に操作できる部分をとりだして見ているということになる。私がかかわってきたのは文字とか表記とかの分野であるが、実際に目にしたり、書かれたりした文字について、書体・字体・字形・字様・書風・フォントデザインなど、いろんな概念で考えるのだが、それは、実際の文字から、多様なものをそぎ落として見ていることになる。音声といっても、音韻といっても、同じようなことになるはずである。
実際の人間の声に、聞く人が何を感じるか、それがコミュニケーションにおいてどんな意味があるのか、これは、言語研究の対象としては、かなり難しいことかなと思う。
2026年3月9日記
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