英雄たちの選択「本田宗一郎 イノベーションで世界を目指せ!」 ― 2025-02-18
2025年2月18日 當山日出夫
英雄たちの選択 本田宗一郎 イノベーションで世界を目指せ!
昔のことになるが、鈴鹿サーキットで、ホンダの50CCエンジンの分解・組み立ての体験をしたことがある。(ホンダは、50CCバイクの生産を終了するとしているはずだが、考えてみれば、ホンダの50CCエンジンは、随分と長い間、動き続けてきたことになる。)
本田宗一郎という人物については、日本の工業の技術史上に残る人物であることはたしかである。戦後の日本のものづくりのあり方や、企業経営の理念について、本田宗一郎によるものが、多々あることになる。その多くは、いろんなところで語られてきていることなので、繰り返すまでもないだろう。
面白かったのは、磯田道史が、浜松にいたとき……つまりは、静岡文化芸術大学に在職していたときだろうと思うが……本田宗一郎の事跡について、現地でのヒアリング調査をしていたということ。おそらく、このなかで、NHKの番組では語れないような、いろいろと面白い話しがいっぱいあったにちがいない。
この回を見て共感するところは、ずば抜けている人、頑張っている人、こういう人について、周囲が邪魔をしない……浜松はそういう土地柄のところであった、と言っていたことである。さらりと言っていたが、日本のアカデミズムにおいても、なかなか、このような風土は根づかない。勉強しようとしている学生の邪魔は絶対にしない……まあ、たまたま私が勉強した環境では、こういう考え方の人がいたということもあった。無論、これとは真逆の発想で接してくる人もいたことは確かである。(まあ、磯田道史も、いろいろと苦労したんだろうなあ、と思うところもある。今は、かなり自由に仕事をしているように見えるが。)
この番組が放送になった直前、ホンダと日産の統合が破談になった。さて、ホンダも日産も、これからの時代、単独で自動車業界のなかで生きのこるのは、厳しいだろうと思うが、日産が潰れても、その技術が日本の自動車メーカの中で残ることができるならいいじゃないか、と思う人はいなかった、ということになるのだろうか。
2025年2月16日記
英雄たちの選択 本田宗一郎 イノベーションで世界を目指せ!
昔のことになるが、鈴鹿サーキットで、ホンダの50CCエンジンの分解・組み立ての体験をしたことがある。(ホンダは、50CCバイクの生産を終了するとしているはずだが、考えてみれば、ホンダの50CCエンジンは、随分と長い間、動き続けてきたことになる。)
本田宗一郎という人物については、日本の工業の技術史上に残る人物であることはたしかである。戦後の日本のものづくりのあり方や、企業経営の理念について、本田宗一郎によるものが、多々あることになる。その多くは、いろんなところで語られてきていることなので、繰り返すまでもないだろう。
面白かったのは、磯田道史が、浜松にいたとき……つまりは、静岡文化芸術大学に在職していたときだろうと思うが……本田宗一郎の事跡について、現地でのヒアリング調査をしていたということ。おそらく、このなかで、NHKの番組では語れないような、いろいろと面白い話しがいっぱいあったにちがいない。
この回を見て共感するところは、ずば抜けている人、頑張っている人、こういう人について、周囲が邪魔をしない……浜松はそういう土地柄のところであった、と言っていたことである。さらりと言っていたが、日本のアカデミズムにおいても、なかなか、このような風土は根づかない。勉強しようとしている学生の邪魔は絶対にしない……まあ、たまたま私が勉強した環境では、こういう考え方の人がいたということもあった。無論、これとは真逆の発想で接してくる人もいたことは確かである。(まあ、磯田道史も、いろいろと苦労したんだろうなあ、と思うところもある。今は、かなり自由に仕事をしているように見えるが。)
この番組が放送になった直前、ホンダと日産の統合が破談になった。さて、ホンダも日産も、これからの時代、単独で自動車業界のなかで生きのこるのは、厳しいだろうと思うが、日産が潰れても、その技術が日本の自動車メーカの中で残ることができるならいいじゃないか、と思う人はいなかった、ということになるのだろうか。
2025年2月16日記
コンテナ全部開けちゃいました「四日市港編」 ― 2025-02-18
2025年2月18日 當山日出夫
コンテナ全部開けちゃいました! 四日市港編
このシリーズは、気がついたら録画しておくことにしている。いろいろと面白い、へえ~、と思うことがたくさんある。それから、日本と世界の国々の物流・貿易が、日常生活とどうかかわるのか、ということの一側面を見せてもくれる。
まずは、マレーシアからきたコンテナ。中身は、糸だった。コンテナの中の段ボール箱には、TOYOBOと書いてあった。羊毛の世界的産地は、中国、オーストラリア、ニュージーランド、ということなのだが、そのうち、オーストラリアで育てて作った羊毛は、中国に送って洗浄して綺麗にして、それを、マレーシアに送って糸に加工する。それを日本が輸入して、織物の生地にしている、ということになる。番組では言っていなかったが、中国で生産された羊毛は、その後、どのように加工され、世界の市場に出ているのだろうか。
タイに輸出するのは、ベビースタラーメン。ラーメンのスナック菓子である。タイでは、インスタントラーメンをそのまま食べるらしい。袋の中のインスタントラーメンを砕いて、そこに粉末スープの粉をいれる。それを食べる。う~ん、そういう食べ方もあるのか、と感心してしまった。食文化もところが変わるといろいろである。(日本でも、チキンラーメンは、昔はそのまま食べていたりしたものである。私の世代なら、こういう経験があるはずである。テレビのコマーシャルでも、そのまま食べているというのがあったと記憶している。)
オランダに輸出しているのは、ミニショベルカー。HITACHIであった。これは、コンテナのサイズがまずあって、そこに収納して運搬できるように設計したということらしい。コンテナに三台を入れる作業は、神業というか、そのように積み込むことを念頭に設計して作ったということになるが、これはとても面白い。
台湾に輸出しているのは、アイス。日本のアイスの輸出先としては、台湾、香港、中国ということだったが、つまりは中国人ということになる。中国人は日本のアイスが大好き、ということでいいだろうか。韓国からも輸入している。
台湾のゲームセンターで、クレーンゲームの景品に使われる。これには、おどろいた。台湾のクレーンゲームでは、いろんな日用品や食料品、生鮮食品までが、景品になっている。
番組のなかで言っていたことだが、台湾では、喫茶店でステーキが食べられるらしいのだが、これも気になる。何か、別の番組で、あつかってくれないものだろうか。
ベトナムから来たのは、ガーデニング用の砂利。白い砂利は、ベトナム産がいいらしい。商品となるとなれば、何でも輸出、輸入するのが、現代の社会であることを感じる。
カナダに輸出しているのは、ビーガンのサーモン。ビーガンになりたいが、お刺身は食べたい、これは、(私の感覚としては)なんともむしのいいというか、わがままな気持ちのように思える。ビーガンであるならば、さっさと諦めればいいだけのことである。ビーガンであっても、豚骨ラーメンを食べたいというのは、人間の欲望とは、不思議なものである。こういう商品は、アラブ諸国のお金持ちに売れそうな気がするが、どうなのだろうか。
世界のビーガン市場は、かなりの規模になるという。これはこれで、一つのビジネスチャンスだとは思う。
ストラドルキャリアは、面白かった。コンテナの四隅の10センチほどの穴に、ピンを入れて運搬するというのは、最高度の技術が必要である。こういう技術があり、働く人がいて、物流の現場が動いているということは、重要なことかと思う。
2025年2月13日記
コンテナ全部開けちゃいました! 四日市港編
このシリーズは、気がついたら録画しておくことにしている。いろいろと面白い、へえ~、と思うことがたくさんある。それから、日本と世界の国々の物流・貿易が、日常生活とどうかかわるのか、ということの一側面を見せてもくれる。
まずは、マレーシアからきたコンテナ。中身は、糸だった。コンテナの中の段ボール箱には、TOYOBOと書いてあった。羊毛の世界的産地は、中国、オーストラリア、ニュージーランド、ということなのだが、そのうち、オーストラリアで育てて作った羊毛は、中国に送って洗浄して綺麗にして、それを、マレーシアに送って糸に加工する。それを日本が輸入して、織物の生地にしている、ということになる。番組では言っていなかったが、中国で生産された羊毛は、その後、どのように加工され、世界の市場に出ているのだろうか。
タイに輸出するのは、ベビースタラーメン。ラーメンのスナック菓子である。タイでは、インスタントラーメンをそのまま食べるらしい。袋の中のインスタントラーメンを砕いて、そこに粉末スープの粉をいれる。それを食べる。う~ん、そういう食べ方もあるのか、と感心してしまった。食文化もところが変わるといろいろである。(日本でも、チキンラーメンは、昔はそのまま食べていたりしたものである。私の世代なら、こういう経験があるはずである。テレビのコマーシャルでも、そのまま食べているというのがあったと記憶している。)
オランダに輸出しているのは、ミニショベルカー。HITACHIであった。これは、コンテナのサイズがまずあって、そこに収納して運搬できるように設計したということらしい。コンテナに三台を入れる作業は、神業というか、そのように積み込むことを念頭に設計して作ったということになるが、これはとても面白い。
台湾に輸出しているのは、アイス。日本のアイスの輸出先としては、台湾、香港、中国ということだったが、つまりは中国人ということになる。中国人は日本のアイスが大好き、ということでいいだろうか。韓国からも輸入している。
台湾のゲームセンターで、クレーンゲームの景品に使われる。これには、おどろいた。台湾のクレーンゲームでは、いろんな日用品や食料品、生鮮食品までが、景品になっている。
番組のなかで言っていたことだが、台湾では、喫茶店でステーキが食べられるらしいのだが、これも気になる。何か、別の番組で、あつかってくれないものだろうか。
ベトナムから来たのは、ガーデニング用の砂利。白い砂利は、ベトナム産がいいらしい。商品となるとなれば、何でも輸出、輸入するのが、現代の社会であることを感じる。
カナダに輸出しているのは、ビーガンのサーモン。ビーガンになりたいが、お刺身は食べたい、これは、(私の感覚としては)なんともむしのいいというか、わがままな気持ちのように思える。ビーガンであるならば、さっさと諦めればいいだけのことである。ビーガンであっても、豚骨ラーメンを食べたいというのは、人間の欲望とは、不思議なものである。こういう商品は、アラブ諸国のお金持ちに売れそうな気がするが、どうなのだろうか。
世界のビーガン市場は、かなりの規模になるという。これはこれで、一つのビジネスチャンスだとは思う。
ストラドルキャリアは、面白かった。コンテナの四隅の10センチほどの穴に、ピンを入れて運搬するというのは、最高度の技術が必要である。こういう技術があり、働く人がいて、物流の現場が動いているということは、重要なことかと思う。
2025年2月13日記
「櫂」(1) ― 2025-02-18
2025年2月18日 當山日出夫
「櫂」(1)
宮尾登美子は好きな作家である。その作品のほとんどは読んだはずだと思っている。最初に読んだのは、『櫂』(中公文庫)だったかと記憶している。この作品は、その続編というべき『春燈』『朱夏』『仁淀川』につらなり、また、岩伍を主人公とした『岩伍覚書』があり、さらには『鬼龍院花子の生涯』などの、高知を舞台とした小説とも、関連することになる。
その映画化、ドラマ化されたものも、かなり見ていると思うが、もっとも印象に残っているのは、『鬼龍院花子の生涯』(五社英雄監督)である。
ドラマは、一九九九年である。今から、四半世紀前のことになる。この作品を、現在では、ドラマ化できるだろうか、とも思う。ただ、昔の高知の人びとを描いただけのドラマではない。岩伍は、芸妓娼妓紹介業である。普通のことばでありていにいえば、女衒である。
紹介業という仕事について、宮尾登美子は、かなり屈折した感情を持っていたことはたしかだろう。『櫂』につづく作品は、自分の母親、父親からはじまって、満州での生活と敗戦をむかえての帰国、ということをあつかっている。紹介業は、今日の観点からは、人身売買にかかわる仕事であり、公的には、あるいは、理想的な価値観からは、完全に否定的に見ることしかできない。しかし、小説のなかでも、ドラマのなかでも、岩伍自信が語っているように、これは、警察の許可を得たれっきとした職業であり、そして、貧乏に苦しむ人びとにとっては人助けになる。これを強弁ととるか、そのような価値観があった時代もあると、肯定的に考えるか、これは、人によって判断の分かれるところかと思う。(私としては、現在の理想論で、過去のことを断罪するような視点では見たくないと思っている。)
このような岩伍の論理を、今の人たちはどう思うことになるだろうか。単なる偽善としかうけとらないかもしれない。こういうところも、宮尾登美子の作品を読むと、半分は本気でそう思っていて、半分はこれは偽善であると自覚していた、私の理解としては、こう思っている。このあたりのことをドラマとしてどう描くかは、難しいとこにちがいない。
ドラマを見ると、原作にはない部分がかなりある。原作では、喜和が、岩伍と女義太夫の関係を知るあたりのことから始まる。そのなかでの回想として、それまでの岩伍との生活が語られるということになっている。小説のなかでは、季節のものとして、ヤマモモの実を行商で売りに来ることが、非常に印象深く描かれているのだが、ドラマでは、残念ながら出てきていなかった。
原作では、近所の陋巷、貧民窟、について、喜和は露骨な嫌悪感をいだく、ということを、別に隠そうとしてはいない。岩伍に言われて貧民窟に行くあたりのことは、それまで喜和は、そのようなところに行ったことがないと、嫌がる。しかし、ドラマでは、このような貧民窟に対する嫌悪感のようなものは、示されていない。
紹介業ということで、世間一般からはさげすまれている商売であることを自覚してるのだが、さらに、そのような喜和であっても、さらに自分たちよりも下の暮らしをしている人びとがいて、それを差別的な目で見ている……原作にある、このような複合的な視点は、ドラマでは、かなり整理されている。
また、廃娼運動ということも、たしか原作には無かったかと記憶するが、どうだったろうか。まあ、廃娼運動などあってもなくても、紹介業という仕事、芸妓娼妓という仕事が、卑しい仕事という認識は、この時代の多くの人びとの共有するところではあっただろう。しかし、これは、ある意味での差別意識でもある。
このドラマでも音楽は、深草アキである。『蔵』でも深草アキの音楽が印象深いものだった。
日本が満州まで手を伸ばしていたとき、それは、同時に、芸妓娼妓もその地に赴くということでもあった。これは、あまり、表だった歴史では語られることのない部分かとも思うが、宮尾登美子の作品は、このあたりのこともはっきりと描いている。
どうでもいいことかとも思うが、賭場のシーンに、加賀まりこが登場すると、画面がきりりと引き締まった感じがある。どうしても、『乾いた花』(篠田正浩監督)を思ってしまう。こういう感覚を共有できる人は少ないかとも思うが。
2025年2月15日記
「櫂」(1)
宮尾登美子は好きな作家である。その作品のほとんどは読んだはずだと思っている。最初に読んだのは、『櫂』(中公文庫)だったかと記憶している。この作品は、その続編というべき『春燈』『朱夏』『仁淀川』につらなり、また、岩伍を主人公とした『岩伍覚書』があり、さらには『鬼龍院花子の生涯』などの、高知を舞台とした小説とも、関連することになる。
その映画化、ドラマ化されたものも、かなり見ていると思うが、もっとも印象に残っているのは、『鬼龍院花子の生涯』(五社英雄監督)である。
ドラマは、一九九九年である。今から、四半世紀前のことになる。この作品を、現在では、ドラマ化できるだろうか、とも思う。ただ、昔の高知の人びとを描いただけのドラマではない。岩伍は、芸妓娼妓紹介業である。普通のことばでありていにいえば、女衒である。
紹介業という仕事について、宮尾登美子は、かなり屈折した感情を持っていたことはたしかだろう。『櫂』につづく作品は、自分の母親、父親からはじまって、満州での生活と敗戦をむかえての帰国、ということをあつかっている。紹介業は、今日の観点からは、人身売買にかかわる仕事であり、公的には、あるいは、理想的な価値観からは、完全に否定的に見ることしかできない。しかし、小説のなかでも、ドラマのなかでも、岩伍自信が語っているように、これは、警察の許可を得たれっきとした職業であり、そして、貧乏に苦しむ人びとにとっては人助けになる。これを強弁ととるか、そのような価値観があった時代もあると、肯定的に考えるか、これは、人によって判断の分かれるところかと思う。(私としては、現在の理想論で、過去のことを断罪するような視点では見たくないと思っている。)
このような岩伍の論理を、今の人たちはどう思うことになるだろうか。単なる偽善としかうけとらないかもしれない。こういうところも、宮尾登美子の作品を読むと、半分は本気でそう思っていて、半分はこれは偽善であると自覚していた、私の理解としては、こう思っている。このあたりのことをドラマとしてどう描くかは、難しいとこにちがいない。
ドラマを見ると、原作にはない部分がかなりある。原作では、喜和が、岩伍と女義太夫の関係を知るあたりのことから始まる。そのなかでの回想として、それまでの岩伍との生活が語られるということになっている。小説のなかでは、季節のものとして、ヤマモモの実を行商で売りに来ることが、非常に印象深く描かれているのだが、ドラマでは、残念ながら出てきていなかった。
原作では、近所の陋巷、貧民窟、について、喜和は露骨な嫌悪感をいだく、ということを、別に隠そうとしてはいない。岩伍に言われて貧民窟に行くあたりのことは、それまで喜和は、そのようなところに行ったことがないと、嫌がる。しかし、ドラマでは、このような貧民窟に対する嫌悪感のようなものは、示されていない。
紹介業ということで、世間一般からはさげすまれている商売であることを自覚してるのだが、さらに、そのような喜和であっても、さらに自分たちよりも下の暮らしをしている人びとがいて、それを差別的な目で見ている……原作にある、このような複合的な視点は、ドラマでは、かなり整理されている。
また、廃娼運動ということも、たしか原作には無かったかと記憶するが、どうだったろうか。まあ、廃娼運動などあってもなくても、紹介業という仕事、芸妓娼妓という仕事が、卑しい仕事という認識は、この時代の多くの人びとの共有するところではあっただろう。しかし、これは、ある意味での差別意識でもある。
このドラマでも音楽は、深草アキである。『蔵』でも深草アキの音楽が印象深いものだった。
日本が満州まで手を伸ばしていたとき、それは、同時に、芸妓娼妓もその地に赴くということでもあった。これは、あまり、表だった歴史では語られることのない部分かとも思うが、宮尾登美子の作品は、このあたりのこともはっきりと描いている。
どうでもいいことかとも思うが、賭場のシーンに、加賀まりこが登場すると、画面がきりりと引き締まった感じがある。どうしても、『乾いた花』(篠田正浩監督)を思ってしまう。こういう感覚を共有できる人は少ないかとも思うが。
2025年2月15日記
ザ・バックヤード「天王寺動物園」 ― 2025-02-17
2025年2月17日 當山日出夫
ザ・バックヤード 天王寺動物園
天王寺動物園には、入ったことがない。我が家から比較的簡単に行けるところにあるのだが、行ったことがない。行くなら、京都の動物園か、さもなくば、和歌山の方になる。無論、パンダが目的である。
このごろの動物園、また、水族館でもそうだが、なるべく自然の環境に近い展示をしようとこころみていることは、ここでもそうである。だが、ライオンとシマウマが、同じ視野で見られることに、それほど意味があるとも思えないのだが、これは、ちょっとひねくれすぎた見方だろうか。
クロサイの行動の記録、分析は、興味深い。飼育下にある動物だからこそできる調査ということになる。おそらく、この他にも血液の検査とか、尿の検査とかも、化学的な分析は行っているのかと思うが、はたしてどうなのだろうか。
コンポストで、草食動物の糞を処理するというのは、合理的といっていいだろう。気になったのは、肉食動物の糞はゴミとして廃棄するということであったが、なぜ、そうなのか、ちょっと気になる。自然界では、草食動物の糞と、肉食動物の糞と、どういう過程で、分解されていくことになるのか、研究はあるのかとも思うが、はたしてどうなのだろうか。
2025年2月14日記
ザ・バックヤード 天王寺動物園
天王寺動物園には、入ったことがない。我が家から比較的簡単に行けるところにあるのだが、行ったことがない。行くなら、京都の動物園か、さもなくば、和歌山の方になる。無論、パンダが目的である。
このごろの動物園、また、水族館でもそうだが、なるべく自然の環境に近い展示をしようとこころみていることは、ここでもそうである。だが、ライオンとシマウマが、同じ視野で見られることに、それほど意味があるとも思えないのだが、これは、ちょっとひねくれすぎた見方だろうか。
クロサイの行動の記録、分析は、興味深い。飼育下にある動物だからこそできる調査ということになる。おそらく、この他にも血液の検査とか、尿の検査とかも、化学的な分析は行っているのかと思うが、はたしてどうなのだろうか。
コンポストで、草食動物の糞を処理するというのは、合理的といっていいだろう。気になったのは、肉食動物の糞はゴミとして廃棄するということであったが、なぜ、そうなのか、ちょっと気になる。自然界では、草食動物の糞と、肉食動物の糞と、どういう過程で、分解されていくことになるのか、研究はあるのかとも思うが、はたしてどうなのだろうか。
2025年2月14日記
英雄たちの選択「江戸を駆けたマルチクリエーター 平賀源内」 ― 2025-02-17
2025年2月17日 當山日出夫
英雄たちの選択 江戸を駆けたマルチクリエーター 平賀源内
これも、『べらぼう』関連の番組の一つといっていい。だが、意図的にだろうが、蔦屋重三郎も、田沼意次も、名前が出てこなかった。
私ぐらいの世代だと、平賀源内は、学校の教科書で出てきたのを憶えている。それから、NHKのドラマ『天下御免』(調べてみると、このドラマの脚本は早坂暁である)のことを記憶している人も多いだろう。その後、平賀源内は、いろんな歴史番組などで取りあげられてきている。
高松藩の藩主、松平頼恭の作った『衆鱗図』のことは、以前にこの番組でもとりあげていたことがあった。江戸時代に、博物学に熱中した大名たちのことである。博物大名、本草学大名、という人たちが多く現れた時代であり、その時代の空気のなかに平賀源内もいたという理解でいいだろうか。
平賀源内は多才な人であったので、どこに焦点をあてるかで、いろいろと語り口がある。この番組の場合は、高松藩でのことから、江戸での活躍、そして、その死にいたるまでを、かなり分かりやすくまとめていたという印象がある。基本としては、平賀源内の才能を、どう活かすか……ということになる。
江戸時代に盛んだった学問として本草学がある。今でいう博物学である。現代の科学、厳密にはサイエンスという方法論、ではない、それ以前に、自然界にあるいろんな植物や動物などについて観察し記述していく学問である。本草学は、江戸時代までは、人文学(今でいう)と離れたものではなかった。
この流れなのかもしれないが、江戸時代以前、あるいは、中国に由来する本草学の書物についての文献学的な研究は、国語学、日本語学の研究分野の一つということもある。(私は、この方面については、あまり詳しい知識はないけれど。)
身分や階層を超えた、知の世界。知のエンターテイメントでの、さまざまな人びとの交流ということは、江戸時代を特徴付けることの一つといっていいだろう。
私の場合、自分の専門に近いところで理解できることとしては、本居宣長の仕事がある。『紫文要領』などは、江戸の知の一つの頂点といえるかもしれない。無論、宣長の研究としては、『古事記伝』をあげなければならないが。
平賀源内が、江戸で、薬品会を開催するとき、全国から展示品を集めた、その集め方が興味深い。全国に取次所を作って、そこに持って行く。そして、そこから、(いまでいう料金着払いで)江戸に集める。このようなシステムが可能になった、全国規模の情報通信と物流のネットワークが、形成されていたことになる。(番組ではこのことには言及がなかったが、私は、これこそ重要な歴史のポイントだと思う。)
平賀源内の戯作は、今までのところ、日本文学研究の領域では、名前は知っているが、その作品をまともに論じるということはあまりなかったかと思う。私もその一人である。その作品名は知識としては知っているのだが、それ以上ということはなかった。文学者としての平賀源内についての研究が、これからさかんになっていくことだろうと思う。
NHKの作った番組だから、大阪万博にかこつけて、何か役にたつ……という面をいいたかったという気がするのだが、知的エンタテイメントというのは、それが何の役に立つか、というようなことはあまり考えないものだと、私は思っている。とにかく、それをやって楽しいからやる、これにつきる。そして、これが、今の日本の大学や学問の世界において、急速に失われてきていることである。
讃岐の生まれということで、ため池を管理する農業は、商品作物の栽培を計画的に行うことである、と磯田道史がいっていたが、これはそのとおりだと思う。このような藩だからこそ、平賀源内が生まれたというべきだろうか。
和三盆の製造に平賀源内がかかわっていたということは、正直いって知らなかった。なるほどそういうこともあるのかと、思ったことになる。
平賀源内の西洋画と、歌麿の大首絵、興味深い問題だと思うが、学問的には慎重な議論が必要になるだろう。
江戸時代の「知的財産権」は非常に面白いテーマだとは思うが、いろいろと考えることがある。伝統芸能の伝承とか、同好の士によるサークル(俳諧や狂歌など)とか、家塾における門弟の立場とか、いろいろと今日とは違ったところがあったと思う。
2025年2月12日記
英雄たちの選択 江戸を駆けたマルチクリエーター 平賀源内
これも、『べらぼう』関連の番組の一つといっていい。だが、意図的にだろうが、蔦屋重三郎も、田沼意次も、名前が出てこなかった。
私ぐらいの世代だと、平賀源内は、学校の教科書で出てきたのを憶えている。それから、NHKのドラマ『天下御免』(調べてみると、このドラマの脚本は早坂暁である)のことを記憶している人も多いだろう。その後、平賀源内は、いろんな歴史番組などで取りあげられてきている。
高松藩の藩主、松平頼恭の作った『衆鱗図』のことは、以前にこの番組でもとりあげていたことがあった。江戸時代に、博物学に熱中した大名たちのことである。博物大名、本草学大名、という人たちが多く現れた時代であり、その時代の空気のなかに平賀源内もいたという理解でいいだろうか。
平賀源内は多才な人であったので、どこに焦点をあてるかで、いろいろと語り口がある。この番組の場合は、高松藩でのことから、江戸での活躍、そして、その死にいたるまでを、かなり分かりやすくまとめていたという印象がある。基本としては、平賀源内の才能を、どう活かすか……ということになる。
江戸時代に盛んだった学問として本草学がある。今でいう博物学である。現代の科学、厳密にはサイエンスという方法論、ではない、それ以前に、自然界にあるいろんな植物や動物などについて観察し記述していく学問である。本草学は、江戸時代までは、人文学(今でいう)と離れたものではなかった。
この流れなのかもしれないが、江戸時代以前、あるいは、中国に由来する本草学の書物についての文献学的な研究は、国語学、日本語学の研究分野の一つということもある。(私は、この方面については、あまり詳しい知識はないけれど。)
身分や階層を超えた、知の世界。知のエンターテイメントでの、さまざまな人びとの交流ということは、江戸時代を特徴付けることの一つといっていいだろう。
私の場合、自分の専門に近いところで理解できることとしては、本居宣長の仕事がある。『紫文要領』などは、江戸の知の一つの頂点といえるかもしれない。無論、宣長の研究としては、『古事記伝』をあげなければならないが。
平賀源内が、江戸で、薬品会を開催するとき、全国から展示品を集めた、その集め方が興味深い。全国に取次所を作って、そこに持って行く。そして、そこから、(いまでいう料金着払いで)江戸に集める。このようなシステムが可能になった、全国規模の情報通信と物流のネットワークが、形成されていたことになる。(番組ではこのことには言及がなかったが、私は、これこそ重要な歴史のポイントだと思う。)
平賀源内の戯作は、今までのところ、日本文学研究の領域では、名前は知っているが、その作品をまともに論じるということはあまりなかったかと思う。私もその一人である。その作品名は知識としては知っているのだが、それ以上ということはなかった。文学者としての平賀源内についての研究が、これからさかんになっていくことだろうと思う。
NHKの作った番組だから、大阪万博にかこつけて、何か役にたつ……という面をいいたかったという気がするのだが、知的エンタテイメントというのは、それが何の役に立つか、というようなことはあまり考えないものだと、私は思っている。とにかく、それをやって楽しいからやる、これにつきる。そして、これが、今の日本の大学や学問の世界において、急速に失われてきていることである。
讃岐の生まれということで、ため池を管理する農業は、商品作物の栽培を計画的に行うことである、と磯田道史がいっていたが、これはそのとおりだと思う。このような藩だからこそ、平賀源内が生まれたというべきだろうか。
和三盆の製造に平賀源内がかかわっていたということは、正直いって知らなかった。なるほどそういうこともあるのかと、思ったことになる。
平賀源内の西洋画と、歌麿の大首絵、興味深い問題だと思うが、学問的には慎重な議論が必要になるだろう。
江戸時代の「知的財産権」は非常に面白いテーマだとは思うが、いろいろと考えることがある。伝統芸能の伝承とか、同好の士によるサークル(俳諧や狂歌など)とか、家塾における門弟の立場とか、いろいろと今日とは違ったところがあったと思う。
2025年2月12日記
『べらぼう』「好機到来『籬の花』」 ― 2025-02-17
2025年2月17日 當山日出夫
『べらぼう』「好機到来『籬(まがき)の花』
江戸の出版のなかで、吉原細見という類の本は、そんなに売れてもうかるものだったのだろうか。もし、売れる本だったとしても、単価が安いから、ものすごく売れないと儲からないにちがいない。まあ、吉原の案内として、確実に一定部数は出る本であったにはちがいないが。
このドラマの作り方というか、方針として、江戸の文化を、いわゆるサブカルチャーを軸に描きたいことは分かる。吉原細見であり、赤本、青本、黄表紙、それから、浮世絵、というジャンルにおよぶことになる。これからの登場人物を見ても、例えば大田南畝が出てきたりとか、狂歌や戯作を中心として展開するようだ。
これはいいとしても、これで、江戸のこの時代の文化を描いたことになるのか、となると、ちょっとどうだかなあ、という気にもなる。戯作以外の物之本、これがどうだったのかということも、もう少し出てきてもいいのではないだろうか。この時代は、日本の古典や漢籍、それから、浮世草子など、多くの本が刊行されている。また、いろんな実用書もあった。こういう部分が、このドラマを見ていて、どうも想像できないのである。
出版史の方面からは、蔦屋重三郎の作った細見は、どのように考えられているのだろうか。どう画期的だったのか。
ドラマの中で描いたポイントは、二つ。
一つには、河岸女郎まで掲載したこと。しかし、このような女郎たちは、次々と死んでいくので、入れ替わりも激しかった。このことは、このドラマの始めの方で言っていたことである。また、このレベルの女郎を相手にするような客が、細見を買うのだろうか、という気もする。現代の感覚で言うならばであるが、ほしい情報は、女郎の名前ではなく、見世の場所と、値段、である。
二つには、花の井、が襲名して、瀬川、になったこと。これならば、このクラスの花魁を相手にする客なら、記念のために買っておきたいと思うだろう。しかし、このような客なら、別に本の値段が半分だから買うということはないだろうし、そもそも、こんなお大尽は数が限られると思うから、販売部数も一定以上は伸びないかと想像する。
どうも、蔦屋重三郎のアイデアでは、細見がそれほど売れるような内容になったとは思えないのだけれども、実際はどうだったのだろうか。半値にして倍の部数を売るというのは、そんなに簡単なこととは思えないが。
これを現代の感覚で言いかえるならば、コンパクト(小さい、薄い)であり、ほしい情報が載っている。吉原に行く客が欲しい情報としては、見世の場所と値段であるかと思う。女郎の源氏名が分かったところで、その名前だけを目当てに、吉原に行くということがあったのだろうか。これが「瀬川」なら別格であろうが、この種の情報を伝える媒体としては、細見だけだったのだろうか。
このあたりのことは、吉原の歴史と、細見の歴史、これらを総合的に考えることになる。無論、他の岡場所などについても、江戸時代に、どのようなメディアで、どのような情報が流通していたのか、という関心で見ることになる。
最後に、花の井、が、瀬川、と襲名した。そのために、蔦屋重三郎は細見を部分的に作り直した、という展開になっていた。これはいいとして、では、どうやって改めたのか。その作業の工程を、描いていなかった。常識的な書誌学の知識としては、埋木による訂正ということになるが、この部分がまったく描かれていなかった。
それから、本の大きさと、流通する紙の大きさ、という観点からはどうなのだろうか。そう簡単に、サイズを大きくできるものなのだろうか。紙の価格は、現代よりもずっと高価であったにちがいない。本の製造コストのかなりの部分を、紙がしめていたはずである。なるべく無駄が出ないように、紙のサイズと本のサイズは、一定の規格……事実上の業界標準とでもいうべきもの……におさまるようにしていたはずである。また、これは、使用する板木のサイズとも関連する。テレビに映っていた本を作る場面では、化粧断ちするとき切り落とす紙の余白が大きすぎるように思えたのだが。(経験的にはということになるが、現存する江戸時代の板本は、おおむね一定の種類の大きさの規格におさまるように作られている。)
新之助が、李白の「静夜思」の詩のことについて言っていた。どうせならば、この時代に読まれたであろう、李白の詩集の本などが出てきていてもよかった。これを小道具で作るのは、手間ということになるかもしれないが。この場面は、江戸時代のある一定以上の知識階層にとっては、中国の漢詩などは、基本的教養であった、という側面として、もうすこし丁寧に描いておくべきだったかと思う。蔦屋重三郎が李白を知らなくてもいい。映っていた限りでは、蔦屋重三郎は知らなかった、まったく関心がなかったようである。そういう階層による知識や教養の違いがあった時代ということで、別に隠すようなことではないと思うが。その様々な知的階層のなかで、蔦屋重三郎が、どのような人びとを相手にしていたのか、という方向が見えてくると、その方がいいと、私は思う。
吉原で蔦屋重三郎にしがみついた少女、小童(こじょく)であったが、ここはお稲荷さんの説明があってもよかったところかと思う。
鱗形屋の作った偽物(?)の「節用集」だが、3000部があったと言っていた。板木で本を作るとき、そんなに大量の部数を一度に作ったのだろうか。
吉原細見が、お土産としての需要がある。おそらくこれは、確かなことなのだろうと思うが、といって専門の論文を探して読んでみようとは思っていない。細見にかぎらずであるが、参勤交代で江戸に出てきた武士たちが、地方の藩に帰るとき、いったい何をお土産に買っていたのか、こういう視点は、とても興味深いものである。現存する細見が、どの地方の、どのようなところに、どれぐらい残っているのか、ということの調査になる。
2025年2月16日記
『べらぼう』「好機到来『籬(まがき)の花』
江戸の出版のなかで、吉原細見という類の本は、そんなに売れてもうかるものだったのだろうか。もし、売れる本だったとしても、単価が安いから、ものすごく売れないと儲からないにちがいない。まあ、吉原の案内として、確実に一定部数は出る本であったにはちがいないが。
このドラマの作り方というか、方針として、江戸の文化を、いわゆるサブカルチャーを軸に描きたいことは分かる。吉原細見であり、赤本、青本、黄表紙、それから、浮世絵、というジャンルにおよぶことになる。これからの登場人物を見ても、例えば大田南畝が出てきたりとか、狂歌や戯作を中心として展開するようだ。
これはいいとしても、これで、江戸のこの時代の文化を描いたことになるのか、となると、ちょっとどうだかなあ、という気にもなる。戯作以外の物之本、これがどうだったのかということも、もう少し出てきてもいいのではないだろうか。この時代は、日本の古典や漢籍、それから、浮世草子など、多くの本が刊行されている。また、いろんな実用書もあった。こういう部分が、このドラマを見ていて、どうも想像できないのである。
出版史の方面からは、蔦屋重三郎の作った細見は、どのように考えられているのだろうか。どう画期的だったのか。
ドラマの中で描いたポイントは、二つ。
一つには、河岸女郎まで掲載したこと。しかし、このような女郎たちは、次々と死んでいくので、入れ替わりも激しかった。このことは、このドラマの始めの方で言っていたことである。また、このレベルの女郎を相手にするような客が、細見を買うのだろうか、という気もする。現代の感覚で言うならばであるが、ほしい情報は、女郎の名前ではなく、見世の場所と、値段、である。
二つには、花の井、が襲名して、瀬川、になったこと。これならば、このクラスの花魁を相手にする客なら、記念のために買っておきたいと思うだろう。しかし、このような客なら、別に本の値段が半分だから買うということはないだろうし、そもそも、こんなお大尽は数が限られると思うから、販売部数も一定以上は伸びないかと想像する。
どうも、蔦屋重三郎のアイデアでは、細見がそれほど売れるような内容になったとは思えないのだけれども、実際はどうだったのだろうか。半値にして倍の部数を売るというのは、そんなに簡単なこととは思えないが。
これを現代の感覚で言いかえるならば、コンパクト(小さい、薄い)であり、ほしい情報が載っている。吉原に行く客が欲しい情報としては、見世の場所と値段であるかと思う。女郎の源氏名が分かったところで、その名前だけを目当てに、吉原に行くということがあったのだろうか。これが「瀬川」なら別格であろうが、この種の情報を伝える媒体としては、細見だけだったのだろうか。
このあたりのことは、吉原の歴史と、細見の歴史、これらを総合的に考えることになる。無論、他の岡場所などについても、江戸時代に、どのようなメディアで、どのような情報が流通していたのか、という関心で見ることになる。
最後に、花の井、が、瀬川、と襲名した。そのために、蔦屋重三郎は細見を部分的に作り直した、という展開になっていた。これはいいとして、では、どうやって改めたのか。その作業の工程を、描いていなかった。常識的な書誌学の知識としては、埋木による訂正ということになるが、この部分がまったく描かれていなかった。
それから、本の大きさと、流通する紙の大きさ、という観点からはどうなのだろうか。そう簡単に、サイズを大きくできるものなのだろうか。紙の価格は、現代よりもずっと高価であったにちがいない。本の製造コストのかなりの部分を、紙がしめていたはずである。なるべく無駄が出ないように、紙のサイズと本のサイズは、一定の規格……事実上の業界標準とでもいうべきもの……におさまるようにしていたはずである。また、これは、使用する板木のサイズとも関連する。テレビに映っていた本を作る場面では、化粧断ちするとき切り落とす紙の余白が大きすぎるように思えたのだが。(経験的にはということになるが、現存する江戸時代の板本は、おおむね一定の種類の大きさの規格におさまるように作られている。)
新之助が、李白の「静夜思」の詩のことについて言っていた。どうせならば、この時代に読まれたであろう、李白の詩集の本などが出てきていてもよかった。これを小道具で作るのは、手間ということになるかもしれないが。この場面は、江戸時代のある一定以上の知識階層にとっては、中国の漢詩などは、基本的教養であった、という側面として、もうすこし丁寧に描いておくべきだったかと思う。蔦屋重三郎が李白を知らなくてもいい。映っていた限りでは、蔦屋重三郎は知らなかった、まったく関心がなかったようである。そういう階層による知識や教養の違いがあった時代ということで、別に隠すようなことではないと思うが。その様々な知的階層のなかで、蔦屋重三郎が、どのような人びとを相手にしていたのか、という方向が見えてくると、その方がいいと、私は思う。
吉原で蔦屋重三郎にしがみついた少女、小童(こじょく)であったが、ここはお稲荷さんの説明があってもよかったところかと思う。
鱗形屋の作った偽物(?)の「節用集」だが、3000部があったと言っていた。板木で本を作るとき、そんなに大量の部数を一度に作ったのだろうか。
吉原細見が、お土産としての需要がある。おそらくこれは、確かなことなのだろうと思うが、といって専門の論文を探して読んでみようとは思っていない。細見にかぎらずであるが、参勤交代で江戸に出てきた武士たちが、地方の藩に帰るとき、いったい何をお土産に買っていたのか、こういう視点は、とても興味深いものである。現存する細見が、どの地方の、どのようなところに、どれぐらい残っているのか、ということの調査になる。
2025年2月16日記
『カムカムエヴリバディ』「1963ー1964」「1954ー1965」 ― 2025-02-16
2025年2月16日 當山日出夫
『カムカムエヴリバディ』「1963ー1964」「1964ー1965」
この週を見て思ったことなど書いておく。
ジョーの生いたちがあきらかになった。岡山のトランペットの少年であり、定一にひろわれて音楽の道で生計をたてるようになった。戦災孤児であった身の上があきらかになった。これは、家族というものを知らずに育ったジョーと、家族を棄てた(あるいは、棄てられたと思っている)るいと、こころのうちで響きあうものがある、といういことになる。この二人で、京都で、新しく回転焼き屋として生きていく。
ジョーは、トランペットが吹けなくなる。日常生活では何の問題もないのに、ある特定の場面でうまく動けない……このような症状については、現代の精神医学であれば、少なくともこういうことが人間には起こりうるものである、ということの判断はできるだろう。だが、この時代、一九六〇年代、現代のような知見を専門家にも、また、一般にも、求めるのは難しかっただろう。現代だからこそ、このようなことが人間には起こるものなのだ、ということは、一般に認識されることとなっているといえるだろうか。(それでも、そうはっきりと理解できる人は、ほとんどいないかもしれないが。)
ジョーがいなくなって、それをるいが追いかける。海岸で見つけて、海のなかに入っていくジョーに、るいがすがりつく。おそらく、このドラマのなかでも、もっとも印象に残るシーンの一つである。
このシーンの回のときの始まりで、ベリーが、るいのクリーニング店にやってきて、クリーニングを頼む。そのときに、ベリーの京都の連絡先を、店の用紙に書いていくことになる。これがきっかけとして、るいとジョーは、京都で新しい生活を始めるということになる。さりげない描写なのだが、ドラマの展開のなかでは重要な意味を持っていることになる。
京都のベリー(一子)のお茶をたてているときのシーン。京都方言としては、「ひつこい」かなと思うのだが、「しつこい」と言っていた。(私の感覚としては、「ひつこい」の方がしっくりくる。)
るいとジョーは、京都で回転焼き屋を始める。その動機が、天神さん……北野天満宮の縁日、毎月二五日……で、回転焼きの屋台を目にしたから、ということになっていたのだが、どうも安直かなという気がしないでもない。しかし、岡山でのたちばなの店のあんこの味を引き継いで、素人でも簡単に始められる商売としては、妥当なところかもしれない。
しかし、回転焼きを上手に焼くのは、これはこれで難しいことだと思う。
ちなみに、回転焼きは、地方によって名称が異なる。地域によっては、今川焼きとか、大判焼き、などの名称になる。私は、京都の宇治市の育ちなので、最初に憶えた名前が、回転焼きである。
このドラマの描き方としては、戦災孤児であったジョーが唯一できることだったトランペットを吹くことができなくなる、そして、それを思うるいの気持ち、これが情感深く描写されていたと思う。この二人を見守る周囲の人びと、クリーニング屋の夫婦、Night and Day のマスター、ベリー、トミー、それから、ササプロの奈々、これらの人びとの気持ちが、丁寧に描かれていたと感じるところである。
2025年2月14日記
『カムカムエヴリバディ』「1963ー1964」「1964ー1965」
この週を見て思ったことなど書いておく。
ジョーの生いたちがあきらかになった。岡山のトランペットの少年であり、定一にひろわれて音楽の道で生計をたてるようになった。戦災孤児であった身の上があきらかになった。これは、家族というものを知らずに育ったジョーと、家族を棄てた(あるいは、棄てられたと思っている)るいと、こころのうちで響きあうものがある、といういことになる。この二人で、京都で、新しく回転焼き屋として生きていく。
ジョーは、トランペットが吹けなくなる。日常生活では何の問題もないのに、ある特定の場面でうまく動けない……このような症状については、現代の精神医学であれば、少なくともこういうことが人間には起こりうるものである、ということの判断はできるだろう。だが、この時代、一九六〇年代、現代のような知見を専門家にも、また、一般にも、求めるのは難しかっただろう。現代だからこそ、このようなことが人間には起こるものなのだ、ということは、一般に認識されることとなっているといえるだろうか。(それでも、そうはっきりと理解できる人は、ほとんどいないかもしれないが。)
ジョーがいなくなって、それをるいが追いかける。海岸で見つけて、海のなかに入っていくジョーに、るいがすがりつく。おそらく、このドラマのなかでも、もっとも印象に残るシーンの一つである。
このシーンの回のときの始まりで、ベリーが、るいのクリーニング店にやってきて、クリーニングを頼む。そのときに、ベリーの京都の連絡先を、店の用紙に書いていくことになる。これがきっかけとして、るいとジョーは、京都で新しい生活を始めるということになる。さりげない描写なのだが、ドラマの展開のなかでは重要な意味を持っていることになる。
京都のベリー(一子)のお茶をたてているときのシーン。京都方言としては、「ひつこい」かなと思うのだが、「しつこい」と言っていた。(私の感覚としては、「ひつこい」の方がしっくりくる。)
るいとジョーは、京都で回転焼き屋を始める。その動機が、天神さん……北野天満宮の縁日、毎月二五日……で、回転焼きの屋台を目にしたから、ということになっていたのだが、どうも安直かなという気がしないでもない。しかし、岡山でのたちばなの店のあんこの味を引き継いで、素人でも簡単に始められる商売としては、妥当なところかもしれない。
しかし、回転焼きを上手に焼くのは、これはこれで難しいことだと思う。
ちなみに、回転焼きは、地方によって名称が異なる。地域によっては、今川焼きとか、大判焼き、などの名称になる。私は、京都の宇治市の育ちなので、最初に憶えた名前が、回転焼きである。
このドラマの描き方としては、戦災孤児であったジョーが唯一できることだったトランペットを吹くことができなくなる、そして、それを思うるいの気持ち、これが情感深く描写されていたと思う。この二人を見守る周囲の人びと、クリーニング屋の夫婦、Night and Day のマスター、ベリー、トミー、それから、ササプロの奈々、これらの人びとの気持ちが、丁寧に描かれていたと感じるところである。
2025年2月14日記
『カーネーション』「鮮やかな態度」 ― 2025-02-16
2025年2月16日 當山日出夫
『カーネーション』「鮮やかな態度」
娘たちの世代へと時代が変わっていく。このドラマの良さというべきところは、糸子の父の善作の時代、糸子の時代、糸子の娘たちの時代、それから糸子の晩年、というふうに時代をおって展開していく。そのなかで、各世代によってものの考え方に違いがある。それを、それぞれに肯定的に描いていることである。決して旧弊として否定していない。
最初の方では、糸子がミシンの技術を身につけるために働きたいと言ったところで、父親の善作は激怒していた。それでもなんとか糸子はミシンを憶え、洋裁ができるようになって、独立する。善作は、あっさりと岸和田の「小原呉服店」の看板を「オハラ洋装店」に変えて、糸子にゆずった。
娘たちの世代になって、糸子が、岸和田の「オハラ洋装店」の看板をゆずろうとしても、今度は、誰もそのことに関心をしめさない。東京のデパートで店をはじめる、心斎橋で店をひらく、あるいは、パリに行く、ということで、結局「オハラ洋装店」の看板を糸子は守り続けることになる。
このドラマは、ある見方としては、岸和田の小原の家(建物)の物語である。最初、畳敷きの座敷で商売をしていた呉服店が、格子の出窓がショーウィンドウに変わり、玄関の板戸が硝子戸に変わり、畳敷きだった部分が、外から直接入ってこれるように土間がひろくなった。(その後、糸子の晩年にかけてさらに姿を変えていくようになる。)
看板は、小原呉服店だったものが、オハラ洋装店になり、その看板を糸子は背負って仕事をし、その後も生きていくということになる。
このドラマは、基本的に岸和田のこの家と、前の通りと、隣近所の店のいくつか、それと喫茶店の太太鼓ぐらいが、主な舞台で、それ以外の場所はほとんど出てこない。(始めのころ、奈津の料理屋とか、学校とかが出てきていた。東京のアパートとか、直子の店も出てきた。しかし、メインのストーリーが展開するのは、基本的に岸和田においてである。)
この狭い(と言っては悪いかもしれないが)岸和田の小さなエリアだけの人物と描写だけで、時代の変化を描いている。昭和の初期から、戦争の時代になり、戦後を経て、東京オリンピックがすぎるまで、原則、岸和田の街の視点で描いている。ただ、東京オリンピックのことは、出てきていなかったが、時代の変化を象徴するものとして、だんじり祭りの変化、女性たちが参加するようになったことが出てきていた。
このように時代が変化し、人びとの考え方、社会の様相が変わっていくなかで、それぞれの時代を、それぞれの世代の人びとが、それなりに生きてきたことを、非常に肯定的に描いている。今の価値観からすれば、父親の善作は、前近代的家父長制の暴君となるところであるが、その時代の父親というもの、家族のあり方というものを、否定してはいない。そのような時代があったということで描いている。
ミニスカートが流行る時代になって、糸子は言う……時代が変わった、もう女はよめにいかなくてもいい時代になった、と。明らかに、時代の変化、人びとの価値観の変化ということを、実感させる。これは、ある意味では、糸子が時代遅れになってきてしまっているということにもなるのだが、しかし、糸子は、これまでの自分の生き方を変えようとはしない。「オハラ洋装店」の看板を背負って生きていくことになる。
ところで、昭和四一年、ミニスカートの流行のことが出てきていたが、私は、この時代のことは記憶に残っている。いきなり世の中の女性のスカートが短くなった。いったいなぜだか分からないまま、ただ流行ということで、そうなった。そして、おどろくことになったのは、その数年後、今度は急にそのミニスカートが姿を消したことである。これもまた流行ということになる。ただ、こういう時代の流行の変化を体験的に知っていると、いったい流行とはいったい何なのかと考えることにもなる。とにかく分からなかったのが、女性の気持ちである。
このドラマのなかで小原の家の食事の場面を見ていると、糸子は夕食のときに晩酌をするようになってきた。それが、やけ酒になったりするとコップに変わる。家のなかの火鉢が、石油ストーブになり、台所に電気冷蔵庫が加わった。こういう細かなところの変化で、時代がかわり、糸子もだんだんと歳をとってきて、生活のスタイルが変わってきていることが、表現されていると感じる。
2025年2月15日記
『カーネーション』「鮮やかな態度」
娘たちの世代へと時代が変わっていく。このドラマの良さというべきところは、糸子の父の善作の時代、糸子の時代、糸子の娘たちの時代、それから糸子の晩年、というふうに時代をおって展開していく。そのなかで、各世代によってものの考え方に違いがある。それを、それぞれに肯定的に描いていることである。決して旧弊として否定していない。
最初の方では、糸子がミシンの技術を身につけるために働きたいと言ったところで、父親の善作は激怒していた。それでもなんとか糸子はミシンを憶え、洋裁ができるようになって、独立する。善作は、あっさりと岸和田の「小原呉服店」の看板を「オハラ洋装店」に変えて、糸子にゆずった。
娘たちの世代になって、糸子が、岸和田の「オハラ洋装店」の看板をゆずろうとしても、今度は、誰もそのことに関心をしめさない。東京のデパートで店をはじめる、心斎橋で店をひらく、あるいは、パリに行く、ということで、結局「オハラ洋装店」の看板を糸子は守り続けることになる。
このドラマは、ある見方としては、岸和田の小原の家(建物)の物語である。最初、畳敷きの座敷で商売をしていた呉服店が、格子の出窓がショーウィンドウに変わり、玄関の板戸が硝子戸に変わり、畳敷きだった部分が、外から直接入ってこれるように土間がひろくなった。(その後、糸子の晩年にかけてさらに姿を変えていくようになる。)
看板は、小原呉服店だったものが、オハラ洋装店になり、その看板を糸子は背負って仕事をし、その後も生きていくということになる。
このドラマは、基本的に岸和田のこの家と、前の通りと、隣近所の店のいくつか、それと喫茶店の太太鼓ぐらいが、主な舞台で、それ以外の場所はほとんど出てこない。(始めのころ、奈津の料理屋とか、学校とかが出てきていた。東京のアパートとか、直子の店も出てきた。しかし、メインのストーリーが展開するのは、基本的に岸和田においてである。)
この狭い(と言っては悪いかもしれないが)岸和田の小さなエリアだけの人物と描写だけで、時代の変化を描いている。昭和の初期から、戦争の時代になり、戦後を経て、東京オリンピックがすぎるまで、原則、岸和田の街の視点で描いている。ただ、東京オリンピックのことは、出てきていなかったが、時代の変化を象徴するものとして、だんじり祭りの変化、女性たちが参加するようになったことが出てきていた。
このように時代が変化し、人びとの考え方、社会の様相が変わっていくなかで、それぞれの時代を、それぞれの世代の人びとが、それなりに生きてきたことを、非常に肯定的に描いている。今の価値観からすれば、父親の善作は、前近代的家父長制の暴君となるところであるが、その時代の父親というもの、家族のあり方というものを、否定してはいない。そのような時代があったということで描いている。
ミニスカートが流行る時代になって、糸子は言う……時代が変わった、もう女はよめにいかなくてもいい時代になった、と。明らかに、時代の変化、人びとの価値観の変化ということを、実感させる。これは、ある意味では、糸子が時代遅れになってきてしまっているということにもなるのだが、しかし、糸子は、これまでの自分の生き方を変えようとはしない。「オハラ洋装店」の看板を背負って生きていくことになる。
ところで、昭和四一年、ミニスカートの流行のことが出てきていたが、私は、この時代のことは記憶に残っている。いきなり世の中の女性のスカートが短くなった。いったいなぜだか分からないまま、ただ流行ということで、そうなった。そして、おどろくことになったのは、その数年後、今度は急にそのミニスカートが姿を消したことである。これもまた流行ということになる。ただ、こういう時代の流行の変化を体験的に知っていると、いったい流行とはいったい何なのかと考えることにもなる。とにかく分からなかったのが、女性の気持ちである。
このドラマのなかで小原の家の食事の場面を見ていると、糸子は夕食のときに晩酌をするようになってきた。それが、やけ酒になったりするとコップに変わる。家のなかの火鉢が、石油ストーブになり、台所に電気冷蔵庫が加わった。こういう細かなところの変化で、時代がかわり、糸子もだんだんと歳をとってきて、生活のスタイルが変わってきていることが、表現されていると感じる。
2025年2月15日記
『おむすび』「母親って何なん?」 ― 2025-02-16
2025年2月16日 當山日出夫
『おむすび』 「母親って何なん?」
このドラマ、朝ドラとしてのできは、まあまあというところかなと思って見ている。そんなに感動するほど良くできてもいないが、逆に、褒めるところが見つからないほど出来が悪いとも思わない。
だが、この週あたりのストーリーの展開を見ると、こういうふうに話しをもっていくのなら、これまでに描いておくべきことがあったはずなのに、と思うところはある。これまでの話しの展開が、チャラになってしまっている。そもそもギャルが栄養士になるというコンセプトだったはずだが、この設定が、どこかにとんでいってしまっている。
結は管理栄養士になる。管理栄養士としては、目で料理を見て、その食品の成分、栄養価とかカロリーとか、ざっと頭のなかでイメージできる……これは、そういう訓練というか、そうなる勉強をしてきたからである。しかし、これまで、このドラマのなかで、結がそのような勉強をしてきた、という部分が描かれていない。
料理を見て、その栄養的な問題点を指摘するのは、居酒屋で乾杯をするときにいうことではないだろう。もっと、それにふさわしい適切な場面があるはずである。ここは、管理栄養士としての専門知識と、一般の良識とのかねあいの問題である。この脚本には、一般的な良識的判断が欠如している。
やはり、ここは、結が四年制大学に行って、管理栄養士の受験資格をとるための専門のコースで勉強する、ということであった方が自然である。そこで、何を学んだか、どんな講義があったか、実習や実験があったか、具体的に描いてこそ、管理栄養士はこういう職掌の仕事なのだと、見ている側も理解できる。
昔、結が、栄養士の専門学校に行っていたときの友達は、病院に就職したり、食品会社(まんぷく食品)に就職したりだった。ここで、栄養士として病院に就職したとき、どんな仕事をしているのか、出てきていない。もし描くと、栄養士と管理栄養士の違い、ということになってしまうからまずい、ということなのかもしれない。また、食品会社でも、管理栄養士なら、その会社の製品開発などにかかわる仕事もある。さらに、学校につとめて栄養教諭という勤め先もある。公務員としても、かなり専門性を求められる職種もある。
ここにきて、結が、かつて栄養士の勉強をしたときのこと、その時の仲間のことなどが、まったく無かったかのようになっている。
管理栄養士というのは、どういう専門職なのか、ということを分かりやすく描いておくべきであった。そして、管理栄養士になるには、どういう学校で、どういう勉強をするのか、そして、国家試験はどんなものなのか、説明があるべきであった。
しかし、その一方で、限界もある。週の最後で、結が担当した患者の膵臓の腫瘍に気がつかなかったことを、手術した医者から責められる場面があったが、どう考えても、これは、管理栄養士の仕事の範囲外のことだろう。自覚症状はほとんどないはずだから、CTでも撮らないかぎり見つけるのは難しい。内臓のCT検査をするのは、よほどのときでないとしない。(私は、過去に二度、したことがあるが。)
医療のドラマとして描くならば、たとえそれが朝ドラの枠であっても、医師や看護師や管理栄養士や言語聴覚士や、その他多くのスタッフの職掌、その責任をとれる範囲ということを、明確にしておく必要がある。そして、それぞれの職掌の範囲内で、スタンダードが何なのかを求めるべきだろう。
自分自身をふくめてスタッフの職掌と責任の範囲をわかっていないで、それをプロと呼ぶことはできない。
拒食症(といっていいだろう)女子高生について、そんなにあっさりと解決することなのかとも思う。検査して入院ということになったのだが、その背景には、心理的な要因があったことは、推察される。貧困が理由で食べるものに不自由していたというわけではない。可愛くなりたい、だから食べたくない、可愛くなれないのはお母さんの料理のせい、このように考えるということは、かなり精神的に問題があるというべきだろう。
可愛い=痩せている=食べない、この連鎖をどうにかする必要がある。これは、病院で管理栄養士の仕事だろうか。とりあえず食べられるものについて、その栄養価を考慮してメニューを考える、ということになるのではないかと思うが、どうだろうか。
可愛くなりたいというのは、ギャルになりたいというのと同じこと、であるのかもしれないが、それが原因で食事をまともにとらない、あるいは、とれないようになる、その結果、病気にになるというのは、普通ではない。昔の結の博多のギャル仲間のときのこととは、根本的に違うと判断すべきである。すくなくとも結の立場はまったく違う。ここは、病院の専門のスタッフに引き継ぐのが、医療現場のプロであるべきだと、私は思う。
糖尿病のように、病気で食べられないものがあるわけではないのだから、何でも食べなさい……ということは、(素人判断になるが)おそらく決して言ってはいけない台詞のはずである。鬱病の患者に、絶対に頑張れと言ってはいけないように。ここは、まずは心理的なカウンセリングとなるべきだろう。あるいは、総合病院なのだから、心療内科などの出番になるはずである。このドラマの時代なら、十分にその考え方はあったはずである。(昔の震災の時代とは違うのであるから。いわゆる心のケアということが、認識されているはずである。)
愛子の浮気騒動(?)は、まあ、そんなものなのかな、ということになる。ブログの書籍化ということは、今でも、出版の企画としてはありうることだが、こういう展開にもってくるなら、愛子のブログを、もうすこし具体的にドラマの中で描いてあった方がよい。どんなコメントがついたのか、それについて愛子がどう思ったのか、というエピソードがあってもよかった。
商店街のことは、もう出てこなくなったが、どうなったのだろう。駅前の再開発でタワーマンションができる、ショッピングセンターができる、ということが、その後の地域にどういう影響を及ぼすか、今まさに日本の各地で問題が顕在化しているテーマの一つである。商店街の不振は相変わらずかもしれないし(固定客のいる理髪店ならなんとかやっていけるだろうが)、タワーマンションの将来の廃墟化という、大きな課題もある。それよりも、ネット通販の普及は、ショッピングセンターの経営にも影響を与えることになるかもしれない。
このドラマ、栄養士とギャルから、途中で、無理に病院の管理栄養士に路線変更したので、脚本が雑になってきていると、感じる。
結が膵臓の病気に気づかなかったことを云々する前に、食べない女子高生について、精神科やカウンセラーなどに事案を相談しなかったことの方が、問題だと私は思うのである。
2025年2月14日記
『おむすび』 「母親って何なん?」
このドラマ、朝ドラとしてのできは、まあまあというところかなと思って見ている。そんなに感動するほど良くできてもいないが、逆に、褒めるところが見つからないほど出来が悪いとも思わない。
だが、この週あたりのストーリーの展開を見ると、こういうふうに話しをもっていくのなら、これまでに描いておくべきことがあったはずなのに、と思うところはある。これまでの話しの展開が、チャラになってしまっている。そもそもギャルが栄養士になるというコンセプトだったはずだが、この設定が、どこかにとんでいってしまっている。
結は管理栄養士になる。管理栄養士としては、目で料理を見て、その食品の成分、栄養価とかカロリーとか、ざっと頭のなかでイメージできる……これは、そういう訓練というか、そうなる勉強をしてきたからである。しかし、これまで、このドラマのなかで、結がそのような勉強をしてきた、という部分が描かれていない。
料理を見て、その栄養的な問題点を指摘するのは、居酒屋で乾杯をするときにいうことではないだろう。もっと、それにふさわしい適切な場面があるはずである。ここは、管理栄養士としての専門知識と、一般の良識とのかねあいの問題である。この脚本には、一般的な良識的判断が欠如している。
やはり、ここは、結が四年制大学に行って、管理栄養士の受験資格をとるための専門のコースで勉強する、ということであった方が自然である。そこで、何を学んだか、どんな講義があったか、実習や実験があったか、具体的に描いてこそ、管理栄養士はこういう職掌の仕事なのだと、見ている側も理解できる。
昔、結が、栄養士の専門学校に行っていたときの友達は、病院に就職したり、食品会社(まんぷく食品)に就職したりだった。ここで、栄養士として病院に就職したとき、どんな仕事をしているのか、出てきていない。もし描くと、栄養士と管理栄養士の違い、ということになってしまうからまずい、ということなのかもしれない。また、食品会社でも、管理栄養士なら、その会社の製品開発などにかかわる仕事もある。さらに、学校につとめて栄養教諭という勤め先もある。公務員としても、かなり専門性を求められる職種もある。
ここにきて、結が、かつて栄養士の勉強をしたときのこと、その時の仲間のことなどが、まったく無かったかのようになっている。
管理栄養士というのは、どういう専門職なのか、ということを分かりやすく描いておくべきであった。そして、管理栄養士になるには、どういう学校で、どういう勉強をするのか、そして、国家試験はどんなものなのか、説明があるべきであった。
しかし、その一方で、限界もある。週の最後で、結が担当した患者の膵臓の腫瘍に気がつかなかったことを、手術した医者から責められる場面があったが、どう考えても、これは、管理栄養士の仕事の範囲外のことだろう。自覚症状はほとんどないはずだから、CTでも撮らないかぎり見つけるのは難しい。内臓のCT検査をするのは、よほどのときでないとしない。(私は、過去に二度、したことがあるが。)
医療のドラマとして描くならば、たとえそれが朝ドラの枠であっても、医師や看護師や管理栄養士や言語聴覚士や、その他多くのスタッフの職掌、その責任をとれる範囲ということを、明確にしておく必要がある。そして、それぞれの職掌の範囲内で、スタンダードが何なのかを求めるべきだろう。
自分自身をふくめてスタッフの職掌と責任の範囲をわかっていないで、それをプロと呼ぶことはできない。
拒食症(といっていいだろう)女子高生について、そんなにあっさりと解決することなのかとも思う。検査して入院ということになったのだが、その背景には、心理的な要因があったことは、推察される。貧困が理由で食べるものに不自由していたというわけではない。可愛くなりたい、だから食べたくない、可愛くなれないのはお母さんの料理のせい、このように考えるということは、かなり精神的に問題があるというべきだろう。
可愛い=痩せている=食べない、この連鎖をどうにかする必要がある。これは、病院で管理栄養士の仕事だろうか。とりあえず食べられるものについて、その栄養価を考慮してメニューを考える、ということになるのではないかと思うが、どうだろうか。
可愛くなりたいというのは、ギャルになりたいというのと同じこと、であるのかもしれないが、それが原因で食事をまともにとらない、あるいは、とれないようになる、その結果、病気にになるというのは、普通ではない。昔の結の博多のギャル仲間のときのこととは、根本的に違うと判断すべきである。すくなくとも結の立場はまったく違う。ここは、病院の専門のスタッフに引き継ぐのが、医療現場のプロであるべきだと、私は思う。
糖尿病のように、病気で食べられないものがあるわけではないのだから、何でも食べなさい……ということは、(素人判断になるが)おそらく決して言ってはいけない台詞のはずである。鬱病の患者に、絶対に頑張れと言ってはいけないように。ここは、まずは心理的なカウンセリングとなるべきだろう。あるいは、総合病院なのだから、心療内科などの出番になるはずである。このドラマの時代なら、十分にその考え方はあったはずである。(昔の震災の時代とは違うのであるから。いわゆる心のケアということが、認識されているはずである。)
愛子の浮気騒動(?)は、まあ、そんなものなのかな、ということになる。ブログの書籍化ということは、今でも、出版の企画としてはありうることだが、こういう展開にもってくるなら、愛子のブログを、もうすこし具体的にドラマの中で描いてあった方がよい。どんなコメントがついたのか、それについて愛子がどう思ったのか、というエピソードがあってもよかった。
商店街のことは、もう出てこなくなったが、どうなったのだろう。駅前の再開発でタワーマンションができる、ショッピングセンターができる、ということが、その後の地域にどういう影響を及ぼすか、今まさに日本の各地で問題が顕在化しているテーマの一つである。商店街の不振は相変わらずかもしれないし(固定客のいる理髪店ならなんとかやっていけるだろうが)、タワーマンションの将来の廃墟化という、大きな課題もある。それよりも、ネット通販の普及は、ショッピングセンターの経営にも影響を与えることになるかもしれない。
このドラマ、栄養士とギャルから、途中で、無理に病院の管理栄養士に路線変更したので、脚本が雑になってきていると、感じる。
結が膵臓の病気に気づかなかったことを云々する前に、食べない女子高生について、精神科やカウンセラーなどに事案を相談しなかったことの方が、問題だと私は思うのである。
2025年2月14日記
Asia Insight「新運河は何をもたらすのか 〜カンボジア〜」 ― 2025-02-15
2025年2月15日 當山日出夫
Asia Insight 新運河は何をもたらすのか 〜カンボジア〜
カンボジアという国については、ほとんど知るところがないというのが、本当のところである。東南アジアの重要な国家の一つであり、かつて、ポル・ポト政権のもとで大虐殺があったことは、知っている。だが、現在の政治については、不案内である。
運河を建設する工事の意義は、まあ、分かる気がする。首都から海まで船で行けるようにして、物流の中心とする。これは、これまでのベトナムに対する依存度を下げることになる。また、運河の周囲の農業にとっては、農業用水の安定的な確保につながる。
まあ、いいことづくめのようなのだが、これを中国資本にたよって進めるというのは、どうなるだろうか。中国経済が、順調なままならいいが、普通に伝えられるところでは、これからの先行きはどうもあやういかもしれない。対外投資をこれまでのように潤沢に行うことができるだろうか。
運河を作ったはいいけれども、スリランカのように、運河の利用の権利を、中国企業にもっていかれてしまうという事態は、避けたいところだろう。
それにしても、この大規模公共工事のすすめかたは、日本の感覚からすればであるが、かなり強引な感じがする。土地を奪われる農民に対する、説明や補賞は、もっと丁寧であるべきだし、金額も非常に少ないと思う。こういう強引なことができる政治体制というのが、まあ、今のカンボジアの国の有様ということなのだろう。
立ち退きを命ぜられた夫婦は、孤児であったという。ポル・ポト政権の犠牲者である。このような人びとが、まだ数多くいるのが、今のカンボジアであることは確かなことなのだろう。
番組の中で映っていた、カンボジアの米作。機械化されているようでもあり、一方で、非常に前近代的なようでもある。これを、日本の田圃での米作と比較してみるということが、いけないのかとも思うが。米は輸出されているということだが、どこに向けてなのだろうか。米の袋には漢字が書いてあったので、中国向けかと思ったりするのだが、どうなのだろうか。
2025年2月12日記
Asia Insight 新運河は何をもたらすのか 〜カンボジア〜
カンボジアという国については、ほとんど知るところがないというのが、本当のところである。東南アジアの重要な国家の一つであり、かつて、ポル・ポト政権のもとで大虐殺があったことは、知っている。だが、現在の政治については、不案内である。
運河を建設する工事の意義は、まあ、分かる気がする。首都から海まで船で行けるようにして、物流の中心とする。これは、これまでのベトナムに対する依存度を下げることになる。また、運河の周囲の農業にとっては、農業用水の安定的な確保につながる。
まあ、いいことづくめのようなのだが、これを中国資本にたよって進めるというのは、どうなるだろうか。中国経済が、順調なままならいいが、普通に伝えられるところでは、これからの先行きはどうもあやういかもしれない。対外投資をこれまでのように潤沢に行うことができるだろうか。
運河を作ったはいいけれども、スリランカのように、運河の利用の権利を、中国企業にもっていかれてしまうという事態は、避けたいところだろう。
それにしても、この大規模公共工事のすすめかたは、日本の感覚からすればであるが、かなり強引な感じがする。土地を奪われる農民に対する、説明や補賞は、もっと丁寧であるべきだし、金額も非常に少ないと思う。こういう強引なことができる政治体制というのが、まあ、今のカンボジアの国の有様ということなのだろう。
立ち退きを命ぜられた夫婦は、孤児であったという。ポル・ポト政権の犠牲者である。このような人びとが、まだ数多くいるのが、今のカンボジアであることは確かなことなのだろう。
番組の中で映っていた、カンボジアの米作。機械化されているようでもあり、一方で、非常に前近代的なようでもある。これを、日本の田圃での米作と比較してみるということが、いけないのかとも思うが。米は輸出されているということだが、どこに向けてなのだろうか。米の袋には漢字が書いてあったので、中国向けかと思ったりするのだが、どうなのだろうか。
2025年2月12日記
最近のコメント