おとなのEテレタイムマシン「土曜美の朝 日本人の心を彫る 彫刻家 佐藤忠良」 ― 2026-02-03
2026年2月3日 當山日出夫
おとなのEテレタイムマシン「土曜美の朝 日本人の心を彫る 彫刻家 佐藤忠良」
彫刻には、ほとんど知識が無い。しかし、佐藤忠良の作品をテレビでみて、日本人の顔、と言われると、なるほどそうだよなあ、と思う。
それまでは、日本の具象彫刻では、何をどう作ってきたのか、美術史の中での彫刻史について、まったく知識がないのだが、日本人が見てこれが日本人の顔であると感じるものを作るというのは、やはり画期的なことであろう。この背景には、日本とは何か、日本人とはどういうものなのか、についての、いろんな分野からの問いかけや研究の蓄積、歴史があってのことであるにちがいない。日本人が納得する日本人の顔……これが、近代になってからの一つの到達点であるといっていいだろう。
日本人とはこういうものである、というイメージが、日本の人びとの中に共有されるものとして、歴史の中の沈殿物のようにあって、日本人の顔、ということを美術として表現することができる、と思う。
シベリア抑留の経験がある。そこで、人間とは、どういうものなのかということを深く見つめるところがあった。紹介されていた佐藤忠良の作品を見ると、人間を見る目の深さということを感じる。
人間の手の表現が難しいというのは、そういうものかと思う。
外に出て公園の桜の木をスケッチする。老木が魅力的である。桜の老木を見て、その地下の根のことを想像する。人間の姿を彫刻で造るときも、大地に根ざした人間の姿を造ることと通じる。
佐藤忠良と山根基世アナウンサーが話している背景に、女性の像があったが、このような女性像……裸体像というべきか……は、現在では、公共的空間(公園など)におくことを、忌避する風潮がある。私などの感覚としては、若い女性の生命感ということを感じるのだが、ただ、裸体像であるというだけで、いけないことと主張する人がいることは、現在では、いたしかたないことかとも思う。(その主張には、私は同意できないが。)
2026年1月28日記
おとなのEテレタイムマシン「土曜美の朝 日本人の心を彫る 彫刻家 佐藤忠良」
彫刻には、ほとんど知識が無い。しかし、佐藤忠良の作品をテレビでみて、日本人の顔、と言われると、なるほどそうだよなあ、と思う。
それまでは、日本の具象彫刻では、何をどう作ってきたのか、美術史の中での彫刻史について、まったく知識がないのだが、日本人が見てこれが日本人の顔であると感じるものを作るというのは、やはり画期的なことであろう。この背景には、日本とは何か、日本人とはどういうものなのか、についての、いろんな分野からの問いかけや研究の蓄積、歴史があってのことであるにちがいない。日本人が納得する日本人の顔……これが、近代になってからの一つの到達点であるといっていいだろう。
日本人とはこういうものである、というイメージが、日本の人びとの中に共有されるものとして、歴史の中の沈殿物のようにあって、日本人の顔、ということを美術として表現することができる、と思う。
シベリア抑留の経験がある。そこで、人間とは、どういうものなのかということを深く見つめるところがあった。紹介されていた佐藤忠良の作品を見ると、人間を見る目の深さということを感じる。
人間の手の表現が難しいというのは、そういうものかと思う。
外に出て公園の桜の木をスケッチする。老木が魅力的である。桜の老木を見て、その地下の根のことを想像する。人間の姿を彫刻で造るときも、大地に根ざした人間の姿を造ることと通じる。
佐藤忠良と山根基世アナウンサーが話している背景に、女性の像があったが、このような女性像……裸体像というべきか……は、現在では、公共的空間(公園など)におくことを、忌避する風潮がある。私などの感覚としては、若い女性の生命感ということを感じるのだが、ただ、裸体像であるというだけで、いけないことと主張する人がいることは、現在では、いたしかたないことかとも思う。(その主張には、私は同意できないが。)
2026年1月28日記
ドキュメント20min.「街とディスタンス」 ― 2026-02-03
2026年2月3日 當山日出夫
ドキュメント20min. 街とディスタンス
言語研究の視点から見ると、いろいろと面白いところがある。
街中でひろった騒音というべき音声のなかから、断片だけをとりだしてみても、それに何かしら意味がある、ということを感じるのは、何故なのだろうか。意味があると感じるところがあるからこそ、こういうことをやっているのだろうが、ただ、単語だけのような文(といっておくことにするが)であっても、それが、本の文脈から切り離されて、きれいにとりだされると、そのことによって、新たな解釈というべきものが生まれる。
また、自明のこととして疑っていないことかとも思うのだが、そのことばを、文字にしてプリントアウトして紙の上に明示する……このことによって、さらに、もとのことばが持っていた文脈的な情報が切り落とされて、文字のフォントや大きさ、縦書きか横書きか、ということで、新たに意味づけがされる。
こういう行為や、これを見る人は、いったい何を感じるのか、そして、それは何故なのか……こういうことを考えるのも、言語研究の新しい切り口になるだろうと思う。だが、もう、リタイアしたと思っている私としては、これ以上、考えないことにしている。
ただ、この行為や、番組制作の背景にあることとして、その街中で話されたことばば、人間が話したことばである、ということを大前提にしている。これが、AIが、勝手にしゃべっているという状況が混じってくると、また、全体の意味づけや解釈ということも、変わってくるだろう。
2026年1月27日記
ドキュメント20min. 街とディスタンス
言語研究の視点から見ると、いろいろと面白いところがある。
街中でひろった騒音というべき音声のなかから、断片だけをとりだしてみても、それに何かしら意味がある、ということを感じるのは、何故なのだろうか。意味があると感じるところがあるからこそ、こういうことをやっているのだろうが、ただ、単語だけのような文(といっておくことにするが)であっても、それが、本の文脈から切り離されて、きれいにとりだされると、そのことによって、新たな解釈というべきものが生まれる。
また、自明のこととして疑っていないことかとも思うのだが、そのことばを、文字にしてプリントアウトして紙の上に明示する……このことによって、さらに、もとのことばが持っていた文脈的な情報が切り落とされて、文字のフォントや大きさ、縦書きか横書きか、ということで、新たに意味づけがされる。
こういう行為や、これを見る人は、いったい何を感じるのか、そして、それは何故なのか……こういうことを考えるのも、言語研究の新しい切り口になるだろうと思う。だが、もう、リタイアしたと思っている私としては、これ以上、考えないことにしている。
ただ、この行為や、番組制作の背景にあることとして、その街中で話されたことばば、人間が話したことばである、ということを大前提にしている。これが、AIが、勝手にしゃべっているという状況が混じってくると、また、全体の意味づけや解釈ということも、変わってくるだろう。
2026年1月27日記
よみがえる新日本紀行「夢の中まで雪降るや...〜岩手県湯田町〜」 ― 2026-02-03
2026年2月3日 當山日出夫
よみがえる新日本紀行「夢の中まで雪降るや...〜岩手県湯田町〜」
再放送である。2024年。オリジナルは、昭和52年(1977年)。
夢の中まで雪降るや木地師妻
の句は、とてもいいと思う。
印象的な場面はいくつかあるが、こけしを作っている木地師の夫が、一言もしゃべっていない、黙々と仕事をしている。こういうシーンは、いい。
こけしが、1500円だった。相場は、倍の値段なのだが、職人の夫は、その値段でいいという。この時代、私は、東京で大学生だったころになる。たしか、映画を見るのに、1000円ぐらいだっただろうか。喫茶店のコーヒーが、200円から300円ぐらだったと憶えている。
温泉の共同浴場のシーンがあったが、どうやら男女混浴のようである。この時代だったら、こういうことを、とやかくいうということはなかった。普通だったのである。
他の集落から移転してきた人たちが、山の神もともなってきたということがあった。いったい集団で移転するというのは、どういう事情があってのことなのだろうか。あまりの山奥で、住むことができないと判断したということなのだろうか。ちょっと気になった。
雪の降るところは、米所でもある。これは、たしかにそのとおりかと思うが、イネというのは、もともと南方の植物で、日本の東北地方で、多く栽培されるようになった歴史というのは、どういうことがあってのことだろうか。東北の飢饉ということは、歴史の上で何度もあったことであり、新しいこととしては、昭和の初めのころの飢饉は、知られている。娘の身売りなどは普通のことであり、この農村の窮状が、陸軍の将校たちを動かした、ということも、日本の歴史の一コマといっていいにちがいない。
雪国に住んでいる人にとっては、雪は、愛でるものではない。生活をおびやかすものである。雪が降れば、雪下ろしをしなければならない。だが、そういう雪に対しても、俳句に詠んで、美しさを感じるとことがある。
豪雪地帯に住んでいる人たちの生活の感覚は、そうではないところに生活している人間には、なかなか理解できないものだろう。(よく知られていることとしては、三好達治の詩が有名だが、雪国の人にとって、雪はそんなものではないと言われることがある。)
冬の間の薪を、(おそらく)入り会いの山から伐採して運び出すのも、命がけといっていい。今は、いったいどうしているだろうか。囲炉裏も、カマドも、今の生活では無くなっているだろう。薪ストーブは使うかとも思うが。
こういう番組を見て、いつも思うのだが、人間はどうして、こんな雪がたくさん降るところに住むようになったのだろうか。江戸時代のことなら、『北越雪譜』など読むと、なんとなく分かるのだが、中世以前は、いったいどんな生活をしていたのだろうか。
2026年1月29日記
よみがえる新日本紀行「夢の中まで雪降るや...〜岩手県湯田町〜」
再放送である。2024年。オリジナルは、昭和52年(1977年)。
夢の中まで雪降るや木地師妻
の句は、とてもいいと思う。
印象的な場面はいくつかあるが、こけしを作っている木地師の夫が、一言もしゃべっていない、黙々と仕事をしている。こういうシーンは、いい。
こけしが、1500円だった。相場は、倍の値段なのだが、職人の夫は、その値段でいいという。この時代、私は、東京で大学生だったころになる。たしか、映画を見るのに、1000円ぐらいだっただろうか。喫茶店のコーヒーが、200円から300円ぐらだったと憶えている。
温泉の共同浴場のシーンがあったが、どうやら男女混浴のようである。この時代だったら、こういうことを、とやかくいうということはなかった。普通だったのである。
他の集落から移転してきた人たちが、山の神もともなってきたということがあった。いったい集団で移転するというのは、どういう事情があってのことなのだろうか。あまりの山奥で、住むことができないと判断したということなのだろうか。ちょっと気になった。
雪の降るところは、米所でもある。これは、たしかにそのとおりかと思うが、イネというのは、もともと南方の植物で、日本の東北地方で、多く栽培されるようになった歴史というのは、どういうことがあってのことだろうか。東北の飢饉ということは、歴史の上で何度もあったことであり、新しいこととしては、昭和の初めのころの飢饉は、知られている。娘の身売りなどは普通のことであり、この農村の窮状が、陸軍の将校たちを動かした、ということも、日本の歴史の一コマといっていいにちがいない。
雪国に住んでいる人にとっては、雪は、愛でるものではない。生活をおびやかすものである。雪が降れば、雪下ろしをしなければならない。だが、そういう雪に対しても、俳句に詠んで、美しさを感じるとことがある。
豪雪地帯に住んでいる人たちの生活の感覚は、そうではないところに生活している人間には、なかなか理解できないものだろう。(よく知られていることとしては、三好達治の詩が有名だが、雪国の人にとって、雪はそんなものではないと言われることがある。)
冬の間の薪を、(おそらく)入り会いの山から伐採して運び出すのも、命がけといっていい。今は、いったいどうしているだろうか。囲炉裏も、カマドも、今の生活では無くなっているだろう。薪ストーブは使うかとも思うが。
こういう番組を見て、いつも思うのだが、人間はどうして、こんな雪がたくさん降るところに住むようになったのだろうか。江戸時代のことなら、『北越雪譜』など読むと、なんとなく分かるのだが、中世以前は、いったいどんな生活をしていたのだろうか。
2026年1月29日記
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