ドキュメント20min.「街とディスタンス」 ― 2026-02-03
2026年2月3日 當山日出夫
ドキュメント20min. 街とディスタンス
言語研究の視点から見ると、いろいろと面白いところがある。
街中でひろった騒音というべき音声のなかから、断片だけをとりだしてみても、それに何かしら意味がある、ということを感じるのは、何故なのだろうか。意味があると感じるところがあるからこそ、こういうことをやっているのだろうが、ただ、単語だけのような文(といっておくことにするが)であっても、それが、本の文脈から切り離されて、きれいにとりだされると、そのことによって、新たな解釈というべきものが生まれる。
また、自明のこととして疑っていないことかとも思うのだが、そのことばを、文字にしてプリントアウトして紙の上に明示する……このことによって、さらに、もとのことばが持っていた文脈的な情報が切り落とされて、文字のフォントや大きさ、縦書きか横書きか、ということで、新たに意味づけがされる。
こういう行為や、これを見る人は、いったい何を感じるのか、そして、それは何故なのか……こういうことを考えるのも、言語研究の新しい切り口になるだろうと思う。だが、もう、リタイアしたと思っている私としては、これ以上、考えないことにしている。
ただ、この行為や、番組制作の背景にあることとして、その街中で話されたことばば、人間が話したことばである、ということを大前提にしている。これが、AIが、勝手にしゃべっているという状況が混じってくると、また、全体の意味づけや解釈ということも、変わってくるだろう。
2026年1月27日記
ドキュメント20min. 街とディスタンス
言語研究の視点から見ると、いろいろと面白いところがある。
街中でひろった騒音というべき音声のなかから、断片だけをとりだしてみても、それに何かしら意味がある、ということを感じるのは、何故なのだろうか。意味があると感じるところがあるからこそ、こういうことをやっているのだろうが、ただ、単語だけのような文(といっておくことにするが)であっても、それが、本の文脈から切り離されて、きれいにとりだされると、そのことによって、新たな解釈というべきものが生まれる。
また、自明のこととして疑っていないことかとも思うのだが、そのことばを、文字にしてプリントアウトして紙の上に明示する……このことによって、さらに、もとのことばが持っていた文脈的な情報が切り落とされて、文字のフォントや大きさ、縦書きか横書きか、ということで、新たに意味づけがされる。
こういう行為や、これを見る人は、いったい何を感じるのか、そして、それは何故なのか……こういうことを考えるのも、言語研究の新しい切り口になるだろうと思う。だが、もう、リタイアしたと思っている私としては、これ以上、考えないことにしている。
ただ、この行為や、番組制作の背景にあることとして、その街中で話されたことばば、人間が話したことばである、ということを大前提にしている。これが、AIが、勝手にしゃべっているという状況が混じってくると、また、全体の意味づけや解釈ということも、変わってくるだろう。
2026年1月27日記
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