NHKスペシャル「潤日の肖像 日本に向かう“中国”」2026-06-02

2026年6月2日 當山日出夫

NHKスペシャル「潤日の肖像 日本に向かう“中国”」

まず、暴論だが正論でもあることから書いておくと……そんなに中国がいやなら、どうどうと習近平退陣、中国共産党反対のメッセージをかかげて、天安門広場でデモをすればいいじゃないか、日本では高市退陣のデモを国会前でできるし、アメリカでも反トランプでもをホワイトハウスの前で叫ぶこともできる……これが、番組の中で言えない、あるいは、言うまでもないこと、というのが、一番の問題かなとは思う。

中国の富裕層の資金が日本に入ってくることは、そういう時代の流れなのだろうが、たとえば、地方の造り酒屋であったり、農業であったり、そういう現場に中国の資金が入ってきたとして、近い将来、そこで働く労働者は、世界の中でも貧乏な国からやってきた出稼ぎ外国人労働者ばかり、ということになりかねない。いや、もう、一部では、そうなってしまっているかもしれない。それで悪いということもないかとも思えるが、しかし、釈然としないことはたしかだろう。

日本で、30年間、賃金が上がらなかったことは、そうなのだが、それが、まったく悪いことだけなのか、というとそうもいいきれない。給料が高いにこしたことはないが、それよりも、現在の生活のレベルが維持できれば、それで十分である、という感覚の人びとが多くいた、ということもある。高度経済成長の結果として、とりあえず生活の確保ができて、教育や福祉・医療など、まあまあ、そんなに不満はないということなら、それを維持していくことが一番なのであって、これが壊れるようなことを拒否する……この一番の要因になるのが、いわゆる移民問題である、というのが基本だろうと、私は思っている。(日本において経済格差の問題もあるし、貧困の問題もある。だが、今のところ、社会の秩序の根幹をゆるがすというところまではいたっていないだろう。他の国に比べれば、ということであるが。社会の秩序をこわすと危惧されているのは、日本の経済や政治の問題もあるとしても、移民問題への関心がかなり大きいことはたしかである。それが妄想にすぎないとしても、そう感じるという感覚は否定できない。)

この点では、番組に出てきた中国の人のように、お金持ちになる、それで贅沢な生活をしたい、ということは、現代の多くの日本の人びとの人生の価値観と相容れない部分がある。贅沢よりも、今の日本の安定であり、安全であり、安心である、これを重視している。

造り酒屋などの小さなビジネスとしては、インターネットを使って世界に販路を拡大してということを考える経営者もいるだろうが、しかし、反対に、とりあえず今の会社で同じお酒を毎年造っていって、それを、この地元の人たちが買って飲んでくれればいい、酒蔵とお客さんが、このまま続いていくことが何よりである、こう考えることもあるだろう。これは、決して否定されるべき考え方ではない。いや、こういう考え方こそが、日本の良さとするならば、中国から投資的な資金と企業買収は、むしろ破壊者として忌避される。(継続的なビジネスとしてどう考えるかということはあるのだが。)

出てきていたのは、そう作ってあるのだろうが、悪い人は出てきていない。だが、人がやってくる、お金が動くということは、同時に、悪い人もやってくるし、犯罪も起こるということである。これは、人間の世の中の当たり前である。

意図的にそうしたのか……中国の人の日本でのビジネスとして、民泊が多く出てきていいた。今や、民泊は、日本の社会秩序にかかわる問題ともなっている。日本で民泊ビジネスでもうけようなどという中国人なら、来るな、というのが、多くの人の思うところかもしれない。

お金を持っていることが悪いのではないが、それを自慢してひけらかす生活がしたいのならば、日本以外のどこかよその国に行ってやってくれ、ということになるだろうか。これは、生活の感覚の問題であり、美意識の問題である。(だからといって、中国の人に日本の美意識が分からないとは思わないが。少なくとも、たくさんの服を持っていることを自慢しようというような意識は、多くの場合、日本では嫌われることになる。)

日本に来て住みたいのなら、まず、日本の生活習慣や日常的なマナー(ゴミの出し方のルールがあり、それは地域によって違うことなど)、それから簡単な日常会話の日本語の習得、これぐらいのことをもとめるのは、別に排外主義と非難されることではないだろう。(緊急にやってきた難民というわけではないのだから、準備して学習する時間の余裕はあるはずであるし、それを知る機会はいくらでもある。)

中国から外に出て、自由とか、法の規範とか、民主的なルールとか、身につけて成長し、生活する人が一定程度まで増え、同時に、中国国内で、忘れられている、見捨てられていると感じる人が一定以上に増えてきたとき(都市部でも農村部でも)、中国の国家と社会は、大きく変わることになるのかとも思うが、これは、もう少し先のことになるかもしれない。中国政府は、こういう流れは読んでいるだろうと思うので、そうなる前にと焦って事を起こさないでほしいのであるが。

歴史的に見れば、中国からは多くの人が出ている。今も、アメリカに不法に移住(といっておくが)を希望する人もいる。東南アジアなどにも多く居住している。日本にやってくる人をふくめて、それぞれ、どのような、帰属意識(文化的な、集団的な、民族的な)や共同体意識を持っているのだろうか。まったくの個人であり、コスモポリタン、世界市民である……そんなものは幻想だと私は思うが……と思いこんでいるということではないだろうと思うのだが。

2026年5月26日記

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