ウチのどうぶつえん「うれしいネ!新生活」2026-05-01

2026年5月1日 當山日出夫

ウチのどうぶつえん「うれしいネ!新生活」

ホッキョクグマの赤ちゃんというと、どうしても、とべ動物園のしろくまピースのことを思い出してしまう。これも、あの時代だからそういう育て方が出来たのだろうが、今では、可能な限り、自然に近い状態で育てることになる。時代の価値観の変化であるので、いたしかたないことではあるが。

(今でも、とべ動物園のHPを見ると、ピースのことが分かるようになっている。)

別に、動物園だからといって、ゾウやライオンがいなくてもいいじゃないかと思うのだが、今の人たちはどう思うだろうか。同じスペースを使って、新しく動物を飼育・展示するなら、より小型の生きものになるというのは、時代の流れとしてこうなることかなと思う。

アルパカの膝のために、いろいろと装具を考えるのは、大変だなあと思う。たまたま動物園で飼われるということになったので、いろいろとサポートしてもらえるというのは、動物にとっていいことなのかどうか、ちょっと疑問に思わないでもない。自然界に生きていたなら、こんなことにはならなかっただろう。人のいない動物園の中を散歩するアルパカの姿は、とても愛らしい。

2026年4月28日記

サイエンスZERO「脳で嗅ぐ“嗅覚”!?世界とどう関わるのか?」2026-05-01

2026年5月1日 當山日出夫

サイエンスZERO「脳で嗅ぐ“嗅覚”!?世界とどう関わるのか?」

どうも論点が雑かなという印象がある。

視覚にせよ、聴覚にせよ、最終的には脳がどう反応するかということで考えるのが、現代のサイエンスの流れだと思っているので、嗅覚について、脳のどの部分がどう反応しているのか、ということの研究、ということならば、この方向で、ここまで分かったでよかったかと思う。

問題かなと思うのは、人間の環世界として、嗅覚の範囲は、どのような意味があるのか、ということだろう。これは、他の動物、たとえば犬などに比べると、非常に狭い範囲の匂いしか感じないはずである。このように人間が進化してきたことは、どういうことがあってのことなのだろうか。

人間が匂いとし感じることがなくても、空気中の何かの物質に対して反応をしめす、ということはあることなのだろう。フェロモンであり、涙、であるということになる。(番組の中では、はっきり言うのを避けていたが、女性は、男性の匂いに反応するということは、こういうところに性差があるという認識でいいのかと思うが。)

それを検知してなにがしかの反応がある、行動を変えることがある、ただし、それを匂いとして脳で処理することはない、これはこれで、非常に面白い現象であると、私には思える。いわゆる五感で感じる以外のもの、目には見えないものに、人間は反応することがある、これはそうだろうと思う。これを、最近のサイエンスでは、特に、fMRIの利用によって、脳の反応としてとらえることができるようになってきている、という流れでいいだろうか。

それから、嗅覚や味覚は、その人間の経験に関係することが大きい。これを文化ということから説明してもいいし、経験主義的に説明してもいいかもしれない。考え方によるかと思うが、(文化や経験とは無関係な)純粋な匂い、さらにいえば、純粋に美味しいものやその匂い、ということがありうるのか、という問題になるかもしれない。

2026年4月29日記

映像の世紀「8K映像で描く第二次世界大戦 第四回 地獄 1944-1945」2026-05-01

2026年5月1日 當山日出夫

映像の世紀「8K映像で描く第二次世界大戦 第四回 地獄 1944-1945」

HDに録画してあったのを、順番に見ている。ただし、テレビは4Kである。

内容として特に目新しいところがあるということではない。おおむね、広く知られていることばかりといっていいだろうか。

印象に残っているのは、ペリュリュー島の戦闘。太平洋の激戦地として、今では、知られるようになったところである。だが、この島の戦略的価値は、ほとんどなかったというのが、歴史の結果ともいえる。非常に残酷なことだが。この島に日本軍が飛行場を作って、アメリカ軍の行く手を遮ることになる、ということだったら、また違っていたかもしれない。アメリカ軍としても、この地域の、制海権・制空権をとってしまっているので、無理に占領することもなかった。

この回であつかっていたのは、日本とアメリカとのことでいえば、サイパン、テニヤンの陥落の後のことである。日本側からいえば、絶対国防圏を破られてからのことになる。太平洋戦争の歴史としては、ミッドウェーの敗戦、それから、サイパン、テニヤンを失ったことが、大きな転換点になったことになる。戦術(?)としての特攻とか、朝鮮や台湾での徴兵とかも、大東亜戦争の末期になってからのことである。それまでは、志願制だった。

太平洋戦争というと、どうしてもマンハッタン計画のことが大きく取りあげられるのだが、それよりも、B29の開発のことの方が、意味が大きいかもしれない。原爆が作れても、それを、日本まで運んで投下する手段がなければ、意味がない。まさに、B29の開発と、マンハッタン計画とは、総合的に考えられるべきだろう。日本各地での無差別爆撃ということになったのは、B29が使えたからである。

沖縄戦については、いろいろと語るべきことはあるだろうが、私としては、太田実海軍少将のことについては、触れておいてほしかった気がしている。

8月9日を、長崎での原爆投下の日として記憶するとしても、同時に、この日が、ソ連が、日ソ中立条約を破って参戦したときでもあることを、忘れてはならないと思っている。

ヨーロッパ戦線については、今では、ヒトラーが悪い、また、スターリンが悪いということで、だいたい話しをすすめることになっている。ヨーロッパで、連合軍が何をしたか、ソ連軍が何をしたか、いろいろと語るべきこと、あるいは、今でも語りたくないことは、たくさんあるにちがいないと思う。

フランスが、第二次世界大戦の戦勝国に名前を連ね、その後、国連安保理の常任理事国になったのは、歴史の流れもあるのだが、ヴィシー政権のことは、フランスの歴史にとって、どのように語られていることなのだろうか。ド・ゴール将軍を英雄視するだけではない、難しい問題があるはずである。

ドイツ軍が去ってから、フランスで、ドイツ軍と仲のよかった女性が酷い目にあったことは、周知のことになっている。私は、いろんな戦争の歴史がある中で、この件は、人間の愚かさを最も象徴的に表すものかという印象を持っている。残虐で悲惨な事例は、数え切れないぐらいあり、人間が時と場合によってはどれほど残酷になるものであるかということを知るにしても、愚かになるとはこういうことなのかという思いで、女性たち、いや、そのまわりの人たちを見ることになる。

何度見ても思うが、その向こうに生きた人間がいるということを分かっていて、火炎放射器の炎を向けるという、その人間の心理というのは、とてつもない闇を感じることになる。戦争とはそういうものだといってしまえば、それまでなのだが。

太平洋戦争、あるいは、大東亜戦争が終わったのが、8月14日、としていた。ポツダム宣言を受諾することを、通知した日である。9月2日のことについて何も言っていないのだが、通例にしたがって8月15日で戦争が終わったとしなかったのは、その意図があってのことなのだろう。

2026年4月28日記

ドキュメント20min.「雨穴とテレビ」2026-05-01

2026年5月1日 當山日出夫

ドキュメント20min.「雨穴とテレビ」

『変な家』などの作品については、名前を知っている程度である。ミステリ関係は、ここ数年、あまり読まなくなった。せいぜい、年末のミステリの各種のベストが発表になってから、海外作品のトップの作品を買って読むぐらいである。昔は、ルース・レンデルの作品など、ずっと読んでいたのだけれど。今だと、アンソニー・ホロビッツは、読んでいる。

たしかに昔のテレビの方が面白かった。破天荒なところ、今の規準ではとても放送できなような、「正しくない」番組も多かった。NHKのドラマでも、大河ドラマとか朝ドラとか、昔の方が面白い。再放送している作品があるので、どうしても見比べてしまうのだが、今の番組はつまらなくなっている。まあ、いろんな方面に配慮して、多くの視聴者に無難な内容になっているか、あるいは、特定の主張にかたよりすぎて、思考の幅がせまいものになっているか、という印象である。

ともかく、面白そうな企画だからやってみよう、というだけでもいいとは思うが、それだと、何か問題を指摘されたときに困るから、ということなのかとも思うことになる。

この「ドキュメント20min.」も、以前は、とても面白い企画があったのだが、このごろは、斬新な発想で、ともかくも作ってみようという感じのものが少なくなってきた。その流れのなかで、この回の企画は、雨穴の起用ということで、斬新さを出したのかとも思えるが、見終わって、まあこんなもんかなあ、というところである。

2026年4月29日記

100分de名著「ウィトゲンシュタイン“論理哲学論考”“哲学探究” (4)心はどこにある?」2026-05-02

2026年5月2日 當山日出夫

100分de名著「ウィトゲンシュタイン“論理哲学論考”“哲学探究” (4)心はどこにある?」

HAL9000は、人間の予測を裏切ったことになるのだろうか……とは、見ながら思ったことである。(HAL9000といって、分からない人も多くなってしまったかなとは思うが。)

この回で、意図的に使っていなかったのが、AIとかコンピュータということだったと思うが、どうなのだろうか。心とか意識とかを考えるとき、今では、AIの発達とシンギュラリティ(これを、どう定義するかはいろいろあるだろうが)のことを無視して議論することは、難しいかもしれない。意図的に、そうしなければならないようになっている、といっても過言ではないだろう。

強引に私なりに思うこととしては、心を静的なものとして考えるのではなく、人間の生きている時間の流れの中でとらえている、ということにもなるだろう。当たり前のことだが、言語ゲームも、コミュニケーションも、相手があって、やりとりの中でなりたつ。つまり、時間とともにある、といえる。コミュニケーションを時間の中で考えるというのは、現代のコミュニケーション研究では、どのように考えられているのだろうか。

時間の中で考えないかぎり、沈黙、ということの意味も分からないはずである。

2026年4月30日記

よみがえる新日本紀行「現代遠野物語」2026-05-02

2026年5月2日 當山日出夫

よみがえる新日本紀行「現代遠野物語」

オリジナルは、昭和47年。

『遠野物語』は、年をとってから、ようやく読めるようになった本である。Kindle版を、ときどき読んでいる。これまで『遠野物語』を敬遠してきたのは、とても怖い本だからである。普通のホラー小説のように怖さを意図して書いたものではないのだが、読んでいると心底怖くなる。若いころは、とても読み通すということのできなかった本である。だから、『遠野物語』を多く引用してある『共同幻想論』(吉本隆明)も、あまりきちんと読んではいないのである。(だが、これも、今ではKindle版として持っている。)

はじまりの方でさりげなく言っていたことであるが、この地域では、昔はヒエやアワを栽培していた。お米を作るようになったのは、戦後になって、イネの品種改良が進んだからである。

こういうことは、特に東北地方の農業について、基本的な重要なことだと思うのだが、あまり大きく語られることがない。近代になってからのイネの品種改良によって、寒冷地でも稲作が可能になってきた歴史というのは、やはり重要なことだと思う。

昔は馬を飼っていた。だが、馬を飼うのに、現代だと、イネのワラは必需品のように思うのだが、稲作がなかったことは、どんなふうにして馬を飼っていたのだろうか。

それが、この番組のオリジナルのころだと、牛の飼育に変わってきている。稲作の歴史、馬を飼う歴史、牛を飼う歴史、こういうことの総合的な研究というか、生活誌ということは、どれぐらい分かっていることなのだろうか。

登場していた人びと、男性も女性も、なにがしか頭にかぶっている。女性は手ぬぐいをかぶっているし、男性は帽子をかぶっているか、タオルを頭に巻いている。こういう生活の中の習慣は、いつごろまであったことなのだろうか。今では、都市部においても、男性が外出するときに帽子はかぶらない。戦後しばらくころまでは、帽子をかぶっているのが普通だった。子どもでも、男の子は、普通に野球帽をかぶっていた。漫画でいえば、『オバケのQ太郎』では男の子は野球帽をかぶっているが、『ドラえもん』ではかぶらなくなっている。(こんなことは、別にどうだっていいじゃないかということもあるかもしれない。だが、普通にくらしている人びとの生活の感覚の変化ということは、私は重要なことだと思っている。)

遠野と海辺とを、馬で行き来して荷物を運んでいた。駄賃付け、と言っていた。馬で運べるもので、生活がなりたっていたということでいいだろうか。これが現代では、道路が通じて、トラックが通らないとどうにもならなくなっている。農作業でも、軽トラックは必需品である。

番組の中では、民話、といっていた。私は、この用語はつかわない。柳田国男などの民俗学用語としては、昔話、伝説、ということだと思って、学生のころから、そうしてきている。

民話の語り部を継承していこうということは、意味のあることだとは思うけれども、その民話を語り継いできた人びとの生活が変わってしまえば、その民話もどうなるかわからない。大事なのは、どういう生活の中で(それは、現代から見れば非常に過酷なものだっただろう)、そのような民話が語り継がれてきたのか、ということの認識かとも、思っている。

『遠野物語』を読んで、ここに書かれた昔話や伝説が、どのどうな生活とともあったのか、その人びとの心性に想像力をはたらかせる必要がある。

昔の番組の中で、NHKの記者(?)がマイクを手にして、テープレコーダーを方から下げてインタビューしていた。いわゆるデンスケである。昔は、こんなふうだったなあと見ながら思ったのだが、今の、放送の仕事をしている若い人は、オープリールのテープレコーダーとか、使ったことがないのかもしれないかと思う。

2026年4月29日記

経済バックヤード「ラーメンも!うどんも!激動!「麺」業界の舞台裏」2026-05-02

2026年5月2日 當山日出夫

経済バックヤード「ラーメンも!うどんも!激動!「麺」業界の舞台裏」

ラーメンについては、この店のこだわり、ということで語られることが多いが、それでも実際には、下請け作業をやってくれる会社があるというのは、そういうものかと思う。

京都にある会社に、滋賀県のお店(2店舗を経営)がやってきて商品のラーメンの試作・試食をする。個人営業のような店であっても、実際に、商品を開発するとなると、その手間暇のコストを考えると、専門の会社に頼んでレシピを作ってもらう、ということが合理的ということになるのだろう。その店のオリジナルのラーメンを作る(組み合わせでいくらでも作れるから、オリジナリティがなくなることはない)、その一方で、会社の方としても、いろんなノウハウの蓄積につながるということになるかと思う。

私の今の住まいの近くは、ラーメン屋さんがかなりある。最寄り駅から、大学のキャンパスが二つあることもあるせいだろう。独立系のお店が多いかなと思っている。面倒なのでほとんど行かない。ラーメン食べるために、自動車を運転して、駐車場に駐めて、歩いて店まで、というのが、もう億劫なのである。

資さんうどんの店も行けるところにあるのだが、わざわざ自動車を運転して行こうとは思わない。まったく出不精になったものである。

牛丼屋さんとか、ファミリーレストランが、うどん屋さんになるというのは、今の時代としては、こういうことになるのだろうと思う。

保守主義とは、近所の馴染みの蕎麦屋の味を守ることである……とは言われているが、こういうたとえが、もう通用しない時代になってきているのかなと思うところである。

ところで、ラーメンのことを支那蕎麦と言ったら「正しくない」として怒られた時代があったが、今はどうなのだろうか。この延長としては、私は、ちゃん系ラーメンも、どうかなと思うのだが。しかし、こういうことばの感覚は、もう古いのかもしれない。

2026年4月30日記

新日本風土記「京都 家々」2026-05-02

2026年5月2日 當山日出夫

新日本風土記「京都 家々」

映っていなかったのが、京都の街中にあふれる外国人観光客。番組の中ででてきたような、静かな京都は、今ではかなり意図的に探さないと無理だろうな、と見ながら思ったことである。

見ていて一番興味深かったのは、始めのところで出てきた、弓の職人さん。道具の小刀(切り出し)を、専門の刀鍛冶の職人さんに作ってもらっている。実用的な道具、刃物を作る、それを使って実際にものを作る、この場合は弓であるが、こういう職人さんの仕事のつながりというのは、とても大事なことだと思う。

私の子どものころまでは、切り出し小刀などは、日常的に身の回りにあったものだが、今では、姿を消してしまったものになるだろうか。まったく売っていないということではないが。

鉛筆を削るのには、切り出しか、肥後守か、というのが、私の感じているところである。しかし、このごろでは、簡単に電動の鉛筆削り機を使ってしまうことが多いが。

京町家というのは、なくなっていくだろうと思う。京都の街で、京町家という家が意味があったのは、その時代(江戸時代の中期以降)の京都の気候風土であり、生活様式であり、その街の社会的秩序であり、商売のあり方であり、ということが、総合的にあってのことである。現代のように、歩いて行けるところの買物で、日常生活が送れるということが崩壊している、少なくとも崩壊しつつある、という状況では、京町家を残すのは難しいにちがいない。まさに文化財として残すだけのことになる。

だが、昔の、自分が生まれる前の家を修理して、それを、さらに自分が死んだ後の大工さんが修理するだろう、こういう時間の感覚の中で仕事をすることには、たしかに意義がある。

昔の京都の街だったら、歩いていけるところにお豆腐屋さんがあるか、あるいは、ラッパを鳴らしながら売って歩いたものである。それが、スーパーで、パック詰めのお豆腐を買うようになれば、すたれていくのはいたしかたない。

お豆腐屋さんでは、かまど、おくどさん、で豆を煮ている。気になったのは、火をつけるとき、バーナーで着火していた。これも、昔だったら、新聞紙に火をつけて、それで細く割った薪に火をつけて、さらに、太い薪を燃やして、となるはずだが、もうそんな悠長なことはしてないようである。

江戸時代、京都の街の周囲の山は、木が切られて、ほとんどハゲ山状態だったということだったと思うが、今では、歴史としてどう考えられているのだろうか。京都の街の人びとの日常生活のための薪は、どこで生産されて、どのように京都の街の中で売られていたのだろうか。生産、販売、流通、ということの研究はどれぐらいあるのだろうか。まあ、歴史的な風俗として、大原女ということは残っているが。

朝ドラの『カムカムエヴリバディ』に出てきたような商店街は、もう今の京都では、ほとんどないかもしれない。一部には残っているかとは思うが。家からの徒歩圏で、日常の買物が出来なくなったら人は住まなくなる。これは、当たり前のことである。

京都の近代建築は、いろいろあるし、これはこれでとても面白いテーマである。京都文化博物館、これは昔は、平安博物館だったが、もう、そのころのことを覚えている人も少なくなっただろう。この三条の通りには、近代の京都の重要な建築がいくつかある。

妙光寺は、いろんな事情があって荒れはてていたのを、近年になって再興したことになる。

木屋町は、カジュアルな飲み屋街という雰囲気である。といって、ここ数年は行っていないが。京都で学会とかがあれば、懇親会の後の二次会で、ときどき行くことがあったが、もう学会に出ることもない。このあたりは、地元の店どうしのつながりのある地域かなと思っている。

京都に行くとしても、外国人観光客のいない、昔の風情の残っているところを探してということになるだろうか。これはこれで、偏見かなと思わないでもないが。もう、こういうことも面倒になってきたので、まったく足が向かなくなってしまっている。

河原町あたりで、映画を見たり、本屋さんに行って、喫茶店でコーヒーを飲んで、京阪で家に帰る……もう、昔の思い出である。

2026年4月30日記

『マッサン』「渡る世間に鬼はない」「会うは別れの始め」2026-05-03

2026年5月3日 當山日出夫

『マッサン』「渡る世間に鬼はない」「会うは別れの始め」

エリーは広島で、花嫁衣装を着る。こういうシーンもあっていいかなと思う。よく似合っていた。エリーには、白無垢よりも、柄のある着物の方が似合う。

マッサンは、日本人の好みにあうウイスキー造りを、鴨居の大将から命ぜられて仕事をする。

日本人の好みのウイスキーというのは、難しかと思う。ウイスキーが、日本に普及していない段階で、好みにあう、あわない、という以前の段階のことかとも思える。おそらくは、都市部の中流階層の行くような酒場から広まっていったのかとも思うが、はたしてどうだったのだろうか。こひのぼりの店で、ウイスキーがメニューに並ぶ時代でもない。

日本人好みの味かどうかということよりも、ウイスキーという酒の普及の問題になるかと思うのだが、これは、マッサン一人の努力でどうにかなることではない。

それにしてもやっぱり気になるのは、このドラマの中では、ウイスキーを、誰もがストレートで飲んでいること。ウイスキーを飲むときに氷を入れて、ということは、冷蔵庫が普及してからのことだろうから、これは、戦後になってからでいいだろうか。(ウイスキーの飲み方の歴史と、氷の歴史、冷蔵庫の歴史、ということになるだろう。一般家庭に冷蔵庫が普及するのは、昭和30年代以降である。)

2026年5月2日記

『ひまわり』「第一章 出るクイは打たれるの?」(2026/04/27-2026/05/02)2026-05-03

2026年5月3日 當山日出夫

『ひまわり』「第一章 出るクイは打たれるの?」(2026/04/27-2026/05/02)

のぞみは退職することになる。

食品会社(だろうと思うが)に総合職で就職して、自分の好きな部署に行けなかった、福島の工場に転勤を命ぜられた、でも、結婚したいので辞めます……というのは、この時代のドラマとしては、ありだったということになるだろう。

今だったら、女性社員だけではなく、男性社員についても、転勤については、本人の希望を尊重してということもあるのだが、この時代なら、そういうことにはなっていない。

いや、食品会社の総合職なら、実際の製造ラインの現場を知っておくという意味で、福島工場への転勤は、よろこんでうけるべきことのようにも思える。その場合、結婚はできても、出産は難しいということになるかもしれないが。

こうあっさりと会社を辞めるということでできた時代のドラマ、ということで見ることになる。

福島から、うららばあちゃんが出てくる。東京の薰乃ばあちゃんと、一緒に住むことになるが、ここでいろいろとトラブル(?)が起こることになる。ここのところは、コメディとして、面白い。

どうでもいいことだが、薰乃ばあちゃんは、その眼鏡は、本物の老眼鏡になっている。

ドラマの中の街の風景として、実際のお店の看板などが出てくる。これはいいとしても、のぞみの部屋には、「模範六法」がおいてあるし、リキを散歩につれて出るときに履いているスニーカーもブランドが分かる。こういうことは、今のNHKのドラマではあまりないことかと思うが、昔は、こういう作り方であった。

2026年5月2日記