映像の世紀(6)「独立の旗の下に」2021-05-07

2021-05-07 當山日出夫(とうやまひでお)

NHK 映像の世紀 第6回 独立の旗の下に アジアは苦難の道を歩んだ

続きである。
やまもも書斎記 2021年4月30日
映像の世紀(5)「世界は地獄を見た 無差別爆撃、ホロコースト、原爆」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/29/9371985

三日(月曜日)の放送。録画しておいて、五日(水)の朝に見た。雨の日である。

登場していた主な歴史上の人物は、ホー・チ・ミン、ガンジー、それから、毛沢東に蒋介石、といったところ。第二次世界大戦後の、アジア諸国の独立をめぐる一連の動きであった。

この番組の放送されたのが、一九五五年。つまり、二〇〇一年の世界同時多発テロ事件より以前のことになる。思い起こせば、これは、新たな世界規模での宗教対立のはじまりであったのかもしれない。この意味においては、インドの独立におけるガンジーのことばは、今にひびくものがある。

ベトナムのことについて思って見るならば、私のものごころついた時には、ベトナム戦争……アメリカとの戦い……は、始まっていた。ベトミンとフランスとの戦いは、その前史ということになる。そして、戦前からのホー・チ・ミンの活動は、見ていて興味深いものであった。

今では、ホー・チ・ミンという名前は、多くの日本人にとっては、ベトナムの都市の名前として記憶されていることになるだろう。私ぐらいの年代だと、サイゴンといわれた方がまだ分かりやすくもある。(ちなみに、今、この文章は、ATOKで入力しているのだが、「サイゴン」と入力すると、「ホーチミン」に地名が変更になった旨を教えてくれる。)

この番組においては傍流のできごとのごとく描かれた満州国。はたして満州とは、戦前の日本にとって何であったのか、まだ答えは不明なのかもしれない。満州国皇帝の溥儀が、昭和天皇と一緒に映っている姿は、実に興味深い。

中国のことについては、一九五五年の放送では、このようになるのかと思ったところである。私の世代であれば、毛沢東は、中国を統一し(台湾、香港を除くことになるが)、独立を成し遂げた指導者という印象をもっている。また、同時に、蒋介石についても、そう悪い印象は持っていない。

これが、今の中国……習近平の独裁のもとにある……を思い浮かべてみるとき、中国をどう描くかは、その時々の国際情勢が微妙に影を落とすことになるだろうと思う。

次回は、ヤルタ会談のあたりから世界史を展望することになるようだ。楽しみに見ることにしよう。

2021年5月5日記

『青天を衝け』あれこれ「栄一の旅立ち」2021-05-04

2021-05-04 當山日出夫(とうやまひでお)

『青天を衝け』第12回「栄一の旅立ち」
https://www.nhk.or.jp/seiten/story/12/

前回は、
やまもも書斎記 2021年4月27日
『青天を衝け』あれこれ「横濱焼き討ち計画」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/27/9371309

栄一たちの、攘夷決行は頓挫することになる。

そしてこの週で、栄一は円四郎に出会うことになる。この先、一橋家につかえることになるきっかけということである。

徳川家康がいっていたが、血洗島はこの週でおわりになるらしい。次週から、栄一たちは京の都で、活躍することになるようだ。活躍するといっても、まだ栄一たちは何者でもない。ただ、尊皇攘夷の志をもった百姓……あるいは武士まがい……にすぎないのだが。

このドラマで面白いのは、やはり幕末という時代、それは、武士の時代の終わりの時代なのだが、この時代を、武士ではない農民の視点をふくめて描いていることであろう。栄一たちは、武士の時代の終わりを予見している。だが、その先にどのような社会、あるいは、国家のあるべき姿があるのか、そこまでは見えていないようだ。(たぶん、この時代、その先の明治の文明開化を見通していた人物などほとんどいなかっただろう。)

ただ、見ていて思うことは……栄一たちは武士の時代の終わりを感じている。だが、その一方で、自らは百姓ではなく武士になることを思ってもいる。ことをなすには、武士でなければいけない。世の中を動かすことはできない、そう思っているふしもある。このあたり、矛盾しているといえば矛盾である。

だが、それが、青年期の栄一の人生のあゆみ、あるいは、幕末から明治にかけての日本の姿であったというべきかもしれない。尊皇攘夷の志士が、これからどのようにして文明開化の日本を生きていくことになるのか、これからの展開が気になるところである。

次週から、舞台は京にうつる。栄一たちがどうなる、楽しみに見ることにしよう。

2021年5月3日記

『おちょやん』あれこれ「竹井千代と申します」2021-05-02

2021-05-02 當山日出夫(とうやまひでお)

『おちょやん』第21週「竹井千代と申します」
https://www.nhk.or.jp/ochoyan/story/21/

前回は、
やまもも書斎記 2021年4月25日
『おちょやん』あれこれ「何でうちやあれへんの?」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/25/9370602

道頓堀を出た千代は京都にいた。そして、この週で、千代は役者として復活することになる。

見ていて思ったことはいろいろあるが、二つばかり書いてみる。

第一に、栗子のこと。

栗子が再登場してきた。一平のもとを去った千代を、あたたかく迎え入れてくれることになった。そこには、姪(栗子の娘の子ども)の春子も一緒だった。

この栗子は、このドラマの最初の方に登場してきていた、いやな継母役として記憶に残っているのだが、それから、千代の役者としての活躍を見続けてきたようだ。

栗子は字が読めない。幼いときに学校に通うことがなかったのであろう。このことを知った千代は深く反省するところがあった。栗子もまた、幼いときから苦労の多い人生を歩んできた人間なのであることを、改めて認識することになった。

これまで花籠を、折に触れて千代のもとにとどけてくれていたのは、実は栗子であった。役者になった千代のことを知って、それからずっと見守り続けてきたということになる。これまで、花籠の送り主はいったい誰だろうかと、いろいろと考えたものであるが、ここにきてようやく決着を見たことになる。そして、それは意外な人物ではあったが、しかし、このドラマの最初の方からの展開を考えると、なるほどと思える結果でもある。

ただ、思ったこととしては……栗子は字が読めない、これだけでよかったのかもしれない。これだけで、十分に栗子の人生を暗示することはできる。それについての、千代の心のなかの声は、ちょっと説明的すぎて余計な気がした。

第二には、千代のこと。

もう役者の仕事をするまいと決心した千代であったが、当郎などに接することによって、気持ちがほぐれて、かたくなさがなくなっていく。役者のときのことを思い出す。必ずしもつらい思いでばかりではなかった。自分はこれまで役者として生きてきた。これからも、役者として生きていくことになる、そう決意することになる。

その千代の気持ちを押したのは、栗子であり、春子である。自分を見守っていてくれた栗子、それから、まだ幼いながらも、自分の庇護のもとで素直に成長していく春子、これらの存在が、芝居に対してかたくなであった千代のこころを、やわらげることにつながる。

栗子と春子のもとで暮らし、また、当郎などと話しをすることで、徐々に変化していく千代の気持ちが、じんわりと表現されていたように思う。

京都で暮らすようになった千代が持っていたものは、母親と父親の写真、それから、「人形の家」の台本だった。これを手放していない、大阪の一平の家から出るときにも持って出たということは、芝居の世界にまだ気持ちを残しているということなのであろう。

以上の二点が、この週を見て思ったことなどである。

さらに興味深いのは、やはり、天海祐希。ポスターの写真だけの登場であったが、このような演出も面白い。

次週、ラジオドラマでの千代の活躍となるようだ。このドラマものこりわずかである。楽しみに見ることにしよう。

2021年5月1日記

プロジェクトX「えりも岬に春を呼べ」2021-04-30

2021-04-30 當山日出夫(とうやまひでお)

NHK プロジェクトX 4Kリストア版 えりも岬に春を呼べ 砂漠を森に・北の家族の半世紀

続きである。
やまもも書斎記 2021年4月24日
プロジェクトX「執念が生んだ新幹線」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/24/9370256

これも録画しておいて、翌々日の朝早くに起きて見た。雨の朝だった。

プロジェクトXという番組は、基本的には、男たちの物語である。そのようななかにあって、家族というところに焦点をあてたつくりになっていたと感じさせるところがある。(まあ、だからこそ、再放送にあたって、これが選ばれたということもあるのだろうが。)

家族の物語であり、また、本当に名も無き人びとの苦労の物語である。

今日、普通に目にする昆布の影にあるドラマである。また、同時に、海、漁師ということが、陸の森と不可分のものであるということを、再認識させてくれることにもつながっている。今の時代、環境問題は話題になることが多い。海の環境も、それにつづく陸地の環境の影響をうける。

そう思ってみるならば、植林という仕事は、実に息が長い。数十年の単位で結果が出るとするならば早いほうであるといえるかもしれない。襟裳岬の森は、これからも維持されていかなければならない。それが、海の豊かさにつながっている。

豊饒の海の背景には、先人の苦労があってのことであることを、しみじみと感じるところがあった。また、環境問題を考えるうえでも、いろいろと思うところの多い番組となっていたと思う。

2021年4月29日記

映像の世紀(5)「世界は地獄を見た 無差別爆撃、ホロコースト、原爆」2021-04-29

2021-04-30 當山日出夫(とうやまひでお)

NHK 映像の世紀 第5回 世界は地獄を見た 無差別爆撃、ホロコースト、原爆

続きである。
やまもも書斎記 2021年4月23日
映像の世紀(4)「ヒトラーの野望」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/23/9369950

これも、月曜日の放送を録画しておいて、後になって昼間見た。COVID-19のため、居職の生活である。このような状況になると、昼間の時間にゆっくりと見るのがお気に入りである。

描いていたのは、第二次世界大戦のこと。

第二次世界大戦については、非常に多くの史料があり、また、研究もあり、さまざまに論じられてきた、いや、今も論じられ続けている歴史の出来事である。今のおいても、その歴史の呪縛から逃れてはいない。

いろいろと思うことは、あるが、見ていた思ったことを二つばかり書いてみる。

第一は、日本のこと。

太平洋戦争、大東亜戦争、ということで、日本も第二次世界大戦を戦った。その是非、歴史的な意味づけなどは、とりあえずおいておくとしても、なぜ、日本が戦争にふみきることになったのか、そのあたりのことが、語られていなかったことである。

無論、この論点に踏み込めば、日中戦争のみならず、満州国のことや、対米交渉など、さまざまに論じることになる。だから、あえて、ここのところには言及しない編集になっていたのかと思うところがある。しかし、今一つものたりない気がしてならない。

ヨーロッパにおいては、ヒトラーの意図のもとに第二次世界大戦が勃発したということになるのだが、それに加えて、イタリアは何故加わったのか、ソ連はどうであったのか、このあたりも、今一つ描かれていない。

だが、これは、このような編集方針なのであろう。ともかく第二次世界大戦は始まってしまった。そこで、いったい何がおこったのか、残された映像資料……そのなかには、狭義の記録映像もあれば、プロパガンダ映画として製作されて残っているものもある……から、その地獄絵図を描き出そうとしたということなのであろうと思う。

第二には、フランスのこと。

第二次世界大戦のなかでは一コマのできごとなのであろうが、印象に残るのが、フランスがナチスから解放された後のこととして、それまでの間、ドイツ軍となかのよかった女性たちがどのようなめにあわされることになったのか、ということ。

ここからは二つのことを思って見る。

一つには、人間とは、どこまでも滑稽であり、また、残酷にもなるものであるということ。ここには、アウシュビッツのような凄惨さないのだが、戦争という状況下において、人間がいかに卑小になり得るものなのかが、端的に表されているように感じる。

二つには、フランスはナチスに抵抗しただけではないということ。その女性たちが端的にあらわしているように、戦争中、フランスは、ナチスに協力したという側面も、歴史の一断面としては残っている。それがあたかも、無かったかのごとくにふるまっているのが、第二次世界大戦後の歴史秩序、歴史観というものなのかもしれない。

以上の二つのこと、日本がなぜ戦争にふみきったのか、また、フランスは単なるナチスの被害者ということではない……強いていえば、この番組があえて描かなかったこととして、このあたりのことが、印象に残っていることである。

第二次世界大戦をどう描くか、どのような歴史観を持つか、これは、今にいたるまで問われることである。ここで、単なる勝った側と負けた側、善と悪、単純な二分法では解決のつかない問題がある。その複雑さがあることを踏まえながらも、戦争の悲惨さを伝える編集になっていたと思う。

次週は、第二次世界大戦後の世界を描くことになる。これも、楽しみに見ることにしよう。

2021年4月28日記

追記 2021-05-07
この続きは、
やまもも書斎記 2021年5月7日
映像の世紀(6)「独立の旗の下に」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/05/07/9374935

『青天を衝け』あれこれ「横濱焼き討ち計画」2021-04-27

2021-04-27 當山日出夫(とうやまひでお)

『青天を衝け』第11回「横濱焼き討ち計画」
https://www.nhk.or.jp/seiten/story/11/

前回は、
やまもも書斎記 2021年4月20日
『青天を衝け』あれこれ「栄一、志士になる」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/20/9369027

現代の我々は歴史の結果を知っている。だから、尊皇攘夷の運動が最終的には挫折せざるをえないことがわかっている。結果としては、討幕はなるが、開国、そして文明開化ということになる。

だが、その時代、まだ明治維新の前の時代において、尊皇攘夷の動きの渦中に身をおいていた人びと……なかんずく、地方の若者たちはどんなだったのだろうか。このあたりのことを、このドラマでは、ダイナミックに描いていると感じる。

幕末の尊皇攘夷といえば、私にとって思い出すのは、やはり『夜明け前』(島崎藤村)である。尊皇攘夷というのは、その時代の人びとにとって、どうすることもできない時代の大きな流れだったのだろう。

『夜明け前』は、何年か前に再読している。

やまもも書斎記 2018年2月23日
『夜明け前』(第一部)(上)島崎藤村
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/23/8792791

しかし、その実際の行為はというと、これは現代の価値観で語ることになるが、テロリストに他ならないともいえよう。いくら動機に純粋で汲むべき点があるとはいえ、そのなそうとしていることは、暴力でしかない。

血気にはやる栄一と、それをとどめることができないでいる親……父親の市郎右衛門、母親のゑい。このようなことは、近いところでは、安保闘争における学生運動などにも、共通するものを見出すことが可能かもしれない。時代の流れのなかに身を投じようとする若者と、それをとどめることのできない親の世代である。私は、このドラマに、幕末明治維新の時代を見るよりも、近年の学生運動の時代のことを思って見てしまった。

ところで、歴史の方はというと、慶喜が将軍後見職についた。これから大きく時代は変わろうとしていることになる。慶喜が最後の将軍になって、明治維新となるまで、あとわずかである。

さて、次回、栄一と慶喜は、歴史の流れのなかでどのように生きていくことになるのだろうか。楽しみに見ることにしよう。

2021年4月26日記

追記 2021-05-04
この続きは、
やまもも書斎記 2021年5月4日
『青天を衝け』あれこれ「栄一の旅立ち」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/05/04/9373811

『おちょやん』あれこれ「何でうちやあれへんの?」2021-04-25

2021-04-25 當山日出夫(とうやまひでお)

『おちょやん』第20週「何でうちやあれへんの?」
https://www.nhk.or.jp/ochoyan/story/20/

前回は、
やまもも書斎記 2021年4月18日
『おちょやん』あれこれ「その名も、鶴亀新喜劇や」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/18/9368326

この週の最後で、千代は一平と別れて姿を消した。どこへいったのだろう。

ともあれ、一平が悪いといってしまえばそれまでである。だが、一平についても、同情すべき点がないではないと思う。

一平は、家族というものを知らずに育ってきた。千代と一緒になることになったが、劇団の座長であり、また、作者として仕事に追われている。新作も、どうもうまくいっていないようだ。スランプにおちいった一平が、ふらりと灯子にひきよせられることがあったとしても、ある意味で、これはこれなりに、一つの人の心の流れなのだろうとは思う。

とはいっても、子どもまでできてしまった以上、もはや一平に言い逃れの道は残っていない。それについて、千代は見切りをつけることになる。

この週の展開で、巧いと思ったのは、最後に千代と灯子の会話のところ。千代は、ことばとしては、灯子の幸せを願っているようである。だが、そのこころのうちには、鬼がひそんでいる。本当に灯子と一平、そして、その子どもの行く末の幸福を願っているのだろうか、こころの闇がのぞくことになる。

また、この週の展開も、劇中劇の使い方がたくみであった。「お家はんと直どん」の芝居の場面であるが、そこに千代と一平の関係が投影されている。芝居の演技を通じて、それぞれの気持ちがにじみ出ていた。このあたり、脚本、演出、演技のたくみさを感じる。

次週、行方をくらました千代はいったいどうなるのであろうか。このドラマも、あと残りわずかということになってきた。これからの展開を楽しみに見ることにしよう。

2021年4月24日記

追記 2021-05-02
この続きは、
やまもも書斎記 2021年5月2日
『おちょやん』あれこれ「竹井千代と申します」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/05/02/9373105

プロジェクトX「執念が生んだ新幹線」2021-04-24

2021-04-24 當山日出夫(とうやまひでお)

NHK プロジェクトX 4Kリストア版 「執念が生んだ新幹線」

続きである。
やまもも書斎記 2021年4月17日
プロジェクトX「東京タワー・恋人たちの戦い」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/17/9367989

新幹線が開業したときのことは、かすかに記憶にある。これは、ちょうど東京オリンピックの時だった。その後、始めて新幹線に乗ることがあったのは、大学受験のために東京に行ったときだったろうか。その後、新幹線には、年に数回は乗ってきたように思うが、ここ二年ほどはまったく乗っていない。COVID-19のため、学会などが、すべてオンライン開催になってしまって、東京に行くことがなくなったせいである。

新幹線が、旧日本軍の技術の継承のうえに作られたということは知っていたが、具体的に、どのような技術をもとにしているかは、知らなかった。なかでも、感慨深いの、桜花のこと。

靖国神社の遊就館に行くと、桜花が展示してある。(これも、今では、どうなっているか最新の事情は知らないのだが。)桜花という特攻兵器は、まさに人道に反しているとしかいいようがないだろう。搭乗したら最後、絶対に生還することはできない仕組みになっているのだから。

このプロジェクトXという番組、二〇〇〇年の放送であるが、その当時の普通の人びとの生活のなかにあって、なじみのあるものを取り上げていたように思う。そのいくつかの放送は見た記憶があるのだが、私が一番印象に残っているのは、炊飯器の開発である。これは、商品化したのは東芝であったことは知っていたが、その開発にあたったのは、小さな町工場であり、そして、その実験データを集めたのは、その奥さんの献身的な努力によるものであることは、感動的であった。

ところで、新幹線であるが、これも、今の日本の人びとの生活のなかになくてはならないものになっているだろう。その開発秘話として、それなりに面白いものであった。

が、次の新幹線に代わるもの……リニア新幹線ということになるのだろうが、どうもこれについては、社会的にあまり評判がよくない。開業になっても、たぶん、私は乗ることがないだろうと思って見ている。これも、その開発の背景には、様々なドラマがあることにはちがいない。

それから、やはり考えてみるのは、技術というものの価値中立性。戦時中の軍の研究を基礎として、新幹線ができた。では、その技術は、戦争というものから独立して価値中立と純粋にいえるのだろうか。このあたりは、技術、あるいは、科学と、社会のあり方をめぐって、さまざまに議論のあるところだろうと思う。

さて、私が、次に新幹線に乗れるのは、いつのことになるだろうか。今のところ、まったく予測がたたないでいる。若いころは、新幹線のなかでは本を読んでいた。東京~京都の間で、新書本の一冊ぐらい読めたものである。このごろでは、iPodで音楽を聴いている。

プロジェクトXは、次週も再放送があるようだ、楽しみに見ることにしよう。

2021年4月23日記

追記 2021-04-30
この続きは、
やまもも書斎記 2021年4月30日
プロジェクトX「えりも岬に春を呼べ」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/30/9372398

映像の世紀(4)「ヒトラーの野望」2021-04-23

2021-04-23 當山日出夫(とうやまひでお)

NHK 映像の世紀 第4回 「ヒトラーの野望」

続きである。
やまもも書斎記 2021年4月16日
映像の世紀(3)「それはマンハッタンから始まった」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/16/9367699

これも月曜日の放送を録画しておいて、翌日の朝に見た。いくらCOVID-19の影響もあって居職の生活をおくっているといっても、放送の時間帯はいろいろとあわただしくもある。録画しておいてゆっくり見た方が、納得がいく。

この回は、ヒトラーの登場から、第二次大戦勃発の前の段階まで。主に、ドイツでのヒトラーのことであった。

歴史に「もしも」を考えてみるのは、どうかなと思うことがないではない。しかし、これは考えてみる必要があるかと思う……ヒトラーのナチスが誕生して政権をとってからのこととして、外交的に平和的な手段でもって、その野望を阻止することは可能であったろうか。これは、かなりの難問かもしれない。戦争以外のどのような手段でもって、ヒトラーをくじくことができただろうか。

少なくとも次の二点は確認できることだろう。

第一に、ヒトラーは合法的に政権をとった、ということ。

第二に、そのヒトラーの独裁は、その当時のドイツおよび国際情勢にかなったものであったということ。

だからといって、ヒトラーを、今日の価値観からして、正当化することはできない。しかし、その悪を、論理的につきつめて考えると、かなりむずかしい問題があるように思われる。

例えば、ナショナリズム。番組では、ドイツのナショナリズムをかなり否定的な視点から描いていた。これは、ヒトラーを悪として描く以上しかたのないことかもしれない。だが、ナショナリズム一般を、そう簡単に否定してしまうことは、難しい。良いナショナリズムと悪いナショナリズムがあるということでもないだろう。

ともあれ、今の視点から見ると、ヒトラーの挙動は大げさで、なぜ人びとが熱狂したのか、すぐには理解しかねるところがある。これも、その時代……第一次大戦後のドイツという時代状況のなかで、人びとの生活に即して考えてみるならば、それなりの必然性があってのことなのだろう。ここから先は、歴史学というよりも、むしろ、想像力の問題であるかもしれない。

そして、今、世界の情勢を見るならば……民主的な制度よりも、独裁的な政権の方が効率的に統治できる、そのような雰囲気を感じるところがある。特に、今般のVOVID-19に対する対応を見ていると、一つの大きな時代の変わり目にいるように思えてならない。

ヒトラーに熱狂したドイツの人びと、それをゆるした世界の他の国々、ただ歴史上の出来事として見るだけではなく、今にいたるまで、その問いかけるものは大きいと強く感じる次第である。ヒトラーの時代についての、歴史への想像力こそ、今もとめられることではないだろうか。

2021年4月20日記

追記 2021-04-29
この続きは、
やまもも書斎記 2021年4月29日
映像の世紀(5)「世界は地獄を見た 無差別爆撃、ホロコースト、原爆」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/29/9371985

『青天を衝け』あれこれ「栄一、志士になる」2021-04-20

2021-04-20 當山日出夫(とうやまひでお)

『青天を衝け』第10回「栄一、志士になる」
https://www.nhk.or.jp/seiten/story/10/

前回は、
やまもも書斎記 2021年4月13日
『青天を衝け』あれこれ「栄一と桜田門外の変」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/13/9366728

この回は、ほとんど栄一のことであった。慶喜のことはあまり出てきていない。

栄一は、草莽の志士になると決意する。草莽ということばは、以前の大河ドラマでは、たしか『花燃ゆ』で使われていたと記憶する。

やはり気になるのは、幕末から明治維新をどのような視点から描くかということである。このドラマは、渋沢栄一、それから、(この回は登場がほとんどなかったが)慶喜の立場から見て描くということになる。

栄一は農民である。ただ、農民といっても名字もあり、豪農といっていいのだろう。だが、武士ではない。武士ではない立場からして、幕末の時勢はどのようにうつっていたのか。直接的には、経済的影響ということになる。だが、栄一は、時代の流れを見ようとしている。そして江戸に出る。尊皇攘夷の志士、草莽の志士となることを決意する。

渋沢栄一が尊皇攘夷の志士であったという経歴は、史実に基づいていることなので、これはそのとおりなのだろうと思う。そう思って見てはいるのだが……幕末から明治維新を、ある意味では、このドラマは、よりダイナミックに描こうとしているかと思う。

時代を動かすのは、武士なのか。百姓のままでは時代を動かすことはできないのか。ともかく、栄一は、武士という道を目指すことになるようだ。(その後、一橋家に仕えるということになるはずだが。)

このドラマの真骨頂は、おそらくは、一橋家に勤めるところから、パリ万博を経て、明治政府に入り、そして、最終的には、民間の経済人として生きていく、この流れのなかで、日本の近代の黎明を大きく描くことにあるのかと思う。その後の歴史の流れは分かっているとしても、今はまだ一介の尊皇攘夷の志士のはしくれにすぎない。

和宮の江戸行きのことについては、島崎藤村の『夜明け前』に詳しく書かれている。中山道をとおって江戸にむかった。

それから、この回を見て印象に残っているのが、栄一の妻の千代。この千代の目から見て、これからの栄一の人生は、どのように見えるのだろうか。

次週、いよいよ尊皇攘夷の決行ということになるようだ。楽しみに見ることにしよう。

2021年4月19日記

追記 2021-04-27
この続きは、
やまもも書斎記 2021年4月27日
『青天を衝け』あれこれ「横濱焼き討ち計画」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/27/9371309