『英語という選択』嶋田珠巳2018-09-24

2018-09-24 當山日出夫

英語という選択

嶋田珠巳.『英語という選択-アイルランドの今-』.岩波書店.2016
https://www.iwanami.co.jp/book/b243721.html

以下の文章は、この本が出たときに買って読んで書いておいたものであるが、なんとなくそのままになってしまっていたものである。『台湾生まれ 日本語育ち』(温又柔)について、書いたので、思い出して取り出してみることにした。言語と国の問題は、様々な立場から、様々に考えることのできる問題である。

やまもも書斎記 2018年9月22日
『台湾生まれ 日本語育ち』温又柔
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/09/22/8963402

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アイルランドについての知識としては、私がこれまで読んだ本としては、高橋哲雄のものがある。(かなり以前のことなので、忘れてしまっている……)。

高橋哲雄.『アイルランド歴史紀行』(ちくまライブラリー).筑摩書房.1991
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480051653/

漠然と、イギリスのとなりにある、島……北アイルランドは英国の一部であり、かつて、飢饉にみまわれ、多くの移民が国外に移住していった。(ちなみに、『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラの家系もアイルランド系である)。そして、言語としては、英語の国だと思っていた(正直な話し。)

だが、この本を読んで、その認識が誤っていたことを知った。アイルランドは、アイルランド語の国なのである。

この本については、すでにいろんなところで紹介されていると思うので、特に付け加えて記すほどのこともないと思う。イギリスの隣に位置している(かつては植民地)という関係から、英語がメインに使用されるのであるが、母語としてのアイルランド語に、国民国家のアイデンティティをつよくもっていることが、社会言語学のフィールドワークから描き出されている。

この本を読んでの率直な感想を記せば……かなり慎重にことばを選んで記述しているな、ということである。「国語」ということばが時々つかってある。アイルランドという国民国家の母語としての言語という意味においてである。今、一般に、言語研究者は、「国語」の語をもちいることは基本的にない。特に、日本語研究者は、意図的につかわないことが多いと思う。でなければ、それと意識してあえて「国語」という場合もある。

「国語」ということばもそうであるが、言語の問題を考えるときに、日本に事例をさがすような場合、方言と共通語の問題とか、英語の早期教育の問題とかが少しでてくるぐらいである。言語政策、言語交替ということであるならば、日本語として出てくるのは、かつての植民地であった、朝鮮半島や台湾における言語政策のことがある。このことについて、この本は、一切ふれていない。

また近隣諸国をみれば、現在の中国における、少数民族に対する言語政策が問題になるだろう。だが、このようなことには、まったく言及していない。

これは、意図的にであろうと思って読んだ。おそらく、この本を読むような読者のみなさんは、このような世界の歴史における言語の問題については、いろいろ関心があるでしょう。しかし、この本では、そのことに直接言及することはしません。その問題については、この本に書いてことを参照して、自分で考えてみてください……強いていえば、このようなメッセージが強く伝わってくる印象の本であった。一切、そのようなことには言及していないが故に、逆に、つよくその意図が強くなる、そのような記述・構成になっている。

近現代の日本語のあり方を考えるうえで、この本はいろんなヒントをふくんでいると思う。

『台湾生まれ 日本語育ち』温又柔2018-09-22

2018-09-22 當山日出夫(とうやまひでお)

台湾生まれ日本語育ち

温又柔.『台湾生まれ 日本語育ち』(白水Uブックス).白水社.2018 (白水社.2015 加筆)
https://www.hakusuisha.co.jp/book/b373639.html

最初に出た時にかってあった本であるが、白水Uブックス版が出たので、こちらも買って読んでみることにした。前の本が出てからの文章がいくつか、増補してある。

著者は、台湾生まれの「台湾人」であるが、日本で育ったので、「日本語」が母語でもある。その著者のおいたちから、幼いときの思い出、家族のなかでのこと、それから、成長してからのことなど、いろいろ書き綴ったものを、編集したものである。

はっきり言って、この本を読んでいて、もどかしい感じになる。いったいこの著者のアイデンティティーは何なのか、母語は何語なのか、どこの国の人間と思っているのか……そのもどかしさ、それ自体が、いきつもどりつしながら、概ね著者の成長にあわせて、その時々のエピソードを交えながら記してある。国と国籍と言語のことについて、この本においては、だいたい次のようになる……生まれは台湾、国籍は台湾、育ったのは日本、生活しているのは日本、そして、母語とする言語は、日本語・台湾語・中国語、である……このようなところにおちつく。ここに自分が納得しておちつくまでの経緯が、様々なエピソードや、その時々に思ったこと感じていたことを織り交ぜながらつづってある。

結論をきっぱりと言い切るという趣旨の本ではなく、著者のような境遇に育った人間なら、誰しもが直面し、悩むことになるであろう、様々な国家の歴史と言語についての考察をまじえながら、多方面から語ってある。

この本から、読みとるべきことはいくつかあるが、私の場合、次の二点である。

第一には、日本にいて、日本語を使って生活している人びとの、その背景は様々であるということの確認である。単純に、日本=日本語、というわけにはいかない。様々な事情……歴史的な事情、あるいは、現代社会における国際情勢の影響……などによって、日本語を母語とする、日本生まれでなはい人びとがいる。あるいは、逆に、日本生まれであっても、日本語を母語としない人びともいる。その生まれ、育ち、と、帰属する国家、国籍の関係は、実に多様である。また、個人レベルでのアイデンティティーも、簡単に論じることはできない。

第二には、台湾という「国」の言語の複雑さ。台湾は中国語の国の一つであるが、中国語だけではない。かつては、日本語がつかわれていた(日本の統治下にあった時代)。その後、中国語が国語として、使われるようになった。そのなかで、台湾において、古くから使われてきた、台湾語がある。

著者の祖父祖母の世代は、日本語の時代である。父母の世代は、中国語が国語として普及した時代になる。そして、著者は、幼いときに日本にやってきたので、日本語のなかで育つことになった。著者は、日本における台湾人家庭のなかで、日本語・中国語・台湾語の三言語を母語として、育ったことになる。

言語について語るとき、母語、第一言語は何であるか、強引に決めてかかることはできない。

以上の二点が、私がこの本を読んで感じるところである。

私が大学で教えているのは「日本語史」(科目名としては)である。では、日本語という言語と、日本という国の関係はどうなのか、日本=日本人=日本語、という単純な図式では考えられない。(このあたりのことについては、現代の日本語学、国語学の常識的見解といってよいだろう。)

言語と国家の問題については、日本という国家のありかた、日本語の研究のあり方について、きわめて批判的にとらえて論じることが、えてしてある。それは、そのとおりだと思うのだが、これまでの日本語の世界、今の日本語の世界、これからの日本語の世界、これらを、総合して相互に相対化しながらも、自分なりの立場を確立することがもとめられる、と私は考えている。この意味において、この本の著者のような人生が、現実に今の日本であるということは、非常に参考になるところがある。

この本からは、次の箇所を引用しておきたい。

 台湾の「国語」事情に思いを馳せるとき、「国語」という思想を支える「国家」なるものの本質的な脆さを、わたしは感じずにはいられない。台湾で暮らす人々が、ときの政府の方針一つで、「大日本帝国」の「臣民」にも「中華民国」の「国民」にもさせられる……両親の、祖父母の辿った道を考えるとき、わたしはいつもの問いに立ち返る。
 「国」って何?
 「国語」って何?
 ――私の「国語」は日本語だった。しかしわたしは日本の「国民」だったことはない。
(p.176)

結局のところ、言語の問題は、個々人のアイデンティティーについて、相互に尊重するところにしか、これからの解決策はない……当たり前のことのようだが、このことの思いを強くする。

追記 この続きは、
やまもも書斎記 2018年9月24日
『英語という選択』嶋田珠巳

『西郷どん』における方言(六)2018-08-03

2018-08-03 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである、
やまもも書斎記 2018年5月24日
『西郷どん』における方言(五)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/05/24/8858578

ドラマはいよいよ幕末明治維新の前夜という段階になって、いろいろと新しい登場人物が出てきている。ドラマにおける方言使用の面から見ても興味深い。

まず、西郷吉之助であるが、あいかわらずの薩摩ことばである。ただ、その薩摩ことばも、薩摩藩の身内と話すときは、純然たる薩摩ことばのようだが、一橋慶喜と話すときは、標準的な武士ことば(時代劇語)にすこし、薩摩的要素をくわえたような話し方になっている。こことは、あくまでも、薩摩出身の西郷として薩摩ことばを止めるわけにはいかない。しかし、その純然たる薩摩ことばのままでは、一橋慶喜とのコミュニケーションがとれたはずはない、というあたりの折衷的なところだろうか。

薩摩ことばが薩摩というリージョナリズムの表象であるとう意味では、ふき(ドラマの現在では、一橋慶喜の側室)のことばが興味深い。一橋慶喜と話すときは、標準的な日本語(時代劇女性ことば)であるが、西郷吉之助と話すときは、薩摩ことばになっていた。

それから、坂本龍馬。これは、もう約束として、土佐ことばである。また、勝海舟は、江戸のことば。それも、かなり下町風の武家ことばと言っていいだろうか。これで、この二人のコミュニケーションがなりたっているように描かれている。この坂本龍馬、勝海舟と話すときの、西郷吉之助のことばは、薩摩ことばであった。

日本語史の問題として、幕末のころ、武士たちの間で、どのようなことばが、一般的に使われていたのか、ということは確かにある。だが、それとは別のこととして、ドラマにおいては、それぞれの登場人物の背景として、そのことばがある。西郷吉之助の薩摩ことばであり、坂本龍馬の土佐ことばである。

このあたりのことは、実際にそれでコミュニケーションできたかどうか、という観点よりは、幕末時代劇の約束として、そのようなことばを使わせているということで理解しておけばいいのだろう。さらに考えて見るならば、時代考証として、その当時の人びとがどのようなことばを話したかではなく、どのようなことばを話す人間としてふるまうことを期待しているか、である。

幕末、明治維新は、あくまでも、登場人物の出身地(土地、藩)を背負ったものとして、その活躍を描く、このような時代劇ドラマの約束として、そのように作ってあると理解して見ておけばいい。逆に視点を変えてみるならば、幕末、明治維新は、地方出身者(江戸をふくめて)が、そのドラマの立役者である、ということになる。その出身を背景として背負って、その活動がある……このように、今日の視点からは、幕末、明治維新を見ていることになる。その地方出身者が、作っていったのが、近代日本ということになる。地方出身者が、一つの「日本」を作りあげていったというところに、近代日本のナショナリズムの一つのイメージが形成されていっていると言ってよかろう。

今日において、幕末、明治維新をドラマとして描くとき、その出身地のことば(方言)を重視しているということは、近代ナショナリズムが、全国民的な広がりのなかで形成されてきた……このような今日の歴史観を表しているともいえる。さらにいうならば、薩摩が日本になり、土佐が日本になる、その過程としての、幕末、明治維新として考えていることになる。あるいは、薩摩や、土佐や、長州をふくんだものとしての、近代日本ということもできる。各地域のリージョナリズム、また、パトリオティズムが、総合したところになりたっている、ナショナリズムなのである。少なくとも、現代から過去を見てイメージする、この時期のナショナリズムは、純朴でもある。

ここには、リージョナリズム、パトリオティズムと、ナショナリズムの、素朴な融合した意識の形態、歴史観を見て取ることができる。

蛇足で書くならば……昭和戦前期の皇国ナショナリズムは、素朴なリージョナリズムを圧迫したところに成り立っている、幕末、明治初期とは、次元のことなるものになってしまっていた、とも言ってよいかもしれない。

『老いの荷風』川本三郎(その二)2018-07-02

2018-07-02 當山日出夫(とうやまひでお)

老いの荷風

続きである。
やまもも書斎記 2018年6月30日
『老いの荷風』川本三郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/06/30/8906347

川本三郎.『老いの荷風』.白水社.2017
https://www.hakusuisha.co.jp/book/b285611.html

この本を読んで、国語学の観点から興味深い点があったので、別に書きとめておきたい。それは、「てよだわ言葉」についてである。

『濹東綺譚』のお雪である。

「六月のある日、玉の井を歩いていた「わたくし」は雨に降られる。いつもの習慣で傘を持っている。その傘を開くと、「檀那、そこまで入れてってよ」と、女(お雪)が傘のなかに飛び込んでくる。『濹東綺譚』のことの場面は『放蕩』の娼婦との出会いを繰り返している。/さらに面白いことがある。/『放蕩』の娼婦の言葉は、当然、フランス語ではなくて、日本語になっている。それが、明治の女学生のあいだで流行った「てよだわ言葉」。/貞吉はカフェで会った安飯屋に入る。料理は女にまかせる。女は献立書(メニュー)を見ながら言う。「何でもよくって?」/夏目漱石『三四郎』の明治の新しい女、美禰子が使っている「てよだわ言葉」である。昭和になると女学生から一般の女性のあいだにも広がった。」(p.92)

「『放蕩』のパリの娼婦と『濹東綺譚』の娼婦が、同じ場面で同じ「てよだわ言葉」を使っている。両者の類似を感じざるを得ない。」(p.92)

漱石の作品の中の女性たち、なかでも若い女性たちが、女学生ことばを使っていることは、既に知られていることだろう。(さらにいえば、『道草』『明暗』になると、この女学生ことばの様相が変わってくる。ここに漱石の作品の新たな展開を見ることもできよう。)

だが、『濹東綺譚』のお雪のことは、気づかなかった。この本を読んではじめて、そうかと思った次第である。

そして、次の疑問は、何故、荷風は、お雪に、女学生ことばを使わせているのであろうか、ということである。単なる娼婦ではない、そこに何かしら新時代の女性としての側面を描きたかったのだろうか。ここは『濹東綺譚』を読んで、考えて見たいところである。少なくとも、『濹東綺譚』のお雪は、単なる下町の娼婦ではないと、そのことばから言えそうである。

語彙・辞書研究会(53回)に行ってきた2018-06-15

2018-06-15 當山日出夫(とうやまひでお)

語彙・辞書研究会

2018年6月9日、東京で語彙・辞書研究会があったので、行って発表してきた。

当日のプログラムは以下のとおり(発表者名と発表タイトル)

1. 菊池そのみ・菅野倫匡 「勅撰和歌集における品詞の構成比率について」
2. 中澤光平 「方言辞典に求められるもの―与那国方言辞典作成の現場から―」
3. 大久保克彦 「『大漢和辞典』専用 OCR とフォントの開発」
4. 當山日出夫 「変体仮名と国語辞典とワープロ」
[講演]
野村雅昭 「落語辞典の穴」

最初の発表(菊池さん、菅野さん)は、この前の国語語彙史研究会の続きといった感じ。今回の方がより整理されていたと感じた。

中澤さんの発表は、絶滅の危惧にある方言を辞書として記述するときのいろんな苦労。この発表、使用する仮名の問題において、私の話したことと少し関係がある。

大久保さんの発表は、大漢和を全部スキャンして、漢字の字形をデジタル処理してみたというもの。何を目指すか明確なところはまだ無いようであるが、今後の発展に期待したい。

野村先生の発表は、落語の話し。落語を国語資料としてつかうときの資料論の話しに踏み込んだものであった。

で、私の話したことであるが……これまで、表記研究会や、東洋学へのコンピュータ利用(京都大学)などで、話してきたことを、辞書という観点から再整理してみたもの。特に新規に話したことではないが、これからの国語辞典が仮名・変体仮名というものをどう記述すべきか、ということについて、少しは問題提起になったかと思う。

終わって、会場のあった新宿NSビルの上の方の階で懇親会。かなり人は集まったほうだろうか。この懇親会は、椅子に座ってテーブルで食事しながら。そんなに多くの人と話すことはできないが、落ち着いていろいろ話せる。体もこの方が楽でもある。(このごろ、立食の懇親会でずっと立っているのが、つらくなりはじめてきた。)

この語彙・辞書研究会は、以前にも発表したことがある。三省堂の中に事務局があり、現代の辞書についての研究発表をするには、一番適した研究会かもしれない。

今回の発表では、ちょっとトラブルがあった。持って行ったパソコン(レッツノート)が、プロジェクタが認識してくれなくて、画面が映らなかった。しばらく待って、どうにか回復したのだが、急ぎ足でスライドを見せて説明ということになってしまった。こんなことは始めてである。研究発表などで、これまで、VAIOとか、レッツノートとか、使ってきている。ケーブルを繋いで、まったく認識してくれなかったということは、これまでの経験ではない。

後で思い返せば、すばやく頭を切り替えて、人のパソコンを借りることにすればよかったかと思う。そのために、USBメモリにもデータを入れて持って行っておいたのであった。あるいは、こんなこともあることにそなえて、レジュメを読み上げるだけで発表にできるように工夫しておくべきだったのかもしれない。世の中、いったい何が起こるかわからない。私も、これから先、どれだけ研究発表などすることになるか分からないが、万が一、今回のようなことが再び起こっても対応できるように準備しておくべきだと感じた次第でもある。

『半分、青い。』における方言(二)2018-05-31

2018-05-31 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2018年4月19日
『半分、青い。』における方言
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/04/19/8829326

ドラマを見ていると……東京に出てきて秋風羽織のもとで漫画家修業にはげむことになった鈴愛は、岐阜方言が抜けていない。これは、まわりの秋風のスタッフの人たちも気付いていることである。このことのドラマとしての意味は、何なのだろうか。

第一には、漫画家をめざすならば、特に、方言は気にならないということなのかもしれない。別に、作品中で方言を使うわけではない。漫画を描く時には、きちんとした標準的な日本語で台詞を描いているようだ。これが、接客業のような仕事をするならば、東京に出てきて岐阜方言のままというのは、問題があるのかもしれない。

第二に、岐阜方言を残しているということは、帰る家があることを意味しているとも理解できる。岐阜には、つくし食堂があり、両親と祖父それに弟がいる。帰ろうと思えば、いつでも帰れる。あるいは、何かあれば、電話がある。この岐阜出身で、いざとなれば帰る場所を持っている、この安心感を感じさせることばでもある。

以上の二点ぐらいが、鈴愛が、いまだに岐阜方言で話していることの、ドラマとしての演出かなと思って見ている。

その一方で、律の方は、すっかり東京方言になっているようだ。いや、むしろ岐阜方言を消して話そうとしている。清と再会したとき、岐阜方言を意図的に消していた。これは、これから、律が東京の人として生きていくことを示唆するものかと思う。鈴愛は、岐阜に帰ることがあるかもしれないが、律は帰ることはないのだろう。

また、理工学部でロボットに関心があるように描かれている。ロボット工学の世界で生きていくとなれば、岐阜出身ということは関係ないだろう。世界に通用することばで生きていくことになる。

しかし、岐阜方言を残している鈴愛は、故郷を背負ってこれから生きていくことを暗示している。それは、自分の心に忠実に生きていく人間の生き方である。今の時点では、このように理解している。自分自身に素直である人間の生き方、これが今の鈴愛の生き方だと思うのである。それを象徴しているのが、岐阜方言である。

『西郷どん』における方言(五)2018-05-24

2018-05-24 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記  2018年3月29日
『西郷どん』における方言(四)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/03/29/8813994

この前の回から重要なのが奄美大島のことば。これは、テレビで字幕が出ていた。

私は、通常、見るときも字幕表示で見ている。これは、表示させないことができる。だが、それとは別に、始めから放送の画面の中に組み込んであるものとして、奄美大島ことばには字幕があった。

薩摩のことばもわかりにくいが、わかりにくさという点では、奄美大島のことばも、そう大して違わないと感じる。しかし、ドラマ制作の側(NHK)としては、奄美大島のことばには、字幕をつけるという方針でのぞんでいる。

一般の日本語からすると、薩摩のことばは、わかりにくいかもしれないが、同じ日本語であるということなのであろう。薩摩ことばについては、字幕をつけていない。

奄美大島のことばになると、さらにわかりにくいことばになっている。おそらく純然たる奄美ことばなのであろう、ユタのことばはほとんどわからない。(言語学的に厳密に考えるならば、奄美大島方言というよりも、奄美語という一つの言語を設定して考えることになるのかと思う。ここは、方言区画論は私の専門領域とはかなり離れるので、一般的な日本語学の知識としてであるが。)

ともあれ、NHKとしては、奄美大島のことばは、薩摩の外にあることば、日本語の外にあることばとして、とらえていることを意味するのだろう。ただ、わかりやすい、わかりにくい、という意味で、字幕をつける、つけないということではないと思う。

今のテレビは、デジタル放送になっているので、字幕表示が、ある意味でデフォルトになっているとも言える。その前提で、薩摩のことばには、字幕が出ないのだと思っている。

テレビのドラマの中のことばを耳で聴いている限りの印象では、薩摩のことばと同程度に奄美大島のことばも、わかりにくい。ここで、ことさら、奄美大島のことばに字幕をつけるということにしているのは、奄美大島は、薩摩の支配下にあったとはいえ、ほとんど琉球に近い、「日本」のギリギリ外側に位置するところという意味があるのであろう。

それほど遠いところ、これをことばの面でいいかえるならば、日本語が通じないところ、という辺境の島というイメージになる。そのような遠方の島に流された西郷、ここのところを強調するために、奄美大島のことばには字幕がついているのだろう。

だが、ドラマの中では、西郷の薩摩のことばと、奄美大島のことばとで、コミュニケーションに支障があるようには描かれていない。それぞれのことばで、話して通じているように描かれている。西郷は、あいかわらずの薩摩のことばであり、愛加那は、(おそらくは)純然たる奄美大島ことばなのであるが、この間で、ことばが通じないという場面は無かった。

また、興味深かったのは、奄美大島で、龍佐民(柄本明)の話していたことば。奄美大島でも上流階級に属するという位置づけであろう。薩摩の役人と話しをすることもあるようだ。この人物のことばは、時代劇の武士のことばを基本として、それに、奄美大島のことば、薩摩のことばを、すこし混ぜたような感じで話していた。

考証としては、江戸時代の奄美大島において、薩摩藩との交渉のなかで、どのようなことばが使われたのか、という観点から見ることになる。このような意味で考えて見るならば、純然たる奄美大島のことばでも、薩摩のことばでもない、一種のバーチャルな時代劇語とでもいうべきものを、ドラマとしては、使うことになるのだろう。

『西郷どん』における、奄美大島のことばは、ドラマというバーチャルな世界でのことばとして、理解しておくべきことだと思う。奄美大島のことばには、字幕ということで、ある種のエキゾチシズムを演出していると理解すべきなのであろう。

追記 2018-08-03
この続きは、
やまもも書斎記 2018年8月3日
『西郷どん』における方言(六)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/08/03/8931961

『言葉の海へ』高田宏(その二)2018-05-05

2018-05-05 當山日出夫(とうやまひでお)

言海

続きである。
やまもも書斎記
『言葉の海へ』高田宏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/05/04/8843351

高田宏.『言葉の海へ』(新潮文庫).新潮社.2018 (新潮社.1978)
http://www.shinchosha.co.jp/book/133301/

この画像は、私が持っている『言海』の「あ」の冒頭の部分である。学生の時に古書店で買って今も持っているものである。

この本を読みながら付箋をつけた箇所を、すこし引用しておきたい。

「「日本」はすこしずつ育ってはいたが、文彦のうちにあるような「日本」は、まだこの国には根づいていない。在るべき「日本」のために、「日本辞書」と「日本文法」は、なにほどかを為し得るはずだ。そして、この仕事は余人に任せることはできぬ。いや、自分のほかに人はいない。この仕事の重さを知ること、この仕事と「日本」との関わりを明確に見ること、そして、この仕事を洋学上に築くこと、それは、この大槻文彦にしかできぬ。」(pp.245-246)

「右か左かと分ける見方からすれば、てんでんばらばらかも知れない。しかし、ひとつの思想で国は育たない。「世界」を最も知る明六社の人びとが、多様な方向に仕事をすることで、「日本」が育って行った。大槻文彦の『言海』も、そのひとつである。/或る微妙な、国家形成のかなめの仕事が、この人びとの手に成っていった。政治権力と反政府行動と、その両者だけではネーションは生まれない。必要なのは、或る微妙な、「知」を活性化した触媒である。」(p.247)

他にも多数の付箋をつけたのだが、明治の初期のナショナリズムの中に大槻文彦がいたことは確かだろう。いや、そのような人物として、著者(高田宏)は、大槻文彦を描いている。

ここで、大槻文彦のナショナリズムは、きわめて肯定的に描かれている。それが、国語辞典の編纂とストレートにむすびついている。

今日、このようなストレートなナショナリズムで、国語辞典を語ることはできなくなっている。国語辞典とは、いったい誰のための、何のための辞書であるのか、これが、改めて問われる時代をむかえている。

ひとつには、日本語という言語が、日本語を母語とする人びとだけのものではなくなってきている。外国人受け入れなどにともなって、日本語を母語としない人びとをも視野にいれる必要がおこってきている。

だが、かつて、大槻文彦が『言海』を編纂した時代は、まさに、日本語が「国語」になる、その時代でもあった。このことについて、今日の視点からは、極めて否定的にとらえる傾向が強い。だが、そのような時代、いや、それ以前の前近代、幕末期から開国の時代をむかえて、国家が成立していく過程において、日本語の辞書、文法が、自らの手によって編纂されるべきという、これは必然の意識である。

『言海』については、今日多くの研究がある。その中にあって、『言葉の海へ』は、『言海』の生まれた時代背景、明治のナショナリズムと日本語の辞書、文法ということについて、一つの見解をしめしている。ことばや辞書ということを考えていくと、どうしてもナショナリズムの問題を避けてはとおれない。『言海』とナショナリズムを考えるうえで、今後もこの本『言葉の海へ』は重要な位置を占めるものであるにちがいない。

『言葉の海へ』高田宏2018-05-04

2018-05-04 當山日出夫(とうやまひでお)

言葉の海へ

高田宏.『言葉の海へ』(新潮文庫).新潮社.2018 (新潮社.1978)
http://www.shinchosha.co.jp/book/133301/

この本は再読になる。最初出た時に買って読んだのを覚えている。学生のときだった。

はっきり言って、学生の時……国文学、国語学ということを勉強する……この本を読んであまり関心しなかったのが印象として残っている。『言海』という辞書の成立論をあつかったものとして読むと、今ひとつ物足りなく感じてしまったのであろう。

だが、それから四〇年ほどたって、文庫版で再読してみて……なるほど、若い時にこの本の良さが分からなかったのも無理はない、と反省するところがある。この本は『言海』という辞書の成立論……学問的分野でいえば、国語学史ということになる……の本ではない。そうではなく、幕末から明治にかけて、近代を生きた大槻文彦という人物の、その生涯をつらぬいていたものが何であったかの評伝なのである。これは、近代という時代を作ってきた、一人の人間、大槻文彦の人生を追った作品である。

逆に言えば、この本からは、「近代」というものを見てとることができるかもしれない。そのような広い視点にたって読まないといけない。

この本は、明治24年、芝公園の紅葉館での、『言海』出版記念の祝宴のときからはじまる。この時の祝宴に集まった人びとを紹介した後、著者(高田宏)は、次のように書いている。

「参会者を貴顕碩学の諸士と呼べばそれまでだが、この顔ぶれには実は三つの焦点がある。(中略)/円の一つは「条約改正への関心」であり、二つは「反藩閥の心情」、そして三つが「洋学を背景にした国家意識」だ。ナショナリズムとも呼べる感情が、この三つを結んでいる。」(pp.30-31)

この本『言葉の海へ』で描き出される大槻文彦の人生は、ナショナリズムの人生であるといってよいであろう。

断っておくと、私は、ナショナリズムを悪い意味でつかおうとは思わない。幕末から明治の初期にかけて、近代的な国家である日本をどのように築いていくか、その根底にある素朴な、だが一方で熱烈な、感情である。これを私は、肯定的に受けとめておきたいと思っているし、また、この本を読んで感じる、大槻文彦のナショナリズムは、素直に肯定できるものして描かれている。

そして、このナショナリズムの感情が起こってくる背景にあるのが、仙台という土地にかかわる、江戸時代以来の感情……リージョナリズム(郷土意識とでも言おうか)……、それと、大槻文彦の学んだ洋学、そして、漢学、である。

この本から浮かび上がってくるのは、大槻文彦という一人の人間の人生であると同時に、大槻が生きた時代……幕末から明治にかけて……その「近代」という時代の様相である。それは、明治維新をなしとげた薩長藩閥でもない、仙台という地に根ざした地方の感覚から、日本という近代国家へと変貌していくプロセスでもある。

新しい新潮文庫本は、明治150年ということで刊行になったらしい。「近代」という時代を考えてみるのに役に立つ、すぐれた本であると思う。

追記 2018-05-05
この続きは、
やまもも書斎記 2018年5月5日
『言葉の海へ』高田宏(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/05/05/8844424

『半分、青い。』における方言2018-04-19

2018-04-19 當山日出夫(とうやまひでお)

今度のNHKの朝ドラ『半分、青い。』も見ている。ドラマの時代設定は、1980年代。舞台は、岐阜である。地方を舞台にしたドラマであるから、当然のように、その地方の方言がつかわれている。テレビを見ていると、その地方の方言は、さほど特色が強いとは感じられない。標準的な日本語に近い印象である。だが、それとなくその地方の雰囲気を感じさせる話し方である。これはこれでいいとして、見ているとその方言を使わない登場人物がいる。

それは、語り、ナレーションである。ヒロイン(鈴愛)の祖母(廉子)であるが、はやく一週目に亡くなってしまって、ナレーションになっている。風吹ジュンである。(このようなナレーションの設定は、以前のドラマでは、『べっぴんさん』であった。菅野美穂が母親役で出ていて、亡くなってからナレーションをしていた。)

この語り、ナレーション(廉子)、生きている間(?)は、岐阜方言だったと思うのだが、ナレーションになってからは、方言が消えている。少なくとも、私の見た限りでは、そのように感じる。ドラマの進行を客観的な視点から見るナレーションという立場からするならば、方言ではなく、標準語の方がふさわしいということなのであろう。このナレーションのことばが、これから、標準語のままでいくのか、あるいは、場合によっては、祖母の立場にもどって方言に帰ることがあるのか、これから気をつけて見ていきたいと思う。

また、〈心の声〉とでもいうべきものがあった。律の語りも、方言を感じさせなかった。

それから、子どもの時代に登場していたブッチャーの親。西園寺一家である。この母親は、いかにもお金持ちという感じの話し方である。『ドラえもん』におけるスネ夫の家を思い浮かべればいいだろうか。「お金持ち」には、方言は似つかわしくないということかもしれない。あるいは、「お金持ちことば」という「役割語」で考えてみるべきことであろうか。

ただ、これも舞台が岐阜だからそうなるのだと思う。前作『わろてんか』のように京都・大阪が舞台ならば、お金持ちが出てきても、京都方言や大阪方言のままであったはずである。(中で、東京方言の伊能栞がいたが、これは、東京生まれという設定であった。)

これから、ヒロインが成長して、やがては東京に出て行くことになるはずである。そこで、どのようなことばが話されることになるのか、見ていきたいと思っている。時代と土地、それから、語り、心の声……これらが登場人物のことばにどう関係していくか、気になるところである。

追記 2018-05-31
この続きは、
やまもも書斎記 2018年5月31日
『半分、青い。』における方言(二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/05/31/8862756