オンライン授業あれこれ(その二二)2021-05-03

2021-05-03 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2021年1月28日
オンライン授業あれこれ(その二一)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/01/28/9341762

今年度(二〇二一)の前期も、オンライン授業ということになった。新学期がはじまって二回は、通常のとおり教室で話しをしたのだが、COVID-19感染症の拡大にともなって、私の担当している科目は、オンラインということになった。

オンラインといっても、オンデマンド方式。リアルタイムの送信ではない。すべての授業がオンラインになったのではなく、人数の多い科目を選んでそうすることになったので、リアルタイムのオンラインはできない。他の教室での授業の合間に、リアルタイムでPCに向かってというのは、無理である。あらかじめこちらが用意した教材を、学生が自分の好きな時間に視聴するということにならざるをえない。

ところで、これは、昨年からの懸案事項なのだが、学生のPC環境、インターネット接続環境が、劇的に改善されたという話しは、伝わってこない。昨年度は、オンライン授業をはじめるにあたって、学生のPC環境などが、まず議論になったと覚えているのだが、今年はそのような話しは伝わってこない。

これはどうしたことなのだろうか。

ほぼ一年がたって、学生の方も時代の流れに順応してきていると判断していいのだろうか。しかし、それを裏付けるような調査報告、アンケートの結果などは、目にしたことがない。おそらくは、かなり貧弱なままであるのではなかろうか。

ただ、昨年度の経験としては、オンライン授業でも教育的に一定の効果を得ることができる、これは、多くの教員が確信したことだろうと思う。無論、科目の性質によっては、違いはあるかもしれない。しかし、以前のように必ず教室で学生と一緒でなければならないということは、必ずしもあらゆる科目に必須ではないということは、大方の共通理解として成立してきたようだ。

これも見方を変えてみるならば、オンライン授業にしてついて来ることができない学生を切り捨てて考えているということである。通常の授業ができたからといって、出席率一〇〇%ということは、一般的にはありえない。(ごく少人数のゼミのようなものならあり得るかもしれないが。)

通常の授業をしたにせよ、オンラインになったにせよ、トータルで見て、ほぼ同じような割合で学生が授業についてきているということはいえるかもしれない。出席率、成績評価の結果として、だいたい同じようなことになるのならば、ということで、オンライン授業もまた一つの方式として、定着する方向にあるといっていいのだろうと思う。

少なくとも、オンラインになったからといって、劇的に良くなったとも、悪くなったともいえないのが、狭義の教育の実態だろう。

一方で、学生が大学のキャンパスに出てこないということで、相互の交流ができないなどの、マイナス面があることは確かにあるだろう。だからといって、すべての授業を教室で普通に行わなければならなないということにはならない。学生が、キャンパスに集まることができるだけのことは保証するとしても、大人数講義などはオンラインに切り替えても、特に支障があるということはない。

総合的に考えて、オンライン授業併用ということが、現実的なところかと思う。

これも、今後の、COVID-19感染症の成り行きいかんでは、キャンパスの閉鎖ということもありえないことではない。そのときは、そのときのこととして考えることにして、さしあたっては、オンライン(オンデマンド)ということで、すすめていきたいと思っている。

2021年5月2日記

オンライン授業あれこれ(その二一)2021-01-28

2021-01-28 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2021年1月21日
オンラインの授業あれこれ(その二〇)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/01/21/9339554

ようやく今年度(二〇二〇)の後期授業が終わった。オンラインの教材配信が終わったところである。後は、最後のレポートの電子メール提出である。

思い返せば、二〇二〇年度は異例ずくめの授業であった。前期は、オンライン。LMSを使っての教材配信と、電子メールでのレポート提出。後期は、教室で授業ができたのだが、例年と違って大きな部屋に変更になった。学生が着席して距離を取るためである。大きな教室なので板書して、説明ができない。やむをえず、配布した教材プリントについて、説明を加えるだけの話しになってしまった。授業はちょっと早く終わることにした。終わって、学生が、エレベーターや廊下、階段で密集しないためである。

その後期の授業も、京都の緊急事態宣言をうけて、最後の二回はオンラインになった。前期と同様の教材配信。

レポートは、教室で受け取ったものもあるし、電子メールで受け取ったものもある。A4一枚ぐらいに書くもので、四回。これで、通常の試験ができた場合と同じようなことを、答案の代わりに書いて提出ということになった。

オンライン、それも動画配信ではなく、教材プリント、解説の配信という、文字を基本のものとしたが、これはこれなりに、なんとかうまくいったかと思う。たまたまであるが、日本語史という科目で、日本語の文字や表記、文章といった内容の話しを中心にしたので、とにかく書いたものを読むことが重要になる。学生が読んで考えてくれなければ、意味がない。

これが、音韻とかアクセントとかのことについて触れるとなると、どうしても音声つきの動画像の配信ということが必要になっただろう。

それから、二〇二〇年度になって、急遽、授業がオンラインになるということで、当初心配されていたこと、学生のインターネット通信環境の問題は、どうなったのだろうか。学生が自分のパソコンを持ち、光回線などでインターネットに接続している、という状況になっているという話しは、伝わってこない。これはどうなのかなと思う。やはり、依然として、スマホだけしか持っていないという学生もいるのかもしれない。あるは、スマホも持っていない学生もいるのだろうか。このあたりの事情が、どう改善されるのか、詳しいことがわからないのが、どうにももどかしい。

これは、次年度(二〇二一)の授業をどう考えるかに影響してくる。これは、COVID-19感染症の程度によることは無論であるが、しかし、新年度から無事にそれまでと同じ通常の授業ができる状況になるとは考えられない。せいぜい楽観的に考えてみても、緊急事態宣言が解除されるかどうか、といったところである。感染症はつづくだろうから、以前のように教室で授業ができるかどうかわからない。こればかりは、今後の推移を見ながら判断することになる。

だが、ともあれ、オンライン方式にせよ、大教室での授業にせよ、どうにかなるということは経験的にわかってきたところでもある。なんとか、状況に合わせて対応していくしかないと思う。

2021年1月27日記

追記 2021-05-03
この続きは、
やまもも書斎記 2021年5月3日
オンライン授業あれこれ(その二二)
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/05/03/9373438

オンラインの授業あれこれ(その二〇)2021-01-21

2021-01-21 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2020年9月7日
オンライン授業あれこれ(その一九)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/09/07/9293018

学部の授業(日本語史)が、再びオンラインになった。京都府などの緊急事態宣言をうけての対応である。

今年になってからの最初の授業は教室で話しをした。後期の授業としては、一三回目の話しになる。このとき、昨年末に出しておいたレポートの提出、それから、最後(一五回目)のレポートの課題を配布した。

その後、大学からの連絡でオンライン授業推奨ということになったので、そのように対応することにした。残りは二回である。一回分の講義と、それから、まとめの話し。そして、最後の四回目のレポートの提出である。

教室での授業のとき、京都府などの緊急事態宣言があるので大学の授業も次回以降どうなるかわからないから注意するようにとは言っておいた。たぶん、学生の方でも、それなりの準備はできているだろうと思う。

方式は前期と同様。毎回の授業のプリント(二ページ)に解説(二ページ)を加えたものである。それを、授業日の午前九時に送信するように設定して、送信した。

残りは、あと一回。最後の回のみである。通常の授業ができるなら、まとめの話しと、最後のレポートの提出ということになる。これも、オンデマンド方式の教材プリント配信と、電子メールでのレポート提出ということになる。締切は、最終授業日である。

ともあれ、イレギュラーな形ではあったが、教室での話しと、オンラインの教材配信とで、どうにか後期の授業はのりきることができたかと思う。

さて、次年度、四月からどうなるか、これがまったく先が見通せないのが困ることでもある。現時点の判断としては、感染が今のままで推移するなら(これからそんなに急拡大することがないなら)、四月から、今年度の後期のような形態で授業を進めることができるかと思う。大きめの教室を用意して、学生が集まらないようにする、大人数の講義でそれが無理なものは、オンラインにする……このような複合的な対応で、どうにかなるかもしれない。

これが、普通に教室に多くの学生が集まってということはたぶん無理だろうと思う。また、感染の拡大いかんによっては、キャンパスの立ち入り禁止のような対応も必要になってくるかもしれない。こればかりは、今後の推移を見守るしかない。

2021年1月20日記

追記 2021-01-28
この続きは、
やまもも書斎記 2021年1月28日
オンライン授業あれこれ(その二一)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/01/28/9341762

講義がはじまった(その三)2020-10-12

2020-10-12 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2020年10月5日
講義がはじまった(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/10/05/9302338

日本語史の講義(水曜日)は、後期については、ほぼ例年どおり。これまでに作ってきた教材プリントを配布して、説明を加えていく。

ただ、困ることは、(すでに書いたことだが)やはり板書ができないことである。大きな教室に黒板はあるのだが、それに字を書いたのでは、とても見えないだろう。とにかく黒板に字を書いて、いや文章を書いて、それを見ながら説明していくというのが、これまでのスタイルであったので、ここはちょっととまどうところである。

それから、講義の終わりに、学生が出口で集中しないように配慮する必用がある。およそ、二〇~三〇分の余裕を持っておわる。残りの時間は、コメントペーパーの記入である。書けた人から提出して、ボチボチと部屋を出て行きなさいということにしている。これが、いきなり、終了ということになったら、出口、階段、エレベーターに、学生が集中してしまうことになる。

二〇~三〇分の余裕を持っておくと、書けた学生から順番に出ていく。ゆっくりと書いている学生が書き終わって提出して、ちょうど時間の終わりになるぐらいである。

講義の実質時間としては、少し短縮することになる。が、話しを聞いたことを、その場で、文章に書いてみるというのも、学習のひとつの方法であると思うことにしている。後で読んで見ると、話しのポイントをきちんと押さえている学生がいる一方で、ただ教材プリントの該当箇所を丸写ししただけという学生もいる。ここは、「~~について書きなさい」と指示をより明確にする方向で、これから考えてみることにしたい。

COVID-19は終息する気配は感じられないが、急激な爆発的な拡大もなさそうである。このままで推移するなら、今年度の後期の講義はなんとか続けられるかと思う。

2020年10月11日記

講義がはじまった(その二)2020-10-05

2020-10-05 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2020年9月28日
講義がはじまった
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/09/28/9299906

火曜日は、大学院での講義。秋学期だけである。これも、大学の方から事前に連絡があって、オンラインにするかどうか問合せがあった。履修する学生は、LMSで確認してみると、登録者が二名である。であるならば、教室で十分にできると判断して、教室での授業希望と回答しておいた。

それに、秋学期のこの講義の予定では、「長恨歌」を読むことになっている。金沢文庫本「白氏文集」巻十二である。書写は、鎌倉時代であるが、その本文、訓点については、平安時代にさかのぼることができるテクストである。

このようなテクスト、訓点資料を読むような場合、やはり、直接顔を合わせて、ここのところはこう読むのですよと、一緒に本を見ながら、逐一指示しながら勉強していくのが一番である。というよりも、このようにしてしか、教えることができないものである。

先週、第一回があった。履修者は二名。いずれの学生も以前に教えたことのある学生だった。通常は、第一回のときは、まず自分の自己紹介から話しをすることにしているのだが、これはかなり省略することができた。ざっと今年の授業の方針などについて説明。

日本語学の講義であるが、周辺のこととして、日本文学についても考えることにした。「長恨歌」は「源氏物語」などに多大の影響を与えている作品として著名である。まず、そのあたりのことから話しをしてみようかと思う。

また、一昨年もこのテクストを読んでいるのだが、そのときは、全体を通読するのが最後の時間になってしまった。今年は、まず最初に、全体の訓読文を読んでおくつもりでいる。全体がどんなストーリーの展開になっているのかを知ったうえで、では、平安時代に読まれたテクストは、どんなものであったのか、それを見ていく、このような方針にしようと思う。

教室は、小さい。全部はいっても、十数名程度だろうか。学生が二人なので、教師の私をふくめて三人。これなら十分に距離を保つことができる。ただ、困ることは……教室においてあるモニタに、私のPCの画面を映して見せることがある。あることば、用語、概念などを説明するようなとき、ジャパンナレッジに接続して、その項目を検索してみて、それを見ながら話しをするということにしている。しかし、教室で、距離をおいて座ると、モニタの画面の文字が小さいと見えない。これはこまるので、あらかじめ適当な項目を紙にプリントアウトしておいて、それを配布しようかと思う。学生は、後で、自分でWEBに接続してその項目を確認することができる。

今のところ、COVID-19は、そう感染が拡大ということはなさそうである。逆に、終息するということもないようだが。ともあれ、今の状態がつづくなら、なんとか教室での講義を続けることができるかと思う。

まずは、「源氏物語」と「長恨歌」というような話しからはじめるつもりでいる。

2020年10月4日記

追記 2020-10-12
この続きは、
やまもも書斎記 2020年10月12日
講義がはじまった(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/10/12/9304897

講義がはじまった2020-09-28

2020-09-28 當山日出夫(とうやまひでお)

後期になって、教室での授業がはじまった。COVID-19感染対策のため、教室が変更になった。学校で一番ひろい教室を使うことになった。

先週、第一回があったが、なんとか無事に終わった。教室で学生の数を見て、配布したプリントの数から判断して、ほぼ九割ぐらいの学生が出ていただろうか。前期は、基本的にオンライン授業ということでやってきたので、ようやくキャンパスで授業の開始である。

感染対策ということで、いろいろと気をつかう。教室には、ちょっと遅れて行くことにした。学生の教師の移動時間を考えると、一〇分の休憩時間での移動は問題があるかもしれない。特に、階段とか、エレベーターが、人が密集する可能性がある。プリントを配るときでも、教室の前において、人が密集しないようにボチボチと取りに来なさいということで配布した。第一回目なので、前期の授業のまとめ、ふりかえり、それから、後期の授業の予定など。

コメントペーパーも同時に配布して、後期授業への希望など書いてもらうことにした。みんなかなり熱心に書き込んでいるようだった。

困ったこととしては、板書ができないということがある。なにせ、大きな部屋なので、黒板はあるにはあるが、後ろの方の席に座ってしまうと、字が見えないだろうと思われる。これが、普通の状態であるならば、黒板の板書の見やすい席に座るかどうかは、学生の自己判断ということで済ますことができるが、今回の場合、席は空けて座るようになっているので、自由に席を選ぶことができない。

後期授業は、基本的に板書なし。口頭で、プリントに書いてあることに説明を加えていくということですすめるしかない。ただ、例年のこととして、プリントは、かなり丁寧に書いてつくってあるつもりなので、これは、だいたい読めば、その回の授業で伝えたいことがわかるようになっている。そのおぎない、ということでもないが、講義の終了後、家に帰ってから、プリントをWord文書とPDFにして、LMSにアップロードしておく。これは、毎年やっていることなのだが、今年は、学生の閲覧率が高いようである。(ただ、昔からPCを使っているということもあって、教材などは、すべて一太郎で作ってある。それを、体裁を同じで、Word文書にするのが、一手間ではある。)

それから、授業の評価については変更することにした。既定のシラバスでは、後期試験をおこなうということにしてあったが、これはやめにした。そのかわり、前期と同様に、四回のレポート提出ということにした。これは、プリントアウト(ワープロで作成)を教室で出してもいいし、オンラインで電子メールで出してもいいということにしておいた。

無事に、後期一五回の授業ができる保証がない。今後の状況の変化によっては、教室での授業は中止という可能性も十分に考えておかなければならない。が、ともかくは、教室で授業ができる間は、なんとか続けていくつもりでいる。

2020年9月27日記

追記 2020-10-05
この続きは、
やまもも書斎記 2020年10月5日
講義がはじまった(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/10/05/9302338

オンライン授業あれこれ(その一九)2020-09-07

2020-09-07 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2020年8月30日
オンライン授業あれこれ(その一八)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/08/30/9290266

さて、後期からの授業がどうなるかまだ決まらない状況である。ちかいうちには、はっきりとした連絡があるかと思っている。

狭い意味で、教科を教えるということについてみれば、オンデマンドの教材送信であっても、十分に可能であるということがわかった。前期には、四回のレポート提出を課したが、それを読む限りにおいては、通常の教室の授業を行ったときと、同等の成績という結果になった。いや、きちんと配布教材を読んで自分でレポートの文章にするということがあったせいで、むしろ、できる学生にとっては、よりきちんとした学習になっているといってもいいかもしれない。

これは、昨年度までの教材の蓄積があってのことでもある。毎回、A4で二ページほどの教材プリントを配布してきた。読めば、その日の授業内容がわかるように書いたものである。それに加えて、そのなかで、さらにポイントをしぼって、ここは伝えておかねばならないという部分について、よりかみくだいた丁寧な解説文を、二ページほど加えておいた。全部で、毎回、A4で四ページほどを配信したことになる。

そして、ほぼ月に一回の割合で、四回のレポートとした。A4で一枚(1000字程度)である。これが、毎回毎週となると課題として多いだろうし、かといって、学期末に一回のレポートだけで点数をつけるというのも、難しいところがある。四回ぐらいの回数が一番適当かと判断したことになる。

教材の配信は、毎週水曜日の朝。これは、コンスタントに実施した。(時間割は、水曜日の四時間目である。)

前期授業がオンラインになったということであるならば、毎日、大学のメール、また、LMSはチェックするのが当然だと思う。だが、実際の学生の反応を見ていると、毎日の定期的なチェックは、あまりしていないように思える。この点、授業がオンラインになったということの意味を、学生がはっきり自覚しているとは言いがたい。

LMSをまったく見ていない学生がいる。しかし、これは、どうしようもない。スマホも、PCもない、あるいは、持っていても、学習に使う気がない、このような学生のことまでは、対応しきれないというのが実情でもある。PCを持っていない学生が、大学のPC教室を利用できる特例措置はあったはずなのだが、これすらも利用しない学生のことは、どうにもならない。

まあ、例年、普通に授業があったとしても、まったく出席しない、また、試験も受けないという学生が少なからずいるというのが実際のところであるから、結果的には、授業になんとかついてくることができた学生の割合という観点からは、ほぼ同じということになる。

ここでふりかえってみるならば、これまでは、毎回、九〇分の授業時間があって話しをしてきたことになるのだが、そのエッセンスをまとめるならば、A4に書いて数枚になるということが、自分なりに実感できたということもある。それを、目の前にいる学生に対して、黒板に字を書きながら、繰り返し、ことばをかえて、何回か、くどく説明をしていく。その冗長な時間が、教室の時間ということになる。

しかし、その冗長さこそが、教室での教育の意味であるとも、いえるかもしれない。漫然と耳で聴いているだけでもいいから、教室にいることの意味、その教育的効果というものが、確かにあるのだろうと思う。

これから教室での授業が再開できるようなら、教室で時間をすごすことの意味があるように、まずこのことを心がけたいと思っている。

2020年9月5日記

追記 2021-01-21
この続きは、
やまもも書斎記 2021年1月21日
オンラインの授業あれこれ(その二〇)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/01/21/9339554

オンライン授業あれこれ(その一八)2020-08-30

2020-08-30 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2020年8月23日
オンライン授業あれこれ(その一七)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/08/23/9281248

採点が終わった。その結果、得点分布としては、例年とさほど変わらない結果になった。

急にオンライン授業になってしまったということは、いくぶんは配慮することにした。電子メールの使い方にも、慣れていないだろうということも考えることにした。

ただ、そうはいっても、電子メールの提出が、大学のシステムのメールでなければならない、ということだけは、基本的にゆずらないことにした。宛先は、大学の私のメールアカウントを指定しておいた。そこで、各学生のアカウントから送信したものを受け付けるということにした。

これは、最初、四月の段階で方針を決めたときから、一貫している。理由は、二つある。

第一には、メールアカウントが身分証明であることである。大学の提供しているアカウントが使えることが、その大学の学生としての身分証明になる。このことを、基本のルールとして徹底させる必用があると思った。

第二は、整理の都合である。大学のアカウントを使うと、学生証番号が、そのままアカウントに表示される。これを、発信者名で整理すれば、レポートの提出の有無が一目瞭然である。バラバラのアカウントから送信されたものでは、とても整理しきれない。

以上の二つの理由を総合的に考えて、大学のアカウントからのレポート提出のみを受け付けることにした。

あるいは、これは、ひょっとするとちょっと厳しい対応であったかもしれない。しかし、大学のメールシステムであれば、PCはもちろんのこと、スマホからでも、十分にあつかうことができる。もし、PCを持っていないということであっても、特段に不利になることはなかったはずである。

こちらからの発信をLMSで受信して見ることができるなら、それほど高いハードルにはなっていないはずである。強いていうならば、そもそも、LMSを見ることができていない学生まで、相手にしてはいられないというのが、実情でもある。

ともあれ、結果的には、だいたい例年どおりの成績になった。普通に授業があったとしても、出席もしなければ、試験も受けないという学生が少なからず存在する。そのような学生までも、相手にはしていられないというのが、実際のところである。なんとか、試験をうける、あるいは、レポートを提出するということをはたしてくれるならば、どうにか対応を考えることもできる。

後期の授業がどうなるかわからない。もしオンライン授業が継続するとなった場合、前期と同様に四回程度のレポート(A4で一枚、1000字程度)の提出ということにするつもりである。それと、毎回のコメント(これは短いものにする)を、集めることにする。

しかし、前期がオンライン授業になって、その是非をめぐって、世間ではいろいろといわれているのだが、学生のPC利用の普及・向上、通信環境の整備、ということが各段に進んでいるという話しは、伝わってこない。いったいどうなているのだろうか。自分用のPCがあり、固定光回線などにつながっているという状況が、まだ実現していないようなら、やはりそれなりに配慮した対応を考えることにならざるをえないと思うのである。

2020年8月29日記

追記 2020-09-07
この続きは、
やまもも書斎記 2020年9月7日
オンライン授業あれこれ(その一九)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/09/07/9293018

オンライン授業あれこれ(その一七)2020-08-23

2020-08-23 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2020年8月22日
オンライン授業あれこれ(その一六)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/08/16/9279025

後期からの授業については、とりあえず教室でという希望を出しておいた。だが、これも、今の情勢では、どうなるかわからない。少なくとも、京都や大阪あたりの状況は、終息に向かっているとは思えない。となれば、あるいは、後期もオンラインか、という気もしなくはない。ここは、学校からの連絡を待っていることにする。

ところで、前期の評価である。レポートの提出を再度チェックしてみたのだが、いろいろ考えて、オンライン授業になってしまったということを配慮することにした。とはいえ、すくなくとも、次の点については、原則的にゆずらない。

レポートの提出は、大学のメールシステムから送信すること。

メールのタイトルは、こちらの指定した形式にしたがうこと。

これらは、きわめて形式的なことである。だが、世の中、形式を守ることをふまえて、その先に内容の評価がある。それに、上記のような、形式を守ることは、そんなにハードルの高いことだろうか。少なくとも、スマホがあればできることである。技術的には、さほど問題ないと思う。要は、学生が、決められた形式を守る意識があるかどうか、ということになる。

そして、このことは、毎回、レポートの課題提示のときに、毎回くどく念をおして確認してきたことである。また、守っていないものについては、再提出を求めてきた。その確認のメールを見ていない、あるいは、それを見て再提出しない学生についてまでは、どうしようもないとしかいいようがない。

少なくとも、オンライン授業ということになっている以上、大学のLMSや電子メールは、毎日確認するのが、基本的な態度というものだろう。これができないということなら、こちらとしても、対応のしようがない。

そして、これらのことは、学生が卒業して就職するとして、その後にも基本的に重要な意味をもつことになるはずである。ある意味では、その最低限のルールを身につけて機会になっている。この最低限のルールを守ることを、なんとかして伝えるようにしたいとは思う。

2020年8月22日記

追記 2020-08-30
この続きは、
やまもも書斎記 2020年8月30日
オンライン授業あれこれ(その一八)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/08/30/9290266

オンライン授業あれこれ(その一六)2020-08-16

2020-08-16 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2020年8月9日
オンライン授業あれこれ(その一五)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/08/09/9276805

ここ数日の京都や大阪の状況を見ていると、どうも後期から無事に教室で授業というわけにはいかないかもしれない。が、ここしばらくは、情勢を眺めているしかない。

前期、オンデマンド方式の授業をやってみた経験でいうならば、結果的には、教室で授業するのとかわらないかもしれない。いや、ある意味で本来の姿にもどって、勉強する意欲、意志のある学生が、きちんと学習するという形になっているとも言ってよいだろうか。

ただ、漫然と、時間割があって、決まった時間に、決まった教室に出てきて話しをきいている、すくなくとも、出席はしている……という状態ではなくなっている。このような散漫な状態で勉強した気になっているという学生を、振り落とすことになっている。

これを、プラスととらえるか、あるいは、マイナスととらえるかは、微妙なところである。

決まった時間割通りに学校に出てくることに意味がある、という立場からは、教育的にマイナスの評価にならざるをえない。しかし、そこに勉強への意志があるかどうか、ということで測ってみるならば、その気のない学生は、来なくてもいいとも言える。

そして、どうしても問題になるのが、学生のコンピュータ利用の実態。これまでの経験では、スマホも持っていない、PCも持っていない、しかし、勉強への意欲はある、という学生が、確かに存在している。このような学生にとっては、オンラインの授業というのは、厳しいことになっているにちがいない。このことは、やはり考えておく必用がある。

前期の間に四回のレポート課題とした。そのレポートを読む限りであるが、きちんと勉強している学生は、通常の授業をおこなったときと、そう変わらない。また、通常の授業があったとしても、例年、まったく授業に出てこない、試験も受けないという学生がいる。このような学生が、オンライン授業になったからといって、きちんと教材を読んでレポートを提出するとも思えない。厳しいようだが、そもそも教室に出てきてくれない学生の面倒までは、一介の教師としては、対応できることではない。オンラインの授業になって、そもそも学校のLMSを見ないような学生については、どうすることもできない。

もし、後期もオンライン授業になった場合には、さらにLMSなど活用して、学生とのコミュニケーションを取るようにしようとは思っている。これは、はっきりいって、かなりの負担にはなる。しかし、より多くの学生を、より無理なく、授業についてこれるようにするためには、可能な限りのことをするしかない。

前期のレポートは締め切った。ただ、形式的に不備のある学生については、特段の事情ということで、少し猶予をあたえて再提出の機会をもうけることにした。それを明日までということにしてあるので、それが過ぎてから、提出のあったレポートを再点検して、評価ということになる。

後期のことは、そのときになってから考えるしかない。

2020年8月14日記

追記 2020-08-23
この続きは、
やまもも書斎記 2020年8月23日
オンライン授業あれこれ(その一七)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/08/23/9281248