『物語 ウクライナの歴史』黒川裕次/中公新書2022-04-02

2022年4月2日 當山日出夫(とうやまひでお)

物語ウクライナの歴史

黒川裕次.『物語 ウクライナの歴史-ヨーロッパ最後の大国-』(中公新書).中央公論新社.2002
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2002/08/101655.html

話題の本というか、売れている本らしいので、読んでみることにした。

私のウクライナについての予備知識は、わずかである。旧ソ連の一部であった国、チェルノブイリ原発のある国、穀倉地帯……この程度のものである。連日、テレビのニュースで、ウクライナのことを報じているのだが、肝心のウクライナという国について知らないのはこころもとない。とにかく、手頃な本だろうと思って読んでみることにした。

この本が刊行されたのは、二〇〇二年である。ソ連の崩壊の後であるが、近年のクリミア半島をめぐる問題のおこる前の本ということになる。著者は、駐ウクライナ大使であった。その経験をもとに書かれている。ウクライナ、あるいは、ソ連、ロシアという国については、どちらかといえば友好的な立場で書かれているといっていいだろう。少なくとも、ロシアに対して、批判的な立場はとっていない。

ロシアがウクライナを侵略したということは、直接にはNATOの拡大をめぐる昨今のヨーロッパの状況ということもあるにちがいない。このあたりは、テレビなどでよく解説されるところである。だが、歴史的にさかのぼってウクライナとロシアは、どのような関係であったのか。また、現在のウクライナ人びとは、どのような歴史的経緯があって、今日のウクライナという国家を形成することになったのか、さらには、ウクライナの土地はどのような歴史があったのか……このようなことについて、概略を教えてくれる。

おそらく、ウクライナとロシアは、歴史的に友好国というよりも、愛憎相半ばする関係といっていいのかもしれない。といって、敵対してきたばかりの歴史でもない。

また、ポーランドなどとの関係をはじめとして、ウクライナから移住した人びとのすむ国としての、欧米の国々との関係も興味深いものがある。また、日本とも結びつきのある国であることが理解される。

この本は、二〇〇二年の本であるからこそ、今となっては貴重な記述になっているというべきであろうか。今の時点から、ウクライナとロシアの歴史を語るとするならば、とてもこのようには書けないだろう。そして、歴史は後戻りできない。これから書かれるかもしれない、ウクライナについての本は、もはや、この本のような視点はとることができないともいえる。

ともあれ、ウクライナのことを考えるうえで、読んでおいて損のない本だと思う。

2022年4月1日記

『現代ロシアの軍事戦略』小泉悠/ちくま新書2022-03-28

2022年3月28日 當山日出夫(とうやまひでお)

現代路リシアの軍事戦略

小泉悠.『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書).筑摩書房.2021
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480073952/

話題の本ということで読んでみることにした。この本が出たのが、昨年(二〇二一)の五月。このときは、特に気にとめることのなかった本であるが、やはり昨今のニュースなど見ていると、読んでおきたくなった。

軍事の門外漢として、特にこの本について、どうこう言うところはない。なるほど、ロシアの軍事をめぐる状況とはこんなものかと思って読むだけのことになる。

著者の小泉悠は、このところテレビでよく見る。ニュース番組の解説などで、頻繁に登場している。たまたま見るようなことがあるときは、なるべく見るようにしている。

軍事の専門家の考えることはこういうことなのか、というあたりが非常によくわかる。そして、有象無象、あまた登場してくる、テレビの解説者のなかでは、そのことばを信用していいと思える一人でもある。

時に饒舌であると同時に時として寡黙である。それは、専門家というのは、自分の専門領域のことについては、きちんと語るべきことを語る。しかし、分からないことについては、分からないと明言できる。これが専門家の知見というものである。

そういえば、ここ二年ほど、COVID-19の流行以来、テレビなどで、多くの専門家のことばを聞いてきた。そこで分かったことは、一般にいわれる専門家といっても、ほとんど何も語っていないに等しい、あるいは、余計なことまでしゃべりすぎる、ということであったように思う。

専門家というのは、自分の専門領域のことについては、自信を持って語るべきであると思うが、何について専門的知見を有しているのかについては、常に批判的、自覚的であるべきだろう。

何かことがあると、コメンテーター、評論家が、のさばりだす。そのようななかにあって、そのことばに耳をかたむける価値のある専門家であろう。

強いて、この本の読後感として一言だけ述べておくならば……こんなはずでは
なかったのに……ということになるだろう。予見、観測が裏切られても、そこでふみとどまって、なぜそのような判断にいたったのか、反省する視点が確保できている。この冷静さが今では貴重なものである。

2022年3月27日記

『妻たちの二・二六事件』澤地久枝/中公文庫2022-03-25

2022年3月25日 當山日出夫(とうやまひでお)

妻たちの二・二六事件

澤地久枝.『妻たちの二・二六事件』新装版(中公文庫).中央公論新社.2017 (1975.中公文庫 1972.中央公論社)
https://www.chuko.co.jp/bunko/2017/12/206499.html

NHKの「戒厳指令 交信ヲ傍受セヨ 二・二六事件秘録」(再放送)を見たのが、先月のこと。

やまもも書斎記 2022年2月24日
戒厳指令 交信ヲ傍受セヨ 二・二六事件秘録
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/02/24/9466875

これを見て、二・二六事件関係の本を読んでみたいと思った。北一輝についての本も持ってはいるのだが、選んでみたのがこの本である。(昔の文庫本で買ってあったような気もするのだが、これは新しい版で読むことにした。)

テレビを見ていて印象に残っていること……事件関係者の未亡人が語っていたことば……「二月と七月はいやでございます」。(二月は事件のあった月。七月は処刑のあった月である。)事件について語られた数多くのことばのなかで、このことばは深く印象に残る。

事件から数十年後の取材になるのだが、なんとも、その姿勢の気丈なことかと、感銘をうけたものである。

二・二六事件については、いろんな立場からいろんなことを語ることができる。日本の歴史のなかで、重要な事件であることは確かである。どのよう立場から語るにせよ、この本のような視点は忘れてはならないことだろうと思う。

ところで、この文庫本の解説を書いているのは、中田整一。NHKの番組を作ったプロデューサーである。その後、ノンフィクション作家として活動している。

2022年3月24日記

『日独伊三国同盟』大木毅2022-02-28

2022年2月28日 當山日出夫(とうやまひでお)

日独伊三国同盟

大木毅.『日独伊三国同盟-「根拠なき確信」と「無責任」の果てに-』(角川新書).角川書店.2021
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000663/

この本のもとは、二〇一〇年にPHP新書として刊行された『亡国の本質-日本はなぜ敗戦必至の戦争に突入したのか-』を、改題し加筆したものである。(もとの本は残念ながら読んでいない。)

読んで思うことはいくらもあるが、二つばかり書いておく。

第一には、昭和戦前の政治史、外交史として、非常によく書けている本であることである。もとがPHP新書ということもあるのだろうが、比較的読みやすい文体になっている。(これは近年の『独ソ戦』などの文章とはちょっと違っている。)

なんと無責任な政治家、軍人たちであったことか、と思わざるをえない。これは、一つには歴史の結果として、太平洋戦争の敗北ということを知っている視点からのものであることは承知していても、それでもなお戦前の政治家、軍人たちの、無定見にはあきれるとしかいいようがない。

特に誰ということはないが、日独伊三国同盟に深くかかわったということでは、大島浩、松岡洋右などが、名前がうかぶところである。それから近衛文麿も、無責任な政治家ということになるだろうか。

希望的観測による独断……それを象徴するのが「バスに乗りおくれるな」ということばになるのかもしれない。

歴史の中で、ポイント・オブ・ノー・リターンを求めるとして、日独伊三国同盟という視点から、戦前の政治史、外交史を概観してある。確かに、結果としては、ドイツ(あるいはヒトラー)と組んだことは、日本の大きな失敗であったということになる。が、それを推進した人間がいたということ(大島浩とか松岡洋右など)がいて、また、それを支持する世論があったことになる。

ドイツ(あるいはヒトラー)と軍事同盟を結べば、ソ連や英米を敵にまわすことになる。そして、戦争になったら日本に勝ち目はない。これは、冷静に考えれば分かることであったかもしれない。だからといって、その当時の日本において、中国での戦争を終わらせて、英米と協調路線に転換することは、容易なことではなかったことも確かではあるが。(ただ、その当時の英米も、帝国主義国家である。日本の中国戦争を批判はしても、アジアの植民地支配という立場では、どこか落とし所があった可能性はある。といって、日中戦争を正当化することは今日の観点からはできないだろうが。)

第二には、まさに今の日本の状況。この本を読んでいるとき、ちょうどロシアのウクライナ侵攻がはじまった時である。さて、日本の政治家、また、世界の政治家は、この事態について、どう判断することになるのだろうか。

今から、八〇年ほど前のこと……第二次世界大戦の前夜、日本の、また、世界の政治家や軍人たちは、どのように判断していたのか……これは、歴史の教訓として、いくらでも学ぶべきところがあると思う。

この本を読みながら、脳裏に去来するのは、まさに今の国際情勢と、そのなかにおける、各国指導者の判断の是非である。ロシア、ウクライナ、アメリカ、EU、中国、そして、日本などの各国の指導者は、いったい何を思って行動しているのだろうか。根拠のない希望的観測にもとづいて判断しているということはないだろうか。

今の世界の情勢を冷静になって見てみようとするとき、この本の描いている日独伊三国同盟締結にいたるプロセスは、さまざまに考えるヒントを与えてくれるかと思う。国家の指導者とは、かならずしも合理的な判断ができるとは限らないことを、読みとることができるだろう。政治家が合理的で正確な判断ができるなら、そもそも戦争などおこりようがない。

以上の二つのことを、書きとめておきたい。

大木毅の本は、他に読んでいないものがある。読んでおきたいと思う。

2022年2月27日記

『源氏将軍断絶』坂井孝一2022-02-26

2022年2月26日 當山日出夫(とうやまひでお)

源氏将軍断絶

坂井孝一.『源氏将軍断絶-なぜ頼朝の血は三代で途絶えたか-』(PHP新書).PHP研究所.2021
https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84828-0

『鎌倉殿の13人』の時代考証担当である坂井孝一の書いた新書本としては、先の『承久の乱』につづくものとなるらしい。

やまもも書斎記 20220年2月18日
『承久の乱』坂井孝一
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/02/18/9465264

歴史学にはうといので、近年の平安時代から鎌倉時代について、どのような研究動向にあるのかよく分からない。が、一般向けの新書本ということで、私のような読者……まあ、高校の時の歴史の教科書で習った程度の知識の持ち主ということになろうが……が、読んでもなるほどと思うように書いてある。たぶん、この本は、専門の歴史家の目で見ても一定の水準で書いてあるのだろう。

読んで思うことはいろいろある。が、歴史学に踏み込まない範囲で思ったことなど書いてみると、次の二点になるだろうか。

第一には、ドラマとの関連。

確かこれからの出演者の発表で、源実朝の役も発表になっていたかと思う。(もうすっかり忘れているのだが。)では、このドラマ『鎌倉殿の13人』では、どのような実朝を描くことになるのだろうか。

実朝というと、国文で学んだ私としては、まず歌人として憶えていることになる。暗殺されてしまった悲劇の将軍でもある。さらには、太宰治を思い出す。そういえば、確か吉本隆明が、太宰治の実朝について何か書いていたのを読んだことを憶えている。

だが、この本を読むと、武士としても実朝は立派な存在であったらしい。そして、実朝の後の将軍を誰にするか、これは鎌倉幕府の大きな問題であったことになる。これも、鎌倉幕府という組織の維持を考えるならば、別に源氏の血筋でなくてもいいことになる。強いて読んでみるならば、組織の継続か、血筋か、ということになる。(歴史の結果としては、鎌倉幕府の存続という方向を選んだことになり、実朝は非業の最期をとげることになった。)

なぜ実朝は歌を読んだのか。このあたり、ドラマではどう描くことになるのだろうか。(ここは一般論として、鎌倉時代の武士のたしなみとしての和歌ということも考えておくべきなのであろうが。)

第二は、史料のこと。

この本では、『愚管抄』とか『曽我物語』が使われている。特に、『愚管抄』からの引用が多い。『愚管抄』は、昔の岩波の古典大系の旧版に収録である。若いころ、手にした本の一つではある。が、そう読むということもなく、今でもどこかにしまいこんだままになっている。『曽我物語』も同様である。

近年の国語史、日本語史という研究分野において、『愚管抄』や『曽我物語』が重要視されるということはあまり無いのかと思うがどうだろうか。これは、私が最近の研究に疎いだけのことかもしれないのだが。

しかし、歴史学の分野では、『愚管抄』や『曽我物語』……それも真名本……が、重要な史料として使われるようだ。これはこれで、非常に興味深い。

日本語のことばの資料として、『愚管抄』や『曽我物語』は、魅力的な文献といっていいだろう。ここは、楽しみの読書として、しまってある本を取り出してきて読んでみようかと思う。あるいは、『曽我物語』は新編日本古典文学全集もある。(ただ、もう論文を書いてみたいという気はおこらないでいるのだが。)

以上の二つのことを思ってみる。

それから、近年の研究として、頼朝は、自ら望んで征夷大将軍になったということではないらしい。このあたりの事情を、ドラマでどう描くことになるのか、興味のあるところである。

2022年2月25日記

『承久の乱』坂井孝一2022-02-18

2022年2月18日 當山日出夫(とうやまひでお)

承久の乱

坂井孝一.『承久の乱ー真の「武者の世」を告げる大乱ー』(中公新書).中央公論新社.2018
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2018/12/102517.html

著者の坂井孝一は、『鎌倉殿の13人』の時代考証の担当ということである。これは読んでおきたいと思って手にした。

読んで思うこととしては、次の二つぐらいがある。

第一に、歴史上の承久の乱について。

承久の乱は、学校のときの歴史の教科書に出てきたのを憶えている。その後、日本文学など勉強すると、鎌倉初期のこととして、後鳥羽上皇の名をよく目にするようになった。

承久の乱は、後鳥羽上皇が起こした、鎌倉幕府に対する反乱と思っていたのだが、この本を読むとかならずしもそうではないらしい。後鳥羽上皇が敵視していたのは、北条義時であった。その専制を排除しようとしておこしたのが、承久の乱ということである。結果は、上皇の惨敗であり、その後の鎌倉時代以降の武士の時代が、この乱から本格化することになる。

日本本学などの観点から興味深いのは、例えば『平家物語』が書かれたのは、承久の乱より後のことになる。そして、『平家物語』には、承久の乱での出来事が、かなり反映されているらしいとのことである。

また、この本では、それほど深く触れられてはいないが、藤原定家は、源平の争乱の時代から、承久の乱の後まで生きたことになる。その定家の仕事に、承久の乱は、どのように影響していたのだろうか、興味深いところである。

京都の朝廷……今日の歴史学用語でいえば王家ということになるのだろうが……が、武家の権門に敗れたということは、平安時代からの王朝貴族文化にとってどのような意味があったのだろうか。(だからといって、いわゆる武士の世になってしまったということではないであろう。武士の時代になっても、歌は読まれ続けている。が、その持つ意味が変わってくるということはあったのだろうと思う。)

第二に、ドラマとの関連について。

『鎌倉殿の13人』は、どこまでの歴史を描くことになるのだろうか。この本を読んだ印象としては、とりあえずは、源平の戦いを描くのだろう。そして、鎌倉幕府の創建ということになる。次は、和田の合戦があるだろうか。重要な事件としては、実朝の暗殺事件があるだろう。そして、承久の乱となるかと予想する。

さて、これからのドラマの展開で、実朝はどんな人物像として登場することになるだろうかと思う。そして、後鳥羽上皇は、どうなるだろうか。おそらく、承久の乱が、ドラマの終盤の最大のクライマックスになるのかと思ってみる。

以上の二つのことを思ってみる。

さて、坂井孝一の著書としては、他に、『源氏将軍断絶』『鎌倉殿と執権北条氏』がある。これらも順次読んでおくことにしたい。

2022年2月15日記

『北条義時』岩田慎平/中公新書2022-02-03

2022年2月3日 當山日出夫(とうやまひでお)

北条義時

岩田慎平.『北条義時-鎌倉殿を補佐した二代目執権-』(中公新書).中央公論新社.2021
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2021/12/102678.html

NHKの『鎌倉殿の13人』を見ていることもあって、この本を読んでおきたいと思った。中央公論新社としても、当然のことながらNHKのドラマをあてこんで出版したものと思う。

読んでみて思うことは、次の二点ある。

第一には、歴史書として。

タイトルは、「北条義時」となっているのだが、書いてあることは、むしろ平安時代の終わりから鎌倉時代の初めごろにかけての、武士というもののあり方であると読める。京の都、畿内近辺によりどころを持つ武士もいれば、それ以外の東国や西国の武士もいる。その武士の時代における職能……権門という用語をつかってあるが……の解説からはじまって、この時代のおおきな枠組みを説いていく。これは、これとして非常に興味深く読んだ。

歴史学の近年の知見にもとづいて、武士というもの、鎌倉時代という時代、これをどう全体としてとらえるかという視点から、この本は書かれている。

とはいえ、その所領の支配構造とか、経済的基盤がどうであったか、というような方向にはあまり踏み込んではいない。新書の一冊としてまとめるということでは、ここまで踏み込んで論じるということではないのかもしれない。

第二には、ドラマと関連して。

読んで、なるほど北条義時とはこんなことをした人物であったのか、鎌倉幕府とはこういう構造になっていたのか、北条政子とは何をした女性なのか……というあたり、ドラマの主要な登場人物や、事件……その最終の局面は承久の乱ということになるのであろうが……の数々が、興味深い解説されている。

では、このような歴史的なできごとを、ドラマではどのように描くことになるのか、これはこれとして非常に興味深いところである。

今までの放送と関連しては……たとえば、源氏と平家というが、実際の世の中では、これらの武士たちは混ざり合い絡み合って生きてきたことになる。それを、ドラマでは、源氏の頼朝が正義の側であり、平家の清盛が悪の側である、とかなり単純化して描いてあるのだが、ここはちょっと違うのではないかと感じるところがある。(まあ、歴史の結果として源頼朝が勝者になる話しなので、これはこれでいいかとも思うのだが。)

以上の二点のことが、読んで思ったことなどである。

鎌倉時代、武士の時代の入門書としても、また、NHKのドラマの参考書としても、よく出来ている本だと思う。

2022年1月27日記

『「太平洋の巨鷲」山本五十六』大木毅2021-11-29

2021-11-29 當山日出夫(とうやまひでお)

「太平洋の巨鷲」山本五十六

大木毅.『「太平洋の巨鷲」山本五十六-用兵思想からみた真価-』(角川新書).角川書店.2021
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000654/

子どものころのことになるが、山本五十六の映画を見に行ったのを憶えている。私の場合、山本五十六については、軍神というイメージはないものの、真珠湾攻撃を成功させた名将ということで記憶していることになる。

大木毅の本では、これまでに、『独ソ戦』(岩波新書)を読んでいる。軍事史の専門家という認識でいる。その著者の書いた、「山本五十六」ということで、読んでみることにした。(買ったのは本が出てすぐであったが、なんとなく読みそびれてしまっていて、読み終わるのが今になった。)

山本五十六については、これまでに多くの研究や評伝がある。映画などでもあつかわれている。その功績について、非常に限定的に、軍事的な意味合いからのみ評価するとどうであるのか、これはこれとしてとても興味深いテーマである。

ただ、この本は、山本五十六の生いたちからはじまって、やや評伝風の記述がつづく。軍人として力量を発揮した、太平洋戦争開戦当時のことが出てくるのは、かなり読んでからのことになる。

読んだ印象としては、軍事的には……この本の趣旨にしたがうならば、戦略的にはというべきだろうが……なるほど、そうかなという気がする。そして、戦術において、また、作戦において、どう評価することになるのか、このあたりも興味深い指摘である。

山本五十六という、あまりにも神格化されている面があると、私は感じるところがある。純然と軍事的に論じるというアプローチがあってしかるべきであろう。その意味では、この本は面白い。

また、山本五十六の事跡を追うということで、昭和戦前の日本の政治史、外交史についても、いろいろと、教えられるところの多い本である。

2021年11月28日記

『氏名の誕生』尾脇秀和2021-07-27

2021-07-27 當山日出夫(とうやまひでお)

氏名の誕生

尾脇秀和.『氏名の誕生-江戸時代の名前はなぜ消えたのか-』(ちくま新書).筑摩書房.2021
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480073761/

面白く、刺激的な内容の本といえるだろう。(あるいは、歴史学に造詣のあるひとならば、とっくに承知のことであるのかもしれないが。)

近代……明治維新の後……日本人(この場合には、「日本人」といっていいと思う)の「氏名」が、戸籍の制度の必要から、半ば強制的につけられていった経緯、そして、それは、それまでの江戸時代までの人の名前の常識からすると異なるものであった、このあたりのダイナミックな歴史を分かりやすく解説してある。

人間の名前は、生まれた時に親がつけるもので、それは一生変わらないものである。また、名前は、苗字と名から構成される……このようなことが一般化するのは、明治なってからのことである。それまでは、人の名前というのは、一生のうちにおいて、様々に変わりうるものであり、ある意味で自由なものであった。それが、明治維新になって、王政復古ということで、京都の公家の間での名前の風習が、武家式の名前のあり方に、影響を与えるようになる。

読んで面白いと思って点としては、次の二点ぐらいをあげておくことにする。

第一には、明治維新のドタバタ騒ぎである。

明治維新は、新しく近代国家を作っていくプロセスであると同時に、王政復古として、旧来の昔に帰そうとという動きもあった。両者の関係のなかで、様々な混乱が生じる。この本でとりあげてある人の名前のルールなどは、その最たるものかもしれない。明治維新が、どれほど、混乱をきわめてものであったか、この観点から見ても、非常に面白い。

第二には、江戸時代の身分制度の自由さである。

一般のイメージとしては、近世までは身分社会で、いわゆる士農工商として、がっちりとした身分秩序があった、そう思われている。しかし、実は、江戸時代の身分というものは、かなり流動的なものでもあった。それに応じて、人の名前も、かなり自在に変わりうるものであった。

以上の二点ぐらいが、特に興味深いところかと思う。

だが、はっきりいって、近世以前の人名のルールは、かなりわかりずらい。それが、武士を中心とした名前のルールと、公家たちのルールが異なるものであったことは、興味深い。また、農民、庶民の名前も、また、かなり自由なものであったことが知られる。

人名について、今のわれわれが持っている、唯一無二という性格は、かなり近年になってからものである。名前のありかたも、歴史とともに移り変わる。

この本は、そのことを意図して書かれたものではないが、いわゆる夫婦同姓ということも、制度的にきまったのは、新しいことになる。日本人の誰でもが苗字を持つようになっても、夫婦は別姓があたりまえであった。それが、民法の制定以降のこととして、同姓ということになった。これは、日本の人びとの歴史からするならば、つい最近の出来事にすぎない。

夫婦の同姓、別姓の議論についても、また、一人の人間の名前を戸籍に一元的に管理するシステムのあり方についても、さらには、最近の話題としては、戸籍に読み方の情報をつけようとする動きについても、とにかく、現代の日本人の名前をめぐる議論を考えるうえでは、一読の価値のある本だと思う。

さらに書いてみるならば、人名の漢字とか、あるいは、行政用の漢字……これらのことを考えるときに、そもそも日本人の人名はどのような歴史があるのか、ちょっと振り返っておく必要があるとも思う。その読みや表記について、現代の法的な制度のなかでだけ考えるのではなく、過去をふりかえって、なぜ、こうなっているのか考える視点も必要である。

2021年7月9日記

『藤原定家『明月記』の世界』村井康彦2021-01-22

2021-01-22 當山日出夫(とうやまひでお)

藤原定家『明月記』の世界

村井康彦.『藤原定家『明月記』の世界』(岩波新書).岩波書店.2020
https://www.iwanami.co.jp/book/b530020.html

藤原定家という人物については、国語史、日本語史というような分野で勉強をしていると、かならずどこかで目にすることがある。その残した日記である『明月記』は、あまりにも有名であるといってもよい。

若いとき、ある目的……毎日の天候の記述の調査……のために、『明月記』は、全部のページを繰ったことがある。その当時の本は、国書刊行会本である。その後、古書店でみつけて、三冊を買ってもっている。しかし、そう手にすることなく今にいたっている。

国語史、日本語史の分野からいうならば、次の二つの点で『明月記』は貴重である。

第一に、定家は多くの平安朝の古典籍……和歌集や物語など……を書写、校訂している。なかでも、『源氏物語』については、今でも定家本を主につかうのが、この分野の主流であるといってよい。その定家の古典の校訂、書写についての記述を、『明月記』に見ることができる。また、歌人としての姿をそこから読みとることも必須である。

第二に、平安から中世にかけての、公家の日記としての『明月記』がある。いわゆる「変体漢文」である。その言語的な資料として、『明月記』の文章そのものが、研究対象になる。

以上の二点から、『明月記』は、重要な資料ということになる。

今では、冷泉家の時雨亭文庫の叢書のひとつとして、新しいテキストが刊行されている。(残念ながら、これは持っていない。)

以前、京都文化博物館で、冷泉家の展覧会があったとき、『明月記』も展示されていたのを見たことを覚えている。

このような『明月記』について、あるいは、藤原定家という人物について、いったいどんな人物で、どんなことが『明月記』には書いてあるのか……このあたりを、分かりやすくひもといてくれている本である。この本を読んで、なるほど藤原定家という人物は、このような人生をおくった人間であったのか、と認識を新たにするところが、少なからずあった。この意味では、国語史、日本語史のみならず、国文学、日本文学の勉強、さらには、日本史の勉強をこころざす、特に若い人にとっては、必読の本であるといってよいであろう。

2021年1月20日記