伊勢に行ってきた2020-02-21

2020-02-21 當山日出夫(とうやまひでお)

19日、伊勢に行ってきた。ほぼ毎年、冬に行く。鳥羽の浦村のあたりで、牡蠣を食べるためである。

今年は、これまで行っていた店とは違う店にした。選択は、家人がパソコンで調べて予約した。我が家からは、三~四時間ぐらいで行ける。途中、一回ぐらいの休憩をいれる。

朝の八時半ごろに家を出て、まずガソリンスタンドに行って給油。念のため、満タンにしておく。運転に楽な道をと思って、有料道路優先でナビを設定する。我が家からだと、新名神から伊勢道というルートになる。

一二時すぎぐらいに鳥羽についた。ちょっと早めである。店にきいてみると、一時からの予約なので、その五分前に案内するという。特にその近辺は、見るものもない。ただ、海岸に家がならんでいるだけである。駐車場にもどって、しばらく時間をつぶす。

食べたのは、焼き牡蠣と蒸し牡蠣の食べ放題。それに、牡蠣フライを追加で注文した。一時間半の時間が設定してあるのだが、一時間も食べると、満腹である。ただ、ひたすら食べていた。

それにしても、店は、海岸沿いの、とっても狭い道を入っていったところにあった。対向車が来たら、絶対にすれ違えない。(来年、もし行くとしたら、別の店にしようかと思った。)

鳥羽で牡蠣を食べてから、伊勢神宮の内宮まで移動。今年は、外国人観光客が少ないせいか、例年よりも、人が少なかったように思う。駐車場に車を止めて神宮まで歩く道でも、神社の境内でも、人は少なめであった。

伊勢神宮の境内では、すでに梅の花がさいているのが目についた。(我が家の梅の花は、まだ咲いていない。)

参拝を終えて、喫茶店でコーヒーを飲んで、お土産など買って、帰途につく。伊勢インターから、来た道と同じ道で帰る。家に帰ったら、七時半ぐらいだった。往復で四〇〇キロほどの運転であった。

来年もまた行けたらと思う。

2020年2月20日記

牡蠣

牡蠣

鳥羽

伊勢神宮

伊勢神宮

斎宮歴史博物館に行ってきた2019-02-15

2019-02-15 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2019年2月14日
鳥羽に行ってきた
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/02/14/9035902

伊勢神宮から、次は、斎宮歴博物館をめざした。

斎宮歴博物館
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/

伊勢の斎宮のことは、国文学という勉強をすれば、どうしても目にする。まずは『伊勢物語』であり『源氏物語』である。

伊勢の斎宮、賀茂の斎院、このことは知識としては知っていても、その実態については、ほとんど知らないで過ごしてきた。賀茂の斎院については、毎年の葵祭のことでニュースで目にはするのだが。

ちょうど今、『源氏物語』を読んでいる。伊勢の斎宮がでてくる。その興味もあって、この際と思って行ってみることにした。

伊勢神宮からだと自動車で30分ぐらいだろうか。一般道を走る。非常に立派な施設である。展示を見て感じたことは……伊勢の斎宮は、朝廷の直轄であったこと、そして、その規模がかなり大規模なものであったこと。このようなこと、この博物館に行って展示を見るまでは知らないでいた。

実は、もっと質素なものであったかと思っていたのだが、実際、その最盛期のころは、かなりの規模で威儀のあるものであったようである。その組織も、朝廷のそれに同じように整備され、格式のあったものらしい。

といって、その仕事としては、年に三回ほど、伊勢神宮の行事に参加するほどのことだったらしい。

また、展示品の中で、私の興味を引いたのは、いわゆる「墨書土器」の出土品。なぜ、土器などに文字を書いたのだろうか。しかも、それほど意味のある文字とは思えない。

展示を見てから帰路についた。来たときと同じように伊勢自動車道から新名神、京滋バイパスを通ってかえった。夕方に家にかえった。

斎宮歴史博物館

鳥羽に行ってきた2019-02-14

2019-02-14 當山日出夫(とうやまひでお)

二月になって、思い立って鳥羽まで行ってきた。

浦村の牡蠣を食べにである。このあたり、牡蠣の養殖が盛んな地域でもある。冬になると、牡蠣を専門に出す店が多くなる。特に伊勢の的矢湾の牡蠣は、ブランドとして有名だが、浦村もおいしい。

我が家からだど、自動車で、3~4時間ほどである。今回は、長男の運転で行くことにした。自動車は、日産のノートe-Powerである。朝の8時すぎに家を出て、途中ちょっと休憩。目的の店には、11時半ごろついた。

焼き牡蠣と蒸し牡蠣の2種類がある。私はもっぱら蒸し牡蠣をたべることにする。焼くと牡蠣の殻がこわれて、身にまざる。それが、蒸し牡蠣だと、牡蠣だけきれいに食べられる。30~40個ぐらいは食べたろうか。食べ放題には、牡蠣フライが3個と、ご飯、味噌汁がついてくる。90分の時間なのだが、1時間もたべてはいられない。ひたすら牡蠣をたべていた。

調味料は何もつけない。水揚げしたばかりの牡蠣であるので、海水の塩分で、少し味がついている。たべているとそれだけでも、かなり塩からく感じるぐらいである。水は、途中の高速のサービスエリアの自動販売機で買っておいた。

食べ放題というシステムは、得なのか損なのかよくわからないところがある。が、まあ、年に一度ぐらいは、こんな時があってもいいかと思っている。

12時半ぐらに食べ終わって、伊勢神宮にむかった。このところ、数年、伊勢神宮には参拝している。今年に限ったことではないのかもしれないが、伊勢神宮でも、参拝客、というよりも観光客、それも、外国人が増えているように感じる。参道を歩いていても日本語ではない話し声を耳にする。

参拝をおえて、時間があるので、今回の目的地のもう一つである、斎宮歴史博物館に向かうことにした。

カメラは、(買った順番としては古くなるが)NikonのD7500を持っていった。レンズは、16-80mm f/2.8-4E ED VR である。コンパクトカメラを持って行ってもよかったのだが、たまの外出であるし、自動車で行って他にたいした荷物があるというのでもないので、一眼レフを持っていくことにした。

鳥羽

鳥羽

Nikon D7500
AF-S DX NIKKOR 16-80mm f/2.8-4E ED VR

追記 2019-02-15
この続きは、
やまもも書斎記 2019年2月15日
斎宮歴史博物館に行ってきた
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/02/15/9036288

初老の読書2018-01-08

2018-01-08 當山日出夫(とうやまひでお)

ほぼ一年前に、Facebookに次のような文章を書いていた。ここに再掲載する。

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どうやら、世の中、75歳をすぎないと「老人」の仲間にいれてもらえないらしい。

ところで、「初老」ということば、何歳からか……40歳からである。とはいえ、これは昔の話し。単純に20年ほど足すならば、60歳で「初老」といってもいいだろう。ならば、私は、確実に「初老」である。「老人」の仲間入りをしてもいいだろう。

「老人」には「老人」の特権がある。それは、若い時にもどれること。若い時にできなかった趣味とか、再度チャレンジできることである。本を読んでいきたいと思う。写真もとってみたい。これまで、仕事でできなかったことに時間をつかいたい。

このような生き方もあってよいであろう。
幸い、家の仕事は、子供がやってくれるようになった。もう、「隠居」である。

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さて、このような文章を書いてから、一年どのようであったろうか。

仕事は整理することにした。それまで二校行っていた非常勤講師の仕事を一つに減らした。時間のできた分、読書にあてるようになった。読んで来たのは、主に、近代の小説……古典的な名作、名著……である。今まで読んで来なかった本をきちんと読んでおきたいと思った。その読んだ本のいくつかについては、このブログに書いてきた。

ブログに書いた本は、読んだ本(専門書などをふくめてであるが)の、半分ぐらいになるだろうか。あまり専門的な本(国語学関係)は、取り上げないようにしてきた。

それから、NHKの朝ドラと大河ドラマの感想など。別に、特に面白いと思って見ているというのでもない。毎日、毎週の習慣のようにして見ている。そして、思ったこと、疑問点など、書き綴ってきた。

文章に書くということを前提にドラマを見ていると、それなりに、いろんなことを考える。また、関連する本を読んだりもする。

今年の大河ドラマは、『西郷どん』である。そして、今年は、明治150年である。近代、幕末、明治維新ということを話題にしていろんな本が出ることだろうと思う。

これに関連して、読んでおきたいと思って積んだままになっている本としては……『天皇の世紀』(大佛次郎)、それから『遠い崖』(萩原延壽)がある。どちらも、かなり大部な本になる。が、これらの本を今年こそは読み通しておきたい。明治という時代、そして、近代という時代について、考えてみたい。

若い時に本を読むのとちがって、老年になったらなったで、それなりの読書の楽しみがある。論文を書くとかということから離れて、純然と自分の楽しみ、思索のための読書という時間をつかいたいと思うようになってきた。

今、読んでいるのは、『明治天皇』(ドナルド・キーン、新潮文庫)。それから、『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー、光文社古典新訳文庫)。

時計あれこれ2017-11-09

2017-11-09 當山日出夫(とうやまひでお)

時計の話をつづける。

やまもも書斎記 2017年11月6日
時計を買った
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/06/8721804

学生の時、それまでつかっていたゼンマイ式の時計が故障して、クオーツ時計に買い換えた。大学の生協にお店を出している時計店で買った。その時、たまたまあったので買った時計は、秒針の無いタイプのものであった。

普通の時計、アナログ時計は、三つの針がある。時、分、秒、をそれぞれにしめす。そのうち、秒針がついていないものをえらんだ。

今は、このようなタイプの時計は売っていないか、あるいは、あっても希なようである。

実際に使ってみての感じとしては、これで充分というものであったのを憶えている。実生活で時刻を知る必要があるとき、秒針までは必要ない。分までだいたいわかれば充分である。

その時計も故障して、次に買い換えてからは、秒針のある普通のタイプのものをつかっている。秒針がついていると、秒単位で時間がわかるので、何か、時間に縛られているような感触がどことなくある。また、秒針がついていると、秒単位で、時刻を合わせたくなる。遅れていたり、進んでいたりすると、気になる。

いったい人間の通常の生活が、秒単位で刻まれる必要があるのだろうか。特殊な職業、例えば鉄道関係の仕事ならば秒単位の時間の管理が必要になるだろう。近年の私の経験でいえば、学会、研究会などの司会をするとき、時間を厳格に計る必要があるので、この時は秒針があった方がいい。だが、普通の人間の普通の生活にとっては、無くてもさしさわりは無いものである。いや、むしろ、無い方が、いっそのこと自由な感じがするぐらいである。

それから、その時計店の主人に教えてもらったこととして、時計の時刻の合わせ方がある。クオーツの場合は、時計の針を、時間を少し進めてからもどして時刻をあわせる。理由は知らないが、そのようにして合わせるものらしい。その後、WEBなどで見てみると、時計の時刻の合わせ方としては、これであっているようである。

ともあれ、電波時計になれば、秒単位で精確に時刻を自動的にあわせてくれる。便利になったものである。

そういえば、昔の時計の電池の寿命はだいたい一年ぐらいだった。今は、もっともつ。その昔、クオーツ時計を使い始めたとき、学生のときであるが、年に一度、自分の誕生日を目安に時計の電池を交換していたものである。だから、その当時は、時計の電池切れということを経験していない。それも、近年の時計の電池の寿命が長くなったので、年に一度の交換ということがなくなった。何年かおきに電池の交換で時計屋さんにいくことになった。

これもソーラー時計になれば、電池の交換も必要がない。これも、便利になったものである。

時計を買った2017-11-06

2017-11-06 當山日出夫(とうやまひでお)

時計をひとつ買った。ソーラーの電波時計である。アナログ表示。小さいので、机の上においておくのに買った。

学生の時に買った時計……鉄道時計……もまだ持っている。かなり精確であるが、月に数秒は誤差がでるので、年に何回かは、時刻を合わせないといけない。

今の生活で、時計として、見ることが多いのが、実は、実物の時計ではない。パソコンの時計である。今、メインにつかっているのは、Windows7のマシン。この機種までは、デスクトップにアクセサリの時計(アナログ表示)を表示しておける。それとカレンダーも。これが、便利なので、実際に、時計やカレンダーを見るときは、これを見ることが多い。

これが、他につかっているWindows10マシンになると、無くなってしまっている。Windows8以降、この機能が無くなった。

以前にも書いたことがあると思うが、私は、自分の部屋に、時計(壁掛けの大きいの)と、カレンダー(壁に掛ける文字のおおきいの)は、おかないことにしている。自分の部屋にいるときぐらい、カレンダーからも、時計からも、自由になりたいと思っているからである。

しかし、まったく不要かというとそうではない。時刻を知る必要、日付を確認する必要はある。そのために、鉄道時計と、小型の卓上カレンダーを買って机の上においておくことにしている。

時計に贅沢をしようとは思わない。また、時間にしばられた生活をおくりたいとも思わない。だが、時間に正確であろうという生活の心がけは、いまだにかわっていない。時計が増えたからといって、使える時間が増えるわけではない。時刻がわかればいい。そして、見やすければいいのである。上等の時計ではないが、これからの生活の伴侶になるであろう。

思い起こせば……中学生になって買ってもらった腕時計は、一日に一分ほどの誤差があったかと憶えている。また、毎日、ゼンマイを巻く必要があった。大学生になるまでつかっていた。朝、家でテレビかラジオの時報で時計をあわせて、夜になると誤差があるので見て頭の中で時刻を適当に修正する必要があった。大学生になって、その時計も故障したので、クオーツの時計にした。それも、その後10年以上はつかっただろうか。

新しく買った時計は、ソーラーの電波時計なので、基本的に、時刻合わせとか、電池の交換の必要がない。机の上におきっぱなしにしておく。もうこの年になると、自分の寿命よりも、時計の寿命の方が長いか、という気がしてくる。もうこれから、新しく時計を買うことはないだろう。

雪見障子2017-09-09

2017-09-09 當山日出夫(とうやまひでお)

宮部みゆきの時代小説を読んでいて……こんど出た『この世の春』、それから三島屋シリーズなど……気になっていることばがある。雪見障子である。

私の理解するところでは、雪見障子というのは、障子の下半分が、ガラスになっていているものである。あるいは、それに、上げ下げして、全面を障子にしたり、あるいは、ガラスで透けて見えるようにしたり、調整できる可動式の小さな障子がついている。

部屋の中にいながら、ガラスを通して、雪見ができる、という意味だと理解していた。

ただ、ジャパンナレッジを検索してみても、「雪見障子」についての解説は見いだせない。Googleで検索してみると、上述のような、現代の建具としての雪見障子が出てくる。

つまり、宮部みゆきの描いている江戸時代には、まだ雪見障子はないのではないか、と思うのだが、どうだろうか。家の中の建具に、ガラスが一般的に使われるようになるのは、どう考えてみても明治より新しいだろう。

でなければ、江戸時代にも、その時代の雪見障子があったのかもしれないが、わからない。気になっていることばである。雪見障子ということばは、風雅なことばであるから、江戸時代にあってもよさそうな気もしている。しかし、その場合でも、現代のようなガラスのはまったものではないであろう。

本の整理をしている2017-05-22

2017-05-22 當山日出夫(とうやまひでお)

近況などいささか。

ここ数日、本の整理をしている。整理といっても、自分の部屋の机の周りとか、廊下とかにあるような本を、別のところ(家の外にある物置)に移動させて、どうにか背表紙の見えるような状態にするだけであるが。

これまで何度となくひっこしのたびに、悩まされてきたのが本である。

私はこれまで基本的に本は売ったことがない。雑誌、それから、マニュアルの類は、処分してゴミにしてしまったことはある。しかし、高校生ぐらいのときに読んだ本、小説など、いまだに持っている。(なお、本と本棚以外の家具類は、最小限しかない。)

だが、年をとってしまったので、昔の小さい活字の本を読むのがつらい。そして、今でも読みたいような本は、多くの場合、新しい活字で新しい本が出ていたりする。翻訳もあたらしくなっていたりする。

最近読んだ本では、『楡家の人びと』(北杜夫、新潮文庫)がそうである。昔の単行本もしまいこんであるのだが、読むのは、新しい文庫本の方が楽である。それから『風と共に去りぬ』などは、近年、新しい翻訳が出た。岩波文庫版と、新潮文庫版と、ふたつの種類が刊行になった。これは、両方とも買って読んだ。二つの訳を読み比べると、いろいろ思うところもあるのだが、これも、機会を見て書いてみたい。若い時、昔の新潮文庫版で読んだ作品である。

このブログを、しばらく休止していて、昨年のいまごろ、再開した。ちょうど、訓点語学会のころであったのを憶えている。仕事を整理して……本を読む、そして、文章を書く生活をおくりたいと思うようになった。まだ、読んでいない本がたくさんある。読みそびれている、名著、古典が、数多くある。それらのうちいくらかでも自分の時間として本を読むことで、時間をすごしたいものである。

そう思っていると、いつの間にか、身の周りが本だらけになってしまっていた。ブログに書いた本、書くつもりで読んで付箋をつけてある本、これから読もうとおもっている本、などなど……いつの間にか、机の周囲にたまってしまった。

身動きがとれない、机の前に座るのも一仕事というような状況になってきたので、整理することにした。

それから、このごろ始めたのが、身の周りの季節の移り変わりを写真に撮ること。たとえば、タンポポでも、その目で観察してみるならば、我が家の周囲には、在来種と外来種の二種類のタンポポが咲いていることがわかる。

そのうちこのブログにも写真を掲載することになるかもしれない。これは、Facebookでは、やっていることなのだが、ここ(やまもも書斎記)にも残してみようかと思っている。

本を読む時間2017-03-18

2017-03-18 當山日出夫

学生のころの思いでである。ふと思い出したこと、今でも憶えていることを書いてみたい。

ある先生……イギリスの経済史、社会思想史が専門だったと憶えている……のことである。

教養の学生のとき(日吉で一年のとき)、イギリスの政治社会思想の講義に出た。そこで、ホッブズとか、ロックのことを学んだのであった。が、それよりも、先生が講義の雑談のなかで、こんなことを言っていた。

大学の教養課程の授業の意義についてである。どんな話しであったか、おぼろにしか記憶していないが、今でいうリベラル・アーツとしての基礎教養の重要性ということを、話していたように憶えている。そのとき、イギリスのことを勉強するのには、英語が必要になる。だが、英語を勉強したければ、その専門学校に行けばいいのである。大学の講義は、そのためにあるのではない。このことは、はっきりと憶えている。

今はどうだろうか。大学の英語の授業は、実学の方向を向いている。TOEIC何点というのが、具体的な目標にかかげられたりしている。

大学によっては、英語を担当する教員のHPでの紹介に、TOEICで何点をもっているとか、書いてあったりする。こんなのを見ると、私は、心底うんざりとするのだが。

それから、その先生が、学内のある雑誌だっただろうかに書いていたことがある。次のような内容である。

留学していたとき(たしかイギリスだったと思うが)、そこで、ある本を読んでいた。その学問分野の基礎資料というべき本である。そのとき、現地、留学先の研究者の言うのには、そんな本は日本にでもあるだろう。どうして、ここで読んでいるのか。それに対して、その先生は、こうこたえた。もちろん、日本にもその本はある。しかし、ここ(留学先)にあって、日本にはないものがある。それは、本を読む時間である、と。

このエピソード、何故か、印象深く憶えている。私の学生のころであるから、今よりはるかに大学というところはのんびりしていたものである。

だいたい、新学期になって、最初から授業する先生など、ほとんどいなかった。休講が当たり前だった。それが、今では、毎回90分、15回、それに、試験をしないといけなくなっている。

そのような時代にあっても、研究者として、本を読む時間を大切にするということは、あったのである。その時代なりに、大学の仕事や講義などもあったのだろう。今よりはのんびりしていたかもしれないが、それでも、雑用におわれて本を読む時間がない、という気分があったのかもしれない。

本を読むのに、なにがしかのお金は必要になるだろう。それから、ある程度の、安定した社会的地位というものも、必要かもしれない。だが、それらがあるとして、一番肝心なのは、本を読む時間である、という感覚は、私は、学問の基本として大事にしたいと思う。いや、この年齢になって、そのような必要性を、痛感するようになってきた、ということである。

実際にどの程度、本を読む時間を確保できるかは、人のおかれた境遇によってちがう。しかし、それが、何よりも貴重なものであるという感覚だけは、持っておきたいものである。

このようなことを思い出す、考えるというようになったのは、それなりに、私も年をとってきたことなのかとも、思ったりしている。

スマホを持たない主義2017-01-14

2017-01-14 當山日出夫

昨日は、私の部屋の電話機などのはなし。自分の部屋にいても、電話に携帯電話に、メッセージに、FAX、それから、パソコンの電子メール、など。

だが、そのような環境のなかにあっても、まだ、私は、スマホは持たないことにしている。携帯電話は持っているが、その番号を教えてあるのは、基本的に家族のみ。

家の自分の部屋にいれば、目の前にパソコンがある。24インチのディスプレイがある。キーボードもある(これは、東プレ製にこだわっている。)そして、家を出たときぐらいは、パソコンからも、インターネットからも解放されたいと思う。

家をはなれて外に出たときぐらいは、インターネットからも、電話からも、自由になりたいのである。最近のことばで言うならば、WEBにつながらないでいる権利、といってもいいだろう。現代の社会においては、これは、ある意味で贅沢なことかもしれないが、私の場合、これができる状況にいる。強いて、この「権利」を手放そうとは思っていない。

また、スマホでも音楽は聴ける。しかし、音楽を聴くのであれば、Walkmanの方がいい音が出るにきまっている(と、思っている)。

まあ、ようするにモノグサなのであろう。あるいは、もう年をとってきて、老眼になってきているので、小さい文字が見にくい、ということもある。使わないで済ませることができるものなら、このまま持ちたくはない。

ただ、将来のこと……自動車の自動運転ということが、もし始まるとするならば、道を走っている自動車に、歩行者(自分)のことを認識させるためのなにがしかの機器は、持っていないと危ない、という時代がくるかもしれない。それは、そのときで、考えることにするつもりでいる。