東洋学へのコンピュータ利用(第32回)に行ってきた2020-03-09

2020-03-09 當山日出夫(とうやまひでお)

東洋学へのコンピュータ利用

3月6日、第32回の東洋学へのコンピュータ利用があったので、行ってきた。

http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/seminars/oricom/2020.html

さて、この研究会、昨今の世情をかんがみて、はたして無事に開催されるかどうか心配だったのだが、中止にするということもなかったので、行ってきた。

発表は、午後からだったので昼前に家を出た。いつものように、近鉄から京阪に乗り換えて出町柳まで。電車は気のせいか乗客は少なかったような気がする。

昼過ぎに会場について、マスクをもらう。参加者は、発表者をふくめて、マスク着用ということだった。また、例年にくらべて、参加者の人数も少なかったように思う。発表は五件であったが、そのうち二件は、インターネットを使っての遠隔発表。北海道と広島からだった。これも異例のことだと思うが、しかし、このごろの世の中の情勢を考えると、このような方式もやむをえないかと思う。

発表についていろいろと思うことはあるが……私の興味関心の範囲でいえば、漢文をコンピュータ処理する、さらには、訓読、読み下し文まで作ってしまうようにする……これはこれとして非常に興味深いのだが、問題はその先に見えてくるものだろうと思う。それは、人間が、漢文を読む……日本語を母語としている人びとが、漢文という外国語を、日本語で読むということは、いったいどういう意味があるのか、ということの根源的な問いかけがあるはずである。

これまでの日本語研究、訓点語研究、漢文研究では、漢文の訓読ということについては、それが当たり前の読み方であるとして、扱われてきた。その上に、主に近代の訓点語研究の成果がある。これが、コンピュータで漢文を扱うとうことを経て、さらに次のステップの認識へといたるにちがいない。

たぶん、これは、私よりももっと若い、これからの次の世代の研究者たちの仕事ということになるのだろうと思う。コンピュータを使いこなした、漢文研究、あるいは、広く言語研究というのが、次の研究の分野として、確実に視野に入ってきたと感じる。

ただ、私としては、これからは、自分の好きな本を読んですごしたいとは思っている。最先端の研究動向は意識はするものの、自分の生活としては、「古典」を自分の目で読むことを優先させたいと強く感じる。

終わって懇親会。これも、例年よりは、かなり人数が少なかっただろうか。五人だけだった。店もすいているようだった。電車で家に帰った。帰りの電車も、こころなしかすいているように思えた。

家に帰ったら、一〇時半ぐらいだったろうか。普段、かなり早寝早起きの生活になってしまっているので、このような時間まで起きていることは珍しい。だが、翌日の朝は、いつもどおりにおきて、子ども(長女)を仕事に駅まで送っていった。午前中はゆっくりとして、午後からは本を読んですごすこととした。

来年の会は、2021年3月5日のこととのことである。

2020年3月8日記

国語語彙史研究会(123回)に行ってきた2019-12-19

2019-12-19 當山日出夫(とうやまひでお)

この前の土曜日(2019年12月14日)。国語語彙史研究会(第一二三回)が、京都大学であったので行ってきた。

ちょっと早めに家を出た。駅まで送ってもらう時間の都合である。近鉄から京阪をのりついで、出町柳まで。手頃な店で昼食をすませて、キャンパスまで。

ちょっと時間があった。喫茶店などに行ってもいいかとおもったのだが、そう寒い日でもなかったので、時計台のところの楠のところのベンチに腰掛けて、時間をすごす。iPodで音楽を聴いていた。小春日和というほどではないが、寒風が吹くという感じでもなかった。

教室は、いつも使うような会場にくらべれば、ちょっと小さかっただろうか。(後で聞くと、この日は、学校の入試行事の関係で、吉田南の教室が使えなくなったので、急遽さがして、その教室になったとのこと。)

発表は三件。歌集(八代集)の語彙の計量分析。「あたり」の研究。人間の談話行動につての研究。多彩な発表であり、いろいろと勉強になるところがあった。

終わって懇親会。これは、だいたい京大で学会があるときの定番である、門の横のレストラン。

久しぶりに会う人もいたりして、楽しい会であった。ただ、このところ、ちょっと事情があって、あまり外に出ることをしない。散歩にも出ない。そのせいか、懇親会の間、立っているだけで足がつかれてきた。以前は、こんなことはなかったのだが、我ながら年を取ったものだと感じた。

そのせいもあって、懇親会が終了したら、すぐに帰った。家に帰ったら、一〇時ごろになっていただろうか。とりあえず、風呂にはいって寝てしまった。

次回は、来年の四月に大阪大学で開催である。これも、よほど事情が無い限り出席しようと思っている。もういまさら、論文を書いたりしようとは思わないのだが、研究発表を聞いて、学界の最新動向に触れるということは続けていこうと思っている。

2019年12月16日記

『古典は本当に必要なのか、否定論者と議論して本気で考えてみた。』2019-10-11

2019-10-11 當山日出夫(とうやまひでお)

古典は本当に必要なのか

勝又基.『古典は本当に必要なのか、否定論者と議論して本気で考えてみた。』.文学通信.2019
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-16-6.html

https://bungaku-report.com/blog/2019/09/post-601.html

この本は出てすぐに読んだのだが……読んで思ったことなど書こうと思いながら、時間がたっている。それは、この本に書かれていることについては、すでに私が書いたこと以上のことは、もう言う必要がないと思われたからである。

やまもも書斎記 2019年1月18日
「古典は本当に必要なのか」私見
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/01/18/9026278

やまもも書斎記 2019年1月26日
「古典は本当に必要なのか」私見(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/01/26/9029000

やまもも書斎記 2019年2月16日
「古典は本当に必要なのか」私見(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/02/16/9036658

これらの文章で私が考えてみたことに、はっきり言って、この本は答えてくれていない。いやむしろ、これは避けるべきであろうとした問題点に陥っているとさえ言える。それは、上記の「私見(その三)」の末尾に書いたことである。繰り返しになるが、再度書いてみる。

次のことを書いた。

=====

最後に付け加えて書いておきたいことがある。「古典は本当に必要なのか」をめぐっては、様々にWEB上で議論がある。それらを見て思うことがある。次のことは語ってはいけないことだと、自分自身への自省として思っていることである。

それは、
・高校の時のルサンチマンを語らない
・自分の今の専門への愛を語らない
この二つのことがらである。

このことをふまえたうえで、何故、古典は必要なのか、あるいは、必要でないのか。また、他の教科・教材についてはどうなのか、議論されるべきだと思うのである。

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これをふまえて、さてどうだろうか。この本は、陥穽におちいってはいないだろうか。

いくら今の自分の専門……江戸時代の文芸であろうと……への愛を語ったところで、それが、古典不要論に対する反論としては、意味を持つものではありえない。

そして、それからいろいろ考えて、今思うことは、「教養」というものがもっている「暗黙知」の問題である。実際に社会に出てつかう実用的な必要のある人はあまりいないかもしれないが、しかし、この程度のことは、社会人として一般的に知っておくべきこと……それを「教養」と言ってみるが……これは、時代や社会によってかわる。また、それは、「暗黙知」でもある。

おそらく「教養」には、実際に役にたつ知識や技能という側面と、「暗黙知」として、その社会の構成員である人びとに共有されるべき知識、この二つの側面がある。

たとえば英語(なかんずく英会話)やプレゼンテーション技能などは、さしずめ前者であろうし、広義に考えれば数学などは後者にはいるだろう。無論、大学以上の専門においては、数学は実用的に必須という領域がある(工学部など)。

だが、その一方で、いわゆる理系の大学の学部などで必要であるというだけではないという側面もある。文系の勉強をするにも数学への理解は必要になってくる。「教養」としての数学である。この意味で、「古典」は後者に属する。

「暗黙知」……言いかえるならば、あえてそれを表に出して議論しようとするならば、わけがわからなくなり雲散霧消してしまうしかないものである。しかし、ある時代や社会においては、人びとに共有される当然のこととして、確固として普通に思っていること、ということになる。

古典否定派の言うこと、たとえば、有限の高校生の授業時間の中で、何を優先的に教えるべきか……このことを正面から問われたときには、「古典」必要派としては、実用性という観点からは、もはや沈黙するしかないように思える。

ところで、これも繰り返しになるが、「古典」というものが近代になってから再発明、再発見されてきたものであるという側面を、きちんとふまえて議論しなければならない。「古典」が必要であるというならば、そのようなものとしての「古典」の性格をわかったうえで、これからの「古典」の教育の是非、必要・不必要が論じられるべきである。

たとえば、今の元号「令和」の出典は『万葉集』である。これは、『万葉集』が「国書」であり「古典」であるから、そこに典拠をもとめた……これは、元号を決めた側の理屈である。日本の国・政府の立場である。これに対して、いや、そうではないと言うこともできよう。元号がそこからとられたことによって、『万葉集』が「古典」として、再定義、再生産されていくのである、と。

このような批判的視点こそ、これからの時代において必要なものであると私は思う。そのためには、最低限の「古典」の素養は、「教養」として身につけておくべきものである。むろん、そこでの知識は、ちょっと専門的な勉強をすれば、すぐに消し飛んでしまうようなものかもしれない。だが、そうではあっても、それを知っていることを当然の前提、基礎として、それに対する批判的知見というものが成り立ちうる。(さらにいえば、このような批判的視点を持ちうるのが、真の「教養」というべきものであろう。)

『万葉集』が「古典」になったのは、近代になってからであり、また、元号の出典として「古典」として再定義されているものである……このような批判的視点を確保するためには、まず『万葉集』が「古典」として教育の場に出てこなければならない。このような、非常に屈折した意味においてであるが、「古典」は教育において必要であると考える。

「古典」をめぐる議論は、「教養」における二つの点……「実用」という側面と、それから、「暗黙知」という側面と、この二つのこと両方を視野にいれた議論として……そして、それを区分して……展開されるべきものであると考えるのである。

国語語彙史研究会(第122回)に行ってきた2019-09-30

2019-09-30 當山日出夫(とうやまひでお)

2019年9月28日、第122回の国語語彙史研究会が、神戸女子大学三宮キャンパスであったので行ってきた。

朝の九時すぎぐらいに家を出て駅まで送ってもらう。家人の仕事の都合でこの時間になった。我が家から三宮までは、近鉄~阪神で直通で行ける。ただ、途中で快速急行に乗り換えないといけない。かなり早めの時間についたのだが、とりあえず、会場の場所を確認。それから、ちょっと駅の方にもどって早い目の昼食。それから、喫茶店を探して、コーヒーを飲みながら、iPodで音楽を聴いてすごす。このごろ、街中に出て、喫茶店を探すのが難しくなってきた。古くからあるような喫茶店は姿を消している。そのかわりに、チェーン店が目につく。まあ、そのような店の方が、安心であるといえばそうなのだが。

時間があったので、生田神社に参拝。たしか、ここは地震で大きな被害をうけたはずのところだが、立派な建物であり、境内も整備されている。

早い目に会場の教室に行く。発表は三件。どれも、それなりに考えられていた発表だったと思う。気のついたこと、特に表記・文字については、少し質問などしてみた。中世の仮名文書にしても、明治の欧文訓読にしても、そこで使われる文字が、どのような文字であるのか、片仮名であるのか平仮名であるのか、このあたりは、まずふまえておくべきことだろうと思っている。

終わって懇親会。会場には学食とかはないので、近所の中華料理の店でに移動。かなりあつまったかと思うのだが、貸し切りにできるほどにはならなかった。テーブルふたつにわかれて、いろいろと歓談。いつものようなメンバーもいれば、今回はじめて参加という人もいて、多彩な顔ぶれであった。

二時間ほどで終了。さてどうするかであるが、前回、春の日本語学会の時に三宮から家に帰った時のことを思い出して、早めに帰ることにした。多くの人は、次の二次会に行ったようだったが。

夜になったせいか、阪神の駅を探すのにちょっとまよったが、どうにか駅にたどりついた。尼崎まで行って乗り換えて、難波それから生駒で乗り換える。三宮で懇親会が終わったのが、八時ごろだったかと思うが、家に帰りついたら、一〇時をすぎていた。

次回は、十二月に京都大学で開催とのことである。

表記研究会(第44回、関西大学)に行ってきた2019-09-27

2019-09-27 當山日出夫(とうやまひでお)

2019年9月21日、関西大学で、第44回の表記研究会があったので行ってきた。

今回は、発表は午後からであった。朝の一〇時ごろ、長男が仕事に出るついでに駅まで送ってもらう。我が家からだと、関西大学までは、近鉄~地下鉄の乗り換えで行ける。生駒まで行って、快速急行に乗り換えて、日本橋まで。そこで地下鉄に乗り換える。

早い目について、大学の近所で昼食。このあたりのお店は、来るたびに変わっているように思う。この前来たのはいつだったろうかと思うのだが、今回来てみて気付くのは、タピオカのお店が増えていたこと。はて、この前来たときには、あったろうかと思う。

いつもは、国語語彙史研究会と連続であるのだが、今回は、独立して開催。国語語彙史研究会は、次の週である。そのせいもあってか、ちょっと人のあつまりが多くなかった。

発表は、二件。

最初の発表は、主に近代の活字印刷における、句読点「、。」のあつかいについてのもの。詳しく調べてあった発表だとは思うのだが、気になったこととしては……たとえば、樋口一葉の文章などを現代において読んでみると、句読点のあつかいが現代とは違っている。現代の文章なら、句点「。」であるところを、読点「、」で書いている。このように文章を書くときの機能のちがいをどう考えるか……このあたりが気になったことである。さらにいえば、文章を印刷する、現代では、コンピュータのディスプレイで見るとき、どのように禁則処理をするのか、という問題がある。

ちなみに、私は、今、この文章を書くのに、Meryというフリーのエディタを使っている。日本語文をきれいに表示してくれるので気にいって使っている。このMeryの特徴としては、行頭に、小さい促音の「っ」などがこないようになっている。これは、WEBブラウザ……私がメインにつかっているのは、Firefoxであるが……においても、同様である。

次の発表は、月の名称の「水無月」「神無月」の表記「無」の文字を問題にしたもの。これも、よく考えられていて、調べられている発表だと思った。が、気になったこととしては……では、『万葉集』では、一月(むつき)から十二月(しはす)まで、それぞれの月の名称がどのようになっているのか、ということがある。これなど、自分が不勉強で『万葉集』をその目で読んでいないということなのではあるが。

終わって、特に懇親会が設定されていたというわけでないないが、適当にあつまって、大学の近くのお店で簡単に、軽く飲んで食べて、ということになった。この店は、なぜか、このごろ関西大学にくるたびに、はいっているような気がする。

家に帰ったら、九時ごろになっていただろうか。つかれていたこともあるし、もうすぐに寝てしまった。次回は、来年、東京の清泉女子大学で開催である。

「東洋学へのコンピュータ利用」第31回に行ってきた2019-07-29

2019-07-29 當山日出夫(とうやまひでお)

東洋学へのコンピュータ利用

第31回「東洋学へのコンピュータ利用」研究セミナーが、2019年7月26日、国立国語研究所であったので行ってきた。

http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/seminars/oricom/2019-7.html

この研究セミナーも、三〇回を超えるようになった。これまで京都大学で開催してきたものであるが、今回、はじめて東京の国立国語研究所で開催ということになった。これには、私も発表させてもらうこととして、参加してきた。

はじめての国語研究所での開催でどうなることかと思っていたが、かなり多くの人があつまったようだ。また、これまで、京都の開催では参加することのなかったような人たちもいたようだ。従来とは、すこし雰囲気のちがう会であった。

また、発表のテーマも、これまでの「東洋学へのコンピュータ利用」が、文字を中心とした研究会であったのをふまえて、多くは、フォント、文字コード、字体といった文字にかんする発表が多かった。それに加えて、国語研究所で開催ということで、国語研究所のもっている言語研究資料の利活用についての発表があった。

これは、視点をかえて見るならば、研究アーカイブズについて、ということになる。その意味で発表をきいていて、国語研究所として、着実な研究アーカイブズの構築と、将来にむけての利用にふみだしているという印象を持った。

朝の9:30からスタートして、夕方の5:00ごろまでの研究会。しかも、それが終わってから、「漢字字体規範史データセット保存会」の第二回目、二年目の総会が、しばらくあった。

漢字字体規範史データセット
http://www.hng-data.org/

いろいろ紆余曲折はあったことと思うが、ともかく、HNGが復活して使えるようになったということは、慶賀すべきことである。基本となる文献の基礎的な調査データがデジタル化して閲覧できるようになっている。これから、このデータセットが、漢字の字体研究の基礎として、多くの研究者に利用されることになることを願っている。

夕方の6時前に全部おわって、懇親会。どうやらこの日は、立川は、どの店も、のきなみ混んでいたようで、店を探すのに苦労したらしいが、どうにか、立川駅のビルのなかの中華料理屋さんがとれた。十数人いただろうか。テーブル二つになったが、いろいろ歓談。

終わって外に出たら、雨が降っていた。ホテルまで少しの距離であったが、傘をさしてあるくことになった。

次回は、2020年3月6日(金)に、京都大学で開催である。

日本語学会(2019春、甲南大学)に行ってきた2019-05-23

2019-05-23 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 20019年5月23日
日本近代語研究会(2019春、関西大学)に行ってきた
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/05/20/9074746

2019年5月18日、19日と、日本語学会が甲南大学であったので行ってきた。

甲南大学は阪急で岡本で降りることになる。我が家からだと、近鉄で難波まで出て地下鉄で梅田まで、そこで阪急に乗り換える、ということになる。朝の10時ごろに家を出た。

ちょっと早めについた。阪急岡本のあたりは、閑静な住宅街である。大学の建物を探すのに、ちょっと迷ったりもしたが、ともかく行き着いた。

聞きたい発表が、C会場であったので、この日はずっと同じ会場の教室にいた。前半の発表は、主に方言、アクセントについてのもの。この分野については、とんと門外漢である。だが、自分の知らない分野のことについては、本や論文を読んだりするよりも、口頭発表を聞いている方が、なんとなく分かったような気になる。それに、最近の音韻、音声、アクセントなどの研究発表では、実際の音声データを会場で聞かせてくれるので、分かりやすい。

午後の後半の発表。「須磨」の景観文字についての発表。ここでは、私の書いた論文が先行研究としてつかっていてくれるので、聞いておきたかった。景観文字……バス停や駅名など、地名の看板、ポスター、石碑などに見られる、狭義の文献資料でないもの……をつかっての、漢字の字体研究ということでは、私は、以前に、京都の「祇園」について調べたことがある。それから、「葛」についても、これは情報処理学会の研究会で発表したものがある(京都の「葛野」の地名について)。

「祇」という字、それから、「葛」という字は、JIS規格の「0213:2004」で字体が変更になった字である。コンピュータの文字としては、WindowsXPとVista以降で文字が違ってくる。

それから、午後の最後の発表。上代特殊仮名遣いの母音の数について……先行研究ではどのように言われてきたか、これは興味深かった。そもそも母音の定義が研究者によって違う。そして、上代日本語の母音の数については、諸説ある。現代にいたるまで、定説というべきものが存在しないというのが現状かもしれない。

上代特殊仮名遣いは、橋本進吉によって発見(再発見)されたというのは、知られていることだろう。だが、橋本進吉がいったいどのように上代の音韻について考えていたかは、実は、現在にいたるまでよくわかっていないというのが本当のところのようだ。また、いわゆる八母音説に対して、いろいろと反論などあるが、それらの研究についても、子細に検討すると、いったい何を根拠にして、母音の数を論じているのか、はっきりしないらしい。

日本語史、国語史、国語学史の通説として一通りは知っていることであっても、よくその原典にあたって読んでみるならば、どのように研究されてきたのか、その研究史をめぐっては、さらに論ずべきところがあるといえる。

学生に日本語史を教えているのだが、今後の授業において、このようなことをどこまでどのように語ればいいのか、考える必要があると深く考えるところがあった。

終わって懇親会。学内の学食であったが、非常におしゃれな雰囲気の会場であった。人も多かった。いつもの顔ぶれもいれば、新しく加わった若い人もいるし、久しぶりにあった人もいる。

懇親会の終わったあと、二次会として、十人ほどでつれだって三宮まで行くことにした。この前の訓点語学会の懇親会の二次会の時は、私が一番若かったようだが、今回は、逆に、私が一番の年上だった。三宮に出て、とりあえず入れる居酒屋をさがして、しばらく歓談。

家が遠いので、9時半ごろには出た。一緒に奈良に帰る大学院生と一緒に店を出て、阪神に乗った。あいにく、近鉄への直通がなかったので、途中、二~三回乗り換えて、家に帰った。家についたら、11時をかなり回っていた。

翌日は、学会としてはシンポジウムなどがあったのだが、家の留守番をしなければならなかったので、家にいることにした。もう、三日連続の学会は、疲れるようになってきた。家で本(村上春樹)など読んですごした。

次回(秋)は、東北大学で開催である。

日本近代語研究会(2019春、関西大学)に行ってきた2019-05-20

2019-05-20 當山日出夫(とうやまひでお)

2019年5月17日(金)に、日本近代語研究会が関西大学であったので行ってきた。この研究会は、近年では、日本語学会の開催にあわせて、前日の金曜日に開催ということになっている。

朝の10時ごろに家をでて、近鉄から地下鉄にのりかえて行く。駅でおりて、簡単に昼食。会場は、この前の国語語彙史研究会の時と同じところ。まようことなく行くことができた。

発表はいろいろと面白かった。

質疑のときに、いくつか発言してみた。

一つには、もう「今昔文字鏡」はつかわない方がいいということ。JIS規格を越える漢字については、Unicodeで対応する方がいい。その時、実装されているフォントのバージョンと、どの範囲のUnicodeの漢字を収録しているのか、確認しておく必要がある。

第二には、HNGを見ていなかったということについて。漢字の規範の歴史を考えるとき、HNGは必須といっていいだろう。これが、しばらく止まっていたが、つい最近になって復活している。このことについて、指摘しておいた。

漢字字体規範史データセット
http://www.hng-data.org/

第三に、今の日本語では、PCの観点から、「マン」を避ける傾向がある。例えば、「ビジネスマン」とは言わずに「ビジネスパーソン」と言う、などである。このような、今の日本語に起こっている現象を、BCCWJでは捉えることができない。BCCWJのデータは、ある意味では、もう過去の日本語のものになっている。今まさに日本語において起こっている現象を観察して捉える視点が重要である。

最後の講演、「日本語の呼称の歴史」。日本語のことを研究していながら、日本語のことを「日本語」というようになった歴史ということについては、これまであまり考えられてきていないという話し。これは、多く教えられるところがあった。

終わって、懇親会。

どういうわけだか、懇親会の乾杯の挨拶をたのまれてしまった。(ちょっと前にも、国語語彙史研究会で同じようなことがあった。)特に話すこともないのであるが……Unicode変体仮名がコンピュータに実装されて使用できるようになっていること、それから、今度の7月26日に、国語研で、「東洋学へのコンピュータ利用」が開催になること、など話しておいた。

懇親会が終わったら、二次会には行かずに帰った。それでも、家に帰ったら、10時ごろになってしまっていただろうか。翌日は日本語学会が甲南大学で開催である。

追記 2019-05-23
この続きは、
やまもも書斎記 2019年5月23日
日本語学会(2019春、甲南大学)に行ってきた
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/05/23/9075887

訓点語学会(120回)に行ってきた2019-05-16

2019年5月12日、訓点語学会の研究発表会が、京都大学の文学部であったので行ってきた。

午前中に家で一つ仕事があったのだが、それが終わってから、11時前頃に家を出ただろうか。12時すぎぐらいに、出町柳についた。京都大学までの途中で、軽く昼食。大学についたのが、1時すこしまえぐらいの時間であった。

今回の研究発表会は、なかなか充実していたと思う。訓点語そのものについての発表もあったし、古辞書についてのもの、訓点資料デジタルアーカイブの教育への利活用についてのものなど、多彩であった。

ちょっと気になったところについては、いくつか質疑応答の時間の時に発言しておいた。

終わって、いつものように懇親会。だいたいいつもどおりのメンバーで、いつものような感じであった。

ちょっと早い目に懇親会場を出て、これは、まったく去年と同じメンバーになったが、四人で百万遍近くのお店で、軽く二次会。「令和」の年号のことなど、いろいろ話しをして、終わってタクシーで京都駅まで。

私と、それから、ほぼ同年配の先生と二人で、京都駅のビルのなかで、ビールなど飲んでから、近鉄に乗った。日曜の晩の京都始発であるので、西大寺まで急行で座っていけた。家に帰ったら、11時をすぎていただろうか。

次回は、10月20日に、東京大学で開催である。その予定を、会場の教室で手帳にメモしておこうと思って、カバンの中に手帳の無いことに気づいた。家にかえって探してみたら、この前、出かけたとき(国語語彙史研究会、関西大学)に来ていた上着のポケットの中にいれっぱなしになってしまっていた。

手帳は、毎年、同じものを買っているが(高橋の104番)、もうそんなに予定を記入することもなくなっている。毎週の授業の予定(回数)と、たまに出席することにしている学会などの開催予定ぐらいである。

今週末は、さらに、近代語研究会(関西大学)、日本語学会(甲南大学)と続く。これらも出席の予定でいる。

国語語彙史研究会(第121回)に行ってきた2019-04-29

2019-04-29 當山日出夫(とうやまひでお)

2019年4月27日は、第121回の国語語彙史研究会が関西大学であったので行ってきた。

朝の一〇時ごろに家を出た。近鉄で日本橋まで。そこから地下鉄にのりかえ。さらに淡路でのりかえて、関大前まで。お昼ご飯をたべて、大学まで歩く。だいたい、はじまる三〇分前ぐらいについただろうか。

今回の研究会も発表はいろいろ。文字・表記についてのもの、文法についてのもの、語彙についてのもの、多彩な方面からの、国語史についての発表であった。

私が気になったのは、最初の発表。明治の漢字辞書についてのものだが、レジュメを見ると「Unicodeにない字」ということが言ってある。これは、私としては、ちょっと気になることであったので、質疑応答の時に、少し話しておいた。

Unicodeとは、確かに世界標準の規格といっていいだろう。だが、そのどのバージョンについて、どの範囲の文字を、フォントとしてコンピュータに実装するかは、また別の問題である。また、Unicodeとは、文字のいったい何を決めたものなのか……字体なのか、字種なのか、文字概念なのか……このあたりも、まだ議論のあるところだろうと思う。

とはいえ、明治のはじめごろの、漢字の世界の一端を明らかにしたいい発表だったと思う。

懇親会は、学内の学食で二時間ほど。終わって、これも、だいたいいつものようなメンバーで、二次会。大学の近くのお店に。このお店、以前にも行ったことがあるかと憶えている。

いつもは、夜は早く寝る、そのかわり朝は早く起きる、という生活をしているのだが、家にかえったら一二時近くになっていたので、少し疲れた感じがする。少し朝寝して、だいたいいつものように、ブログをアップロードして、外に出て花の写真を写してということになった。

連休中は、村上春樹を読んですごそうとおもっている。いよいよ『騎士団長殺し』である。

次回は、9月に神戸の三宮で開催とのことである。