地球ドラマチック「なぞの雪男“イエティ”を追え!」2025-08-28

2025年8月28日 當山日出夫

地球ドラマチック なぞの雪男“イエティ”を追え!

テレビの番組表を見ていて、たまたま「雪男」という文字が目にとまったので、録画しておいて見た。

そういえば、最近、ヒマラヤの雪男という話しを聞かなくなった。私の子どものころ、若いころまで、ニュースなどで、雪男、イエティ、ということばはかなり目にしたと憶えている。

もし存在するとしたら、ということで、科学的に考えられる仮説をいくつか提示してあった。これは、作り方として、良心的な作り方だったと感じるところである。

まず、興味深かったのは、その足跡が実は人間のものだとしても、ヒマラヤに住む人びとは、裸足でいるので、足が変形している場合がある。そういう足なら、普通とは違った足跡があってもおかしくない、という説明だった。

これはそうなのだろうと思うが、それよりも、ヒマラヤのようなとても寒いところで、人間がどうして裸足でいるのだろうか、ということに驚いた。靴とか足に履くのは、その必要があってということもあるだろうが、非常に文化にかかわる問題なのだろう。

南アメリカの最南端に住む先住民族の人びとは、とても寒い環境なのだが、暖かい衣服を身につけるという生活様式ではなかったと憶えている。実際は、どうなのだろう。衣服とか靴とか、生活環境によって必要とするようになっていく部分もあるが、文化的にそれを身につけるかどうか、ということも大きく影響すると考えるべきだろう。

日本でも、昔は、裸足で歩くということが、そう特異なことではなかった。残っている絵巻などの絵画資料でも、裸足の人たちがいる。あるいは、あしなか、という半分だけの草履が使われていた。私が子どものころ、小学校の運動会では、児童生徒によっては、速く走るために裸足になる例が、珍しくはなかった。(私は、そうしたことはないが。)松本清張の『天城越え』を読むと、山道を歩く女郎の女性は、草履をぬいで裸足で歩いている。これは、最近、NHKが生田絵梨花主演で何度目かのドラマ化している。このミステリでは、裸足で歩いた足跡が、手がかりの一つになっている。

クマかもしれないし、生き残りのネアンデルタール人かもしれないし、あるいは、心理的な錯覚や、幻想であるのかもしれない。ヒマラヤの高山地域で多くの証言があるということは、高山病が影響した幻覚と考えるのが、最も妥当であるかと思う。そして、人間は、幻覚を見るとしても、それをどういうものとして意味づけるかとなると、文化的な環境の影響を受ける。

ネッシーもいないことが証明されたみたいだし、日本でも、ツチノコがひょっとするといるかもしれないと期待したのだが、雪男ぐらいは、最後まで生き残ってほしいと思うのである。

2025年8月26日記

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