3か月でマスターする西洋美術「(9)印象派II パリの喧騒を描く」2026-06-09

2026年6月9日 當山日出夫

3か月でマスターする西洋美術「(9)印象派II パリの喧騒を描く」

ルノワール、ドガ、スーラ、それから、ロートレック、である。

この時代、19世紀末のパリというと、文学でいうと、『失われた時を求めて』のころということになるだろうか。『失われた~~』で印象に残るところとしては、パリの街の明け方の、街頭の物売りの声、それを家の中の寝室で聞いているシーンなどである。

また、ゾラの『ナナ』などだと、舞台に立つ女優ということだが、同時に、娼婦でもある。

あるいは、『ボヴァリー夫人』の時代でもあるだろうし、モーパッサンが書いた人びとの時代でもある。

細かな歴史的変遷はあるだろうし、フランスの近代文学と芸術に詳しい人であれば、(こんなに雑ではなく)もっと精細な見方をするところにちがいない。

ロートレックで思うこととしては、やはり、絵画とメディアということになる。街角のポスターであり、印刷技術としては、リトグラフが実用的になってからということになるだろう。

この時代の芸術家たち(に限らないが)、今の社会の特に性的な倫理規範からするならば、とんでもない連中が多かった……といっていいと思うのだが、そういうことは、特に言うまでもないことでいいと思っている。

2026年6月4日記

ドキュメント20min.「塀の中の対話」2026-06-09

2026年6月9日 當山日出夫

ドキュメント20min.「塀の中の対話」

刑務所にいる人を取材した番組は、ときどきある。和歌山の刑務所であったり、尾道の刑務所であったりすると、そこにいる人たちが、一定の属性がある。女性である、老人である、など。府中の刑務所であるが、登場していた人としては、覚醒剤とか詐欺とか。殺人とか窃盗とかということではない。どういう罪状で服役しているのか、ということもかなり選んで番組を作っていると思う。

この番組で異色なのは、取材する側、インタビューする側として、後藤勝という、戦場を取材してきたカメラマンを起用したことになる。戦場で見てきたこと、体験してきたこと、これがあって、今の日本で犯罪をおかして、有罪になって、刑務所にいる人と、どういう話しをするか、である。

話しがかみ合っているようでいながら、しかし、実際に見ているもの、体験してきたものは、違ってもいるかな、という印象を持つ。

戦場を取材するカメラマンになろうと思ったとしても、そう簡単になれるものではない。戦闘地域に行って写真を撮るということだけなら、なんとかなるとしても、その写真を売って生計をたてるということになるかどうかは、また別の問題である。(これも、今の時代だったら、SNSなど、WEBメディアで、いくらでも個人として発信することも可能な時代になってきてはいる。そして、さらには、この写真は、AIで作ったものではないという証明が必要な時代にもなっている。)

覚醒剤など、今の日本だから犯罪になるが、世界をみわたせば、こんなことは日常当たり前である、という地域も多いだろう。そして、そのような地域でこそ、紛争や武力衝突も起こるかと思うので、そういう地域を取材してきたカメラマンとしては、思うところがあるかもしれないとは感じたところである。

だからといって、こういう方向で、インタビューの話しの方向を持っていくということもできないことだったとは思うが。

2026年6月4日記

心おどる 歌舞伎女形 「(1)はなやか姫姿」2026-06-09

2026年6月9日 當山日出夫

心おどる 歌舞伎女形 「(1)はなやか姫姿」

中村米吉である。

こういう番組を企画するようになったのは、やはり、『国宝』のヒットがあったからだろうとは思う。(小説は読んだが、映画は見ていない。)

歌舞伎は、はっきり言って、チケットが高い。東京に住んでいて、歌舞伎座で、月々の公演を見ようとなると、普通のレベルの生活では、無理である。これも、席を選べば、いくぶん安くはなるだろうが、しかし、家族揃って観劇というようなことができる家庭は、少ないだろう。この意味では、負のスパイラルの中にあるといっていい。

しかし、伝統芸能としての歌舞伎についての関心は高まっている時代でもあり、なんとかしないと、これから不安であるという気持ちは、関係者が持っているはずである。絶滅危惧種とまではいわないにしても、かなり、その危険があるかなというのが、私の認識である。

しかし、その一方で思うことは、『国宝』の小説の中には、歌舞伎役者の隠し子など珍しくもなんともない、ニュースの価値はない……という意味のくだりがあるが、こういう価値観が、今の時代にはなくなってしまっているので、これも、またどうだろうかと思うところである。

たまたま、有吉佐和子の『役者廃業・三婆』が、新潮文庫の新刊で出ている。この「役者廃業」を読むと、昔の歌舞伎の世界とは、こういう面もあったのかと、納得するところがある。もちろん、小説として読んで、とても面白い。かたりのうまさで読ませる作品である。

作品の中に「芸格」ということばでてくる。こういうことばで、直感的に、そういうことだろうなあ、と思う人は、少なくなってきているのかとも思う。NHKでこういう番組を作ることが、もはや歌舞伎俳優の芸格を左右することはない、という判断があってのことにはちがいないが。

番組として、一番面白い部分は、やはりなんといっても楽屋での化粧と着付けのところ。バックヤードには、いっぱい面白いものがある。役者さんの使う白粉は、いったいどういう業者がどうやって作っているのだろうか。化粧の道具とかも気になる。

2026年6月4日記

新日本風土記「鳥取いちばん物語」2026-06-09

2026年6月9日 當山日出夫

新日本風土記「鳥取いちばん物語」

見ていて一番興味深かったのは、倉吉の鍛冶屋さん。

せんばこきを作って売っていたという。せんばこきについては、行商販売がおこなわれていて、若狹の早瀬の北国屋が有名である。また、この番組に出てきた倉吉も、重要な生産地であり、販売・修理などをおこなっていた……というようなことは、今の時代なら、WEBで簡単に調べることができる。だが、これも、実際に残っている実物のせんばこきを調査したり、生産地に残っている記録があったりして、分かることでもある。

現在、各地の民俗資料館などの民具の保存と収集が大きな課題になっている。集めることができても、保存しておく場所がない。やむをえず、廃棄せざるをえないことになる。

だが、こういうものは、各地に実物が残っていて、それを総合的に調べることによって、全国的にどうだったかということが分かるものである。民俗資料は、その地域だけの資料ということではない。

鍛冶屋さんが言っていたが、クワも部落ごとにちがっている。大きさとか、柄の付け方の角度とか、微妙に違う。こういうことは、今だから、その鍛冶屋さんの証言として分かることになるが、将来的には、こういう知識は残るだろうか、ということもある。農業の技術や農具の伝承ということでは、非常に貴重なことだろう。

この鍛冶屋さんは、特許をたくさんとっていたという。クワで、いったいどういう特許がとれるのか、素人にはまったく想像できないことなのだが、非常に興味深いことである。

鳥取砂丘が観光地になったのは、戦後になってからである。番組では言っていなかったが、戦前は、陸軍の演習場だったはずである。砂丘にやってくる観光客相手の露天商の商売も、興味深い。

また、砂丘の周辺の農家の苦労もあった。(このあたりのことは、「よみがえる新日本紀行」であつかっていたことでもある。らっきょうぐらいしか作れなかったが、しかし、うまくあたればもうかったようである。)

投入堂は、いったいどうやって、建てたのだろうかという気がする。建築史の専門家なら、分かることだろうと思うが。

大山寺のことが出てきていたが、歴史があり格式は高いが、現在では収入源があまりないというお寺は、全国にいろいろとある。それぞれに、生き残りをかけて工夫している。

智頭町の林業景観は貴重である。さりげなく言っていたことだが、林業という仕事は、三世代ぐらいで一つの仕事になる。100年ぐらい前に植えた樹を、ようやく今になって伐採することができ、今植えた樹は100年ぐらいたってから、切ることになる。こういう時間の流れの中にいないと、仕事はつづかない。(また、番組では言っていなかったが、山間部の樹木を守ることは、治山治水という観点からも重要である。それから、最近では、クマのことなどもある。日本の山間地の生態系と産業をどう総合的に考えるか、難しい時代になってきている。)

それにしても、国産の木材は安い。しかし、それでも、輸入する木材との価格競争に勝てない。どうにかならないものかと思うが、建築コストがかかっても、国産の木材を使うということには、なかなかならないかなと思わざるをえない。)

日吉津村のことは、冷静な目で見れば、近くに米子市があって、その地域との関係で、たまたまうまくいった事例ということなのだろうと思うが、どうだろう。他の過疎化のすすむ地方の村や町の参考になることとは、あまり思えないのだが。

2026年6月5日記