クローズアップ現代「放送100年SP テレビが伝えた“あの日”と未来」 ― 2025-03-29
2025年3月29日 當山日出夫
クローズアップ現代 放送100年SP テレビが伝えた“あの日”と未来
これは録画しておいて、あとでゆっくりと見た。
放送100年ということで作った企画であるが、実際には、テレビ放送、そのなかでも、報道番組の問題点、ということになる。これはこれで一つの視点ではあるが、そうならそうで、始めから論点を絞った方がよかっただろう。
特に目新しいことはなかった。が、なかで、これは重要かなと思ったのは、やはり、放送博物館に保存されていた、戦時中の読まれなかった原稿。どういう経緯で残ったものなのかということが気になるが、よく残しておいたものだと思う。この資料がものがたることは……自主規制、ということになる。一般的には、戦前、戦時中の言論統制ということで語られることであるが、いわゆる大本営発表という形での情報の流れがあったと同時に、報道の現場における自主規制が大きく働いていたことになる。これこそが、日本における、報道の自由、言論の自由、をめぐる最大の問題である。
できれば、このことについては、佐藤卓己(京都大学から上智大学に移った)が、せっかく映っているのだから、厳しく指摘してもいいところだったかと思うが、なんとなく、こういう資料がありました、という雰囲気で終わってしまっていた。
あさま山荘事件、2001年同時多発テロ事件、たしかにテレビが伝えたニュースである。
2001年のとき、たまたまNHKのニュースを見ていたので、二機目がビルに突入した場面を見た。ただ、番組のなかでは、ビルにあたる直前で映像を止めていたが、実際に流れた映像は、ビルに突入してそこに飛行機の形の穴があいたところまで、中継していた。ここで、直前で映像を止める意味はいったい何なのだろうか。まあ、その後に起こったことは知られているし、実際に、その時に多くの人が亡くなっているのだから、映像を止めることは理解できることではある。しかし、歴史的事件の映像記録としては、最後まで放送してもよかったようにも思える。その瞬間(まさに人が死ぬとき)までテレビでは映していたのだ、ということを確認することが、意味のないこととは思えない。
2011年の東日本大震災のときの津波の映像は、放送しなかった。そのかわりに、Ustreamでの配信のことが話題であった。
この報道についても、いろいろと言うことはあるが、私は、たまたまその日、家にいてテレビを見ていたので、津波がおそって、人間がなかにいるであろう家や車を押し流しているシーンが、ほぼリアルタイムで、全国に流されていたのを、見て記憶している。これも、今となっては、放送できないものになるかもしれない。
時々、津波の記録映像が放送されることはあるが、それは、かなり慎重に編集したものになっている。
リアルタイムでの放送の価値ということで、私の記憶に残っているのは、能登半島の地震と津波のとき、NHKで放送を担当していた、山内泉アナウンサーの言った「おおつなみけいほう」ということばである。
現在、災害報道でも、あるいは、戦争でも、スマホ一つあれば現地からのリアルタイム中継ということが可能になっている。かつてのベトナム戦争のときと、今のウクライナでの戦争と、大きく変わった。まあ、湾岸戦争のときの、ピーター・アーネットのことを思い出すのだが、これを憶えている人は、少なくなったかと思う。
さて、今では、ニュースについても、その解説についても、自分の主張とは異なる立場からはどう見えるのか、ということについては、あえてコスト(時間もお金も労力も)払わなくてはならない時代になった。SNSがそれを加速していることはいうまでもない。雑誌を読むなら、『世界』も『正論』も読まないといけないし、だからといって、その中間あたりが妥当ということでもない。
面倒くさい時代になってしまったものだ、というのが、もう老人である私としては思うことである。こういうときは、古典に帰るしかない。丸山眞男の『「文明論之概略」を読む』(岩波新書)で、議論の本意を定むること、について論じてあるが、このあたりのところに立ちかえって考えるべきだとは思うが、しかし、今の時代では、いわゆる右派も左派も、そんな知的な余裕はなさそうである。ましてや、タイパ、コスパ重視の今の時流にあっては、何を言っても無駄という気がしないでもない。
2025年3月26日記
クローズアップ現代 放送100年SP テレビが伝えた“あの日”と未来
これは録画しておいて、あとでゆっくりと見た。
放送100年ということで作った企画であるが、実際には、テレビ放送、そのなかでも、報道番組の問題点、ということになる。これはこれで一つの視点ではあるが、そうならそうで、始めから論点を絞った方がよかっただろう。
特に目新しいことはなかった。が、なかで、これは重要かなと思ったのは、やはり、放送博物館に保存されていた、戦時中の読まれなかった原稿。どういう経緯で残ったものなのかということが気になるが、よく残しておいたものだと思う。この資料がものがたることは……自主規制、ということになる。一般的には、戦前、戦時中の言論統制ということで語られることであるが、いわゆる大本営発表という形での情報の流れがあったと同時に、報道の現場における自主規制が大きく働いていたことになる。これこそが、日本における、報道の自由、言論の自由、をめぐる最大の問題である。
できれば、このことについては、佐藤卓己(京都大学から上智大学に移った)が、せっかく映っているのだから、厳しく指摘してもいいところだったかと思うが、なんとなく、こういう資料がありました、という雰囲気で終わってしまっていた。
あさま山荘事件、2001年同時多発テロ事件、たしかにテレビが伝えたニュースである。
2001年のとき、たまたまNHKのニュースを見ていたので、二機目がビルに突入した場面を見た。ただ、番組のなかでは、ビルにあたる直前で映像を止めていたが、実際に流れた映像は、ビルに突入してそこに飛行機の形の穴があいたところまで、中継していた。ここで、直前で映像を止める意味はいったい何なのだろうか。まあ、その後に起こったことは知られているし、実際に、その時に多くの人が亡くなっているのだから、映像を止めることは理解できることではある。しかし、歴史的事件の映像記録としては、最後まで放送してもよかったようにも思える。その瞬間(まさに人が死ぬとき)までテレビでは映していたのだ、ということを確認することが、意味のないこととは思えない。
2011年の東日本大震災のときの津波の映像は、放送しなかった。そのかわりに、Ustreamでの配信のことが話題であった。
この報道についても、いろいろと言うことはあるが、私は、たまたまその日、家にいてテレビを見ていたので、津波がおそって、人間がなかにいるであろう家や車を押し流しているシーンが、ほぼリアルタイムで、全国に流されていたのを、見て記憶している。これも、今となっては、放送できないものになるかもしれない。
時々、津波の記録映像が放送されることはあるが、それは、かなり慎重に編集したものになっている。
リアルタイムでの放送の価値ということで、私の記憶に残っているのは、能登半島の地震と津波のとき、NHKで放送を担当していた、山内泉アナウンサーの言った「おおつなみけいほう」ということばである。
現在、災害報道でも、あるいは、戦争でも、スマホ一つあれば現地からのリアルタイム中継ということが可能になっている。かつてのベトナム戦争のときと、今のウクライナでの戦争と、大きく変わった。まあ、湾岸戦争のときの、ピーター・アーネットのことを思い出すのだが、これを憶えている人は、少なくなったかと思う。
さて、今では、ニュースについても、その解説についても、自分の主張とは異なる立場からはどう見えるのか、ということについては、あえてコスト(時間もお金も労力も)払わなくてはならない時代になった。SNSがそれを加速していることはいうまでもない。雑誌を読むなら、『世界』も『正論』も読まないといけないし、だからといって、その中間あたりが妥当ということでもない。
面倒くさい時代になってしまったものだ、というのが、もう老人である私としては思うことである。こういうときは、古典に帰るしかない。丸山眞男の『「文明論之概略」を読む』(岩波新書)で、議論の本意を定むること、について論じてあるが、このあたりのところに立ちかえって考えるべきだとは思うが、しかし、今の時代では、いわゆる右派も左派も、そんな知的な余裕はなさそうである。ましてや、タイパ、コスパ重視の今の時流にあっては、何を言っても無駄という気がしないでもない。
2025年3月26日記
100カメ「100年食堂 創業百年以上!長く愛される秘密に迫る」 ― 2025-03-29
2025年3月29日 當山日出夫
100カメ 100年食堂 創業百年以上!長く愛される秘密に迫る
再放送である。最初は、2024年1月14日。このとき、録画するのを忘れていて、再放送があったので、そちらを録画して見ることにした。
よくこんな食堂を探してきたものだなあ、というのがまず思うことである。どこの食堂でも、「ドキュメント72時間」の舞台になってもおかしくない。どの店も、小さな規模で、家族経営であるし、昔ながらの流儀を守っている。まだ、日本にも、こんな店があるのか、やっていけるのか、ということで見ていて、少し驚きもし、また、安心もした、というところである。
氷の冷蔵庫を今も使っているというのには、正直、おどろいた。私の世代だと、こういう冷蔵庫があることを、ぎりぎり憶えている年代になるかもしれない。電気冷蔵庫が、急速に普及した。だが、基本的に、0度にたもつことができ、湿度もある、という意味では、食品の用途によっては、最深の電気冷蔵庫よりも、合理的かもしれない。
お会計の計算にソロバンを使っていたが、最近の若い人は、ソロバンを見せられても、それがすぐに数字・数値として、理解できるだろうかという気がする。しかも、映っていたのは、昔の五つ玉のソロバンだった。
呉の大衆食堂のお店が、製鉄所が閉鎖になって、お客さんが半減してしまったと言っていたが、今の日本では、こういう状況は各地にある。(それに将来的には、人口減少ということが、まちかまえている。)
津軽そば、というのは、なぜゆでたままおいておくのだろうか。屋台から始まったものらしいが、たしかに、屋台でお湯の利用を節減する意味では、こういう食べ方もあっていいかもしれない。(しかし、店主のレクチャーは、ちょっとくどいように思えてならない。)
香川の讃岐うどんの店が、経営危機であった、ということだが、香川県といえども、うどん屋さんの商売は厳しいらしい。新商品の開発で勝負するということになるのかと思う。
東京の浅草の洋食屋さん。テーブルが三つだけの店であるが、台湾や中国から観光客が目当てでやってきている。今の、インバウンドがつづけば、観光客相手にして、建物を建て替えててもやっていけるかもしれない。しかし、そうなったら、地元の常連のお客さんは、来にくくなってしまうだろうなあ、とは思う。
2025年3月28日記
100カメ 100年食堂 創業百年以上!長く愛される秘密に迫る
再放送である。最初は、2024年1月14日。このとき、録画するのを忘れていて、再放送があったので、そちらを録画して見ることにした。
よくこんな食堂を探してきたものだなあ、というのがまず思うことである。どこの食堂でも、「ドキュメント72時間」の舞台になってもおかしくない。どの店も、小さな規模で、家族経営であるし、昔ながらの流儀を守っている。まだ、日本にも、こんな店があるのか、やっていけるのか、ということで見ていて、少し驚きもし、また、安心もした、というところである。
氷の冷蔵庫を今も使っているというのには、正直、おどろいた。私の世代だと、こういう冷蔵庫があることを、ぎりぎり憶えている年代になるかもしれない。電気冷蔵庫が、急速に普及した。だが、基本的に、0度にたもつことができ、湿度もある、という意味では、食品の用途によっては、最深の電気冷蔵庫よりも、合理的かもしれない。
お会計の計算にソロバンを使っていたが、最近の若い人は、ソロバンを見せられても、それがすぐに数字・数値として、理解できるだろうかという気がする。しかも、映っていたのは、昔の五つ玉のソロバンだった。
呉の大衆食堂のお店が、製鉄所が閉鎖になって、お客さんが半減してしまったと言っていたが、今の日本では、こういう状況は各地にある。(それに将来的には、人口減少ということが、まちかまえている。)
津軽そば、というのは、なぜゆでたままおいておくのだろうか。屋台から始まったものらしいが、たしかに、屋台でお湯の利用を節減する意味では、こういう食べ方もあっていいかもしれない。(しかし、店主のレクチャーは、ちょっとくどいように思えてならない。)
香川の讃岐うどんの店が、経営危機であった、ということだが、香川県といえども、うどん屋さんの商売は厳しいらしい。新商品の開発で勝負するということになるのかと思う。
東京の浅草の洋食屋さん。テーブルが三つだけの店であるが、台湾や中国から観光客が目当てでやってきている。今の、インバウンドがつづけば、観光客相手にして、建物を建て替えててもやっていけるかもしれない。しかし、そうなったら、地元の常連のお客さんは、来にくくなってしまうだろうなあ、とは思う。
2025年3月28日記
よみがえる新日本紀行「心に潮騒が聞こえるー湘南海岸ー」 ― 2025-03-28
2025年3月28日 當山日出夫
よみがえる新日本紀行 心に潮騒が聞こえるー湘南海岸ー
オリジナルは、昭和54年(1979)。この時代に、NHKがこういう番組を作っていたことは、正直にいっておどろいた。
登場している人たちの声(音声)は原則的にない。ナレーションだけで進行している。会話(手話による)は、すべて字幕で表示してある。
昭和54年というと、私は、大学生で、国語学を勉強していたころである。この時代、まだ、手話が言語として言語研究者の間でも認められているものではなかった。言語は、音声であるというのが、暗黙の前提として言語研究がなりたっていた。手話も言語として考えるべきではないか、音声だけがが言語ではないだろうと思ってはいたのだが、このことを、きちんと理論的に考えることなく過ぎてしまっていた。(その後、言語研究の分野でも、手話も言語にふくめて研究対象となるように変わってきた。)
この番組が放送された当時に、こういう番組の意義について、どういう人たちが、どう感じていただろうか、ということは、今になってからだから思うことでもある。このころ、私は、テレビを持たない生活をしていたのだが、もし、この番組を見ていたら、いろいろと考えるところがあっただろうと思う。
それから、観光の地引き網は、あらかじめ魚を捕って入れてあったものらしい。そして、この時代において、すでに、海洋プラスチックごみの問題があったことになる。
現代の部分で、東京の服飾の専門学校であるが、留学生が多い。日本に服飾を学びに来ているということなのだが、今の日本にそれだけ魅力があることなのだろうか。このあたり、また別の番組であつかってほしいところである。
2025年3月23日記
よみがえる新日本紀行 心に潮騒が聞こえるー湘南海岸ー
オリジナルは、昭和54年(1979)。この時代に、NHKがこういう番組を作っていたことは、正直にいっておどろいた。
登場している人たちの声(音声)は原則的にない。ナレーションだけで進行している。会話(手話による)は、すべて字幕で表示してある。
昭和54年というと、私は、大学生で、国語学を勉強していたころである。この時代、まだ、手話が言語として言語研究者の間でも認められているものではなかった。言語は、音声であるというのが、暗黙の前提として言語研究がなりたっていた。手話も言語として考えるべきではないか、音声だけがが言語ではないだろうと思ってはいたのだが、このことを、きちんと理論的に考えることなく過ぎてしまっていた。(その後、言語研究の分野でも、手話も言語にふくめて研究対象となるように変わってきた。)
この番組が放送された当時に、こういう番組の意義について、どういう人たちが、どう感じていただろうか、ということは、今になってからだから思うことでもある。このころ、私は、テレビを持たない生活をしていたのだが、もし、この番組を見ていたら、いろいろと考えるところがあっただろうと思う。
それから、観光の地引き網は、あらかじめ魚を捕って入れてあったものらしい。そして、この時代において、すでに、海洋プラスチックごみの問題があったことになる。
現代の部分で、東京の服飾の専門学校であるが、留学生が多い。日本に服飾を学びに来ているということなのだが、今の日本にそれだけ魅力があることなのだろうか。このあたり、また別の番組であつかってほしいところである。
2025年3月23日記
未来予測反省会「風呂はロボットが掃除してくれる」 ― 2025-03-28
2025年3月28日 當山日出夫
未来予測反省会 「風呂はロボットが掃除してくれる」
風呂掃除が家事の大きな問題というのは、日本ならではの事情ということもあるようだ。風呂場の構造と、そこでどんな汚れがあるのか、という問題になる。
その一方で、万能家事ロボットということの可能性の問題。これがあることになる。
それから、番組では言っていなかったが、風呂用洗剤の開発ということも重要だろう。風呂掃除の手間を省くための、各種の洗剤が開発され商品化されている。
何よりも、日本で、各家庭に風呂がある、そして、それにほぼ毎日入るという習慣が一般化したのは、かなり新しいということがある。私が、東京で学生生活を始めた半世紀ほど前、目黒に下宿していたが、そこから徒歩圏に三軒の銭湯があった。たしか、始めは25円で、その後50円になったと記憶している。この時代は、まだ、東京の目黒で銭湯が経営できた時代でもあった。今は、とうてい無理だろう。
風呂が家庭に普及するにともなって、風呂掃除という家事が新たに生まれた、ともいえる。それまで、風呂掃除が必要な家庭は、明治の昔なら下女がいたといっていいだろうか。(漱石の『門』は、勤め人の夫婦の物語であるが、風呂はない。しかし、下女はつかっている。『猫』の家にも風呂はない。)
汚れにくい風呂場の構造や素材の開発もある。
風呂場の汚れというのが、いろんな汚れがあって、そのプロは、多種多様な洗剤と道具を使うことになる。それだけ、ロボットにまかせるには、ハードルが高いということになるだろう。
万能家事ロボットという課題であると同時に、日本の生活スタイルの問題でもあり、風呂掃除ということだけからでも、いろんなことを考えるきっかけになる。
2025年3月25日記
未来予測反省会 「風呂はロボットが掃除してくれる」
風呂掃除が家事の大きな問題というのは、日本ならではの事情ということもあるようだ。風呂場の構造と、そこでどんな汚れがあるのか、という問題になる。
その一方で、万能家事ロボットということの可能性の問題。これがあることになる。
それから、番組では言っていなかったが、風呂用洗剤の開発ということも重要だろう。風呂掃除の手間を省くための、各種の洗剤が開発され商品化されている。
何よりも、日本で、各家庭に風呂がある、そして、それにほぼ毎日入るという習慣が一般化したのは、かなり新しいということがある。私が、東京で学生生活を始めた半世紀ほど前、目黒に下宿していたが、そこから徒歩圏に三軒の銭湯があった。たしか、始めは25円で、その後50円になったと記憶している。この時代は、まだ、東京の目黒で銭湯が経営できた時代でもあった。今は、とうてい無理だろう。
風呂が家庭に普及するにともなって、風呂掃除という家事が新たに生まれた、ともいえる。それまで、風呂掃除が必要な家庭は、明治の昔なら下女がいたといっていいだろうか。(漱石の『門』は、勤め人の夫婦の物語であるが、風呂はない。しかし、下女はつかっている。『猫』の家にも風呂はない。)
汚れにくい風呂場の構造や素材の開発もある。
風呂場の汚れというのが、いろんな汚れがあって、そのプロは、多種多様な洗剤と道具を使うことになる。それだけ、ロボットにまかせるには、ハードルが高いということになるだろう。
万能家事ロボットという課題であると同時に、日本の生活スタイルの問題でもあり、風呂掃除ということだけからでも、いろんなことを考えるきっかけになる。
2025年3月25日記
3か月でマスターする江戸時代「(12)なぜ「薩長」は江戸幕府を倒したのか?(12)なぜ「薩長」は江戸幕府を倒したのか?」 ― 2025-03-28
2025年3月28日 當山日出夫
3か月でマスターする江戸時代 (12)なぜ「薩長」は江戸幕府を倒したのか?
時代が変わったものだなあ、ということを実感する。私の学生のころまでは、明治維新を論ずるときには、革命ということばを避けることはできなかった。それがどういう性格のものであったか、歴史的には、講座派、労農派という議論の図式にはなる。歴史というよりも、歴史学史、である。
いつごろから、革命ということばを使わずに明治維新を考えるようになったのだろうか。
なぜ、薩長だったのか、要するに、これらの藩がお金持ちだったから、ということになるというのは、そんなものかと思う。お金がなければ、なんにもできないというのは、何時の時代でもそうである。
徳川慶喜という人物の個性がかなり特殊なものであったことが、江戸幕府の運命を決めることになった。前回の、孝明天皇といい、徳川慶喜といい、幕末には、はためいわくな人物が多くいたことになる。
番組で言っていた話しの筋は理解できるのだが、江戸時代が終わって、明治の時代になるにあたって、どのような過程で、近代的な市民意識(こういう言い方が、もはや時代遅れなのかもしれないが)が、形成されていったの、ということが、大きな歴史の流れとしては、重要なことかもしれない。
近年、明治維新を断絶ととらえずに、江戸時代からの社会のシステムの延長としての近代の日本を考えようという傾向にある。これは、たしかにそのとおりだろうと思っている。強いていうならば、一般市民レベル、庶民レベルでの、リテラシの高さであったり、社会的な構造であったり、総合的に考えることになるだろう。
革命といえば、であるが、昭和20年の終戦を、革命と考えることも、もう流行らなくなった。8・15革命説、なんてことを憶えているのは、私ぐらいの年代かなとも思う。
要するに、江戸時代から、明治維新を経て、現代にいたるまでの、社会の構造の基本的なところ、また、文化の基盤というようなものは、連綿と続いてきているのである、という方向で、多くの人たちが考えるようになってきたことになる。これはこれで、一つの歴史観である。
その一方で、近代になって忘れられてしまった、前近代の人たちの生活感覚ということも重要である。『逝きし世の面影』『忘れられた日本人』などに見ることのできる日本人の生活である。それに、イザベラ・バードのことなども加えてもいいかもしれない。柳田国男が『遠野物語』で描いたような、心性がかつての日本に住む人びとにはあった。それが、急速に失われてしまったのが、戦後の高度経済成長の時代以降のことになるかもしれない。
近世から現代につづく連続性と、前近代の人びとの生活感覚、これらを総合的に俯瞰するところから、新しい日本の歴史像が描かれていくことになるのだろうと思う。それは、また、「坂の上の雲」にかわる新しい歴史観となるにちがいない。
2025年3月27日記
3か月でマスターする江戸時代 (12)なぜ「薩長」は江戸幕府を倒したのか?
時代が変わったものだなあ、ということを実感する。私の学生のころまでは、明治維新を論ずるときには、革命ということばを避けることはできなかった。それがどういう性格のものであったか、歴史的には、講座派、労農派という議論の図式にはなる。歴史というよりも、歴史学史、である。
いつごろから、革命ということばを使わずに明治維新を考えるようになったのだろうか。
なぜ、薩長だったのか、要するに、これらの藩がお金持ちだったから、ということになるというのは、そんなものかと思う。お金がなければ、なんにもできないというのは、何時の時代でもそうである。
徳川慶喜という人物の個性がかなり特殊なものであったことが、江戸幕府の運命を決めることになった。前回の、孝明天皇といい、徳川慶喜といい、幕末には、はためいわくな人物が多くいたことになる。
番組で言っていた話しの筋は理解できるのだが、江戸時代が終わって、明治の時代になるにあたって、どのような過程で、近代的な市民意識(こういう言い方が、もはや時代遅れなのかもしれないが)が、形成されていったの、ということが、大きな歴史の流れとしては、重要なことかもしれない。
近年、明治維新を断絶ととらえずに、江戸時代からの社会のシステムの延長としての近代の日本を考えようという傾向にある。これは、たしかにそのとおりだろうと思っている。強いていうならば、一般市民レベル、庶民レベルでの、リテラシの高さであったり、社会的な構造であったり、総合的に考えることになるだろう。
革命といえば、であるが、昭和20年の終戦を、革命と考えることも、もう流行らなくなった。8・15革命説、なんてことを憶えているのは、私ぐらいの年代かなとも思う。
要するに、江戸時代から、明治維新を経て、現代にいたるまでの、社会の構造の基本的なところ、また、文化の基盤というようなものは、連綿と続いてきているのである、という方向で、多くの人たちが考えるようになってきたことになる。これはこれで、一つの歴史観である。
その一方で、近代になって忘れられてしまった、前近代の人たちの生活感覚ということも重要である。『逝きし世の面影』『忘れられた日本人』などに見ることのできる日本人の生活である。それに、イザベラ・バードのことなども加えてもいいかもしれない。柳田国男が『遠野物語』で描いたような、心性がかつての日本に住む人びとにはあった。それが、急速に失われてしまったのが、戦後の高度経済成長の時代以降のことになるかもしれない。
近世から現代につづく連続性と、前近代の人びとの生活感覚、これらを総合的に俯瞰するところから、新しい日本の歴史像が描かれていくことになるのだろうと思う。それは、また、「坂の上の雲」にかわる新しい歴史観となるにちがいない。
2025年3月27日記
映像の世紀バタフライエフェクト「映像の世紀×AI ヒトラーの隠された素顔に迫る」 ― 2025-03-27
2025年3月27日 當山日出夫
映像の世紀バタフライエフェクト 映像の世紀×AI ヒトラーの隠された素顔に迫る
エヴァ・ブラウンがプライベートに撮影していたフィルムは、これまでも、「映像の世紀」シリーズで何度か見ている。それが、かなり長時間におよぶものであり、また、ヒトラーは、権力の座にあったときの、相当の時間を山荘ですごしていた。ヒトラーにとっての、プライベートな時間であり、これは、エヴァしか撮影することのできないものであった。
なぜ、ヒトラーはエヴァにひかれたのか。残った映像で見ると、そんなに飛び抜けた美人というわけではないし、官能的な魅力を感じるということもない。ごく普通の若い女性という印象である。(まあ、今では、女性に対してこのような言い方をすること自体が、ルッキズムとして批判されることにはなるが、歴史的なことについて語る場合は、こういう言い方をしてもいいだろう。)
権力の座にあったヒトラーとしては、そのごく普通の雰囲気が重要であったということになるだろう。エヴァの妹の結婚式のパーティーは、ドイツの敗北のなかでおこなわれたことになるが、強いていえば、ここでヒトラーがもとめていたのは、ありふれた日常生活であった(それは、当時の多くのヨーロッパの人びとの生活とはかけはなれたものではあったが)ことになるだろう。
番組のなかで、まず登場していたのが、主治医のモレル。ヒトラーが、薬物中毒であった、ということになる。残された注射の記録からは、そのように判断していいのだろう。ただ、それが、ヒトラーの判断力にどう影響していたかは、推測するしかないことになるだろうが。
彫刻家のアルノ・ブレーカーが側にいたことは、若い時に、芸術、建築を夢みていたヒトラーの気持ちの表れということになるのだろう。
外科医のカール・ブラントは、事故や事件にそなえて側にいたことになる。そして、この人物が、障害者などの安楽死をおこなった。その全権をヒトラーから与えられていた。
このようなことは、AI技術による顔認識によることになる。人間の目で見ていれば、私の目で見ると、ヒムラーとかゲッベルスぐらいなら、それとすぐわかるが、その他の人物は、とうていわからない。専門家が見ても、分からないことが多いだろう。
このようなAI技術の応用によって、記録フィルムに、誰がどこで映っているのか判明することが多くあることになる。これは、おそらく、歴史についての見方や、記録映像の価値、史料批判、ということに、大きな影響を与えることになるだろう。
同じようなことを、日本の記録映像、ニュース映像などについて使うことになるならば、見えてこなかった歴史の一面が分かるということがあるかもしれない。文書史料による歴史研究に、あるいは、新たな方法論として、利用されるようになるかとも思われる。
特に、読唇のAIの開発は、映像資料の利用に、新たな局面をもたらすにちがない。この技術を、悪用しようと思えば、いろんな悪いことに使えるにちがいないとは思うけれど。(この技術を逆につかえば、自然に話しをしているディープフェイク映像が作れることになる。)
この番組では言っていなかったが、山荘でのヒトラーの姿を映したエヴァのフィルムが、カラーフィルムであったことは、この時代としては、どう評価することになるのだろうか。また、この当時の、カラーフィルムの撮影や現像の技術は、どんなものだったのだろうか。技術的なことだが、解説があると、より分かりやすい。
当時のカラーフィルムの感度で撮影できたということは、屋外の非常に明るい場所であったということは、言っていいだろうと思うが。
この回はヒトラーをあつかっていた。山荘のヒトラーの映像から見えてくるのは、ごく普通の生活感覚を持った人間である。なにごともなければ、売れない画家ですごすことになったかもしれない。普通の生活感覚のなかで、障害者の安楽死政策があり、ホロコーストがあったことになる。これが、もっとも重要なことになると、私は思う。おそらく、19世紀前半のアメリカでは、普通の日常生活の感覚で、黒人奴隷について語られ、インディアン(と言っておくことにするが)についても語られていただろう。スターリンについても、同様である。さらには、同じことが、今の世界で話題になる政治家についても、言っていいかと思う。それが、時代の歴史の流れのなかで、どのように思考して、行動することになるのか、時として大きな(飛躍的な)はたらきをすることになる。歴史とはそういうものであり、人間とはそういうものである、と言ってしまうと、あまりにシニカルにすぎるだろうか。
2025年3月25日記
映像の世紀バタフライエフェクト 映像の世紀×AI ヒトラーの隠された素顔に迫る
エヴァ・ブラウンがプライベートに撮影していたフィルムは、これまでも、「映像の世紀」シリーズで何度か見ている。それが、かなり長時間におよぶものであり、また、ヒトラーは、権力の座にあったときの、相当の時間を山荘ですごしていた。ヒトラーにとっての、プライベートな時間であり、これは、エヴァしか撮影することのできないものであった。
なぜ、ヒトラーはエヴァにひかれたのか。残った映像で見ると、そんなに飛び抜けた美人というわけではないし、官能的な魅力を感じるということもない。ごく普通の若い女性という印象である。(まあ、今では、女性に対してこのような言い方をすること自体が、ルッキズムとして批判されることにはなるが、歴史的なことについて語る場合は、こういう言い方をしてもいいだろう。)
権力の座にあったヒトラーとしては、そのごく普通の雰囲気が重要であったということになるだろう。エヴァの妹の結婚式のパーティーは、ドイツの敗北のなかでおこなわれたことになるが、強いていえば、ここでヒトラーがもとめていたのは、ありふれた日常生活であった(それは、当時の多くのヨーロッパの人びとの生活とはかけはなれたものではあったが)ことになるだろう。
番組のなかで、まず登場していたのが、主治医のモレル。ヒトラーが、薬物中毒であった、ということになる。残された注射の記録からは、そのように判断していいのだろう。ただ、それが、ヒトラーの判断力にどう影響していたかは、推測するしかないことになるだろうが。
彫刻家のアルノ・ブレーカーが側にいたことは、若い時に、芸術、建築を夢みていたヒトラーの気持ちの表れということになるのだろう。
外科医のカール・ブラントは、事故や事件にそなえて側にいたことになる。そして、この人物が、障害者などの安楽死をおこなった。その全権をヒトラーから与えられていた。
このようなことは、AI技術による顔認識によることになる。人間の目で見ていれば、私の目で見ると、ヒムラーとかゲッベルスぐらいなら、それとすぐわかるが、その他の人物は、とうていわからない。専門家が見ても、分からないことが多いだろう。
このようなAI技術の応用によって、記録フィルムに、誰がどこで映っているのか判明することが多くあることになる。これは、おそらく、歴史についての見方や、記録映像の価値、史料批判、ということに、大きな影響を与えることになるだろう。
同じようなことを、日本の記録映像、ニュース映像などについて使うことになるならば、見えてこなかった歴史の一面が分かるということがあるかもしれない。文書史料による歴史研究に、あるいは、新たな方法論として、利用されるようになるかとも思われる。
特に、読唇のAIの開発は、映像資料の利用に、新たな局面をもたらすにちがない。この技術を、悪用しようと思えば、いろんな悪いことに使えるにちがいないとは思うけれど。(この技術を逆につかえば、自然に話しをしているディープフェイク映像が作れることになる。)
この番組では言っていなかったが、山荘でのヒトラーの姿を映したエヴァのフィルムが、カラーフィルムであったことは、この時代としては、どう評価することになるのだろうか。また、この当時の、カラーフィルムの撮影や現像の技術は、どんなものだったのだろうか。技術的なことだが、解説があると、より分かりやすい。
当時のカラーフィルムの感度で撮影できたということは、屋外の非常に明るい場所であったということは、言っていいだろうと思うが。
この回はヒトラーをあつかっていた。山荘のヒトラーの映像から見えてくるのは、ごく普通の生活感覚を持った人間である。なにごともなければ、売れない画家ですごすことになったかもしれない。普通の生活感覚のなかで、障害者の安楽死政策があり、ホロコーストがあったことになる。これが、もっとも重要なことになると、私は思う。おそらく、19世紀前半のアメリカでは、普通の日常生活の感覚で、黒人奴隷について語られ、インディアン(と言っておくことにするが)についても語られていただろう。スターリンについても、同様である。さらには、同じことが、今の世界で話題になる政治家についても、言っていいかと思う。それが、時代の歴史の流れのなかで、どのように思考して、行動することになるのか、時として大きな(飛躍的な)はたらきをすることになる。歴史とはそういうものであり、人間とはそういうものである、と言ってしまうと、あまりにシニカルにすぎるだろうか。
2025年3月25日記
レギュラー番組への道「擬人化ドラマ 被告人パンダ」 ― 2025-03-27
2025年3月27日 當山日出夫
レギュラー番組への道 擬人化ドラマ 被告人パンダ
以前に「被告人名古屋」があったのを思い出す。たしか、「ドキュメント20min.」だったと思う。これは面白かった。
それにつづくものということになるのだろうか。パンダも面白かったが、ちょっとNHK的に、教育的にすぎるかな、という気がしないでもない。まあ、今の動物園の役割として、社会教育施設であり、生物の多様性を保つための活動が重視されるようになってきていることは、分かる。(ちなみに、NHKでやっている動物番組の中では、私は「ウチのどうぶつえん」が一番好きである。動物園の仕事を通じて、動物を動物園で飼育することの意義が、きちんと伝わってくる。そして、登場する動物たちが、非常にかわいい。)
パンダが始めて日本にやってきたときのことは記憶している。上野に、ランランと、カンカンがやってきた。長蛇の列で、このときは見に行こうとはまったく思わなかった。その後、東京に住んでいるとき、上野にいたのが、タンタンだった。子ども(長男)が小さかったときに、連れて行ったのを憶えている。わりと空いていて、ゆっくりと見ることができた。小さいパンダが、白と黒のサッカーボールで遊んでいた。
アドベンチャーワールドには、二年ほど前に行った。たしかに、パンダが、他の動物たちに比べて厚遇されていると言われれば、たしかにそうである。ただ、アドベンチャーワールドにいる動物たちは、他の動物園に比べれば、かなりゆったりと飼育しているという印象はうける。
パンダが、他の動物たちよりも厚遇されているということは、まあ、そのとおりだよなあ、とは感じる。だが、やはり、動物園という施設のなかで飼育しているという状況は、どうしようもない。動物園や水族館という施設のあり方から根本的に考える必要はあるかとも思うが、さしあたっては、今、動物園にいる動物たちが快適にすごせるように配慮することが、まずは必要ということになるだろう。
閉鎖となる動物園や水族館の話しがある。そこで飼育されていた動物たちが、その後、どうなることになるのか、気がかりなことでもある。
動物と人間が共存するのは、かなり難しい面がある。番組の中で出てきていた、ヒグマやツキノワグマとの共存は、これからの日本での人びとの生活を考えると、かなり難しいところがあるかと思う。(ヒグマは肉食であった。そのエサとなるエゾシカと、さらに、そのエゾシカのエサとなる森林の環境、これがバランス良く保全できるかどうか、そして、それが人間の住む地域と共存が可能かどうか、ということになるはずである。)
それからどうでもいいことだが、パンダは、日本で飼育してはいるが(上野の動物園とアドベンチャーワールド)が、これは中国政府が日本に貸し出しているものである、という非常に政治的な色合いのつよい動物であることも、忘れてはいけないことだろう。
2025年3月23日記
レギュラー番組への道 擬人化ドラマ 被告人パンダ
以前に「被告人名古屋」があったのを思い出す。たしか、「ドキュメント20min.」だったと思う。これは面白かった。
それにつづくものということになるのだろうか。パンダも面白かったが、ちょっとNHK的に、教育的にすぎるかな、という気がしないでもない。まあ、今の動物園の役割として、社会教育施設であり、生物の多様性を保つための活動が重視されるようになってきていることは、分かる。(ちなみに、NHKでやっている動物番組の中では、私は「ウチのどうぶつえん」が一番好きである。動物園の仕事を通じて、動物を動物園で飼育することの意義が、きちんと伝わってくる。そして、登場する動物たちが、非常にかわいい。)
パンダが始めて日本にやってきたときのことは記憶している。上野に、ランランと、カンカンがやってきた。長蛇の列で、このときは見に行こうとはまったく思わなかった。その後、東京に住んでいるとき、上野にいたのが、タンタンだった。子ども(長男)が小さかったときに、連れて行ったのを憶えている。わりと空いていて、ゆっくりと見ることができた。小さいパンダが、白と黒のサッカーボールで遊んでいた。
アドベンチャーワールドには、二年ほど前に行った。たしかに、パンダが、他の動物たちに比べて厚遇されていると言われれば、たしかにそうである。ただ、アドベンチャーワールドにいる動物たちは、他の動物園に比べれば、かなりゆったりと飼育しているという印象はうける。
パンダが、他の動物たちよりも厚遇されているということは、まあ、そのとおりだよなあ、とは感じる。だが、やはり、動物園という施設のなかで飼育しているという状況は、どうしようもない。動物園や水族館という施設のあり方から根本的に考える必要はあるかとも思うが、さしあたっては、今、動物園にいる動物たちが快適にすごせるように配慮することが、まずは必要ということになるだろう。
閉鎖となる動物園や水族館の話しがある。そこで飼育されていた動物たちが、その後、どうなることになるのか、気がかりなことでもある。
動物と人間が共存するのは、かなり難しい面がある。番組の中で出てきていた、ヒグマやツキノワグマとの共存は、これからの日本での人びとの生活を考えると、かなり難しいところがあるかと思う。(ヒグマは肉食であった。そのエサとなるエゾシカと、さらに、そのエゾシカのエサとなる森林の環境、これがバランス良く保全できるかどうか、そして、それが人間の住む地域と共存が可能かどうか、ということになるはずである。)
それからどうでもいいことだが、パンダは、日本で飼育してはいるが(上野の動物園とアドベンチャーワールド)が、これは中国政府が日本に貸し出しているものである、という非常に政治的な色合いのつよい動物であることも、忘れてはいけないことだろう。
2025年3月23日記
未来予測反省会「家庭料理はなんでも自動調理器が作ってくれる」 ― 2025-03-27
2025年3月27日 當山日出夫
未来予測反省会 「家庭料理はなんでも自動調理器が作ってくれる」
料理にどういう価値をもとめるか、ということで、考え方は大きく変わってくることだろうと思う。
料理は文化の重要な核であり、料理を作ることは、人間にとって基本的ないとなみである、と考えるならば、自動調理器というものは、不必要になるかもしれない。
しかし、食材の生産から調達への流れについては、大きく変化してきたことも事実である。これを、農業や漁業までふくめて、人間が何をどう食べるのかという視点から考えると、20世紀の後半以降、非常に大きく変化してきたともいえるし、また、その一方で、あまり変化していないともいえる。
視点を家庭内での料理に限定してみて、それが実現しなかったのは、社会における女性の生き方、働き方の大きな変化が、背景にあってのこと。そして、冷凍食品などの発達が、それと並行してあった。これが、大きな要因であることはたしかだろう。
実際、現代では、冷凍食品と電子レンジがあれば、なんとかなるような時代になってきていることは確かである。
高齢者や、障碍者などの人びとにとって、料理を手助けしてくれるロボットの存在というのは、意味のあることかと思う。(ただ、このようなロボット観、ロボットは人間を助けてくれる、その活動の一部を担ってくれるもの、という発想だけでは、これからの社会では、問題があるかもしれないが、これは、また別の論点になる。)
面白かったのは、タコ焼きを作るロボット。これは、見ていて、へ~、今ではこんなことも出来るようになっているんだ、と感心してしまった。
論点は多岐にわたるが、文化としての料理ということ、ロボットと人間がこれからどう共存していくのかということ、このようなことについて、考えるきっかけになるテーマであったと思う。
2025年3月20日記
未来予測反省会 「家庭料理はなんでも自動調理器が作ってくれる」
料理にどういう価値をもとめるか、ということで、考え方は大きく変わってくることだろうと思う。
料理は文化の重要な核であり、料理を作ることは、人間にとって基本的ないとなみである、と考えるならば、自動調理器というものは、不必要になるかもしれない。
しかし、食材の生産から調達への流れについては、大きく変化してきたことも事実である。これを、農業や漁業までふくめて、人間が何をどう食べるのかという視点から考えると、20世紀の後半以降、非常に大きく変化してきたともいえるし、また、その一方で、あまり変化していないともいえる。
視点を家庭内での料理に限定してみて、それが実現しなかったのは、社会における女性の生き方、働き方の大きな変化が、背景にあってのこと。そして、冷凍食品などの発達が、それと並行してあった。これが、大きな要因であることはたしかだろう。
実際、現代では、冷凍食品と電子レンジがあれば、なんとかなるような時代になってきていることは確かである。
高齢者や、障碍者などの人びとにとって、料理を手助けしてくれるロボットの存在というのは、意味のあることかと思う。(ただ、このようなロボット観、ロボットは人間を助けてくれる、その活動の一部を担ってくれるもの、という発想だけでは、これからの社会では、問題があるかもしれないが、これは、また別の論点になる。)
面白かったのは、タコ焼きを作るロボット。これは、見ていて、へ~、今ではこんなことも出来るようになっているんだ、と感心してしまった。
論点は多岐にわたるが、文化としての料理ということ、ロボットと人間がこれからどう共存していくのかということ、このようなことについて、考えるきっかけになるテーマであったと思う。
2025年3月20日記
新ジャポニズム 第3集 FOOD 日本食が“世界化”する ― 2025-03-26
2025年3月26日 當山日出夫
NHKスペシャル 新ジャポニズム 第3集 FOOD 日本食が“世界化”する
私自身の興味関心としては、普通の人間が、日常の生活のなかで、何をどのようにして食べてきたのか、ということにある。特別な御馳走には、あまり興味がない。だが、何が特別であるか、ということは重要である。こういう関心の持ち方は、学生のときに勉強したことの一つが、民俗学(折口信夫や柳田国男などの系譜なのだが)ということにあるだろうと、自分では思っている。
見ながら思ったことを書いてみる。
居酒屋は、このところ行っていない。東京に行くことがなくなったし、学会にも出ない。以前は、学会の懇親会の後、若い大学院生などさそって、街中の居酒屋であれこれと話すということもあったが、もうそういうこともない。まあ、今の時代である、無理に若い学生をさそおうものなら、逆にハラスメントと言われかねない。
居酒屋的な文化は、特に日本だけのものだろうか。NHKで、「世界の居酒屋」という番組があったりするので、そんなに日本だけのものとは思っていなかったのだが。だが、日本の居酒屋ならではの雰囲気というものはあるにちがいない。
サウジアラビアの居酒屋は、ある意味で、日本の居酒屋から無くなろうとしているものがあるのかもしれない。近年、ファミレスなどが特にそうだと思うが、店での注文はタブレットから、そして、料理はロボットが運んでくる、というふうになりつつある。店員さんが席にやってきて注文を聞いてくれて、それを席まで運んでくれる、というのは、もはや日本では、贅沢なサービスである。
おまかせ、というのは日本の店では普通にある。寿司屋とか、天ぷら屋など、値段だけきまっていて、中身はその日の仕入れで決まる、こんな感じの店はめずらしくない。まあ、値段までおまかせというような店は、こわくて行けないけれど。
だが、このようなシステムは、日本ならではのものと言われればそうなのかなと思う。私の感覚だと、レストランなどで、注文のときに、肉の焼き加減とか、ソースの種類とか、いちいち指定しなければならないことがあったりすると、この方がわずらわしくて嫌である。
だし、というのが日本の食文化にあることはたしかである。しかし、これも歴史的に考えてみるならば、昆布がひろまったのは近世以降だろう。北海道の昆布は、遠く琉球まで運ばれることになって、独自の食文化になっていった。昔から、そうであったということではない。
だしのことをいうならば、日本がほこるべきは、味の素の発明、あるいは、グルタミン酸の発見、でなければならない、と思うのは、天邪鬼な見方だろうか。池田菊苗の名前ぐらい、番組のなかで出てきてもよかったと思う。できれば、夏目漱石とロンドンで一緒だったことも。
いけじめは、たしかに近年になってから流行りだしたように思うが、しかし、古くは、海の沖で釣った魚を鮮度を保って持ち帰るための漁師の技法であったと、私は認識していたのだが、どうだろうか。
ブラジルの人の手巻き寿司には、ややおどろく。特に、これを、油であげてしまうのは、ちょっとどうかと感じるのだが、これも人間の好みといえばそれまでである。
ここで、言っていなかったこととして気になることとしては、ブラジルは、多くの日系人がいるはずだが、かつて、移民として渡った人たちは、現地にどのような食文化をもたらしたのか、あるいは、なかったのか、ということがある。
この番組のなかで、日本食といっていたのは、だいたいが近世になってからのものであるといっていいだろう。歴史的に見れば、マグロ、それも、トロを、珍重するようになったのは、つい最近のことであり、昔は捨てられていたというのが、常識的な見解だと思うが。
魚の料理については、古くからの食べ方もある一方で、近代になってから、漁法や輸送方法、保存方法(冷蔵庫の普及)、これらによって大きく変わってきた部分もあるにちがいない。歴史的な背景を無視して、伝統的な日本食といってしまうことには、抵抗を感じる。
出てこなかった日本食が、ラーメンと焼き肉である。寿司だけが、日本の食事を代表するものではないだろうと思う。さらにいえば、にぎり寿司は、お米の大量消費地であった江戸の街ならではのものであっともいうことができるだろうか。
日本食が世界でどう食べられているかは、興味深いことではあるが、もうちょっと広く視野を持った方がいいだろう。高級レストランやお金持ちの食べるものだけで、日本食の外国での展開を考えるのは、どうかなと思う。
2025年3月25日記
NHKスペシャル 新ジャポニズム 第3集 FOOD 日本食が“世界化”する
私自身の興味関心としては、普通の人間が、日常の生活のなかで、何をどのようにして食べてきたのか、ということにある。特別な御馳走には、あまり興味がない。だが、何が特別であるか、ということは重要である。こういう関心の持ち方は、学生のときに勉強したことの一つが、民俗学(折口信夫や柳田国男などの系譜なのだが)ということにあるだろうと、自分では思っている。
見ながら思ったことを書いてみる。
居酒屋は、このところ行っていない。東京に行くことがなくなったし、学会にも出ない。以前は、学会の懇親会の後、若い大学院生などさそって、街中の居酒屋であれこれと話すということもあったが、もうそういうこともない。まあ、今の時代である、無理に若い学生をさそおうものなら、逆にハラスメントと言われかねない。
居酒屋的な文化は、特に日本だけのものだろうか。NHKで、「世界の居酒屋」という番組があったりするので、そんなに日本だけのものとは思っていなかったのだが。だが、日本の居酒屋ならではの雰囲気というものはあるにちがいない。
サウジアラビアの居酒屋は、ある意味で、日本の居酒屋から無くなろうとしているものがあるのかもしれない。近年、ファミレスなどが特にそうだと思うが、店での注文はタブレットから、そして、料理はロボットが運んでくる、というふうになりつつある。店員さんが席にやってきて注文を聞いてくれて、それを席まで運んでくれる、というのは、もはや日本では、贅沢なサービスである。
おまかせ、というのは日本の店では普通にある。寿司屋とか、天ぷら屋など、値段だけきまっていて、中身はその日の仕入れで決まる、こんな感じの店はめずらしくない。まあ、値段までおまかせというような店は、こわくて行けないけれど。
だが、このようなシステムは、日本ならではのものと言われればそうなのかなと思う。私の感覚だと、レストランなどで、注文のときに、肉の焼き加減とか、ソースの種類とか、いちいち指定しなければならないことがあったりすると、この方がわずらわしくて嫌である。
だし、というのが日本の食文化にあることはたしかである。しかし、これも歴史的に考えてみるならば、昆布がひろまったのは近世以降だろう。北海道の昆布は、遠く琉球まで運ばれることになって、独自の食文化になっていった。昔から、そうであったということではない。
だしのことをいうならば、日本がほこるべきは、味の素の発明、あるいは、グルタミン酸の発見、でなければならない、と思うのは、天邪鬼な見方だろうか。池田菊苗の名前ぐらい、番組のなかで出てきてもよかったと思う。できれば、夏目漱石とロンドンで一緒だったことも。
いけじめは、たしかに近年になってから流行りだしたように思うが、しかし、古くは、海の沖で釣った魚を鮮度を保って持ち帰るための漁師の技法であったと、私は認識していたのだが、どうだろうか。
ブラジルの人の手巻き寿司には、ややおどろく。特に、これを、油であげてしまうのは、ちょっとどうかと感じるのだが、これも人間の好みといえばそれまでである。
ここで、言っていなかったこととして気になることとしては、ブラジルは、多くの日系人がいるはずだが、かつて、移民として渡った人たちは、現地にどのような食文化をもたらしたのか、あるいは、なかったのか、ということがある。
この番組のなかで、日本食といっていたのは、だいたいが近世になってからのものであるといっていいだろう。歴史的に見れば、マグロ、それも、トロを、珍重するようになったのは、つい最近のことであり、昔は捨てられていたというのが、常識的な見解だと思うが。
魚の料理については、古くからの食べ方もある一方で、近代になってから、漁法や輸送方法、保存方法(冷蔵庫の普及)、これらによって大きく変わってきた部分もあるにちがいない。歴史的な背景を無視して、伝統的な日本食といってしまうことには、抵抗を感じる。
出てこなかった日本食が、ラーメンと焼き肉である。寿司だけが、日本の食事を代表するものではないだろうと思う。さらにいえば、にぎり寿司は、お米の大量消費地であった江戸の街ならではのものであっともいうことができるだろうか。
日本食が世界でどう食べられているかは、興味深いことではあるが、もうちょっと広く視野を持った方がいいだろう。高級レストランやお金持ちの食べるものだけで、日本食の外国での展開を考えるのは、どうかなと思う。
2025年3月25日記
サイエンスZERO「未来の気候変動を探れ!“チバニアン”研究最前線!」 ― 2025-03-26
2025年3月26日 當山日出夫
サイエンスZERO 未来の気候変動を探れ!“チバニアン”研究最前線!
チバニアンが、地磁気の変動の証拠であるというぐらいの知識しか持っていないのだが、古代の気候変動をさぐることの、方法が面白い。
そもそも、地球温暖化と言われるが、もし、人間のちからがはたらかなくて、自然のままだったら、地球の温度はどうであるのか……このところの基本の認識が確立していなければ、議論がなりたたない。直近の数字を見れば、平均気温は上昇しているので、地球温暖化と言われると、ふ~ん、そういうものなのか、と思っていたが、しかし、科学的にはかなり複雑な議論があることになる。
地球の温度というのは、氷期と間氷期を繰り返していて、変動しているのが普通である。それが自然のままだったら、本来はどうであるだろうか、ということを基準にして、今の地球の状態を考える、なるほど、そういわれてみればそのとおりである。
その方法として、古代の海のなかの生きものの化石から海水温が非常に正確に分かる、これはとても面白い。シンプルな方法であるが、非常に説得力がある。実にエレガントな研究である。
また、化石から古代の黒潮の流れも推定することができる。現代では、かなり黒潮が北の方まで流れてきていることになる。
さらには、DNAの研究から生態系を総合的に考えて、地磁気の変動が、それにどう影響したかを研究できる……こういうことが実現すると、とても興味深い。面白いテーマだと思う。
2025年3月25日記
サイエンスZERO 未来の気候変動を探れ!“チバニアン”研究最前線!
チバニアンが、地磁気の変動の証拠であるというぐらいの知識しか持っていないのだが、古代の気候変動をさぐることの、方法が面白い。
そもそも、地球温暖化と言われるが、もし、人間のちからがはたらかなくて、自然のままだったら、地球の温度はどうであるのか……このところの基本の認識が確立していなければ、議論がなりたたない。直近の数字を見れば、平均気温は上昇しているので、地球温暖化と言われると、ふ~ん、そういうものなのか、と思っていたが、しかし、科学的にはかなり複雑な議論があることになる。
地球の温度というのは、氷期と間氷期を繰り返していて、変動しているのが普通である。それが自然のままだったら、本来はどうであるだろうか、ということを基準にして、今の地球の状態を考える、なるほど、そういわれてみればそのとおりである。
その方法として、古代の海のなかの生きものの化石から海水温が非常に正確に分かる、これはとても面白い。シンプルな方法であるが、非常に説得力がある。実にエレガントな研究である。
また、化石から古代の黒潮の流れも推定することができる。現代では、かなり黒潮が北の方まで流れてきていることになる。
さらには、DNAの研究から生態系を総合的に考えて、地磁気の変動が、それにどう影響したかを研究できる……こういうことが実現すると、とても興味深い。面白いテーマだと思う。
2025年3月25日記
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