『べらぼう』「招かれざる客」2025-11-03

2025年11月3日 當山日出夫

『べらぼう』 「招かれざる客」

冒頭のところで、蔦重が、俳諧は面白いと言っていたのには、見ていて思わず笑い出しそうになったというか、何を今さらという気になった、ということである。江戸時代の、一般の人びと(ある程度以上の識字層)における文芸ということを考えるならば、俳諧ということは、避けてとおることはできないものである。それが、このドラマで、今まで出てきていなかったということが、考えてみれば異常なのである。江戸時代の人たちが、黄表紙ばかり読んでいたということでは、絶対にないだろう。戯作(黄表紙と狂歌)だけで、江戸時代の文芸の世界を描こうということが、そもそも無理筋なのである。

地本問屋と書物問屋で、あつかう本の種類が具体的にどう変わるのか、これが分かるようになっていないと、蔦重がなぜ書物問屋になろうとしたのか、その意味が分からない。

浮世絵は、この時代に非常に流行したものであることは確かなのだが、これも、この時代の中での、その他の美術、芸術と、どうかかわるものだったかということが見えてこないと、見ていて面白くない。江戸時代の絵師といっても、いろいろだったにちがいないが、その中にあって、浮世絵はどういう位置づけだったのだろうか。浮世絵を語るのに、歌舞伎に題材をとった役者絵のことは、必須だろうが、このドラマの中で、歌舞伎の俳優のことや、興行のことは、ほとんど出てきていなかった。これなしに、これから、突然、写楽の登場となっても、どうなのだろうかと思う。

以上のようなことを思うのだが、ただ、歌麿と蔦重のドラマとして見ると、これはこれで面白いものになっている。絵師としての歌麿と、板元としての蔦重、この二人の吉原での関係から今にいたるまでのいろんなできごとは、うまく作ってあると思う。芸術ということは、ドラマなどで描きにくいことの一つかと思っているのだが、『べらぼう』では、どうにかうまく作っていると感じる。(無論、実際の歌麿がどんな人物であったかは、まったく想像のかなたのことであるのだが。)

松平定信の部分は、蔦重との関係がとぎれているので、なんとなく宙に浮いている印象がある。だからといって、寛政の改革ということなしに、蔦重のことを描くことはできないし、どう見ていいか、ちょっととまどうところがある。

おきた、おひさ、豊ひな……この三人のことは、蔦重と浮世絵を語るときに、かならず登場する。まあ、特別サービスということで、お茶の値段とか、煎餅の値段が特別価格になってもいいかとも思うが、公儀としては、目立つことはするな、ということだったのかとも思う。世の中の頭の固い役人とは、実質的にどうのこうのよりも、派手に目立つシンボリックなものを目の敵にするものである。

蔦重が、板木を没収されたとしても、刷った本が残っているなら、それを使って被せ彫りで新しく同じものを作ることは可能なのだが、実際にはどうだったのだろうか。こういうことについて、江戸の戯作についての書誌学的研究は、どうなっているのか。(もう、リタイアした身としては、論文を探して読んでみようという気にはならないでいる。)

浮世絵のモデルの女性の名前を消す、表示を改める、というとき、新しく板木を作るということのようだったが、普通に考えれば、埋木でおこなうかと思われる。浮世絵について、厳密な書誌学的研究としては、どういうことになっているのだろうか。(これも、浮世絵の板木についての書誌学的研究の現在は、どうなっているのかと思うところである。)

浮世絵・錦絵の制作に(今でいう)工房のようなものがあったとしても、おかしくはないかもしれない。現代では、芸術は個人のいとなみという面が強く意識されるようになっているが、江戸時代はどうだっただろうか。錦絵(版画)の制作となると、絵師のみならず、彫師、摺師、などの協業が必須であるから、ある種の工房的なものが、業界の中にあったとはいえそうである。このあたりのことについては、現代の美術史研究としては、どう考えることになるのだろうか。これらの絵師や職人をうまく手配するのが、蔦重などの仕事だったということかとも思うのだが。

2025年11月2日記

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの名称の平仮名4文字を記入してください。

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://yamamomo.asablo.jp/blog/2025/11/03/9814470/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。