ワールド・トラックロード「ニュージーランド編」 ― 2025-10-06
2025年10月6日 當山日出夫
ワールド・トラックロード ニュージーランド編
再放送である。最初は、2025年3月22日。
ニュージーランドだから、自動車は左側を走る。
オーストラリア編のときにも思ったことであるが、陸路をトラックで運ぶよりも、船で運んで、港から目的地までコンテナをトラックで運ぶ、というのが合理的なように思えるのだが、これはこれとして理由があってのことなのだろう。
ニュージーランドの道路は、大草原の中を走るという感じではないが、人家は少なく、人間よりもヒツジの方がたくさんいる放牧地の中を悠々と走っている。こういう光景は、見ていていいなあと思う。
まあ、見方によっては、もともとマオリの人びとの住んでいるところに、白人がやってきて、ヒツジや牛を飼い始めたという歴史にはなるのだろうが、そう思って見るとしても、いい風景だと感じる。
海岸沿いを走っていて、野生のオットセイがいて、その子どもが見られるというのは、とてもいい。
トラックの中に冷蔵庫も電子レンジもあるのは、現代ならではあるが、料理を道ばたで作って、それを立ったままで食べるというのは、日本の感覚からするとあまりなじまないと思える。日本だと、コンビニのおにぎりを食べるとしても、運転席に座って食べるだろう。そういえば、この番組の中ではコンビニが出てきていなかったが、ニュージーランドには少ないのか、あるいは、わざと映さなかったのか。
道路沿いのレストランで食べる、スコーンとかパイは、とても美味しそうである。
そういう光景をえらんで編集してあるのかもしれないが、道路が空いている。日本だと、東名高速のような道路を走っていることになると思うのだが、自動車があまり走っていない。(パトカーだと思うが、追い越していくシーンは、ひやりとするところだったが。)
南の島から北の島まで、フェリーで渡るのに、三時間半もかかる。だが、こういう時間がのんびりとすぎていくのもいい。フェリーの中にトラック運転手専用のスペースが作ってあるというのは、日本でも見ることができる。
一つの国の経済活動を支えるのが、トラック輸送ということは、どこの国でも同じことだろう。そういう時代に、現代の世界はなっているということを強く感じる。
また、この番組が基本的にそう作ってあるのかと思うが、トラック運転手の生活の感覚は、今の時代としては保守的である。家族がいて、その我が家のもとへ最後は帰るようになっている。こういう人たちの仕事のおかげで、世の中が動いていると思うならば、ことさらとがめだてすることはないだろう。
2025年9月29日記
ワールド・トラックロード ニュージーランド編
再放送である。最初は、2025年3月22日。
ニュージーランドだから、自動車は左側を走る。
オーストラリア編のときにも思ったことであるが、陸路をトラックで運ぶよりも、船で運んで、港から目的地までコンテナをトラックで運ぶ、というのが合理的なように思えるのだが、これはこれとして理由があってのことなのだろう。
ニュージーランドの道路は、大草原の中を走るという感じではないが、人家は少なく、人間よりもヒツジの方がたくさんいる放牧地の中を悠々と走っている。こういう光景は、見ていていいなあと思う。
まあ、見方によっては、もともとマオリの人びとの住んでいるところに、白人がやってきて、ヒツジや牛を飼い始めたという歴史にはなるのだろうが、そう思って見るとしても、いい風景だと感じる。
海岸沿いを走っていて、野生のオットセイがいて、その子どもが見られるというのは、とてもいい。
トラックの中に冷蔵庫も電子レンジもあるのは、現代ならではあるが、料理を道ばたで作って、それを立ったままで食べるというのは、日本の感覚からするとあまりなじまないと思える。日本だと、コンビニのおにぎりを食べるとしても、運転席に座って食べるだろう。そういえば、この番組の中ではコンビニが出てきていなかったが、ニュージーランドには少ないのか、あるいは、わざと映さなかったのか。
道路沿いのレストランで食べる、スコーンとかパイは、とても美味しそうである。
そういう光景をえらんで編集してあるのかもしれないが、道路が空いている。日本だと、東名高速のような道路を走っていることになると思うのだが、自動車があまり走っていない。(パトカーだと思うが、追い越していくシーンは、ひやりとするところだったが。)
南の島から北の島まで、フェリーで渡るのに、三時間半もかかる。だが、こういう時間がのんびりとすぎていくのもいい。フェリーの中にトラック運転手専用のスペースが作ってあるというのは、日本でも見ることができる。
一つの国の経済活動を支えるのが、トラック輸送ということは、どこの国でも同じことだろう。そういう時代に、現代の世界はなっているということを強く感じる。
また、この番組が基本的にそう作ってあるのかと思うが、トラック運転手の生活の感覚は、今の時代としては保守的である。家族がいて、その我が家のもとへ最後は帰るようになっている。こういう人たちの仕事のおかげで、世の中が動いていると思うならば、ことさらとがめだてすることはないだろう。
2025年9月29日記
『八重の桜』「包囲網を突破せよ」 ― 2025-10-06
2025年10月6日 當山日出夫
『八重の桜』「包囲網を突破せよ」
江戸時代の城で、近代になってから、籠城戦を戦ったとなると会津戦ぐらいだろうか。他に思いつくところとしては、西南戦争のときの熊本城がある。あるいは、五稜郭をふくめることもできるかもしれない。だが、城そのものでの攻防戦が展開されたとなると、やはり会津だろう。
ドラマとしては、『八重の桜』の中で一番のクライマックスと言っていいところである。これが、後の京都での同志社を中心とした話しになると、がらりと趣が変わってくる。
ドラマとして見ていると面白いのだが、ちょっと気になることとして、この時代、小銃に銃剣を着けて突撃する、白兵戦ということを、実際にやっていただろうか。このころの小銃では、連発式ではなかったはずだから、一発発射するごとに、弾をこめなおさないといけない。そのひまに、なぎなたで斬りかかれたら、たぶんなぎなたの方が強い(?)だろうと思うが、どうだろうか。
今でも、銃剣術という形で格闘技の一つとして残っていることは知っている。だが、戦史のなかで、銃剣というのはどれぐらい実戦で使われた戦法だったのだろうか。
現代の世界中で最も多く使われている自動小銃は、カラシニコフだろうと思うのだが、カラシニコフに銃剣を着けて突撃する、白兵戦を戦うという場面が、あまり想像できない。(そのように改造してあるものもあるかもしれないのだが。)
結果としては会津城は落城する。その戦争後に撮影した天守閣の写真が残っている。(確認するのが面倒なので見ていないが)たしか、国立公文書館のデジタルアーカイブで見られたかと憶えている。戦争が終わって、勝者(明治政府軍)から見た敗者(旧会津藩)ということが、象徴的に表現されている。
2025年10月5日記
『八重の桜』「包囲網を突破せよ」
江戸時代の城で、近代になってから、籠城戦を戦ったとなると会津戦ぐらいだろうか。他に思いつくところとしては、西南戦争のときの熊本城がある。あるいは、五稜郭をふくめることもできるかもしれない。だが、城そのものでの攻防戦が展開されたとなると、やはり会津だろう。
ドラマとしては、『八重の桜』の中で一番のクライマックスと言っていいところである。これが、後の京都での同志社を中心とした話しになると、がらりと趣が変わってくる。
ドラマとして見ていると面白いのだが、ちょっと気になることとして、この時代、小銃に銃剣を着けて突撃する、白兵戦ということを、実際にやっていただろうか。このころの小銃では、連発式ではなかったはずだから、一発発射するごとに、弾をこめなおさないといけない。そのひまに、なぎなたで斬りかかれたら、たぶんなぎなたの方が強い(?)だろうと思うが、どうだろうか。
今でも、銃剣術という形で格闘技の一つとして残っていることは知っている。だが、戦史のなかで、銃剣というのはどれぐらい実戦で使われた戦法だったのだろうか。
現代の世界中で最も多く使われている自動小銃は、カラシニコフだろうと思うのだが、カラシニコフに銃剣を着けて突撃する、白兵戦を戦うという場面が、あまり想像できない。(そのように改造してあるものもあるかもしれないのだが。)
結果としては会津城は落城する。その戦争後に撮影した天守閣の写真が残っている。(確認するのが面倒なので見ていないが)たしか、国立公文書館のデジタルアーカイブで見られたかと憶えている。戦争が終わって、勝者(明治政府軍)から見た敗者(旧会津藩)ということが、象徴的に表現されている。
2025年10月5日記
『べらぼう』「地本問屋仲間事之始」 ― 2025-10-06
2025年10月6日 當山日出夫
『べらぼう』「地本問屋仲間事之始」
ドラマとして見ていると、それなりに面白く作ってある。(何度も同じことを書いていることになるが)江戸時代の出版ということを背景にしていると見ると、とてももの足りない。
この時代の出版が、戯作と錦絵、ほぼこれだけだったはずはない。こんなことは、分かっていることとして、とりあえず、戯作の世界のことでドラマを作っています、ということで見るなら、こういう描き方もあっていいだろうとは思う。
しかし、そうであるならば、その戯作や戯作者というのが、どういう作品であり、どんな人が作者であったのか、ということが、あまり説得力があるように描けているとは思えない。
文学史の常識としては、戯作者が、それだけで生計をたてていたということはない。本業が別にあった。それは武士であったり、商人であったり、である。武士であることについては、恋川春町、大田南畝で、いくぶんふれるところがあった。山東京伝は、煙草屋であったということは、当たり前すぎることだと思っているのだが、その商売にかかわることがまったく出てこない。別に、ドラマとして、煙草屋でなくてもいいのだが、戯作が本業といえるものであったかどうか、他に生計の道を持っていたかどうか、ということは、戯作とは何かについていうためには、まず必須のことであるだろう。こういうことが描いてあって、次の時代の戯作者である、曲亭馬琴などがどうであったか、ということに繋がると思っているのだが。
もし、戯作を蔦重のいうように抵抗であるとしたいなら、それができるのは、どういう立場だからだったのか、あるいは、できなかったのか、というあたりのことが、もうすこし説明的に描いてあってもいいと思う。まあ、ここのところにふみこむと、戯作とは何かという本格的な議論になるのだが。
前回、本居宣長が名前だけの登場だった。本居宣長について見るならば、この時代、その学問をささえることになった、日本の古典のみならず、歴史書や漢籍など、非常に多くの書物が、伊勢の松阪の地にいても、入手できるものであり、また、全国に国学を学ぶ人的なネットワークがあったことが分かる。このような江戸時代の出版の世界のことが、これまでのドラマの中では、まるっきり無かったかのようになっている。
日本国内での書物のこともあるが、中国(清)や朝鮮などからも、書物は日本にもたらされていた。
であるにもかかわらず、この回になって、蔦重が、上方の本屋と手を組み、さらには、全国的な書物の販売にまで乗り出そうとする……という展開にもってくるのは、とても無理があると思うことになる。
戯作として確実に考証ができる範囲、黄表紙や吉原の細見に限定して描いてきた……考証にかかわるとして、研究者としては、はっきり責任を持って分かる範囲以外のことについては、ものを言いたくない……ということもあったのかもしれないが、蔦重を主人公としたドラマの作り方としては、かなり無理があったのではないかと思えてならない。
戯作者については、どちらかといえば、常識的な社会人という側面を出した人物造形になっているのだが、歌麿については、まったく真逆の方向で、人物を描いている。天才絵師の狂気、ということになるかもしれないが、江戸時代のクリエイタとしては、その対比がうまくいっているとは思えない。それぞれに見れば、そういう人間であったかも、とは思うのだが。他に、俳諧や、漢詩文などの、創作の世界も広がっていた時代である。全体として、江戸時代の各種の文芸の雰囲気ということが、もう少し感じられる作り方であってもいいかと思うところである。
2025年10月5日記
『べらぼう』「地本問屋仲間事之始」
ドラマとして見ていると、それなりに面白く作ってある。(何度も同じことを書いていることになるが)江戸時代の出版ということを背景にしていると見ると、とてももの足りない。
この時代の出版が、戯作と錦絵、ほぼこれだけだったはずはない。こんなことは、分かっていることとして、とりあえず、戯作の世界のことでドラマを作っています、ということで見るなら、こういう描き方もあっていいだろうとは思う。
しかし、そうであるならば、その戯作や戯作者というのが、どういう作品であり、どんな人が作者であったのか、ということが、あまり説得力があるように描けているとは思えない。
文学史の常識としては、戯作者が、それだけで生計をたてていたということはない。本業が別にあった。それは武士であったり、商人であったり、である。武士であることについては、恋川春町、大田南畝で、いくぶんふれるところがあった。山東京伝は、煙草屋であったということは、当たり前すぎることだと思っているのだが、その商売にかかわることがまったく出てこない。別に、ドラマとして、煙草屋でなくてもいいのだが、戯作が本業といえるものであったかどうか、他に生計の道を持っていたかどうか、ということは、戯作とは何かについていうためには、まず必須のことであるだろう。こういうことが描いてあって、次の時代の戯作者である、曲亭馬琴などがどうであったか、ということに繋がると思っているのだが。
もし、戯作を蔦重のいうように抵抗であるとしたいなら、それができるのは、どういう立場だからだったのか、あるいは、できなかったのか、というあたりのことが、もうすこし説明的に描いてあってもいいと思う。まあ、ここのところにふみこむと、戯作とは何かという本格的な議論になるのだが。
前回、本居宣長が名前だけの登場だった。本居宣長について見るならば、この時代、その学問をささえることになった、日本の古典のみならず、歴史書や漢籍など、非常に多くの書物が、伊勢の松阪の地にいても、入手できるものであり、また、全国に国学を学ぶ人的なネットワークがあったことが分かる。このような江戸時代の出版の世界のことが、これまでのドラマの中では、まるっきり無かったかのようになっている。
日本国内での書物のこともあるが、中国(清)や朝鮮などからも、書物は日本にもたらされていた。
であるにもかかわらず、この回になって、蔦重が、上方の本屋と手を組み、さらには、全国的な書物の販売にまで乗り出そうとする……という展開にもってくるのは、とても無理があると思うことになる。
戯作として確実に考証ができる範囲、黄表紙や吉原の細見に限定して描いてきた……考証にかかわるとして、研究者としては、はっきり責任を持って分かる範囲以外のことについては、ものを言いたくない……ということもあったのかもしれないが、蔦重を主人公としたドラマの作り方としては、かなり無理があったのではないかと思えてならない。
戯作者については、どちらかといえば、常識的な社会人という側面を出した人物造形になっているのだが、歌麿については、まったく真逆の方向で、人物を描いている。天才絵師の狂気、ということになるかもしれないが、江戸時代のクリエイタとしては、その対比がうまくいっているとは思えない。それぞれに見れば、そういう人間であったかも、とは思うのだが。他に、俳諧や、漢詩文などの、創作の世界も広がっていた時代である。全体として、江戸時代の各種の文芸の雰囲気ということが、もう少し感じられる作り方であってもいいかと思うところである。
2025年10月5日記
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