『とと姉ちゃん』「常子、ホットケーキをつくる」2025-10-05

2025年10月5日 當山日出夫

『とと姉ちゃん』「常子、ホットケーキをつくる」

このドラマは、戦後になって、「あなたの暮し」を刊行するところから、あまり面白くなくなる。戦前までの、木場での部分は、ああ昔はこういう生活があったなあ、と感じるところがあった。しかし、戦後になると、この時代の人びとの生活の感覚を感じる部分が少なくなってくる。

実際に、どんな読者が「あなたの暮し」を講読していたのか。これを描くためには、この時代の世相、風俗、時代背景をある程度は描写しておかないといけないのだが、こういう部分が、ほとんど見えない。この時代であっても、人びとの生活は、多種多様であり、はっきりいえば、お金持ちの生活と貧乏人の生活があったはずである。では、「あなたの暮し」は、どういう社会的階層をターゲットにした雑誌だったのか、ということが重要である。このことと、広告をのせないという会社の方針が、うまくあったからこそ、雑誌は続けることができたはずである。

一般の雑誌の感覚としては、どういう広告が載っているかということも、読者にとって重要な情報である。現代でも、『正論』に載る広告と、『世界』に載る広告は、ちがっている。それぞれの読者層に合わせた広告になっている。広告をめて、読者は雑誌を読んでいる。(ちなみに、『正論』を見ると、杉本五郎の『大義』が今でも売られている本だということが分かる。しかし、『世界』では、これが分からない。)

雑誌に広告を求めない、読者層とはどんな人たちだったのか、ここが描けていないのである。だが、これは、『暮しの手帖』の歴史と深くかかわることなので、描くことが難しいところだったのだろうと思う。

2025年10月4日記

『チョッちゃん』(2025年9月29日の週)2025-10-05

2025年10月5日 當山日出夫

『チョッちゃん』2025年9月29日の週

蝶子たちは、駅前で食堂をはじめる。最初は、行商のおばさんたちのお昼のご飯を炊く請負の仕事だったのだが、それが、食堂(昔風の言い方をすれば、一膳飯屋)になり、お客さんがやってくる。

最初は、困っている人(昼ご飯の準備に困る行商のおばさん)を助ける親切心ではじめたことなのだが、それが、そのまま商売につながっている。人に親切にすることと、商売が、矛楯していない。こざかしく儲けようという気持ちではない。こういうあたりの描き方が、このドラマのいいところである。

みさ母さんも手伝おうとするのだが、見ていると、はっきりいって邪魔であるとしか見えない。それでも、この疎開先での慣れない商売をはじめたばかりの中に、みさ母さんがいることで、全体の雰囲気がなごむ。このドラマにとってとても重要な存在となっている。

そこに、神谷先生と安乃が来る。東京から北海道に帰る途中で、安乃が気分が悪くなって途中下車したのが、たまたま諏訪ノ平だった。安乃は、赤ちゃんができたようである。二人は、頼介の遺骨を運ぶ途中だった。フィリピンで戦死である。

神谷先生たちの話しを聴いて、蝶子やみんながしんみりとしているところで、富子おばさんが、ご飯のしたく、と言って席を立って行った。ただ、これだけのことなのだが、実にうまい脚本であり演出だと感じる。こういうときに、ただ悲しい表情をするだけではなく、それでも日常の仕事がある、ということであり、また、富子おばさんとしても、その場に居つづけるのがつらいということもあっただろう。このようないろんな人間の感情が錯綜するところを、何気ない日常的な科白と行動で、うまく表現している。

食堂にやってきた復員兵が、戦争で家族もなにもかもなくして、どこへ行くあてもないという。この時代、こういう復員兵が、決してめずらしくはなかった時代である。その復員兵が、ユーモレスクを口ずさむ。中国で、バイオリンの演奏を聴いて憶えたという。この話しをきいて、蝶子は、要にちがいないと確信する。ユーモレスクは、そう珍しい曲ではないと思うのだが、このドラマの中では、要所要所で、きわめて効果的に使われることになる。

役所の人がやってきて、許可がなければ食堂の営業はできないとされる。蝶子たちは困ってしまうことになる。が、ともかく、行商のおばさんたちのお昼ご飯を炊く仕事は続けることになる。

そこへ、産業組合の所長がやってきた。蝶子に見合い話である。この時代としては、戦争で家族を失ったり、まだ消息が分からなかったり、さまざまな事情をかかえた人が多くいた。その時代を思ってみると、蝶子のところに見合い話を持ってきたのは、善意である。これが、今の時代に作るドラマだったら、見合い話を持ってきた組合長を、女性の人権をないがしろにする悪人のように描いてしまうことになるだろう。

しかし、このドラマでは、そうなっていない。この時代における人間の善意のあり方の一つとして、戦後のころはこういう時代だった、という描き方になっている。いや、このドラマが作られた1980年代は、まだ、こういう描き方ができた時代だったということになるかもしれない。

無論、蝶子は、見合い話は断り、東京にもどる決意をする。そのための資金稼ぎに、行商の仕事を始めることになる。

戦後の時代、人びとが、どんな生活の感覚で生きてきたか、それを、人間の善意を肯定的に描くということになっている。だからといって、世の中に悪人がいないわけではないのだが、それを描いていないからといって、もの足りないという感じがまったくしない。こういう作り方ができているというのが、このドラマの魅力なのだろうと思う。

2025年10月4日記

『ばけばけ』「ブシムスメ、ウラメシ。」2025-10-05

2025年10月5日 當山日出夫

『ばけばけ』「ブシムスメ、ウラメシ。」

最初の週を見て思うこととしては、これはかなり期待していいかな、ということである。明治の話しなのだが、登場人物をことさらに古めかしくしていない。セットとか小道具とかは、この時代らしさを表している。しかし、ものの考え方や、ことばのいいかた(少し方言まじりにはしてある)などは、非常に現代的である。こういう方針の方が、現代の視聴者には受け入れられやすいという判断なのだろう。だから、非常にコミカルな作り方をしていても、これはこれで見ていられる。(ここの加減を間違えると、この時代設定で、こんな考え方はないだろうと、批判されることになる。)

全体として、松江の街の景観だけではなく、サウンドスケープを感じさせる作り方になっている。松江の街のことについては、小泉八雲の『日本の思い出』に非常に印象的に描写されている。特に、その音である。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と、その妻のセツ(節子)のドラマである。

今の時点で、私の思うことを書いておきたい。

明治になってからの没落士族を描くというのは、大胆であるが、興味深いことである。時代の流れに取りのこされる人びとを、時代遅れと切り捨てるのではなく(かつて、そういう方針のドラマもあったが)、あるいは、その哀愁をいかにも可哀想に描くのでもなく、現代の目で見ても、こんなときは人間はこんなふうに思ったりするもんだよなあ、と共感できるように描いている。

松野の家では、ウサギ長者の夢を見ることになったが、あっけなく15分で、はじけてしまった。その一方で、親戚の雨清水の家では、織物工場を作って、(今のところは)うまくやっているようである。武士の商法といわれているが、さまざまに明暗があったことだろう。

小泉八雲については、NHKでは、この最初の週に、私の見ただけでも三つの番組を作っている。「木村多江のいまさらですが」「知恵泉」「英雄たちの選択」である。この他、ローカル局でも作っているようだ。見て思ったことは、すでに書いた。

(すでに書いたことと重複するのだが、あらためて確認のために書いておくと)小泉八雲という人物は、よくわからないところがある。いったいどうして、これほど深く、日本の文化や生活に深く傾倒していったのか、その理由は何なのだろう。おそらくは、その生いたち(ギリシャ、アイルランドに出自があり、イギリスで厳格なカトリックの教育を受け、その後、アメリカに渡り新聞記者などをした……)が深く関係しているだろうことは、推測できる。

それよりも、問題かなと思うのは、きわめて反近代、反西欧文明、という立場をとって、日本の生活や文化につよく共感しているのだが、その明治のなかばごろ(小泉八雲が日本に来たのは、明治23年)の日本では、それ以前の文化と近代とか混在している時代であったはずである。松江でのこととして、学校の生徒の様子とか、天皇のこととか、教育勅語のこととか、非常に肯定的に、これぞ日本の伝統文化である、というぐらいに感動的に描いている。しかし、近代の天皇や教育勅語、また、学校という組織それ自体、明治になってからの文明開化の所産である。文明開化は、小泉八雲が最も嫌ったものであったはずなのだが。(江戸時代以前の人びとの生活の感覚としては、天皇なんて関係なかったはずだし、近代的な学校などもなかった。学校は、ことさらフーコーなど持ち出すまでもなく、まさしく近代を象徴するものである。)

小泉八雲の見た、日本の伝統的な生活とはいったい何だったのだろうか。

小泉八雲については、現代の価値観からすると、いわゆるリベラル・左派的な立場からも、逆に、いわゆる保守・右翼的な立場からも、評価することができる。いわく、異文化への理解、多文化共生の先駆的存在である。いわく、日本の古来の伝統文化、霊性を見出した、希有なヨーロッパ人である。などなど。現代の視点からは、どのようにも評価できる。これを、コミカルに描いている明治時代の没落士族の生活とからめて、うまく活かすことができれば、このドラマは、非常によいものになるだろう。

月曜日の始まりは、八雲とセツが「耳なし芳一」を語るシーンからだった。ドラマの中では言っていなかったのだが、史実をふまえているとすると、ここは東京であったはずである。小泉八雲というと松江のことを連想するのだが、実際に松江にいたのは、2年に満たない。その後、熊本(五高)、神戸、東京(東大、早稲田)と移ることになる。五高と東大では、夏目漱石の人生と交わることになる。

この五高から東大という流れのなかで、近代の高等教育と、文学を講じること、それと、日本の怪異への関心、これらをどのように総合的に描くことになるのだろうかと、思っている。

「坂の上の雲」の時代における「忘れられた日本人」をどう描くことになるのか、その中で、八雲とセツ(トキ)の気持ちをどう描くのか、このあたりが、このドラマの見どころになるかなと思っている。

2025年10月3日記