『八重の桜』「包囲網を突破せよ」2025-10-06

2025年10月6日 當山日出夫

『八重の桜』「包囲網を突破せよ」

江戸時代の城で、近代になってから、籠城戦を戦ったとなると会津戦ぐらいだろうか。他に思いつくところとしては、西南戦争のときの熊本城がある。あるいは、五稜郭をふくめることもできるかもしれない。だが、城そのものでの攻防戦が展開されたとなると、やはり会津だろう。

ドラマとしては、『八重の桜』の中で一番のクライマックスと言っていいところである。これが、後の京都での同志社を中心とした話しになると、がらりと趣が変わってくる。

ドラマとして見ていると面白いのだが、ちょっと気になることとして、この時代、小銃に銃剣を着けて突撃する、白兵戦ということを、実際にやっていただろうか。このころの小銃では、連発式ではなかったはずだから、一発発射するごとに、弾をこめなおさないといけない。そのひまに、なぎなたで斬りかかれたら、たぶんなぎなたの方が強い(?)だろうと思うが、どうだろうか。

今でも、銃剣術という形で格闘技の一つとして残っていることは知っている。だが、戦史のなかで、銃剣というのはどれぐらい実戦で使われた戦法だったのだろうか。

現代の世界中で最も多く使われている自動小銃は、カラシニコフだろうと思うのだが、カラシニコフに銃剣を着けて突撃する、白兵戦を戦うという場面が、あまり想像できない。(そのように改造してあるものもあるかもしれないのだが。)

結果としては会津城は落城する。その戦争後に撮影した天守閣の写真が残っている。(確認するのが面倒なので見ていないが)たしか、国立公文書館のデジタルアーカイブで見られたかと憶えている。戦争が終わって、勝者(明治政府軍)から見た敗者(旧会津藩)ということが、象徴的に表現されている。

2025年10月5日記

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