『チョッちゃん』(2025年3月31日の週) ― 2025-04-06
2025年4月6日 當山日出夫
『チョッちゃん』の再放送、2025年3月31日からの週について。
蝶子は、東京の音楽学校にすすみたいと思っている。声楽を学びたい。だが、具体的にどの学校に進学したいということまで、考えているわけではない。漠然と、上野の音楽学校と言っていたが(おじさんに言われて)、これが現在の東京藝術大学だとすると、当時でもっともレベルの高いところになる(今でもそうだが)。
女学校の先生の神谷容先生が、町をたずねてくる。国木田独歩のあるいた跡をたどっている。神谷先生は、その当時としては、かなり先進的な教育観のもちぬしである。女学校を卒業した後の、女性の社会での活躍に期待している。この時代、このような新しい思想の先生は、少なからずいたのかもしれない。
一方で、蝶子のお父さんは、蝶子が女学校を卒業してから、東京に行き、音楽を勉強することに、反対している。ドラマのなかでの描き方としては、典型的に古風な良妻賢母主義とでもいうべきだろうか。しかし、一方的に蝶子を押さえつけるだけの存在ではない。そもそも、この時代の地方(北海道の小さな町)で、女性が高等女学校まで行くということ自体が、かなり進歩的である。蝶子を女学校に行かせたのは、そのお父さんの意向であった。その言い方は、たしかに古風なところはあるが、しかし同時に、娘の蝶子に対する愛情を感じられるものでもある。
おさななじみの頼介は、町を出ようとしない。その北海道で開拓した土地で、生きていこうとしている。
そんなに大きな波乱があったという週ではなかったが、北海道の雪に埋もれた小さな町で暮らす人びとの、いろんな生活感情を静かに描いていたと感じる。昔の朝ドラは、こんな感じだったのである。悪く言えば、時計代わり。たまに見逃した回があっても、気にならないで見られる。そういう脚本になっている。
2025年4月5日記
『チョッちゃん』の再放送、2025年3月31日からの週について。
蝶子は、東京の音楽学校にすすみたいと思っている。声楽を学びたい。だが、具体的にどの学校に進学したいということまで、考えているわけではない。漠然と、上野の音楽学校と言っていたが(おじさんに言われて)、これが現在の東京藝術大学だとすると、当時でもっともレベルの高いところになる(今でもそうだが)。
女学校の先生の神谷容先生が、町をたずねてくる。国木田独歩のあるいた跡をたどっている。神谷先生は、その当時としては、かなり先進的な教育観のもちぬしである。女学校を卒業した後の、女性の社会での活躍に期待している。この時代、このような新しい思想の先生は、少なからずいたのかもしれない。
一方で、蝶子のお父さんは、蝶子が女学校を卒業してから、東京に行き、音楽を勉強することに、反対している。ドラマのなかでの描き方としては、典型的に古風な良妻賢母主義とでもいうべきだろうか。しかし、一方的に蝶子を押さえつけるだけの存在ではない。そもそも、この時代の地方(北海道の小さな町)で、女性が高等女学校まで行くということ自体が、かなり進歩的である。蝶子を女学校に行かせたのは、そのお父さんの意向であった。その言い方は、たしかに古風なところはあるが、しかし同時に、娘の蝶子に対する愛情を感じられるものでもある。
おさななじみの頼介は、町を出ようとしない。その北海道で開拓した土地で、生きていこうとしている。
そんなに大きな波乱があったという週ではなかったが、北海道の雪に埋もれた小さな町で暮らす人びとの、いろんな生活感情を静かに描いていたと感じる。昔の朝ドラは、こんな感じだったのである。悪く言えば、時計代わり。たまに見逃した回があっても、気にならないで見られる。そういう脚本になっている。
2025年4月5日記
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