『ばけばけ』「ヨーコソ、マツノケヘ。」2025-10-19

2025年10月19日 當山日出夫

『ばけばけ』「ヨーコソ、マツノケヘ。」

小泉八雲とセツをモデルのドラマであるのだが、歴史上の人物であっても、史実どおりに描くことが、絶対に必須であるとは、私は思わない。山田風太郎の明治小説がそうであるように、大きな歴史の流れは変えることはできないが、その中で小さなウソはあってもいい。あるいは、その小さなウソで、その時代をより生き生きと描くことができるなら、別にそれはそれでいい。『幻灯辻馬車』のように幽霊が出てきても、いっこうにかまわない。

『ばけばけ』について思うこととしては、小泉八雲が、日本の伝統的な庶民文化に傾倒していったのはどうしてなのか、ということがあり、(その最終的な結実が『怪談』ということになるだろうが)、そこにいたる過程で、妻のセツ(トキ)がどうかかわっているのか、ということを、説得力のあるストーリー展開で描くことができて、そして、それが明治という時代を背景としたドラマとして面白ければいい、そう思っている。

だから、このドラマの中の、松野家の人たちや雨清水家の人たちの、言動が、(明治のころにはないような)現代的な発想があったとしても、これはこれでいいと思う。

銀二郎が婿として松野家にやってくる。借金はあると聞いていたようだが、武士(この時代なら士族というべきだろうが、このドラマでは、士族とはいわずに武士といっている)が、沖仲仕のような仕事をするのは、まさに明治という時代のことである。武士とはいっているのだが、しかし、それに対して平民を見下すという視点は持っていない。これは、今の時代に作るドラマとしては、こうなるだろう。(ちなみに、平民ということばは、戦後まで残っていて、今の上皇后さま(美智子さま)が結婚の前に、自分のことを平民といっていた。)

雨清水家では、織物工場はなんとか操業できているようだったのだが、経営はうまくいかないようである。借金だらけの状態になる。経営をまかされていた長男は、家を出て逃亡してしまう。

松野家の銀二郎にしても、雨清水家の傳にしても、こんなはずではなかったのに、という思いだったにちがいない。

銀二郎が兄弟の布団の怪談の話しをしていた。これは、小泉八雲のことを書いた本なら、かならず言及される、有名な話しである。

この週で、トキの出生が、あっさりとばらされてしまう。このあたりは、もうちょっと謎めいたエピソードの積み重ねがあってからの方がいいかとも思えるが、このドラマの作り方としては、とても分かりやすい。であるのだが、当事者である、松野家の司之介とフミ、雨清水家の傳とタエ、これらの人びとの心情、さらには、トキの気持ちがうまく表現されていたと、私は思う。

病気になった傳、それを看護するトキ、それを見守る、司之介、フミ、タエ……これらの人びとの心のゆれが、それとなくわかる感じの脚本であり、演出となっていた。トキが作ったおかゆを食べる傳、しじみ汁が作れないタエに作り方を教えるトキ、さりげない日常の生活の描写で、実の親としての気持ちが表現されていたと感じる。

傳が死んだときの演出もたくみだと思う。息を引き取る場面もないし、葬式もないし、位牌をおいた祭壇もない。ただ、喪服を畳むことで、傳が死んで葬儀があったことを表現していた。(この時代であれば、喪服は白である。)

トキは、取り乱したい、というが、どうすれば、その取り乱しができるのか、わからない……このあたりも、うまいところかと思う。人間は、自分が、どのような感情をいだいているのか、それを、どういうことばや行動に表していいのか、わからないということもある。(泣き方とか、歓び方というのも、文化的伝統があってのことなのである。)

雨清水の家が経済的に苦しくなって、女中たちがいなくなった。タエは、生まれてはじめてふすまを自分で開けたという。このことで思い出すことがある。昔、学生のころ、同じ学年に浅野君というのがいた。芸州の浅野家の末裔である。ある受業の中での話しとして憶えているのだが、昔のお殿様は、ふすまを自分で開けるということがなかった。ふすまは、今の時代の自動ドアのように勝手に開くものだと思っていたらしい。

相撲のシーンだが、東西の言い方が、今のテレビの中継に合わせて設定してあった。また、トキは土俵の中には入っていない。こういうところは、細かく作ってあると感じるところである。

これまでの放送で、ちょっと難点かなと私が感じたのは、勘右衛門と銀二郎の木刀の素振り。手の動きはそれらしいのだが、体全体の動きがそうなっていない。まあ、こういうぐらいのことは、強いて気にすることではないだろうが。大河ドラマだったら、剣術指導、という形で演出するところだろうが。

2025年10月17日記

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