おとなのEテレタイムマシン「ETV特集 手塚治虫の遺産 アトムとAKIRA〜大友克洋が語る手塚治虫〜」2026-01-10

2026年1月10日 當山日出夫

おとなのEテレタイムマシン ETV特集 手塚治虫の遺産 アトムとAKIRA〜大友克洋が語る手塚治虫〜

1995年の放送である。

手塚治虫は、1989年に亡くなっている。その6年後である。

登場していたのは、大友克洋、それから、藤子・A・不二雄、秋本治。

今から30年前の漫画の状況になるが、どうもよく分からないところがある。「AKIRA」は名前は知っていた。とても、有名だった。しかし、私は、漫画を読むという生活をしてこなかったので、自分で読んでみるということをしていない。「こち亀」は、漫画の本は読んでいないが、テレビのアニメは見ていた。(子どもと一緒に見ていたというべきか。)

見ていて思うこととしては、大友克洋にせよ、藤子・A・不二雄にせよ、手塚治虫を、漫画の祖として尊敬している気持ちがとても強いということが、伝わってくる。手塚治虫の作品を、リアルタイムで読むという経験のある人間ならではのことである。

私の場合も、「鉄腕アトム」以降は、だいたいリアルタイムで、その作品は知っているし、むしろ、テレビのアニメの方でなじみがあるというべきだろうか。「鉄腕アトム」は、漫画本で読んだ記憶がある。しかし、「ジャングル大帝」や「リボンの騎士」は、テレビアニメの方の印象が強い。

手塚治虫については、さまざまに語られているが……とにかく、自分で表現したいことが、どんどん内部から湧き上がってくるタイプの人だったということはいえる。そして、それを表現するために、漫画やアニメにおいて、表現の技法を追求していった。

『新宝島』をリアルタイムで読んだ人の感想は、非常に強烈なものがあったのだろう。現代の感覚で読むと、やはり、なんとなく古めかしい絵だと思うのだが、それは、今のマンガが、あまりにも表現が多様化して発達しすぎたことによるのだろう。

「COM」という雑誌のことが出てきていた。これについては、現代の漫画史の研究の方では、どう考えられているのだろうか。この雑誌のおかげで、漫画を描いている人が、全国にいる、仲間がいる、こういう意識を醸成することができた、この功績は大きいだろう。

これも、現代では、SNSやさまざななWEBメディアがあるし、マンガ作品の発表の場も、WEBになってきている。つまり、物理的な「雑誌」「本」という紙媒体の制約から自由になっている、ということである。

たぶん、漫画、マンガの歴史についての専門的な知識のある人が見たら、いろいろと思うところがあるに違いない内容だったと思う。(だが、残念ながら、それは私には分からないことである。)

個人的に手塚治虫作品について一番印象に残っているのは、アニメ版の「鉄腕アトム」で、アトムが天満博士によって作られて、最初に目をあけるシーン。現代の言い方をすれば、機械が意識を持った場面、ということになるのだが、意識を持つことの価値、ということをなんとなく、これで知ったような経験といっていいだろう。

残されていた手塚治虫のアトリエにステレオがあって、LPレコードがあった。見ると、シュタルケルの「バッハ無伴奏チェロ組曲」があった。これは、今では、CDで出ている。私が、手元においているCDの一つになっている。

2026年1月5日記

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