フロンティア「秘境ブータン 天空を駆ける」2025-07-18

2025年7月18日 當山日出夫

フロンティア 秘境ブータン 天空を駆ける

映像がとてもいい。しかし、語られている内容は非常に深刻なテーマである。

ブータンという国については、ヒマラヤの山の中の国というぐらいで、あまり知らない。世界地図で確実に分かる自信は、はっきりいってない。世界で最も幸福な国である、ということは言われている。

地球温暖化で、氷河がとけて湖が決壊する危険がある。これまでに災害は起きているし、これからも、大規模な災害が起こる可能性が高い。これをふせぐことは、おそらくできないだろう。このまま氷河がとけつづけていけば、いずれ湖の水かさがまして、耐えきれなくなって決壊することになるだろう。

地球環境の変化による影響は、弱い立場の人びとほど大きく受けることになる。たしかに、そのとおりである。(だから、具体的にどうすべきかとなると、その具体策をめぐって一致を見出しがたいのが、地球環境問題であるのだが。)

ブータンでは、6000メートル以上の山には登ってはいけない。そこは、神のいるところだからという。ブータンは、仏教国なのだが、その人びとの信仰は、どのようなものなのだろうかと思うことになる。高い山に神様がいる、という感覚は、これは非常によく分かることだと、私などは感じるところであるが。

レースのルートは、おそらく交易などで、人びとの行き交う道なのだろうかと思う。見ていると、道ばたにケルン(と言っていいのかどうかと思うが)が、積んである。

どうでもいいことかもしれないが、こういう番組を見て、いつも気になることとして、人が料理するとき、食材を切るのにまな板を使うか、使わないか、ということがある。ブータンで、映っていた場面を見ると、まな板を使っていない。つまりこれは、まな板を清潔に保つために、清潔な水で洗い流すことができない、ということだろうと思うのだが、どうなのだろうか。そもそも、こんな空気の薄い高地に、どうして人間が住んでいるのか、ということが不思議でもある。

2025年7月15日記

ザ・バックヤード「東京農業大学」2025-07-18

2025年7月18日 當山日出夫

ザ・バックヤード 東京農業大学

東京農業大学は、名前は知っているのだが、正直言って、これまであまり関心をもってこなかった大学である。

この回を見て思ったことは、遺伝子レベルの話題がまったく出てこなかったということがある。現代の農学という分野は、生命科学であり、地球環境についての科学である、という側面があると思っているのだが、こういうところについては、言及することがなかった。

ペピーノという果物のことは初めて知った。この名前で検索してみると、園芸として栽培することもあるようだ。

面白かったのは、甘みの強いペピーノを栽培するのに、根元のワッシャーをとおすだけ、ということがある。普通だったら、遺伝子を解析して、甘みの強い品種を考えることになるのだろうが、そんなことをしなくても可能である。この方法は、他の野菜や果物の栽培にも応用が可能なのだろうか。

味の薄い果物は病気に強い、というのは、そういうものかとも思う。

酸化マグネシウムで、桃の病気が防げるというのは、面白い。このことが分かるために、全国の桃の栽培について、土壌などを調査してきたことになるとのことだったが、この地道な研究は価値のあることだと思う。おそらく、このこと以外にも、いろんなことが分かってきているだろうと思う。

カットフルーツなど、保存のために最適な空気の成分(酸素や二酸化炭素の割合)があることは、想像がつくことではあるが、実際にそれがどのようなものになるのかということは、実験を積み重ねていくしかない。こういうことが継続的にできる研究の環境がこれからも保たれていくことが、何よりも重要と思っている。

2025年7月10日記

英雄たちの選択「シリーズ 知られざる島の歴史旅 種子島 〜戦国を変えたイノベーション〜」2025-07-18

2025年7月18日 當山日出夫

英雄たちの選択 シリーズ 知られざる島の歴史旅 種子島 〜戦国を変えたイノベーション〜

鉄砲の伝来については、日本史の教科書に載っている以上の知識を、さほどもちあわせているわけではない。

鉄砲については、次のようなことがポイントになるだろうか。

なぜ、このタイミングだったのか。これは、歴史を振り返れば、まさに絶妙のタイミングであったということになる。鉄砲が日本の軍事を変えたことになるが、それに成功したのが、やはり信長ということになるのだろう。鉄砲がなければ、日本の戦国時代はその後どうなっていただろうか。

なぜ、種子島だったのだろうか。ポルトガル人が鉄砲をもたらしたのだが、その船は、中国(明)のジャンク船であった。視点を変えれば、明の商人のビジネスの一部として、日本に鉄砲をもたらした、ということになる。このとき、種子島を意図的に選んだのだろうか。他の九州のどこか(あるいは琉球)に行くということはなかったのだろうか。

たまたま種子島だったせいで、そこには、鉄砲鍛冶がいて、鉄(砂鉄)たくさんあり、木炭は無論のこと硫黄も調達でき、さらには、硝石を作る技術も持っていた。結果的には、すぐにコピーを作ることに成功したことになる。

先端技術を目にして、すぐにそのリバースエンジニアリングが出来たというのは、やはりこの時代の、種子島のみならず日本の技術力はすごいものがあった、ということになるだろう。

鉄砲の作り方と、火薬(黒色火薬)の作り方は、瞬く間に日本中……あくまでも、この時代の日本ということになるが……にひろまった。この伝搬の速度、そして、それを使った新しい戦闘の方法を編み出したということは、日本史のなかでも画期的な出来事ということになるだろう。その結果、天下統一、徳川による平和な時代があった。(ただ、鉄砲の技術については、幕末になるまで基本的に進歩しなかったことになるが。)

軍事的には、革命的な武器ということになる。(番組では言っていなかったが)鉄砲をあつかうのは、武士ではなく、足軽であり、いわゆるサムライの戦いの時代が終わったということにもなるだろう。(なぜ、日本の武士たちは、自ら鉄砲を撃とうとしなかったのだろうか。また、鉄砲を持った部隊の遊撃戦とか散兵線が可能になることは、日本の軍事史でどういう意味があったことになるのだろうか。)強いて考えれば、だからこそ、武士道というのが、非常に観念的なものとして発達したことにもなるかと思う。

世界の歴史のなかでの鉄砲の技術と軍事、こういう視点で見ると、日本の歴史もまた違った見え方になるはずである。(幕末になって、アメリカ南北戦争で不要になった銃が日本にもたらされたこともふくめて。)さらには、日本の近代の軍隊と銃の歴史ということにもつながるだろう。

先込め式の火縄銃であり、有効射的距離が数十メートルぐらいであること、連射速度は弓に劣るだろうが、破壊力はまさる……こういう鉄砲については、信長が考えたように、鉄砲隊を組織して集団戦法ということになるのが、軍事的に合理的な判断になるにちがいない。

強力な武器を手にしたとき、人間はどうふるまうべきか……これは、とても難しい問題である。20世紀までは、武器は基本的に国家がコントロールするものであった。(カラシニコフのように、世界中にばらまかれたものもあるけれど。)コンピュータやネットワーク、さらには、AIの登場という時代になってくると、これは、もはや国家(旧来の国民国家)の枠ではコントロールできない。

ところで、どうでもいいことかと思うが、番組の中に映っていた、種子島家の史料を見ると、書いてある文字が唐様のスタイルであった。これは、史料の成立、書写の経緯、あるいは、種子島という島の文化、これらと関係のあることなのだろうか。

気になったこととしては、これは私がずっと気になっていることなのだが……古代の貝塚から釣り針が見つかるのは、何故なのだろうか。貝塚というのはゴミ捨て場だと認識している。といういことは、ここで見つかった釣り針はゴミだったということでいいのだろうか。おそらく、古代において、釣り針は貴重品であったはずであり、そう粗末にあつかってはいなかったと想像する。例えば、神話にでてくる海幸彦山幸彦の話しなど。なぜ、貝塚から釣り針が見つかるのか、その理由を、考古学者や歴史学者はどう考えているのだろうか。

種子島で鉄製の釣り針が見つかる。これは、鉄が使えた、砂鉄が豊富にあったということもあるだろうが、逆に、釣り針の材料になるような大型の獣がいなかったので、その骨が無かったからかもしれないが、さてどうなのだろう。貝殻などから作ることもできたのかもしれないと思うが、考古学的に見て釣り針の歴史はどう描くことができるのだろうか。

鉄の釣り針が、さびてボロボロにならずに残っていた理由は何なのだろうか。海水にさらされれば、普通の鉄の釣り針ならば、すぐにさびてしまうと思うのだが、見つかった釣り針は、どこでどのような状態で残っていたものなのだろうか。

2025年7月11日記