ブラタモリ「江戸っ子の大山詣り▼渋谷発・大流行の参詣旅!百年以上続く宿坊」2025-07-02

2025年7月2日 當山日出夫

ブラタモリ 江戸っ子の大山詣り▼渋谷発・大流行の参詣旅!百年以上続く宿坊

今でも大山詣りのための宿坊がかなりの数残っているということに驚いた。はっきりいって、もうすたれた過去のことかと思っていたのだが、そうではなかった。

名物が豆腐というのも面白い。番組のなかで言っていたこととしては、お金のかわりに大豆を持ってきたということがあって、ということのようだが、本当だろうか。だが、少し前のまでの日本の社会で、お金の代わりにお米や大豆などが、日常生活のなかにあったということも、たしかなことである。

前にも書いたが、「よみがえる新日本紀行」で、昭和50年頃の伊勢太神楽の旅の様子をあつかっていたが、この時代まで、家の庭先で太神楽の芸を披露して、報酬としてうけとるのはお米だった。これは、見ていておどろいたのだったが、お米を金銭の代わりにつかう、民衆のなかの経済というものがあったことになる。もらったお米をかついで、旅から旅へと移動することはなかっただろうし、最終的には、どこかで換金する必要があったはずである。

大山詣りの宿坊は、かなり古い状態をそのまま保っているようだが、これは、できる限り残してほしいものである。だが、今の時代だと、ああいう大広間で、他の人と一緒になって寝るということは、あまり好まれないだろうが。

2025年6月30日記

時をかけるテレビ「斬られ役 〜大部屋俳優 58歳の心意気〜」2025-07-02

2025年7月2日 當山日出夫

時をかけるテレビ 斬られ役 〜大部屋俳優 58歳の心意気〜

これを見るとどうしても、『オードリー』とか『カムカムエヴリバディ』のことを思ってしまう。『オードリー』は、BKの制作で、2000年から2001年にかけてである。両方とも、最初の放送のときに見ているし、最近の再放送も見ている。

『カムカムエヴリバディ』では、理想的な人間のあり方として、侍、とつかっていた。ここでつかわれるような意味合いでの侍という概念は、近代になってからの時代劇(映画やテレビ)などで形成されてきたものといっていいだろうか。あるいは、古くさかのぼるならば、江戸時代の歌舞伎のことも考えるべきかとも思うが、現在に伝えられる、歌舞伎の演目が、はたしてどの程度オリジナルにその時代の人びとのものの考え方を表したものなのかは、考える必用はあるだろう。文化史的な視点としては、侍、ということばが何を表してきたかということが、どうしても重要なことになるだろう。

その「侍」ということばの、現代の帰結として、福本清三という人物の存在があると思う。

余計なことだとは思うが、江戸時代の武士の存在を、近代になってからの軍人が引き継ぐというイメージは、どのように形成されてきたのか、ということも、かねてより気になっていたことの一つである。

きちんと仕事をしていれば、誰かが見ていてくれる……こういう感覚は、いまこそとても大事なものである。社会のどんなところで働いていても、その仕事の意義があることを、忘れてはならない。

今、世の中で、忘れられた人びと、見捨てられた人びと、ということが大きな問題となっているかと思う。

ことばのことで興味深かったのは、福本清三は、映画のことを「写真」と言っていた。昔の「活動写真」の名残ということなのだろうが、業界用語としては、この時代まで生きのこっていたことになる。さて、現代の映画の業界ではどうなのだろうか。

映画の「赤影」は、まったく記憶にない。このころになると映画館には行かなくなっていたかと思うし、子どもも、このような映画を見たいという年齢ではなかったこともあるだろう。だが、世の中でなにがしか話題になった作品であったという記憶がない。

『侍タイムスリッパー』は、近々、テレビで放送するらしい。これは見ておこうと思っている。

『オードリー』も『カムカムエヴリバディ』も、映画撮影所の大部屋俳優のような人をふくめて、世の中の片隅で働く人たちのことを、きちんと見ていたドラマになっていたと、私は評価したい。

2025年6月30日記

新日本風土記「渋谷の細道」2025-07-02

2025年7月2日 當山日出夫

新日本風土記 「渋谷の細道」

録画してあったのを見て、思ったことを書いてみる。

始まりは、丸山と神泉のつなひきだった。今どき、つなひきなど学校の運動会でもしないだろうと思うのだが、町内でやっている。今でも、普通に人の住む町である、ということになり、子どももいる。

氷屋さんが商売をしている。渋谷の街の飲食店を相手にしていれば、ある意味で非常に手堅い商売かとも思える。それにしても、氷の種類だけで、あんなにたくさんあるとは知らなかった。大きさとか砕き方で、商品の種類がある。こういう付加価値を見出すのも、ビジネスの要諦なのだろう。グラスの大きさに合わせて氷を砕く作るというのは、発想として秀逸だなと感じる。こういうことは、他の氷屋さんでもやっているのだろうか。

このあたりが、昔は料亭などの建ち並ぶ花街であったことは、もうほとんど忘れられてしまっている。その名残が、ごく一部の店に残っていたりする。坂道の階段が、そう言われてみれば、左褄をとった女性(もう、今ではこんな言い方自体がすたれてしまっている)が歩きやすいようにということになる。

それでも、まだ、芸者さんが残っている。渋谷においては、絶滅危惧種といっていいのだろう。ここで、芸者さんと一緒に遊ぼうというような人はいったいどんな人なのだろうかとも思う。「紙がない」というのは、おそらく枕紙で、一種のばれ歌だろうと思うのだが、WEBを検索したが出てこない。(できれば、NHKで記録してどこかに残しておいてほしい。)これも、状況によっては、今ではハラスメントになることである。そこをうまくとりなす、大人のおねえさんという存在がいなくなってしまったことも、ちょっとさびしくもある。

丸山のラブホテルの中に、NHKのカメラが入って従業員の姿とか経営者の昔話を取材するのは、珍しいかもしれない。これも、歴史的にみれば、社会的な必用性があって生まれたものということになる。安全に男女(に限らないかもしれないが)で過ごせる空間を提供するのも、社会的には必要なことである。

クラブがあるのは、そうなんだろうと思うが、特に関心はない。若い人たちにとっては、文字通り踊り明かせる楽しい場所なんだろう。

朝になると、地域の路上の掃除をする人がいる。地域の不動産屋さんの従業員だという。路上で飲み食いして、空き缶などを放置していくというのは、社会的なマナーの低下という印象がある。(日本の風習として、野外で飲食するということは、あってもいいとは思うのだけれど。)

八百屋さんが商売が成りたつのは、飲食店などの需要があるからだろうと思う。

ところで、番組の始めに出てきたような地元に生活する人たちは、日常の買物など、どこでどうやっているのだろうか。

渋谷の歴史としては、いろいろと語るべきことがある。私の覚えている渋谷の町は、サラリーマンの町であり、学生の町だった。それから、本屋さんのある町だった。再開発の進む渋谷の町に行ってみようとは思わない。

2025年6月30日記