おとなのEテレタイムマシン「ETV2000 井上ひさし 原爆を語るということ 第1回」 ― 2025-07-26
2025年7月26日 當山日出夫
おとなのEテレタイムマシン ETV2000 井上ひさし 原爆を語るということ 第1回
録画しておいたのをようやく見た。普通、録画してある番組は見るのは一回切りにしているのだが、これは繰り返して見た。
私は、いわゆる語り部という人たちの活動を、まったく評価しない。いや、有害であるとさえ思っている。
その理由の一つは、人間の記憶は簡単に間違える、ウソをつく、誇張される、消去される、というものだからである。同じ話を何回も人前で繰り返し話していれば、相手の反応に対応して、話しがゆがめられるということは、当然ある。(原爆の被災地にもすぐにドロボーがあらわれた。こういうことは、語り部のはなしでは聞かれないことだろう。私は、これは、とてもいい話だと感じる。無論、史料としては検証が必要ではある。)
さらには、語り部は語りうることのできることしか語らないということがある。この世の中には、容易にことばでは語りえないものがたくさんある。そういうことについては、沈黙するしかない。この沈黙の意味ということが、語り部の存在によって、価値の無いものにされてしまう。真の語り部となるためには、なによりもまず沈黙する存在でなければならない。
この番組のなかで一番貴重なことは、井上ひさしが、被爆者に話しを聞こうとしても、簡単には話してくれないこと、その沈黙の意味を、井上ひさしが十分に理解していることである。
だが、その一方で、被爆者の人たちが、自分の体験したことを書くとなると、神様が降りてきたかのように、的確な表現で語ることになる。そして、その証言の数は、きわめて多い。
ことばにするとウソになる。こういう感覚を感じとることが、何よりも重要である。
この番組で言っていたように、原爆の被害の実相が、広く世の中に知られるようになったのは、GHQの占領が終わって日本が独立してからのことである。GHQは、原爆についての報道などを検閲し、規制していた。(また、この番組のなかでは言っていなかったが、ピカドンの人たちは差別の対象でもあった。)
被爆者にも、その後の歴史がある。昭和20年の8月に起こったことだけを見るのではなく、その後の歴史をふくめて見ることが必要であると、私は思う。
番組のなかではつかっていなかったが、今でいう「サバイバーズギルト」が、非常に深く語られている。
余計なことを書いておくと……被爆者の人たちの証言記録を語ってくれるAIは簡単に作れるだろうし、また、VR技術で再現することも可能である。しかし、井上ひさしが、自分の手帖に証言の書物からことばを書き写しているのを見て、現代の先端の技術をつかうことで、失ってしまうものがあることも、考えるべきである。AIは、語ることをためらい、沈黙することができるのだろうか。その人の人生にとって、文章を自分の手で書き写すこと、その書き写すときの時間の意味を、人間に体験させてくれることはないだろう。
なによりも、人間の尊厳ということを強く考えることになる。
2025年7月25日記
おとなのEテレタイムマシン ETV2000 井上ひさし 原爆を語るということ 第1回
録画しておいたのをようやく見た。普通、録画してある番組は見るのは一回切りにしているのだが、これは繰り返して見た。
私は、いわゆる語り部という人たちの活動を、まったく評価しない。いや、有害であるとさえ思っている。
その理由の一つは、人間の記憶は簡単に間違える、ウソをつく、誇張される、消去される、というものだからである。同じ話を何回も人前で繰り返し話していれば、相手の反応に対応して、話しがゆがめられるということは、当然ある。(原爆の被災地にもすぐにドロボーがあらわれた。こういうことは、語り部のはなしでは聞かれないことだろう。私は、これは、とてもいい話だと感じる。無論、史料としては検証が必要ではある。)
さらには、語り部は語りうることのできることしか語らないということがある。この世の中には、容易にことばでは語りえないものがたくさんある。そういうことについては、沈黙するしかない。この沈黙の意味ということが、語り部の存在によって、価値の無いものにされてしまう。真の語り部となるためには、なによりもまず沈黙する存在でなければならない。
この番組のなかで一番貴重なことは、井上ひさしが、被爆者に話しを聞こうとしても、簡単には話してくれないこと、その沈黙の意味を、井上ひさしが十分に理解していることである。
だが、その一方で、被爆者の人たちが、自分の体験したことを書くとなると、神様が降りてきたかのように、的確な表現で語ることになる。そして、その証言の数は、きわめて多い。
ことばにするとウソになる。こういう感覚を感じとることが、何よりも重要である。
この番組で言っていたように、原爆の被害の実相が、広く世の中に知られるようになったのは、GHQの占領が終わって日本が独立してからのことである。GHQは、原爆についての報道などを検閲し、規制していた。(また、この番組のなかでは言っていなかったが、ピカドンの人たちは差別の対象でもあった。)
被爆者にも、その後の歴史がある。昭和20年の8月に起こったことだけを見るのではなく、その後の歴史をふくめて見ることが必要であると、私は思う。
番組のなかではつかっていなかったが、今でいう「サバイバーズギルト」が、非常に深く語られている。
余計なことを書いておくと……被爆者の人たちの証言記録を語ってくれるAIは簡単に作れるだろうし、また、VR技術で再現することも可能である。しかし、井上ひさしが、自分の手帖に証言の書物からことばを書き写しているのを見て、現代の先端の技術をつかうことで、失ってしまうものがあることも、考えるべきである。AIは、語ることをためらい、沈黙することができるのだろうか。その人の人生にとって、文章を自分の手で書き写すこと、その書き写すときの時間の意味を、人間に体験させてくれることはないだろう。
なによりも、人間の尊厳ということを強く考えることになる。
2025年7月25日記
よみがえる新日本紀行「運河のある街-北海道小樽市-」 ― 2025-07-26
2025年7月26日 當山日出夫
よみがえる新日本紀行 「運河のある街-北海道小樽市-」
再放送である。最初の放送は、2020年。オリジナルは、昭和50年(1975)。
小樽には行ったことがない。
番組を見て思うことは、はっきり言って、このように観光地化した観光地には、行きたくないという気持ちである。昔の運河とか倉庫が、そのまま残っているなら見に行きたいという気もするかもしれないが、夜間にライトアップされた街など見たくもない。
しかし、このように観光地になるしか、小樽の街は生き残る方途はなかったのだろうとは思う。水産業はまだ維持できているかもしれないが、港湾業は、もはや無理なのだろう。映っていた港の風景を見ても、ガントリークレーンがあるということではなかったようだし。(これは、わざと映さなかったかとも思うが。)
昔、樺太が日本の領土だったころには、この街も栄えたことになる。現代ならロシアとの交易港としては、他の港湾都市、おそらくは新潟などが、中心となっているかと思うのだが、どうなのだろうか。
今の観光地化した小樽の街で、普通の人びとはどんなくらしをしているのだろうか。中学校に給食をはこんでいた馬そりは、もう使われなくなっているかだろう。(日本で、馬が生活のなかで運搬用に使われていたのは、いつごろまでなのだろうか。ちなみに、私の小さいころ、昭和30年代、山陰の農村では、まだ牛が農耕に使われていた。)
港の魚市場で働いた人たちが、運河のそばの飲み屋で、朝酒を飲んで帰る。このような生活があったということの記録としては、とても貴重なものだったと思う。
2025年7月23日記
よみがえる新日本紀行 「運河のある街-北海道小樽市-」
再放送である。最初の放送は、2020年。オリジナルは、昭和50年(1975)。
小樽には行ったことがない。
番組を見て思うことは、はっきり言って、このように観光地化した観光地には、行きたくないという気持ちである。昔の運河とか倉庫が、そのまま残っているなら見に行きたいという気もするかもしれないが、夜間にライトアップされた街など見たくもない。
しかし、このように観光地になるしか、小樽の街は生き残る方途はなかったのだろうとは思う。水産業はまだ維持できているかもしれないが、港湾業は、もはや無理なのだろう。映っていた港の風景を見ても、ガントリークレーンがあるということではなかったようだし。(これは、わざと映さなかったかとも思うが。)
昔、樺太が日本の領土だったころには、この街も栄えたことになる。現代ならロシアとの交易港としては、他の港湾都市、おそらくは新潟などが、中心となっているかと思うのだが、どうなのだろうか。
今の観光地化した小樽の街で、普通の人びとはどんなくらしをしているのだろうか。中学校に給食をはこんでいた馬そりは、もう使われなくなっているかだろう。(日本で、馬が生活のなかで運搬用に使われていたのは、いつごろまでなのだろうか。ちなみに、私の小さいころ、昭和30年代、山陰の農村では、まだ牛が農耕に使われていた。)
港の魚市場で働いた人たちが、運河のそばの飲み屋で、朝酒を飲んで帰る。このような生活があったということの記録としては、とても貴重なものだったと思う。
2025年7月23日記
映像の世紀「ヨーロッパ 2077日の地獄 第1部 ドイツ国民は共犯者となった 1939-1940」 ― 2025-07-26
2025年7月26日 當山日出夫
映像の世紀 高精細スペシャル ヨーロッパ 2077日の地獄 第1部 ドイツ国民は共犯者となった 1939-1940
私は、昔の映像のカラー化には基本的に反対である。白黒映像は、そのこと(白黒のフィルムを使用したこと)に史料的価値がある。言いかえると、カラーフィルムを使っていなかったということである。この回の放送の内容だと、ヒトラーの山荘での場面は、エヴァ・ブラウンの撮影したものであるが、これはカラーフィルムをつかっている。この時代にカラーフィルムで撮影するということは、とても贅沢なことであったはずだが、それが出来たというのが、ヒトラーであり、エヴァ・ブラウンであった、ということになる。このことの史料的価値を、評価しなければならない。
画像処理技術の発達で、映像をより鮮明にする……ということは、あってもいいかもしれない。このことにより、何が写っているのか、考えるべきことが増えることにつながる。
この回を見て思うことは、これまでと少し視点が変わってきたな、ということがある。一般的な歴史観としては、ヒトラーは絶対の悪であり、いささかも弁護の余地はない……おおむねこの主張である。しかし、歴史を考えるならば、ヒトラーが政権をとるまでのワイマール体制のこと、その前の、第一次世界大戦の戦後処理のこと、これぐらいは、さかのぼって考えるべきだろう。そして、ドイツの一般の国民は、ヒトラーのプロパガンダにだまされた善良な人びとであった、ということで語られてきた。だが、これも見直しの時期に来ているかと思う。
ヒトラーを支持したドイツ国民は、なぜ、そう思ったのか、考えることになる。
戦争中、ドイツ国民はヒトラーの独裁のもとに困窮していた哀れな存在だった。ひたすら悪いのは、ナチスであった。国民はあざむかれていたことになる。(さらに、それを解放したは、アメリカなどの連合国、ソ連であった。)
このような歴史観は、そろそろ見なおすときなのかと思う。(だが、まだ、この立場を全面的にうちだすということまでは、難しいかとも思うが。)
戦争中、ドイツの人びとは、豊かな生活を享受していた。こういう側面をとりあげるのは、これまでのことを思うと(これまでに放送のあった「映像の世紀」のシリーズはほとんど全部見ている)、かなり珍しことになる。ドイツの人びとは、だまされていたというだけのことではなかった。
プロパガンダというと、ナチスの発明、ゲッベルスが悪い、ということで語られがちであるが、メディア史としては、アメリカのリップマンの『世論』あたりこのことから、説きおこすことが妥当かもしれない。それを、さらに巧妙につかったのが、ナチスだったということになる。
戦争の写真のなかには、いかがわしいものがある。ミルクの配達員の写真は、いわゆるやらせ写真であった。こういう事例は、他もにたくさんあるにちがいない。より刺激的な映像を求めるのは、新聞の読者であり、今ではテレビの視聴者であり、さらには、YouTubeのユーザである。
2025年7月24日記
映像の世紀 高精細スペシャル ヨーロッパ 2077日の地獄 第1部 ドイツ国民は共犯者となった 1939-1940
私は、昔の映像のカラー化には基本的に反対である。白黒映像は、そのこと(白黒のフィルムを使用したこと)に史料的価値がある。言いかえると、カラーフィルムを使っていなかったということである。この回の放送の内容だと、ヒトラーの山荘での場面は、エヴァ・ブラウンの撮影したものであるが、これはカラーフィルムをつかっている。この時代にカラーフィルムで撮影するということは、とても贅沢なことであったはずだが、それが出来たというのが、ヒトラーであり、エヴァ・ブラウンであった、ということになる。このことの史料的価値を、評価しなければならない。
画像処理技術の発達で、映像をより鮮明にする……ということは、あってもいいかもしれない。このことにより、何が写っているのか、考えるべきことが増えることにつながる。
この回を見て思うことは、これまでと少し視点が変わってきたな、ということがある。一般的な歴史観としては、ヒトラーは絶対の悪であり、いささかも弁護の余地はない……おおむねこの主張である。しかし、歴史を考えるならば、ヒトラーが政権をとるまでのワイマール体制のこと、その前の、第一次世界大戦の戦後処理のこと、これぐらいは、さかのぼって考えるべきだろう。そして、ドイツの一般の国民は、ヒトラーのプロパガンダにだまされた善良な人びとであった、ということで語られてきた。だが、これも見直しの時期に来ているかと思う。
ヒトラーを支持したドイツ国民は、なぜ、そう思ったのか、考えることになる。
戦争中、ドイツ国民はヒトラーの独裁のもとに困窮していた哀れな存在だった。ひたすら悪いのは、ナチスであった。国民はあざむかれていたことになる。(さらに、それを解放したは、アメリカなどの連合国、ソ連であった。)
このような歴史観は、そろそろ見なおすときなのかと思う。(だが、まだ、この立場を全面的にうちだすということまでは、難しいかとも思うが。)
戦争中、ドイツの人びとは、豊かな生活を享受していた。こういう側面をとりあげるのは、これまでのことを思うと(これまでに放送のあった「映像の世紀」のシリーズはほとんど全部見ている)、かなり珍しことになる。ドイツの人びとは、だまされていたというだけのことではなかった。
プロパガンダというと、ナチスの発明、ゲッベルスが悪い、ということで語られがちであるが、メディア史としては、アメリカのリップマンの『世論』あたりこのことから、説きおこすことが妥当かもしれない。それを、さらに巧妙につかったのが、ナチスだったということになる。
戦争の写真のなかには、いかがわしいものがある。ミルクの配達員の写真は、いわゆるやらせ写真であった。こういう事例は、他もにたくさんあるにちがいない。より刺激的な映像を求めるのは、新聞の読者であり、今ではテレビの視聴者であり、さらには、YouTubeのユーザである。
2025年7月24日記
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