新日本風土記「さいたま熊谷 夏のしあわせ」 ― 2025-09-09

2025年9月9日 當山日出夫

新日本風土記 「さいたま熊谷 夏のしあわせ」

再放送である。最初は、2024年9月23日。

今年の夏も暑かった。熊谷が持っていた記録が、あっさりと更新されてしまった。もう今の日本では、35℃を越えないと暑いと言ってはいけないようになってしまっている。これが、昔だったら、30℃を越えれば暑いと言ってよかった。その時代は、今のようにエアコンが普及していなかったし、夜は蚊帳をつって寝た時代でもあった。

熊谷という街に住むいろんな人びとの姿を描いていたのだが、私が見て、もっとも興味深かったこととしては、戦後の花屋さんのことである。昭和20年に8月に熊谷が空襲にあって、市街地の三分の二が焼けたという。そして、終戦をむかえて、花屋の商売ができた……これは、とても興味深い。見方にもよるが、空襲で廃墟となった街であっても、花屋の商売がなりたっていた、と理解していいだろうか。家が焼けてなくなり、食べるものも不自由だっただろうが(熊谷は農村地帯だから、あるいは、ある程度は大丈夫だったかとも思えるが)、そのような状態であっても、人は花を買う、ということになるだろうか。ここで、どんなビジネスが成りたっていたのか、詳しいことが分かると、戦後の人びとの歴史として、いろいろと考えることになるかと思う。(東京の闇市などで、花屋はあったのだろうか、ということも気になる。空襲で被災したような人びとであっても、花を買い求める気持ちがあったということかとも思うのだが。)

昔の中山道が、デパートの中の通路になっているというは、面白い。どういう区画整理、道路整備が行われて、こんなことになったのだろうか。江戸時代、中山道は、江戸と上方を繋ぐメインのルートであった。東海道のように、橋のない大井川を渡ったりしなくていいから、物流のルートとしては、中山道が重要だっただろう。幕末ごろの中山道の様子は、『夜明け前』(島崎藤村)に描かれている。

夜の盆踊りというのも、このごろでは珍しくなってしまったことかもしれない。特に、都市部では、これを騒音として忌避する傾向にある。大晦日の除夜の鐘もいやだという人がいる。時代の流れと言えばそれまでであるが。

ミャンマーからの留学生の女性。日本語学校の授業としては、たぶん、拗音をふくむ漢語、ということのようだった。日本語教育の領域では、漢字の振り仮名は、文字の下に書く。テキストもそう作ってあるはずである。(もう、日本語教育関係の受業をしなくなって久しくなる。)

祭りの風景は、こういうもんなんだろうなあと思って見ていたが、面白かったのは、山車のとおるあとがアスファルトの道路に残ること。それぐらい、夏は暑くなるということでもあり(路面の温度が上昇する)、山車が重たいということでもあるのだろう。

お米を作るのに、夏の暑さに強い品種が開発されているというのは、これから、どんどんそういう傾向になりそうである。

夏の暑いのに、ラグビーをやろうという人たちの気が知れないというと、悪く言っているみたいになってしまうが、とにかく、元気なことはいいことである。

2025年9月2日記

最後の講義「ジャーナリスト 池上彰」 ― 2025-09-09

2025年9月9日 當山日出夫

最後の講義 ジャーナリスト 池上彰

昔、テレビをそんなに見ない生活をしていたころ、NHKの「こどもニュース」は基本的に見ることにしていた。国際情勢や国内の事件であっても、非常に分かりやすく説明してくれるし、コンパクトに短い時間で分かる構成がうまいと思って見ていた。また、一つの出来事についても、一方的に一つの立場からの考えを主張するというよりも、お父さんが家族(お母さんや子どもたち)の疑問にこたえるという形式であったのも、いいところかもしれない。

今だったら、ものを知っているお父さんと、それを知らないお母さんや子どもたちという設定自体が、PCではないとして、忌避されることになるだろう。

嫌いなものは、真実……やや過激な言い方かもしれないが、ジャーナリズムの現場にいる感覚としては、絶対的な正義を求めない柔軟で、多様な視点からものを見る必要がある、そして、それは次の段階になると、また新たな事実が分かって、変わることになるかもしれない、このように理解すればいいだろうか。

今の時代、分かりやすい、ということが重視されるようになってきているが、ものごとによっては、一方的な意見だけで判断できない場合が多いはずである。いや、最近では、もう異なる立場の意見に配慮する必要などはなく、徹底的に(自分とは異なる意見を)封じ込めることが最優先である、という流れになってきている。(最近目にしたのでは、参政党支持者がどんな人であるか考慮する必要があるということは、考える必用などない、ただ、否定しまくればいいのである、というようになってきている。無論、逆の立場からの、短絡的な意見もある。)

このごろでは、分かりやすさを求めるということを通りこして、自分でものごとを考えようとしない、誰かから与えられたことを、それを正義として信奉しているだけ、という傾向になっているかと思う。自分とは異なる考えの人が、世の中にいるということすら、認めたくない事実であり、そんな連中は抹殺してしまえばいい、ということになる。

ところで、番組の中では言及はなかったし、池上彰の著書としても映っていなかったと思うのが、「日本左翼史」シリーズ(佐藤優との共著、講談社現代新書)である。歴史学としては、あるいは、共産党や社会党の支持者だったような人からは、これに異論のあるところかもしれないが、しかし、左翼史、ということを堂々と、かなり批判的な視点で語るということは、かなり勇気のいることだと思う。

2025年9月4日記

クラシックTV「甲斐翔真と29分で“マーラー”ソン」 ― 2025-09-09

2025年9月9日 當山日出夫

クラシックTV 「甲斐翔真と29分で“マーラー”ソン」

再放送である。最初は、2024年5月9日。

今から20年ぐらい前になるかと思うが、いろいろとあって、マーラーの交響曲をずっと聴いていたことがある。今では、しまいこんでしまってあるのだが、CDラックの一つ分ぐらいは、マーラーで埋まっている。交響曲全集も、何セットか持っている。

一番好きだったのは、2番と3番である。この世の中の森羅万象のすべてをのみこんですっかり流してしまうような、壮大な構想にひかれて、こればかり聴いていたものである。

5番のアダージェットは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』で使われた曲として、私の世代の人間なら記憶していることになる。

今は、朝の時間など、バッハを聴いていることが多い。書斎を片づけて……本を読む仕事を整理して……音楽を聴くようにしたいとは思っている。この世界のなにもかも、そのすべての始原であり、宇宙のはてであり、世界の総体であるような音楽というと、私の場合、バッハとかマーラーということになる。

2025年9月2日記