3か月でマスターするアインシュタイン「第8回 宇宙に果てはあるの?」 ― 2025-09-05

2025年9月5日 當山日出夫

3か月でマスターするアインシュタイン 第8回 宇宙に果てはあるの?

録画してあったのをようやく見た。

宇宙が、今から138億年前、ビッグバンからはじまり、今も膨張し続けている、ということは、知識としては知っていることなのだが、やはり、気になることはある。ビッグバンの前はいったいなんだったのか、ということであり、宇宙が無限に膨張しているとして、そのはてはいったいどうなるのか、ということである。素朴な疑問ではあるが、おそらく、天文学、宇宙物理学の、次のパラダイムにならないと、わからないことか思う。

そもそも、人間は、とおい昔から、この世の始原と、最終を、いろんな形で考えてきたことはたしかである。それは、様々な神話、伝説として、残っていることになる。

物理的にこの世界の始まりと終わりを考えるということと、観念として人間がどうイメージするか……それは、今あるこの世界の意味づけにつながる……これは、人間というものの奥底につながっているのだと思う。サイエンスとしては、ここまで分かっている、ともいえるし、まだここまでしか分からないともいえるだろうが、それが、今の人間の存在をどう考えるかということに、深いところで影響していることはたしかである。

ところで、この回の始まりが少しごまかしてあった。月の大きさが分かっている、ということが前提で、月までの距離を測るということだったが、そもそも、月の大きさは、どうやって分かったのか、ということが気になる。天文学史をひもとけば、分かることなのだろうけれど。

また、宇宙の形がどうなっているのか、その空間が平坦なものなのか、ということについては、光が直進するということが大前提になっているかと思って見ていたのだが、それでいいのだろうか。

2025年9月4日記

よみがえる新日本紀行「弓と焼酎-宮崎県日南市-」 ― 2025-09-05

2025年9月5日 當山日出夫

よみがえる新日本紀行 「弓と焼酎-宮崎県日南市-」

再放送である。2021年8月8日。オリジナルは、1975(昭和50)年、8月18日。

野良仕事をしていて、お昼の時間になって、焚き火でヤカンのお湯をわかす、そして、瓢箪に入れてあった焼酎を一口飲む……今では、こんなことはもうないかもしれない。美味しいと思うが、あまり健康的ではないかもしれない。

街の中の商店街があって、中学生だろうか歩いている。買物客もいる。リヤカーで、おそらく近隣の農家の人だろうが、野菜の行商にきて道ばたで売っている。こんな光景は、昭和50年ごろなら、日本の各地にあった風景だと思うが、今では姿を消してしまったものであろう。いつのまにか、人びとの日常の生活の風景は変わっていく。

四半的(しはんまと)は、何かで見て憶えたような記憶があるのだが、はっきりとしない。これは、今でも、この地方に残り、人びとに愛好されている。

昭和50年の時点で、この四半的の矢を作れる職人さんがたった一人だけになってしまったと言っていたのだが、現在では、どうなのだろうか。弓と矢を作る職人さんは、どれくらいいるのだろうか。

昔の四半的の試合のとき、点数を記入するのに、「玉」という字を書いていた。ちょうど、画数としては5画である。「正」という字を使うのが、普通かなとも思うが、「玉」を使う習慣は、今はどうなっているのだろうか。現在の試合の場面では、算用数字が書いてあった。(なんとなく味気ない気もするが。)

焼酎を飲みながら、男女問わず、四半的の競技に夢中になっている姿は、なんだかとてもいい。こういう地域共同体の生活感覚は、今ではすたれてしまったものといえるかもしれない。

2025年9月3日記

美の壺スペシャル「皇居」 ― 2025-09-05

2025年9月5日 當山日出夫

美の壺スペシャル 皇居

今年の3月に最初の放送で、その後、再放送があった。HDに残っていたものである。

「美の壺」ならではの視点と語り口で、皇居をとりあげていた。見ながら思ったことは、いろいろとあるのだが、この番組を見て、初めて気づいたようなことを、書いておく。

天子南面というのは、古来より、中国から伝わった長い伝統だと思っていたのだが、現在の宮殿の建築は、そうつくっていない。東側を向いていて、一般参賀におとづれた国民に対して、朝日を天皇・皇族が正面からうけるようになっている。これは、いわれてみてなるほどと思ったところである。

それから、天皇の座る椅子が、同じ床の高さに置かれていること。大臣の認証式とか、外国の大使の信任状捧呈式、勲章の授与などの行事は、たしかに、天皇陛下は、同じ床の高さに立っている。これまで、テレビなどの映像で見て、当たり前と思ってきたことだが、考えてみれば、(昔風にいえば)臣下と天皇陛下が、同じ高さに立っている。

高さが違うという観点から見れば、即位のときの高御座が、これは、例外的に高い位置に天皇が立つ、ということになる。この行事の体裁だけは、平成になったときも、今の令和になったときも、さすがに変更するということは出来なかった、と理解していいだろう。このときぐらいは、天皇陛下が、高い位置に立つということはあってもいいかとは思う。

今の宮殿が、平安時代の寝殿造りをまねている、というのは、そうなのだろうと思う。ただ、平安時代の貴族の邸宅の寝殿造りというと、屋敷の真ん中に池があるのをイメージする。しかし、皇居の宮殿には、中に池がない。(池はあるにはあるが、別のところに、非常に人工的な作り方で作ってある。)中に池が無いということでは、現在の京都御所でも同じである。

昔からの天皇の御所の建築では、池は造らなかった、ということでいいのだろうか。これと、天子南面、つまり、庭には臣下のものたちがずらりと並んで天皇を仰ぎ見る、という形式をとったことになる。実際に、その庭がどう使われたかは別にして、池にしてしまうと、人が並ぶ場所が無くなってしまう。

こういうことは、これまであまり考えたことがなかった。去年放送の『光る君へ』でも、天皇と紫宸殿については、そういえばそう作ってあったな、ということを思い出す。

それから、番組の中で少しだけ触れていたことだが、明治の宮殿の資料は、どれぐらい残っているのだろうか。書院造りを基本の和洋折衷ということのようだったが、いったいどんなものだったのか気になる。明治の宮殿は、以前の『坂の上の雲』で出てきていたが、どういう資料にもとづいて考証したのだろうか。

皇居、あるいは、天皇の生活の様式は、基本的に洋式になっている。これは、明治以来のことになる。であるとして、皇居のなかには、畳の座敷というのは無いのだろうか。天皇陛下だって、夏の暑いときなど、畳の床の上でねっころがりたいときだってあるだろうと思ったりもするのだけれど。皇后陛下が着物姿なのに、畳の部屋が無いというのは、なんか変である。

馬にニンジンをあげている愛子さまの姿は、実にほほえましい。

2025年9月1日記