『風薫る』「白日の夢」2026-06-28

2026年6月28日 當山日出夫

『風薫る』「白日の夢」

りんと直美たちは、帝都大学病院の看護婦取締になる。病院で(大学でというべきかもしれないが、このあたりがよく分からない)看護科を作って、そこで、独自に看護婦の養成をはじめる。そのために、りんたちに先生をやれ、ということである。

このあたりのことは、ちょっと無理があると感じる。

そもそも、日本で、トレインドナースを養成したいという大山捨松の意図があって、梅岡女学校に看護の学校ができた。バーンズ先生がやってきて、教えてくれた。帝都大学病院で実習をした。そこでは、以前からの看病婦の人たちとのトラブルもあったが、なんとかうまくやれるようになった。

まずは、明治の20年ごろの日本の医学教育と医療や病院の制度がどんなだったか、ということがある。その中で、帝都大学病院の位置づけ、梅岡看護婦学校の位置づけ、ということがある。この時代の医師の資格、看護婦の資格、というのはどうなっていたのか。こういうことがまったく出てきていない。

ただ、看護婦の学校を出たというだけで、看護婦の資格がある、ということなのだろうか。具体的に、どのような授業内容であったのか……これは、少しは授業風景とか病院での実習のことがあったが……日本の社会の国家としての制度では、どうなるのかということが、まったく分からない。

看病婦から看護婦へという流れはあるとしても、帝都大学病院だけが病院であったわけではないだろうから、看病婦がすぐにクビにしておしまいということでもないように思える。

看護婦の養成ということは、まず学校を作るとしても、教師の確保、カリキュラムの策定、資格のことなど、いろいろとあるはずだが、こういうことを、あまりにも省略しすぎているので、こんがらがってしまう。

りんたちが実習を終えて病院ではたらくようになったばかりだというのに、看護婦という職業が社会的に認知されて、看護婦を志望する優秀な若い女性たちが集まって来るというのは、どう考えてみても、かなり無理をした設定であるとしか思えない。

そもそも看護婦が、仕事であるのか、奉仕であるのか、これは問題になるところだと思うが、明治のこの時代、それまでの身分秩序が崩壊するなかでの近代国家の建設のころ、仕事ということがどう人びとに意識されていたのか、このことも気になる。ただ、生活費をかせぐというだけのことだったのか。

細かなことになるが、りんが入院患者の手紙を投函するかどうか、というシーンがあった。生徒は、これは看護婦の仕事ではない、という。この議論はそうかと思うが、しかし、明治のこのころだったら、手紙しか、人と人との通信手段がない時代であるので、入院患者が、たとえば家の人への連絡などがあった場合のことを考えると、通信手段の確保は重要なことであったはずである。このところは、現代の感覚とは違っていたはずである。

看病婦のツヤが看護婦になりたいと言って、授業に出るようになる。

ここも細かなことになるが、ツヤの年齢は30前のはず。ドラマの中では、29歳まで受講を認めることになったとあった。時代が明治20年過ぎのころだから、ツヤが子どものころは、まだ江戸時代で、小学校の制度が整っていない。つまり、貧乏で小学校に通えなかったということではなかったはずである。(基本的な教育を受けることができなかったということはあったとしても、それは、この時代では、珍しいことではない。)

ツヤが、仕事でミスをする。その結果として、看病婦の仕事を解雇される。ここでりんは責任を感じるという流れだった。ここも、現代の医療についての考え方からすると、おかしい。現代的に考えるならば、りんの仕事としては、また、病院の院長の仕事としては、病院の医療体制を維持することである。そのためには、ツヤに無理をして看護婦の勉強をさせないことになる。

このようなことは、近年のCOVID-19パンデミックのときの医療体制の確保ということで、強く社会に印象づけられたことでもある。(医療の従事者が、まず、感染を避けなければならないのは、感染してしまうと、医療のキャパシティを確保できなるからである。)

では、このような考え方が、明治のこのころにあったかどうかが問題なのだが、さて、どうだろうか。こういうことについて、ナイチンゲールは考えたのだろうか。あるいは、このドラマの後のことになって、大正期のスペイン風邪の流行のときのことを描くとするならば、そのときに出てくるということになるのだろうか。

シマケンがようやく小説を書く。これも、文学史的には、樋口一葉が登場する前になる。かろうじて北村透谷あたりを擬することもできなくはないが、それでも時代的には無理がある。この時代に、シマケンの書いたような小説の文体は成立していないし、りんなどのような女性が小説を読むということは、おそらくはなかっただろうと思われる。(まったく不可能ということではないが、時代考証としては、かなり無理をして作っていると感じるところである。)

2026年6月27日記

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