『魯山人のかまど』「晩夏編」 ― 2026-03-17
2026年3月17日 當山日出夫
『魯山人のかまど』「晩夏編」
第二回目になって、このドラマの意図が、徐々に分かってきたかな、という印象である。
魯山人は孤独である。家族みんなでそろって、楽しく食事をするのがいいと思っている。しかし、魯山人に家庭はない。食事も一人でとっている。なぜ、魯山人は孤独なのか、その生いたちの回想から、たどって描くということなのだろう。
料理は芝居である……と言っていたが、これは、料理屋の料理は、まさにそのとおりだと思う。芝居を楽しみに来る人には、上手な芝居を見せる。それが、プロの芸人、あるいは、芸術家である。
前回、良寛の書のことが出てきていた。良寛が嫌ったものは、書家の書、歌よみの歌、であることは知られていることだと思う。これにならっていうならば、料理人の料理、もふくまれるだろう。だから、家庭料理に価値がある、となるかなと思うが、どうだろうか。
そうであるならば、お客さんのところに出ていって、あれこれ料理について講釈を述べるというのは、余計なことかとも思える。だが、これが、魯山人の流儀なのだろう。また、お客も、その魯山人の説明を求めている。
現代だと、料理屋さんに行ったり、旅館に泊まったりすると、持ってきてくれた料理について、これこれでございます、と説明してくれる。こんな習慣はいつからあるのだろうか。お刺身が出てくると、逐一、これは何の魚であるか言ってくれるのだが、そんなものは聞いたそばから忘れてしまう。まあ、見ればイカぐらいはすぐに分かるが。
イカについて、魯山人は、透明であるのが本来である、という。白いイカを褒める客と喧嘩になる。これは、今では、生きのいいイカは、透明なものという認識が広まっているが、魯山人の時代はどうだっただろうか。今でも、透明なイカを食べようと思えば、港のすぐ近くの料理屋さんに行く必要がある。魯山人が、イカは透明なものという認識を得たのは、どういうことでだったのだろうか。
海の中を泳ぐイカを見ろと、魯山人は言うのだが、これは、現代でも、水族館か料理屋さんの生けすでないと、難しいかと思う。漁師さんに連れられて海に行ったからといって、海中のイカの姿を見ることは、かなり難しかったと思うのだが、はたしてどうだろうか。
この回も、ヨネ子が、山道を歩いてやってくるシーンからはじまっていた。これは意図的に、簡単に来られない場所に、魯山人の家(星丘茶寮といっていいのか)があるということかと思う。要するに、食べるまえに、たくさん歩いてお腹を空かせておいてくれれば、料理が美味しくなる、ということかと思うのだが、はたしてどうなのだろうか。
京都の風景として、いくつかのお寺や神社が映っていた。まったく人間の映り込まない映像としてあった。これは、こういう演出にならざるをえないだろう。観光客でごったがえす今の京都では、とても魯山人の感覚を表現することにつながらない。上賀茂の社家町は、今でも、この風情の残っているエリアである。
料理は芸術である、これは、現代では普通に認められる概念となっている。その一方で、魯山人は、家庭料理が最高であるとも書いている。これが、どのようなかたちで、一人の魯山人という人間の中にあるのか、ここをどう描くかが、難しいところかとも思う。
前回の吉田茂がワインを飲むところでも感じたし、今回もそうなのだが、魯山人は、ビールやワインについて蘊蓄をかたむけ、その美味しい飲み方をうんぬんすることはしてない(ようである。)無造作にビール瓶を手にとって、ダボダボとコップについでいる。この雑な動きも、演技としては計算されたものになるが、なぜ、料理についてはうるさいのに、お酒については、(今の価値観からすると)かなり無頓着なのか。これも、わけのあることかと思う。
余計なことを書いておくと……私の感覚としては、おいしく料理を食べようとしているところに、よこからビールのお酌などしてくれない方がいい。料理もお酒も、自分のペースであった方がよい。だが、この時代の感覚としては、女性がいてビールをついでくれるというのは、特に問題視することではなかっただろうとも思う。このあたりの脚本は、現代的でありすぎるように感じた。しかし、これも、魯山人が、お酒のお酌など余計なことだと思っていたということなら、これはこれでいいと思うが。
2026年3月15日記
『魯山人のかまど』「晩夏編」
第二回目になって、このドラマの意図が、徐々に分かってきたかな、という印象である。
魯山人は孤独である。家族みんなでそろって、楽しく食事をするのがいいと思っている。しかし、魯山人に家庭はない。食事も一人でとっている。なぜ、魯山人は孤独なのか、その生いたちの回想から、たどって描くということなのだろう。
料理は芝居である……と言っていたが、これは、料理屋の料理は、まさにそのとおりだと思う。芝居を楽しみに来る人には、上手な芝居を見せる。それが、プロの芸人、あるいは、芸術家である。
前回、良寛の書のことが出てきていた。良寛が嫌ったものは、書家の書、歌よみの歌、であることは知られていることだと思う。これにならっていうならば、料理人の料理、もふくまれるだろう。だから、家庭料理に価値がある、となるかなと思うが、どうだろうか。
そうであるならば、お客さんのところに出ていって、あれこれ料理について講釈を述べるというのは、余計なことかとも思える。だが、これが、魯山人の流儀なのだろう。また、お客も、その魯山人の説明を求めている。
現代だと、料理屋さんに行ったり、旅館に泊まったりすると、持ってきてくれた料理について、これこれでございます、と説明してくれる。こんな習慣はいつからあるのだろうか。お刺身が出てくると、逐一、これは何の魚であるか言ってくれるのだが、そんなものは聞いたそばから忘れてしまう。まあ、見ればイカぐらいはすぐに分かるが。
イカについて、魯山人は、透明であるのが本来である、という。白いイカを褒める客と喧嘩になる。これは、今では、生きのいいイカは、透明なものという認識が広まっているが、魯山人の時代はどうだっただろうか。今でも、透明なイカを食べようと思えば、港のすぐ近くの料理屋さんに行く必要がある。魯山人が、イカは透明なものという認識を得たのは、どういうことでだったのだろうか。
海の中を泳ぐイカを見ろと、魯山人は言うのだが、これは、現代でも、水族館か料理屋さんの生けすでないと、難しいかと思う。漁師さんに連れられて海に行ったからといって、海中のイカの姿を見ることは、かなり難しかったと思うのだが、はたしてどうだろうか。
この回も、ヨネ子が、山道を歩いてやってくるシーンからはじまっていた。これは意図的に、簡単に来られない場所に、魯山人の家(星丘茶寮といっていいのか)があるということかと思う。要するに、食べるまえに、たくさん歩いてお腹を空かせておいてくれれば、料理が美味しくなる、ということかと思うのだが、はたしてどうなのだろうか。
京都の風景として、いくつかのお寺や神社が映っていた。まったく人間の映り込まない映像としてあった。これは、こういう演出にならざるをえないだろう。観光客でごったがえす今の京都では、とても魯山人の感覚を表現することにつながらない。上賀茂の社家町は、今でも、この風情の残っているエリアである。
料理は芸術である、これは、現代では普通に認められる概念となっている。その一方で、魯山人は、家庭料理が最高であるとも書いている。これが、どのようなかたちで、一人の魯山人という人間の中にあるのか、ここをどう描くかが、難しいところかとも思う。
前回の吉田茂がワインを飲むところでも感じたし、今回もそうなのだが、魯山人は、ビールやワインについて蘊蓄をかたむけ、その美味しい飲み方をうんぬんすることはしてない(ようである。)無造作にビール瓶を手にとって、ダボダボとコップについでいる。この雑な動きも、演技としては計算されたものになるが、なぜ、料理についてはうるさいのに、お酒については、(今の価値観からすると)かなり無頓着なのか。これも、わけのあることかと思う。
余計なことを書いておくと……私の感覚としては、おいしく料理を食べようとしているところに、よこからビールのお酌などしてくれない方がいい。料理もお酒も、自分のペースであった方がよい。だが、この時代の感覚としては、女性がいてビールをついでくれるというのは、特に問題視することではなかっただろうとも思う。このあたりの脚本は、現代的でありすぎるように感じた。しかし、これも、魯山人が、お酒のお酌など余計なことだと思っていたということなら、これはこれでいいと思うが。
2026年3月15日記
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