映像の世紀バタフライエフェクト「将軍ルメイ “悪魔”と呼ばれた男」2026-03-18

2026年3月18日 當山日出夫

映像の世紀バタフライエフェクト「将軍ルメイ “悪魔”と呼ばれた男」

残念ながら、ルメイの主張を完全に否定することが難しいのが、今の世界であると私は思う。このような考え方は嫌いという人はいるだろうが、それと、ルメイの主張が一定の意味を持つことは、また別である。

番組のメインの内容とは関係ないことだが、一番興味深かったのは、始めの方で出てきた第二次世界大戦のとき、ヨーロッパ戦線での、空中戦の映像。カラー映像で残っている。これは、始めて見たかと思う。

それから、あまり詳しく言っていなかったが、B-29の開発のことがある。昭和17年のドゥリトル隊が、空母から発艦して日本を空爆したのだが(着陸は中国大陸だった)、このときは、B-25を使っていた。本格的に日本本土への空襲が始まるのは、サイパンが陥落して、ここを基地にしてB-29が出撃して帰還することが、可能になってからである。最初の爆撃は、昭和19年11月である。

えてして、太平洋戦争のことを描いたドラマなどで、開戦してすぐに連日のように空襲が始まったかのようになっていることがあるが、これはおかしい。

戦略爆撃機として、B-29を開発した意図としては、高度1万メートル以上の高度を飛行して、大量の爆弾を搭載できて、無事に基地まで帰れる……ということだった。だが、高高度からの軍事施設などの精密爆撃は困難であった。ここは、ミスだったということになるだろうか。

それをルメイは方針を転換して、飛行高度を下げて、夜間の市街地を狙った、無差別爆撃ということにする。ことの是非はあるが、これも、戦術としては、有りうることは認めざるをえないかと思う。一般市民を対象とした無差別爆撃は、重慶のことがあり、ドレスデンのことがあり、ということは、歴史の常識である。こういう戦術を始めたやつが悪いということもあるが、いずれ、このような戦術の採用ということにはなっただろうとは思う。だれかが考えて始めることになっただろう。

それから、番組の中では触れていなかったが、焼夷弾の開発ということもある。日本への爆撃に焼夷弾が採用されたのは、木造家屋の密集した日本の市街地を攻撃するためである。

ルメイの判断として、日本の本土防衛として、対空高射砲が無かったということだが、これは実際はどうなのだろうか。軍の基地を守るためにはあったはずだが、普通の市街地防衛のための防空という発想は、日本にはなかったというべきか。このあたりのことは、桐生悠々の論説を思うことになるのだが。

キューバ危機のことが出てきていた。これについては、アメリカの視点、ケネディの視点から語られることが多いのだが、これを、ソ連の側から見るとどうなのだろうか。なぜ、ソ連は、キューバにミサイルを配備したのか、そして、それを撤去することにいたる意志決定は、どんなものだったのか。ソ連の崩壊によって、こういうことの文書史料の開示はあったのだろうか。

朝鮮戦争については、軽く触れるだけだった。日本の戦後史に大きな影響を与えたことなのだが、あまり大きくとりあつかわれることはない。いまだに、日本と韓国と北朝鮮との間で、(さらに、中国とロシアとアメリカが関係して)かなりデリケートな問題ということかもしれない。戦争を語るとき、善悪のはっきりした物語があると語りやすい。大東亜戦争は、日本が悪であった/いやそうではない、という論点が設定しうるが。

東京大空襲については、(これは、これまでに書いたことだが)、山田風太郎の『戦中派不戦日記』を読むと、目黒で、外に出ると新聞が読めた……という記述があるぐらい、その日の東京の夜は明るかった、ということになる。

戦争は避けるべきである、平和が尊いというのは、そのとおりだが、戦争をさけるためには、軍事力が必要ということは、たしかなことである(このことへの好悪は別にして。)そして、さらにいえば、もし戦争になったら、負けるよりも勝つ方がいいし、規模は小さい方がいいし、早く終わった方がいいし、犠牲は少ない方がいい……こういう現実的な判断ということもあるだろう。絶対平和主義に問題があるとすると、実際に戦争が始まってしまった場合、終結にむけての現実的な判断ができなくなることかとも思うが、これは、反論もあるだろう。

2026年3月14日記

ネコメンタリー 猫も、杓子も。「新井素子とこすみ」2026-03-18

2026年3月18日 當山日出夫

ネコメンタリー 猫も、杓子も。「新井素子とこすみ」

こすみのことも気になるのだが、私が見ていて一番気になったのは、新井素子の使っているパソコン。富士通製であることは分かる。使っているソフトはいったい何だろう。Wordでも、一太郎でもない。何かのエディタかなと思うが、そうでもないようだ。さらに不思議なことに、キーボードの上に白い紙のようなものがかぶせてある。キーの文字が見えないようにしてあって、それでキーボードを打って書いている。いったい、どうなっているのだろう。

Copilotできいてみたら、新井素子は、OASYSのユーザということだった。Windows版のOASYSは、windws10版までは、発売されていたようなので、これだろうか。

なお、昔、ワープロ専用機のあった時代、私が、使ったことのあるのは、OASYSと文豪である。(今になって思えば、その実物とか、マニュアルとか残しておくべきだったと感じるのだが、もう処分してしまった。)

こすみが、一緒にくらしていた兄弟のネコが亡くなってから、ポジションが変わったというのは、なるほどと思う。ネコと人間の関係もあるし、それと、ネコ同士の関係というのが、微妙にある。

我が家のネコは、床に私のパソコン……これを書いているVAIO……がおいてあったりするような場合でも、キーボードの上を踏まないように、避けて歩いている。これを踏んで歩いたらいけない、ということを知っているかのようである。別に、そう教えたということはないのだけれど。

地下に書庫がある。本は商売道具だから、こういうのは必要。これも、基本的に本の背表紙が見えるように配架されているのは見事。床に積んでしまったら、発掘するのは容易ではない。

2026年3月16日記

サイエンスZERO「未来を載せる!“トラック輸送”技術最前線」2026-03-18

2026年3月17日 當山日出夫

サイエンスZERO「未来を載せる!“トラック輸送”技術最前線」

物流の合理化ということは、避けてとおれないことである。この回は、特にトラック輸送についてだった。

トラックのEV、燃料電池車、というのは、こういう方向なのだろうと思う。EVトラックにかんしては、配達エリアが決まっていて、充電できる時間と場所が確保できるということが条件になるだろうか。

日本国内だと、トラックが長距離を走っても、定期的に休憩しなければならない。そのように法的に決められている。これから長距離のEVトラックということになったり、水素の補給ということになると、どこをそのためにつかえるかということが、課題になるだろうか。

荷役の自動化は、工場内のことでは、かなり進んでいる。パレットに載せてトラックに積み込むのも、自動のフォークリフトでなんとななるだろう。問題が、それを降ろすときであるというのは、意外だったが、これはいたしかたないことかもしれない。輸送中に荷物がずれない方法ということも、開発されてはいるだろう。

自動でフォークリフトがパレットを降ろすときに、AIに学習させる画像データとして、本物の荷物の画像である必要はない。フラクタル図形で出来る。それも、その輪郭を学習させるだけで、精度が向上する。(これは、一般的に、AIに何かを学習させるというときに、広くいえることなのだろうか。)

非接触の給電技術が、実用化できるとすると、おそらく一番使うべきことになるのは、路線バスかもしれない。決まった道路を、決まった時間に走るので、どこに設置するかが、決めやすい。

物流については、やはり、ラストワンマイルのことが大きな問題だと思う。工場や物流拠点との間であれば、自動化ということは可能かもしれない。最終的に、宅配などの最末端にとどけることは、簡単ではない。中小企業にとっても、自動化とはいっても、負担は大きいかもしれない。

物流とも関係するが、都市部において、宅配だけではなく、これからは、介護や福祉、医療サービスなどのために、自動車でその家まで行くということが、多くなる。自動車に必要なのは駐車場である。都市部のタワーマンションなどに、介護などのための自動車が、随意に一時間以上駐められるということが、今後は必須になってくるかと思うが、どうなのだろうか。また、セキュリティが厳重すぎて、救急車を呼んでも現場にすぐに行けないということも、あるかもしれない。そんなところには、老人は住めないという時代になっていくだろうか。

ラストワンマイル、というよりも、ラストの100メートル、いや、10メートル、1メートルが、これからの最大の課題かと思う。

2026年3月16日記

コンテナ全部開けちゃいました「〜苫小牧港編〜」2026-03-18

2026年3月18日 當山日出夫

コンテナ全部開けちゃいました「〜苫小牧港編〜」

苫小牧港からである。

まず出てきていたのは、長いも。おがくずの中にいれて、リーファーコンテナで運ぶ。台湾では、長いもが薬膳スープとして食べられる。これは、美味しそうであった。それからジュースにもする。

北海道の長いも栽培の畑とか収穫の様子とかは、始めて見たかと思う。その収穫は、大胆であるかと思うが、最後は手作業で丁寧に地下から取り出している。

ホタテも輸出されている。ホタテは、中国が禁止したことが記憶に新しいが、結局、中国はどうしたいのか……日本を子分にしたい、別の表現をすれば、勢力圏の中にとりこみたい、ということなのだろうが、まあ、無理だろうと思っている。(中国の次の後継者がどうなるのだろうか。えてして独裁政権は、次の後継者のことで倒れたりということがあるかと思うのだが。)

中国が買ってくれなくなって、他に販売ルートを求めるということは、報道などでいわれていたことである。水産物加工ということでは、ベトナムが良かったということになる。ホタテも、使い方としては、加工して貝柱を使う。これは、なんとなくもったいない気もするが。そして、その加工したホタテの輸出先は、アメリカが多い。

ちょっと気になったのは、港の名称としては、サイゴン港、と言っていたこと。街の名称は、今では、ホー・チ・ミン市になっている。ただ、私の年代(ベトナム戦争のころを覚えている)では、昔のサイゴンと言ってもらわないとよく分からない。

香港には、ロングライフ牛乳が輸出されている。ロングライフ牛乳が登場したときのことは覚えているが、そういえば、このごろ見かけないということに気づいた。だが、世界の牛乳の多くは、ロングライフ牛乳になっている。例外が、日本とアメリカのようだ。ロングライフ牛乳のための容器の開発は、他の商品のために役立っている。別に、日本でも、ロングライフ牛乳でいいようにも思う。これは、輸送や販売に冷蔵の必要がないので、エネルギー節約という観点から、合理的である。

港湾のコンテナの輸送のために、自動運転を開発している。映っていたのは、HINOだった。港湾施設の内部で利用するということであれば、ほとんど問題なく運用できるのではないかと思える。人が乗っている必要がなくなれば、24時間稼動できるし、完全無人運転になると、人手不足解消の切り札になるかもしれない。

こういう技術は、公道以外、工場の敷地内のものの運搬など、これから期待できる分野だろう。

2026年3月14日記

世界遺産ワーカー「韓国 宗廟」2026-03-17

2026年3月17日 當山日出夫

世界遺産ワーカー「韓国 宗廟」

これは面白かった。

韓国の人びとにとって、どの氏族(といっていいのだろうか、祖先を共通するファミリー)に属することになるのか、ということがとても重要なことであるという認識はもっているのだが、それが、李氏朝鮮王朝の末裔となると、また別格の意識になるのだろう。

その前に、今の韓国の人びとは、李氏朝鮮王朝のことを、どう思っているのだろうか。日本でいえば、中世から近世にかけてのころのことになる。

前近代の封建社会と見るのだろうか。朝鮮文化の形成された時期と見るのだろうか。これは誇るべき歴史になる。そうではなく、否定すべき前近代、あまりに前近代的であったので、結果的には、西欧列強の侵略に抗しきれず、あげくのはてに日本の植民地になってしまった失敗の歴史ととらえることになるのだろうか。(このあたりの事情がよく分からないというのが、日本から見た韓国ということでもあるが。)

番組の中で、意図的なのか、無意識にそうなってしまったのか、皇帝ということばと、国王ということばを、つかっていたが、これは、やはり厳密に区別しておくべきだろう。いまだに、韓国では、日本の天皇を「日王」と言って、「天皇」であることを認めない。(私の認識ではであるが。最近は、変わってきたのだろうか。)このことばは、東アジアの歴史を語るときには、かなり注意してあつかうべきことばである。(日本の古代史を語る場合、日本の研究者でも、「天皇」ということばを避けて、意図的に「王」ということがある。)

それから、気になったことは、ここで出てきていた祭祀は、先祖祭祀であるらしい。これは分かるのだが、朝鮮という王国の王様としては、天、とのかかわりはどうだったのだろうか。これが、中国の皇帝だったら、天とのつながりが強固なものとしてあると思うが。ただ、魂魄の行き先として、天といっているだけのことなのだろうか。

李氏朝鮮で、もし、その王朝がずっと続くことを思っていたなら(実際にはそうならなかったのだが)、始めから、将来の増加分(?)を見こして、建物を造っておくべきだったように思える。時代がたつにしたがって、建て増ししてきたというのは、なんだか、計画性の無さのように思えてならない。

にもかかわらず、魂魄としてやってくる霊魂は、一つにまとまっているということでいいのだろうか。映っていたのは、小さな箱が一つだけだった。

どうもこのあたりが、ちぐはぐな感じがする。

まあ、先祖祭祀ということが、そもそも近代的な合理主義で設計されたものではないので、どうということはないとも思うが。

ところで、宗廟の維持管理は、国がかかわっているのだろうか。王族の末裔だけで、維持管理ができるとは思えない。国が文化財として維持管理することと、そこで宗教的な儀式をとりおこなうことは、日本だと、形式的にはかなり問題になったりすることなのだが、韓国では、まったく問題ないのだろうか。このあたりも気になるところである。番組で登場していた人は、ボランティアということが多かったようなのだが、舞踊と音楽もそうなのだろうか。

音楽で興味深かったのは、番組で出てきたヘグムよりも、どう見ても(日本の古代の遺跡から出てくる)銅鐸としか思えない楽器(?)。横にならべて棒からつるしてあって、それぞれに音階がちがうのだろうが、叩いて音を出していた。こういう楽器は、いつごろから使われているのだろうか。

音楽や舞踊は、古くからのものを残していることは分かるのだが、では、史料としては、どれぐらいさかのぼることができるものなのか、気になる。(逆に、現代的なアレンジが加わっているとすると、どういう部分があるのだろうか。)

宗廟の歴史として、秀吉の文禄慶長の役(日本での古くからの呼称としては)で焼けてしまって再建したことは言っていたが、近代になってからの、日本の植民地であった時代のことは、まったく言っていなかった。このことについて語り出すと、とめどがなくなるか、いろんな意見が出てきて収拾できなくなる、というので省略したと思えるのだが、どうなのだろうか。

2026年3月12日記

ダークサイドミステリー「消えた80億円!欲望が呼ぶ犯罪連鎖 〜史上最大の地下トンネル金庫破り〜」2026-03-17

2026年3月17日 當山日出夫

ダークサイドミステリー「消えた80億円!欲望が呼ぶ犯罪連鎖 〜史上最大の地下トンネル金庫破り〜」

これは、かなり面白かった。

まず思ったのが、その測量の見事さである。80メートルのトンネルを掘るだけでも、かなりの計画が必要であるが、それを、目的地(?)の金庫室の真下にもってくるのは、難しいかもしれない。銀行の内部に共犯者がいたので、金庫室の間取りなどは、分かっていただろう。だが、スタート地点の建物から、どの方向に向かっているかを正確に把握していないと、ゴールに到達できない。この計測は、どうやったのだろうか。

ブラジルはかつては軍事独裁政権であったが、この時代の方が、むしろ治安は良かった、というのは、なんとも皮肉な話しである。民主化されて、自由になった結果、汚職や麻薬犯罪が横行するようになった(らしい)。民主主義は、人間を賢くするということではないようである。(これは、今の世界の様子を見ていても感じるところである。だが、それで人間が賢くなることはないとしても、他の制度より民主主義の方がマシである。いや、より悪くはない。チャーチルの言うとおり。)

犯人たちと、連邦警察と、汚職警官、この三つ巴の争いは、こういうこともあるのかと思うが、なんともすさまじい国である。地方の警察官の一部は、もうギャングとしかいいようがない。誘拐して身代金をとるだけではなく、殺しまでやってしまうらいい。

大きな犯罪で、一番、もうけることになるのは、マネーロンダリングである。たしかに、今の時代の犯罪としては、そういうことなのかなと思う。

現金で、50レアル札で、大金を払えば、それで足がつく。つまりは、奪った金の賢い使い方(?)を考えていなかったということになる。この意味では、銀行の地下にトンネルを掘って現金の札束を盗むというのは、あまり合理的な仕事ではないということかもしれない。

今の時代、現金の札束というのは、あまり目にすることがないかなと思う。銀行間のやりとりで、お金は流れる。

一方、日本で最近あった事件だと、現金の札束を狙った事件があった。これは、日本から香港に日常的に現金を運んでいたらしいのだが、今の時代にこんなことをするのかと思って、ニュースを見ていた。(日本円の札束は、魅力的なのだろうか、安心資産ということなのだろうか。)

地下にトンネルを掘るといって、話しの中で出てきていたのが、メキシコとアメリカの国境の密入国のためのトンネル。無論、これは非合法であるし、掘ったのも、通行の料金をとるのも、マフィアということになるのだろう。だが、こういうことが、どうどうと話題に出てくるというのも、珍しいことかもしれない。地下トンネルというと、最近では、ガザ地区からイスラエルに延びるトンネルのことが、思い出される(ハマスが作った)。それから、『大脱走』を思い出す。これは、測量を誤って出口をあぶないところに作ってしまったのだが。

どんな犯罪でも、末端の仕事をする下っ端が一番損をする……こういうことは、どこの国でも変わらないことのようである。

2026年3月12日記

『魯山人のかまど』「晩夏編」2026-03-17

2026年3月17日 當山日出夫

『魯山人のかまど』「晩夏編」

第二回目になって、このドラマの意図が、徐々に分かってきたかな、という印象である。

魯山人は孤独である。家族みんなでそろって、楽しく食事をするのがいいと思っている。しかし、魯山人に家庭はない。食事も一人でとっている。なぜ、魯山人は孤独なのか、その生いたちの回想から、たどって描くということなのだろう。

料理は芝居である……と言っていたが、これは、料理屋の料理は、まさにそのとおりだと思う。芝居を楽しみに来る人には、上手な芝居を見せる。それが、プロの芸人、あるいは、芸術家である。

前回、良寛の書のことが出てきていた。良寛が嫌ったものは、書家の書、歌よみの歌、であることは知られていることだと思う。これにならっていうならば、料理人の料理、もふくまれるだろう。だから、家庭料理に価値がある、となるかなと思うが、どうだろうか。

そうであるならば、お客さんのところに出ていって、あれこれ料理について講釈を述べるというのは、余計なことかとも思える。だが、これが、魯山人の流儀なのだろう。また、お客も、その魯山人の説明を求めている。

現代だと、料理屋さんに行ったり、旅館に泊まったりすると、持ってきてくれた料理について、これこれでございます、と説明してくれる。こんな習慣はいつからあるのだろうか。お刺身が出てくると、逐一、これは何の魚であるか言ってくれるのだが、そんなものは聞いたそばから忘れてしまう。まあ、見ればイカぐらいはすぐに分かるが。

イカについて、魯山人は、透明であるのが本来である、という。白いイカを褒める客と喧嘩になる。これは、今では、生きのいいイカは、透明なものという認識が広まっているが、魯山人の時代はどうだっただろうか。今でも、透明なイカを食べようと思えば、港のすぐ近くの料理屋さんに行く必要がある。魯山人が、イカは透明なものという認識を得たのは、どういうことでだったのだろうか。

海の中を泳ぐイカを見ろと、魯山人は言うのだが、これは、現代でも、水族館か料理屋さんの生けすでないと、難しいかと思う。漁師さんに連れられて海に行ったからといって、海中のイカの姿を見ることは、かなり難しかったと思うのだが、はたしてどうだろうか。

この回も、ヨネ子が、山道を歩いてやってくるシーンからはじまっていた。これは意図的に、簡単に来られない場所に、魯山人の家(星丘茶寮といっていいのか)があるということかと思う。要するに、食べるまえに、たくさん歩いてお腹を空かせておいてくれれば、料理が美味しくなる、ということかと思うのだが、はたしてどうなのだろうか。

京都の風景として、いくつかのお寺や神社が映っていた。まったく人間の映り込まない映像としてあった。これは、こういう演出にならざるをえないだろう。観光客でごったがえす今の京都では、とても魯山人の感覚を表現することにつながらない。上賀茂の社家町は、今でも、この風情の残っているエリアである。

料理は芸術である、これは、現代では普通に認められる概念となっている。その一方で、魯山人は、家庭料理が最高であるとも書いている。これが、どのようなかたちで、一人の魯山人という人間の中にあるのか、ここをどう描くかが、難しいところかとも思う。

前回の吉田茂がワインを飲むところでも感じたし、今回もそうなのだが、魯山人は、ビールやワインについて蘊蓄をかたむけ、その美味しい飲み方をうんぬんすることはしてない(ようである。)無造作にビール瓶を手にとって、ダボダボとコップについでいる。この雑な動きも、演技としては計算されたものになるが、なぜ、料理についてはうるさいのに、お酒については、(今の価値観からすると)かなり無頓着なのか。これも、わけのあることかと思う。

余計なことを書いておくと……私の感覚としては、おいしく料理を食べようとしているところに、よこからビールのお酌などしてくれない方がいい。料理もお酒も、自分のペースであった方がよい。だが、この時代の感覚としては、女性がいてビールをついでくれるというのは、特に問題視することではなかっただろうとも思う。このあたりの脚本は、現代的でありすぎるように感じた。しかし、これも、魯山人が、お酒のお酌など余計なことだと思っていたということなら、これはこれでいいと思うが。

2026年3月15日記

「悪魔の手毬唄」(前編)2026-03-17

2026年3月17日 當山日出夫

「悪魔の手毬唄」(前編)

NHKで作っている、横溝正史原作、金田一耕助のシリーズである。BSP4Kで見た。

『悪魔の手毬唄』は読んだ本である。たしか、高校生か大学生のころになる。角川文庫で、横溝正史の作品が、つぎつぎと刊行されて、『八つ墓村』の映画などがヒットしてころになる。

読んだことは覚えているのだが、内容はさっぱり忘れている。だが、この作品が、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』にならったものであることは、ミステリとしての常識である。マザーグースの歌のとおりに殺人事件が起こる。それを、横溝正史は、中国山地の山奥にある鬼首村に設定して書いた。鬼首村という名前は、獄門島や、八つ墓村とならんで、いかにも横溝正史らしい。

読んだことは覚えている。内容をすっかり忘れてしまったということではない。おりん婆さんの登場は、覚えている。このことが、作品としては、謎の一つの要素になっている。それから、原作では、遺体の移動のための手段が、読み始めてすぐに出てくる。これは、ミステリを読み慣れている人間なら、ああこれで遺体を運んだにちがいない、とすぐに気のつくことである。横溝正史の作品だから、重いものを運ぶとなると、死体である。

とにかく、登場人物の関係がややこしい。すんなりと、お互いの関係が頭にはいってこない。そして、現在の登場人物の複雑な関係が、過去にあった忌まわしい事件と関連している。このあたりは、『八つ墓村』に似ている。

時代としては、戦後のしばらくのころということだろう。ドラマ版を見るかぎり、明確にいつのこととはしていない。

ドラマの中で出てくる演芸場のシーン、活動写真のシーンは、とてもいい。ただ、原作ではどうだっただろうかと思うが、まったく覚えていない。

今の時代のドラマだから、活動写真の弁士、ということに注釈的な科白をいれなければならないのかとは思うが、だが、金田一京助が、無声映画と活動弁士を知らないということは、設定として無理だろう。

最初の方に出てきたお屋敷の映像は、私の記憶だと、たしか八つ墓村の映画で使ったのと同じように思えたが。これも、今の時代だから、ドラマのロケ地で検索すれば分かることなのだが。

登場している女優さんでは、やはり宮沢りえがいい。それから、白石加代子が圧巻である。

さて、後編を楽しみに見ることにしよう。

2026年3月15日記

『豊臣兄弟!』「信長上洛」2026-03-16

2026年3月16日 當山日出夫

『豊臣兄弟!』「信長上洛」

こういう作り方のドラマだということは理解できるつもりだが、なんだか、歴史の年表を見て、ところどころで、実はこうだったと種明かしを挟んである、というのは、はっきりいって、あまり面白いとは感じない。これは、人にもよるだろうが。

このドラマでは、こまかな人間の感情の起伏や流れということを描かない。人間関係が、登場人物一覧の系図以上のものになっていない。たぶん、意図的に、深く人間の心理を描くことはしないということで作っていることになる。といって、戦国時代の武将たちが知謀の限りを尽くしているということもない。

信長が「天下布武」の印を使っていることは知られているし、その意味をどう考えるか、京の都を中心として五畿内を平定することであったのか、それとも、日本全土(この時代だから、北海道と琉球は除くことになるが)を手中におさめるのか、議論のあるところになっている。この回のはじまりが、「天下布武」の意味を、京を中心とした支配ということで言っていたのだが、これはどうみても、諸説ある、としなければならないところだろうと思って見ていた。それを、最後のところで、ひっくりかえして信長の意図は、全国の統一であるという方向に向かうということにしてあった。戦国時代について、ちょっと知識があれば、脚本の意図は分かるところかと思うが、しかし、話しの運び方が急である。

見る人が、歴史の知識があることを前提にしているかと思われる一方で、無理をしていると感じるところもある。

疑問に思ったところとしては、お市が、小一郎に手紙の代筆、あるいは、草案を依頼する場面。この時代の文書(書簡)としては、男性の武将が書く(発給する)ものと、女性が書くものとでは、目的も、書式も、内容も、違う。何よりも、女性の書く文字が、男性とは違う。どう考えても、設定として無理がある。

また、終わりの方で、信長が上洛の後、各地の大名たちに文書を送ったかと確認する場面があったが、これはどうだろうか。この時代にこういう文書を送るとするならば、その案を右筆が起草するとしても、信長自身が目をとおすかと思うし、何よりも、信長自身の花押が必要になる。歴史学、古文書学の現在の研究では、信長が、こんな文書を書いて送れ、と命令しただけで、それでことがはこんだということになっているのだろうか。

信長の花押が自身が書いたものかどうか、ということは、現在では史料として、どう考えることになるのだろうか。

明智光秀と足利義昭が岐阜にやってきた場面も、ドラマのようであってもいいかと思うが、どうかなと思うところでもある。始めて岐阜にやってきただろう光秀と義昭であるならば、信長に面会するより先に、岐阜の城下の様子を偵察する、その規模や人びとの暮らしぶりや市場にある商品など、これらを観察することで、信長の大名としての実力を見極めてから、ということの方が、戦国時代ドラマとしては、自然だろう。もちろん、岐阜城の作り方をじっくりと観察する場面もほしい。

さらに思うこととしては、秀吉の住まいには畳がある。信長の岐阜城の広間は畳敷きである。だが、それ以外は、板の間に作ってある。明障子とか、畳の部屋とか、この時代には、どれぐらい普及していたのだろうか。(撮影の都合上、明障子があることにしないと、部屋の中が暗くなってしまうということがあってかとも思うのだが。)

どんなに荒廃した京の街であっても、そこに将軍がいることに意味がある、ということなのかとも思う。であるならば、この時代に、京の街にいなければならなかったのは、何よりも天皇である。天皇がいるからこそ京の町である。こういう視点は、日本史をかんがえるうえで、重要なことだと思うが、このドラマではどうなるだろうか。

終わりのところで、秀吉たちは、京の町で、銭をばらまいていた。荒れ果てた京の町の人びとにとっては、銭があっても買うものがない、ということかもしれない。銭による現金給付よりも、食べるもの着るものの現物給付の方が、効果的かもしれない。まあ、非常に現代的な考え方であるが。(戦禍のガザ地区に空からドル紙幣をまいても意味がないだろう、それよりも食料品であるべきだった、というようなことを考えてもいいかとも思う。)

戦国時代のオールスタードラマという雰囲気になってきた。この時代を生きた人間としての、こまやかな感情のやりとりということには、どうもならないようである。

2026年3月15日記

『八重の桜』「再び戦を学ばず」2026-03-16

2026年3月16日 當山日出夫

『八重の桜』「再び戦を学ばず」

時代としては、憲法の制定、教育勅語、というあたりから、日清戦争までのことになる。

この時代を描いて、また、これまでの戊辰戦争のことなどを描いてきて、平和主義と武士の忠誠心、これを無理なく一つのドラマの中におとしこむには、ちょっと無理があるかなという気がする。

どちらも、人間として普通にいだく感情である。戦争よりも平和がいいにきまっている。そして、武士としては主君に忠誠をつくすべきである。これらのことが、うまく調和しないままに、ドラマの中にある。ときとして非常に矛楯することになる場面もあるだろうが、それを無いかのごとく描くのは、しかたないことかとも思う。

赤十字の従軍看護婦ということは、非常に肯定的に近代的な価値観で見ることもできるし、その一方で、これは戦争があることを前提にしているので、そんな存在自体を忌避すべきであるという潔癖な絶対平和主義もあるだろう。ここのところをつきつめて考えることを避けて、なんとなく、八重という人物のなかで一緒になっている。これはこれで、この時代を生きた人間のあり方として、否定されるべきことではないといってもよい。

会津は逆臣ではなかった。正義かどうかは、天皇の意向にそったかどうかできまる。俗な言い方をすれば、玉を手にした方が勝ちということになる。これも、会津から見た幕末から明治維新、戊辰戦争ということであるならば、こうなるだろうとは思う。

2026年3月15日記