よみがえる新日本紀行「雪の岬で...-兵庫県香住町御崎-」 ― 2026-01-24
2026年1月24日 當山日出夫
よみがえる新日本紀行 「雪の岬で...-兵庫県香住町御崎-」
再放送である。2024年。オリジナルは、昭和54年(1979年)。
餘部鉄橋から始まっていた。この鉄橋で事故のあったのは、かなり前のことになるだろうか。
香住には、一~二回、行ったことがある。冬の間に、カニを食べにである。
だが、香住の御崎にこのような生活があるということは、知らなかった。冬になって、雪崩が起こるのが当たり前。道が雪崩でふさがれると、その上を歩いて学校に通う。(かなり危ないと思うのだが、どうなのだろうか。)
オリジナルの番組の時点で、家の数が23軒だったものが、2024年で15軒、だという。これは、あまり減らずに残っている方だと見るべきだろうか。この地域も、過疎高齢化、人口減少の地域であるはずだが。
38年の大雪……と言っていたのだが、いわゆる「三八豪雪」である。もう、こういうことも、歴史の知識ということでいいだろうか。私は、体験的には記憶していないが、ことばとしては知っている。
平家の落人伝説の村落であり、神社にお参りすることが、人びとの日課になっている。厳しい自然環境の中で、孤立したエリアであるから、住んでいる人たちの結束を維持することが、何より重要なことだった。そうでなければ、生きていけない。こういうことを、ただ地方の封建的な悪弊とは言い切れないかと思う。
今では、人口は減ったようだが、それでも、年に一回の百手の儀式のために、都会に出た人が、子どもを連れて帰ってくる。こういうことは、続いていっていいことだと思う。
ちょっと映っていたのだが、軒先に干してあるカレイの干物があった。これは、絶対に美味しいにちがいない。カニよりも、こういうものの方が美味しいだろうと思うようになっている。カニは、都会のお店でも食べられるのだが、地元のものは、難しい。
2026年1月22日記
よみがえる新日本紀行 「雪の岬で...-兵庫県香住町御崎-」
再放送である。2024年。オリジナルは、昭和54年(1979年)。
餘部鉄橋から始まっていた。この鉄橋で事故のあったのは、かなり前のことになるだろうか。
香住には、一~二回、行ったことがある。冬の間に、カニを食べにである。
だが、香住の御崎にこのような生活があるということは、知らなかった。冬になって、雪崩が起こるのが当たり前。道が雪崩でふさがれると、その上を歩いて学校に通う。(かなり危ないと思うのだが、どうなのだろうか。)
オリジナルの番組の時点で、家の数が23軒だったものが、2024年で15軒、だという。これは、あまり減らずに残っている方だと見るべきだろうか。この地域も、過疎高齢化、人口減少の地域であるはずだが。
38年の大雪……と言っていたのだが、いわゆる「三八豪雪」である。もう、こういうことも、歴史の知識ということでいいだろうか。私は、体験的には記憶していないが、ことばとしては知っている。
平家の落人伝説の村落であり、神社にお参りすることが、人びとの日課になっている。厳しい自然環境の中で、孤立したエリアであるから、住んでいる人たちの結束を維持することが、何より重要なことだった。そうでなければ、生きていけない。こういうことを、ただ地方の封建的な悪弊とは言い切れないかと思う。
今では、人口は減ったようだが、それでも、年に一回の百手の儀式のために、都会に出た人が、子どもを連れて帰ってくる。こういうことは、続いていっていいことだと思う。
ちょっと映っていたのだが、軒先に干してあるカレイの干物があった。これは、絶対に美味しいにちがいない。カニよりも、こういうものの方が美味しいだろうと思うようになっている。カニは、都会のお店でも食べられるのだが、地元のものは、難しい。
2026年1月22日記
大人のEテレタイムマシン 土曜美の朝「心のままに撮る 写真家 植田正治 植田正治」 ― 2026-01-24
2026年1月24日 當山日出夫
大人のEテレタイムマシン 土曜美の朝「心のままに撮る 写真家 植田正治 植田正治」
中学生のころから、カメラを使っている。暗室の作業で、現像液の中の印画紙に写真が浮かびあがってくるのは、とても魅力的である。写真の魅力の醍醐味といってもいいだろう。だが、これも、今のデジタルカメラになって、味気ない感じがするところもあるが。
植田正治は、名前も作品も知っている。しかし、私の世代で写真を撮ることを趣味としてきた人間の多くがそうだろうと思うが、土門拳のリアリズム……絶対非演出、絶対スナップ……ということの方に、大きく影響されるところがある。土門拳の目があまりに峻厳と感じる場合には、木村伊兵衛などにひかれるところもあった。ただ、木村伊兵衛もものすごく鋭い目の持ち主であるけれど。
現在になってふりかえると、植田正治の写真が、とても魅力的なものに感じる。あるいは、(ちょっと古いことばだが)モダンというべきだろうか。
私は、植田正治というと、砂丘の人物写真を思い浮かべる。人物を撮ったというよりも、不思議な空間に人がいる、その空間的配置に、不思議な感じがする。
土門拳の言ったような絶対リアリズムということは不可能である。これは、そのとおりであるにちがいない。カメラを向けられた人間は、それを意識せざるをえない。これは、見方によっては、土門拳の写真の本質かとも思える。このことについては、木村伊兵衛の人物写真は、写される人物がカメラを意識していることが、実に自然なことに写している。これはこれで、すごいことである。
番組を見ていて気になったことは、字幕ありで見ていると、「海外」となっているのだが、これは、「絵画」の間違いだろう。植田正治の写真は「絵画」というのことばがふさわしい。
インタビューしているのは、山根基世アナウンサーであったが、やはり若い。
写真を撮っているところの映像を見ると、使っているカメラは、ペンタックス6×4、ハッセルブラッド、である。フィルムカメラの名機である。
2026年1月22日記
大人のEテレタイムマシン 土曜美の朝「心のままに撮る 写真家 植田正治 植田正治」
中学生のころから、カメラを使っている。暗室の作業で、現像液の中の印画紙に写真が浮かびあがってくるのは、とても魅力的である。写真の魅力の醍醐味といってもいいだろう。だが、これも、今のデジタルカメラになって、味気ない感じがするところもあるが。
植田正治は、名前も作品も知っている。しかし、私の世代で写真を撮ることを趣味としてきた人間の多くがそうだろうと思うが、土門拳のリアリズム……絶対非演出、絶対スナップ……ということの方に、大きく影響されるところがある。土門拳の目があまりに峻厳と感じる場合には、木村伊兵衛などにひかれるところもあった。ただ、木村伊兵衛もものすごく鋭い目の持ち主であるけれど。
現在になってふりかえると、植田正治の写真が、とても魅力的なものに感じる。あるいは、(ちょっと古いことばだが)モダンというべきだろうか。
私は、植田正治というと、砂丘の人物写真を思い浮かべる。人物を撮ったというよりも、不思議な空間に人がいる、その空間的配置に、不思議な感じがする。
土門拳の言ったような絶対リアリズムということは不可能である。これは、そのとおりであるにちがいない。カメラを向けられた人間は、それを意識せざるをえない。これは、見方によっては、土門拳の写真の本質かとも思える。このことについては、木村伊兵衛の人物写真は、写される人物がカメラを意識していることが、実に自然なことに写している。これはこれで、すごいことである。
番組を見ていて気になったことは、字幕ありで見ていると、「海外」となっているのだが、これは、「絵画」の間違いだろう。植田正治の写真は「絵画」というのことばがふさわしい。
インタビューしているのは、山根基世アナウンサーであったが、やはり若い。
写真を撮っているところの映像を見ると、使っているカメラは、ペンタックス6×4、ハッセルブラッド、である。フィルムカメラの名機である。
2026年1月22日記
スイッチインタビュー「吉沢亮×四代目 中村鴈治郎」 ― 2026-01-24
2026年1月24日 當山日出夫
スイッチインタビュー 「吉沢亮×四代目 中村鴈治郎」
お正月に再放送があったのを録画しておいて、ようやく見た。最初の放送は、2025年6月である。
『国宝』は、原作の吉田修一の小説は読んでいる。映画が、とても話題になっていることは知っている。だが、あまり映画を見たいとは思わない。もう今の生活だと、映画館まで行くのが(自動車に乗っていかないといけない)面倒になってしまったということもある。それから、『国宝』を映画化するなら、いっそのこと、舞台シーンは無しにし、喜久雄を中心とした様々な登場人物たちの人間のドラマとして描く、あるいは、昭和の時代を年代記風に描く、ということの方が、面白いと思う。歌舞伎の舞台シーンで見せるというのは、そういう作り方もあることは分かるし、これはこれで、とても難しいことなのだが、それよりも、極道に出自を持つ若者が、大阪に出て歌舞伎に出会い、梨園で生きていく姿のこと、その周囲の人物関係と心理、これを一種の教養小説風、昭和の年代記、として作ることの方が、私としては好みということになる。その舞台シーンは、観客の想像にゆだねる、ということでもいいではないだろうか。舞台のシーンは無いのだが、そのシーンを映画を見ながら想像する……これは、今の時代には、無理なことだろうか。
この番組としては、芸談、としてとても面白かった。吉沢亮が喜久雄を演じ、喜久雄が演じた『曽根崎心中』のお初を演じる……ここにある微妙な関係が、とても面白い。これが、歌舞伎の舞台だったら、鴈治郎が演じたお初を観客は見るだけのことになる。映画の表現と、歌舞伎の表現の違いということを、的確に四代目鴈治郎と吉沢亮が語っていた。
四代目鴈治郎は、歌舞伎の家に生まれたが、初舞台は遅く、中学高校の間は、歌舞伎にかかわることを許されなかったという。これも、非常に面白い。その芸の家に生まれたら、幼いころから徹底的に芸をしこまれて、ということではない。だからこそ表現出来る人間ということになるのだろう。
演劇という、舞台という観客と時空間を共有するところに生まれる芸術と、映画という映像表現と、その違いということについても、実際の役者ならではの感覚で語るところがある。そういうものだろうと思う。
ところで、『曽根崎心中』は、近松門左衛門の作であるが、この時代には、人形は一人でつかっていた。お初と徳兵衛が、お初の足で気持ちをたしかめるという部分は、近松の時代の人形浄瑠璃ではできなかった、と思うのだが、『曽根崎心中』の演劇史、芸能史、としては、どういうことになるのだろうか。番組の中で映っていた、現在の文楽のシーンは、玉男と簔助だった。ちょっと古い。
2026年1月22日記
スイッチインタビュー 「吉沢亮×四代目 中村鴈治郎」
お正月に再放送があったのを録画しておいて、ようやく見た。最初の放送は、2025年6月である。
『国宝』は、原作の吉田修一の小説は読んでいる。映画が、とても話題になっていることは知っている。だが、あまり映画を見たいとは思わない。もう今の生活だと、映画館まで行くのが(自動車に乗っていかないといけない)面倒になってしまったということもある。それから、『国宝』を映画化するなら、いっそのこと、舞台シーンは無しにし、喜久雄を中心とした様々な登場人物たちの人間のドラマとして描く、あるいは、昭和の時代を年代記風に描く、ということの方が、面白いと思う。歌舞伎の舞台シーンで見せるというのは、そういう作り方もあることは分かるし、これはこれで、とても難しいことなのだが、それよりも、極道に出自を持つ若者が、大阪に出て歌舞伎に出会い、梨園で生きていく姿のこと、その周囲の人物関係と心理、これを一種の教養小説風、昭和の年代記、として作ることの方が、私としては好みということになる。その舞台シーンは、観客の想像にゆだねる、ということでもいいではないだろうか。舞台のシーンは無いのだが、そのシーンを映画を見ながら想像する……これは、今の時代には、無理なことだろうか。
この番組としては、芸談、としてとても面白かった。吉沢亮が喜久雄を演じ、喜久雄が演じた『曽根崎心中』のお初を演じる……ここにある微妙な関係が、とても面白い。これが、歌舞伎の舞台だったら、鴈治郎が演じたお初を観客は見るだけのことになる。映画の表現と、歌舞伎の表現の違いということを、的確に四代目鴈治郎と吉沢亮が語っていた。
四代目鴈治郎は、歌舞伎の家に生まれたが、初舞台は遅く、中学高校の間は、歌舞伎にかかわることを許されなかったという。これも、非常に面白い。その芸の家に生まれたら、幼いころから徹底的に芸をしこまれて、ということではない。だからこそ表現出来る人間ということになるのだろう。
演劇という、舞台という観客と時空間を共有するところに生まれる芸術と、映画という映像表現と、その違いということについても、実際の役者ならではの感覚で語るところがある。そういうものだろうと思う。
ところで、『曽根崎心中』は、近松門左衛門の作であるが、この時代には、人形は一人でつかっていた。お初と徳兵衛が、お初の足で気持ちをたしかめるという部分は、近松の時代の人形浄瑠璃ではできなかった、と思うのだが、『曽根崎心中』の演劇史、芸能史、としては、どういうことになるのだろうか。番組の中で映っていた、現在の文楽のシーンは、玉男と簔助だった。ちょっと古い。
2026年1月22日記
BS世界のドキュメンタリー「北の女と南の男 韓国 脱北者“結婚のリアル”」 ― 2026-01-24
2026年1月24日 當山日出夫
BS世界のドキュメンタリー 「北の女と南の男 韓国 脱北者“結婚のリアル”」
結婚するのは、今は、世界のどの国でも大変だよなあ、と思ってしまう。韓国もとても大変なようだ。
いや、それよりも、なによりも、一番驚いたのは、見始めた冒頭で、ソウル市内で餓死した人がいたということ。日本でも、絶対的貧困ということは言われているのだが、東京で人が死んで餓死だったというのは、まずないだろう。あっても、老人などの孤独死(おそらくは病死)かと思うが、これなどは、もう当たり前すぎて、ニュースにはならない。でも、餓死はないだろうと思うのだが、どうなのだろうか。
いったい韓国の社会保障とか、生活保護のシステムとか、どうなっているのだろうか。
韓国のことについては、一部の人たちからは成熟した民主主義の国として絶賛されることがある。前大統領の戒厳令をくつがえしたときなど、特に左翼という人たちは、韓国のことを褒めちぎっていた。その一方で、日本を上回る少子高齢化の実態や、ソウルへの一極集中の弊害など、問題点をとりあげることもある。
そもそも、北朝鮮からの脱北者がどれぐらいいて、どんなルートで脱北したのか、そのうちどれぐらいが、韓国で住んでいるのか、その生活はどんななのか、男女比はどうなのか……ということの、基本的な情報が、ほとんど知られていない。調べれば分かることかとも思うのだが、こういうことは、マスコミなどでは、まずとりあげない。(北朝鮮の日本人拉致のことは、多く出てくる。これも、北朝鮮の社会の現状や、脱北者の人たちという、全体像のなかで考えるべきことのように思う。)
脱北してきた女性をターゲットにして(?)の結婚マッチングサービスがあるというのは、そういう人……脱北者の若い女性、それを求める韓国の男性……が、多いということなのだろう。逆に、脱北者の男性と、韓国の女性ということは、どうなのだろうかと思うが。
相手が脱北した女性であっても、韓国の男性の側としては、十分な収入があって、持ち家があって、ということでなければならないらしい。これは、今の韓国の社会においては、かなり高いハードルというべきだろう。(愛し合っていればいいのよ、というわけにはいかないのが、現実の人の世の姿ということなのかとも思うのだが。)
結婚したとしても、順調に夫婦で生活できるとは限らないようだ。
脱北した女性が言っていたが、北朝鮮の家族観は、今の日本で考えてみても、きわめて古めかしい封建的なものである。女性は、虐げられているというべきだろうか。(かつて、この国が、地上の楽園とされた時代があったことを、忘れてはいけない。)
また、韓国の人たちの結婚観についても、その家族観はかなり古風なものを、残しているというべきだろう。男は稼がなければならないし、女は奉仕しなければならない。これは、男性にとっても、女性にとっても、(現代の一般的な価値観からするならば)あまり幸せとは思えない。
北朝鮮が地上の楽園ではないように、韓国も成熟した民主主義の国であるとは、いえないだろう。過去の民族の歴史があり(日本の統治下にあった時代よりも、さらに古くさかのぼる、古来よりの歴史と伝統である)、現代的な価値観の変化と、社会や経済情勢の激変のなかで、なんとか生きているということになるだろう。
そして、思うことは、こういう番組は、日本では作れないだろうということも感じることである。以前あった、BSの「Asia Insight」なら、取りあげることがあったかとも思うが。
2026年1月21日記
BS世界のドキュメンタリー 「北の女と南の男 韓国 脱北者“結婚のリアル”」
結婚するのは、今は、世界のどの国でも大変だよなあ、と思ってしまう。韓国もとても大変なようだ。
いや、それよりも、なによりも、一番驚いたのは、見始めた冒頭で、ソウル市内で餓死した人がいたということ。日本でも、絶対的貧困ということは言われているのだが、東京で人が死んで餓死だったというのは、まずないだろう。あっても、老人などの孤独死(おそらくは病死)かと思うが、これなどは、もう当たり前すぎて、ニュースにはならない。でも、餓死はないだろうと思うのだが、どうなのだろうか。
いったい韓国の社会保障とか、生活保護のシステムとか、どうなっているのだろうか。
韓国のことについては、一部の人たちからは成熟した民主主義の国として絶賛されることがある。前大統領の戒厳令をくつがえしたときなど、特に左翼という人たちは、韓国のことを褒めちぎっていた。その一方で、日本を上回る少子高齢化の実態や、ソウルへの一極集中の弊害など、問題点をとりあげることもある。
そもそも、北朝鮮からの脱北者がどれぐらいいて、どんなルートで脱北したのか、そのうちどれぐらいが、韓国で住んでいるのか、その生活はどんななのか、男女比はどうなのか……ということの、基本的な情報が、ほとんど知られていない。調べれば分かることかとも思うのだが、こういうことは、マスコミなどでは、まずとりあげない。(北朝鮮の日本人拉致のことは、多く出てくる。これも、北朝鮮の社会の現状や、脱北者の人たちという、全体像のなかで考えるべきことのように思う。)
脱北してきた女性をターゲットにして(?)の結婚マッチングサービスがあるというのは、そういう人……脱北者の若い女性、それを求める韓国の男性……が、多いということなのだろう。逆に、脱北者の男性と、韓国の女性ということは、どうなのだろうかと思うが。
相手が脱北した女性であっても、韓国の男性の側としては、十分な収入があって、持ち家があって、ということでなければならないらしい。これは、今の韓国の社会においては、かなり高いハードルというべきだろう。(愛し合っていればいいのよ、というわけにはいかないのが、現実の人の世の姿ということなのかとも思うのだが。)
結婚したとしても、順調に夫婦で生活できるとは限らないようだ。
脱北した女性が言っていたが、北朝鮮の家族観は、今の日本で考えてみても、きわめて古めかしい封建的なものである。女性は、虐げられているというべきだろうか。(かつて、この国が、地上の楽園とされた時代があったことを、忘れてはいけない。)
また、韓国の人たちの結婚観についても、その家族観はかなり古風なものを、残しているというべきだろう。男は稼がなければならないし、女は奉仕しなければならない。これは、男性にとっても、女性にとっても、(現代の一般的な価値観からするならば)あまり幸せとは思えない。
北朝鮮が地上の楽園ではないように、韓国も成熟した民主主義の国であるとは、いえないだろう。過去の民族の歴史があり(日本の統治下にあった時代よりも、さらに古くさかのぼる、古来よりの歴史と伝統である)、現代的な価値観の変化と、社会や経済情勢の激変のなかで、なんとか生きているということになるだろう。
そして、思うことは、こういう番組は、日本では作れないだろうということも感じることである。以前あった、BSの「Asia Insight」なら、取りあげることがあったかとも思うが。
2026年1月21日記
美の壺「日本の心をつづる 小泉八雲」 ― 2026-01-23
2026年1月23日 當山日出夫
美の壺 「日本の心をつづる 小泉八雲」
『ばけばけ』関連でいろんな番組があるが、これもその一つ。だが、普通の小泉八雲についての見方とは、ひと味違うところを出している。
城山稲荷は、ドラマでも出てきた。狐の石像は、たくさんあつまると何か神秘的である。
興味深かったのは、湿板写真。これが、その後、乾板写真になり、フィルムになり、そして、今では、デジタルカメラになっている。乾板はもう作ることがないのかと思う。フィルムは、まだ、なんとか作っている。湿板写真は、ガラスの板と、薬品があればできるから、むしろ、昔の写真として、こういう技法を使うのは合理的であるといっていいだろう。(ただ、湿板を作って、撮影して、現像してを、暗室があって連続的にしなければならないので、屋外の風景などを撮るのには、とても大変だと思うが。)
映像として見るだけなら、デジタルカメラで撮って画像処理して、似たように作ることは可能であると思うのだが、しかし、あえて古い機材を使って、時間をかけて写真を撮るというところに、面白さがあり、楽しさがあり、被写体を見る目、ということがあるのだろう。
『怪談』などの本を、松江の図書館のものが映っていた。普通の図書館の蔵書であれば、ラベルが貼られるのだが、なかった。これは、特別なコレクションとして、別に管理しているということだろう。(ちりめん本のところで映っていた、京都外国語大学でのシーンを見ても、蔵書ラベルを貼らない方式であった。)
『怪談』の原書のデザインが、長門沢瀉ということになる。教えてくれる人がいたらしい。(これも今だったら、グーグルの画像検索で、見つかるかもしれない。試してはいないけれど。)
ちりめん本は、明治の出版文化としては、重要だと思うが、特に貴重で珍しいものということではないと思っている。
虫(鈴虫とか松虫とか)の声に美を感じるというのは、やはり日本的な文化というべきなのだろう。はたして、日本以外の文化で、こういうことは、どのようなのだろうか。
ただ、映っていた中にクツワムシがあったが、実際のクツワムシの鳴き声は、とても情緒的とは感じられない。むしろ、うるさく感じることになる。(私の経験では。)
2026年1月21日記
美の壺 「日本の心をつづる 小泉八雲」
『ばけばけ』関連でいろんな番組があるが、これもその一つ。だが、普通の小泉八雲についての見方とは、ひと味違うところを出している。
城山稲荷は、ドラマでも出てきた。狐の石像は、たくさんあつまると何か神秘的である。
興味深かったのは、湿板写真。これが、その後、乾板写真になり、フィルムになり、そして、今では、デジタルカメラになっている。乾板はもう作ることがないのかと思う。フィルムは、まだ、なんとか作っている。湿板写真は、ガラスの板と、薬品があればできるから、むしろ、昔の写真として、こういう技法を使うのは合理的であるといっていいだろう。(ただ、湿板を作って、撮影して、現像してを、暗室があって連続的にしなければならないので、屋外の風景などを撮るのには、とても大変だと思うが。)
映像として見るだけなら、デジタルカメラで撮って画像処理して、似たように作ることは可能であると思うのだが、しかし、あえて古い機材を使って、時間をかけて写真を撮るというところに、面白さがあり、楽しさがあり、被写体を見る目、ということがあるのだろう。
『怪談』などの本を、松江の図書館のものが映っていた。普通の図書館の蔵書であれば、ラベルが貼られるのだが、なかった。これは、特別なコレクションとして、別に管理しているということだろう。(ちりめん本のところで映っていた、京都外国語大学でのシーンを見ても、蔵書ラベルを貼らない方式であった。)
『怪談』の原書のデザインが、長門沢瀉ということになる。教えてくれる人がいたらしい。(これも今だったら、グーグルの画像検索で、見つかるかもしれない。試してはいないけれど。)
ちりめん本は、明治の出版文化としては、重要だと思うが、特に貴重で珍しいものということではないと思っている。
虫(鈴虫とか松虫とか)の声に美を感じるというのは、やはり日本的な文化というべきなのだろう。はたして、日本以外の文化で、こういうことは、どのようなのだろうか。
ただ、映っていた中にクツワムシがあったが、実際のクツワムシの鳴き声は、とても情緒的とは感じられない。むしろ、うるさく感じることになる。(私の経験では。)
2026年1月21日記
クラシックTV「UKサウンドの秘密!〜音楽大国への道〜」 ― 2026-01-23
2026年1月23日 當山日出夫
クラシックTV 「UKサウンドの秘密!〜音楽大国への道〜」
芸術ということを考えるときに、それをささえる多くの人びと……民衆、大衆、市民、などということができる……のことをふくめて、総合的に考えることは、意味のあることである。
かつては、権威の象徴である教会があって、そこでの音楽であったものを、ラテン語を俗語(この場合は英語)を使うようになる、人びとに分かりやすいものになる、ということは、音楽だけではなく、多くの芸術にとって、一つの大きな流れであるといってもいいだろう。
日本の文学でも、かつては、漢文でなければならなかったものが、漢字仮名交じり文であり、平仮名文であり、言文一致体になる……あまりにおおざっぱな言い方とは思うが、大きな流れとしては、こういう方向性は、たしかにある。
社会の公共空間での音楽。これは、どのような文化をもつかにもよるが、広く社会の連帯感、共通感覚、それが、場合によっては、愛国心ということになったり、こういうことはある。日本の場合、町内会の盆踊りであったり、学校の卒業式での国歌であったりするのだが、こういうことについては、一部では非常に批判的に見る人たちもいる。だが、そうはいっても、音楽を共有することの文化的意味ということまでは、否定できないだろうと思う。(まあ、自分の気に入らないものには、ともかく反対するというだけのことである。)
エンタメが、大衆化して、お金を払えば誰でも見られる……こういうことの背景には、近代的な市民社会ということを考えることになるかと思う。
番組では、かわらばん、と言っていたが、パンフレットのようなものがあって、ゴシップソングとして、歌詞だけが印刷してあって、それを、グリーンスリーヴズのメロディで歌う。これは、まず、そのメロディが、人びとに共有されていなければならないのだが、こういう人びとの文化というのは、どうやって形成されてきたものだろうか。これは、とても興味深い。
ヘンデルのオラトリオが、オペラのような格式張ったものではなく、俗語(英語)で、一般庶民(市民というべきか)が楽しめるものだった、ということは、よく知られていることだろうと思っている。あんまり音楽の歴史についての知識はないのであるが。思うこととしては、ディケンズなどの時代、人びとはどんな音楽を聴いていたのだろうか、ということがある。シャーロック・ホームズは、バイオリンを弾いていたと憶えているが、さて、どんな音楽を演奏していたのだろうか。
ブリティッシュ・ロックが、多く、クラシックにつながる部分がある、という指摘はそのとおりなのだろう。これは、イギリスの社会階層と音楽という視点で考えることになるだろうか。
今のイギリスのことについては触れていなかったが、たくさんの移民をかかえていろいろと困ったこと(と言ってはいけないのかもしれないが)がありそうである。イギリスの音楽も変わっていくことになるだろう。
2026年1月16日記
クラシックTV 「UKサウンドの秘密!〜音楽大国への道〜」
芸術ということを考えるときに、それをささえる多くの人びと……民衆、大衆、市民、などということができる……のことをふくめて、総合的に考えることは、意味のあることである。
かつては、権威の象徴である教会があって、そこでの音楽であったものを、ラテン語を俗語(この場合は英語)を使うようになる、人びとに分かりやすいものになる、ということは、音楽だけではなく、多くの芸術にとって、一つの大きな流れであるといってもいいだろう。
日本の文学でも、かつては、漢文でなければならなかったものが、漢字仮名交じり文であり、平仮名文であり、言文一致体になる……あまりにおおざっぱな言い方とは思うが、大きな流れとしては、こういう方向性は、たしかにある。
社会の公共空間での音楽。これは、どのような文化をもつかにもよるが、広く社会の連帯感、共通感覚、それが、場合によっては、愛国心ということになったり、こういうことはある。日本の場合、町内会の盆踊りであったり、学校の卒業式での国歌であったりするのだが、こういうことについては、一部では非常に批判的に見る人たちもいる。だが、そうはいっても、音楽を共有することの文化的意味ということまでは、否定できないだろうと思う。(まあ、自分の気に入らないものには、ともかく反対するというだけのことである。)
エンタメが、大衆化して、お金を払えば誰でも見られる……こういうことの背景には、近代的な市民社会ということを考えることになるかと思う。
番組では、かわらばん、と言っていたが、パンフレットのようなものがあって、ゴシップソングとして、歌詞だけが印刷してあって、それを、グリーンスリーヴズのメロディで歌う。これは、まず、そのメロディが、人びとに共有されていなければならないのだが、こういう人びとの文化というのは、どうやって形成されてきたものだろうか。これは、とても興味深い。
ヘンデルのオラトリオが、オペラのような格式張ったものではなく、俗語(英語)で、一般庶民(市民というべきか)が楽しめるものだった、ということは、よく知られていることだろうと思っている。あんまり音楽の歴史についての知識はないのであるが。思うこととしては、ディケンズなどの時代、人びとはどんな音楽を聴いていたのだろうか、ということがある。シャーロック・ホームズは、バイオリンを弾いていたと憶えているが、さて、どんな音楽を演奏していたのだろうか。
ブリティッシュ・ロックが、多く、クラシックにつながる部分がある、という指摘はそのとおりなのだろう。これは、イギリスの社会階層と音楽という視点で考えることになるだろうか。
今のイギリスのことについては触れていなかったが、たくさんの移民をかかえていろいろと困ったこと(と言ってはいけないのかもしれないが)がありそうである。イギリスの音楽も変わっていくことになるだろう。
2026年1月16日記
若冲ディスカバリー ― 2026-01-23
2026年1月23日 當山日出夫
若冲ディスカバリー
若冲の絵は、すごいとは思うのだが、もう展覧会とかに出かける気にはならないでいる。人の多いところに行くのが、億劫なのである。まったくの世捨て人である。
私の若いころは、若冲は名前は知られていたが、今ほどの人気ではなかった。大人気になったのは、ここ20~30年ぐらいのことだろうか。
外国にも若冲の作品はあるが、これは、かつての浮世絵のように、(不当にというべきか)流出したというものではないようである。おそらくは、しかるべき美術商などの手を経ているものかと思う。
そして、その中には、偽物もある。
おそらくは、専門家としては、偽物は、見た瞬間にそれと分かるにちがいない。番組では、こういうとことろが若冲ではないと解説して見せてくれていたが、真贋を見分けることの本質は、一瞬の判断、実物の持つオーラを感じとることができるかどうか、だろう。贋作と判断したものを、説明すれば、そのようになるということかと思っている。
番組の中に出てきていたのは、晩年の水墨画が多い。「動植綵絵」に代表されるような、きらびやかなフルカラーの絵ではなかった。現存するものの数ということもあるだろうし、その作品が描かれてからの伝来や流通の経緯もあるだろうし、何よりも、水墨画の方が、簡単に低コストで偽物が作れるだろう……と、まあ、推測する。
若冲は18世紀の最高の芸術家の一人ということになる。まったく個人的な妄想といわれればそれまでだが、若冲の「動植綵絵」などが描かれて受容された背景には、日本の江戸時代になってからの本草学の普及ということがあるだろう。リアルな目で動植物を見るようになった時代の精神である。たとえば、高松藩の松平頼恭が作った「衆鱗図」なども、同じ時代の精神性の系譜の中において見ることができるだろう。この流れの中で、喜多川歌麿の浮世絵なども理解できるかとも思う。
若冲について、こういう見方をするのはどうかなと思われるが……字が上手い。絵もいいのだが、字がとてもいい。芸術的な感性のすばらしさを感じる。
日本に美術のコレクターという人たちが出てきていたが、こういうコレクションは、将来的にはどうなるのだろうか。ちょっと気になるところである。
2026年1月19日記
若冲ディスカバリー
若冲の絵は、すごいとは思うのだが、もう展覧会とかに出かける気にはならないでいる。人の多いところに行くのが、億劫なのである。まったくの世捨て人である。
私の若いころは、若冲は名前は知られていたが、今ほどの人気ではなかった。大人気になったのは、ここ20~30年ぐらいのことだろうか。
外国にも若冲の作品はあるが、これは、かつての浮世絵のように、(不当にというべきか)流出したというものではないようである。おそらくは、しかるべき美術商などの手を経ているものかと思う。
そして、その中には、偽物もある。
おそらくは、専門家としては、偽物は、見た瞬間にそれと分かるにちがいない。番組では、こういうとことろが若冲ではないと解説して見せてくれていたが、真贋を見分けることの本質は、一瞬の判断、実物の持つオーラを感じとることができるかどうか、だろう。贋作と判断したものを、説明すれば、そのようになるということかと思っている。
番組の中に出てきていたのは、晩年の水墨画が多い。「動植綵絵」に代表されるような、きらびやかなフルカラーの絵ではなかった。現存するものの数ということもあるだろうし、その作品が描かれてからの伝来や流通の経緯もあるだろうし、何よりも、水墨画の方が、簡単に低コストで偽物が作れるだろう……と、まあ、推測する。
若冲は18世紀の最高の芸術家の一人ということになる。まったく個人的な妄想といわれればそれまでだが、若冲の「動植綵絵」などが描かれて受容された背景には、日本の江戸時代になってからの本草学の普及ということがあるだろう。リアルな目で動植物を見るようになった時代の精神である。たとえば、高松藩の松平頼恭が作った「衆鱗図」なども、同じ時代の精神性の系譜の中において見ることができるだろう。この流れの中で、喜多川歌麿の浮世絵なども理解できるかとも思う。
若冲について、こういう見方をするのはどうかなと思われるが……字が上手い。絵もいいのだが、字がとてもいい。芸術的な感性のすばらしさを感じる。
日本に美術のコレクターという人たちが出てきていたが、こういうコレクションは、将来的にはどうなるのだろうか。ちょっと気になるところである。
2026年1月19日記
ドキュメント20min.「戦争の魅惑 開高健からの手紙」 ― 2026-01-23
2026年1月23日 當山日出夫
ドキュメント20min. 戦争の魅惑 開高健からの手紙
開高健は、いまどれぐらい読まれているのだろうか。私の世代としては、ベトナム戦争について多く書き、また、釣りの文章をたくさん書いた作家ということで憶えている。
ベトナム戦争について、北ベトナムと南ベトナムが戦争して、そこにアメリカが介入した……まちがっているということではないが、その背景にあった冷戦、ソ連も中国も戦争に(実質的に)加わっており、東西陣営の代理戦争ということだった。また、ゲリラということで言っていたが、この時代だったら、ベトコン、あるいは、そのスパイ、とでも言ったかと思う。ベトコンということばは、今では使ってはいけないことばなのだろうか。
そういえば、以前に放送のあった「映像の世紀バタフライエフェクト」で、ベトナム戦争をあつかったときには、ベトコンということばを使っていなかったし、また、持っている武器としてカラシニコフを使っている場面は、意図的に削除してあったとおぼしかった。ソ連製(あるいは、そのコピー)のカラシニコフを使っているシーンを忌避するほど、ベトナム戦争のことは、歴史的にデリケートな問題なのだろうか。
開高健に限らずといっていいかもしれないが、戦争報道、ということは、ものを書く人間にとって魅力的である(?)といっていいかもしれない。多くの戦争映画があり、小説があり、漫画があり、アニメがある。
ただ、理想として反戦平和ということだけではなく、実際に戦争が起こっている場合、そこでのことに魅せられるのも、また人間というものである……という自覚をきちんと持っていた方がいいと、私は思う。さらにいえば、戦争が魅力的なだけではなくて、それに反対する平和の活動であっても、反戦平和のための闘争として、擬似的にではあるが、戦争のイメージを持つ。だからこそ、人びとはそれに引きよせられる。理念への賛同があるとしても、それに惑溺して闘争にのめりこんでしまう。
2026年1月20日記
ドキュメント20min. 戦争の魅惑 開高健からの手紙
開高健は、いまどれぐらい読まれているのだろうか。私の世代としては、ベトナム戦争について多く書き、また、釣りの文章をたくさん書いた作家ということで憶えている。
ベトナム戦争について、北ベトナムと南ベトナムが戦争して、そこにアメリカが介入した……まちがっているということではないが、その背景にあった冷戦、ソ連も中国も戦争に(実質的に)加わっており、東西陣営の代理戦争ということだった。また、ゲリラということで言っていたが、この時代だったら、ベトコン、あるいは、そのスパイ、とでも言ったかと思う。ベトコンということばは、今では使ってはいけないことばなのだろうか。
そういえば、以前に放送のあった「映像の世紀バタフライエフェクト」で、ベトナム戦争をあつかったときには、ベトコンということばを使っていなかったし、また、持っている武器としてカラシニコフを使っている場面は、意図的に削除してあったとおぼしかった。ソ連製(あるいは、そのコピー)のカラシニコフを使っているシーンを忌避するほど、ベトナム戦争のことは、歴史的にデリケートな問題なのだろうか。
開高健に限らずといっていいかもしれないが、戦争報道、ということは、ものを書く人間にとって魅力的である(?)といっていいかもしれない。多くの戦争映画があり、小説があり、漫画があり、アニメがある。
ただ、理想として反戦平和ということだけではなく、実際に戦争が起こっている場合、そこでのことに魅せられるのも、また人間というものである……という自覚をきちんと持っていた方がいいと、私は思う。さらにいえば、戦争が魅力的なだけではなくて、それに反対する平和の活動であっても、反戦平和のための闘争として、擬似的にではあるが、戦争のイメージを持つ。だからこそ、人びとはそれに引きよせられる。理念への賛同があるとしても、それに惑溺して闘争にのめりこんでしまう。
2026年1月20日記
ブラタモリ「琵琶湖クルーズ▼琵琶湖はなぜ日本一の湖であり続けられるのか?」 ― 2026-01-22
2026年1月22日 當山日出夫
ブラタモリ 琵琶湖クルーズ▼琵琶湖はなぜ日本一の湖であり続けられるのか?
琵琶湖が断層によってできた湖であることは知っていたが、今も断層が動いていて、湖が沈んでいる。だから、川から土砂が流れ込んでも、埋まってしまうことがない。滋賀県のHPでは、今から400万年前にできた、とある。
琵琶湖を南から北へと船で移動するだけのことであったが、琵琶湖が出来た歴史から、現在にいたるまでの過程を、手際よくまとめてあったという印象である。特に、地学の知見としては、そうなのだろうと思う。
省いてしまったこととしては、その生物の様相、生態系とか、周辺の地域の歴史や文化ということがあったのだが、これは、いたしかたないことかと思う。これまでに琵琶湖周辺の町などについては、多くとりあげてきている。
白鬚神社が映っていた。ここは、観光客が鳥居の写真を撮るためにおしよせて、道路に出るので危ない、ということで話題になっていたところである。番組の中で映っていた映像では、観光客であふれているという感じではなかったが、さて、今はどうなのだろうか。
今だと、白鬚神社よりも、大津ホテルの方に、みんな行ってしまう、ということなのかもしれない。(ちょっと距離があるけれど。だが、琵琶湖大橋があるので、なんとかなるだろうか。私は、琵琶湖大橋が出来たときのことを記憶している。)
2026年1月20日記
ブラタモリ 琵琶湖クルーズ▼琵琶湖はなぜ日本一の湖であり続けられるのか?
琵琶湖が断層によってできた湖であることは知っていたが、今も断層が動いていて、湖が沈んでいる。だから、川から土砂が流れ込んでも、埋まってしまうことがない。滋賀県のHPでは、今から400万年前にできた、とある。
琵琶湖を南から北へと船で移動するだけのことであったが、琵琶湖が出来た歴史から、現在にいたるまでの過程を、手際よくまとめてあったという印象である。特に、地学の知見としては、そうなのだろうと思う。
省いてしまったこととしては、その生物の様相、生態系とか、周辺の地域の歴史や文化ということがあったのだが、これは、いたしかたないことかと思う。これまでに琵琶湖周辺の町などについては、多くとりあげてきている。
白鬚神社が映っていた。ここは、観光客が鳥居の写真を撮るためにおしよせて、道路に出るので危ない、ということで話題になっていたところである。番組の中で映っていた映像では、観光客であふれているという感じではなかったが、さて、今はどうなのだろうか。
今だと、白鬚神社よりも、大津ホテルの方に、みんな行ってしまう、ということなのかもしれない。(ちょっと距離があるけれど。だが、琵琶湖大橋があるので、なんとかなるだろうか。私は、琵琶湖大橋が出来たときのことを記憶している。)
2026年1月20日記
チューザイ in the World「インドネシア ジャカルタ」 ― 2026-01-22
2026年1月22日 當山日出夫
チューザイ in the World インドネシア ジャカルタ
今回の企業は、ユニ・チャームとヤクルト。
ヤクルトは、私の家に、毎週、販売の女性がやってくる。金曜日の午前中、10時すぎである。ヤクルト400の青いの、ということで、毎週、買っている。これは、7本入りである。
ジャカルタで、ヤクルトが5本入りで売っているということは、週に1回のペースで、定期的にとどけるというシステムになっていない、ということなのだろう。これが、将来的に、日本のように、毎週とどけてくれるという方式になるだろうか。(あるいは、日本で、今のような販売システムが、いつまで続くだろうか。)
インドネシアが経済的に発展して、近代化、都市化するということで、大きな流れとしては、健康志向ということが高まっていくことになる。この中で、ヤクルトの販売は、将来性のあるビジネスだとは思える。
ヤクルト販売の女性たちが、金に投資しているというのは、ちょっと驚く。(やや意地悪な見方をすれば、自国の政府と経済を信用し切れていない、ということなのかとも思うが、どうなのだろうか。今現在だと、金も銀も高騰して最高値を更新している。)
職場の懇親会が、焼き肉、というのは、豪華というべきだろうか。イスラムの国であるから、当然ながら豚肉ではない。お店のスタイルを見ると、どうも日本にもある焼き肉屋さんという雰囲気である。この店は、どういう人が経営しているのだろうか。インドネシアでこういうお店があるということは、同じようなスタイルのお店が、東南アジアの他の国にもあるのだろうか。
テーブルを見ると、お箸で食べるようになっている。まさに、日本的、あるいは、韓国的なスタイルである。(日本の焼き肉屋さんというのは、日本と韓国(あるいは朝鮮)の食文化の融合したものだと思っている。)
カラオケで、五輪真弓の「心の友」が歌われるという。(五輪真弓というと、私の世代だと、「恋人よ」がまず思いうかぶ。)
紙おむつが、赤ちゃんの出生数が多いインドネシアでは、これから有望なビジネスの分野だということは、そうなのだろう。
日本でも、完全に紙おむつの時代になったのは、21世紀になってからといってもいいかもしれない。私の子ども(長男)が生まれたのは、昭和の終わりごろであるが、このときは、まだ布のおむつを併用していた。
ワルンという形態の小売店がたくさんある。商品を小分けにして売る。これは、どう考えても、単価としては割高になるのだが、少量ずつ安くで買える方がいい。これは、やはり、まだまだ貧乏な人が多いということになるだろう。貧乏な人間ほど、高い買い物をしなければならないというのは、この世のきまりのようなものかもしれない。(日本だと、紙おむつは、たくさんはいっていて単価としては割安になる、ということだと思っている。)
ジャカルタでの市場調査の風景で、3歳になる女の子が、母親の側で、スマホをいじっているのは、もう世界中で珍しくない普通の光景である。しかし、3歳で、イヤリングをするのは、日本だと、どうだろうか。
マーケディングの会議で、掘りごたつ式のテーブルで話しをしていたが、これは、インドネシアでは普通のことなのだろうか。家賃が安いのか、オフィスが広々としているう。ちょっと気になったのは、会議をしている部屋の壁に並べてあった、たくさんのぬいぐるみ。これは、いったい何なのだろう。
インドネシアでの出産の半分が、病院ではなく、助産師によっている。日本でも、数十年前までは、自宅で産婆さんが取りあげるというのが、普通だった。紙おむつを売り込むのに、助産師さんに協力をあおぐというのは、王道であろう。日本でも、産科で出産して、その病院で使っている製品の紙おむつと同じ製品を、続けてつかうということがある。
インドネシアの食事は、スプーンとフォークというのは定番のようなのだが、こういうのは、オランダの殖民地時代にさかのぼるということなのだろうか。
大きなトカゲとかアリとか、いろいろといる。こういうのが好きな人にとっては、魅力的な国かと思う。
番組では言っていなかったことで気になっているのは、紙おむつは、その後、ゴミとしてどう処理されるのだろうか。インドネシアのゴミ処理事情ということが、知りたいことである。
2026年1月19日記
チューザイ in the World インドネシア ジャカルタ
今回の企業は、ユニ・チャームとヤクルト。
ヤクルトは、私の家に、毎週、販売の女性がやってくる。金曜日の午前中、10時すぎである。ヤクルト400の青いの、ということで、毎週、買っている。これは、7本入りである。
ジャカルタで、ヤクルトが5本入りで売っているということは、週に1回のペースで、定期的にとどけるというシステムになっていない、ということなのだろう。これが、将来的に、日本のように、毎週とどけてくれるという方式になるだろうか。(あるいは、日本で、今のような販売システムが、いつまで続くだろうか。)
インドネシアが経済的に発展して、近代化、都市化するということで、大きな流れとしては、健康志向ということが高まっていくことになる。この中で、ヤクルトの販売は、将来性のあるビジネスだとは思える。
ヤクルト販売の女性たちが、金に投資しているというのは、ちょっと驚く。(やや意地悪な見方をすれば、自国の政府と経済を信用し切れていない、ということなのかとも思うが、どうなのだろうか。今現在だと、金も銀も高騰して最高値を更新している。)
職場の懇親会が、焼き肉、というのは、豪華というべきだろうか。イスラムの国であるから、当然ながら豚肉ではない。お店のスタイルを見ると、どうも日本にもある焼き肉屋さんという雰囲気である。この店は、どういう人が経営しているのだろうか。インドネシアでこういうお店があるということは、同じようなスタイルのお店が、東南アジアの他の国にもあるのだろうか。
テーブルを見ると、お箸で食べるようになっている。まさに、日本的、あるいは、韓国的なスタイルである。(日本の焼き肉屋さんというのは、日本と韓国(あるいは朝鮮)の食文化の融合したものだと思っている。)
カラオケで、五輪真弓の「心の友」が歌われるという。(五輪真弓というと、私の世代だと、「恋人よ」がまず思いうかぶ。)
紙おむつが、赤ちゃんの出生数が多いインドネシアでは、これから有望なビジネスの分野だということは、そうなのだろう。
日本でも、完全に紙おむつの時代になったのは、21世紀になってからといってもいいかもしれない。私の子ども(長男)が生まれたのは、昭和の終わりごろであるが、このときは、まだ布のおむつを併用していた。
ワルンという形態の小売店がたくさんある。商品を小分けにして売る。これは、どう考えても、単価としては割高になるのだが、少量ずつ安くで買える方がいい。これは、やはり、まだまだ貧乏な人が多いということになるだろう。貧乏な人間ほど、高い買い物をしなければならないというのは、この世のきまりのようなものかもしれない。(日本だと、紙おむつは、たくさんはいっていて単価としては割安になる、ということだと思っている。)
ジャカルタでの市場調査の風景で、3歳になる女の子が、母親の側で、スマホをいじっているのは、もう世界中で珍しくない普通の光景である。しかし、3歳で、イヤリングをするのは、日本だと、どうだろうか。
マーケディングの会議で、掘りごたつ式のテーブルで話しをしていたが、これは、インドネシアでは普通のことなのだろうか。家賃が安いのか、オフィスが広々としているう。ちょっと気になったのは、会議をしている部屋の壁に並べてあった、たくさんのぬいぐるみ。これは、いったい何なのだろう。
インドネシアでの出産の半分が、病院ではなく、助産師によっている。日本でも、数十年前までは、自宅で産婆さんが取りあげるというのが、普通だった。紙おむつを売り込むのに、助産師さんに協力をあおぐというのは、王道であろう。日本でも、産科で出産して、その病院で使っている製品の紙おむつと同じ製品を、続けてつかうということがある。
インドネシアの食事は、スプーンとフォークというのは定番のようなのだが、こういうのは、オランダの殖民地時代にさかのぼるということなのだろうか。
大きなトカゲとかアリとか、いろいろといる。こういうのが好きな人にとっては、魅力的な国かと思う。
番組では言っていなかったことで気になっているのは、紙おむつは、その後、ゴミとしてどう処理されるのだろうか。インドネシアのゴミ処理事情ということが、知りたいことである。
2026年1月19日記
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