知恵泉「〜江戸・明治を生きた天才ストーリーテラー〜 三遊亭円朝」2026-01-13

2026年1月13日 當山日出夫

知恵泉 〜江戸・明治を生きた天才ストーリーテラー〜 三遊亭円朝

再放送である。最初は、2025年2月11日。

三遊亭円朝というと、私の場合、故・清水康行さんのことを思い出す。そう親しくしたということではないが、国語学・日本語学の学会などで、何度か話しをする機会があった。円朝の資料をつかった、近代日本語研究で知られる。

速記を実際にやっているところは、実際に見たことがある。学生のとき、三田の演説館で演説会のとき、前の方に座って聞いていたら、横の方に速記の人がいて、講演を速記していた。無論、この時代には、テープレコーダーなどごく普通にあった時代である。それでも、リアルタイムでの速記というのがあった時代ということになる。

速記は国会議事録に使われていたが、今はなくなってしまっている。これも、衆議院式と、参議院式に分かれていたというのも、いかにも日本の役所(国会は役所ではないだろうが)らしい。現代では、国会の議事録は、近代の日本語の研究の重要な資料の一つになっている。

円朝の速記本が、いわゆる言文一致体の源流になったということは、現代では、定説になっているといっていいだろう。この類の書物……落語の速記本などが、近代の大衆的な読み物として、どのような歴史があるのか、とても興味深いことだが、今の研究の状況はどうなっているのだろうか。

『若い人』(石坂洋次郎)は、昭和のはじめごろの北海道の港街が舞台の小説である。この中に、女学校の先生の間崎(昔のNHKのドラマでは、石坂浩二であった)の下宿の主人が、講談の速記本を声に出して読む、というシーンがある。これは、読書の歴史の一コマである。日本の人びとは、近代になってから、いったい何を読んできたのだろうか、どれぐらいの人が本や雑誌を読んだのだろうか、ずっと気になっていることである。といって、もう、研究論文を探してみようという気にはならないでいるが。

また、落語や講談、また、浪曲などの大衆芸能の世界については、どれぐらいのことが分かっているのだろうか。また、江戸時代からの『南総里見八犬伝』なども、いつごろまで、どのように読まれていたのだろうか。大衆文化史、芸能史、文学史、リテラシ史、これらを総合した研究領域になるはずである。

落語は、現代でも、大衆芸能、エンタテイメントに影響をあたえつづけている。

漫画で落語に題材をとったものとしては、私の世代だと、滝田ゆう、を思い浮かべる。今の時代なら、『昭和元禄落語心中』を始め、たくさんの作品がある。

円朝の「怪談牡丹灯籠」は、NHKのドラマで数年前に見ている。源孝志監督がとてもよかった。原作としては、岩波文庫でも読める。

岩波の「円朝全集」は、買おうと思って買わなかった本である。

神田伯山、寺島しのぶが語っているように、大衆演芸、エンタテイメントは、伝統を守るだけではダメで、常に世の流れに合わせて変わっていかなければならない、お客さんの反応に適応していかないといけない。これは、そのとおりである。最終的には、ケレン味で見せるのではなく、シンプルな芸で見せることになる、これも、そうだろうと思うところである。

「牡丹灯籠」は、『ばけばけ』の中でも出てきていた。明治になってからの、怪談、怪異譚の系譜というのは、小泉八雲の仕事などをふくめて考えると、いろいろと面白いことがあるだろう。小新聞には、ちまたの怪異譚なども記事になっていた時代でもある。また、柳田国男などのこともふくめると、これも、とても面白い研究分野であるにちがいない。

2026年1月7日記

世界遺産ワーカー「モン・サン・ミシェルとその湾」2026-01-13

2026年1月13日 當山日出夫

世界遺産ワーカー モン・サン・ミシェルとその湾

見ていて一番印象に残ったのは、修道女が言っていたことば……私の祈りを信じてくれる人のために祈る。こういう深みのあることばは、このごろ聞かれなくなった。

新しいシリーズということだが、以前に、「世界遺産ワーカー」として、「シェーンブルン宮殿・庭園群」を放送していて、これは見た。世界遺産というと、その文化的、自然的価値が大きくとりあげられるのだが、そこで、どんな人がどんなふうに、仕事としてかかわっているのか、とても興味深いものだった。

モン・サン・ミシェルには行ったことがない。もう、これから行くことはないだろう。名前は知っているし、とても有名なところであるが、詳しいことは知らなかった。フランス語での名称だから、大天使・聖ミカエルの山、という意味だと言われると、なるほどそうだなと思う。

ここにフランス政府から、職員が派遣されている。歴史文化担当官ということである。こういう制度は、日本にはない。法隆寺に文化庁から専任の職員が派遣されてきているということはないはずである。

モン・サン・ミシェルには、まだ謎が残っている。新しく地下の礼拝堂が発掘されたりしている。8世紀のころから、日本でいえば奈良時代ぐらいからになるが、営々と作り続けてきたので、おそらく、その地下には、きっといろんなものが眠っている可能性があると思うが、こういうことの発掘調査というのは、難しいだろうか。

著名な観光地であると同時に、カトリックの修道院でもある。今でも、修道士、修道女の人たちが、信仰にもとづいて生活している。ミサもとりおこなわれている。まずは、宗教の施設なのである。

ここに巡礼に来る人たちのために、ヒツジを飼う。このエサになっているのが、海水につかっても大丈夫な植物。こういう植物があるのはわかる。海中で育つ海藻があるぐらいなのだから。でも、海水につかっている植物なら、表面に海水の塩分がついていたりするかと思うが、ヒツジは、これを食べて大丈夫ということなのだろうか。

昔は、50軒あった農家が、今では8軒になっているという。まさに、このヒツジの飼育自体が、文化財といっていい。(これには、フランス政府から、補助が出ていたりするのだろうか。)

干満差が15メートルというのは、とてつもない数字である。この干潟が、ラムサール条約で守られることになるのは、そうだろうと思う。海が干潟になる状態を見て、古代の人びとが、神秘性を感じ、モーゼのことを思ったとしても、そうだろうなあ、と感じる。

ムール貝は、食べたことはあるが、あんなふうに養殖するものだとは知らなかった。

ちらっと映っただけだったが、干潟にあったトラックというか船というか。船の下に車輪がついていた。水陸両用の漁船(?)ということなのだろうか。詳しく紹介してくれるとよかった。

モン・サン・ミシェルの歴史は、まさに、西欧の歴史と重なる。英仏……そのころのことだから、現代の国民国家としてのイギリスとフランスではないが……の、100年戦争は、昔、歴史の教科書で名前を憶えた程度の知識しかない。

フランス革命のときに、修道士たちが追い出されて、政治犯を収容する監獄として使われたというのは、ひどい話しだと思うが、しかし、監獄としては、合理的なところだったといえるかもしれない。

島の中の郵便屋さんのことは面白かった。通り名しか書いてなくて、詳しい住所が分からない。それでも、どこの家・店に、配達すべきか、憶えている。(日本でも、こういうようなところは、あったかと思う。同じ住所のところに、たくさんの家がある。)

修道院や教会以外に家もある。多くは観光客相手のお店のようだが、実際に住んでいるのは、一軒に二人だけになっている。その家も、数百年前、中世に建てられたものである。

最後のところで、政府から派遣された、歴史文化担当官の人が言っていた……美しさはまるで麻薬のように人を虜にしてしまう……これは、まさに、そのとおりだと思う。また、フランスらしいことばでもある。

登場していた人たちの多くは、祖父、曾祖父から仕事をうけついでいる。自分が生まれる前からつづいてきたものの中に住んでくらして、それは、自分が死んだ後もまたつづいていくものである……こういうところで醸成される生活の感覚というものは、とても大切なものだと、私は思う。

それにしても、どうやって作ったのだろうか。石は重い。潮が引いたときに馬車が使えたということではないだろうし、潮が満ちたときに船で運んだんだろうか。こういうことは、どれぐらい分かっていることなのだろうか。

2026年1月9日記

3か月でマスターする人体「(2)生命の設計図・ゲノム」2026-01-13

2026年1月13日 當山日出夫

3か月でマスターする人体 (2)生命の設計図・ゲノム

この回のはじまりは、2000年の、クリントン大統領からだった。ヒトゲノムの解析がほぼ終わったということであった。このプロジェクトでは、数人のサンプルを解析して、標準的な参照ゲノム、ということになる。完全に解読されたのは、2022年。つい最近である。

普通だと、ゲノムについて語るなら、いわゆる二重螺旋構造の発見ということからスタートするかとも思うのだが、それはとばしたことになる。こういう判断で作ったということは、まさに今の時代ならではのことである。二重螺旋構造が発見されたのは、1953年のことである。ワトソンとクリックは、ノーベル賞を受賞した。私は、1955年の生まれであるので、ゲノムについての研究が本格的にスタートしたころということになる。人類の歴史から見れば、つい最近のできごとである。それが、今では、大きく、世界に生きる人びとの人間観や生命観を変えることになっている。

一般的は、遺伝子、ゲノム、DNA、それから、染色体、こういうことばは、あまり厳密に考えることなく使っているかと思うが、専門的には、きちんとした定義がある。これは、当然である。

遺伝情報を総称してゲノムといい、その遺伝情報にもとづいて、タンパク質が作られる。だが、いつ、どのようなタンパク質を作るかは、まだ分かっていない。

ここで、メッセンジャーRNAの役割があり、ダークマター・ゲノムが意味を持ってるということなのだが、その詳細なことは、まだまだ未知の領域として残っている。

ゲノムによって人間は作られる。ここで決定論的な役割をはたす部分もあれば、確率論的にはたらく部分もある、ということになる。(番組では言っていなかったが)肌の色などは、決定論的な部分であろう。番組て言っていたこととしては、特定の病気になりやすいということがあるが、これは、そういう傾向があるということが、確率論的に言えるということで、かならずそうなるという決定論ではない。

人間を考えるとき、ゲノム決定論で考えることが、今では、有りうることになる。おそらく、人間の人間たるゆえんをどこにもとめるかとなると、ゲノムにもとめるか、脳にもとめるか、ということに、今の社会ではなってきている。

だが、実際には、人間がどのように生きているのかは、どのような文化や社会のなかで育ったか環境による部分がある。さらに、それをうけて、自分自身で、どのような人間でありたいかと、その目指す方向にむけて努力することもできる(このことまでは、番組では言っていなかったが。)

つまり、
・ゲノム
・環境
・意志

この三つの要素で考えなければならないと、私は思っている。こういうことをふまえて、人間の人権とか自由とか個性とか、倫理的規範とか、考えることになるだろう。

最後に、自分がどのようなゲノムで生まれているのかは運命であるが、その運命にあらがうことの意味を、いとうせいこうは言っていたが、あらがう、というのはちょっと言いすぎかなと感じる。それはそれで運命として、自分の自由な意志で判断する部分もあるし、さらには、その自由な意志の背後にある文化とか歴史とかを考えることも意味がある、私は、今のところ、このように考えている。

この番組の範囲をこえることにはなることになるが、どのような技術でゲノム解析ができるようになったのか、その技術開発の歴史も、非常に興味のあるところである。

2026年1月9日記

『豊臣兄弟!』「願いの鐘」2026-01-12

2026年1月12日 當山日出夫

『豊臣兄弟』「願いの鐘」

中世の終わり頃、戦国時代の「農民」とは、どんなものだったのだろうか。このドラマは、農民の視点から見た戦国の時代と、それが、信長から秀吉によって、天下統一へといたる過程を描こうとしている……こういうことらしいとは、理解できる。

だが、これまでにも何度も書いてきたことなのだが、農民=百姓=稲作、そして、農村における定住、これは、いくらなんでも、旧態依然としたステレオタイプにすぎるのではないだろうか。まるで、黒澤明の『七人の侍』のようである。(『七人の侍』については、歴史学の方からかなり批判的に言われているかと思っている。ただし、映画としては、傑作である。)

領主に年貢を搾り取られるか、でなければ、野盗たちが襲ってきて、収穫を奪われてしまう。それを、領主は守ってくれない。領主は、お互いの縄張り争いを繰り広げているだけである。その典型として、このドラマでは、信長ということになっている。信長は、尾張の一統を目指しているが、そこに住んでいる領民(この場合は、農民といっていいだろうが)のことは考えてはいない。

これから先の展開としては、農民の生活と気持ちが分かる人物としての、秀吉であり秀長ということになるのかと、予想する。こういう筋で作るドラマは、これで、面白いものになるだろう。

最初の回もそうだったが、戦国時代ドラマで、銭のことが、これほど多く出てくるのも、珍しいだろう。銭で、動かすことのできる人の気持ち、また、銭では動かせない人の気持ち、ということが、これからのテーマの一つになっていくだろう。普通の戦国時代ドラマだったら、銭よりも、武芸である。

鉄砲が出てきていたが、この時代に、どれぐらい普及していただろうか。

兄弟だからこそ分かることがある、また、分かってしまうことがある……これは、そうかとも思うが、あまりに都合良く、わかり合えるというのも、どうなのだろうかと、ちょっと心配でもある。わかり合えない、すれ違う気持ちがあって、いろんなドラマが生まれるということもある。

それにしても、登場人物のものの考え方が、非常に現代的である。今の時代に作った「太閤記」である。

見ながら気になったこととしては、どうして、足軽は槍を持っているのだろうか。武士、ということなら、刀となるのは、いつごろからであろうか。戦場での武器としての、刀、槍、弓、これらの歴史ということになるのだろう。

侍になる、と言って、そう簡単に身分を変えることは可能なのだろうか。農民から足軽になる、ということはあっただろうが、では、足軽=武士、ということでいいのだろうか。

日本史における武士の歴史ということは、いろいろと語られることであるが、あるいは、より重要なのは、足軽の歴史ということかもしれない。軍事史、合戦史ということと、「百姓」の歴史と、総合して考えることになるだろうか。

いろいろと思うことはあるのだが、とにかく、非常に現代的な視点で作ってある「太閤記」だと感じる。

お市は、これまで、いろんな女優さんが演じてきているのだが、私の好みとしては、北川景子がよかったと思う。ある意味での凄みがあった。宮﨑あおいもいいのだが、優しくて物わかりがよすぎる印象である。

2026年1月11日記

50ボイス「豊臣兄弟!〜兄弟の絆を感じるとき〜」2026-01-12

2026年1月12日 當山日出夫

50ボイス 豊臣兄弟!〜兄弟の絆を感じるとき〜

毎年恒例の番組である。これまでは、大河ドラマの放送の前にやっていたと思うのだが、今年は、第一回の放送が終わってからだった。そのこともあって、第一回を見ての感想とかをふくむものだった。

大河ドラマで歴史好きになる……という話しはよく聞く。これは、特に悪いことではないと思う。これまで、ほとんどのドラマは、歴史上の実在の人物を主人公としてきた。まったく架空の人物で作ったということも、希にあるが、少ない。

歴史伝記ドラマではないのだが、ある程度は、時代考証があって作ってあることは分かる。そのときどきの、歴史学の考え方から、そう大きく逸脱したものということにはなっていないかとも思う。

とはいえ、その主流になっている歴史観は、進歩史観がメインである。戦国時代と幕末が、時代として多く選ばれるのは、そのせいだろう。歴史が激変する時代にあって、その時代の変化の先を読んで適応していったものが生き残り、時代の先端を切り拓いていく……このような、ある種の社会的ダーウィニズムというべきものがある。時代の変化のとき、優れたものが生き残る、ということである。

これは、戦後の日本の高度経済成長期には、都合の良かった考え方かとも思うし、現代でも通用するというか、生き残っている考え方である。

それにしても、初回を見た人たちは、細かなところを見ていると感心する。まあ、私もかなり細かなところを気にして見ている部類になるかとも思うけれど。

『豊臣兄弟!』関係の番組は、いくつか見ているのだが……NHKの番組としては、絶対に言わないことがある。それは、秀長を主人公にすることによって、文禄慶長の役……いわゆる朝鮮出兵であるが……を描く前のところで、ドラマを終わらせることができる、ということがある。実質的には、現代版の「太閤記」であるはずだが、朝鮮に兵をすすめ、さらには明をめざしていたことは、現代日本としては、あまり触れたくないところだろう。

兄弟で仲よくというのは、とても現代的な「正しい」設定である。この時代、戦国武将……大名、国衆、地侍、などいろいろとあっただろうが……においては、一子相続が基本だったはずで、つまり、男の兄弟というのは、ライバルであった。兄弟どうしでの、相続争いなどは、ごく普通のことだったはずである。

秀吉と秀長の出自についても、父親が同じであるか、違うのか……問題といえば問題なのだが、歴史学の立場としては、この時代の農民などの階層の人びとの婚姻形態がどのようなものであったか、というアプローチが最も妥当なところである。現代のような、一夫一婦制で、その間に生まれた子どもがいて、ということであったのだろうか。本当は、このあたりのことから考えるべきことになる。(だが、こういうことについては、史料が乏しいとは思うが。)

それから、秀吉自身は、最晩年になって、自分の出自を偽っている、ということもある。このドラマでは、こういう部分は描かないことになるだろうが。

2026年1月11日記

『八重の桜』「妻のはったり」2026-01-12

2026年1月12日 當山日出夫

『八重の桜』「妻のはったり」

『八重の桜』は、後半になって、はっきりいってあまり面白いと思わなくなってきている。ドラマの舞台が、ほとんど同志社と新島襄と八重のことだけである。少し、京都府の政治的なことが出てくるが、話しのメインではない。

同志社を舞台にした教育のドラマとしても、新島襄と八重の家庭のドラマとしても、どうも中途半端という印象がしてしまう。

これは、おそらく、この時代……明治の10年代……の京都の町が、明治維新をむかえてどんな町だったのか、ということが、ほとんど出てきていないせいかと、私は思う。このころの京都の市井の人びとの生活ということが、出てきていない。これは、時代考証がとても難しいということもあるのかもしれない。

明治の政府の方針ということでは、かなりステレオタイプな描き方になっている。強権的な政府の方針であり、それにしたがう京都府知事の槇村であり、それに、抵抗する山本覚馬、という図式は分かりやすいのだが、ただ、それだけである。

ドラマの中でいい雰囲気を感じさせるのが、時栄である。谷村美月である。なんとなく古風な雰囲気を感じさせる女性の役として、とてもいい。

2026年1月11日記

『ばけばけ』「カゾク、ナル、イイデスカ?」2026-01-11

2026年1月11日 當山日出夫

『ばけばけ』「カゾク、ナル、イイデスカ?」

この週で、おトキとヘブン先生は結婚した、ということになる。

ヘブン先生は杵築大社(出雲大社)に参拝するときに、おトキをともなう。錦織と一緒に三人で、杵築大社に参拝する。史実では、ラフカディオ・ハーンは、杵築大社に昇殿して参拝した。これは、外国人としては初めてということであった。

『ばけばけ』では、出雲大社への参拝ということになっていたが、昇殿はさすがにできなかったらしい。(これは、いたしかたないことかと思うが、ちょっと残念な気がする。)

縁結びの神様である出雲大社を、おトキとヘブン先生で、一緒に参拝するというのは、納得できることである。いわゆる神前結婚式というのは、大正天皇のとき(明治33年)からというのが普通に知られていることだと思っている。一般に普及するのは、昭和になって戦後のことである。出雲大社に深い感銘をうけた小泉八雲のことをふまえると、こういうことでいいかと思う。

ヘブン先生と結婚するということを、おトキは、松野の家族につたえる。

松野家の、司之介、フミ、勘右衛門は、最初はまったくとりあおうとしないが、意外なことにというべきか、勘右衛門が、認めると言いだした。お互いに好きになったのならしかたない、という。こういうことの伏線として、勘右衛門は、スキップを教えた子どもたちのおばあさん(タツ)と恋仲になり、一緒になる。別に、これまでの話しとしては、このタツさんは出てきても、ストーリーの本筋とは関係のない存在だったが、ここで、非常に重要な伏線になっていたことになる。

ヘブン先生の家にみんながあつまって、結婚式というか、パーティーになる。集まったのは、ヘブン先生、松野家のおトキ・司之介・フミ・勘右衛門、雨清水家のおタエ様、三之丞、そして、錦織、というメンバーであった。このとき、パーティーをするなら、花田旅館の方がいいのかもしれないと思ったのだが、最終的に家族として一緒になる人たちだけで集まるという意味では、ヘブン先生の家がふさわしかったことになる。また、このときに、錦織がいたことも重要だろう。ヘブン先生は、錦織を、友人として大切にする。

おトキが、実は、雨清水の娘で、おタエ様が産みの母親であること、おトキの女中としての給金で、松野家と雨清水家の生活をささえていたこと、三之丞が実は社長などしてはいないこと……これらのことを、おトキは無論のこと、松野家としても、雨清水家としても、分かったうえで、隠している。タテマエとして、松野家と雨清水家とは親戚ということであり、三之丞は社長である、ということで、済まそうとするのだが、このことを、ヘブン先生は、理解できない。

いわゆる日本的な感情というべきかもしれないが、ウソと知りつつタテマエをまもることも、また、人間の情であるというべきである。古来、タテマエをとおすことで、多くの文学などが書かれてきた。歌舞伎や人形浄瑠璃(文楽)などの演目では、こういうものが多い。日本的美徳、というべきかもしれない。

しかし、ヘブン先生には、これが通用しない。ウソであるとしか思えない。このあたりは、文化の違いということもある。

ヘブン先生がウソを許さないということで、最終的に、松野家と雨清水家のひとたちは、それぞれの自分のおかれた状況を、納得して披瀝することになる。このとき、最後になったのがおトキだった。これまで、おタエ様のことを、実の母親と知りつつ、実際に会っても、おばさま、と言って接してきた。それを今さら、母上ということもできない。ここで、おフミが、それならママさんはどう、と言う。これは、たくみな落とし所ということになる。

これまでの朝ドラだと、自分の本当の気持ちを語ることが、何よりも価値のあることである、ということで作ってあった。これは、現代の価値観では、そうなのだが、しかし、人はときとして、タテマエをまもることで、その心情をあらわすという場面もある。そして、そのジレンマのなかに、人間の情として、共感するところがあったのが、日本の文学などの伝統でもある。

それをふまえつつも、しかし、本心ではどう思っているのか語る……これを、わざとらしくなく、自然な人間の心の変化として描くことに、このドラマは成功しているといっていいだろう。ただ、登場人物が本心はこうなのだと語るだけのシーンを、名場面として評価されることが多かった、これまでの朝ドラの中では、一つ頭抜けてたくみな脚本になっていると感じる。

伏線としてたくみだなと感じたのは、おタエ様のクシである。物乞い(乞食)にまで身を落としたおタエ様だったが、貧乏のどん底でも、髪にクシをさしていた。これは、ちょっと不自然だなと思って見ていた。クシなどは、貧乏になったら真っ先に売り払ってしかるべきものである。だが、このクシを、おタエ様は、自分が雨清水に嫁入りする前から持っていたものであるとして、おトキに贈る。これは、物乞いになっても手放すことのなかったクシを、おトキに贈るということである。(あるいは、このクシは、おタエ様がその母親、つまりおトキからすれば祖母、から、雨清水家との結婚の前に贈られたものだったのかもしれないと、想像することになる。)

次週の予告で、四人で住むらしい。つまり、ここで勘右衛門が抜けるということかと思うが、これも、おタツさんとのことがあってのことであれば、自然な筋書になる。

まだ、明らかになっていないのが、錦織のことである。東京に出て勉強していた理由、島根にもどって中学で教師をしている理由、いろいろとありそうなのだが、これは、これからのことになるのだろう。このまま、松江でのドラマで終わってもいいようにも思う。熊本とか東京とか、少しは出てくるのかもしれないが、最終的にどうなるだろうか。東京のことまで描かないと、『怪談』という本にはならないとは思うのだけれど。

2026年1月10日記

『マッサン』「鬼の目にも涙」「災い転じて福となす」2026-01-11

2026年1月11日 當山日出夫

『マッサン』「鬼の目にも涙」「災い転じて福となす」

最初、このドラマが放送されたときは、週に6回の放送であったので、月曜日にその回がくることになった。最初の週で、広島編は終わりということになった。広島のお母さんは、最終的には、マッサンとエリーのことを、どうにか認めるということになった。でも、完全に納得してということではなかったかもしれない。マッサンの気持ちに押し切られたという感じだった。

大阪の会社にマッサンはもどるのだが、また問題が待っていた。社長の娘の優子が、マッサンとの結婚を決意していた。これは、どうやら、社長のことばや、優子の言ったことを、マッサンが誤解していたことが、そもそもの原因のようだ。しかし、はっきりと、スコットランドから戻ったら優子と結婚することになると、明言したということではなかった。なんというか、阿吽の呼吸というか、暗黙の了解というか、なんとなくこれで分かるでしょ、ということのようである。見方によっては、マッサンが鈍かったというべきだろうか。

それにしても、優子さんは、可哀想でもあるし、また、したたかでもある。

エリーは、マッサンについて日本にきたもの、まだ日本の人のものの考え方になじんではいない。分からないことだらけである。

日本で売る商品は、日本人の好みに合わせたものがいい、かならずしも本場のものである必要はない、こういうこともある。これはこれで、一つの考え方であるし、日本の中華料理などは、非常に日本化された料理であるともいえようか。逆に、外国で食べられている日本食が、日本のそのままかというと、これも現地に合わせていろいろと変わっているということもある。ウイスキーやお酒の話しではるが、文化と食べ物の関係として考えると、いろいろと難しい問題がある。

2026年1月10日記

『どんど晴れ』「裏の心と表の心」2026-01-11

2026年1月11日 當山日出夫

『どんど晴れ』「裏の心と表の心」

組合のお金を盗んだのは、彩華だった。これは、あっさりと、視聴者には分かるように作ってあった。事情としては、母親が入院してお金に困ってのことだったらしい。もとあった料亭は、今ではつぶれてしまったようだ。

彩華は、加賀美屋で、夏美のライバルということになる。浩司と結婚して、女将の座をねらっている。浩司は彩華に惚れているのだが、彩華の方はどうなのだろうか。どうも、浩司の気持ちを利用しているとしか思えない。

その一方で、夏美は、仲居の仕事で、仲間の仲居たちに手伝ってもらうことになる。

旅館の女将の資質として、どういうことが本当に大事なのか、という方向で、おそらくこのドラマは進んでいくのかと思うが、今のところ、彩華と夏美は、別の方向を向いている。

また、横浜のホテルで、柾樹はいまひとつしっかりとしていない。仕事はできるようなのだが、ホテルの仕事で頑張ろうということでもないし、だからといって、加賀美屋にもどる気もないようである。見ていてなんだかポンコツだなあと見ながら感じてしまう。

2026年1月10日記

知恵泉「しがらみなし!地方の底力 豊臣秀吉 やるときは大胆に」2026-01-10

2026年1月10日 當山日出夫

知恵泉 しがらみなし!地方の底力 豊臣秀吉 やるときは大胆に

再放送である。最初は、2024年4月9日。

『豊臣兄弟!』関連番組ということで再放送である。録画しておいて見た。

最初の放送が、2024年の4月だから、『豊臣兄弟!』のことが決まってはいたと思うのだが、秀長のことはまったく出てきていなかった。これまで、秀吉についての歴史番組はたくさんありすぎるほどあるのだが、秀長についてのものは少ない。

秀吉の出自を貧しい農民、と言っているのは、ごく普通のことであるが、しかし、この時代の農民は、貧しかったのだろうか。戦国大名とかは、贅沢なくらしであったかとも思うが……たとえば、越前の一乗谷の遺跡など……だからといって、農民=貧乏人、というのも、ちょっとステレオタイプなものの見方にすぎるようにも思える。むしろ、自由があった、ということで考えることもできるかもしれない。(しかし、これも、領主にちからづくで土地に縛り付けられているということもあったのかとも思うが。)

『豊臣兄弟!』の最初の回で出てきた、道の普請。今でいえば、工区を区切って、仕事を分担する……小和田哲男は、これを、割普請、と言っていたが……これは、弟の秀長の発案として出てきていた。これまで、秀吉の事跡として語られてきたことの多くが、実は秀長が考えて実行したこと、となるのだろうか。

中国大返しについては、これが実行できたということは、事前に準備をしていたからであり、本能寺の変は秀吉の陰謀であった……という秀吉黒幕説になるが、どれぐらい信憑性があるだろうか。私は、あまり信じる気にはなれないが。

秀吉の中国攻めのとき、畿内から前線への兵站と通信がどのようであったか。これが、きちんと整備されていたものであったから、逆に京にとってかえすことが可能になった、と考える方が、常識的な判断だろう。となると、ここで、ロジスティックスを担当していたのが、秀長ということになる。

秀吉は、木之下家、豊臣家の古くからの家臣団というものがあったのではない。また、この時代の武士の意識としては、かならずしも主君に忠誠をつくすというものではなかった。調略ということがあったのは、つまりは、なんらの代償が保証されれば、裏切ることが当たり前であったからである。豊臣家の家臣団の忠誠心による結束ということは無かったということになる。このあたりが、徳川家康との違いということになるのだろう。

秀吉の人心掌握術、人たらし、ということは、ありていにいえば、金や褒美で人の心を動かすことでもある。金銭には換えることのできない、主君への忠誠心というものではなかった。これが戦国時代の心性だった。

だが、このあたりのことは、別の面から見れば、農民出身の秀吉だから、社会の下の階層の人びとの気持ちを理解できたから、というふうに理解することも出来る。

江戸時代になってからの『忠臣蔵』をめぐるいろんな言説は、君臣関係というのが、ある種の運命論的なものとして感じるところがないと、生まれないだろう。秀吉の時代は、その前のことと理解することになる。

京都の街の街区が、秀吉のときに変わった。それを、今でも残している。寺町あたりがそうである。職業や身分によって居住地域を分けることは、多くの城下町であることだが、それを、秀吉は京の街でも実行して、そのことによって、京を支配しようとしたということでいいのだろう。

2026年1月7日記