『魯山人のかまど』「初夏編」 ― 2026-03-14
2026年3月14日 當山日出夫
『魯山人のかまど』「初夏編」
BSP4Kでの放送で見ることにした。録画しておいて、後からゆっくりである。
北大路魯山人の書いたものが、まとめられて文庫本などで読めるようになったのは、私の若いときのことだった。名前はおぼえたのだが、特に、読んでみようということもなく過ぎてしまっている。ただ、日本の食事(というよりも美食というべきか)についていろいろと見識を述べた人であり、星丘茶寮をつくった人であり、書家であり、陶芸家であり……ということぐらいは知っていたことになるが、はっきりいって、私の好みではない。いや、なかった、というべきか。
今では、著作の多くが、Kindle版で手軽に読めるようになっているので、読んでみることにした。たしかに、一つの見識を、その時代……昭和の戦前から戦後にかけて……しめしたことは分かるのだが、そういう見方や感じ方もあるだろうなあ、というぐらいである。日本の食事のあり方に大きな影響を与えた人物であるにちがいないが、私の興味としては、柳田国男や宮本常一などの、普通の人びとの生活の中にある感性について、どう変化してきたかということが大きい。(ただ、食事や料理だけをとりあげるのではなく、食器の材質や、家の中の照明や、日常の労働のあり方、食品の流通、などを総合的にふくんだ視点である。)
ドラマの第一回を見て思ったことなど書くと。
映像と演出が凝っていることは分かる。意図的に、カメラの移動を抑え、固定したカメラで、ズーミングなどは使わない。(といって、小津安二郎ほど極端ではないが。)音楽も非常にひかえめである。
魯山人の戦後の生き方と、それを取材する編集者の目をとおして語られる、その生いたちのこと、をおりこんである。第一回の料理としては、鮎とご飯がメインであった。
いいなと思ったところとしては、料理を作ること、その手作業をきちんと映していることである。料理や食材についての蘊蓄だけで終わらせていない。鮎を焼くこと、ご飯を炊くこと、シンプルなことであるが、この中に、魯山人の考え方や価値観、美意識というものを、手の動きとして、うまく表現していると、感じる。
不満に思ったところとしては、(いくつもあるのだが)、京都の人間の感覚では丹波は、京都ではない。山城のエリアの外になる。いうならば、(京都ではなく)丹波の鮎である。丹波の地域は、京都から見ると、別のエリアであるが、非常に近いところでもある。微妙なところかと思う、京都府の行政の範囲が「京都」ではない。(これは、魯山人がそう思っていたのなら、それでいいのだが。)
鮎を丹波から大磯の吉田茂の別邸まで輸送するのに、桶をゆらす必要はないだろう。この時代(戦後しばらくのころ)の道路事情を考えると、絶対に静かに桶をゆらさずにトラックで輸送できたとは思えない。逆に、余計な振動を鮎に与えることの方を心配しなければならなかっただろう。生きた鮎にストレスを与えない工夫の方が必要だったはずである。(これは、現代的な視点かとも思うが。ここのところ、星丘茶寮に鮎を運んだときは、どうしていたのだろうか。)
水を入れて鮎を泳がせた樽が、そんなに簡単にかつげるはずはない。樽の中の水はゆれて、重心がゆれて不安定であるし、しかも、重い。まあ、ここは、演出上、ヨネ子に仕事してもらわないと困るから、そうなったのだろうが。
魯山人の子どものころのシーンが、モノクロにしてあって、養父母とうちとけるにしたがって、徐々にカラーがついてくるというのは、そういう映像で表現するのも、一つの方法だと思う。しかし、ここも、赤いツツジの色や、かまど炎の色だけをカラーで表現する……今の映像のデジタルの技術では可能になったことなのだが……成功しているかどうかは、微妙である。モノクロ映像のままで、赤いツツジの色を、ゆらめく炎の色を、表現することも、できないことではない。だが、これは、宮川一夫のような名人級のカメラマンがいてという話しになるかもしれない。(モノクロ映像で色彩を感じさせるということは、挑戦してみたいことだろうとは思うが。)
食事の場面で、魯山人の子どものころに、卓袱台で家族で食事をするということがあっただろうかと思うが、どうなのだろうか。
ヨネ子が、はじめて魯山人の家にいって、お茶を飲むシーン。湯飲みに感心するのはいいとしても、はたしてその中身のお茶は、どんなお茶だったのだろうか。湯飲みの形態からして、煎茶ではなかっただろう。無論、抹茶ではない。番茶であってもいいのだが、そのお茶をいれるシーンが(誰が入れたかもふくめて)無かったのが、ちょっと惜しい気がする。
山の中の道を歩いて来た、という設定ではじまっていた。そのような人に出すものとして、煎茶などではない方がいいということかとも感じるところであったが、やってきたお客さんの様子を見て、どんなお茶を出すか、どんな湯飲みを使うか、というシーンがあってもよかったと思う。(場合によっては、ご飯を炊くシーンよりも難しかもしれないが。)
ヨネ子が、魯山人の家の中で歩いて移動するシーン。敷居を踏んで立っていたが、意図的な演出でそうしたのだろうかと、思ったところである。お手伝いさんの女性は、部屋への出入りのときに、敷居を踏んでいなかった。
いろいろ気になるところある。
だが、音楽がいい。非常に控えめであるが、「桑港のチャイナタウン」がとてもよかった。
北大路魯山人はもとより、吉田茂も、非常に奇抜な逸話の残っている人物であり、強烈な個性をもっていたと思うのだが、ここは、たくみに作ってあったと感じる。
ダメなものとして、「歌よみの歌、書家の書」……ということは、知られていることだと思っている。それに、美食料理人が作った料理、が並ぶことになるだろうか。このあたりは、魯山人の美意識をどう描くかということになるだろう。
2026年3月12日記
『魯山人のかまど』「初夏編」
BSP4Kでの放送で見ることにした。録画しておいて、後からゆっくりである。
北大路魯山人の書いたものが、まとめられて文庫本などで読めるようになったのは、私の若いときのことだった。名前はおぼえたのだが、特に、読んでみようということもなく過ぎてしまっている。ただ、日本の食事(というよりも美食というべきか)についていろいろと見識を述べた人であり、星丘茶寮をつくった人であり、書家であり、陶芸家であり……ということぐらいは知っていたことになるが、はっきりいって、私の好みではない。いや、なかった、というべきか。
今では、著作の多くが、Kindle版で手軽に読めるようになっているので、読んでみることにした。たしかに、一つの見識を、その時代……昭和の戦前から戦後にかけて……しめしたことは分かるのだが、そういう見方や感じ方もあるだろうなあ、というぐらいである。日本の食事のあり方に大きな影響を与えた人物であるにちがいないが、私の興味としては、柳田国男や宮本常一などの、普通の人びとの生活の中にある感性について、どう変化してきたかということが大きい。(ただ、食事や料理だけをとりあげるのではなく、食器の材質や、家の中の照明や、日常の労働のあり方、食品の流通、などを総合的にふくんだ視点である。)
ドラマの第一回を見て思ったことなど書くと。
映像と演出が凝っていることは分かる。意図的に、カメラの移動を抑え、固定したカメラで、ズーミングなどは使わない。(といって、小津安二郎ほど極端ではないが。)音楽も非常にひかえめである。
魯山人の戦後の生き方と、それを取材する編集者の目をとおして語られる、その生いたちのこと、をおりこんである。第一回の料理としては、鮎とご飯がメインであった。
いいなと思ったところとしては、料理を作ること、その手作業をきちんと映していることである。料理や食材についての蘊蓄だけで終わらせていない。鮎を焼くこと、ご飯を炊くこと、シンプルなことであるが、この中に、魯山人の考え方や価値観、美意識というものを、手の動きとして、うまく表現していると、感じる。
不満に思ったところとしては、(いくつもあるのだが)、京都の人間の感覚では丹波は、京都ではない。山城のエリアの外になる。いうならば、(京都ではなく)丹波の鮎である。丹波の地域は、京都から見ると、別のエリアであるが、非常に近いところでもある。微妙なところかと思う、京都府の行政の範囲が「京都」ではない。(これは、魯山人がそう思っていたのなら、それでいいのだが。)
鮎を丹波から大磯の吉田茂の別邸まで輸送するのに、桶をゆらす必要はないだろう。この時代(戦後しばらくのころ)の道路事情を考えると、絶対に静かに桶をゆらさずにトラックで輸送できたとは思えない。逆に、余計な振動を鮎に与えることの方を心配しなければならなかっただろう。生きた鮎にストレスを与えない工夫の方が必要だったはずである。(これは、現代的な視点かとも思うが。ここのところ、星丘茶寮に鮎を運んだときは、どうしていたのだろうか。)
水を入れて鮎を泳がせた樽が、そんなに簡単にかつげるはずはない。樽の中の水はゆれて、重心がゆれて不安定であるし、しかも、重い。まあ、ここは、演出上、ヨネ子に仕事してもらわないと困るから、そうなったのだろうが。
魯山人の子どものころのシーンが、モノクロにしてあって、養父母とうちとけるにしたがって、徐々にカラーがついてくるというのは、そういう映像で表現するのも、一つの方法だと思う。しかし、ここも、赤いツツジの色や、かまど炎の色だけをカラーで表現する……今の映像のデジタルの技術では可能になったことなのだが……成功しているかどうかは、微妙である。モノクロ映像のままで、赤いツツジの色を、ゆらめく炎の色を、表現することも、できないことではない。だが、これは、宮川一夫のような名人級のカメラマンがいてという話しになるかもしれない。(モノクロ映像で色彩を感じさせるということは、挑戦してみたいことだろうとは思うが。)
食事の場面で、魯山人の子どものころに、卓袱台で家族で食事をするということがあっただろうかと思うが、どうなのだろうか。
ヨネ子が、はじめて魯山人の家にいって、お茶を飲むシーン。湯飲みに感心するのはいいとしても、はたしてその中身のお茶は、どんなお茶だったのだろうか。湯飲みの形態からして、煎茶ではなかっただろう。無論、抹茶ではない。番茶であってもいいのだが、そのお茶をいれるシーンが(誰が入れたかもふくめて)無かったのが、ちょっと惜しい気がする。
山の中の道を歩いて来た、という設定ではじまっていた。そのような人に出すものとして、煎茶などではない方がいいということかとも感じるところであったが、やってきたお客さんの様子を見て、どんなお茶を出すか、どんな湯飲みを使うか、というシーンがあってもよかったと思う。(場合によっては、ご飯を炊くシーンよりも難しかもしれないが。)
ヨネ子が、魯山人の家の中で歩いて移動するシーン。敷居を踏んで立っていたが、意図的な演出でそうしたのだろうかと、思ったところである。お手伝いさんの女性は、部屋への出入りのときに、敷居を踏んでいなかった。
いろいろ気になるところある。
だが、音楽がいい。非常に控えめであるが、「桑港のチャイナタウン」がとてもよかった。
北大路魯山人はもとより、吉田茂も、非常に奇抜な逸話の残っている人物であり、強烈な個性をもっていたと思うのだが、ここは、たくみに作ってあったと感じる。
ダメなものとして、「歌よみの歌、書家の書」……ということは、知られていることだと思っている。それに、美食料理人が作った料理、が並ぶことになるだろうか。このあたりは、魯山人の美意識をどう描くかということになるだろう。
2026年3月12日記
アナザーストーリーズ「山口組対一和会〜史上最大の抗争〜」 ― 2026-03-13
2026年3月13日 當山日出夫
アナザーストーリーズ「山口組対一和会〜史上最大の抗争〜」
今では、全国的に見れば、暴力団というのは、かなり数が減っているらしい。もう今の時代の流れの中で、任侠道などは(古いいいかたが)、生きのびていくには難しい状況になっているということだろうか。
山口組のことは、昔は、たびたびニュースで取りあげられていたので、記憶にあることである。だが、さして、関心のないままにすごしていた。(自分の生活の範囲で、暴力団抗争の流れ弾に当たる危険性は無い、という生活だったこともあるが。)
これが、新聞、特に夕刊紙の記事のネタになった。スクープ合戦となり、梅田の地下街に、壁新聞として貼り出されていたりした。
番組として取材していたのは、元暴力団員だった人、元警察官だった人、新聞記者だった人、それから、山口組の顧問弁護士だった人、である。
山口組という暴力団については、たしかに暴力団という面はあるとしても、一方で、港湾の荷役とか、芸能の興行とか、ビジネスにもかかわっているし、ある意味では、社会にとって必要であった部分を担ってきたということはある。このことの評価は難しいと思うが、日本における戦後のヤクザの近代化(?)、ということとでもいえばいいだろうか。(関西のビジネスのある部分では、どうしても関係を持たざるをえないという部分は、あったにちがいない。)
新聞記者も弁護士も、暴力団ではあるが、そこに人間を見ている。これは当然のことだろう。だれもヤクザに産まれてきたわけではない。何か理由があって、人生の途中で、その道に入ってしまうということになる。その理由として、番組で言っていた言い方としては、地域や国籍による差別、となる。これも、もっとストレートな表現であってもいいかと思うが、だいたいどういう素性の人であるかは、分かる。(しかし、だからといって、そのような生まれの人がかならず暴力団に関係しているということではない。この意味では、言い方が難しいところではある。)
産まれてから愛情を持って育てられたならば暴力団にはならない、これは、そうだろうと思う。だが、現実の世の中のあり方として、すべの人が、幸福な生まれで、善い育ち方をするとは、限らない。社会の中で、なんらかの理由があるにせよ、ドロップアウトする人間は出てくる。そういう人の受け皿を、社会全体でどう考えることになるのか、現実的に考える必要がある。
暴力団が覚醒剤で稼ぐことはなくなるかもしれないが、しかし、世の中に覚醒剤を必要とする人間がいる限り、どこかから供給されるということは、いたしかたないことだろう。(フェンタニルが、大量に入ってくるというようなことは、なんとしても避けるべきことだとは思うが。)
ヤクザの世界で、親分のために自分の命を犠牲にすることを惜しまない……人間というものは、こういうものなのだろうと思うことになる。一般的な合理性だけで、人間の行動は決まらない。
暴力団という存在を社会的に許さないとしても、法の裁きは、公平でなければならない。(これは、どのような犯罪についてもいうべきことであるが。)
2026年3月9日記
アナザーストーリーズ「山口組対一和会〜史上最大の抗争〜」
今では、全国的に見れば、暴力団というのは、かなり数が減っているらしい。もう今の時代の流れの中で、任侠道などは(古いいいかたが)、生きのびていくには難しい状況になっているということだろうか。
山口組のことは、昔は、たびたびニュースで取りあげられていたので、記憶にあることである。だが、さして、関心のないままにすごしていた。(自分の生活の範囲で、暴力団抗争の流れ弾に当たる危険性は無い、という生活だったこともあるが。)
これが、新聞、特に夕刊紙の記事のネタになった。スクープ合戦となり、梅田の地下街に、壁新聞として貼り出されていたりした。
番組として取材していたのは、元暴力団員だった人、元警察官だった人、新聞記者だった人、それから、山口組の顧問弁護士だった人、である。
山口組という暴力団については、たしかに暴力団という面はあるとしても、一方で、港湾の荷役とか、芸能の興行とか、ビジネスにもかかわっているし、ある意味では、社会にとって必要であった部分を担ってきたということはある。このことの評価は難しいと思うが、日本における戦後のヤクザの近代化(?)、ということとでもいえばいいだろうか。(関西のビジネスのある部分では、どうしても関係を持たざるをえないという部分は、あったにちがいない。)
新聞記者も弁護士も、暴力団ではあるが、そこに人間を見ている。これは当然のことだろう。だれもヤクザに産まれてきたわけではない。何か理由があって、人生の途中で、その道に入ってしまうということになる。その理由として、番組で言っていた言い方としては、地域や国籍による差別、となる。これも、もっとストレートな表現であってもいいかと思うが、だいたいどういう素性の人であるかは、分かる。(しかし、だからといって、そのような生まれの人がかならず暴力団に関係しているということではない。この意味では、言い方が難しいところではある。)
産まれてから愛情を持って育てられたならば暴力団にはならない、これは、そうだろうと思う。だが、現実の世の中のあり方として、すべの人が、幸福な生まれで、善い育ち方をするとは、限らない。社会の中で、なんらかの理由があるにせよ、ドロップアウトする人間は出てくる。そういう人の受け皿を、社会全体でどう考えることになるのか、現実的に考える必要がある。
暴力団が覚醒剤で稼ぐことはなくなるかもしれないが、しかし、世の中に覚醒剤を必要とする人間がいる限り、どこかから供給されるということは、いたしかたないことだろう。(フェンタニルが、大量に入ってくるというようなことは、なんとしても避けるべきことだとは思うが。)
ヤクザの世界で、親分のために自分の命を犠牲にすることを惜しまない……人間というものは、こういうものなのだろうと思うことになる。一般的な合理性だけで、人間の行動は決まらない。
暴力団という存在を社会的に許さないとしても、法の裁きは、公平でなければならない。(これは、どのような犯罪についてもいうべきことであるが。)
2026年3月9日記
世界遺産ワーカー「ワルシャワ歴史地区」 ― 2026-03-13
2026年3月13日 當山日出夫
世界遺産ワーカー「ワルシャワ歴史地区」
ワルシャワ歴史地区というのは、よくテレビに映る。ショパンのことなどが話題になると、かならず映るといっていいかもしれない。
このエリアが、第二次世界大戦後になってから、破壊されたものを、再建したものである、ということは、始めて知った。なるほど、だから、あんなにきれいな町並みが残っているのか。
興味深いのは、この町並みではなく、どうやって復原したのか、という経緯と技術や工法のことである。詳細なスケッチが大量に残っていて、また、絵画資料があって、可能になったということである。おそらくは、その時代だったら、古くからの職人技を持った人が残っていた時代だったということもあるだろう。
しかし、素朴な疑問として思うことは、その家に人は住んでいるのだろうか、ということが、どうしてもある。このことについては、番組の中では一言も言っていなかったし、家の中の映像はなかった。(ということは、外側だけのハリボテ復原ということなのだろうか。)
ポーランドの歴史、ワルシャワの歴史を語る部分としては、どうしても、ヒトラーとスターリンが悪者として登場することになる。番組では、どちらかというとヒトラーの方を悪く描いていたが、独ソ戦において、スターリンの方も、かなりひどいことをしたはずである。
今のポーランドに王様はいないが、旧王宮を復原することが、ポーランドの人びとにとって、重要な意味をもっている、というのも面白い。
地下水道のメンテナンス、毎日きまった時間にトランペットを吹く、こういう仕事をふくめての、ワルシャワの歴史地区ということである。
世界中、どこの街に行ってもある、CocaCola の文字が映っていないというのは、そんなものは要らないということなのだろう。
2026年3月11日記
世界遺産ワーカー「ワルシャワ歴史地区」
ワルシャワ歴史地区というのは、よくテレビに映る。ショパンのことなどが話題になると、かならず映るといっていいかもしれない。
このエリアが、第二次世界大戦後になってから、破壊されたものを、再建したものである、ということは、始めて知った。なるほど、だから、あんなにきれいな町並みが残っているのか。
興味深いのは、この町並みではなく、どうやって復原したのか、という経緯と技術や工法のことである。詳細なスケッチが大量に残っていて、また、絵画資料があって、可能になったということである。おそらくは、その時代だったら、古くからの職人技を持った人が残っていた時代だったということもあるだろう。
しかし、素朴な疑問として思うことは、その家に人は住んでいるのだろうか、ということが、どうしてもある。このことについては、番組の中では一言も言っていなかったし、家の中の映像はなかった。(ということは、外側だけのハリボテ復原ということなのだろうか。)
ポーランドの歴史、ワルシャワの歴史を語る部分としては、どうしても、ヒトラーとスターリンが悪者として登場することになる。番組では、どちらかというとヒトラーの方を悪く描いていたが、独ソ戦において、スターリンの方も、かなりひどいことをしたはずである。
今のポーランドに王様はいないが、旧王宮を復原することが、ポーランドの人びとにとって、重要な意味をもっている、というのも面白い。
地下水道のメンテナンス、毎日きまった時間にトランペットを吹く、こういう仕事をふくめての、ワルシャワの歴史地区ということである。
世界中、どこの街に行ってもある、CocaCola の文字が映っていないというのは、そんなものは要らないということなのだろう。
2026年3月11日記
ドキュランドへようこそ「母と娘 それぞれの夢 〜ジョージア 代理出産契約〜」 ― 2026-03-13
2026年3月13日 當山日出夫
ドキュランドへようこそ「母と娘 それぞれの夢 〜ジョージア 代理出産契約〜」
2025、ジョージア、他。(番組のHPでは、その他の国の名前が載っていない。)
見ていていろいろと思うところはある。
代理母ということだと、ちょっと前だったら、ウクライナのこととして語られることだったと思うが、今のウクライナではどうなのだろうか。
ウクライナもそうだし、ジョージアもそうであるが、旧ソ連の衛星国であったところは、どこもうまくいっていることではないらしい。ウクライナのことは、ちょっと特殊かとも思うが。しかし、代理母のことは、ロシアの侵攻の前からあったことだと思う。
こういう国に住む、貧しい女性の生き方、社会福祉のあり方、社会のあり方、という視点から見ることもできる。
その一方で、代理母で子どもを得たいと思う人たちのことも気になる。代行業者がいるということは、それだけの需要があり、逆に、供給(代理母であり、精子であり、卵子である、ということになるだろうが)があるということでもある。どういう人たちが、このビジネスを利用しているのか、このビジネスにかかわっている組織は、どうなっているのか……こういうことは、現代の社会の闇の部分といっていいかもしれない。
貧しい国の女性にしわ寄せが行くことになる、という今の世界のあり方が、そもそも問題だといえば、そうなのだが、だが、技術的に可能なことなら、なんでもビジネスになるというのが、人類が作ってきた今の世界のあり方である。それに対して、どのように倫理的にあらがうことができるのか。
ところで、登場していた女性の娘……日本でいえば高校生ぐらいといっていいだろうが……学校で、ペルシャ語を学んでいる、と言っていた。ペルシャ語は、イランの言語ということになるが(現在のイランは、多言語、多民族の国であるが)、旧ソ連の衛星国ということから、イランとのつながりがあってのことなのだろうか。今の日本で、ペルシャ語が学べる大学というと、大阪大学(昔の大阪外国語大学)と、東京外国語大学、ぐらいである。
この少女が、ノートに書いていた文字は、何なのだろうか。キリル文字でもないようだし、アラビア文字(ペルシャ語を表記するのにこれを拡張して使う)でもないように見えたのだが、いったい、あの丸っこい文字は、何なのだろうか。
2026年3月10日記
ドキュランドへようこそ「母と娘 それぞれの夢 〜ジョージア 代理出産契約〜」
2025、ジョージア、他。(番組のHPでは、その他の国の名前が載っていない。)
見ていていろいろと思うところはある。
代理母ということだと、ちょっと前だったら、ウクライナのこととして語られることだったと思うが、今のウクライナではどうなのだろうか。
ウクライナもそうだし、ジョージアもそうであるが、旧ソ連の衛星国であったところは、どこもうまくいっていることではないらしい。ウクライナのことは、ちょっと特殊かとも思うが。しかし、代理母のことは、ロシアの侵攻の前からあったことだと思う。
こういう国に住む、貧しい女性の生き方、社会福祉のあり方、社会のあり方、という視点から見ることもできる。
その一方で、代理母で子どもを得たいと思う人たちのことも気になる。代行業者がいるということは、それだけの需要があり、逆に、供給(代理母であり、精子であり、卵子である、ということになるだろうが)があるということでもある。どういう人たちが、このビジネスを利用しているのか、このビジネスにかかわっている組織は、どうなっているのか……こういうことは、現代の社会の闇の部分といっていいかもしれない。
貧しい国の女性にしわ寄せが行くことになる、という今の世界のあり方が、そもそも問題だといえば、そうなのだが、だが、技術的に可能なことなら、なんでもビジネスになるというのが、人類が作ってきた今の世界のあり方である。それに対して、どのように倫理的にあらがうことができるのか。
ところで、登場していた女性の娘……日本でいえば高校生ぐらいといっていいだろうが……学校で、ペルシャ語を学んでいる、と言っていた。ペルシャ語は、イランの言語ということになるが(現在のイランは、多言語、多民族の国であるが)、旧ソ連の衛星国ということから、イランとのつながりがあってのことなのだろうか。今の日本で、ペルシャ語が学べる大学というと、大阪大学(昔の大阪外国語大学)と、東京外国語大学、ぐらいである。
この少女が、ノートに書いていた文字は、何なのだろうか。キリル文字でもないようだし、アラビア文字(ペルシャ語を表記するのにこれを拡張して使う)でもないように見えたのだが、いったい、あの丸っこい文字は、何なのだろうか。
2026年3月10日記
3か月でマスターする人体「(8)最大の臓器・皮膚」 ― 2026-03-13
2026年3月13日 當山日出夫
3か月でマスターする人体「(8)最大の臓器・皮膚」
皮膚の臓器としての働きを、免疫という視点から見るという内容で構成してあった。
たしかに、皮膚というのは、人間が外部と接している部分ということになるので、物理的バリア、そして、免疫システム、で考えることになる。皮膚から入ってきた、外からの悪いやつを、免疫機能がはたらいてやっつけるようになっている。
衛生仮説ということは、ときどき目にする。現代社会が、あまりに清潔になりすぎたので、いろんな病原菌などに対して、弱くなっている。アメリカのアーミッシュの人たちの観察からも、ある程度の裏付けがとれるらしい。(これを、サイエンスの方法論で証明するのは、かなり難しいかなと思う。実際に生きている人間で実験するというわけにはいかないだろうし。意図的に人間を病気にさせる実験になるので、倫理的な問題になるだろが。)
アトピーやアレルギーについて、対応が変わってきている。今でも多くの場合、アレルギー物質の入っているものは、とにかく食べるのを避ける、ということがある。その結果として、悪い方向になった場合のことを考えると、どの物質がふくまれているかということの表示は必要である。だが、新しい考え方としては、症状が重くないようなら、少しずつ食べるようにした方がいい。
医学的な知見としては、まったく逆になったことになる。このような事例は、他にもあるだろう。時として間違っていることもあるのが(後から考えるとそうではなかった)ということは、医学のみならず、いろんな分野であることである。
私の若いころは、夏は、子どもは日焼けするのが当然ということだったが、今は、日焼けしないように防御するのが普通になっている。日にやけた小麦色の肌の若い女性(少女といった方がいいか)……という感覚は、もう遠い昔のことになってしまった。(今では、医学的にどうこうではなく、「正しくない」ことになってしまっている。)
花粉症の理由というのは、分からないらしい。(去年からだったろうか、天気予報の花粉の予報について、極めて多い、というランクが追加になったのは。今年も、極めて多い、という日がこれからもありそうだ。憂鬱である。)
かゆみ、ということは、生物として生きていくうえで、必要な感覚だったにちがいない。痛いとか、熱いとか、冷たいとかではなく、かゆい、というのは、何か特別な感覚であるように思える。脳では、どう反応するということなのだろうか。(ネコを見ていると、かゆいところがあるらしい。)
かゆみ、もまた一つの防御の機能をになっていることになる。
2026年3月11日記
3か月でマスターする人体「(8)最大の臓器・皮膚」
皮膚の臓器としての働きを、免疫という視点から見るという内容で構成してあった。
たしかに、皮膚というのは、人間が外部と接している部分ということになるので、物理的バリア、そして、免疫システム、で考えることになる。皮膚から入ってきた、外からの悪いやつを、免疫機能がはたらいてやっつけるようになっている。
衛生仮説ということは、ときどき目にする。現代社会が、あまりに清潔になりすぎたので、いろんな病原菌などに対して、弱くなっている。アメリカのアーミッシュの人たちの観察からも、ある程度の裏付けがとれるらしい。(これを、サイエンスの方法論で証明するのは、かなり難しいかなと思う。実際に生きている人間で実験するというわけにはいかないだろうし。意図的に人間を病気にさせる実験になるので、倫理的な問題になるだろが。)
アトピーやアレルギーについて、対応が変わってきている。今でも多くの場合、アレルギー物質の入っているものは、とにかく食べるのを避ける、ということがある。その結果として、悪い方向になった場合のことを考えると、どの物質がふくまれているかということの表示は必要である。だが、新しい考え方としては、症状が重くないようなら、少しずつ食べるようにした方がいい。
医学的な知見としては、まったく逆になったことになる。このような事例は、他にもあるだろう。時として間違っていることもあるのが(後から考えるとそうではなかった)ということは、医学のみならず、いろんな分野であることである。
私の若いころは、夏は、子どもは日焼けするのが当然ということだったが、今は、日焼けしないように防御するのが普通になっている。日にやけた小麦色の肌の若い女性(少女といった方がいいか)……という感覚は、もう遠い昔のことになってしまった。(今では、医学的にどうこうではなく、「正しくない」ことになってしまっている。)
花粉症の理由というのは、分からないらしい。(去年からだったろうか、天気予報の花粉の予報について、極めて多い、というランクが追加になったのは。今年も、極めて多い、という日がこれからもありそうだ。憂鬱である。)
かゆみ、ということは、生物として生きていくうえで、必要な感覚だったにちがいない。痛いとか、熱いとか、冷たいとかではなく、かゆい、というのは、何か特別な感覚であるように思える。脳では、どう反応するということなのだろうか。(ネコを見ていると、かゆいところがあるらしい。)
かゆみ、もまた一つの防御の機能をになっていることになる。
2026年3月11日記
映像の世紀バタフライエフェクト「ローマ教皇 世界との格闘」 ― 2026-03-12
2026年3月12日 當山日出夫
映像の世紀バタフライエフェクト「ローマ教皇 世界との格闘」
番組を最後まで見て、取材協力として、名前があがっていたのは、松本佐保、酒井陽介、森本あんり。いずれも、キリスト教(カトリックであり、アメリカのプロテスタントであり、など)の専門家である。こういう人たちの助言(といっていいのだろうか)のせいか、非常に話題が限定されていた。
バチカンのローマ教皇について、近代のことを基本として、関係があったことでは、ナチスと共産主義(主にソ連)だった。それから、近年になって問題となった、カトリック聖職者の性犯罪(と、今ではいうしかないが)と、同性愛を認めたこと、ほぼこれだけの内容であった。カトリックがかかわった「悪いこと」は、これ以外にもいっぱいあるはずだが。ただ、何を、どう判断して「悪いこと」とするかは、難しいことである。現代の価値観からして、誰がみても「悪いこと」と判断できるものとして、性犯罪ということになったのだろう。(ただ、これが普遍的に絶対の悪であるかどうかは、私は疑問だとは思うけれど。)
プロテスタントも、イスラムも、一言も出てきていなかった。また、ローマカトリックの歴史として、東方正教会、ギリシャ正教、などのことも、まったく触れることがなかった。
短い時間の番組だからしかたないといえば、そうなのだが、見ていて、非常に割りきった作り方をしていると感じたところである。
気になることとしては、キリスト教の神(唯一絶対の存在として)は、ユダヤ教の神でもあり、イスラムの神でもある。異なる神がいるわけではない、というのが、私の理解である。その神のことを、どのように信じるのか集団に別れる、あるいは、どの預言者を始祖とするのかで別れる、ということだと思っている。この観点では、宗教といっても、仏教とかヒンズー教とか、日本の神道などとは、根本的に異なることになる。
ローマ教皇について、この番組としては、これぐらいのことは語っても別に問題はないだろうということで、話題を限定して絞っていった結果、なんとなくつまらないことになっているというのが、私の印象である。そもそも信仰とは人間にとって何であるのか、それはカトリックという個別的なものなのか、それとも、どこかで普遍性を持つものなのか、ということへの問いかけがあってもよかったと思うのだが、こういう視点は、慎重に排除して作ったということなのだろう。
今の時代、悪と認定していいのが、ヒトラーであり、スターリンである、ということかとも思う。しかし、共産主義を批判するとしても、マルクスを批判するというところまではいっていない。毛沢東のことは、まだ悪になりきっていないということかもしれない。さらに現代では、エプスタインが悪の仲間入りである。(今の日本だったら、それに、統一教会とかが加わりつつあるというところだろうか。)
絶対悪を措定して、それとのかかわりにおいてしか、善を考えることができなくなっているということが、そもそもの問題ではある。キリスト教の信仰における善についても、絶対悪であるヒトラーと共産主義とのかかわりで語ることになっている。このことの意味を、考えてみるべきかとも思う。私には、人間の精神が貧しくなってきているとしか思えないのだが。
カトリック教会は、これまでに、たくさんの善いこともやってきたし、同時に、たくさんの悪いこともやってきた。世の中の歴史とはそういうものである。だが、そのなかで善いことの方に視点をおいて見ることも大切である。こういうことのつみかさねによってしか、世の中は善い方向には向かわないだろう。
2026年3月5日記
ダークサイドミステリー「謎の未確認動物を追え!」 ― 2026-03-12
2026年3月12日 當山日出夫
私は、こういう話しは大好きな方である。
見ていて興味深かったことの一つは、アメリカのモスマンが、ご当地キャラクターになって、どんどん可愛くなっていく、ということがある。日本のヒバゴンもそうかもしれない。
そういえば、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」も、昔、「少年マガジン」に連載され始めたころの(これは、子どものころにリアルタイムで連載を読んだ)不気味さおどろおどろしさ、ということが、アニメになって希薄になっていった。アニメも、新しくリメークするたびに、鬼太郎が正義の味方になっていって、猫娘がかわいらしくなって、ねずみ男がいいやつになっていった。要するに、つまらくなっていったということがある。
アフリカのコンゴにいるモケーレムベンベ。ちょっと気になったのは、ジャングルの真ん中に、どうして、大きくて水深の浅い湖ができたのだろうか。ここに流れ込む川も、流れ出す川もないらしい。
恐竜の骨格標本の復元展示が博物館で見られるようになり(これは、日本でもある)、映画の『ロスト・ワールド』があったりする。人びとの、未知の生物への期待(?)ということは、メディア論としても、面白い。
吸血鬼伝説ということは、今の時代になっても、人びとの意識の底には流れているということでいいだろうか。
雪男とか、ネッシーとか、どんどん姿を消していくのは、やはり寂しい。
2026年3月10日記
ETV特集「仲代達矢が歩んだ役者道」 ― 2026-03-12
2026年3月12日 當山日出夫
ETV特集「仲代達矢が歩んだ役者道」
仲代達矢といって、私にとって記憶の最初にあるのは、NHKの大河ドラマ『新平家物語』の平清盛である。これは、高校生のときだった。
その後、映画俳優として、『用心棒』『椿三十郎』であり、『人間の條件』である。また『華麗なる一族』のことも覚えている。私ぐらいの年代としては、これぐらいが普通だろうか。
私は、たまたまということもあるが、演劇は見るということがない生活を送ってきたので、舞台俳優としての仲代達矢のことは、実際には知らない。だが、その名声については、知っていたことである。
また、無名塾についても、その存在は知っていた。
無名塾は、塾生のアルバイトを許さない、ということは知っていたことであるが、これは、かなり厳しい条件だなと思っていた。端的にいえば、実家とか、生活のパートナーとか、金銭的なパトロンがいなければ、やっていけない。これは、塾生となることよりも、その期間の生活を支えることになった周囲の人たちのことを、私としては思ってしまう。今では、芸術の影のパトロン、というような考え方が、ほとんど意味のないことになってしまっているかもしれないが。
番組であつかっていたのは、演劇と映画(特に黒澤明)と無名塾。テレビドラマのことは、出てきていなかった。これはこれで、一つの作り方だろう。
それにしても、90才をすぎて現役であり続けようというのは、すごいとしかいいようがない。私などは、リタイアしてしまってゆっくりしたい、という思いの方が強い。というよりも、リタイアしたから見えてくるものがある、ということもある。これは、決して負け惜しみとかではなく、そういうことはある。(リタイアした、もう論文を書くということではなく、純然と古典を読んで時間をすごしたいと思う。)
妻の宮崎恭子もかっこいい。男に惚れるようでは女優としてはだめであると、きっぱりと女優をやめたという。
この番組の作り方、また登場する人たちが、非常に演劇的である。意図的に、そのように作った番組であることは分かるのだが、嫌な感じはしない。いわゆるドキュメンタリー的に作ってありながら、その実、「仲代達矢」をテレビの画面の中でどう演じさせるかという視点を感じる。そのきわめつけが、最後に登場していた栗原小巻かと思う。ここでは、「栗原小巻」が「仲代達矢」を語っていた。
役者と演劇いうことを分かった人が作った番組である、ということが見ての感想になる。
2026年3月8日記
上皇さまとハゼ ― 2026-03-12
2026年3月12日 當山日出夫
上皇さまとハゼ
テレビの番組表でたまたま見つけたので録画しておいて見た。
上皇陛下が、ハゼの研究者であることは、知っていたことであるが、具体的にどんな論文を書かれているのか、どのようにフィールドで活動されているのか、研究室のなかでどんなことをされているのか、というようなことは、知らなかった。
皇居内の生物学研究所は、昭和天皇の使っていたものを引き継いでいる。昭和天皇は、生物学者、というよりも、博物学者といった方がいいだろうか。(たしか、昔は、三重県の海の博物館に、昭和天皇が使っていた船が展示されていたと思うのだが、どうなっているだろうか。海の博物館の運営は、難しいことになっているはずであるが。)
そう長期間にわたってフィールドで調査したり、観察したり、ということは無理なので(天皇としての公務の合間をぬってのことなので)、サンプルを集めて、皇居内の研究所で、顕微鏡で見て観察してということになる。実際の自然の常態での、ハゼの生態の観察なども、できればやってみたかったことにはちがいないが、諦めざるをえないというのが、実際だった。
番組では、ハゼの分類についての研究が主に紹介されていた。ただ、宮内庁のHPを見ると、上皇さまのお書きになった論文は、一覧があって、見ることができるようになっている。それを見ると、近年では、DNAの解析によって、分類を研究されていることが分かる。(こういうことは、おそらく、皇居内の研究所では難しいので、協力してくれる研究者がいてということだろうと思う。)
ところで、新種のハゼを発見しておいでなのだが、タイプ標本は、どこで保管されているのだろうか。生物学の分野での流儀については、まったく知識がないので分からないことであるが、しかるべきところできちんと保管されているはずである。
こういうハゼの分類や、それから、生態についての研究は、組織的で合理的な思考である。こういう天皇だからこそ、皇太子の時代からつづく、一連の天皇としてのあり方についての判断ということに、つながっていくのだろう。
2026年3月9日記
芸能きわみ堂「野村万蔵家・狂言の最高秘曲に挑む!」 ― 2026-03-11
2026年3月11日 當山日出夫
芸能きわみ堂 野村万蔵家・狂言の最高秘曲に挑む!
狂言の花子、それから、枕物狂、についても興味深いのであるが、私の見ていて感じたことは、ちょっと別のところにある。
狂言の家には、稽古場として、家の中に能舞台が設定してあって、稽古するときには、袴を着用して足袋をはいている。これが、いつごろのことなのかということは気になるが、しかし、歌舞伎役者の稽古のシーンとは、かなりちがう。(現実的な問題として、自分の家に能舞台を持つことは可能だが、歌舞伎座の舞台を持つことは無理である。)
いわば、狂言の野村家のバックヤード、といっていいだろうか。
それから、これは、国語学・日本語学ということを勉強してきた研究者だから思うことなのだが、狂言のテキスト(文字として残っている資料)は、いくつかある。もっとも古いものとして知られるのは、天正本狂言である。だが、これは、ほんのわずかなあらすじが書いてあるだけのものである。江戸時代になると、かなり詳細に詞章を文字化してものが残されるようになるが、異文がかなりある。そして、これらの資料が、言語史の資料として、どれぐらいオリジナルにその時代のことばを残しているのか、きわめて慎重に考えなければならない。
現在の、狂言の芸の伝承ということで、どこまで細かく、詞章、科白、ということが決まって受け継がれていくものなのか、これは、時代の変遷とともに移り変わっていくものかな、と感じたところである。
実際には、主にキリシタン資料(イエズス会宣教師たちの残した日本語の資料)を基本として、それをどれぐらい残しているかということを考えることになる。このあたりの言語史のモノサシの設定から考えるべきことにはなる。現実の研究としては、キリシタン資料については、極めて詳細で緻密な研究が、なされている。
狂言が、軽妙ということを感じさせるとして、芸の修練の果てに会得するものは、きわめて奥深いものがあることを、感じることになった。
2026年3月8日記
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